To Hentaimask2 <Karin-Sasamori(1)> 投稿者:AIAUS

作品を読まれる前に御注意:

☆この作品はTH2のネタバレを含んでおります
☆この作品はいわゆるシモネタ系の作品です
☆未だL学になっていませんが、最終話の後で帳尻合います。

以上、承諾いただけたら、下へとお進み下さいませ。







 一人暮らしの自炊っていうものは面倒くさいもので。
 コンビニ、スーパーなどで手軽に食事が購入できるようになった今、
女の子でもやりたがらないものだから、料理もまともにできない貴明が朝早く
起きて、自分の弁当を作るという理はなかった。
「さて、パン買いに行くか」
 雄二はメイドさん同好会の会合があるとかで、先に席を外している。
 教室を出た貴明は、食堂に向かって走り始めた。
 比喩ではない。
 貴明は本当に、食堂に向かって走り始めた。
「たまご、たまご、タマゴサンドを食べちゃうぞっと♪」
 向かい側を通り過ぎるのは、ミックスサンドの入った透明プラパックを
持っている女子生徒。欲しいパンをゲットするためには、根性と執念と、
なによりも脚の速さを要求された。
「それにしても……さっきの女の子。なんで、髪飾りがドクロ?」
 あまりお手入れが行き届いているとは言えない髪を二つ、後ろで結んでいた
女子生徒の左側には、なぜかドクロの髪飾りがついていた。
 不思議と言えば、不思議である。


 その姿は闇を溶かし込んだごとくに漆黒で。
 手も足も胴体も、顔までも黒く染めて、股間と顔面だけを白い布で隠した男が
立っていた。
「グググ……」
 邪悪な笑い声が男の口から漏れる。
 全身、漆黒に染められた。これは魔術用語における「黒化」と呼ばれる現象。
 黒とは闇の色。
 闇とは死を現す色であり、すなわち終焉。
 黒化とは魂を闇に取り込まれた人間が辿る末路である。
 黒化した男の名前はアイアウス。正義を貫く魂の持ち主は今、黒く染められ……。




「いや、これ。煙突くぐったらススついただけ」
・
・
・
 ホー、ホー。
(どこかでフクロウが鳴いている)
・
・
・
 おい。シリアスなイントロで入ったのに、どうしてくれる。
「そんなこと私が知るものか。大体、黒いだけで悪人だったら、アフリカ大陸は
悪人だらけになる。この黒人差別賛同者め」
 まぎらわしい格好すんなっ!
「貴様の魂が穢れているから、そんな穿った解釈をしてしまうのだ、外の文。
大体、アフリカ大陸の救世主は黒い肌で髪はアフロだ。そんなことも知らないのか」
 なぜか外の文にキレながら、アイアウスは全身についた煤をタオル地のパンティで
ぬぐって、満足そうに盗んできたばかりのパンティを二枚取り出した。
「名門、来栖川財閥御令嬢のパンティ。しかも姉妹そろって……グググ、たまらん」
 相変わらず変態である。
「んー、どっちにしようかな。やっぱり、世界ヘビー級チャンピオンのベルスティン
を3ラウンドで屠った女傑のパンティがいいかな」
 子供のように平行四辺形の白目をキラキラと輝かせながら、アイアウスは片側の
パンティを手に取った。そして、残った一枚は……。
「我が魂の兄弟。今夜は宴になる。待っていろ、変態仮面タッカー」
 来栖川財閥とは日本経済を支える大財閥の一つで、メイドロボを初めとして、
車や電化製品、鉛筆に至るまで、ほとんどの分野に手を伸ばしている巨大経済
グループの一つである。その本邸は厳重なセキュリティによって保護されて、
アリの子一匹でさえ侵入が難しいはずであるが、下着ドロボウに関しては怪盗の
三代目並の能力を誇るアイアウスは、姉妹が入浴している脱衣場から未洗濯の
パンティを盗むことに成功していた。
 これが世界の運命をも狂わすことになる。


 場所は貴明の部屋。時刻は深夜。
 パンティを裏返し、当て布に人差し指と中指を、茂みが当たるところに親指を
当てる礼法にかなった嗅ぎ方は、知らない人が見たら、いや、知っている人が
見ても、完全に変態その物である。
 熱心に嗅いでいる貴明のフルネームは、河野貴明。この近くの学園に通う、
とりたてて特技というものを持たない帰宅部専属の学生である。体付きは中肉中背。
特に運動をしていない体は脂肪でたるんではいないけれども、筋肉で
引き締まっているとも言えない。顔は大人しくて優しそうではあったが、
クラスの女子生徒の注目を浴びるほどでもない。頭脳も愚鈍ではないけれども、
学校で一番の成績を取る教科があるほど特徴があるわけではなかった。
 そんな少年が、横に立った変態男アイアウスにパンティを手渡されて、
嗅覚に神経を集中させている。
「これは……普通のパンティじゃないね」
 わずかに異質の香りがする。それは嗅いだことがない、という単純なもの
ではなく。原子や分子以外の原因から香る匂い。それがなんなのか、貴明には
うまく言い表すことができなかった。
「魔女が履いたパンティだからな。確かに普通ではない」
「魔女? なにそれ? そんなものいるわけないじゃないか」
「パンティを被って変身する変態とて、常識で考えればいるわけがない。
河野貴明、自分の存在を棚に上げて常識を騙るな」
 アイアウスの言葉に、貴明は自分の持っているパンティを見つめて、
固唾を飲んだ。
「それじゃ、もしかしてこれ、本当に……」
「うむ。貴様が持っているゴージャスなフリル付き黒パンティは確かに、
魔女が履いていたパンティに間違いない」
「これが……魔法の香りか」
 履いていた本人が見たら究極魔法を喰らうこと間違いなしであるが、
貴明はまったく気にせずにフンフンと鼻を動かしている。
「そして、こっちが世界最強の女が履いていたパンティだ」
「えっ……もしかして来栖川綾香の?」
「わかるか。さすがは男の子。格闘技は好きなようだな」
 アイアウスがヒラヒラ振っているパンティを見て、貴明は羨ましそうな表情を
したが、自分が手に持っているパンティも気になった。
「……綾香のかあ」
「香りとしては、そっちの方がいいだろう。こっちは跡がわかるくらい汗ばんでいる」
 なんの跡かは突っ込んではならない。
 下着鑑定に関しては先輩であるアイアウスがそう言うので、ベッドに腰掛けた
貴明は興奮から冷めて、自分が持っているパンティの裾に手をかけた。
「ん、そうだね。それじゃ被ろうか」
「フフフ。今夜は宴だ。二人で地獄のサバトを踊ろうぞ」
 今からパンティを被ろうとしている少年と、被り直そうとしているオッサン。
 少年は、どこにでもいそうな平凡で、ホントは女の子が苦手な貴明。
 オッサンは、平行四辺形の白目をした変態仮面アイアウス。
 その正体はまだ不明。
 二人がどこで出会ったか、どのように出会ったか。
 今回の物語で語られることはない。
 何が語られるのかは、この物語を読むものだけが知る。
 


 予鈴が鳴る十五分前。
 学生服姿の連中が集まる校門前で。
「うぃ〜ス!」
 珍しく早起きした雄二が手を上げて、貴明と、このみに挨拶した。
「ユウくん。おはよ〜」
「おはようさん……なんだ、貴明。ホラー映画十連発で見たような青ざめた顔して」
「えっと……タカくん、朝からずっと、この調子なの。それで、今日ね。タカくんを
家に迎えに行ったら、玄関の前に窓ガラスが散らばってて……あっ」
 袖を引っ張った貴明が怖い顔をしていたので、このみは黙った。
「んだぁ? おまえ、本当にホラービデオ見ていたのか?」
 馬鹿笑いをしながら雄二が膝で貴明の腕をつついたが、
「ゴメン。今日は冗談につきあえる気分じゃない」
鋭い刃物のような冷たい言葉が返って来るだけだった。
「おい、どうしたんだよ、貴明の奴」
「わかんない。朝、タカくんの家に行ったら、タカくんの部屋の窓ガラスが
吹き飛んでいたの」
「吹き飛ぶ?」
「サッシごと外に飛んでいたんだよ。ねえ、タカくん。怒ってないで、
なにがあったか話してよぉ」
 このみが貴明の袖を引っ張り、雄二が彼の顔を見つめて、怖い顔で彼女を
黙らせないようにしていたが、それでも喋ろうとはしなかった。


 昨夜。
 世界最強の女アヤカのパンティを被ったアイアウスが突如暴走し、
隣りで変態変身していた貴明を突き飛ばして、窓ガラスを蹴り破り、
外に飛び出していった。
「こんなことは人には話せない……」
 まさしく。
 それは自身も変態仮面であると人々に言いふらすのと同じこと。
 アイアウスに何が起こったのか。
 今、自分が持っているパンティ一枚の香りが薄れる前に、そのことを
突き止めなければならない。
 朝から、貴明は憂鬱であった。


 変態仮面の先輩であるアイアウスの奇行は珍しいことではない。
 珍しいことではないが、昨夜は異常であった。
 古木の幹のように節くれ立って盛り上がった全身の筋肉。
 血走って赤くなった平行四辺形の目。
 心配した貴明が声をかけた途端、壁が歪むくらいの勢いで突き飛ばされた。
「ギャバルルルルルルルルルルっ!」
 それは空気そのものを砕いていくような、臓腑が凍るような魔物の叫び声。
「アっ……アイアウス、さん?」
 強く背中を打った貴明が最後に見たものは、窓ガラスを蹴り破って外へ
飛び出していくアイアウスの巨大な背中であった。
「どこに行ったんだ?」
 こうして呑気に学校に行っている場合じゃないと、本能が告げていた。
「なにをしているんだ?」
 それでも、どうしたらいいのか、わからない。
 変態仮面だ、タッカーだと言っても、貴明は自分で驚くほど無力だった。
「どうすればいい?」
 つぶやきながら、ボンヤリと休憩時間の廊下を歩く。
 ボフっ。
「きゃんっ」
「……えっ?」
 胸に感じたのは、柔らかい感触。
 目の前にペタリと尻餅をついて座り込んでいるのは、見たこともない女子生徒だった。
「わ、わ、悪い」
 女の子のパンティは平気だが、女の子そのものは大の苦手である貴明は、
声をうわずらせながらも尻餅をついている女の子に謝った。
 どこかで見たような。
 あまりお手入れが行き届いているとは言えない髪を二つ、後ろで結んでいる
女子生徒。髪にはドクロの髪飾り。
「あっ、君か……」
「え? え? 私のことを知ってるの?」
 知っている、というほどではない。廊下ですれ違って、たまたま覚えていただけの
関係。
「なんでもない。ごめんね」
 手を握ることはできないので、女の子が自分で立ち上がるまで待ってから、
貴明はもう一度謝った。
「どうしたの? もしかしたらUFOでも探してた?」
「アハハ。そうかもしれないね」
 愛想笑いもうまくできなくて。貴明は溜め息をつきながら、その場を去る。
「ちょっと調査してみようかな」
 その貴明の背中を、ドクロの髪飾りをつけた女の子が妖しい微笑みを浮かべて、
興味深そうに見送っていた。 
 

「ねえねえ、河野くん」
 結局、授業もの内容もマトモに頭に入らなかった貴明を、誰かが呼んでいる。
「小牧? どうしたの。困った顔して」
 貴明の言うとおり、クラス委員長の女子生徒、小牧が、心配そうな顔で
貴明を見ていた。
「あ…あの……笹森さんって女の子に、河野くんのことを聞かれたんだけど……」
「笹森さん? だれ、それ?」
「へ?」
 ポカンと小牧が口を開けた。
「河野くん……いえ、たかちゃんって呼んでいたけど。たかちゃんのことを
教えてって、笹森さんに根ほり葉ほり聞かれたの……」
「だから、だれ、それ?」
 貴明はイジめているわけではないのだが、問いつめられて、小牧は顔を
赤くして、指をモジモジと突き合わせている。
「あたしもよく知らないの。ミステリ同好会の設立の時に、お手伝いをしたぐらいで」
「ミステリ同好会?」
「うん。あたしは推理小説の研究でもするのかなって思って手伝ったんだけど。
なんだか、オカルトとか超科学とか研究しているみたいなの」
「オカルト? 超科学?」
「その……幽霊とかネッシーとかUFOとか超能力とか。河野くん、知らない?」
「とりあえず俺は興味ない」
「……そうなんだ……」
 どこか残念そうな顔で小牧はうつむいてしまう。
「あ、でも、魔法は信じるかな。あるかもしれないって」
「魔法? 昔、オカルト研究会っていうのがあったそうだけど」
「そういうんじゃなくて。魔法みたいな出来事があるかもしれないってこと」
「ん〜……そういうのはいいかも」
 夢見るように、小牧は両手で胸を押さえて、上を見上げる。
「まあ、そのせいで困ってんだけど」
「へ?」
「なんでもない、なんでもない。それで話はそれだけ?」
「えっと……河野くん。笹森さんとはどういう関係?」
 だから笹森某がだれか、俺は知らないんだって。
 と、貴明は説明したのだが、なぜか小牧は少しも信用してくれず、挙げ句は
隣りに住んでいる幼馴染み、柚原このみのことや年上の幼馴染み、向坂環のこと
まで根ほり葉ほり聞かれて、貴重な時間を浪費してしまった。
「……納得しました。これにて閉廷します」
「だから、なんで得意そうに胸張ってんの」
 満足に微笑む小牧を恨みながら、貴明は教室を後にした。


 校舎裏に隠れて、パンティを顔に被る。
「フォオオオオオオオオオオっ!」
 昨日より香りは薄れていたが、まだ変態変身することはできた。
 変態仮面タッカーになった貴明は、脱ぎ捨てた学生服をカバンの近くに
片づけて、フェンスを軽々と飛び越えて、学校の外へと飛び出していく。
「どこに行ったんだよ、アイアウスさんっ」
 場所の見当などつかないし、特殊な探索能力があるわけでもないから、
ただ街の中を走り回るだけ。変態変身した太ももは倍以上に膨れ上がって、
軽々と貴明の体を前へ前へと運んでいくが、その逆三角形の白目が
アイアウスの姿を捕らえることはない。
 焦りが焦りを呼び、あきらめへと変わろうとした頃。

「待ちなさいっ、そこの不埒者っ!」
 
 青い目をした金髪の女の子が、マジカルでガールな青いドレスを着て、
左手にマジカルでステッキな棒を構えて、変態仮面タッカーの前に
立ちはだかっていた。
「ふっ、不埒者? 俺のどこが?」
「その格好のどこが不埒者じゃないって言えるんですかっ!」

 ちなみに、貴明の現在の服装。
 顔  :フリル付きゴージャス黒パンティ。
 上半身:裸(ハダカではなく、ラと読む)
 下半身:白ブリーフ
 足  :裸(ハダカではなく、ラと読む)

「どこかコーディネート間違えたかなあ?」
 不思議そうに自分の体を見回している貴明に対して、魔法で少女な
女の子は肩をワナワナと震わせて、左手に持ったステッキを振り上げた。
「魔法使いユーナ・キアっ! グェンディーナの誇りのためっ、あなたを
下着ドロボウの罪で成敗いたしますっ!」
「しっ、下着ドロ?」
 もらった下着を嗅いだり被ったりしていても、盗んではいない。
 自分でも激しく同罪のような気もするが、そう言って弁明しようとする
前に、キアと名乗った女の子のステッキから、キュルピピピン☆と、
まじかるな音を立てて、グラディウスでいうところのリップル・レーザーの
ような、もうそろそろ真面目に説明すると、青い輪っかの光線を放ってきた。
 ドガンと物騒な音を立てて。
 発射音はキュルピピピン☆と可愛らしいのに、その物騒な光線はアスファルトを
完全に溶かして沸騰させ、道路自体を深くエグっていた。
「やる気なのか?」
「当たり前ですっ! 成敗しますうっ!」
 変態変身する前なら逃げていた。河野貴明は取り柄も持たない、ただの少年だから。
 だが、魔女のパンティを被った今、変態仮面タッカーとなった今は逃げるわけ
にはいかない。
 キュルピピピン☆
 キュルピピピン☆
 と、可愛らしい音が連続で響いて、道路が、壁が、街路樹が砕け散り、
沸騰して蒸発していく。それを側転、横転、バク転で回避しながら、タッカーは
反撃の機会を探る。いつ死んでも、沸騰蒸発してもおかしくない状況だと言うのに、
不思議と頭は冴え渡っていた。
 左手でステッキを降り続ける女の子に近寄ることは難しい。
 ただ一発、魔法を無効化することさえできれば。
 貴明が履いているのは魔女のパンティ。そのパンティから染み出る未知の香りが、
貴明の脳細胞の眠っていた場所を揺り起こしていく。
 キュルピピピン☆
「防げ。土壁っ!」
 沸騰して溶岩のようになっていたアスファルトが盛り上がり、山となって、
逃げまどうだけであった貴明の前に魔法で言うところの土属性の魔法障壁が
出現する。
 ドガンと音がして。
 貴明が唱えた魔法によって作られた障壁を、光属性の光輪弾が打ち砕く。
 それだけで十分であった。

「ぴぃ……お父さん、お母さん、ごめんなさいぃ」
 タッカーに馬乗りで腹の上にのしかかられて、仰向けに倒され、左手を
太い腕でガッシリと押さえられているユーナ・キアは泣きそうな顔をしている。
「なんで襲いかかった?」
「あなたがグエンディーナ中のパンティを全て盗んじゃったからですっ!」
「グェンディーナ? パンティ盗んだ?」
 貴明が本当に不思議そうな顔をしているので、キアも不思議に思って、
貴明が被っているパンティをマジマジと見つめていた。
「……もしかして人違い?」
「おそらくは」
「てへっ」
 小さく舌を出して、「いやん、キア、間違っちゃった〜」という顔をしている
女の子に貴明は少し怒りを覚えたが、自分より年下に見える彼女を殴り飛ばすわけにも
いかず、そのまま解放してやった。
 道路にペタリと座り込んで、ユーナ・キアは不思議そうな顔で貴明を見上げている。
「……許して下さるのですか?」
「正義を守ろうとする志は同じ。ならば俺たちが戦う理由はない」
 手を差しだして、立ち上がろうとするキアの手をつかむ。
「あっ……はい。すいません」
 立ち上がり、両手でパンパンとスカートについた砂を払ってから、
「私はグェンディーナ王国軍特務部隊隊員、ユーナ・キア。あなたの名前は?」
恭しくスカートの両裾を持って、足を交差させてから挨拶した。
「俺はタッカー。正義の変態仮面」
 貴明も名乗り、二人は互いに背を向ける。
 どちらも何かを探して急いでいたから。
 どちらも背中から撃たれることはなかった。


 結局、街中を探し回っても収穫はなかった。
 アイアウスが自慢そうに振っていたアヤカのパンティ。その匂いを貴明は
覚えていて、10km先からでも嗅ぎ分ける自信があったが、匂いは全く
感じられなかった。
「どこに行ったんだ……」
 登校時間。貴明が難しい顔をしているので、このみも雄二も会話が
滞りがちであった。
「おい、貴明。いい加減にしろよ。なにを悩んでやがんだ」
「……なあ、雄二。行方不明の人間を捜すとしたら、どんな方法がある?」
「はあ? そりゃ警察に相談するとか。探偵に依頼するとか」
「警察はダメだ……探偵か。頼むにしても手がかりが全くない」
 貴明が何を言っているのか、よくわからない。
「タカくん。だれか捜しているの?」
「ああ。このまま放置していたら、大変なことになりそうな気がする」
 結局、それ以上、会話は弾まなかった。

 放課後の教室。
「あ…あの……河野くぅん……」
 いきなり耳元近くで話しかけられて、机について悩んでいた貴明の体が
ビクンと震えた。
「なっ、なに、小牧さん?」
「ひゃあ!……なななななんでもないですっ」
 なんでもないのか。
 貴明が再び思索に潜ろうとすると、また耳元で小牧の声が響く。
「あ…あの……河野くぅん……」
 ビクンビクン。
「ひゃやややや」
「……小牧さん。なにか用事あるんでしょ?」
「う、うん。ごめんなさい。また笹森さんに河野くんのことを聞かれて」
 一体、誰のことだろうと、貴明の顔に疑問が浮かぶ。
「たかちゃん、たかちゃんって呼んでいたんだけど。本当に知り合いじゃないの?」
「知らない。そもそも俺、UFOとかに興味ないし」
「そうだよね〜」
 ホッと安心した様子で、小牧は胸を撫で下ろした。

「たかちゃ〜んっ!」

 安心していた小牧のコメカミがピクンと震える。
 教室の入り口のところで、後ろ髪を二本に束ねて、ドクロの髪飾りをつけた
女の子が元気に手を振っている。
「あっ、ああ。笹森さんって、あの子か……」
「……う`〜」
「小牧さん。ホッペタ膨らませて、どうしたの?」
 小牧は怒った顔で見ているが、鈍感な貴明が彼女の感情に気づくことはない。
「たかちゃん、たかちゃ〜んっ!」
 満面の笑顔でブンブンと手を振る笹森さんに呼ばれて、貴明は立ち上がり、
そっちの方へと歩いていく。
「……たかちゃんって、気安く呼ばないで欲しぃ……」
 それは貴明ではなく、小牧という小柄な少女のつぶやき。
 されども、その声は小さ過ぎて、貴明が気づくことはない。
 それはずっと先の物語にて語られる想いである。


「たかちゃん、たかちゃ〜んっ」
「えっと笹森さんだっけ。どうしたの?」
 ほとんど初対面に近い女子生徒、笹森に「たかちゃん」と気安く呼ばれて、貴明は
困惑している。  
「ほら、これこれぇ」
 ニコニコと笑いながら、笹森は手にした懐中時計のような奇妙な機械を貴明に見せた。
「レーダー?」
 貴明の言うとおり、懐中時計のような丸い画面の中心から円周へ向けて細い線が
伸びて、ピキーンピキーンと音を立てて、ゆっくりと回っている。
「そうそう。UFOレーダー。昨日ね、すっごい強い反応があったんだよ」
「UFOレーダーって……いるわけないじゃないか、そんなの」
「ほっ、ほらほら。またっ!」
 レーダーの画面の中にビカビカと一際大きな光点が現れる。
 それはちょうど学校から東の方角に位置していた。
「ね、ね、ね。たかちゃん。私たち初対面だし、親睦の意味もこめて、二人で
UFOを探しに行こうよ」
「親睦の意味って……なんで?」
「行こうよぉ」
 ギュっと手を握られて、貴明の体がビクンと震える。
 河野貴明は生来の女嫌いであった。
 暖かく柔らかい笹森の手は不快ではないけれど。
 それでも拒絶反応が出て貴明は手をふりほどこうと頑張ったが、笹森は
握りしめたまま、上目遣いで見上げるだけだった。
「……こんなに、お願いしているのに?」
 うるんだ瞳とカスレ声。雄二なら大喜びするところであるが、貴明にとっては、
ただただ恐ろしいばかりであった。
「わっ、わかったから、手を離して」
「わーい。それじゃ行こっか」
 カバンを取りに行く暇もなく、貴明は拉致されてしまった。
 その姿を教室の中から、小牧が寂しそうに見送っている。


「魔術反応有り。測定結果……強大。現場に急行しますっ!」
 ユーナ・キア。群青色の燕尾服のようなマントを羽織り、大きな烏の風切り羽を
飾りにした青い魔女の三角帽子を被って。ホウキにまたがり、魔女は空を駆ける。
 王国のプライドのため。
 軍人としての誇りのため。
 なにより、盗まれた自分のパンティを取り返すため。
 空飛ぶホウキ「Rising Arrow」にまたがって、キアは空を駆ける。
「くぅううううう。お股が痛いっ」
 たかが布一枚。だが、それは女の矜持。
 下着ドロボウ許すまじと目を正義の炎で輝かせながら、魔女は空を駆ける。
 その姿を、真下から誰かが見上げていた。


「ほっ、ほらほら。タカちゃん。あれだよ、UFOだよ」
「飛行機にしては……真っ直ぐ飛んでないな」
 何度も急旋回をしたかのような、ヘンな飛行機雲を見て、貴明は目を瞬かせた。
「あれって、UFOだよね?」
「未確認飛行物体という意味ではUFOだと思う」
 二人でトコトコ走りながら、飛行機雲が伸びる先へと走っていく。
「あ、そだそだ。私、笹森花梨」
「ミステリ研の部長なんだっけ?」
「そうそう。それで河野貴明こと、たかちゃんはミステリ研の部員ね」
「なんで」
「だって、UFOに興味あるんでしょ?」
 ない、とは言えない。今、現実に、ヘンな飛行機雲の先に向かって走っている
のだから。
 ただ違うのは、花梨が期待しているのは宇宙人とかインベーダーであるが、
貴明が求めているのは、古木の幹のように巨大に特異変身した男の姿である。
「はひ、はひ、はひぃ……ちょっと休憩しない?」
「笹森さんっ! あれっ!」
 キュルピピピン☆
 青い光の輪が、なにかに向かって放たれていた。    
  
 
「ファイア・レーザーっ!」
 赤い光の光線が、その怪物に向かって放射されていた。それは現代文明が
まだ開発できていない個人用光学兵器ビームガンに匹敵する威力。
「バルバルバルっ!」
 しかし、放射対象である筋肉の大木となったような怪物は、平然とした顔で
本来なら胴体を両断するほどの威力を秘めた魔術の一撃を受け止めていた。
「下着ドロボウっ! 大人しく観念しなさいっ!」
 筋肉で埋もれた首を下げて、うかがうように怪物はキアの可愛らしい顔を
見ている。赤いレーザーの一撃を受けていても、その真紅に染まった瞳に
変化はない。
「たっ、たかちゃんっ! 宇宙人だよっ! インベーダーだよっ!」
「ちっ、違う……あれは……アイアウスさん?」
 もはや変態仮面とも言えなくなった怪物を前にして、貴明は呆然としていた。
「やったぁ! すごいよっ! すごいよっ、たかちゃんっ!」
 貴明の体に抱きついて、花梨は喜びを全身で表現しているが、それどころではない。
 平行四辺形の赤い瞳が、貴明たちの方を向いていた。
 いや、正確には、花梨が履いているスカートに向けられていた。
「まずいっ! 笹森さんっ!」
 倒れ込むようにして花梨の体を押し倒す。
「きゃんっ」
 小さな悲鳴が聞こえたが、それには構っていられない。
 その直後、一トン近い質量の物体が、貴明たちの立っていた、すぐ側を
猛速度で駆け抜けていた。
「バルルルルルルルっ……」
 振り返り、ピラニアのように三角歯が並んだ口を開けて、アイアウスと呼ばれて
いた怪物が貴明の方をにらんでいる。狙っているのは、花梨が履いているパンティ
に間違いない。
「あなたはっ!?」
 叫んだキアが、すぐに二人の前に立ち、左手でステッキを構える。
「観念しなさいっ! すぐに後続部隊が、あなたを包囲しますっ!」
 一本一本が五寸釘ぐらいの太さになった逆髪がビクリと動いた。
「くっ!」
「うわああっ!」
 ドシンと地面が揺れて。
 高々と飛翔したアイアウスは、どこかに向けて逃げ去っていく。
「待ちなさい、下着ドロボウっ!」
 近くに置いていたホウキにまたがって、キアも空を飛んでいく。
「なんてこった……あれが、アイアウスさん?」
 信じられない思いで、貴明がアイアウスが逃げ去った方向を見つめている頃。
 花梨も信じられない思いで、自分を押し倒している貴明の顔を見つめていた。

「たかちゃん……重いよ」
「えっ?」
 右手に、フニュンと柔らかい感触。
 目を丸くしている花梨の顔を見つめて、貴明は立ち上がろうとした。
「あうぅ……たかちゃあん」
「???」
「それ、私のオッパイだよぉ。痛いってばぁ」
 ピキンと、貴明の体が固まる。
「たかちゃん。そのまんまの姿勢でいいから、一つだけ、お願いしていいかな?」
 ガクガクと、固まっている貴明が首を縦に振った。
「ミステリ研に入部してもらってもいい?」
 ブンブンと、固まっている貴明が首を横に振った。
「ん〜。でも、誰にも触られていないところまで触られて、見返りなしって
いうのもおかしくない? ねえ、たかちゃん?」
 ニンマリと小悪魔の笑み。
 これで、頬が少し赤らんでいなければ完璧であった。
 貴明が立ち上がり、手を貸してもらって花梨も立ち上がる。
「でもでもでも、すごいよね、タカちゃん。あれ、本当に宇宙人だったよ」
「宇宙人じゃないよ」
 本人が広島生まれだと言っていたから、きっと宇宙人じゃない。
「このレーダー、本当に宇宙人がいる方向がわかるんだぁ。あんまり安かったから
信じてなかったんだけど。すっごいよね」
 目をキラキラさせた花梨が手にしているのは、懐中時計のようなカタチをした機械。
「あっ……笹森さん」
「なになに、たかちゃん?」
「入部の件は承諾するけど、代わりに、そのレーダーを使わせてもらってもいいよね?」
 見つけたところで、なにができるかはわからない。
 しかし、貴明の正義は騙りではなかったので。
 暴走した怪物を止めようと、貴明は小悪魔の契約書に自分の名前を
サインすることにした