グラップラーLメモ第十六話「闇に紛れて」 投稿者:beaker
うっすらと闇の中から光が浮かび上がってくる。
光は次第に彼女に自分の周りの環境を認識させた。
彼女は闘技場に立っていた。
目の前の相手がこちらにゆっくりと近づいてくる。
動けない。
金縛りにあったような、夢の中で体が動かないような、そんな感じだ。
構えたい、だが構える事が出来ない。
動きたい、だが動く事が出来ない。
その内、ふっと相手が近づいてきた、思わず目をつぶろうとする。
だが、彼女の目は完全に開き、自分の腹に拳が押し当てられるのを見守るだけだった……


そして


「……………………あ…………」
ゆっくりと彼女の目が現実の光を認識する。
そのうっすらとした光に影が覆い被さった。
人の形をしていた、目を開けるともっとハッキリ見える。
綾香だった。
「葵、大丈夫、しっかりして!」
両肩を掴まれる。
一瞬だけ、自分の置かれた立場に混乱する葵。
「はい、大丈夫です…………綾香さん」
ゆっくりと上半身を起こして周りを見まわす。
保健室だった、やはり失神してここに連れてこられたのだろう。
さっきの夢で見た光は蛍光灯が見せた幻覚なのだろうか?
葵は頭を振ってその考えを打ち消した。
そして、ふと気付くとその場にいたのは綾香だけではなかった。
好恵、Rune、YOSSYFLAME、T-star-reverse、ディアルト、佐藤昌斗と言った面々が
心配そうにこちらを見つめている。
Runeだけは相変わらずつまらなそうな様子でこちらを見ていたが。
葵はふうとため息を一つ吐いた。
それから、ニッコリと笑う。
「あはは、やっぱり私負けちゃったんですね……」
綾香は葵が見た事も無いほど真剣な顔でこちらを見つめ、辛そうにコクリと頷いた。
「うーん、まだまだ修行が足りませんよね、私も……」
目を細めて笑う葵。
乾いた笑い方だった。
Runeはその言葉と態度の端々から何かを感じ取ったのだろう、綾香と頷き合うと
他の人間をその場所から追い出した。
何人かは抗議したものの、Runeの真剣な表情に気圧され、結局その場は綾香と葵の二人きりになった。
「葵…………」
ビクリと反応する葵。
顔をくしゃりと歪ませ、身体をガクガクと震わせた。
綾香は刹那、戸惑ったが両手で葵の頭を抱きかかえ、胸に押し付けた。
「綾香さん……ゴメンなさい……………あんなに、みんなに、応援してもらったのに…………」
なるほどと綾香は頷いた。
葵は自分が負けたショックもさることながら何よりも応援していた皆に申し訳無い、という
気持ちが強いのだろう。
互いに全力を出し尽くして負けたのなら葵だってそれなりに誇りを持てるはず、
だが今回の闘いはそれこそ何も出来ずに一方的に闘いを打ち切られてしまったのだ。
力を全く出せなかった事が何よりのショックなのだろう、綾香は葵を抱き締めつつそう思った。
「ゴメンナサイ…………ゴメンナサイ…………ゴメンナサイ…………」
綾香は言った。
「いいの、泣いてもいいの」
その言葉が引き金だった、葵は声を押し殺す事もなく大声で泣きじゃくった。
何度も、何度も、綾香に、好恵に、応援してくれた彼らに、謝りながら。


「落ち着いた? 葵…………」
どれくらい経ったのだろうか? 葵はようやくスッキリとした表情に戻っていた。
目が少し充血しているのは仕方が無いが。
「はい、すいません、服…………濡らしちゃって」
「あはは、どうせさっきので汗かいていたんだから良いわよ、また着替えればいいし」
恐縮する葵に綾香は笑いかけた。
葵もそんな綾香を見てクスクスと笑う。
「さて、と。入ってきていーわよー!!」
綾香は手を挙げて大声で保健室の扉に向かって呼びかけた。
途端、ドドドドドという音がして先ほどの人間が全員入ってきた。
次々に葵ちゃんに体の無事を問い掛ける。
葵はそんな彼らにぺこりぺこりと頭を下げながら、自分の力の無さを詫び、体の無事を述べた。
安堵の空気が彼らの周りを包む。
そして、ふと葵が思い出したように呟いた。
「そう言えば…………一つ気になる事があるんです」
「ん? どしたの、葵?」
「ええ、さっきの試合で…………あの、もしかしたら私の記憶違いかもしれないんですけど」
少し言うのを躊躇う、確かに葵ですらあの言葉は信じがたいものであったからだ。
「あの人…………無音さんですけど…………寸勁を放つ直前、こう言ったんです」
’すいません ’、彼が言った言葉は確かに葵にはそう聞こえた。


控え室。
そこに在るは二人の男。
一人は椅子に腰掛け、もう一人は壁に背中をつけて腕を組んでいる。
この部屋に入ってから二人は一度も話していない。
側の蛇口からポタンポタンと滴り落ちる雫が妙に二人の耳には甲高く、騒々しく聞こえた。
やがてゆっくりと一人の男が口を開いた。

彼は言った。
「マスクの具合はどうですか?」
彼は答えた。
「ええっと、まあまあです、ちょっと視界が狭まるのが欠点ですね」
そう言って苦笑する。
「それは僕もですよ」
ひとしきり互いの状況に笑った後、
「…………いつまでこれを続けるつもりですか?」
と、彼は言った。
「すいません、もう少し待ってください。もう少しだけ……」
「…………まあ、そう言うなら」
「すいませんね」
「どういたしまして」


『では続いて武器部門第一試合…………』
結城紫音はうめいていた。
「おかしい……今日は風邪を引いて棄権する予定だったのに」
「誰がさせるか、んな事」
ガンと思いっきり頭を殴り付ける西山英志。
「いたひ」
「で、武器はその変なマントで良いのか?」
「変なマントって…………一応’漆蒼(シチソウ)のマント ’って名前が…………」
「変だ、似合わんぞ」
「うんうん」
「全然似合いません」
「あう」
「似合わないと思う人手ぇー挙げてー」
「はーい」
「はーい」
「はいはい」
「はーい」
「ってどっから出てきたぁ!?」
何時の間にか沸いて出てきたセリス、風見ひなた、悠 朔、智波まで。
「いやあ、まあ相手は相手だし。…………死ぬなよ」
ぽんと肩を叩きながらしみじみと言うひなた。
「Dガーネットの弱点は…………まあ、逃げろ」
無責任な悠 朔。
「のーこめんとだにゃ…………っとと」
何か既に負け犬(いや猫か)ムードな智波。
「大丈夫! 紫音君! 君の勝利を信じているよ!!」
と、ぽんと肩を叩いた拍子に懐から香典が床に落ちたセリス(ちなみに中身は3000円)。
「もーいや、しくしくしく」
光でも無いのに泣き言だらけな紫音であった。


「あの〜、Dガーネットさん?」
「――ナンデショウカ?」
「えーっと、まあ頑張ってね、うん」
「――アリガトウゴザイマス」
「それから」
「――ハイ」
「相手を殺さないように」
「――――ハイ」
「…………何故沈黙が長い?」


『ってな訳で武器部門第一試合スタートなのよ、スタート! 手抜きだ、手抜きだわ!!』
脇役がごがつばえ(漢字変換)だが、とにかく試合は始まった。
紫音は例のダークブルーのマント。
Dガーネットは剣道部で使っている木刀を装備している。
デコイが例の注意を酷くなげやりにしているのを聞きながら(どちらにせよ聞いている人間が
全然いない事にデコイは十六話にしてようやく気付いた)、紫音はゆっくりと相手を観察した。

(どうする…………最初から飛ばすか、様子を見るか…………)
迷った末(と言ってもわずか数十秒)、最初から飛ばす事にした。
ともかくスピードでは向こうの方が上だろうから、何とか最初の一撃で不意をつかせれば…………
決心は固まった。


『それでは〜〜〜、れでぃーごー!!!』
紫音はよし! と声を挙げてDガーネットの方へ振り返った…………
「って速いッッ!!」
お互い競技場の端と端へ移動したはずなのだが、既にDガーネットは紫音の間合いに入っていた。
思わず顔が引きつる紫音。
木刀を思い切り振りかぶって横に薙ぐDガーネット。
(頭ッッ!!)
慌ててしゃがみこむ紫音。
ブオンッッッ
先ほどまで彼の頭が存在した場所の空気が断ち切られる。
(とにかく間合いを取らなきゃ…………)
そんな事を悠長に考えている暇は無かった。
返す刀でDガーネットの木刀がしゃがんだ紫音の頭を襲った。
バク転で何とか避ける紫音。
(間合い間合い間合い間合い間合い間合い間合い間合い間合い間合い間合い……)
とは言うものの何しろ間合いを取る暇が無いのだ。
まるで決壊したダムから洪水が押し寄せるようにDガーネットの攻撃は続いた。
ほとんど曲芸のようにDガーネットの攻撃を何とか凌ぐ紫音。
だが、それにも限界がある。
横走りに移動した際に思わずバランスを崩す紫音。
その機を逃さずに瞬速で間合いを詰めるDガーネット。
そして…………
『振りかぶった!! 紫音選手ここまでかっ!?』
「負けたか……」
手を顔に当てて残念がる西山英志。
だが…………


ブワッという音と共に紫音のマントがDガーネットの視界を覆い隠した。
闘技場の半分ほどもあろうかと思われる闇の広大さ。
「――!?」
Dガーネットは一瞬混乱したが、すぐにその闇を木刀で薙ぐ。
まるで紙を引き裂くかのように闇は姿を消した。
だが、一瞬だけ早く紫音は跳躍していた。
マントがまるで生き物のように蠢き、先端が鎌のような形に変化する。
「もらったっっ!!」
紫音は空中で体勢を変えると、マントを振り子のように回転させた。
砥がれた刃のように鋭くなった先端がDガーネットの木刀をピッタリと狙う。


ザシュッッッ!!!


Dガーネットが持っていた木刀は柄から先が見事に切り裂かれていた。
紫音のマントでは彼女を仕留める事は出来ないだろう。
だが、これなら極力死闘を避けて勝つ事が出来る。
一瞬紫音は空中で安堵した。
心なしか普段無表情のDガーネットに驚きの表情が見られるような見れないような気もする。
そして、木刀がゆっくりと床に…………落ちなかった。
落ちる寸前にDガーネットは切り裂かれた木刀をキャッチすると、
チラッと空中の紫音を見た。
青ざめる紫音。
Dガーネットは柄の方をひょいと空中に投げた。
そしてもう一方の手に持っていた部分で柄を思い切り突く。
「やばっっ…………」
紫音の腹に超高速で打ち出された木刀の柄がブチ当たる。
一声うめいて、吹っ飛ぶ紫音。
ドシャッッッッッッ
闘技場の壁に叩き付けられる紫音。
「痛ってえ………………」
Dガーネットは紫音の姿を認めると、ゆっくりと近づいてくる。
「わーーーーーーっっ!!! 降参!! 降参!! ギブアップギブアップ!!」
慌ててDガーネットに叫ぶ紫音。
そしてデコイに視線を送る。
志保もそれを認め、Dガーネットの勝利をアナウンスする。
だが…………
ザッザッザッザッザッザッ
それとは全然まるで無関係にこちらに近づいてくるDガーネット。
「な、なんかとってもマズい状況だと思うんですけど〜〜〜〜!!!!!!!」
わたわたとパニクる紫音。
観客も「ああ、かわいそうだけどあしたの朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なのね」@ジョジョ
ってかんじで紫音を見つめている。
紫音はため息をついた。
「…………光、パス」
「え!?」
あっという間に光とチェンジして自分は精神体となって逃走する紫音。
「え? え? え?」
西山英志は合掌した。
ひなたや美加香は黙って首を横に振る。
セリスは香典を3000円も出さなければいけない事を悔やんだ。


そして


…………まあ、とりあえずセリスの香典は使われずに済んだ事は言っておく。
とゆー訳で

Dガーネット・・・二回戦進出!
結城紫音・・・一回戦敗退
結城光・・・何の関係も無いのに一番痛い目にあった


めでたくもあり、めでたくもなし