ハンターLメモ第四話「ハンターどころじゃないってば!」  投稿者:beaker

 ヤバい事態になっている。
 それはもう非常にヤバい。
 何がヤバいかって……


「ああっ、鍋がぐつぐつとそりゃもう美味しそうに煮えてるぅぅぅぅぅ!!!!」

 ゴブリンが鼻歌を歌いながら鍋の具(野菜その他)を掻き回しているのを見ながら
JJがそう叫んだ。意外と栄養に気を遣うゴブリン達。

 ちなみに人間の肉は豚肉に近いお味だそうで。
 

 








===ハンターLメモ第四話「ハンターどころじゃないってば!」===






 JJとmakkeiと昴河晶は三人揃ってはぁ、とため息を吐いた。
 ゴブリンは鍋を煮え立たせながら、踊ったり、歌ったり、そりゃもう大騒ぎ。
 自分達メインディッシュが活用されるにはもう少しかかるようだ。
 それまでに助けが来てくれる、と期待しなければならないのだが……
 雰囲気的にちょっと期待が持てそうにはなかった。
 makkeiは縛られた手でポケットを探ってみた。
 今、この状況で使える魔術と言えば……
「これだ」
 makkeiは十円玉をこっそりと床に叩き付け、代償魔術を行使した。
 十円玉と引き換えに遠方の特定の誰かと通信する。
 その代わり時間制限は九十秒である。
「だけど誰に助けを求めるべきか……」
 入り口のbeakerや、沙留斗に助けを求めるか?
 ……いや、いくら彼らでも今すぐこっちへ来れる、という訳ではないだろう。
 時間的に間に合いそうにない。
 ならば……


 makkeiは自分の念をこの階にいる、別のグループに送りつける事にした。
 三人ならともかく六人いれば何とかなるはずだ。


(……先輩、八塚先輩!)


「……? makkei君か!」
 八塚崇乃は妙に慌てているようだった。
 だがmakkeiはそんな事に構っていられる立場ではない。
(すいません! 助けに来てくれませんか!)
「今どこにいるんだ!?」
 どうも走りながら喋っているようだ。
 不思議に思いながらも話を続ける。
(今地下十階のゴブリン達の広間です)
「その場所は広いのか?」
(はい)
「判った、すぐに行く!」
 makkeiは何とか伝わった事にホッとため息をついた。
 だが、それと時を同じくして。


『デハイヨイヨメインディッシュダゼイエーーイ!!』


 ゴブリン達がフォークと皿を打ち鳴らしながら叫んだ。
「わっ、こら離せ!」
 ゴブリンにロープで引き摺られる三人。
「くそっ……間に合わない……?」
 makkeiが苦悶の表情で呟いた。
 だがロープを引き摺っていたゴブリンがピタリと動きを止める。
「……?」


『フクヲヌガサナキャオイシクナイゼイエーーイ!!』


 なるほど、それは確かに。
 思わず納得するJJとmakkei。
 だが約一名その言葉に戦慄する人間がいた。
「ちょ、ちょっと待って! 服を脱がせるって……」
 顔面が蒼を通り越して蝋のように白くなる昴河。
 その叫びを聞き取ったのかゴブリンが昴河にじりじりと近寄って行く。
「わ、駄目駄目! 駄目だってば!」
 じたばたと抵抗する昴河。
 何故だかちょっとドキドキするJJとmakkei。
 横目でチラチラと昴河の方を覗く。
 一方の昴河は、そんな視線に構っていられない。
 ここで服を脱がされれば……想像するだけで戦慄する。
 ゴブリンがロープの上からナイフでビリビリと服を破り始めた。
 そんな趣味は無いと自分に言い聞かせながら、ますますドキドキするJJとmakkei。
「あう、もう駄目……」
 諦めたようにうな垂れた昴河。

 その時、


 大広間の扉をぶち破って八塚崇乃、夢幻来夢、神無月りーずが飛び込んできた。
「やったっ! 間に合った!!」
 狂喜するmakkei。
「よ、良かった〜〜〜」
 へなへたと崩れ落ちる昴河。
 三人はmakkei達の姿を発見するとすぐにこちらに駆け寄った。
「良かった、もう少しでアウトでしたよ」
 その言葉に耳を貸しているのか貸していないのかロープを無言で切り解く崇乃。
 ゴブリン達は闖入者に呆気に取られて全く動こうとしない。
「助けに来てくれたんですね!」
 昴河が嬉しそうに呟く。
「ようし、これでゴブリン達なんぞ楽勝だぜ!」
 JJも意気込んでそう叫ぶ。
 そして申し訳なさそうにりーずが三人に声を掛けた。
「いや……残念ながら助けに来たんじゃないんだ」


「「「は?」」」


「助けに来たんじゃなくて助けて貰いに来たんだ、これが」
 そして誤魔化すように頭を掻く。
 ますます訳が判らなくなるmakkei達。
 だが、

「……一体どういう――」
 ――すぐに何を
「助けに来てくれたんじゃ――」
 ――言っているのか
「誰から助けるんです――」
 ――理解した。


「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!」

 
 大広間の扉、というより大広間の扉側の壁をぶち破って巨大な何かが現れた。
 ゴツゴツとした岩のような肌、憤怒の表情で睨み付ける瞳。
 それを観た瞬間に慌ててゴブリン達は大広間から逃げ出して行った。
「えーっと、魔術に詳しいJJなら判ると思うけど……」
 りーずが言った。
「もしかして……まさか……そんな……」
 JJはブツブツと茫然自失の表情で呟く。
「えーっと、四大元素、土の上位精霊、ベヒモスさん……です」
 りーずの丁寧な紹介と同時に、ベヒモスは凄まじい咆哮を挙げた。





「……ッ! 何ですかね、今の」
 耳を押さえて神海が篠塚弥生に声をかけた。
「――さて、何でしょうか」
 まだ「――」の癖が残っているらしい。
 神海は少々考え込む振りをした、が、止めた。
 所詮自分達には関係の無い事だ。
「……川越さん?」
 だが川越は少々蒼ざめた表情で咆哮が聞こえた方向を見つめている。
「どうしました?」
 弥生が声を掛けた。
「あ、すいません。ちょっと気になって……」
 心ここにあらず、という表情で呟く。
「一応……様子を観に行ってみましょうか」
 そう言って弥生は来た道を戻り始めた。
 たけるがその後に続く。
「……? 何だろ」
 不思議そうな顔をしながら神海も二人の後を追った。

 



「うわっ!」
 makkeiが横に跳ねた、先ほどまで彼がいた場所に岩石の槍が突き刺さる。
 ベヒモスは三度吼えた。
 咆哮が耳に直撃し、世界が一瞬遠のいて行く感覚を受ける。
「大丈夫か!?」
 来夢が駆け寄って抱き起こした。
 makkeiは「ああ」と短く答えて立ち上がる。
 そして絶望的な気分でソレを見上げた。
「参ったな……どうするよ」
 ベヒモスを見上げたまま、来夢に訊く。
「どうもこうも……やるしかあらへんやろ」
 同じく見上げたまま、答える。
「我が掌から走れ氷刃!!」
 崇乃が突き出した右手から鋭い氷の刃が産み出され、ベヒモスの顔面に突き刺さった。
 だがまるで気にした様子もなく、振り上げた尻尾が崇乃を弾き飛ばした。
「ぐぅっ!!」
 ゴロゴロと大広間を転がる崇乃。
「……今、十円どれくらい持ってる?」
 makkeiがベヒモスに気配を感じ取られないようにそっと呟く。
 来夢はポケットを探って、
「今……三枚か、四枚ってとこや」
「そうか……ギリギリ通じるかもしれない」
 独り言を呟きながらじりじりとベヒモスから離れようとする。
「? 何がや?」
「いいから黙って僕にその十円全部ください、生憎僕はさっきので切らしちゃったもんで……」
「だから何が……」
「それで助けを呼びます。……ちゃんと返しますから」
 来夢は頷いてポケットの十円三枚をmakkeiに投げ渡した。
「銭形の御先祖様……頼みますよっと!」
 そう言って十円玉を三枚床に叩き付ける。
 思念が一時的にダンジョンの自分の場から離れ、地上にいるbeakerたちの思考に乱入する。
(……先輩! beaker先輩!)
 呼ばれたbeakerは一息ついて沙留斗と歓談しているところであった。
 だが突然頭の中に降り注ぐ声に思わず立ち上がる。
「……makkeiさん? makkeiさんですか!?」
(はい、僕です! ……大変なんです! 今地下十階なんですけど……ベヒモ)
「ベヒモ?」
(ベヒモスが……現れたんです!)
「ベヒモス……?」
 beakerは自分が呟いた言葉の意味をようやく理解して蒼ざめる。
 そして彼が呟いた単語に反応して沙留斗も立ち上がった。
(お願いします! 助けて下さい! このままじゃハンター試験どころじゃ……)
「判りました! 今すぐ助けに行きます!」
(お願……)
 makkeiの思念はそこで断ち切れた。
 事情を良く飲み込めてない坂下好恵や雛山理緒を無視してbeakerはぶつぶつと思考を巡らせる。
「馬鹿な! なんでたかが地下十階程度にベヒモスが現れると言うんだ!」
 沙留斗は拳をテーブルに叩き付けた。
「makkeiさんの必死の形相から言って嘘とも幻覚とも思えません……沙留斗! 何か心当たりはありませんか!?」
「心当たりと言っても……」
 沙留斗はハッと何かに気付いたように顔を上げた。
「そう言えば前回僕がダンジョンに潜った時……岩石が転がってくるトラップに引っかかって……
その時もしかしたらワープゾーンのどこかに異変が……」
「沙留斗さんが潜ったのは地下千階でしたね、ならば何が出たって不思議じゃないか……」
 beakerはくっと唸った。
「申し訳ありません! マスター!」
「謝るのは後にしましょう、とにかく今は彼らの救出が最優先です! ベヒモスなんて
化物に彼らが対抗できるとは思えません!」
「はい! では今すぐ……」
 沙留斗が慌てて駆けだそうとする。
「お待ちなさい!」
 それをbeakerが押し止めた。
「何ですか! 今はモタモタしている場合じゃ……」
「行ってどうするのです!? 彼らと僕達も所詮戦闘レベルはほとんど同一! 我々二人が行ったところで
焼け石に水です!」
「ならばどうすれば!」
 beakerはその問いに答えず唸り唸りそこら中を闇雲に歩き始めた。
 彼が考え込む時の癖の一つである。
「ベヒモス……土……火は……駄目だ……水……氷……水……そしてもう一つ……」
 ハッと何かを思い付いたように空を見上げる。
「沙留斗! 洪水トラップがある階は地下何階ですか!?」
「洪水……トラップ?」
「引っかかるとそのダンジョンのワンフロアを水が埋め尽くすタイプのトラップですよ」
「えーっと、確かアレは……地下……二十階だったかな?」
 沙留斗がダンジョンの形状を思い出しながら答える。
「よし! ならば……」
 再び思考を巡らす、そして彼の脳は解決法を弾き出した。
「沙留斗! 地下二十階に潜って洪水トラップを発動させて下さい! だけどその前に
ワープゾーンを移動させて洪水トラップの水が地下十階のフロアに『半分くらいまで』
入り込むよう調整すること!」
「判りました!」
 沙留斗は敬礼をしてダンジョンへと潜って行った。
「好恵さん! 今すぐに三年の教室からジンさんを呼んで来て下さい! 緊急です!」
「わ、判ったわ!」
 好恵も慌てて三年の教室へ向かって走り出す。
「理緒さん! 保健室から相田先生を呼んでおいてください! 怪我人がかなり出るかもしれません!」
「は、はーい!」
 理緒も同じように走り去って行った。
「よし、僕も……多少は労働しなければならないようですね」
 拳を突き合わせながらbeakerはそう呟いた。



「makkei! あぶなーーーーーーーーーーい!!」
 来夢がそう叫んだ。
「お願いします、助けに……え?」
 振り向いたmakkeiの左の太股に岩石の槍が突き刺さった。
「あああっっ!!!」
 苦悶の表情を浮かべて叫び、転げまわるmakkei。
「いけない! もう一度撃つつもりだ!」
 ベヒモスはmakkeiを睨み付けながら頭と背中から岩の突起物を産出していった。
「くっ……う、動けない……」
 激痛が走って足どころか指一本動かせない。
 そしてまた、ベヒモスが吼えた。
 それと同時に岩石の槍がmakkeiに向かって放たれる。
「ああっ! makkei避けろぉぉぉぉ!!!!」
(あ、もう駄目だっ……)
 思わず眼を瞑るmakkei。
 だが岩の槍が突き刺さるような鋭い痛覚ではなく、代わりに柔らかい、細い何かが
身体中に巻き付いている感覚が彼を包んだ。
「あれ……?」
「ま、間に合ったぁ☆」
 ふと見ると自分は黒く、長い髪の毛に包まれていた。
 この髪の毛がどうやら自分を移動させてくれたらしい。
「makkeiくん、良かったね☆」
「あ……たける……さん」
 makkeiの身を包んでいた黒髪の持ち主は川越たけるであった。
 艶やかな黒髪がするすると元の長さに戻ってゆく。
「あ、ありがとう……ございました!」
「困った時はお互い様だよ」
 コロコロと笑ってたけるは髪の毛を自然な仕草で掻きあげた。
 先程までその髪の毛に包まれていたのかと思うとmakkeiは赤面する。
 一方、獲物を仕留めきれなかった悔しさからかベヒモスは再び咆哮した。
 だが、その咆哮は顔面に叩き付けられた音声魔術によって強制沈黙させられた。
 見上げれば大広間の二階から篠塚弥生が片手を突き出しながらベヒモスを睨み付けている。
 makkeiは岩壁をバックに立ち尽くす彼女の絵画のような、そして硬質的な美しさに思わず息を呑んだ。
「……仮にも私も教師ですから。生徒を傷付けようとする輩を見過ごす訳にはいきません」
 篠塚弥生はハッキリと宣言した。
 だけど……
「さっき思いっきり傷付けてたやん」
 というツッコミは神海にはできなかった、怖いし。
「とは言え――」
 まるで傷付いた様子のないベヒモスを観ながら弥生は呟いた。
「本番はこれからのようですね」
 その言葉に大広間の全員が頷いた。
 今の彼女の攻撃にしても頑強なベヒモスの顔面に少々の引っ掻き程度の傷を負わせたに過ぎない。
「そうは言っても……」
 傷を癒したmakkeiが十手を握り締めながら、
「ここで退く訳にはいかんやろなぁ……」
 夢幻来夢が両の拳の関節を鳴らしながら、
「当たり前だってーの」
 JJが対抗するように一声高く嘶いてから言った。


「なら……」
 崇乃はようやく止まった浄眼の涙を拭いながら、
「第二ラウンド……」
 昴河は口の血を拭いながら、
「開始かぁ」
 りーずはため息を吐き出しながら言った。

 
「絶対に負けないもんね〜だ」




<あ、また続いた>