Lメモ外伝「嗚呼偉大なれハイドラント皇帝陛下」  投稿者:beaker



「……は?」
beakerは思わずあんぐりと口を開けたまま、目の前の人間をじっと見つめた。
目の前の人間は憔悴しきったような表情でこちらを見つめ返している。
「さすがにそれは無茶と言うべきか何とゆーか……だって、ほら、ねえ?」
「そこを曲げて頼むっ! 今度赤点取ったら下手すると留年の二文字が点滅するんだっ!」
目の前で手を合わせてこちらを拝んでいるのは御存知ダーク十三使徒のハイドラントである。
「んな事言ったって……惚れ薬じゃダメなんですか?」
「ダメだっ、そんな事をしたらタダでさえ最近妙に周りが騒がしい綾香の好感度がますます
低くなる! 惚れさせず、かつテストを良くとまではいかないが公平につけてくれる程度まで
こちらを好いてくれる薬はないか!?」
「んな都合良い薬がありますかいな」
あっさりと否定する。
つまり、要はこう言う事だ。
ハイドラントさんの

http://vsign.system.to/product/Llist/lmemo/Hyde/f01029.htm

これを例に挙げるまでもなく、篠塚弥生先生はひじょーーーにハイドラントの事を憎んでいる。
そのイヤガラセの内容は多岐に渡り、


「テストで合っている答えも改ざんする」
あるいは
「テニスのルールを出鱈目に教える」
はたまた
「テストで答えを教えてくれてありがたいと思わせつつ、自分の教科の担当しか
教えてなかった」
とか、
「綾香をアフロにした」←これは違うか

まで、とにかくハイドラントに対する弥生の好感度は激悪なのである。
これまでは何とか他の教科で工面していたものの、とうとう校長の千鶴からもチェックが入り、
今度赤点を取ったら、

「ハイドさん、一緒の学年だよ嬉しいね☆」(嬉しそうな川越たける談)
とか
「いやあ、ハイド……いや、いい」(何か妙に同情の篭った目のRune)
とか
「導師と隣の席に……(ぽ)」(頬を赤らめる葛田玖逗夜)
こんな事言われた日には迷わず日陰と一緒に世界を破滅させたいようなそんな変わらない悪寒が
するハイドラントなのであった。


「頼むっ! お前を男と見込んでだっ!」
あのプライドの高いハイドラントがこちらに頭を下げる光景なんぞ滅多に見られる代物ではない。
beakerはちょっと考え込んだ。
ここでダーク十三使徒に恩を売っておくのも悪くはない。
だがそれにしてもこの注文はなかなか難しい、少し逡巡する。
「……ふ、それでも第二購買部の長なのか?」
少し嘲笑うような目付き、beakerは露骨に反応を見せた。
「……何ですって?」
思わず椅子から立ち上がる。
「……言葉通りの意味さ、俺の注文にすら応じられないようじゃあ、とてもとても」
肩を竦めて首を横に振るハイドラント。
ダン! とbeakerは机を拳で叩いた。
「分かりました、その注文、テストが始まるまでに必ずお届けします!」
結局、beakerはハイドラントの注文を受けさせられたのであった。


で、数日後。
テストを手渡されたハイドラントの手はぷるぷると震えていた。
名前の横の点数欄には1、の後に0が二つくっついている。
おまけにその点数に二重の花マルまでついていた。
「こ、これは……巷で言うところの100点! イッツアパーフェクト! みっしょんこんぷりーと!」
テストを手渡している篠塚弥生の顔をチラリと窺った。
こちらと眼が合った篠塚弥生は……ニッコリと微笑んだ。


「beaker! 上手くいったぞ! これで留年は免れたようだ!」
茶を啜りながら新聞を読んでいたbeakerは窓から飛び込んできたハイドラントに
盛大に茶を噴き出しつつも、それは良かったと微笑んだ。
「それで報酬なのだが、むらさきでいーか? 500円ほどにはなるぞ」
さりげなく自分が購入した値段より賃上げしているハイドラント。
だがbeakerは首を振った、そして優しげに微笑む。
「いえ、値段は結構ですよ……お納めください」
「……は?」
「これからもハイドラントさんには特別サービスいたしますよ」
「……お前熱でもあるのか?」
訝しげな目付き。
「とんでもない、とにかく毎度ありがとうございました」
「あ、ああ」
……そして、ここからがハイドラントの幸運な人生の始まりだった。


ハイドラントがその日、下校しようと校門をくぐった時、
「ねえ、ハイド……」
突然呼び掛けてきたのは綾香。
普段こちらが呼び掛けても無視しかねないのに。
「何だ? 綾香」
「腕、組んでいいかな?」
「何ィッ!? も、も、も、も、も、勿論俺の右腕はいつでも発射準備万端万事オッケーだが!?」
動揺しまくって舌が縺れるハイドラント。
「じゃあ……(そっ)」
来栖川邸まで至福の時を過ごすかに見えたハイドラント。
だが、しかし彼の前に立ちはだかるのは……
「ハイド……」
悠 朔だった。
綾香と腕を組んでいるこちらを睨み付ける。
フン、脱落者の嫉妬はみっともない事この上ないな、そう思いつつ魔法の詠唱を始める。
「……幸せになれよ」
そう、悠 朔もそう言ってこちらに襲いかか……え?
ハイドラントはそれこそダッチワ○フのごとく開いた口が塞がらなかった。
「さあ、青春の証だ。握手で別れようぜ親友!」
すっと手を差し出した思わず手を差し出して返してしまうハイドラント。
悠 朔はぎゅっとその手を握り締めて、
「お二人さん、お幸せになっ!」
そう叫んで駆け出して行った。
「ゆーさく……お前本当はいいやつだったんだなぁ」
何だか泣けてきた、実はこーゆーのに弱いのかもしれない。
「ハイド……あなたって立派だわっ」
そう言って綾香は一層腕を絡ませてきた。
……幸せの絶頂である。


それからというもの、

「おはよう、ハイドラントさん」
「おはようございます、ハイドラント先輩」
「おはよう、ハイドラント様」
「アロハー。ハイドSAN」
朝、廊下を歩けば誰もが挨拶してくれる。


「ハイドラントさん、これ手作りの弁当です、良かったら……」
「これ、私の母親が作った鶏の唐揚げですが……」
「ハイド、私が弁当食べさせてあげる♪」
昼、誰もが自分の弁当を分け与えたり、あるいは弁当を作ってくれてたりする。


放課後はどうか?
「ハイドさん、涼しいですか〜?」
川越たけると電芹が二人して団扇でこちらを扇いでくれるわ、
「痛くないですか……?」
篠塚弥生は耳掃除をしてくれるわ(しかも膝枕付き)、
「導師、手にニスを塗って手ニスはどうでしょう、うぷぷぷぷ……」
葛田は変わらないし、
「……」
ガンマルは背景だし(これも元からか)。


しかもこの傾向は数日を経つ事にますます強くなり、
今ではハイドラントは道を歩けば誰かが足元に転がって汚い床を踏んづけさせまいとし、
女子はどこからか持ってきた花や紙を投げ付け、他の人間は大歓声を挙げる有り様だった。
その内どっかから誰が持ってきたんだか、ハイドラントは輿に乗って廊下を歩くようになった。





――第二購買部
「ずぇっっっっっっっっっったいおかしいわよ、最近!!」
叫んでいるのは来栖川綾香。
「おかしいんだよなあ、何故かハイドの前に立つと腰が低くなるんだよなぁ」
首を傾げているのは悠 朔。
「それでだな、beaker……お前、最近ハイドラントに何か渡さなかったか?」
エルクゥ同盟のリーダー、ジン・ジャザムがbeakerに質問した。
言いにくそうに、beakerは答える。
「えーっとですね、実はその、ハイドさんのたっての頼みで……」



――数日前、第二購買部倉庫
「うーん……じいさん、嫌われている人'に'好かれるようになるようなアイテムない?」
倉庫の品物を手当たり次第にほうり投げながらbeakerは後ろの初代beakerに言った。
初代beakerは詰め将棋の本を手にしながらぞんざいに聞きなおす。
「何じゃって? 嫌われている人間'が'好かれるようになるアイテムか?」
「ああ、そうそう、それそれ」
なげやり気味にbeakerも答える。
初代beakerは後ろの棚に手をやるとがさごそと探り、ひょいとほうり投げた。
「ほれ、これでいーじゃろ」
「ああ、サンキュ……で、これ何ですか?」
「玉璽、かつて中国皇帝が代々受け継いできたシロモノだ」
「ああ、これがですか……まあ、いいや。効果は期待できますか?」
「バッチリ」
「じゃ、これでいいか……」
・
・
・
「という訳でして……」
「……」
「……」
「……」
「……えーっと、つまりこーゆー事? ハイドが希望していたのは篠塚先生に好かれるアイテム
だったのに、beakerが渡したのは'皆が'ハイドを好いてしまうアイテムだった?」
「そゆ事に……」
「で、渡したのは中国皇帝が所持していた玉璽だったと……」
「いやあ、ここまで効果があるとは思わなかったもので」
はっはっはと手で頭を掻きながら笑うbeakerをとりあえず三人でタコ殴りにしてから対抗策を練る事にした。
「ともかくハイドの前に立ったら負けだから……」
「俺がライフルで狙いをつけて……」
「いっそロケットパンチで……」
・
・
・
今や人生の絶頂を迎えたハイドラントはとうとう、体育館に専用の椅子を作ってそこに座り、
川越たけると電芹を両脇に団扇係として扇がせながら、顔に皇帝のホラ、あの訳の分からない
簾みたいなの、を付けてのんべんだらりと過ごしていた。
「いい? チャンスは一発だけよ……」
体育館の二階、ハイドラントにライフルで狙いを定める悠 朔に綾香は声をかけた。
弾丸は麻酔弾、これで眠らせてしまえば多分玉璽の効果も薄れる、かもしれない。
その隙に玉璽を奪い返せば……
「しかしなぁ、あのハイドをこれで狙いをつけるのはどうも……」
早くも玉璽の影響を受けまくっている悠 朔。
「しっかりしろ、悠 朔! おめーだけが頼りなんだ!」
「そうよ! ハイド……様……って様って呼んでどうするの私!」
ぶるぶると頭を振って何とか正気を保とうとする綾香。
「分かった、そうだよな……いくぞ」
狙いをつける悠 朔。
否応なしに緊張が高まる。
……悠 朔はスコープで彼の首筋を捕らえると、トリガーを引いた。
ズキュン!
弾丸が発射され、ハイドラントの首筋に……
「あ、10円見っけ」
当たらなかった。
「だああああああああああああ!!!!!!!」
思わずズッコける三人。
その騒ぎに気付いたハイドラントが二階を見る。
「……あれは……綾香? 悠 朔? ジン・ジャザム?」
「げ、気付かれたっ! ヤバい、ここは一時……ハイドラント様に従う事にするか」
ジンが陶然とした顔つきでハイドラントの元へ向かい始めた。
「そう、ね……」
うっとりとした目付きで綾香も歩み始める。
「やはり、そうすべきか……」
悠 朔も同様だった。


「わっはっは、我が世の春! 朕の人生の絶頂! 今宵は無礼講である!」
いつのまにか一人称が'朕'になっているハイドラントの元へ先程の三人がやってきた。
「はっはっは、綾香、ちこうよれ、ちこうよれ」
「はい、ハイド様……」
すすすっと歩み出る綾香。
だが、そんな彼女を突き飛ばしてハイドラントの元へ向かう黒いフードを被った人間がいた。
「……お前、何者だっ!」
「ハイド様……お慕いもうしあげておりまするううううううううううううう!!!!!!!!!」
ばばっ、と黒いフードとコートを脱ぎ去ったのは……
「お前かああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ハイド様のためならば、もー命も操もみんなあげちゃう☆なエルクゥユウヤ、ハイド様のために
登場です☆」
「プアヌークの邪剣よおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!」
即座に光熱波で吹き飛ばそうとするハイドラント。
だが、ハイドラントの魅力に身も心も虜になっている今のエルクゥユウヤには涼風のようなものだった。
「私を是非皇后にしてくださりませえええええええええええええ!!!!!!!!!!!」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!?????」
慌てて逃げ出した。
体育館の扉を蹴り破り、廊下を走り抜け、どこかの部屋へ閉じこもる。
「はぁ、はぁ、はぁ、たすか……?」
どうもハイドラントが閉じ篭った部屋は部室らしかった。
あちこちに張られているポスター……ただし、野郎のヌードの。
そして壁に馬鹿デカく描かれている薔薇の絵……
「ま、さ、か……」
「薔薇部へようこそハイド様ああああああああああああああああああ!!!!!」
「やっぱり薔薇部だったかちくしょうめええええええええええええええ!!!!」
「さあ、い・き・ど・ま・り☆ めくるめく快楽と官能の世界を御紹介してさしあげましょう!」
「紹介せんでいい! 頼むから!!!」
ジリジリとこちらに近寄ってくるエルクゥユウヤ(と薔薇部の面々)。
無性に泣きたくなってきた。
どうしてこんな目に……そうだっ!
ハイドラントは慌ててポケットから玉璽を取り出した。
「こんなモノ……どこへでも飛んでいけえええええええええええええええええええ!!!!!」
・
・
・
「あ、あれ? 私……どうしたんだろ?」
「そうだっ、ハイドのヤツに呼び掛けられて思わず降りて平伏して……あれ?」
「あれー? 何で私こんな格好しているんだろ?」
「――私もですね」
綾香、悠 朔。電芹やたけると言った面々も目を覚まし始めた。
「そうだっ! ハイドのヤツに……」
そんな叫びがこだまする中、ガラリと体育館の扉を開いて出てきたのは……
「あ、ハイドラント!」
「……」
憔悴しきっている。
「……もー二度とあんなアイテム装備せんぞ……」
ばったりと倒れ込んだ。
結局、玉璽を投げ捨てた事で正気に戻ったとは言え薔薇部に追い詰められていた状況で
何があったのかは定かではない……かもしれない。
一方玉璽は……
「……アレ?」
・
・
・
そして数日も経って、学園が束の間の平穏を取り戻した頃、


「――Dボックス様、今日も御機嫌うるわしゅう」
「――Dボックス様、お元気そうで何よりです」
「――……ゲンキデスネ」
「ゲンキ、ゲンキ」
何故か廊下を歩くたびに人間に平伏されるDボックスの姿があった。



<了>