グラップラーLメモ第十話「鳳凰狩り」 投稿者:beaker
えーと確かこの企画が始まったのは・・・どー考えても三ヶ月は前だな。
三ヶ月かかってよーやく第五試合・・・
こりゃ年内に終わらないな(笑)
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対峙。
二人の男が向かい合っていた。
臆すること無く、
視線を逸らすこと無く、
そう・・・一回戦・第五試合「ハイドラントvs岩下信」の開始である。


――闘技場用体育館二階

「マスター、この試合どう見ます?」
「ふう・・・そうですねえ。沙留斗、あなたはどう思いますか?」
沙留斗は腕組みをしながら呟いた。
「魔法が使えないから純粋な体術の勝負になります。やや、岩下さんが優勢かな・・・?
あ、ズルいですよマスター。自分の答えを言わずに人の答えを聞くなんて。」
「ははは、すいません。ま、岩下さんが優勢という意見はおおむね正しいと思いますがね。」
「おおむね?何か気にかかることでも?」
それには答えず、beakerは闘技場で睨み合っている二人を見下ろした。
「ま、とにかく・・・ハイドさんが自分の不利をどう補うのかゆっくり見物する事にしましょうか」

――ジン・ジャザムの控え室にて

「ジン・・・きみはこの試合どう見る?」
セリスが腕組みをして柱にもたれかかっているジンに背後から声をかけた。
「さてねぇ・・・」
ジンはぽりぽりと頭を掻きながら、
「ま、岩下信って奴は瑞穂や下級生の前じゃあ温厚誠実って感じだが、
あれでなかなか・・・」
「・・・だよね」


「それでは両者、元の位置へ!!」
デコイの合図により互いに一旦間合いを取る。

ハイドラントはダーク13使徒の連中に、
岩下信は観客席の瑞穂に近づいていった。
岩下信の方は今から闘うとは思えないほどの穏やかな笑みを浮かべていた。
「瑞穂君・・・眼鏡を預かってくれるかな?」
瑞穂は「あ、はい・・・」と手を伸ばして彼が外した眼鏡を預かろうとした。
その瞬間だった。
「はっ!!!」
気合の入った声と共に岩下信が裏拳を誰もいないはずの後ろに叩き込んだ。
「なっ!?」
そこには裏拳をすんでの所でガードしたハイドラントがいた。
ハイドラントは少し驚いた顔を見せたが、ニヤリと皮肉っぽく笑った。
だが額には若干の冷や汗が浮かんでいる。
「なるほどねえ・・・動かされたか・・・」
「ま、これくらいは予想しておかないと、ね。」
岩下信もニヤリと笑った。
瑞穂はと言えば、受け取った眼鏡を持ったままきょとんとしている。


beakerが沙留斗に話し掛けた。
「沙留斗、今の攻防どっちの勝ちだと思いますか?」
「そりゃあ岩下さんでしょう、でもあの人、ハイドラントさんの強襲がよく察知出来ましたね。」
「ふふふ・・・沙留斗も分かりませんでしたか、今の攻防の意味が。」
「?・・・どういう意味・・・ですか?」
沙留斗は不思議そうに聞いた。今の攻防に他の意味を読み取るなんて事が出来るのか?
beakerは沙留斗の不思議そうな顔を見、次に下を覗き込んだ。
「爪の塔の人はさすがに分かったみたいですね・・・あ、葵さんはちょっと分からなかったみたいですねえ」
「だから、マスター!今のは一体・・・」
「知りたいですか?」
beakerはニヤリと笑った。当然次に来るのはいつもの台詞だ。
「それじゃあ説明しましょうか・・・」
沙留斗はため息を吐いた。
どちらにしろこの台詞が出ると、beakerは有無を言わさず説明を始めるのがいつものパターンだ。
「お願いします。」
「さて・・・今の攻防、普通だったらこう見ます。」
「ハイドラントが後ろを振り向いて油断した岩下信に襲い掛かり、とっさにそれに気付いた岩下信が
裏拳でハイドラントを何とか撃退した・・・と。」
「違うんですか?」
「そもそも岩下さんが眼鏡を外して瑞穂さんに持っていった事自体がおかしいんですよ。」
「?」
「これから闘おうって時に何でわざわざ眼鏡を付けていたんですか、岩下さんは?」
「あ・・・」
「ましてや相手はダーク13使徒。奇襲・強襲の類は当然岩下さんなら予期していたはずです。」
「そう・・・ですよね。」
「それなのにわざわざ眼鏡を外すために後ろを振り向いたって事は・・・」
「予め・・・ハイドラントさんが襲い掛かるのは予想していたって事ですか?」
「惜しい答えですね、正解は・・・」



「初めっからこういう予定だった・・・だな」
ジンがモニターを見たままセリスに話し掛けた。
セリスの方もモニターから視線を逸らす事はない。
「だね。そうでも無ければあれほど気配を殺して襲い掛かった彼を、ああもあっさりと
裏拳で迎撃出来た説明がつかない。」
「ま、ハイドラントの不利は分かり切っていた事だからな、それを補うために奇襲を
するってのも普通は考え付く。だが・・・」
「普通の格闘家なら、油断しないとか、そういう方向に頭が向くんだけどね・・・」
「死中に活を見出す・・・か。」
ジン・ジャザムは肩を竦めた。



「導師・・・・・・えーとえーと・・・’どうし’たらいいんでしょう。何ちゃって・・・」
場をなごまそうと思ったのかどーかは分からないが、葛田のギャグは見事に上滑りに終わった。
「葛田さん・・・ちょっと黙っていて下さい。」
電芹がロボットとは思えないほどの視線の冷たさで葛田にツッコミを入れた。


当事者である二人はそんな会話があちこちで交わされている間中、
ピクリとも動かなかった・・・ように観客には見えた。
だが・・・
少しずつ、少しずつ岩下信が詰めていた。
それに呼応してハイドラントも次第に後退していく。
(ちっ・・・ポリシーには反するが・・・正面から行くか!!)
まずハイドラントが動いた。
前傾姿勢で両足を刈るようにタックルする。
岩下信はタックルしてきたハイドラントの首を上手くキャッチして、そのまま放り投げた。
俗にフロントネックチャンスリーと言われるレスリング技だ。
「このっ・・・!」
すぐさまハイドラントは立ち上がる。
が、立ち上がるまでのタイムラグを見逃さず岩下信が逆に攻撃を仕掛けた。
「邪魔だっ!」

屑風

ハイドラントをひっつかむとそのまま自分の後方に投げ飛ばす。
「しまっ・・・」
岩下信はそのまま連撃を放った。

拳

肘

膝

そして蹴り

全ての打撃がマトモに入った。
ハイドラントもさすがにガクリと膝を突く。
そのまま動かない。
デコイがその様子を見て慌ててハイドラントに近づいていった。
「あ、あの・・・ハイドラント選手・・・?」
デコイがハイドラントに声をかけた。
その声とほぼ同時にハイドラントは岩下信に飛び掛かった。
顔面に向かって拳を放つ。
岩下信はとっさの判断で拳を放った方の手首を掴んだ。
正拳だと思っていたハイドラントの拳は指が二本伸ばされていた。
目突きだ。
(危ない奴め・・・)
もう一歩遅れていたらハイドラントは遠慮なく目を突いていただろう。
そう思うとゾッとした。
一瞬、目突きに気を取られたのがマズかった。
ハイドラントは空いていたもう一方の手で素早く岩下信の耳を張り手で叩いた。
強烈な痛みと衝撃が岩下信の耳に響く。
「どうだ?耳への張り手は効くだろ?」
ニヤリと笑うと岩下信の鳩尾に膝蹴りを入れた。
今度は岩下信がうずくまる。
「さて・・・悪いがここで少しの間・・・眠って・・・もらうっ!!」
ハイドラントが拳を岩下信の脳天目掛けて振り下ろした瞬間、
岩下信はわずかに頭を横にずらした。
拳は目標を見失い、地面に向かって突き進む。
岩下信はその拳を素早く掴むと座ったままハイドラントに向かって蹴りを放つ。
拳が本来行き着く場所では無い場所に行ってしまったハイドラントはバランスを崩していた。
何十発もの蹴りがあっと云う間にハイドラントに襲い掛かる。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!!」
マシンガンのような蹴りを食らったハイドラントは再び膝をついた。
「やべっ・・・今のは結構マズい・・・・・・くそっ」
幸い座り込んだままの状態からの無理な蹴りだったので、内臓破裂まではいっていない。
だが体勢を立て直そうとした瞬間、腹に激痛が走り意識が薄れて行くのを感じた。


いっていないが・・・


意識が遠く・・・・・・
・
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・
・
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・
ハイドラントの脳裏にかつて師匠と実践訓練をした日の会話が蘇った。


「ねえ、ハイド君。必殺技はいつ使った方がいいと思う?」


「そりゃあチャンスを掴んだ時でしょう。」


「じゃあチャンスを掴む・・・相手に隙がある状況にするにはどうしたらいいの?」


「フェイントをかければいいのでは?」


「フェイントはどうやって?」


「小技を使い、相手を幻惑させて・・・」


「駄目ねえ、ハイド君。向こうが君の必殺技を知っていたらどうするの?
小技のフェイントなんて相手に用心させるだけでしょう?」


「は、はあ・・・」


「正解わね・・・必殺技をフェイントに使えばいいのよ。」


そこで記憶が途切れた。


現実に意識が舞い戻ってくる。


「ハイドラント選手・・・ハイドラント選手!!」
デコイがハイドラントに呼びかける。
だが返事は返ってこない。

「あちゃあ・・・岩下さんの勝ち・・・ですかね?」
「・・・みたいですねえ。」

「ハイドラントの負け・・・か?」
「惜しかった・・・ね。」

「ハイド・・・」
綾香が我知らず両手を握り締める。
「綾香さん・・・」
そんな綾香を葵が心配そうに覗き込む。


「ハイドラント選手・・・ハイドラント選手・・・?」
デコイが諦めて実況席の志保に合図を送ろうとしたその時だった。
彼が掲げようとした腕をハイドラントが掴み、ゆっくりと立ち上がった。
「悪いが・・・まだ勝負はついちゃいない。・・・さがってろ。」
デコイが慌てて実況席に戻る。
「・・・素直に眠っていた方が賢明な判断だと思ったのだが・・・?」
岩下信がそう言い放つと、ハイドラントは含み笑いをした。
「悪かったね・・・我々ダーク13使徒は人の嫌がる事が大好きでね・・・」
そうか、とだけ岩下信は言い放つと構えを崩さないままじりじりと近づいてゆく。
ハイドラントは次第に近づいてくる彼を見ながら自問自答していた。


(さあて一か八か・・・まず俺のアレを知っているかどうか、で賭け)


(こいつの右耳がまだダメージ残っているか、で賭け)


(そして・・・これをすんなり受けてくれるかどうか、で賭け・・・か。まったく分が悪い)


ハイドラントは奇妙な感覚に捕らわれた。
落ち着いているのではない、パニックになっているのでもない。
そう・・・体中がこそばゆい感じ。
体の中で蟲がざわめくような・・・この感覚をどう呼べばいいのだろう?


(恐いか・・・?)


そうだ、たまらなく恐い。


負ける事も傷つく事もたまらなく恐い


だが・・・動かないわけにはいかない


闘わない訳にはいかない


否


闘いたい・・・そう、闘いたいのだ


ハイドラントもジリジリと間合いを詰めていった。


詰める


歩む


そして・・・動いた


ハイドラントが先に動いた。
左腕で岩下信の服を掴み、続けて右腕でも掴もうとする。
岩下信は右腕で自分を捕まえているハイドラントの左腕を跳ね飛ばそうとした。
その時、
ハイドラントは自ら左腕を放すと、それを岩下信に向けた。
とっさに岩下信は彼の左腕が義手であること。
そして・・・義手には銃が仕込んである事を思い出した。
(マズいっ!!)
岩下信は右か、左か、どちらかに体を振ろうとした。
右耳はまだ耳鳴りが響いている。
一瞬の後、岩下信は自分の体を左に移そうとした。
だが移そうとしたその瞬間、ハイドラントの右のハイキックが彼の頭を襲った。
「がっ!!」
ハイドラントの第一と第二の賭けは成功した。
だがこれで終わると思うほどハイドラントは岩下信の事を甘くは見ていない。
右のハイキックを残したまま、岩下信の肩と首に引っかけると残っている左足で飛ぶ。
そのまま脳天へ踵落しを狙う。
岩下信の方も尋常ではない反射神経で頭を少しずらす。
踵はそのまま彼の左肩に激突する。
激痛が岩下信の左肩に走った。
だがまだ終わっていない。
ハイドラントは飛んだまま両足を首に絡めて極める。
そして自分の体を両手を使って回転させた。
岩下信の体も重力に逆らうように逆さまになる。
ハイドラントは首を極めたまま重力の法則が二人を落とすに従った。
岩下信は両手で迫り来る大地の為の受け身を取ろうとしたが、
両肩の激痛がそれを阻んだ。
ハイドラントが両手で受け身を取ったと同時に、
岩下信は頭から地上に叩き付けられた。


一瞬誰もが沈黙した後、
「ま・・・信さん!!!」
悲鳴を上げて瑞穂が駆け寄る。
ハイドラントがのろのろと立ち上がった。
「やれやれ・・・何とか・・・賭けは成功したみたいだな。」
デコイが駆け寄ってくるのを見て、ほっと一息つく。
岩下信は仰向けになって失神しているようだった。
自分の方もお世辞にも楽勝とは言えない。
一回戦からこれでは先が思いやられる・・・とかぶりを振って歩き出そうとしたその時だった。


「待て」
とハイドラントを岩下信が呼び止めた。
ぎょっとして振り向く。
「(信じられん・・・まだ、闘えるのか・・・!?)」
絶望感がハイドラントの体を支配しそうになった。
だが、岩下信は微笑みながら
「今の・・・技の名前を教えてくれないか・・・?名前も分からない技で倒されたって言うのも
何だか癪だからね・・・」
と言った。
「今の技は・・・」


「EDGE、今の技はお前の技か?」
兄である西山英志が闘技場を見つめながら聞いた。
「そうよ、神威のSS打投極複合技・・・」


「「鳳凰落」」


「鳳凰落・・・ね。火使いの僕には・・・結構ズバリな技だなあ」
岩下信は苦笑した。
「まあ、いい。今回は僕の力が及ばなかった。・・・僕の・・・負けだ。」
「そういう事にしておいてくれ。こっちも身がもたん。」
「なあ、また・・・闘ってくれるかな?」
ハイドラントは首を横に振った。
「冗談じゃない、こんな闘い方では二度とあんたとは闘わんぞ。次にやる時は・・・」
「やる時は・・・?」
「全力だ」
互いにニヤリと笑うと、ハイドラントは闘技場を去り、岩下信は担架によって運ばれていった。



「やれやれ・・・結局ハイドラントさんの大逆転ですね、マスター?」
「ま、今回は岩下さんがハイドラントさんの奇策にすっかりハマった・・・という所ですかね。」
「それより、マスター。そろそろ次の・・・」
「そうですね・・・それでは行きましょうか?」


「ハイドラントの勝ち・・・・・・か。」
「岩下さんが負けるとは思わなかったよ・・・あんなに強い人が・・・」
「いや、実戦経験の豊富さが明暗を分けたな。」
「どういう・・・ことだ?岩下さんの実戦経験がハイドラントに劣っているとは思えないけど・・・」
「あり過ぎるから負けたんだよ。あの時、実戦経験が乏しい人間なら銃は反則という意識が
絶対に残るはずだ。だが岩下にとってはこの試合も実戦と同じ・・・避ける事しか頭に無かったはずだ。」
「そういう世界に生きていたんだからな、あいつは。」
「ふむ・・・生と死の修羅場をくぐり過ぎるのも考え物か・・・」


「おめでとう、ハイド。」
綾香は近づいてきたハイドを素直に祝福した。
「優勝までおめでとうはとっといてくれ。第一、次はお前の出番だろうが。」
ぞんざいに言葉を返す。
「分かってるわよ、まったく素直じゃないんだから・・・」
綾香がぶちぶち文句を言っている。
ハイドラントはそんな綾香の前を通り過ぎると、ふと思い出したように呟いた。
「綾香・・・」
「何よ?」
「勝てよ・・・応援するからな。」
「!?・・・・・・・・・任せといてよ!!」
綾香は腕でポーズを作った。
ハイドラントはそんな綾香を見て・・・少し、ほんの少しだけ笑うと、ダーク13使徒の面々が待つ
場所へと帰っていった。






控え室のドアを控えめにbeakerがノックする。
ややあって「どーぞ」という声を聞くと、beakerと沙留斗の二人は彼女の控え室へ入った。
「今の試合・・・見てました?」
「生憎と人の試合まで構っている余裕がなかったわ。」
柔軟体操をしながら彼女・・・坂下好恵は呟いた。







<つづく>






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わあい、無事第九話完成〜〜(^^)/
今回は第一試合以来の正当なバトルを目指しましたがいかがだったでしょうか?
ハイドさんの義手の銃を一部の人間が知っているのは良くないかな・・・と思いましたが、
話の展開上、こうなりました。
ハイドさん、並びに岩下さん、平にご容赦願います。


よし、これでよーやく体育祭SSに専念できる・・・(笑)。


http://www.s.fpu.ac.jp/home/s9712056/www/index.htm