To Hentaimask2 <Karin-Sasamori(3)> 投稿者:AIAUS

「なるほど。アイアウスが地球外生命体というわけですか」
「だから、キアさん。笹森さんの話を全部まともに聞いちゃダメだって」
「う〜。そんなことないよ。宇宙には千億を超える地球型惑星があるんだから」
「かと言って、たまたま同時代に、地球人、それも日本人そっくりの宇宙人が
我々の前に現れるというのは、確率論から言って、千億ぐらいでは足りませんね」
 三人、ホウキの上に乗って。
 アイアウスを捜しながら、貴明と花梨、キアの三人は話を続けている。
「タカアキ。変態変身しなくとも、あなたは魔法が使えるのですから。
そちらで助力してもらうことはできないのですか?」
「え? 魔法? 俺、そんなものは使えないけど」
「ウソを言わないで下さい。初めて会った時、土属性の障壁魔法で、見事に私の
魔法を防いでみせたではありませんか」
「あ〜……あれか。あれ、魔法を使える女の人のパンティを被っていたから、
使えたんだと思う」
 貴明の説明に、花梨とキアは首を傾げた。
「アイアウスさん……いや、アイアウスが言っていたけど。俺たちは顔に被った
パンティの持ち主の能力を劣化コピーできるんだって。だから、例えば魔法使いの
パンティを被ったら魔法が使えるようになる。ただし、被っている間だけね」
「それじゃ、たかちゃん。科学者の女の人のパンティを被ったら、爆弾とか
作れるようになっちゃうの?」
「多分。被ったことがないから、わからないけど」
 花梨は物珍しそうに聞いているが、キアは困った顔をしていた。
「タカアキ。それは絶望的な情報です。それでは、私達がアイアウスを倒す
時が遅れれば遅れるほど、彼は手の施しようのない化け物になっていく」
「うん。でも、同じ変態仮面だから。弱点はあると思うし、わかると思うんだ」
 根拠など、今のところない。ないけれど、放っておく訳にもいかない。
「たかちゃんっ! キアさんっ! あっちっ!」
 ホウキが星屑を撒き散らしながら、青い空を駆け上がった。


 パンティの供給が絶たれた今。
 唯一、常人として変態仮面の生理を理解してくれるユーナ・キアが男の子である
ということが判明した今。
 貴明に打つ手は残されていなかった。
 アイアウスは決まったように夕方、この街に姿を現すが、彼を捕らえる手段を
貴明は持たない。
「ねえ、たかちゃん。催涙スプレーとか顔に振りかけたら倒れないかな?」
「わからない。ただ、アイアウスが大人しくしていてくれるとは思わない」
 変態仮面の弱点。
 それは変態変身の源である女体の芳香を阻害されること。
 そうすれば、この間、キアのパンティを被った貴明のように、殺虫剤を
かけられたゴキちゃんのように、変態仮面アイアウスを倒すことはできる。
「あの人を、あそこまで長時間変身させ続けることのできるパンティ……
おそらく全人類最強の匂いを持つ女性の下着。それが催涙スプレーぐらいで
消せるかどうか」
 履いていた本人が聞いていたら右アッパーぐらいは食らいそうな発言で
あったが、幸い、来栖川綾香は空を飛ぶことはできなかった。
 白い雲の上。
 キアの背中にしがみつき、背中には花梨にしがみつかれて。
 レーダーがいつものように、ピコンピコンと音を立てて、彼がいる場所を
指し示していた。


 デパートの店舗ビル。
「全方位包囲完了。地下も塞いだな。よろし。直ちに殲滅にかかれ」
 富士額の眉毛のない男が、王杓を持って、建物の回りに立ち並ぶ警官や
自衛官たちに向かって、偉そうに命令を下していた。
「この建物の中……タカアキ、準備はよろしいですか?」
 屋上真下の最上階の窓ガラスの上をフワフワ浮いているホウキにまたがって、
キアは好戦的に瞳を輝かせた。
「うん。行こう。今さら後には退けない」
「えっ? えっ?」
 花梨は不思議そうな顔をしていたが、貴明は両手で自分の顔を庇った。
「いきますよっ!」
 青い光輪が三発、立て続けに窓ガラスに向かって撃ち込まれる。
「ひゃああああああああああっ!」
 花梨が叫ぶのも放っておいて、空飛ぶホウキRising Arrowを斜めに滑らせて、
キアはビルの中へと突っ込んでいく。
 掟破りの屋内飛行。
 目指すは八階。レーダーに反応があった場所。
 下からはショットガンや木刀で武装した警官、手榴弾まで装備した自衛官。
 上からは戦車並の火力を誇る魔法女装っ子ユーナ・キア。
 二方位からの攻撃が、巨獣と化したアイアウスを襲う。


 アイアウスが襲っていた場所はデパートであるが、欲しかったものは金では
なかった。ストッキングを破かれて、パンティを剥ぎ取られた女性店員たちや
女性客がシクシク泣いている。五十代のパートのオバハンまでシクシク泣いているのは、
ちょっと壮絶な光景だった。邪魔な男性店員や警備員達は全て叩きのめしており、
八階には嗚咽だけが響いている。
「バルバルバルバルっ!」
 下の階から登ってきた警官、エレベーターから登ってきた自衛官、窓から
飛び込んできたレンジャーを叩きのめして、アイアウスは悦にひたる。

 隠れて盗むなど馬鹿馬鹿しかった。
 欲しいのであれば、歩いている獲物から剥ぎ取ればよい。

 それは理性のある時であれば、頑なに否定していたはずの発想。
 しかし、正義を騙ることもできないほど本能に支配されてしまった今となっては、
アイアウスはただの餓えたケダモノに過ぎなかった。
「お待ちなさいっ、不埒者っ!」
 左手にステッキを構えて。黄金の髪をたなびかせて凛と叫ぶ。
 空飛ぶホウキにまたがって、頭を床にこすりそうになりながら、青い魔女は
物凄い勢いでスッ飛んできた。
「バルっ!」
 通りすがりに光輪を三発叩き込んで、壁か天井、床に激突する寸前で、
見事にユーナ・キアはクレイジーフライトを終えてみせた。
「窃盗はおろか、か弱き女性から下着を強奪するなんて。もう絶対に許しませんっ!」
「バルバルバルっ!」
 天井に頭をぶつけながら、金棒のように尖った逆髪で引っ掻きながら、
古木の幹のようになった腕を振り上げて、アイアウスは襲いかかる。
「タカアキ。カリン。下がっていて。グェンディーナの誇りにかけて、ユーナ・キアは
絶対に、あの化け物をやっつけてみせます」
 左手にステッキ、右手には握りしめたプライド。
 背中には守らなければいけない無辜の人々。
「来なさいっ!」
 いつもよりも一際大きな青き光の輪が、アイアウスの巨体全てを覆い隠すように
して、立て続けに撃ち込まれ続けた。

 運命とは皮肉である。
 それは人の予測を超え、知恵を超え、希望を超えて。
 時に、有りえべからざる悲劇をもたらす。
 八階、女性化粧品売り場。
 この世界にて有りえべからざる現象、魔法を目の前にして、下着を剥ぎ取られた
女性たちやアイアウスに殴り倒された自衛官たちが呆然と、床に這いつくばって、
その青い光の舞踏に見とれている頃。
 化粧品売り場の隅で、黒いブロッコリーのようなものがプルプルと震えていた。
――ビーバ、ビーバ――
 震えている。金切り声で叫ぶような不愉快な音を立てて、ブロッコリーが震えている。
――ビーバ、ビーバ――
 その金切り声が大きくなり、その場にいる者達全員の耳に響くようになった頃。
――ビーバ、ビーバ、アフーロっ!――

 ドンドコドンドコと床を踏み鳴らす打楽器のようなリズム。
 全身黒ずくめで、顔にはサングラス、唇はタラコ、頭は巨大なアフロヘアー。
「ひいっ! あっ、アフロっ!?」
 その場にいた四十代以上の者達が全員、その叫び声に反応した。
 全裸の変態黒人な大男がいる。
 貴明たち若い者は、そう判断したが。
 今から四十年近く前に世界を覆った悲劇を知っている者は、その場に自分が
立っていることに戦慄していた。
 広域指定伝染病TAS。
 正式名は、Transformation-Afro-Syndrome(変異激発性アフロ症候群)。
 それは人々の髪型をアフロにする恐ろしい菌糸状生物であり、四十年近く前に
発生して、世界中を恐怖と混乱に陥れた。
「なっ、なんですか、この生物はっ!?」
 前門をアイアウスに、後門をTASに挟まれたキアは、唐突な戦局の変化に
驚いている。二方向から攻められるというのは、最悪の展開だった。
「笹森さんっ! パンティを貸してっ!」
「えっ、あっ……だっ、ダメだよ、たかちゃん。やっぱり……」
 ためらっている場合じゃない。
 それは花梨もわかっていたが、今の貴明にはパンティは渡したくない。
「バルバルバルバルっ!!」
――ビーバ、ビーバ、アフーロっ! レッツ、ダンスゥィイング!――
 互いを敵として認め合ったのか、キアを挟むようにして、白と黒の巨獣が
距離を詰め合っていく。
「ひっ、ひいっ、ぴぃ……」
 どうやって逃げたらいいのか、わからない。
 泣きそうな顔をしてステッキを両手で握りしめているキア。
 その顔を見て、貴明は一際大きな声で叫ぶ。
「花梨っ!」
「……うっ、うん。たかちゃん」
 恥ずかしいので、棚の奥に隠れて。ゴソゴソと動いていた花梨は投げ渡すようにして、
変態変身の材料を渡した。
「クロス・アウッツ!」
 エクスタシーメーターが上がる時間も惜しがって、正気のままに貴明は学生服と
ズボンとカッターシャツを脱ぎ捨てる。
「いくぞっ!」
 TASの巨大なアフロの中を突っ切って、空中を丸まって回転しながら、
変態仮面タッカーは、怯えているユーナ・キアの側へと着地した。

「タカアキ……変態変身できたのですね」
「ああ。かもりんの愛と、さっきのデンジャラスなフライトでオシッコちびっちゃった
らしいパンティのおかげで、今、俺はここに在る」
「たっ、たかちゃ〜んっ!!」
 アフロの後ろで、花梨の怒った声が聞こえる。
「私は予定通りアイアウスを。あなたは、あのモジャモジャ頭を倒して下さい」
「応っ!」
 背中を任せることができるとは、こんなにも心強いものか。
 ユーナ・キアの唇に笑みが浮かぶ。
「食らえっ! 変態秘技っ! 昇天ボディウォッシャぁああああああっ!」
「……昇天? ウオッシュ?」
 笑みを浮かべていたキアの顔が固まり、後ろを振り向くと、変態仮面タッカーが
一生懸命、売り物のボディソープを自分の体に塗りたくって泡立てていた。
「タカアキ。何をしているのですか?」
「え? いや、だから。昇天ボディウォッシャーの準備」
「浴槽もないのに、お風呂の準備をしてどうするんですかっ!」
 戦闘中の四人の中で、キアだけが不思議そうな顔をしている。
 合点がいったのか、アイアウスもシャンプーを使って泡を立て始め、
――ビーバ、ビーバ、アフーロ〜♪――
TASもフンフンと鼻歌を歌いながら、アフロな頭を石鹸で泡立て始める。
「えっ? えっ? えっ?」
「ウォッシャぁああああああっ!」
「バルバルバルバルバルバルっ!」
――ビーバ、ビーバ、アフーロ〜――
 八階が一面泡だらけになり、
「「「ハンっ!!」」」
三人の変態男達は一斉にリンボーダンスのような見事なブリッジを描く。
 前を巨大ブリーフ、後ろを黒ダワシ、横を貴明のオイナリに囲まれて。
 巨大ブリーフ、黒ダワシ、オイナリが迫ってきて。
「きああああああああっ!!??」
 がっぷり八つ。
 男四人、泡だらけになった体で組み合って転げ回る。
「きあ、きあ、きあああああっ!!??」
 いきなり泡地獄の中に放り込まれて、キアだけが悲鳴を上げている。

 オシリから背中まで、なにか生暖かいものが滑っていった。
「きあっ!?」
 スカートの中を黒ダワシがゴシゴシこすっている。
「きあっ!?」
 顔の上を泡でヌルヌルになったブリーフが這っていった。
「きあ、きあ、きあああああっ!!??」
 ああ、だからキアっていう名前なのか。
 ある者は同情に満ちた目で、ある者は嫌がっている目で、ある者は鼻血を流して。
 その光景を見つめながら、ヘンに納得していた。
「TAS感染者発見。火炎放射器を要請。さもなくば我々ごとビルを破壊してください」
 自衛官の通信担当が階下の指揮官に通信を送っていた。
「すごい。すごい幻想的でエロチックだよ、たかちゃん……はっ!?」
 鼻から流れる血を押さえながら、不思議系少女から801系少女へとクラスチェンジ
しそうになっていた花梨は、必死に自分を抑えて、その変態泡地獄から目をそらした。
「きああああああっ!!」
「たかちゃんっ! 遊んでいる場合じゃないよっ!」
 これが遊びなら、ひどい遊びもあったものである。

 三体のケダモノが身を離す。
 なんだか最初の意図を超えて、気持ち良くなってきてしまったので。
 三体のケダモノが目をそらす。
 なんだか最初の意図を超えて、禁断の愛が芽生えそうになったので。
「バルバルバルっ!」
 天井を破り、上の階へと逃げていくアイアウス。
――ビーバ、ビーバ、アフーロっ!――
 対して、TASはアフロな頭を滑らせて、窓を破って外へと逃げていく。
「ぴぃ……」
 キアは目を回して失神していた。
「かもりんっ! 脱出だっ!」
 TASの逃げた後に続いて、空飛ぶホウキをつかんで、タッカーはキアと花梨を
拾い上げて、窓の外へと飛び出していく。
 自衛官たちの目は変態たちから離れて、アフロの方へと向けられていた。  
 

「ねえ、たかちゃん……もしかして男の子が好きなの?」
「なぜ、そういう話になる」
 顔に被っているのは花梨のピンク・パンティ。
「うううー……それでもいいかなって思って」
「よくない。変態仮面は衆道ではない。これは、よゐこの約束だ」
 そんな約束、後楽園でもしてくれないと思ふ。
「タカアキ……」
「キア。目を覚ましたのか?」
 お姫様抱っこで抱きかかえられて、空飛ぶホウキの上にいたキアは、
目を虚ろにさせている。そして、貴明の顔を見て、頬を赤らめた。
「ああいうことは二度としないで欲しい……心が崩れるかと思った」
 うつむいて。被った三角帽子を引っ張って、赤い顔を隠して。
「むぅ〜……」
 なぜか後ろで、花梨が筋肉で盛り上がった貴明の背中をつねろうと頑張っていた。


 その日を境に、キアは寝込んでしまった。
「すいません。魔力を消耗したところで精神汚染攻撃を喰らったので、
心が崩れかかっています」
 アパートの部屋に敷かれた煎餅布団の上に寝ているキアを見舞うと、
貴明は花梨と一緒に、探索を開始することにした。
「たかちゃん。アフロが発生したって世界中で大騒ぎになっているよ。四十年ぐらい
前に発生した時は犠牲者が200万人を超えたっていうから……当分、下着ドロボウに
目がいかなくなるね」
 新聞記事の切り抜きを取り出しながら、花梨は集めたデータを羅列していく。
「TASっていうのは、髪をコイル状にするだけじゃなくて、舞踏病っていう
全身を痙攣発作させる恐ろしい病気でもあるんだって。だから今、いろんなところで
感染源の調査が始まっているよ」
「まずいなあ」
 今日、学校でも調査があった。髪の根本を調べるだけの簡単な調査であったが、
それでも全国単位で行われるとなれば、あまり気持ちのよいものではない。
「あの宇宙人の潜伏先を突き止めるのが第一だよ。場所さえ分かれば、打つ手も
考えられるから」
「アイアウスさんが隠れそうな場所というと……巨乳があるところ?」
「下着が好きなんじゃないの?」
「巨乳はもっと好きなんだ」
 そして僕も好きなんだと続けそうになったが、貴明はグッとこらえた。
「私はね。人気のないところにいると思うの。下着を隠せるような……山とか?」
「山か。そうだなあ、そっちの方には目がいかなかった」
「それじゃ、近所の裏山から行ってみようかね、たかちゃん」
「そうしようか、花梨」
 ニィっと、花梨の唇が横に広がり、笑みを作る。
 なぜ笑ったのか、貴明にはわからなかった。

「はひ、はひ、はひぃ……」
「いかん。山を舐めていたかも」
 最近、ホウキにまたがっていたばかりで、ろくに歩いていなかったから。
「たかちゃん。笹森花梨隊員は、もうダメでありますぅ〜」
 裏山の道なき道の上で、木の枝を杖にして歩いていた花梨はペタンと座り込んで
しまった。貴明も合わせて、その横に座り込む。
「俺も休憩。はい、花梨」
「ありがと……えへへ。なんだかピクニックみたいだね」
 ペットボトルを手渡されて、花梨は嬉しそうに微笑んでいる。
「すまぬ。水を持っているなら、拙僧にも分けてもらえぬだろうか」
「へ?」
 見上げると巨大な僧服姿の大男が禿頭を光らせて、長く伸ばした顎髭を撫でていた。

「すまぬな。人心地ついた。馬鹿弟子を諫めるために遠方から歩きづめで参ったので、
手持ちの水筒が空になってしまったのだ」
 カンラカンラと笑いながら、竹筒を逆さに振ってみせる髭の僧侶。
「おっと。紹介がまだであったな。失礼。拙僧の名前は得奴定提亭」
「えぬ、てい、てい、てい?」
「名前の意味は機会がある時にでも語ろう。さて……お主等」
 背後まで見透かされているような大きな黒い瞳。
「愛し合う人の子、アイアウスのこと、なにか知っておるな」
 長い髭を撫でながら、得奴定提亭は笑っていた。

「なんと……盗むばかりでは飽きたらず、人をも傷つけるとは」
「たかちゃん。全部話してもいいの?」
「うん。この人の方が、俺たちよりもくわしく、アイアウスさんのことを知っていそう
だから」
 さん付けをしてしまったが、貴明は訂正しようとはしなかった。
「あの者は仏道を学びたいとかで、十年前、ふらりとワシの寺にやってきた男よ。
修行は真面目にやっておったし、向学心もあった。ただ、誰にも本心を明かそう
とはしない暗い男であったな」
「アイアウスさんが暗い? まさか?」
 一年にも満たない付き合いであったけれども、アイアウスはよく喋る男だった。
「声を上げて笑ったところを見たことがあるか?」
「いっ、いや、ないけど」
「大人だから笑わないとでも思っておったのだろう。あの男は人前で声を立てて
笑うことをせぬ。自分がそれにふさわしくないとでも思いこんでおるのだろうな。
全く、進歩のない馬鹿弟子よ」
 長い髭を撫でながら、得奴定提亭御坊は遠い空を見つめている。
「さても。あの男を止めたいというのであれば、ワシも付き合おう。仏名を
授けた縁もある」
「バナナおいしいなぁ」
 置いてけぼりにされた花梨は、ヤケ食いをしている。


 ゲホン、ゲホン。
「咳をしても独り……フフ」
 アパートの自室で布団にくるまったユーナ・キアは、寂しそうに笑っていた。


 昼休憩の教室。
「だっ……だ〜れだっ」
 震える手で、後ろから目隠しされた貴明は困っていた。
 声だけで人を判別することは、実は難しい。
 あらかじめ来るとわかっていれば、頭はそのために準備を始めるのだが、
普段、人間は視覚、聴覚、嗅覚などの総合的な情報から世界を把握している。
「んっ、んんっ? 花梨?」
 こんなことをするのは花梨ぐらいしかいないだろうと思って、貴明は名前を呼んだ。
「……」
 ピシリと音がして、眼球に指が食いこんだ。
「花梨……呼び捨て? ……タカぼう〜〜っ!!」
 ミシミシミシと頭蓋骨が鳴っている。
「ぐああああっ! ウソです、タマ姉っ! ほんの冗談なんですっ!」
 弁明は却下された。
 昼の教室、貴明の悲鳴が聞こえる。
 怯えた顔で、小牧と花梨が、その様子を眺めていた。


 TASはワクチンが開発されていない奇病である。
 なぜ、あの時、あの場所にアフロが現れたのかはわからない。
 問題なのは、世界がアフロに覆われる危機が再び生じたということ。
 巨大アフロが確認されたデパートを中心として、様々なところで消毒作業が
行われて、つい先日、特務部隊3チームを犠牲として、巨大アフロが焼却処分
されたというニュースが報道された。
 アメリカ大統領は、その吉報を喜んで日本の特務部隊の活躍を讃えた。
 イスラム教徒達は、その日だけはメッカの方向を拝んだ後、特務部隊が
没した方向に向かって礼拝した。
 アフリカ大陸にいるゾウさんの群れも、東の方を向いて、高々と鼻を上げていた。 
 TASハザード。
 世界の歴史で、そう呼ばれるようになった事件が終わった後。

「まずいよ、たかちゃん。このままだと、あと半月後には世界からパンティが
なくなっちゃうよ」
 花梨が示しているグラフは、世界で一日に盗まれた下着の総数を表していた。
 右肩上がりというには尖りすぎなぐらいに跳ね上がったグラフを見て、
貴明は顔をしかめる。
「なにをやってんだ、あんた」
 隣りに立って、答えてくれるはずの者はいない。
「たかちゃん、怖い顔をしているね」
「……そう?」
「うん。でもね、たかちゃん。焦ってもよくないと思うよ」
 隣りに立っていた花梨は、疑問には答えてくれなかったけれども。
「必ず、また姿を現すと思うから。今度こそ捕まえようね」
「ん。そのとおりだ」
 戦う勇気は与えてくれた。
 

 それは世界の終末を告げるケダモノ。
 歪んだ蛇のような体になって。
「バルバルバルっ!」
 末路を迎えようとしている男は、狂ったように吠え猛っていた。 
 巨大というには、あまりにも巨大過ぎて。

「静のパンツ返せっ!」

 刀を構えた頬がこけた剣士が、羽織をひるがえして、歪んだ蛇に向かって叫ぶ。
 百鬼殺しとして知られた剣士、来田道戻は、愛娘である静の腰巻きを盗んだ
悪い蛇を追って、廃村の中で対峙していた。
「バルバルバルバルっ!」
 全身のウロコ、世界にある全ての色を重ねて、重ねすぎて黒くなったウロコを
奮わせて、紫電の渦を発生させた。
「えやあっ!」
 来田道戻の体に流れるのは鬼の血。鬼を殺す鬼の血。
 誰も住まなくなった廃屋をなぎ倒し、吹き飛ばしながら迫り来る豪電の柱を
束ねた嵐の隙間。その中をかいくぐって、鬼殺しの刀を振り上げる。
 一閃。
 胴体を切断できたと思ったが、それは軽く、ウロコに傷をつけただけだった。
「……刀では無理か?」
 弱気ではなく、事実だけを口にして、来田道戻は自分を押しつぶそうとする
歪んだ蛇の胴体を横飛びに避ける。

「……とね……ゃんは俺んだーーーーっ!!」

 見れば、髭を生やした太っちょの男が、別方向で両手に千本のスリッパを重ねて
持って、鞭のように歪んだ蛇の頭を叩いていた。蛇はわずらわしそうに頭を下げて、
それから、思い切り振り上げた。
「ことっ!!??」
 頭突きを食らって吹き飛ばされた男が、廃屋の崩れた壁にぶつかって、ピンボールの
ように跳ねながら、遠くへ遠くへ飛んでいく。
 バインバインバインと肉が弾む音が小さく高くなって、しばらく響いていた。
「おのれっ……いや、あの人、だれだか知んないけど」
 気を取り直して、来田道戻は刀を構え直した。
 きたみっち流必殺剣「天翔活造」(アマカケルイキヅクリ)であれば、あるいは……。

「…ぎぃやぁぁああああああああああああああああああああああぁぁっっ!!!!…」

 見れば、緋色の目をした緑色のローブを着た男が、全身から黒い炎を
噴き上げながら、ポコポコと歪んだ蛇の体を拳骨で叩いていた。
「すっ、すすすすす、すぃほ様のパンティを私にぃいい!!」
 トランス状態に入っているのか、緋色の目はうつろで、顔は恍惚としていた。
「イアア! イアイアイアイア! イアアアアアアアアア!」
 ベシンと、歪んだ蛇は隠し腕で奇声を上げている緑色のローブの男を叩いた。
「うわっ、人型の穴が開いて、その中にはまってる。漫画みてえ」
 静が大好きな猫とネズミの漫画を思い出したが、来田道戻は正気に返って、
刀を構え直した。
 きたみっち流必殺剣「天地人腹踊」(テンモチモヒトモミナタノシクハラオドリ)で
あれば、あるいは……。

「ふっふっふ……ふはははははっ!! 大人しく私の研究材料になりなさいっ!」

 見れば、たれ目でビームライフルを構えた白衣の男が、ビキューン、ビキューン
とメガな粒子を放ちながら、歪んだ蛇に襲いかかっていた。
「すぉ、すぉ、すぉして、あの魔法のパンティを私にっ!」
 持ってないよ。
 歪んだ蛇が首を横に振ったので、白衣の男の動きが止まった。
 ドババババババババと、ハイメガでキャノンな粒子が歪んだ蛇の口から放たれて、
白衣の男は遠い空へと飛んでいく。
「ギャグじゃなかったら蒸発してるよなあ。鶴亀鶴亀」
 そのままオチまで持っていきそうになって、来田道戻は正気に戻り、刀を構え直した。
 きたみっち流必殺剣「宝剣宝玉百花繚乱」(オタカラゴカイチョウオドリコサンニハ
フレナイデクダサイニュウハーフデモココロハオンナデス)であれば、あるいは……。

「ん? どんな技やねん?」
 必殺剣名と読み仮名が全然合っていないことに気づいて、来田道戻は自分の
流派が何であったのか思い直した。

 それは鬼を斬る鬼の刃。

 ならば、例え相手が竜のごとき歪んだ蛇であっても変わることはない。
「必殺剣。鬼断(オニヲタツ)」
 手に持っていた刀が刀以外の何かへと変わる。
 それは強いて言うならば、清廉なる浄化の炎であった。
「バルバルバルバルバルバルっ!」
「参るっ! えやああああああああああああっ!」

 暗きウロコを剥ぎ、心の臓まであとわずか。
 あとわずか、炎が伸びてさえいれば。
 倒れ伏して、血を流しながら。
 来田道戻は去っていく歪んだ蛇の巨体を、霞んだ目で見送った後。
 静かに気を失った。