ハンターLメモ第三話「ハンターになりたい!」  投稿者:beaker
「よっ!」
 葛田玖逗夜は自分の長い腕を活かしてゆっくりと落とし穴を昇り始めた。
 一歩、また一歩。
「おおっ、その調子だ葛田!」
 じりじりとだがゆっくりと上へ、上へと進んで行く。
 そして、到達。
 歓声を挙げる下のダーク十三使徒。
「導師! やりましたよ!」
 穴の淵に手をかけて、ニカッと笑う葛田玖逗夜。
「葛田、ファイトぉぉぉぉぉぉ!」
 ハイドラントが感極まってそう叫んだ。
「いっぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁつ!」
 親指ぐっ。
 片目ウィンク。
 きんきんきんかーん(回転するドリンクを背景に)。
 葛田ノリノリ。
 タウリンが1000mgくらい配合されていそうな叫びである。
 そして、

 ぶにゅ。

「……アレ、何か踏まなかったっけ?」
「あ、ここ落とし穴あるよ!」
「危なかったぁ……避けて通ろうね」

 空気が抜けるような情けない音をたてて、葛田は落下した。
 勿論、残り二人もしっかり巻き込んで。



教訓:「リボ○タンD」の真似はやめよう















===ハンターLメモ第三話「ハンターになりたい!」===












 ゲームで何度もダンジョンに潜った事はある。
 映画だって「インディ・ジョーンズ」シリーズなどダンジョンの冒険を描いたものは存在する。
 しかし、“本物”はそんな架空のそれとはまるで違っていた。
 喩えようがないほどに広がる絶望的な闇。
 上下左右奥手前の区別もつかない。
 暗い夜道を歩いた経験は誰にだってあるだろうが、闇を歩いた経験がある人間は滅多に存在しない。
 だが音は聞こえる。
 視覚が失われた分、より一層音が鋭く感じ取れるようになる。
 これがさらに彼らの不安を増大させる事になった。
 どこから、何が、来るのか。
 分からない、全く分からない。
 既に落とし穴に入って救助されたり、Uターンして戻ったりした組も出始めていた。
 で、SS使いやリーフキャラの面々はとゆーと。


 <夢幻来夢・八塚崇乃・神無月りーず>

「はぁ……なーんにも見えんなぁ」
「その割りには平気で歩いてますね」
「こんなもん怖がったってしゃーないやん。目の前に敵が出てきたらぶちのめしゃあえーやろ」
「お宝は?」
「あ、それウチの仕事じゃないからパス。あんた達勝手にどーぞ」
 はぁ、と闇の中で神無月りーずはため息をついた。
 勿論その憔悴した顔は夢幻にはうかがう事ができない。
「それにしても……」
 八塚崇乃が回りをきょろきょろと見回しながら言った。
「……何も出ませんねぇ」
「ほんまやなぁ。……宝はおろかモンスターも出ぇへん」
 来夢が懐中電灯を振り回しながら答える。
 壁から壁へ、ちかちかと光が生き物のように動き回る。
「……ん? アレもしかして階段じゃないかな?」
 りーずが移動していた光の中にこれまでの壁とは違う何かを見つけた。
「どうする? 降りる?」
「行くしかないやろ、この階には何も無さそうやし」
 三人は互いに頷き合った。




「ララ 星が今運命を描くよ〜♪ 無数の光輝く♪」
「先生、その曲十回目っす……」
 デコイが焦燥とした顔で告げた。
 すると、理奈は照れた顔を浮かべて……とは言えこのダンジョン内では全く分からなかったが。
「あ、あはははは。だって怖いんだも〜ん♪」
 さっきから妙に語尾に♪がつく、こういうのをから元気というのだろう。
「べいべー、そんなに怖がる事ないですネー、ミーがついてマース」
 先頭に立っていたTaSが振り向く。
 暗闇のTaSは顔面とアフロが闇に同化して見えるのはラミ入った瞳と真っ赤で分厚い唇だけだ。
「アンタが一番怖いっ!」
 理奈の右ストレートがTaSの顔面にめり込んだ。
「酷いデース」
 いささか傷付いたような表情をTaSは浮かべた……らしい。
 暗闇でへの字に唇が浮かんだからかろうじてそれが分かった。
 さすがに理奈もほんのちょっぴり申し訳ない事をしたかな? という感じで慌てて謝る。
「ご、ごめんね。えーっと、つい、その」
「別に構いませんヨ」
 例によって瞳……というより目玉、それに唇が蠢いてニカッと笑った。
 ああ、昔こんな敵キャラをゲームで見た事がある、確か「マザー」だったか……
「ごめん、やっぱり怖いのっ!」
 左ジャブで距離を測っての右ストレート、綺麗なワンツーだった。
「お願いだから振り向かないでね」
「ますます酷いデース」
 TaSはちょっと泣いていたかもしれない、でもやっぱり暗闇だから(以下略)。




「うーん……」
 神海は唸りながらダンジョンの中を歩いていた。
 その後ろをきゃぴきゃぴしながら川越たけるが、
そして篠塚弥生が連れだって歩いていた。
「ハイドさんったらどこに行っちゃったんだろうね〜?」
「罠を仕掛けるとは聞いてましたけど……どこに罠を仕掛けたかまでは言ってませんしね」
 神海が懐中電灯であちこちを照らして誰もいない事を確認しながら答える。
 ここらへんが彼の生真面目さを表しているのだろう。
 ハイドラントが授業をサボるのはいつもの事だが、さすがに「ダンジョンに行く」と
言っておいて姿が見えなくなるのは少々不安だった。
 そこで先のドサクサに紛れて三人はハイドラントを救出するために潜入したのである。
 ……本当か?


 神海は懐中電灯の光を動かすのは止めて真っ直ぐ、正面の方向を向いた。
 ハイドラント達が懐中電灯の光や声にさえ気付いてくれれば何とかなるだろう。
「……けてくれ〜」
 しかしどこにいるのだろうか……皆目見当がつかない。
「……お〜い……」
 神海は篠塚弥生の方をチラリと見た。
「……下だ、下〜」
 表情こそ変えないがやはり彼女もそれなりにハイドラントの事を気遣っているのだろうか?
 神海はちょっとだけ焦燥感と嫉妬と、そして羨望を覚えた。
「いい加減に気付けボケェェェェェェェェ!!!!!」
 ……?
「ああ、導師……ようやく見つけました!」
 さっきから思いっきり必死で存在を訴えていたと思うけど。
「ハイドさん、生きてるー?」
「おおー、おたけさんか。生きてるぞー……一応聞いておくけど隣にいる人間は電芹だろうなぁ?」
 ハイドラントがおっかなびっくりという調子で叫ぶ。
「うーんとね、実は……もがもが」
 たけるの口を弥生が抑えながら言った。
「――大丈夫ですか、ハイドさん」
 しっかり「――」まで台詞に入れているし。
「ああ、良かった電芹か! いやあ、弥生さんだったらどうしようかと思ったぜ」
「導師は恨まれてますからね〜」
「平気で俺だけ置いてきぼりにしてしまいそうなんだもんなぁ、冷たーーい表情のままで」
「『すいません、手が滑っちゃいました☆』とか言ってつき落としてしまいそうですね」
「おお、葛田! その物真似結構似てるぞ! わははははは!」
 凍り付いた表情で神海とたけるは弥生を振り返った。
「――ええ、本当に似てますね……」
 なんかこめかみに血管だか神経だかが浮き出ている弥生さん、もしかして狂経脈か。
「千鶴先生が明るい偽善者なら弥生先生は根暗な偽善者って感じがするなぁ、俺は」
 続けざまに神凪が言わなくてもいい事を言う。
「うーん、確かに言い得て妙だな」
 弥生が巨大な植木バサミを取り出しても二人は何も言えなかった。
「――ではロープを垂らします」
「おお〜、電芹サンクス!」
 ロープの一方の端を床に釘で固定して、もう一方を穴に垂らす。
「よっしゃ! よーやく脱出できるぞ!」
「では導師がお先に……」
「うむ、後に続け!」
 よいしょ、よいしょとハイドラント達は穴を昇っていった。
 たけると神海の顔が段々近付いて来る。
 何故だか二人とも顔が真っ青になっていたが。
「もう少しで到着……」
 ハイドラントが穴の縁をつかもうとした時、ひょいと“電芹”が顔を出した。
「………………………………………………」
「………………………………………………」
「………………………………………………」
「………………………………………………」
「誰が冷たい根暗の偽善者ですって?」
 千鶴ばりの笑顔を浮かべながら弥生は言った。
「…………えーっと」
 とりあえずハイドラントは彼女を落ち着かせようと……
「おハロー」
 植木バサミでばっさりとロープを切られた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ! こんなこったろうと思ったぞチクショーーー!!」
 ハイドラントは下二人を巻き込みながらそう叫ぶ。
 続けて懐から何かを取り出す弥生。
「あのー、弥生先生何を……」
 おそるおそる聞く神海。
「おっと、手が滑ってしまいました」
 どぼどぼとゴマ油を穴に注ぐ弥生を誰も止める事はできないのである。




「無い」
「ない」
「なかった」
 夢幻来夢、神無月りーず、八塚崇乃は同時にそう言った。
 既にダンジョンは地下十階。
 そして目の前には地下十一階へ降りる階段。
 彼らのグループだけはここに至るまでに敵も罠も宝も全て発見できなかったのである。
 運が良かったのか、悪かったのか。
 いずれにせよ彼らは選択を迫られていた。
 このまま収穫無しで帰るか、


 それとも


「ウチは行く」
「……」
「このまますごすごと帰るなんてウチのプライドが許さへんねん」
「危険だよ?」
「ああ、アンタ等は行くも帰るも好きにしたらええ、でもウチを止めたらアカンで」
 ふぅ、とため息をつく神無月りーず。
 やれやれ、と頭を掻く八塚崇乃。
「行くか?」
「ああ」
 二人は頷き合った。
 そして来夢の方へ向き直って、三人は
「「「行くぞ!!!」」」

 そう叫んだ。




<JJ・makkei・昴河晶>


「……」
「……」
「……」
 目の前でちょこまかと動く生き物。
 小鬼、と訳されるが小さいエルクゥという訳ではない。
 耳と牙は尖り、肌は不健康なまでに黄土色、そして底意地の悪そうな瞳。
 御存知ファンタジーRPG界屈指のヤラレ役、ゴブリンである。
 でも彼等の目の前にいるのは子供だった。
 ちょこまかちょこまかと動いて何だか可愛さをアピールしている。
「可愛くない」
 JJはキッパリそう言い切った。
「うーん、言葉が通じるかな? えーっとね、ぼく、お家に帰りなさい」
 makkeiが嗜めるように言った。
「でもさぁ、子供のゴブリンがここに出るようなら……もしかして大人のゴブリンも
ここらへんにいるんじゃない?」
 昴河がきょろきょろと回りを見回しながら言った。
「でも目の前でこの子の家族を倒しちゃうってのもちょっとなぁ……」
  makkeiが人道的意見を吐く。
「そういう訳だ、ガキ。とっととお家に帰んな。俺達はお前の事忘れてやるからさ」
 むー、と唸るゴブリンの子供。
 素直に帰るかと思いきや、
おもむろに持っていた棍棒でJJのひづめを思いっきり叩いた。
「いってぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 ひづめでひづめを押さえて(器用な馬だ)、飛び上がるJJ。
 ゴブリンの子供はあっかんべーとして、すたこらさっさと逃げて行く。
「チクショウ! 所詮ゴブリンの子供はゴブリンか! 待ちやがれ!!」
 JJはその健脚を活かしてゴブリンに追い付こうとする。
 ウキャキャキャキャと笑いながら逃げるゴブリンの子供。
「ああっ、ヤバい! 追い掛けよう!」
 昴河はmakkeiの言葉に頷いて走り始めた。
「このガキィィィィ!!!」
 ゴブリンの子供は飛び跳ねるように廊下を駆ける。
 それに後一歩のところまで近付いたJJ。
 だが、


「え?」


 突然JJは体のバランスが崩れるのを感じた。
 ふと、下を見る。
 足にロープが絡まっていた。
「いつのま……」
 JJは無様に転ぶと同時にネットを被せられる。
「うわっ! てめぇら何しやがる!!」
 暗闇からゆっくりと現れた複数の小鬼達。
 ふと見るとmakkeiと昴河も申し訳無さそうに両腕を挙げていた。
 クロスボウで周り中から狙われているのだ。
「く、くっそう……捕まっちまったか……」
 ゴブリンの数はざっと見積もっても二十匹以上はいるように思われた。
「ねぇ、ねぇ。こいつ等私達をどうするつもりなのかな?」
 昴河が隣のmakkeiに囁く。
「えーっとね、さっき聞こえたゴブリン語を訳すと……」
「訳すと?」
 先を促す。
「今夜はパーティだ! ってさ」
 ははは……と力無く笑うmakkei。
 その言葉に真っ青になる昴河。
 このダンジョンのゴブリンは確か……


『キョウノメインディッシュハウマトニンゲンノマルヤキダゾ!!』


 いえーい。
 歓声を挙げて非常に盛り上がるゴブリン達であった。




 ぞくり。
 地下十一階は違った。
 何が? と言われても即答できるものではあらず、
だが、何かが違っていた。
 そう、例えば……空気の質。
 今までのひんやりとした空気ではなく、じっとりと湿っぽくて、まるで空気自体が
何かの意志を持っているようなねっとりとした空気。
 例えば、闇。
 これまでのどこかしら人を落ち着かせた闇とは違って、
絶望とか虚無とかそういう言葉が相応しいような闇だった。
 嗚呼、ここは違う。
 これまでのどこか人界と繋がっていたダンジョンではない。
 ここは“闇の領域”だ。
 夢幻来夢は懐中電灯を照らしながらそういう事を考えていた。
 ちょっとだけ、後悔する。
 だけど、やはり宝が欲しかった。
 いや、宝ではない。
 何か“自分がやれた”という達成感が欲しかった。
 その為に命を賭ける事なんて馬鹿馬鹿しいと思う人間もいるだろうが……
 来夢もそう思っている。
 何て馬鹿馬鹿しい行為だと。
 だけど、だから、来夢は自分が好きだった。

 崇乃は呼吸が荒くなるのを感じていた。
 最後尾にいる崇乃は一番闇に触れやすい立場だ。
 微かに聞こえる音が一層不安を増幅させる。
 そして、八塚崇乃は自分の頬に何かを感じ取った。
 いや、正確に言うと涙が流れるのを感じた。
 涙は浄眼から出ていた。
「ヤバい! 皆、敵だ!」
 慌ててそう叫ぶ。
 来夢は咄嗟に上下左右にダンジョンの壁を照らし出した。
「どこや! 何にも見えへん!」
 先頭の来夢が何も見えない、という事は……


 グルルルルル、という篭った獣の唸り声が崇乃のすぐ背後から聞こえてきた。
「くっ……」
 咄嗟に後ろに蹴りを放ち、その衝撃で来夢達の方向へ突っ込む。
「よっと」
 来夢が飛び込んできた崇乃を受け止めた。
 崇乃はすまん、と言って来夢が照らし出すモンスターを見つめた。
 蹴った時の岩を叩いたような感触。
 あの地獄の底から響くような唸り声。
 そして振り返った時に観た赤い目玉のデカさ。
 神無月りーずはこのモンスターを知っていた。
 オカルト研究会の人間なら多分、誰だって知っている。
 四大元素を司る精霊達。
 彼等にはその役目に相応しい名前が付く。
 火の精霊イフリート、風の精霊ジン。
 そして目の前にいるモンスターは、


「べ……ベヒモス……?」


 四大元素土の精霊、ベヒモス。
 神無月りーずは茫然としてそう呟いた。






<つづく!>