ハンターLメモ第五話「ハンターの宴 −宴の支度−」 投稿者:beaker







 ――三年教室
「ああ、ジン先輩!」
 ジンはストローでオイルを吸いながら呼びかけに振り向く。
「何だ、坂下じゃねぇか。何か用か?」
「緊急なんです! ついてきてください!」
「おい、まだ食事中……」
 坂下は問答無用とばかりにジンを引きずっていった。


 ――第二保健室
「せ、先生! 怪我人が……」
 のんびりと午後のお茶を嗜んでいた相田響子だったが
突然の闖入者に思わず茶を噴出した。
 だが持ち前のプロ意識ですぐ立ち直る。
「怪我人!? どこに!?」
「いえ、“これから”出るんです!」
「はぁ?」
「と、とにかく急いでください!」
 その言葉にただならぬものを感じたのか響子は医療カバンを引っつかむと
理緒の背中を追いかけて走り出した。


 ――第二購買部
「これはダメ、これもダメ、あれもダメ……だぁぁ、こーゆー
時に限って適当なものがないかなぁ、ウチは!」
 beakerはそこら中に銃を放り出してため息をついた。
 そしてガラスケースに入れてあった拳銃を見て眼を輝かせる。
「これだっ!」
 ガラスケースを開けて弾と銃を取り出し、beakerも走り出した。
「後の始末はお願いします!」
 店番の靜に言付けて店を飛び出した。


 ――図書館ダンジョン地下二十階
「えーっと、このトラップだっけ……うわっ!」
 沙留斗が紐を引っ張った途端、足元の落とし穴が発動した。
 慌てて縁を掴んで昇る。
 落とし穴の下には槍が落伍者の身体を穴だらけにしようと
そそり立っている。
「だぁぁ、トラップを解除させるならともかくトラップをわざと発動させる
方法なんて判らないよぉぉ!!」
 沙留斗は頭をくしゃくしゃと掻き毟った。







===ハンターLメモ第五話「ハンターの宴 −宴の支度−」===
 おいおい影響受けすぎ(笑)









 ――無意味な戦闘は体力よりも精神を疲労させる。
 テレビゲームを遊んでいてこんな経験はないだろうか?
 異常に防御力が高い敵キャラと闘っている時、いくらやっても
数ポイントのダメージしか与えられない――
 苛立ちが疲れに変わり、疲れが絶望に変わる。
 闘っても闘っても徒労にしかなっていない、という絶望感、虚無感は
どんな勇敢な戦士の精神も蝕んでゆく――





「ホンマけったくそ悪いなぁ。ぜんっぜん堪えてないやん」
 夢幻来夢が血の混じった唾を吐き出しながら忌々しそうに呟いた。
 服のあちこちは擦り切れて傷だらけだ。
 篠塚弥生はというと、スカートのスリットから太股のガンベルトに
挿し込まれた拳銃を取り出し、五六発撃ちこんだ。
 拳銃の弾丸は岩肌を削ったがベヒモス自身はまるでダメージを受けていないようだ。
「全く効果ありませんね……」
 最初から期待はしていない、というふうにふぅと息を吐く。
 隣では太股がチラリと見えた神海が鼻血を出して昏倒していた。
 とりあえず頑張れ。


 さて、皆さんはかようなまでに執拗に無駄な攻撃を仕掛けつづけることを
愚かだと思うだろうか?
 思う方もおられるであろう、だがしかし、攻撃を仕掛けているということは
諦めてないということ――彼らはまだ闘えるということでもある。
 それを確認できるのならば、無駄な闘いも無駄ではない。
 負けるとは心が折れてしまうことを言うのだ――
 とある勇敢なモンゴルの戦士はかつてそう述べた。
 彼らの心はいつ――折れる?




 ――図書館ダンジョン入り口

「ジンさん!」
「おう、beaker! 何だかしらねぇが手を貸すぞ!」
「急がないと間に合いそうにありません! ジェットスクランダーで
僕も連れて行けますか!?」
 ジンは力強く頷く。
「いいか! 喋ると舌噛むぞ!」
 beakerはジンの背中に片手で掴まった。
「よし、行きます!」
 ジェット噴射の炎を後に残しながら、二人はダンジョンの中を
すっ飛んでいった。
「で、場所は判るな!?」
「そこを右に……ってのわあっ!!」
 遠心力で振りまわされたbeakerは咄嗟に壁を歩く。
「もう少し気を遣ってくださいよ!」
「こんな狭いところで気を遣うもクソもあるか!」
 負けずに怒鳴り返す。
「そこが階段です!」
「よーし、待っていやがれ!」    . .
 二人は重力を完全無視して階段を飛び降りていった。





 makkeiは手先で器用に持っていた八枚の五十円玉を操った。
 それを指と指の間に挟む。
 手を交差させ、代償魔術を発動させる。
「代償魔術……『縛』!!」
 投げられた五十円玉が光に輝き、発動する。
 それを踏んだベヒモスは呻き声を上げて身体をもがいた。
「よし! これで後少し時間を稼げる!」
 と思ったら縛り付けられたはずのベヒモスの左足があっさりと持ちあがった。
「うわ……」
 ベヒモスは魔方陣に縛られた左足を自分で千切ったのだ。
 千切れた左足に周囲から土と岩が集まり、再生させる。
「化け物め……」
 忌々しげにJJが呟く。
 不必要になった左足を魔方陣ごと破壊すると再びベヒモスは吼えた。
 その吼声は彼らの意気を打ち砕くに充分の効果を持っていた。
 一人、また一人とへたり込む。
 一人が諦めたように座るとそれが周囲にも伝染する。
 
 効果がない。

 力が強い敵はいる、護りが強い敵もいる。

 回復力が強い敵もいるだろう。
                        . . . . . . . .
 しかし、護りが強く、回復力も強いモンスターが、いるとするならば
それは絶対無敵の最強最大の敵だ。


 だが、神無月りーずの考える限り、そんな都合の良いモンスターは存在しない。
  . . . . . . . .
 いるとするならば自分の領域界で闘う妖精――例えば風の世界で闘うジン、
決して消えぬ炎の中で闘うサラマンダー、海で戦うウンディーネ……
 そして、土の中、ダンジョンで闘うベヒモス。


 つまり、ベヒモスを倒すにはまずこのダンジョンから逃げるしか方法はない。
         . . . . . . . . . . . .
 しかし、僕たちはベヒモスから逃げるために闘っている――
 思考が堂々巡りになった、お手上げだ。
 僕たちは逃げることも、闘うことも、できない。
 一人、二人ならば何とか逃げ出すだろうが、この人数、
確実に誰かが死ぬ。
 逆にいうと――誰かが、誰かが犠牲になればここから逃げ出せるかもしれない。
 では――誰が猫の首に鈴をつけるのだ?


 神無月りーずはその考えに至り、震えを禁じえなかった。
 誰にも、こんな恐ろしいことは言いたくない。
 そうかといって自分自身が犠牲になるのも正直御免こうむりたい。
 だから、誰かが言い出すのを待っていた――

 全員、それなりの戦闘の知識はあるはずだ。
 すぐにこの考えに行きつくことはできるはず。
「僕が――」
 だから、誰か、言ってくれ――
「僕が囮になるから――」
 僕の代わりに。
「その隙に皆、脱出するんだ」
 そう、言ったのは誰だ?


 makkeiは震えながら、ベヒモスと対峙し、その台詞をいった。
 全員の視線がmakkeiに集中する。
 ベヒモスを見据えながらmakkeiは
「僕が囮になります、皆さんはその隙に全力で大広間を脱出して階段を
駆けあがってください」
「そんな……」
 誰かが続きの言葉を飲み込んだ。
「一人が囮になれば、他の人間は助かる可能性が倍増します」
 懐から残りの五十円玉を全部取り出す。
「チャンスは一度です、僕が合図したら――」
「だ、ダメだよ! 全員で脱出しなきゃ!」
 たけるが慌ててmakkeiに向かって叫ぶ。
「無理です」
 冷静にmakkeiは答える。
「ですが逆に――誰かが囮になれば助かるのも確かです」
「そんな……」
 たけるは絶句した。
 他の面々は薄々それに気付いていたようなのか気まずそうに顔を伏せる。
「モタモタしている時間はありません! さあ……」
「確かに――」
 篠塚弥生がmakkeiにゆっくりと近付いた。
「誰かが犠牲になればこの場は凌げるかもしれません」
 冷たい、言い方だった。
「で、でもでも! それじゃあ……」
「大丈夫ですよ、たけるさん」
 makkeiはニコリと笑った。
「僕も後から必ず脱出します、だから待っていてください」
「ホントに?」
「ええ」
 嘘だと判っていた、ベヒモスに一人で対峙して何分持つだろうか。
「では皆さん、立ってください! 準備を……」
「お待ちください」
 篠塚弥生が再び口を挟んだ。
「……何ですか?」
「一人より、二人で囮になった方が戦略的には有利です」
 そういってmakkeiの隣に立つ。
「先生……」
「私は教師です、教師が生徒より先に逃げますか?」
「なら……ぼ、僕も残ります!」
 神海が震えながら立ち上がった。
 弥生は冷たい視線を投げかけたが――
 ため息をついて、黙って頷いた。
「では私達三人で何とか――」
「待った!」
 腹ばいになっていたJJが後ろ足で土を蹴って歩き出す。
「俺の方が逃げ足速いから囮になりやすいだろ?」
 ニヤリと笑った。
「あーのーなー、先生とはいえ女残して逃げ出すなんてヘタレな真似、
オレができると思っとるのか?」
 くしゃくしゃと頭を掻いて来夢がいった。
 つまり、自分も残ると言いたいのだろう。
「全員本気でバカだな……死ぬ気かよ、ったく」
 呆れた、とばかりにため息を吐きだす。
「まぁしかし……そっちの方がカッコいいか」
 そういって崇乃は囮たちの横に並んだ。


「昴河!」
「ぼ、僕も……」
 残る、と言おうとした瞬間、来夢が鋭い目で睨みつけた。
「お前は行け、お前は生き残れ」
「で、でも……」
「判らんのか!? お前の能力は今は役に立たんのや!」
 喉まで出掛かった言葉を来夢に潰された。
「残りの連中さっさと行け! 俺達を困らせるんじゃねぇ!」
 JJも叫ぶ。
「たけるさん……さあ早く!」
 makkeiも叫ぶ。
「だ、ダメだ! 僕も残る――」
 そこまでいって昴河はmakkeiに両肩を掴まれた。
「昴河さん――たけるさんを、たけるさんを……よろしくお願いします」
 呻くような声でmakkeiはそう言うと頭をぺこりと下げた。
 戸惑っていた昴河は……やがて静かに頷いた。
「判った、絶対に地上まで送り届ける」
「わ、わたしも――」
 昴河は問答無用とばかりにたけるの手を取った。
「行きましょうたけるさん! 皆――皆、大丈夫だから!」
 嘘をつくのは心苦しかった。
「よし、行きましょう!」
 makkeiが右手に十手、左手に五十円玉を掴んでそう叫んだ。
 JJがベヒモスに向かって突撃する。
 足元をちょこまかと走り出して撹乱し始めた。
 昴河はベヒモスの視線がこちらに来ていないことを確認してたけるの
手を引っ張って大広間から脱出する。
 後に神無月りーずが続いた。
「急ごう! 彼らの意志を無駄にしちゃダメだ!」
 昴河はたけるの手をしっかりと握り締めて駆け出す。
 たけるは名残惜しそうに大広間を見つめた。
 大丈夫、また会える――
 たけるには、それが――真実の言葉に思えなかった。


 神無月りーずは……震えていた。
 何故自分も残ると言えぬ。
 仕方ないじゃないか、ベヒモスなんだから。
 そう言い訳する。
 仕方がない――そう、確かに仕方がない。
 しかし、彼らだってそれは理解しているはずじゃないか。
 ならば何故残る。
 ロマンチストの人間の心情は土台理解し難い。
 だけど――
 ここで逃げ出せば、何か大切なものが失われるような気がする。
 友達? 否、失われるのは所詮他人ではないか。
 失うのは――自分の誇りだ。
 お前はそれでもSS使いなのか、それでもハンターになるというのか。
 . . . . . . . . . .
 心が折れてしまってはSS使いでも、ましてやハンターなどではない。
 神無月りーずは立ち止まった。
 そして先を駆け出す二人に言う。
「僕も残る! 君達は早く地上へ!」
 そう言って大広間へ駆け出した。
 先に待つのは絶対的な死だというのに、りーずの表情は輝いていた。



 判っている。
 何となく、判っている。
 彼らは――makkeiくんは命を賭けて私を助けてくれたということ。
 だからわたしは逃げ出さなきゃならないということ。
 それが皆の――makkeiくんの望みだから。
 そしてそんな優しいmakkeiくんにも、
 弥生先生べったりなところが可笑しかった神海くんにも、
 普段から厳しくて、いざというときにも厳しいけどでもやっぱり優しい
と思う弥生先生にも、
 他の皆にももう二度と会えなくなることが――判っていた。
 こんな時、あっきーがいてくれればいいのに。
 どうしてこんな時に限っていないんだろう。
 涙が出てくる。
 誰か、この際魔王でも何でもいいから。
 誰か残った人たちに――奇跡を。



 奇跡は二人の頭上を通りすぎていった。
「今の……もしかしてジン先輩!?」
 昴河が呆気に取られたままいった。
「そ、そうだよ! あともう一人誰かが……」
 もう一人の人間はたけるには見えなかった。
 だが、ジンだけはたけるの眼にもハッキリと映った。
 だから多分――奇跡が起きたのだ。
 たけるは都合よくそう解釈した。
「昴河くん! 戻ろうよ!」
 たけるの提案に、
「よし! もう逃げなくてもいい!」
 昴河も乗った。
 二人は昇り掛けた階段を下り始めた。





「あっ……!!」
 makkeiの太股に岩の槍が突き刺さった。
 その反動でしたたかに背中を打ちつけて口から血を吐く。
 立ちあがろうとしたが、先ほどから走りっぱなしだった足は
疲労で痙攣し、動くこともままならなかった。
 他の人間も何とか彼を助けようとよろよろと動き出すが、
ベヒモスが尻尾を振りまわしてそれを阻止する。
 尻尾がJJを吹き飛ばした。
「ぐぁっ……」
 終わり――か。
 makkeiは覚悟を決めた。
 だが、後悔はいささかもない。
 自分一人の力ではないが――それでも人の命を助けられたのだ。
 ならば、良し。
 人の命を代々救ってきたお人よしの家系だ、これも仕方のない宿命かもしれぬ。
 そしてふと思う。
 こんな時――自分が憧れるあの先輩ならばどうするだろう?
 無意味な仮定だと苦笑する。
 彼ならばそもそもこんなピンチにすら陥らない。
 だが、それでも彼ならば――どうするだろう?
 ベヒモスが一歩一歩ゆっくりと彼に近づく。
 踏み潰そうというのだろうか。
 それとも口から岩の槍を吐き出すのだろうか。
 こんな時、彼ならば――
 ベヒモスはゆっくりと口を開けた。
 そうだ、こんな時――
 そして岩の槍を吐き出そうとする。
 makkeiはベヒモスを睨みつけ――
 一声吼えて、無数の岩の槍が射出された。
 ニヤリと嗤った。
 そして無数の岩の槍が突き刺さった。



「makkei!!!」
 誰かが叫んだ。
「くそっ……くそっ……くそっ……畜生!」
 JJが横に倒れたまま悔しそうに叫ぶ。
 他の人間は――呆然としたようにへたり込んでいる。
 恐怖? いや、それにしては表情が変だ。
 表情が輝いていた。
 JJはゆっくりと起きあがった。
 そして、彼らが見ていたものに気付く。




 ドッドッドッという規則正しいジェット噴射の音が聞こえる。
「makkei、お前良くやったじゃねぇか」
「ジン……先輩?」
 makkeiはジンに抱え上げられている自分に気付いた。
 岩の槍は全て地面に突き刺さっていた。
 makkeiの身体には先ほどの脚を除いて傷一つついていない。
「あそこで睨みつけてニヤリと笑えるなんてなぁ……スゲえ根性の持ち主だな、オイ」
「ありがとうございます……」
 あれはあなたの真似なんだ。
「お前はゆっくり休んでろ、後は俺達に任せな」
 その言葉にmakkeiは安心したように気を失った。


「よーし、ベヒモスだかバラモスだか知らねぇが――」
 ロケットパンチを構えるいつもの仕草。
「てめぇが住む場所はここじゃねぇ、元の居場所に帰んな」
 ベヒモスは吼えた。
「そうか、嫌か。なら――力づくで――元通りに叩き返してやる!」
 ロケットパンチが発射された。
 吼えているベヒモスの上顎を破壊する。
 初めてベヒモスの叫びが苦痛交じりのものに変化した。
 だが、すぐに上顎が再生する。
「ちぇ、きりがねぇや。おい、beaker! 打開策はあるんだろうなっ!」
 宙空で停止したままbeakerに呼びかける。
 beakerは大広間の扉があった場所からゆっくりと進み出た。
 暗闇からその姿を現す。
「あいな、勿論――」
 黒いコート、黒い眼鏡、暗闇に溶け込んだ黒い髪。
 背中には見なれぬ拳銃がチラチラと見える。
 そして、左手に何か、丸い鏡のようなものを持っていた。
「さてさて――」
 新たな闖入者に吼えるベヒモス。
「喧しいですねぇ、わざわざ人如きに猛るなど。
それでも四大元素の上位精霊ですか?」
 眉を顰める。
 beakerは無造作に丸い鏡をぶん、と投げた。
 ベヒモスのちょうど腹に当たる部分の下に投げ出される。
「後は、沙留斗さんが上手くやってくれるのを待つだけです」
 そういった。



 沙留斗は天井に踏み潰されそうになり、
 槍に突き刺さりそうになり、転がる石に押しつぶされそうになりながら、
 二十階最後のトラップを発動させようとしていた。
 トラップ発動には叫ばなければならない。
「わぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 結構思いきり叫んだつもりだった。
 だが、トラップは発動しない。
「おりゃぁぁぁぁぁ!!!!」
 これでも発動しない。
 ならば、
「食われちゃったって……言うなぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!」
 トラップが発動した。
 暗闇で先が見えない通路から鉄砲水が飛び出してくる。
 沙留斗は同じく鏡を構えた。
 これが、地下十階へのワープゾーンである。




 突然、ゴゴゴと鏡から地鳴りが聞こえた。
 訝しげにそれを見つめる彼ら。
 ベヒモスも不思議そうにしている。
 そして――突然、水が噴き出した。
 水はあっというまに大広間を浸食し、地下十階ごと水びたしにする。
 地下十一階への階段は予め沙留斗が封鎖していたので、
水は地下十階に留まりつづけるのだ。

 ここはもう土と岩が支配するダンジョンではなくなった。
 心なしかベヒモスの力が弱まってみえる。
 精霊力が半減しているのだ。

「さぁて……お次は……全員、合図したら飛び上がって岩壁にくっついてください!
絶対に水に足を浸さないように!」
 beakerは全員に叫んだ。
 makkeiはbeakerが担ぎ上げている。
「一!」
 全員が最後の力を振り絞った。
「二!」
 神無月りーずと昴河、川越たけるが大広間に突入した。
「さ……三人とも飛んでください!」
 beakerが慌てて叫ぶ。
「三! 全員飛べ!」
 全員が頷いて飛び、壁に張り付いた。
「ジンさん!」
「応!!」

 ジンは拳を振り上げた。
「バスタァァァァコレダァァァァァァァァ!!!!!!!!!」
 高圧の雷撃が水を伝わってベヒモスの濡れそぼった身体全体に作用する。
 ベヒモスが二度目の、そしてこれまでで最大の苦痛の呻きを上げた。
 beakerはそれを見て片手で背中の拳銃を取り出した。
 隣にいた弥生が訝しげにこちらを見るのに気付いた。
「何ですか?」
「そんな拳銃ではいくら弱っているといっても――」
 beakerはそこまで聞くと無言で首を振った。
「確かにこれは拳銃ですが――ロケットランチャーなんかよりは威力ありますから」
 そう言って背中からするすると拳銃を取り出した。
 銃身は一メートル半以上はあるだろうか。
 リボルバーだが、装填する弾数は二つしかない。
 しかし、その二つはグレネードランチャーのグレネードが装填できるのでは、
と思われるくらいの巨大さだった。
 その口径の大きさのまま、長い銃身が続いている様はまるでハンディタイプの
ロケットランチャーのようだ。
「崇乃さん! 水を凍らせてください!」
 崇乃はその言葉に頷くと、壁から飛び降りた。
 逆さまに飛び降りながら素早く呪文を詠唱する。
「我誘う黄泉の方舟ぇぇぇぇ!!!!!!!」
 崇乃の手から生み出された巨大な球体は本来、そこから雹の弾丸を打ち出すものだが
今回はそのまま水中に、地面に叩きつけた。
 あっというまに水の中で産まれた雹が水を凍りつかせる。
 beakerは丈夫になった氷面に降り立った。
 ベヒモスをじっと見据える。
 彼は足から凍り付いて全く動けない。
 ゆっくりとbeakerは拳銃を構えた。
 片手でリボルバーを弾いて弾丸を装填する。
 装填完了。
 そして狙いをつける。
 beakerはニヤリと笑った。         . . . . .
「こういう時に言うべき台詞なんでしょうね……よけてみな」


 轟音と共に発射された弾丸が唸りをあげて、ベヒモスの右目を打ち砕き、
さらに止まらない弾丸は生物ならば脳がある部分にまで達した。
 もう一発、今度は左目。
 ベヒモスは呻くこともせずに崩れ落ちた。
 頭に当たる部分がぐしゃぐしゃで先ほどまで動いていたものだとは思えなかった。
 だが、やがて頭から次第次第に塵へと変化していく。
「DUST TO DUST。塵は塵に、灰は灰に。精霊はてめぇの住む世界に……帰りな」
 ジンは降り立った。
 そして、
「うし、てめーら……帰るか」
 そういった。
 全員が――makkeiもいつのまにか眼を覚ましている――その言葉に元気良く頷いた。



 ――ダンジョン入り口

 makkeiは相田響子に治療して貰っている。
 他の人間も――特に最後の最後で大技をぶちかました八塚崇乃は、
帰ってくるなり倒れこんで昏倒した。
 過労である。
 他の人間も程度の差こそあれ概ね似たようなものであった。
 beakerですら、最後の二回の射撃で猛烈に肩を痛めていた。
 耳も鼓膜が破れそうにジンジンと響く。
 この拳銃は――倉庫にでも仕舞っておこう、そう決めた。



 やがて、誰かが思い出したようにいった。
「そう言えば……ハンター試験の予備テストってどうなったんだ?」
 全員の視線がbeakerに集中する。
「そうですねぇ……ま、ここにいるのは全員合格でいいんじゃないですか?」
 beakerはなげやりにそういった。
 どっちみち全員を合格させるつもりだったのだ――
 それは心の奥に秘めた。
「よっしゃ! んじゃ今度はいよいよハンター試験だ!」
 のんきな会話だ、とみんなは思った。
 のんきで、微笑ましい。
「あれ? そー言えばわたしたちは?」
 たけるが不思議そうにいった。
 神海はそういえば自分たちは参加者じゃなかったっけ、と思い出す。
 だが、
「いいですよ、試験に参加していただいても」
 あっさりとbeakerは許可した。



 やがて、他の階に潜っていた人間たちも帰還してくる。
 九階にいた人間は突如ゴブリンが大量に逃走してきてビックリしたそうだ。
 きっと、大広間にいたゴブリンであろう。
 そしてアフロ同盟の人間も帰ってくる。
 一体全体どこにいたのだか、山ほどお宝を携えて。
「これで文句なしの合格よね!」
 疲れ切ったbeakerは理奈に両肩を掴まれて眼を回した。



 はぁ、とmakkeiは治療が終わって芝生に寝転んだ。
 草の薫りが鼻を刺激する。
 そんな彼にたけるが近寄ってきた。
「makkeiくん☆」
 眼を輝かせている。
「な、なんでしょうか……?」
 先ほどまでは全然気にならなかったのに、落ちつくと女性恐怖症が
発動してしまう。
 己の性格を悔やんだ。
 たけるは彼の手を握り締めて、
 makkeiは顔を真っ赤に染めた――
「ありがと☆」
 短い言葉に、全てを詰めこんだつもりだった。
 短い言葉に、全てを読み取ったつもりだった。

 そんな二人を見て、神海が
「いいねぇ、若い者は」
 とぼそっと呟いた。
 そして、何かが頭に引っかかったが、すぐにそれは
押し流された。
 隣に弥生が座ったからだ。
 弥生は遠い眼をしている。
 何を思うのか――
 何を思っているのか――
 神海は黙って傍にいることにした。




 ――神海が引っかかったもの


「おおいっ! 誰かー! へるぷみー!」
「へるぷあすー!」
「お助けー!」
「水がぁぁぁ!!」
「溺れるぅぅぅ!!!」
「こんな役ばっかりか俺達はぁぁぁ!!!」
「悪役万歳ぃぃ!!!」





 とりあえず、後はハンター試験へGO!




<つづく>