グラップラーLメモ第十二話「激突!!」 投稿者:beaker
<注意>
この話は格闘技とか漢字の漢と書いておとこと詠むとかそーゆー系統のマンガだとか
そーゆー事に興味が無い人間には余り面白くありません。
どうぞ読み飛ばしましょう(笑)
なお、グラップラー時空(なんだそれ?)なので多少強さのバランスは調整してあります。
文句あっか(笑)




始まった途端――空気が止まったように感じられた。
綾香も好恵も構えたまま動かない。
だが構え方には二人の違いが現れていた。
綾香のほうが軽く足を動かして自分のリズムを作っているのに対し、
好恵のほうはどっしりとした構えでピクリとも動かない。
何とか志保が言葉を発しようとする。
『二人とも互いに動きません、お互いに様子を窺っています……』

「動かない…………」
「そうね、二人とも相手の手を知っているだけに逆に動けない…………」
葵の独り言に対し、梓のほうも闘技場を見たまま答えた。
その闘技場のすぐ側で手すりに肘をついてもたれかかったままのbeakerがいた。
「――とは言え、動かないと面白くありませんよねえ。好恵さん?」
そう呟いた瞬間、好恵が動いた。
『!! 坂下選手が動いたっ!!』
空気を断つように重いパンチが二発、綾香に襲いかかった。
だが綾香はぎりぎりの距離でバックステップすると、好恵の二発目のパンチで体勢がやや崩れたのを
見計らって踏み込んで蹴りを放つ。
狙いは顔面。
だが好恵はよけられた時点で予測していたのか、自分の顔面を二発目のパンチを放った腕で庇った。
ビシイッ! という音と共に好恵のガードした腕に蹴りが叩きこまれる。
観客がざわめいた。
「すっげえ音…………」

それからまた二人の動きが止まる。
『おおっと、やはりスピードでは綾香選手のほうが有利という事でしょうか?
これでは坂下選手、迂闊に動け…………ってえ!?』
一瞬の攻防の後に弛緩した空気を突いて、好恵がまた動いた。
今度は蹴り。
右の回し蹴りを綾香の腹部を狙って放つ。
綾香は両腕でそれをガードすると、懐に入り込んだ。
「お」
beakerが呟く。
そして好恵の道着を掴まえようとした途端、綾香は好恵の両手で突き飛ばされた。
その反動を利用して、好恵も思いきり後方に退がる。


「好恵のヤツ…………やっぱり寝技・投げ技を怖がっているんですかね?」
観やすさでは一階よりも良い二階で沙留斗が傍らの人間に呟いた。
沙留斗に問い掛けられた人間は何時ものように涼しげな微笑を浮かべていた。
「そうさなあ……空手家にとって寝技・投げ技は常に未知のスタイルだからな、
特に空手一筋というあの嬢ちゃんみたいな人間には」
それから言葉を切り、彼は一階の闘技場の自分の孫の姿を見る。
そしてだが――と言葉を繋ぐ。
「何せ、あの嬢さんのトレーニングに付き合ったのが狡猾さでは天下一品の私の孫だからな。
寝技・投げ技対策していませんでしたー、で済ませるとは思えん」
「師匠、仮にも自分のお孫さんなんですから…………」
苦笑して沙留斗が言った。
「なあに、今のはあいつにとっては誉め言葉だよ。ま、とにかく掴まった時がこの闘いの
重要な分岐点になるな」
そうbeakerは――と言っても初代の方だが――は呟いて再び動かなくなった闘技場を見下ろした。


互いに構えたまま、三度動かなくなった。
「好恵、それでも生まれ変わったと言えるの? さっきのあの言葉は?」
綾香が憤懣やる方無いと言った様子で好恵に言った。
だが好恵は涼しい顔でさあね? と呟いた。
その一瞬の顔が何故か綾香には闘技場のすぐ側でこちらを見ているbeakerに似ているな、と少しだけ思った。
「好恵…………行くわよっ!!」
御丁寧に前置きしてから綾香が好恵の間合いまで一気に詰めた。
対する好恵のほうも構えを崩さず迎え撃つ。
まず綾香の方が信じられない速さのコンビネーションで好恵の足から腹、顔面にそれぞれ
ロー、パンチ、パンチを食らわせる。
好恵は顔面以外は食らうに任せ、綾香の頭をそれでも掴み、膝蹴りを顔面に放った。
綾香は両手で好恵の手を跳ね除け、後方に頭を仰け反らせ、そのままバク宙で距離を取る。
「何つう反射神経だ、あいつは」
汗をかいて誰かが呟く。
(思った通りっ……好恵は確かに力だけは強くなっているけど……そのせいでスピードが鈍くなってる!!)
そう思った綾香はさらにまた間合いを詰めようとした。
ニヤリ、と一瞬beakerは笑った。
綾香の一瞬の顔――自信に溢れた顔を見逃さなかった。
「さあて、何を判ったんでしょうねえ」


綾香が詰めたのを見て、好恵は右のミドルキックで迎え撃った。
狙いは先程と同じ綾香の左腹部。
同じく綾香もガードする、と思いきやガードのままがっしりと好恵の足を掴む。
「同じ手が通用すると……思っているなら甘いわよ!」
そう言って好恵の足を掴んだまま、自分の体をくるりと回転させて倒れ込む。
『おおーーっと、何と綾香選手っ! プロレス技のドラゴンスクリュー!』
足を掴まれたまま、捻りを加えられた好恵は倒れ込む――はずであった。
「思ってないわ」
が、好恵はそう言うと、綾香の回転と同じ方向に自分の体を回転させた。
さらにそのまま残った左足で地面に伏した綾香に向かって蹴りを放つ。
回転によって威力を増した蹴りが綾香の顔面に叩きこまれた。
ぎりぎりで顔面はカバーしたものの蹴りの衝撃そのものは防げない。
地面に伏していたにも関わらず、思い切り吹き飛ばされる。


「ぐっ!!」
不幸中の幸いか吹き飛ばされた事により距離を取って、何とか体勢を立て直す。
「こいつ…………」
綾香が口元の血を拭って睨みつけた。
そんな彼女を見て好恵はニイッと笑う。
『あ、えーっと……綾香選手がドラゴンスクリューを放とうとしたところ、
坂下選手が回転と同じ方向へ下段の回し蹴りをした事により、防いだ……のでしょうか?』
志保が今の攻防を戸惑いながら解釈しようとする。


「もう一つ意味がある、解るか? 沙留斗」
「はい……今の綾香さんのドラゴンスクリューはタイミング・速さ、共に完璧でした。
それなのに……好恵はあれを回し蹴りでかわす、という離れ業をやってのけてます。
つまり……彼女は攻撃に対する反応速度は綾香さんとほぼ互角という事です……どうですか?」
「御名答。しかしあの嬢さんも顔色一つ変えずによくやるよ。一歩間違えれば膝の破壊は
免れないと言うのになあ」
感心した様子で初代beakerは言った。


好恵は膝をついて立ち上がろうとする綾香から一瞬眼を離し、
beakerの方を見た。
彼のほうも好恵が何を言いたいか解ったらしい。
ニヤリと笑って親指を立てる。
こくりと好恵は頷くと、綾香の方に向き直った。
そして構える。
「さあ、綾香……今から始めましょうか?」
そう言った。
綾香は乾いた唇を舐めると同じく構えを取った。
「ええ、始めましょう」
分かっていた。
お互いに自分も相手も本気を出していないと言う事は分かっていた。
だがそれを抜きにしても先程の回し蹴りには驚いた。
(あれが特訓の成果……?)
湧き上がってくる何かの不安を首を振って打ち消そうとする。
と、その時綾香は好恵が先程の構えと異なる構えをしている事に気付いた。
さっきまでの好恵の構えは空手の大型選手がよくするタイプのどっしりとした安定感のある構えだった。
スピードが殺されるものの、攻撃に重みを載せるには最も良い構えだ。
だから綾香も好恵がスピードをあえて捨て、パワーのみに的を絞ったのだと思っていた。
それが好恵の出した結論だと。
だが、今の好恵は違った。
足で軽く跳ねながらリズムを取るその構えはフットワークを生かすには最高のスタイルだ。
一気に間合いを詰める事も、離脱する事も可能。
だがこれは自分自身のスピードを足に載せてやらないと、ただの凡庸な構えとなってしまう。
綾香は戸惑いながらも少しずつ間合いを詰めた。
好恵のほうもフットワークも軽く、次第次第に詰めていく。
そして間合いの外ぎりぎりに綾香が来た瞬間、
好恵が動いた。
一気に間合いを詰め、綾香の足へローを打ち込む。
綾香はとっさにジャンプしてローをかわし、好恵の顔面へ向かってパンチを放とうとした。
だが、空中で顔を歪めた綾香のパンチは顔面まで届かなかった。
好恵がローキックから足を地につけないまま内回し蹴りに移行したのだ。
「このっっっっ」
着地した綾香はお返しとばかりにローを放った。
だがそのローは好恵の体に当たる前にがくんと軌道を変えた。
ローから一気にハイキックへと移行する。
だが好恵のほうも綾香にハイキックを放っていた。
二人のハイキックが互いの側頭部に激突する。
「相打ち!?」
「いや、金持ちの嬢ちゃんの方はガードしている、だが……」


がくんと膝を突いたのは綾香だった。
「なっ…………なんで綾香さんが?」
葵が震える声で誰とも言わずに問い掛ける。
「蹴りの威力は空手の嬢ちゃんの方が上だって事だ」
「…………強い」
誰かが呟いた。
好恵は側頭部から頬に向かってかすかに残った痣を触った。
「目じりを切ったようね、綾香」
その通りだった。
綾香の目じりからつつーーっと血が流れ落ちた。
左目を閉じる。
「悪いけど、行くわよ」
そう言って好恵はすすっと綾香の左に動いた。
綾香はその言葉に反応して素早く体勢を立て直した――が、好恵の姿が見えない事に一瞬驚愕した。
ぶおんと言う風を切る音に反応した綾香はとっさに顔面を防御した。
それが正解だった。
思いきりばちんという音が自分の頭から聞こえてきたと思うと、
綾香はまた吹っ飛ばされていた。
だが、そのおかげで好恵がどこにいるのかも分かった。
(左っっっ!)
首を左に振る、するとこちらに猛獣のような速さで襲いかかる好恵の姿が見えた。
幸い先程のハイキックによって返って冷静さを取り戻していた綾香は落ちついてそれらのラッシュを捌いた。
時折の目の死角から来る攻撃に悩まされつつも、何とか持ち応える。


そしてまた二人の動きが止まる。
「さすが……と言うしかないわね。左目が見えていないのにそれほどの動きを見せるなんて……」
「ありがと、じゃあ次は私がいくわよ」
そう言って綾香はじりじりと間合いを詰める。
だがそんな彼女を見て好恵はニッコリと笑った。
「生憎まだ私の攻撃は終わってないの」
そう言って好恵は先程の構えからさらにステップを大きく、速めた。
次第次第に円を描きながら綾香の周りを動き回る。
「ステップを……広げた?」
「金持ちの嬢ちゃんのほうの左目……最低でもこの試合では使えんからな。
ちょうど左目を死角にしてついていく……だけなら問題は無いのだが」
「何か?」
「そろそろ、あの孫の企みが出てきそうだな、と思ってな」
沙留斗は思わず一階のbeakerを見た。
beakerは相変わらず肘を突き、一見ぼんやりとしながら試合を眺めている。
だが沙留斗がもし今双眼鏡を覗いていたら分かっただろう。
beakerはかすかに口元を歪めて笑っていた。


好恵は戸惑い気味の綾香にゆっくりと近づいていった。
そしてある一点についたとき、一気に踏み込む。
両手を広げて綾香の顔面に向けて二つの手で挟み込もうとする。
綾香はとっさに頭を後方に動かした。
だが、
パン!!
という音と共に綾香の目の前で好恵の両手が合わせられる。
『ね…………猫だまし!?』
それから思いきり両手を広げる。
好恵は広げた拳をぎゅっと握り締めた。
そして…………

『え・・・・あ・・・・?』
志保が絶句した。
いや、志保だけではない。
葵、
梓、
Rune、
ハイドラント、
悠 朔、
それに観客席にいる人間と、
沙留斗。
ほとんど全ての人間が絶句した。
目の前の光景がまるで手品のように思えたからだ。
操り人形の糸が切れるように綾香はどさりと崩れ落ちていた。
それはいい、それは分かる。
問題は…………
誰かが呟いた。
「今、何をした?」
そして初代beakerが呟いた。
「魔法か…………」
数少ない驚かなかった人間の一人、beakerは右手の人差し指で綾香を指して言った。
「ビンゴ」





<つづく>