Lメモ稗史「ある愛のカタチ」  投稿者:秋山登
 とかく日々騒ぎの絶えない試立Leaf学園。
 しかし、そこに通う者たちは、少なくとも法制度上は、一介の高校生であり、
 あるいは普通の教職員であり、あるいはパート労働の学食のおばさんであり、
 皆、学校以外の日常生活というものを抱えている。
 つまるところ彼らは、学校関係者である以前にひとりの生活者なのである。
 当然、住居もあれば家族もいる。
 稼いで食わねば生きていけないし、税金だって納めなくてはならない。
 もっとも、学生であるならば、そんなことはたいして気に留めずとも、
 親の庇護のもとで暮らして行けるし、親元を離れて一人暮らしを始める生徒も、
 十分な仕送りがあるならば不自由無く生活していくことが可能なはずであった。
 それに、学園内には大きな学生寮があったから、そこで暮らしていくぶんには、
 収入のことなど然程意識しなくても良いようになってはいる。

 ところが、この学園の学生寮には、保護者からの援助など全くアテにできない、
 孤児同然の生徒たちが少なからず入居していた。

 例えば、鉄壁の防御システムを誇るという女子寮の住人、
 Leaf学園一年生、川越たけるもその一人である。




 彼女が何者で、どこから来たのか。
 生徒たちが知るのは、彼女が、現一年生入学の直前、つまり緑葉帝73年3月に、
 長らく封鎖されていたはずの図書館地下迷宮から、
 半年以上もの間行方不明だった、当時ニ年生の秋山登と共に、
 文字どおり「ひょっこりと」顔を出した、ということだけである。
 彼女の出身ついて、根掘り葉掘り詮索する人間が居なかったというのは、
 この学園の賞賛すべき校風であったが(無論例外はいたのだが、あえて言うまい)、
 実際の所、彼女自身ですらそれを知らなかったし、唯一事実を知るはずの秋山が、
「迷宮で拾った」
 としか語らなかったので、結局彼女は図書館地下迷宮で発見された「身元不明人」
 とされてしまったのだが、そんな彼女が、学園生徒として入学を許されたことは、
 学園長柏木千鶴の粋な計らいといってよいだろう。
 もっとも、秋山にとっては不幸なことに、柏木千鶴という女性は、
 大幅な出席日数不足に陥った彼を三年に進級させてやるほど甘い人物でもなかった。

 二人が、如何にして、今なお全貌が解明されていない暗黒の迷宮から生還し得たのか。
 そもそも何故秋山が、封鎖されていたはずの図書館地下迷宮なぞに潜伏していたのか。
 秋山という男は、苦労話とか、不幸自慢、愚痴の類の昔話が大嫌いな人間であったし、
 たけるも、その頃の話については未だに口をつぐんだままなので、真相はわからない。
 ただ当時、秋山の頼みで、地上に出てきたばかりのたけるを一時的に引き取り、
 一ヶ月ほどの間面倒を見た柏木家の四姉妹たちは、普段は見えないたけるの素肌に、
 一生消えないであろう惨たらしい傷痕が無数に残っていることを知っていた。
 特に梓などは激怒し、秋山を糾弾しようとしたこともあるが、少し考えて止めた。
 お世辞にも、女にもてるとか人望があるとかは言い難い秋山登という男に対して、
 たけるが寄せる無償の信頼を見れば、地下迷宮で何があったのか分かる気がしたから。




 しかし、たけるにはまだ一つ、極めて現実的な問題が残されていた。

 少々話が戻るが、学生といえども、一人暮らしで生きていくのには資金が必要であり、
 大抵の場合それは、保護者の援助、仕送りで賄われている。
 ところが、川越たけるにとって、兄か、あるいは父親も同然に信頼している存在で、
 おおよそ唯一の身内ともいえる秋山登は、ひとたび平和な日常に戻ってくると、
 男子寮にある自室の掃除もロクにできないほど家事能力の欠落したデクノボウで、
 もちろん料理も大の苦手、いやそれどころか毎日の食費にすら事欠くような、
 経済力が風来坊レベルというかほとんど浮浪者も同然の、全くの穀潰しなのである。
 自分と出会う以前に、一体何をして食い扶持を稼いでいたのか、いやそれよりも、
 今現在どうやって毎日生きているんだか、たけるにさえ分からないほどであった。
 しかもこの男自身、たけるのさらに上を行くほどに天涯孤独の身の上だ。

 早い話、これからようやく人並みに、
 高校時代という青春を謳歌しようとしていた川越たけるの人生設計は、
 保護者がボンクラだったせいで、いきなり暗礁に乗り上げたのである。 


 真面目ではあるが特に成績優秀でもないたけるに奨学金が出るはずもない。
 はるばる地上に出てきて、いきなり路頭に迷わないためには、
 何はともあれ仕事を見つけ、自力で学費や生活費を稼がねばならなかった。

 手に職が無いわけではない。
 秋山が教えてくれた、「呪いの藁人形」の儀式。
 秋山登は、性格的には限りなく逸脱していたが、能力的には超一流の忍者である。
 生存術や偸盗術などは無論のこと、神道系、密教系の様々な技術に精通しており、
 鍛え抜かれた肉体と確かな知識に裏打ちされたその忍術の腕前は神業的ですらあった。
 もちろん、忍者のワザに関すること以外全くのぱーぷりんであるのは言うまでもない。
 というか、そもそも藁人形のどこがどう忍術だというのか教えて欲しいもんである。
 だいたい、教育と称してこういう怪しげな術を教えてしまうところなど、
 性格などよりもっと根源的なところで常軌を逸しているとしか言いようが無いのだが、
 これがまた不思議とたけるの性に合ったあたり、案外似た者同士なのかもしれない。


 たけるにとって唯一の特技である丑の刻参り。
 これを生せる職場はないものか。


 わりとあっさり見つかった。
 ダーク十三使徒。
 ハイドラントを首長とする、あくの秘密結社である。
 これは秘密だが、構成員は随時募集中らしい。

 技を買われたのか、黒髪ロングが気に入られたのか、13歳に見えたのかは解らないが、
 たけるは十三使徒のお茶汲みとして雇われ、時給2000円という高給取りになり、
 同時に、十三使徒直営の図書館カフェテリアで働くことも決まった。
 そして新学期を迎えるころ、とある偶然から、一体のメイドロボと出会う。
 HMX-13Gの型番を持つ彼女の名は「電芹」、後にたけるの一番の親友となる少女だ。


 こうして、住居と、収入源と、信頼できる友を得た川越たけるは、
 思っても見なかった順調さで、学校生活をスタートさせることができたのである。

 ちなみにそのころ、彼女のボンクラ保護者は何をしていたのかと言うと、
 難攻不落といわれる学食であえて食い逃げを敢行してみたり、
 裏山あたりで、とりあえず動く生き物を片っ端から捕まえて胃の腑に収めてみたり、
 おおよそ人間の尊厳やらプライドやらと無縁な食生活を繰り返していた。
 本人が嬉々としてやってるあたりが、どうにも救いがたい。




 たけるにとって、新たに始まったこの生活は、新鮮な驚きや感動の連続であったし、
 基本的に好奇心が旺盛だったので、興味を持った活動には進んでどんどん参加した。
 さきのダーク十三使徒、図書館カフェテリア、そして第二茶道部、お料理研究会、
 科学部メカニック、バレーボール部。

 しかし、手を広げるばかりでは、自然、各々における活動が散漫になってしまう。
 たけるとしてもそれは不本意なことであったが、学生であるからには、
 勉学を疎かにできないし、かといってバイトをさぼれば収入源が絶たれる。
 結果、彼女は、毎日早起きして朝練に参加し、授業は真面目に受け、
 放課後は夜中まで部活とバイトに明け暮れたのち、寮でも予習復習を欠かさない、
 という、なかなかにハードな生活を己に課すこととなった。

 そんな、日々忙しいたけるにも、心休まる一時というものがある。
 日曜日の朝のうたた寝だ。
 午後の紅茶的少女ちっくなものを想像していた人にはお気の毒だが、
 正味の話、疲れた人にとって最大の贅沢は睡眠であり、
 休日の布団の中でぬくぬくと惰眠を貪る行為というものは、
 年齢性別問わず、人間の心と身体を癒すものなのである。




 さて。




 本日ただいま日曜日の午前7時30分、川越たけるは、いつものように、
 女子寮自室のベッドのなかで、胎児のように身体を丸めて、
 覚醒と睡眠を小刻みに行き来きする、至福の時を過ごしていた。

 だから、電芹が、たけるの部屋の扉を、蹴り倒さんばかりの勢いで思い切り開け放ち、
 そのまま慣性にまかせて部屋の中央までスリップしたあげく、
「たけるさんっ! 大変です!」
 と、のたまったとき、たけるが、どろりと濁った目で電芹を一睨みしてから、
「…………何?」
 と問うたのは、彼女にしてみれば最大限の譲歩、あるいは思いやりであって、
 相手が電芹でなかったなら枕元の目覚し時計を投げつけていたのは間違いなかった。
「ああ、私はどうかしてしまったのでしょうか?」
「行動はあっきーと同化してきたね」
 何やら芝居がかった仕草で胸元に手を合わせて言う電芹に、だるそうに返答しつつ、
 緩慢な動作で起き上がるたける。はだけたパジャマがだらしない。
 実際、今日の電芹の、唐突で、しかも力の有り余った感じの行動パターンは、
 彼女の電柱格闘術やプロレス技の師匠でもある秋山登に、そっくりであった。
 電芹の、衆に優れた学習能力が、あるいは裏目に出たのかもしれない。
「私、今朝から変なんです! なんていうか、その、ドキがムネムネして……」
「心臓あったんだ」
「ある男性のことを考えると、居ても立ってもいられなくなるんです!」
「座ったら?」
「ああ……。これって、これってもしかして……鮒!?」
「それじゃフナだよ」
「わ、私、一体どうしたらいいんでしょう?」
「まず靴を脱いでくれるかな」
「……たけるさん、もしかして怒ってます?」
「うん、かなり」




 教訓:親しき中に礼儀あり。




 ほどほどに目が覚めたたけると、少しだけ落ち着きを取り戻した電芹は、
 ベットに二人並んで腰掛けると、ようやくまともに会話をはじめた。

「……え、ジンさんなの?」
「……はい、そうなんです」

 三年生、科学部員、エルクゥ同盟がリーダーにしてスーパーロボットな熱血漢、
 ジン・ジャザム。
 またの名を、学園一不幸の似合う男。

 二人は別にジンと初対面というわけではない。
 科学部にも属す二人は、ジンの、いわば整備担当で、話す機会は多分にあったし、
 また彼と秋山との関わりが深いこともあって、
 電芹とたけるにとってジンは、かなり身近な男性の一人といってよかった。

 電芹の語ったのは、要約すれば、昨日、学校の廊下の曲がり角で、
 ジンとぶつかりそうになった、という、ただそれだけの話であって、
 たけるは、それが、恋のきっかけとしてやや薄弱ではないか思わないでもなかったが、
 それ以上に、己の親友たる電芹が、恋という感情に目覚めたことが嬉しかったし、
 その相手が、たけるの目から見ても、十分に魅力ある男性であることにも安心した。

 メイドロボは、充電中には主機能を停止し、その間に記憶を整理するが、
 それを称して「眠る」ともいう。
 電芹は、眠っている間に昼間の出来事を反芻し、今朝目覚めてみてこの結論に至り、
 慌ててたけるに報告しに来たのだろう。

「へ〜え。うん、分かるなあ。ジンさんって、ワイルドでカッコいいし」
「あ、やっぱりそう思います?」
「それでいて、ちょっとだけカワイイとこもあったりするし」
「そうそう、そうですよね!」
「あの、抉るようにまろやかなロケットパンチがまた絶品で」
「そう、アレがまたいいんですよ!」
「まあ、ナイトメア零式の破滅的味わいと比べると、ちと物足りなかったりもするが」
「うーん、それはちょっと贅沢かもしれません」
「え〜っと、ちょっといいかな」
「え、なんですか?」
「なんだ? 話の腰を折るのは感心せんぞ」

 たけるは、当然のような顔で電芹の向こう隣に腰掛けている忍者装束の大男を見やり、
 ふと考え込む。
 ここで、何のひねりも無く「あっきー、一体いつの間に?」などど言うのは、
 ほとんど敗北宣言にも等しい。
 そんなセリフは、彼女の、ボケキャラとしての誇りが許さないだろう。
 かといって、迂闊に話を止めたことでボケ返すタイミングを外したし、
 無視を決め込むにも遅きに失した。
 どうする川越たける!?

「あっきー、一体いつの間に?」




「うむ、納得いった!」
 しばらく、ことのあらましを電芹から聞いていた秋山。理解したようだ。
「つまり電芹、お前は、ジンをその手で打倒せねばならん、と、そういうわけだな?」
「そ、そうなんですか?」
「それはちょっと違うと思うな〜」
「何を言う! 愛とは、様々なものと戦って勝ち取るもの。相手がジンならなおさらだ」
「『愛とは育むもの』とかいうのも、聞いたことあるけど」
「それもよかろう。だが、育むということと、ぼーっと待ってるだけというのとは違う」
「なるほど、やはり、弛まぬ努力と、自発的行動こそが肝心なんですね」
「その通り! 己で動かず、戦わない者に、想い人の心が得られるわけはないっ!」
「あっきーが愛とか戦うとか言うと、なんか色々と別な意味に聞えるよ」
「たけるさん、どうしたんですか? 朝からツッコミばかりで変ですよ?」
「心配するな電芹。普段ボケているたけるは、寝惚けている時に至極まともになるのだ」
「あ、なるほど。理に叶っています」
「二人とも、自分を棚に上げてるね」
「うむ、その返しはよろしい。芸風の広がりを感じるぞ。その調子で励めよ、たける」
 と言ってスッと立ち上がった秋山、やや語調を強めて、
「では、今から早速ジンを倒す特訓を始める! ゆくぞ電芹!」
 と、ひらりと窓の外に長身を躍らせる。
「はいっ!」
 電芹もすぐさまそれに続く。

「ここって5階なんだど……まいっか」
 どうでもよさげに呟くと、ボリボリと頭をかくたける。
 ふわああああ、と欠伸が出る。
「…………寝よ」
 ぽつりと言い、再びモゾモゾと寝床に潜り込んだ。
 日曜くらい、昼まで寝ていたってバチはあたらないだろう。
 朝っぱらからドタドタと走り回る二人に比べれば、彼女のほうがよほど健全だった。




 その日の夕方。




 たけるが、晩御飯を何にしようか思案していると、ドンドンと部屋の扉が叩かれた。
「はいは〜い。……って、電芹、どうしたの、その大荷物!?」
 ドアを開けると、電芹が、大きなダンボール箱を両手で抱えて立っていた。
 朝方出ていったきり戻ってこなかったところをみると、
 どうやらずっと秋山と対ジン訓練とやらをしていたらしい。しかしこの荷物は?
「秋山さんが、『彼を知り己れを知れば百戦殆うからず』と仰って、ビデオを……」
 とりあえず、部屋の真ん中に荷物を降ろして、ふう、と一息つく電芹。
「彼って……もしかして、これ全部ロボットアニメの? ……ええと、なになに?」

 鋼鉄ジーグ、ガイキング、レッドバロン(実写)、大鉄人17(実写)……。

「……な、なんかちょっと、マイナーとまでは言わないけど、二線級ばかりじゃない?」
「ええ。ジンさんに対抗するには、有名どころを追っているだけではダメだとか」
「ふ〜ん。……それにしても、こんなレアっぽいの、どこから持ってきたんだろうね」
「長瀬先輩が貸してくださったそうです」
「祐介さん?」

 天才月島拓也をして「化け物」と言わしめた、最強の電波使い、長瀬祐介。
 一方で、彼が、アニメ・特撮に精通した学園屈指のヲタクでもあるというのは、
 知る人ぞ知る秘密である。

(あっきーのことだから、無理言って借りたんだろうなあ)
 現在は同学年とはいえ、ダブリの秋山は、祐介から見れば先輩のようなものである。
 ただでさえ押しの強い彼のことだ、祐介も断れなかったのだろう。
(あとでお礼……。お詫びかな。言っとかなきゃ)

「もう一つの目的は、これらをヒントに、今までに無い新必殺技を編み出すことです」
「必殺技? 電柱五月雨突きとか、電柱高飛び蹴りとか?」
「いえ、もっとこう……。斬新というか、画期的なものを」
「う〜ん。私にはよくわからないけど……。がんばって!」
「はいっ!」
 拳をぐっと握り、力強く頷く電芹。
 たけるは、夢中でなにかをやり遂げようとする、そんな電芹の姿が大好きだった。




 翌日放課後、裏山にて。
 特訓一日目。

「ナックルボンバーぁっっっっ!」
「がふあっ!」
 秋山、鋼を貫く剛拳がボディに直撃、もんどりうってノックダウン。
「こんな貧弱パンチでジンが倒せるかっ! 世界をなめるなよキサマぁ!!」
 しかし怒った秋山、電芹に高速でジャイアント・スイング。
「あうあうあう〜!!」


 二日目。

「エぇぇレクトリッガーっっ!!」
「ぶべらっ!」
 秋山、百万ボルトの電撃パンチで瞬時に消し炭。
「踏み込みが足りん! 握りも甘い! 何より、肝心の電撃の練りが弱すぎるっ!!」
 しかし怒った秋山、電芹を滝壷に放り投げる。
「ひゃあぁぁぁぁぁ!!」


 三日目。

「電柱ぅぅぅグラビトンっっ!!」
「びゅぶっち!!」
 秋山、亜音速で射出された電柱により脳髄爆砕。
「安易に電柱を頼るなっ! 最後に物を言うのは、鍛えた己の肉体だけだっ!」
「秋山さん、脳が出てますっ!」
「そんなことはどうでもいいっ!!」


 そして四日目。

「……ふむ。今日は、良い眼をしているな」
「……この4日間、ずっと考えていました。私は何者なのか。私に何ができるのか」
「……答えは出たか?」
「わかりません。……ですが、なにか。そう、なにか、私という存在を……。
いえ、メイドロボという存在を縛っていた何かが、煙のように消えてしまったような。
……今、そんな、奇妙な開放感を感じています」
「ふっきれたか? ……だが、所詮は頭の中での演算に過ぎん。
お前の感じたものが本物か否か。証明するのはその拳によってのみ!」
「承知!」

 刹那、二つの影は交錯する。

 永遠にも似た数瞬の後、立っていたのは……電芹だった。

 エルクゥ同盟がジャック・イン・アズエル、
 不死身の代名詞と呼ばれたその男、秋山登。
 彼は、ついに大地にその膝をついた。

「……見事だ。その技を受けては、ジンもただでは済むまい。
だが、銘記せよ、その技は危険だ。使えば使うほど、己が命を削ることだろう」
「はい。ですが迷いはありません。傷つくことを恐れて、どうして前へ進めましょうか」
「強くなったな……。ゆけ、もはや俺が教えることは無い。
お前はもう一人前だ。自らのその足で、しっかり大地を踏みしめ、歩いて行けるだろう」
「有り難う、秋山さん……。いえ、師匠……」

「……ま、それはそれとして、来週にでもやるか、『電柱で空を飛ぶ方法』!」
「あ、いいですねそれ! 教えてください教えてください!」
「うむ、では月曜だ。いつもの時間に」
「は〜い」

 こうして、師から弟子へ、その技は受け継がれていくのです。




 その夜。
 たけると電芹の部屋。




「じゃ、明日はいよいよ告白だね!」
「え、ええ。緊張して失敗しなければいいのですけど……」
「じゃ、今日は早めに寝よう。寝不足が原因でトチっちゃったりしたら困るし」
「そうですね」

 シャワーを浴びると、二人はお揃いのパジャマに着替える。
 電芹には、夜間充電用のスーツがあったが、パジャマでも不自由は無かったし、
 なにより電芹自身がそれを気に入っていた。

「おやすみ、電芹」
「おやすみなさい、たけるさん」

 専用の整備台に横になり、眠りに落ちる電芹。
(うまく……いくといいね)
 それを見つめるたけるの横顔にうかぶのは、
 嬉しいような、寂しいような、そんな不思議な微笑みだった。




 翌日金曜日、放課後。
 学園3年棟廊下。




「勝負です、ジンさん!」
 ぴしりとジンを指差すと、いきなりそう宣言する電芹。
「な、なんだ突然!?」
 虚を衝かれて少々うろたえるジン。
「私は、私は! あなたに勝って、すべてを手に入れる!」
 同時に、空手でもやるかのようにファイティングポーズをとる。
 彼女のトレードマークでもあり、武器でもあるはずの電柱は、今は無い。
 しかしそこはジンも心得たもの、戦いの気配を感じ、キッと表情が引き締まる。
「よしっ、何だかわからねえが、やるからには全力で来い! 電芹!」
「はいっ! いきます!」
 電芹は、暴走ダンプのような勢いで、ジンに向かって猛然と突進する。
 小細工は無用、最初にあの技を全力で叩きつけるのだ。
「ひぃっっっさつ!」
 叫びつつ、顔の前で腕を十字に組む電芹。そして…………。
「フェイスオープン!!」








 ………………。








 その日の夜。
 二人の部屋。




「……で、結局、フラれちゃったの?」
「うぅ……。はい、私の技を見るなり、『勘弁してくれ』と涙ながらに仰って……」
 ハンカチで目元を押さえつつ、うつむき加減で呟くように言う電芹。
「う〜ん。そうか、やっぱりジンさん、まだ千鶴先生が好きなんだ……。
仕方ない、ここはスッパリ諦めて、またいいひと探そうよ。ね?」
 すると電芹、ハンカチをぐっと一握りしてから顔を上げ、
「そうですねっ! いつまでもメソメソしてちゃ駄目ですよねっ!?」 
 と言って、にこりと笑った。
 セリオタイプ随一の感情表現能力を誇る電芹だからこそ為し得る、見事な笑顔である。
「ええっと、私から言っといてなんなんだけど、電芹って、立ち直りが早いよね」
 たけるが、少々拍子抜けした声で言う。
「そうかもしれませんね。なんせ、師匠がああいう人ですから」
「あっきーのアレは、立ち直りが早いって言うより懲りないって言うんじゃないかな」
「あら、私だって懲りないタイプですよ?」
「そういえば、私もそうかも」
 くすっ。
 思わず顔を見合わせて笑う二人。

 星の数ほど男は居るし、恋の煌きはいたるところにある。

 命短し恋せよ乙女。




 2日後。
 またしても日曜の朝。




「たけるさん、私また故意をしましたっ!」
「はいはい、今度は誰?」
「ハイドさんですっっ!」
「あー、そりゃまた手近なところで」
「何言ってるんですかたけるさん! 
人間、手近なトコで妥協しないと、結婚なんて一生できませんよっ!」
「ぐはうっ!」




 命短し恋せよ乙女。
 
 死して屍拾う者なし。




===+++===

 人生そんなもん(笑)

 主人公はたけるなんですがねー。……大半寝ぼけてましたけど、彼女(笑)
 私が書くと、皆、どうも垢抜けないというか、生活臭が染み付いてるというか(笑)

 それと、作中で、たけると電芹が別居しているかのようにもとれる表現がありますが、
 寝るシーンで一緒なように、二人は同部屋です。
 電芹のほうが活動時間が長い(要するに朝が早い)ので、
 たけるが起きる前に色々できるんですな。……って別に気にすることでもないか(笑)


 みなまで言うなって気もしますが、一応解説をば。
「フェイスオープン」とは、『大空魔竜ガイキング』の主役ロボの技のひとつで、
 顔面の装甲板を剥離させることで通常以上の性能を引き出す、というものです。

 ……そんだけ(笑)
 どっかとかぶってなきゃいいんだが(笑)

 でわでわ♪