ハンターLメモ第一話「ハンター、なりませんか?」  投稿者:beaker




 荒い息を何とか整えてゆっくりと目の前の小箱を見つめる。
 手に滑り止めの唾をぺっと吐いた後、小箱の周りをじっくりと調べる。
 罠らしきものは見当たらない、試しに小石を適当にほうり投げてみる。
 ……変化なし。
 続いて彼が取りかかったのは宝箱そのものの罠の探知である。
 宝箱に手近な砂を振りまいてみる、やはり変化なし。
 皮手袋をはめて、宝箱の蓋を開けようとする。
 開かない、鍵が掛かっているようだ。
 彼はニヤリと笑った、ここからが正念場だ。
 用意するものは奇妙に折れ曲がった二本の針金、これが鍵の代わりになる。
「おばあちゃんのゆらゆら動く揺り椅子を……少しずつ激しく動かして、
おばあちゃんはすってんころりん……だけど椅子は倒しちゃ駄目ですよ、と……」
 鍵穴をまるで手術が必要な患者のように優しく扱う、乱暴に開けようとする時に限って罠が存在するものだ。
 彼は長年の経験からそれを知っていた。
「よし」
 一言そう言って宝箱の蓋を開けた。
 彼の名前は沙留斗、トレジャーハンター……である。







===ハンターLメモ第一話「ハンター、なりませんか?」===








 Leaf学園でも屈指のミステリーゾーンと言われる図書館の地下ダンジョン。
 やれ葛田の飼育場があるだの、やれ死人が歩いているのを目撃しただの、
やれ行くたびに迷路が変化してるだの、色々と噂が絶えない場所である。
 現在のところ、誰も最下層まで辿り着いたものはいない。
 いや、実際にはいるのかもしれない。
 ただ誰もそれを知らないだけで、
少なくとも誰かに語ってくれるタイプの人間が最下層まで潜ってない事は確かだ。
 沙留斗はトレジャーハンターの誇りにかけて今まで何度となくこのダンジョンに挑戦してきた。
 これまでの調べで分かった事は少なくとも100階ごとに緊急脱出用の出口だけはある、
 それと行くたびに変化しているというのはただの噂にすぎない、という事だ。
 少なくとも彼はこれまでの全999階までの道のりを記憶しているから間違いはない。
 そして初めて降り立った1000階、だが期待に反して
 これまでと違ってどこにも敵や罠や宝箱は全く見当たらなかった。
 ようやく次の階段の傍の小部屋にあった小さな宝箱が見つかっただけ。
 酷く落胆していたが、これだってお宝だ。
 宝石ならば尚の事。
 沙留斗は苦もなく宝箱を開けた、中から微かに新鮮な空気が放出される。
 そこにあったのは一枚の紙だった。
 古代の書物か? それにしてはやけに新品の紙だった。
 まさか、と沙留斗は顔を顰めた。
 以前同じようなパターンで中身は「スカ」と書かれた紙だった記憶がある。
 沙留斗は恐る恐る紙を開いた……中には達筆な文字でこう書かれている。


『――1000階に見事に辿り着いた人間へ

おめでとう、これで君も一流トレジャーハンターを名乗っても良い時期だろう。
そこで私から特別にこれを見つけたキミにA級ハンターライセンス試験の受験資格
をプレゼントしよう、この紙がそのまま推薦状として通用するから頑張りたまえ。
できればこれを発見したのが沙留斗である事を祈りつつ……
                               初代beaker』


「よっしゃああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
 沙留斗は思わず大声で叫び、ガッツポーズを取った。
 途端、その声に呼応するかのようにダンジョンの壁が、床が、天井が震動する。
「へ?」
 慌てる沙留斗の目の前に……巨大な岩が転がり迫ってきた。
「う、う、う、うわああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!?」
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「……ほほう、それでそれまでにかっぱらった宝を全て放り出して逃げ出してきた訳ですか……」
「は、はぁ……この推薦状だけは何とか持ってきましたけど……」
 もじもじと手をいじくりながら沙留斗は上司であるbeakerに報告する。
 温厚そうな顔が逆に無茶苦茶怖い。
「びーかーおにいちゃん、おそうじおわったよ♪」
 カウンター越しに会話を続ける二人の間に割り込むようにきたみち靜がbeakerにそう言った。
 beakerはニッコリと笑って、
「ありがとう、靜ちゃん。でも明日から一ヶ月は沙留斗おにいちゃんが仕事を手伝ってくれる
ってゆーかお掃除全部やってくれるからね」
 そう言った。
「そ、そんなぁ……勘弁してくださいぃ」
 涙目で懇願する沙留斗。
「問答無用、心配しないでもどうせハンター試験は一ヶ月後でしょうが」
 無情にもそう言い放つ。
「分かりました……くぅ〜、どうして声に反応する落石なんて初歩的な罠に……」
「間抜けねぇ」
 呆れたように好恵がそう言った、ズバリの一言はグサリと来る。
「うっさい!」
「大体そんな紙きれで大声で叫ぶから……」
「ええい、坂下! お前には分からないだろうがハンター試験と言えば世界中の何十万人もの
冒険者が集合して何千倍もの倍率をくぐり抜けてハンター資格を取得するために努力する
超絶最難関試験なんだぞ!」
「へえ、で、沙留斗はそれに挑戦してるの?」
「いや、俺はB級ライセンスは既に取得しているからランクアップのA級ライセンスを
受けようと思うんだけど……」
 新聞を読みながらbeakerが割り込んだ。
「現在、B級ライセンスのハンターは約3000人、所謂ハンターと呼ばれる人間の八割を占めてますね。
ちなみにA級ハンターは世界中でもわずか500人前後、S級と呼ばれる人間に至ってはわずか数人ですね」
「へえ、それってやっぱり凄いんだ」
 珍しく見直したと言わんばかりに好恵が頷いた。
「B級ライセンスからA級ライセンスの試験を受けるためにはA級以上のハンターの推薦状がいるんだ。
ちなみにお師匠はS級ライセンス取得者だ」
「へえ、beakerのお爺さんってそんなに凄かったんだぁ……」
「まああの人は時間だけは腐るほど有り余っていますからねぇ。
大方暇潰しに試験を受けたんじゃないですか?」
「まさかぁ、お師匠はそんな人じゃありません!」
 そんな事を言う沙留斗に思わずbeakerはヤレヤレと笑い出した。
「これじゃあどちらが本当の孫か分かりませんねぇ」
「で、ハンターになると何か良い事でもあるの?」
「えーっと、まず世界中の公共施設とタクシーやら飛行機やらの乗り物は大体無料になりますね」
 そんな事をあっさりと言う。
 カウンターのテーブルに肘を突いていた好恵は思わずガクリとコケる。
「そ、それって凄くない……?」
「後、電話代とか電気代もタダになるし」
「ほえ〜」
 靜がびっくりした顔で沙留斗を見つめている。
「まあ売り払えば一生遊んで暮らせると言われるカードですからねぇ」
 beakerが新聞を読みつつまた割り込んだ。
「それだけに競争も激しいんですよねぇ、倍率5000倍やら10000倍とか言われてますから」
「それって五千人に一人しか合格しないって事……?」
「そうだ、凄いだろ」
 沙留斗は胸を張って威張った。
「沙留斗おにーちゃんすごーい」
 靜が拍手する。
「ただの泥棒と思っていたけどやるわねぇ……」
 余計な一言を付け加えて好恵も頷いた。
「泥棒言うなっ! トレジャーハンターだ!」
「ちなみにハンターって言うのは三種類あるんですよ。沙留斗のトレジャーハンターの他に
バウンティハンター(賞金稼ぎハンター)、それにエニグマハンター……」
「へ? バウンティハンターって言うのは分かるけど、残りのエニグマハンターって?」
「トレジャーハンターとちょっと似ているんですけどね……世界の謎を解き明かしたりする
ハンターの事です、トレジャーハンターと違って財宝が目当てではなく、財宝に残された
謎とかを解明するのがお仕事です」
「あんまり人気ないんですよね、エニグマハンターって……」
「大体バウンティハンターは体力を主に、エニグマハンターは知識が主に、トレジャーハンターは
その両方が必要とされると良く言われますね……それでも最低限の体力が必要ですから完全に知識
しか持っていない人間は応募しても落とされるのがオチですし」
「へえ〜、やっぱり沙留斗おにいちゃんって凄いんだぁ……」
 眼をキラキラとさせて靜が言った。
「でも本当に合格する自信あるのぉ?」
 疑わしげな眼で好恵が言った。
「あるっ! 絶対に合格してみせる!」
「案外簡単な試験で私が受けたら合格しちゃったりして……」
「こらっ! ハンター試験を舐めるととんでもないことになるぞ!」
「はいはい、そんな難しそうな試験受ける気はないわよ……? beaker、どうしたの?」
「そうか……確かに……」
 ブツブツと独り言を呟き始めている、こういう時のbeakerは決まって何か金儲けのアイデアが
 頭の中で練り込まれている状態だ。
 あちこちをうろうろとして手を顎にやりながらひたすら呟く。
「よし!」
 ポンと手を叩いた。
「ウチの学園の生徒の皆さんにもハンター試験、受けてもらいましょう」
「……」
「……」
「ほえ〜」
「「えええええっっ!?」」
 沙留斗と好恵は二人揃って叫んだ。
「で、でも……いくら何でもそんな簡単に……」
「第一それじゃあ私達にあんまりメリットが……」
「だいじょーぶ」
 ニヤリとbeakerは笑った。
「僕に良いアイデアがあるんですよ、幸いハンター試験は一ヶ月後……早速ポスターの準備です!」
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 その翌日、例によって学園中にポスターが張り出された。
 夕陽に向かって手を取り合い、瞳を輝かせている二人の男女が描かれている。
「へえ〜〜」
「なるほどなるほど……」
「結構……面白そうだよね」


『ハンター試験を受けてみませんか!?


ハンター試験さえ受ければ一生の栄華は約束されたも同然!

将来の夢が冒険者だったそこのあなた! 試しに受けてみませんか?

え? どんな試験か不安? 大丈夫! 現B級トレジャーハンターである

二年生沙留斗さんを講師に迎え、一ヶ月後のハンター試験までみっちり

御指導いたします! これであなたも一ヶ月後はハンターの仲間入り!

詳しい応募要項は第二購買部まで! なお、授業料は前払いで月々……』


 がらがらがらと第二購買部の扉が開いた。
「すいませーん、ポスターを見て来たんですけど……」
「あ、はいはい。ではこれにお名前と学籍番号と……」
 理緒がひっきりなしに来る希望者に書類を配っていた。
「なるほどねぇ……沙留斗が講師になって教える訳か」
「僕達の儲けは授業料と後にハンターになった場合のお礼料……という訳です」
「ま、確かにこれなら赤字の心配はないわねぇ、ちゃんと前払いされている訳だし。
 でも……合格者が一人も出なかったら絶対に抗議が来るわよ?」
「大丈夫ですよ、ウチの学園の生徒はそれほどヤワな人間じゃありませんから
 一人でも合格者が出れば胸を張って歩けます」

(後は死人が出ないように祈るだけですね)
 とbeakerはそっと呟いた。


「それでは沙留斗、一ヶ月間、講師とお掃除しっかりお願いしますよ」
「はぁ〜い……って掃除もですかぁぁぁぁぁぁっ!?」
「靜ちゃん、キチンと監督してくださいね」
 beakerが微笑みながら靜に言った。
 靜はピシッと敬礼をして、
「はい! きたみちしずか、がんばります!」
 と応えた。


 ……という訳で一ヶ月後のハンター試験に向けて、ここに購買部の(懲りない)イベントが
開催されたのであった……







<つづくっ!>