To Hentaimask2 <Karin-Sasamori(2)> 投稿者:AIAUS


 それは正義だって信じてる。

 あと何回変態変身できるのか、わからない。体力と芳香の浪費を避けるために、
貴明は、その晩は眠って過ごした。
 古木の幹のように太く節くれ立った全身、赤い四角目。そして、ピラニアの
ごとき三角歯。
 眠れない。
 同じ血を引く姉妹のパンティを被ったというのに、どうしてアイアウス
だけが、あんな風になってしまったのか。
 もしも自分がアヤカのパンティをねだって被っていたら、自分があんな風に
なってしまっていたのか。
 こうしている間にも、アイアウスはどこかで凶獣のごとき体を奮って、
誰かを襲っているのか。
「盗んででも、パンティを補充するべきなのか?」
 それをやってはいけないと、アイアウスに止められていた。
 しかし、こういう状況に至っては、するべきだとも思う。
 もしもアイアウスが正気を失って化け物となってしまったのなら、彼を
止められるのは、おそらく同じケダモノである自分しかいない。
 残されたのは一枚のパンティ。
 同じパンティで変態変身を続ければ、それはきっと、ただの布きれに変わる。

 それは正義だって信じてる。

 けれども、末路を辿ってしまった男の言葉を破る気概は、貴明にはない。
 眠れない夜が続く。


「あっ、たかちゃん、たかちゃ〜んっ!」
 昼休憩の教室、弁当を机に広げていた生徒たちが怪訝そうな顔で貴明と花梨の
顔を交互に眺めている。
 恥ずかしいから、手をブンブン振って、教室の入り口から呼ばないで欲しい。
 そう思いながら、貴明は自分の席を立つ。
「ねえねえ、たかちゃん。今日の放課後っ!」
「一緒に、UFOを探しに行くの?」
 にこにこと笑いながら、花梨は首を横に振った。
「そうじゃないよ。ほら、昨日。すっごい凶暴そうな宇宙人に出会ったじゃない。
あの宇宙人を探しに行こうよ」
 宇宙人とはアイアウスのこと。貴明はうなずこうとしてから、花梨の顔を見つめた。
「笹森さんも付いてくるの?」
「え? あったりまえじゃない。ミステリ研の部長が宇宙人を捜さずにして、
だれが捜すっていうのよ」
 危険だと貴明は言おうとしたが、謎のレーダーの所有者である花梨にヘソを
曲げられても正直困る。わずかに悩んだ後。
「笹森さん。もしも、昨日みたいに襲われたら。俺が前に立つから。その間に、
後ろも見ないで逃げてくれよ」
「えっ……やっ、やだなぁ、たかちゃん。格好つけても、なにも出ないよぉ」
 くだけた調子で花梨は手のひらをパタパタと振っていたけれども。
 宇宙人捜しなどという物見遊山ではないことを知っていた貴明は、そのことを
花梨に約束させるまで、放課後、一緒に出歩くということを約束しなかった。

 放課後。
 今のところ、丸形レーダーに反応はない。
「たかちゃん。そもそも宇宙人というものはねぇ……」
 特に目的もなく、レーダーの電源を入れたままで学校の外をブラブラ歩いているので、
花梨は退屈しのぎに宇宙人談義を始めて、貴明は、それに相づちを打っている。
「同時代に知的生命体が発生して、その片方が宇宙に飛び出せるくらいまで文明を
発達させている可能性っていうのは極微だけど。それでも宇宙に存在する地球型惑星の
数は、その極微を覆すぐらいに莫大な数があって……」
 レーダーは緑色の光線をゆっくりと回転させるだけで反応を表さない。
「それにさ、たかちゃん。もしも、私達が他の星まで移動できる船を持っていたと
したら。絶対、その星に遊びに行って、どんなとこか見てみたくなるじゃない。
それと同じことだと思うんだよ」
 好奇心は猫を殺す。大宇宙では、なんというか知らないけれど。
 猫殺しの反応は、ピコンピコンと音を立てて、レーダーの画面の上で踊っていた。


 猫を殺す者は竜をも殺す。
「イィンっ! 防ぎなさいっ!」
 遙か遠き場所より召還された、ウロコと長い尻尾を持つ竜は、その長い体を
くねらせて、暴虐の一撃を受け止めていた。
「ギュピィっ!」
 その一枚一枚が騎士の構える大盾のごとき分厚い竜のウロコが、ただの人間の拳骨に
殴られてヘコみ、竜は怒りの声を上げた。
「バルバルバルバルっ!!」
 その怒りの声に応えるのは、猛虎のごときケダモノの咆吼。
 長い首をもたげさせて、手も足もない蛇のような姿をした竜は大きく口を開ける。
 コーン状に広がる劫火の奔流が、情け容赦なく古木の幹のような姿をした
二本足で立つ化け物に向かって降り注いだ。
「バグルっ!」
 大きく手を広げて、顔を白い布で覆った化け物、アイアウスは障壁を出現させる。
 ナイロンとか、綿とか、シルクとか。そんな、ただの布の塊が。
「バカな……イィンのドラゴンブレスを……」
 炎耐性の城壁さえも易々と焼き焦がすはずの竜の炎の吐息を、千枚のパンティの
壁が防いでいた。

「変態秘奥義、セクシーランジェリー・バリケード……」
 その光景を見て、貴明は呆然と立ち尽くしている。
「たかちゃん! たかちゃん! 昨日の宇宙人と魔法使いが戦っているよっ!
それにほら、UMAだよ、UMAっ! あのムケーレ・ムベンベみたいなヤツっ!」
「ピギィっ!」
 暗黒大陸の湖に潜むと言われる大蛇扱いされて、神聖なる召還竜である
イィンは花梨に向かって、不満そうな声を上げた。一瞬、スキが生まれる。
「バルバルバルバルバルっ!」
 ナイロンとか、綿とか、シルクとか。そんな、ただの布の塊が。
 互いに擦れ合って、激しい静電気を発生させる。
「ギィイイイイイイイイイっ!」
 何百万ボルトという高圧電流を伴ったアイアウスに接触されて、巨大な蛇の
ような体をした竜はのたうち回り、首をもたげて、悲しそうに一声鳴いた後。
「……イィン。おかえり」
 召還者であるユーナ・キアの命令によって、この世界から退場した。
「たかちゃん、たかちゃんっ! ベンベが消えて、魔法使いの人だけになっちゃったよ」
 貴明は迷っていた。

 そいつに触れる事は死を意味する。

 後ろに花梨を庇い、目の前にアイアウスの背中を見つめて。
「魔法使いユーナ・キアっ! グェンディーナの誇りのためっ、あなたを
下着ドロボウの罪で成敗いたしますっ!」
 震えながらも左手でステッキを構えて、肉体の悪魔と化したアイアウスの前に、
グェンディーナのホウキ乗り、ユーナ・キアが立つ。
 河野貴明は取り柄というものを持たない、ただの少年であるから。
 この場で立ちすくんでいたとて、それは罪とはならない。
 しかして。
「たかちゃん……どうしよう。警察とか呼んだ方がいいのかなあ」
 竜が勝てない、魔女が勝てないものに、どうして一介の警官が勝てるのか。
 ーバルバルバルー

 そいつに触れる事は死を意味する。

 わかっていたけれど。

 弱き者を守ること。
 それは正義だって信じてる。

 かつて男が言った言葉を素直に信じた少年は、学生服の右ポケットから
一枚の布を取り出した。
「たか……ちゃん?」
「フォオオオオオオオオオオオオオオっ!」
 たとえ、明日から変態と指差されることになったとて。
 黒パンティを被った貴明は、アスファルトを蹴って、化け物の後頭部に
自分の膝を叩き込んだ。

「バルっ!?」
 予想しなかった後方からの奇襲に、アイアウスの巨大な体が傾ぐ。
「好機っ!」
 キュルピピピン☆
 不思議な音を立てて、鋼鉄をも溶かす青の光輪が立て続けにアイアウスの
胸板に叩き込まれる。それはわずかに、大胸筋に丸い跡を残すだけ。
「ウォオオオオオオオっ!」
 しかし、逆髪をつかんで、頭蓋骨さえも巨大化したアイアウスの頭に
飛び乗って、ドガドガと叩きまくられるのと同時に喰らうのは不愉快らしく。
「バルバルバルっ!」
 頭を大きく振って、貴明を後ろに跳ね飛ばすと、アイアウスは宙を蹴った。
 それは肥大した筋肉にふさわしい、巨体を黒い点に変えてしまう高空への
飛翔で。
 とても、追撃はかなわなかった。

「どうして……助けてくれたのですか?」
 青いドレスを着た魔法少女ユーナ・キアは、花梨に頭を抱き起こされて
地面に倒れている貴明に向かって、問いかけている。
「うるさいな。当たり前のことを聞くなよ」
「フフっ。そうですね、失言でした」
 こらえきれない笑みが、キアの顔に浮かぶ。
「……たかちゃん。パンツを顔に被って臭くないの?」
 臭くない。
 魅惑的な魔女の芳香はもう薄れていた。
「それに……あなたはだれ?」 
「私はグェンディーナ王国軍特務部隊隊員、ユーナ・キア。王国のパンティを
全て盗難した犯罪者を追って、はるか異世界であるまで、ホウキに乗って飛んで
きました」
「ホウキって……本当に魔法使いっ?」
 嬉しそうな顔の花梨に向かって、キアはニッコリと微笑んで答える。
「はい。スフィー様の留学先である、この場所に。あの卑劣漢が潜伏しているとは
思いも寄らぬ不幸でしたが。今、私は心強い友軍を得ました。変態仮面タカアキ。
あなたと共に、私は犯罪者を捕らえます」
「タカアキじゃない。俺はタッカー。変態仮面タッカー」
「たか、ちゃん?」
 大腿筋と腹筋だけで立ち上がり、クロスアウトして、股間と顔面以外は素裸に
なった貴明は胸を張った。
「そして、あの人の名前は変態仮面アイアウス。万言を尽くしても否定できない、
混じりっけなしの変態野郎だ」
「アイアウス……タッカー。くわしい情報の提供を要請します」
「心得た。かもりん。我ら三人、今からアイアウスを討つ義勇の兵となるぞ」
「かっ、かもりん!? ちょ、ちょっと待って、たかちゃん。そこのキアさんと、
たかちゃんだけじゃなくて、私も入っちゃうの?」
 ムリヤリ手をつかまれて、三人で円陣を組まされる。
「我らは一つ。一人は、みんなのために」
「みんなは一人のために」
「ちょ、ちょっと待って〜〜っ!!??」
 かもりん、こと、花梨の悲鳴混じりの意見は、情け容赦なく却下された。


 パンティを被ったまま、フンフンと鼻を鳴らす。
「たかちゃん……それって変態だよぅ」
 唇を尖らせて花梨は文句を言っているが、まだ変態変身したままのタッカーは、
キアと詳細な情報を交換し合っていた。
「なるほど。あなたは女性の下着を鼻腔近くに密着させ続けることによって、
種の潜在能力を全て解放することができる能力の持ち主なのですね」
「そうだ。そして、アイアウスさん……いや、アイアウスも同じ能力の持ち主のはずだ」
 倒さねばならない相手に同情は不必要。言い直した貴明に対して、キアは
安心させるように微笑んだ。
「大丈夫です。私とて、できれば、生きたままで捕らえて、罪に服して欲しいと
思っていますから」
「そんな甘い考えが通用する相手なのか……」
「そうですね。現状の戦力比は三対一とはいえ、もっと兵力が欲しいところです」
「絶対に決定なの、この同盟?」
 あきらめたように、花梨は手に持ったレーダーの丸画面を見つめている。
「不思議は好きじゃなかったのか、かもりん?」
「……その呼び方、普段の顔で言ってくれたら、絶対許可しちゃうんだけどなあ」
 ゴージャスな黒パンティを顔に被った貴明の髪は針金のように逆立っていて、
目は白い逆三角形型をしていたので、花梨は目をそらす。
「今日のところは、これで解散にいたしましょう」
 レーダーに反応はない。
「そうだな」
 パンティを被ったまま、フンフンと鼻を鳴らす。
 次回の変身はできそうにはなかった。
「ううぅ〜。仲間が見つかったと思ったら、変態さんだったなんて……」
 花梨が往生際悪く、まだボヤいていた。


「笹森さんが度胸のある方で助かったよ」
 ミックスサンドの箱を開けながら、貴明はつぶやいた。
「度胸があるって言うか……あんまりヘン過ぎて、呆れているだけだけどさぁ」
 購入主の許可なく、タマゴサンドを取り上げた花梨は、白い食パンに挟まれた
卵の味を楽しみながら、貴明と話しを続ける。
「たかちゃんは変態だけど正義を守るヒーローで、あのアイアウスって宇宙人が、
たかちゃんがやっつけないといけない敵なんでしょ?」
「わからない。同時期に盗んだパンティであるなら、あっちの匂いも薄れている
はずなんだけど」
 パンティを顔から外した貴明は、ツナサンドを食べている。
「匂い、匂いって……絶対に臭いよ。下着を顔に被るなんて」
「それはわからなくても……試す?」
 ブッ。
 貴明があまり突拍子のないことを言うので、花梨は口からタマゴサンドを
吐き出しそうになった。
「試さないよっ! たかちゃんのパンツなんか被りたくないよっ!」
「変態女仮面ガガーリン……」
「地球は青かったって叫ぶの? 叫ぶの?」
 事態の深刻さとは裏腹に、戦場帰りの二人は、楽しそうにミックスサンドを
食べている。


『下着ドロボウ、全国で頻発。ネットを介した裏ブームか?』
 週刊誌の紙面が踊る。
 アイアウスが姿を消して以来、全国の住宅、学校、病院、寺院などから
女性の下着が盗難されるという事件が続発した。

「たかちゃん……アイアウスっていう人、見境がないの?」
「いや。よく、ヒンニュー許すまじっ! って言っていたから、小さい胸の子の
下着は興味がないんだと思う」
「でもね、たかちゃん。これ、小学校や幼稚園からも盗まれているみたいだけど」
「……」
 頼むよ、兄者。ロリコンは嫌いだって、自分でも言っていたじゃないか。
 花梨と一緒に情報集めをしていた貴明は、頭を抱えた。
「こんなに下着を集めているっていうことは、どこかに溜め込んでいるはずだよ。
大量に物資を溜め込んで、なおかつ怪しまれないところってどこかな?」
「倉庫?」
「それだと、すぐに足が着いちゃうよ。倉庫を管理している会社だってバカ
じゃないんだから」
「廃工場とか、今は人が立ち入らない建物」
「うん。その線だろうね。えっと……この辺りで使われていない大きな工場とかの
建物は……」
 二人で真剣に地図を見回している中。
「ふ〜ん。今日の恋愛運は……わっ、ステキな出会いに注意だって」
「キアさん。真面目にやってくださいよぉ」
 魔法使いユーナ・キアは、真剣な顔で女性雑誌を読みふけっていた。
『女帝、来栖川財閥令嬢の下着、またしても盗難か』
 週刊誌の紙面は踊る。

「う`あ〜。河野くぅんっ」
 泣きそうな顔の小牧が、教室で貴明に抱きついてきた。
 否、抱きつこうとした。
「なっ、なに、小牧さん」
 女が苦手な貴明は半歩さがって、可愛らしいベアハッグを避けると、
グスグス鼻を鳴らしている委員ちょに向かって問いかける。
「下着取られちゃったよぉ」
「バっ、バカなっ!? こんな貧乳娘の下着を盗むなんてっ!」
 ピシリと、教室の空気が固まった。
「こうの、くん?」
「有り得ない……週刊誌の情報はデマじゃなかったのか? いつも自分だけ
巨乳娘の下着を独り占めにして、俺には回さないぐらいだったのに」
 やばいことをつぶやいているが、前言があまりにも非道かったので、だれも、
そのことには気づいていない。
「こぉらっ、河野っ! ホントのことだからゆうて、言うていいことと
悪いことがあるんやでっ!」
「ほっ、ホントのことじゃないですっ。少しくらいは大きくなってますっ」
「焼け石に水。大平原に小石一粒か……」
「ちょ、ちょっと、みんな〜っ!」
 教室に立っていた生徒たちが集まり、全員がポフポフと小牧の頭を軽く撫でながら、
優しい微笑みを浮かべる。
「気にすんなよ、委員ちょ。俺、あんたの小さい胸、嫌いじゃないぜ」
「そうよ。学年最下位の委員長がいるから、私達も頑張れるから」
「そうだな。大平原とは言っても、草木は芽生える。希望を捨てるな」
「きぃいいいいいいいいっ!」
 みんなが騒いでいる間に、小牧が齧歯類な威嚇の声を上げている間に、
貴明は教室から抜け出した。
 もしも本当に見境がなくなっているのだとしたら。
 解決を急がなくてはならない。
 
  
「六件目……うう、股が痛いよぉ」
「笹森さん。男の俺の方が痛いんだってば」
 空飛ぶホウキRising Arrow。魔法使いユーナ・キアの操る魔法道具に三人で跨って、
貴明たちは空を飛び回っている。
 どこに潜伏しているのか、アイアウスの姿は見あたらない。
「笹森さん。レーダーに反応は?」
「えっ……んっ? あ、ちょっと待って。なんだろ? 赤い点が三つ浮かんでいるよ」
「どちらの方角ですか?」
 花梨が指差す方向に、キアはホウキを向ける。
 花梨と貴明の悲鳴が重なったが、ホウキは速度を上げた。


 変態秘技マッハスピン。
 もしも貴明が、その場にいたなら、きっと、そうつぶやいただろう。
 変態仮面の技は大きく三階級、三分類に分けることができる。
 変態秘技。変態奥義。変態究極奥義。
 これらは技の強さに当たる。
 肉体技、精神技、パンティ召還技。
 これらは使用する武器の種別に当たる。
 今、地下を猛烈な勢いで掘り進んでいるのは、両手を頭上に伸ばして猛烈に回転
しているアイアウス。いくら潜在能力を開花させているとはいえ、素手で地面を
掘り進むようなモグラのような真似を、人間ができるはずもないのに。
 怪物と化したアイアウスは、平然と地面の下を掘り進んでいた。
「バルバルバルっ」
 壁を崩して至ったのは、下着会社の地下にある倉庫。
 様々なデータ収集のため、モニターから回収した下着が大量に保管してある場所。
 好物に引き寄せられた獣よろしく、アイアウスは下着が納められているコンテナへと
近づく。
「待ちな、化け物。暴れるのは、そこまでだぜ」
 吊り目のツンツン髪の男が、槍のように大きなライフルを構えていた。
「圓名流が嫡子っ、陸奥崇っ! いざ勝負っ!」
 その横では、空手着に黒帯を締めた大男が息吹きを吹きながら、拳を構えている。
「天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ……正義を守れと僕を呼ぶ! ぬぉりゃあぁぁぁ!
悪はどこだぁっ!」
「あっち、あっち」
「バルバル」
「あ、すんません」
 明後日の方向を向いて叫んでいたナックルガードをつけて金色のサランラップスーツを
着た丸顔の男が、ライフルを構えた男と陸奥崇に諭され、アイアウスが自分の顔を
指差していたので、そっちの方を向いた。
「我が名はハイ・ウェイトっ! 正義の毒物使いっ!」
 股間まで金色に染まった男の名乗りに、ライフルを構えた男も面倒くさそうに続く。
「俺の名はルーン。まあ、魔銃使いとでも思ってくれればいいさ」
 そして、ライフルの照準をアイアウスの眉間に合わせて、引き金を引く。
 ガンと、激鉄と爆薬が破裂する音がして、戦いが始まった。

「ぬぉおおおおおおおっ!」
 ナックルガードをつけたハイ・ウェイトが滅茶苦茶にアイアウスの腹を殴りまくる。
 顔面に容赦のない膝が食いこみ、陸奥崇が着地すると同時に、数発の対戦車用
弾丸がパンティを被った大きな顔に食いこんだ。
「バルバルバルっ!」
「マジかよ。エイブラムズより固いのか、あいつの頭蓋骨」
 照準を骨のない、柔らかいはずの腹に移す。
「どけぇ、ハイ・ウェイトっ!」
「正義を守るためには親をも殺すっ! 食らえっ、外道正義殺人技、どくばり弾っ!」
 どこらへんが正義か、よくわからないのだが。
 ハイ・ウェイトが手に持ったニードルガンで毒針を吹きつけながら転がると
同時に、ルーンがアイアウスの胴体に複合装甲をも貫く弾丸を発射した。
 ガイン、ガインと激しい音がして。
 六つに分かれた腹筋が、有り得ないことに、鋼鉄相手に作られたはずの弾丸を
弾き返してしまう。
「詠唱開始。二分でいいから稼げ」
「承知っ!」
 陸奥崇が飛びかかり、続いて、両手両脚を広げて、その上からハイ・ウェイトも
飛びかかる。
「まずいっ! ハイ・ウェイトっ! その雑魚っぽい飛び方はっ!」
「へっ?」
 古木の幹が、真上にせり上がった。
 アイアウスの頭突きを真下から喰らって、ハイ・ウェイトはあえなく飛んでいく。
「さよ〜お〜なら〜っ!!」
「おのれっ、よくもっ!」
 続いて、陸奥崇が踏みつぶされた。
「ちっ!」
 膝立ちで銃を構えていたルーンは詠唱を止めようとしたが、アイアウスは
陸奥崇の背中を踏みつけたままで動かない。
「……なめやがって。受けてやるから唱えてみろってことか?」
 バルバルバルっ。
 そうだと、三角歯を生やした口元が笑っていた。

 地下倉庫の中が燃えている。
 足下に倒れているのは陸奥崇とルーン。天井板の間に足がはまって、黄金バット
のように逆さにぶらさがっているのはハイ・ウェイト。
 燃える倉庫の中で、アイアウスはコンテナを素手でたたき壊し、中に詰められた
下着を漁っている。
 その上空をホウキに乗った三人組が飛び回っていたが。
 地下空間にアイアウスがいるとわからなかったので、その日は戦闘にならなかった。


「やっほ〜。たかちゃん」
 内股で歩きながら、スカートの中側を押さえた花梨が話しかけてきた。
「どうしたの? ヘンな歩き方して」
「むう。たかちゃんが悪いんじゃない。昨日、あんなに頑張るから……」
 誤解を受けそうな発言をする花梨の口を、あわてて貴明は手で塞いだが。
「わぁ。笹森さん、彼氏とやっちゃったんだ」
「すご〜い。後で、どんなだったか聞いちゃおっと」
「河野くん。隣の家の幼馴染みや、年上の幼馴染みだけじゃなかったんだね」
「うんうん。小牧さんも餌食になったって聞いたよ。ケダモノだね」
 嗚呼、俺の悪い噂はどこまで広がっているのか。
 と、貴明は嘆くばかりであったが。
「んぐ〜、んぐ〜」
 口を手で塞がれている花梨は苦しそうにジタバタ暴れていた。
「とっと……」
「ぷはっ! もう、たかちゃんっ! あやうく窒息するところだったじゃないっ!」
「悪い。それで何の用事?」
 片手だけで謝って、貴明は話を別の方向へとそらす。
「え〜っと……ほら、これ。やっぱり昨日のレーダーって正しかったんだよ」
 花梨が差し出したのは、新聞記事の切り抜き。
『下着会社地下倉庫にて、大量の下着が盗まれる。捕らえようとした警備員他、
負傷者多数』
「地下か……それは思いつかなかった」
「あれだけ大きいと、階段とか歩けないだろうにね。壊しながら入ったのかな?」
 まさか地下をドリルのように回りながら突き進んだとは、貴明も花梨も思いつかない。
「どうする? 今日もキアさんと一緒に捜してみる?」
 それはもちろんだったが、貴明には、それよりも先に一つ、解決しておかなければ
ならない懸念事項があった。
「ごめん、笹森さん。お願いしたいことがあるんだけど」
「えっ? なになに? たかちゃんのだったら、なんでも聞いちゃうよぉ〜?」
 その三十秒後。
「やだぁ〜〜〜〜っ!?」
 バチンと、貴明のホッペタに花梨の平手打ちが飛んだ。


「どうしたのですか、タカアキ。ホッペタに紅葉なんかつけて」
「たかちゃんのバカっ!」
「カリンは怒っていますし。いいですか、私達三人はアイアウス捕獲のため、
協力し合わなければなりません」
 いいから、私にも聞かせろと、ユーナ・キアは年相応の好奇心に青い目を
輝かせて、身を乗り出してきた。
「だって……だってぇ。たかちゃん、私のパンティをくれ、って言うんだもんっ!」
「仕方ないだろ。盗むわけにはいかないんだから」
 このみに言った場合、軽く流される。
 タマ姉に言った場合、下着はもらえるかもしれないが、貞操も奪われる。
「だから、笹森さんにしか頼めなかったんだ」
「そんなの知んないっ! たかちゃんのバカっ!」
 ベーっと赤い舌を突きだして、花梨は怒っている。
「なんだ、そんなことですか」
 潜伏用に借りたアパートの一室。煎れたばかりの焙じ茶をすすりながら、キアは
退屈そうに言った。
「そんなことって……キアさんも女でしょっ!?」
「それでは問いますが、カリン。魔女にはヒキガエルの目玉やイモリの黒焼きなどが
付き物ですが、それらを気持ち悪いから使っていると思っていますか?」
 ヘンな質問だったが、花梨は真面目に考え込んでいる。
「う……ううん。なにかの薬効があるから使っているんだと思う」
「そのとおりです。貴明が、あなたの下着を欲しがっているのも変態仮面に変身する
ためであって、あなたを気持ち悪がらせようとか、自分が気持ち良くなろうとか、
そういう意図はありません」
「ううーっ。嫌なものは嫌なのっ」
「笹森さん、どうしてもダメ?」
 冷静な青い瞳に諭され、つぶらな澄んだ瞳にお願いされても。
「だって……ねえ、キアさん」
 三人で囲んだ卓袱台。貴明の隣りにくっつくように座った花梨は、さらに肩を寄せて、
密着しようとする。
「わっ、わっ、なにすんだよ、笹森さんっ!」
 変身していない時は、貴明も普通の男の子。あわてて花梨から身を離す。
「……ほら〜。わかるでしょ?」
「なるほど。確かに、それでは下着をあげたくなくなるのもわかりますね」
 女同士、なにか通じ合うものがあったのか。
「え? あの、どういうこと?」
「うるさいなあ。たかちゃん、わかんないなら黙っておくの」
「そうですね。オシャベリは賢い態度とは言えません」
 ズズズと、女二人で焙じ茶をすする。
 貴明一人が納得のいかないような顔をしていた。


 白い雲を突き抜けて。
 今日もホウキが青空を飛ぶ。
「キアさん。レーダーに反応あったよ〜っ」
「どちらの方角ですか?」
「あっち〜」
 花梨が指差した方角に向けて、ユーナ・キアは空飛ぶホウキRising Arrowを
傾ける。滑り落ちそうになった花梨は、貴明の体にギュっとしがみつく。
「ひゃあああああっ! たかちゃん、怖くないの〜っ!?」
「しっ、心臓がバクバクして、それどころじゃない……」
 たとえ変態の卵であっても、女の子が苦手なのは変わらないのか。
 背中に、かなり弾力がある膨らみが押しつけられ続けて。
 貴明は無闇に鼓動を打つ心臓に舌打ちして。
 ユーナ・キアだけは真面目に敵を追っていて。
 花梨と言えば、子供の頃から待ち続けていた不思議との出会いに胸を躍らせている。
 遙か下の地上で、誰かがホウキが描いた飛行機雲を見上げていた。


「ぽぽぽ……また、こんな役……」
 巨獣に頭をワシづかみにされて、宇治丁が持ち上げられていた。
「離しなさいっ! 離しなさいったらっ!」
 白いコートを着た言霊使いの女、SOSが拳でポコポコと巨大な獣と化した
アイアウスの膝を叩いていた。
「ぽぽぽぽぽ……魅せ場くれるって言ったのに。嘘つき……」
「ひのとっ!」
 ミシミシと頭蓋骨が音を鳴らしている。つぶらな目の男が、そのままの瞳で
転に迎えられそうになった頃。
「待ちなさいっ、下着ドロボウっ!」
 助けは脈絡無く、天からホウキに乗って舞い降りてきた。

 地上へと降り注ぐ青い光輪の群れ。
「バルバルバルっ!」
 それを嫌ったアイアウスは死にかけの宇治丁を離して、後ろへと飛び下がる。
 駆け寄ったSOSが治癒の言霊を深層下より呼び起こしているのに構わず、
左手にステッキを構えたキアと、両腕を上げてファイティングポーズを取った貴明、
その後ろに隠れる花梨が巨獣アイアウスの前に立つ。
「前より大きくなっている……どうなっているのですか?」
「わからない。俺も変身はできないけど、オトリぐらいにはなれるから」
 ステッキを振って、キアは立て続けに青い光の輪をアイアウスに向かって
たたき込み続ける。アイアウスは古木の幹のような両腕を貴明と同じ格好に振り上げて、
顔面への直撃を避ける。そして、そのままジリジリと三人に向かって近づいてくる。
「くっ。キアさん。もっと強力な魔法はないの?」
「ありますが、詠唱に時間がかかりすぎますっ!」
 目の前に肌色の城壁が迫ってくるような圧迫感に、貴明とキアの焦りは隠せない。
「大丈夫っ! こんなこともあろうかとっ!」
 どこかの博士のようなセリフを叫んで、花梨は青いミニスカートを履いている
キアの後ろに回った。
「へ?」
 情け容赦なくミニスカートの中に手をつっこみ、履いているパンティの裾に手を
かけて、花梨はキアの下着をスベスベの太ももから、一気に下に降ろす。
「なっ、なりません、カリンっ!」
「どうして? だって、これって魔女のヒキガエルと同じだよ?」
 交互に踵のところを持って、ほかほかパンティをゲットすると、空高く投げ上げた。
「たかちゃんっ!」
「おおうっ!」
 呼号一つ口から吐き出し、貴明は空高く舞い上がる。
 魔女っ子らしく、ちょっとエッチな赤のパンティ。
「合身っ!」
「がっ、合身って言わないでくださ〜いっ!」
 キアの悲鳴が聞こえたが、空中でパンティを被った貴明は聞いていない。
「この、肌に吸いつくようなフィット感……」
 貴明の頭上にエクスタシーメーターが灯る。
「どこか風呂場で嗅いだような懐かしい臭い……」
「バル?」
「臭い?」
 アイアウスと花梨が首を傾げた。
「気分はっ」
 エクスタシーメーターがマイナス方向に向かって逆進していた。

「ウォエエエエエエエエエエ」
 
 あれ?
 てっきり学生服を脱いで、クロス・アウトとか叫ぶと思ったのに。貴明は背中から
地面に落ちて、爪先を上げてビクンビクンしながら空嘔吐を繰り返している。
「だから言ったのに……」
「バルバル」
 アイアウスが拳から人差し指を出して、股間に当てていた。
「もしかして、キアさんってオカマさん?」
「オカマじゃないです。グェンディーナの魔法使いの正装だから……」
 モジモジと指を突き合わせて、顔を真っ赤にしたキアは叫ぶ。
「それに、心は立派な女の子ですっ!」

「ウォエエエエエエエエエエ」
「ああん……翼徳……雲長……今、そっちに逝くよ」
「19世紀前の見えないオトモダチとオハナシしないでぇえええ!」

 貴明のゲロ声と、ぽぽぽな宇治丁のカスレ声と、宇治丁を助けようと必死なSOSの
悲鳴が道路に響いていた。

「バルバル」
 それじゃ、今日はこのへんで。
 貴明の顔からキアのパンティを引っぺがし、死にかけた宇治丁を
コカン・グッスリネンで永眠……ではなく安静にさせてから、アイアウスは
去っていった。
「犠牲者が二人……なんて恐ろしい」
「たかちゃんはキアさんの魅惑フェロモンにやられたんだけどね」
 コホン。
「それはともかく。貴明はどうやら、女性のパンティではないと変態変身
できないようです」
「う〜。だからって、たかちゃんにパンティあげるのはイヤだよ」
 手と足をくくりつけられた貴明は、キアと花梨と一緒に空を飛んでいる。
「ぽぽぽ……ここはどこ? 僕はだれ?」
「よかった……ゴメン。ゴメンね、ひのと」
 眼下で小さな愛が育まれていたが、それに気づくことなく、ホウキは飛んでいく。


 はあ。
 溜め息を一つ。
「キアさん、あんなに可愛いのに男っていうのは反則だよなあ」
「なんで? 可愛いからいいジャン」
「可愛いからマズいのっ!」
 休憩時間の教室。貴明と花梨は楽しそうにオシャベリをしている。
 遠目で委員ちょが恨めしそうな顔で見ていたが、それにも気づかない。
「でも、たかちゃん。早く倒さないと、どんどん被害が拡大しているよ?」
 パソコンも使えるのか、プリンタで出力したデータが描かれた紙を花梨は手渡した。
「これは……ちょっと凄いな」
「うん。ロシアとかアメリカとか聞いたことがない小島とか。あの人、どうやって
移動しているんだろうね」
 世界各地から、下着ドロボウ現れるというニュースが流れていた。
「わからない。俺も下校途中で襲われるように出会っただけで、くわしいことは
何も知らないんだ」
「委員ちょ〜。うちもパンツ盗られてもうた〜」
 小牧と仲の良い関西弁の女子生徒が悲しい声を上げている中。
 また、世界のどこかで女物の下着が盗まれていた。