グラップラーLメモ第十八話「百器繚乱」 投稿者:beaker
「ひなたさ〜ん、欠場した方が良くありませんか〜?」
のーてんきな声でウォーミングアップ中の風見ひなたに声をかけたのは勿論赤十字美加香であった。
「へえ、何故そうした方が良いと思うんですか?」
ピタリと柔軟体操を止めてひなたが聞き返した。
「えー、だって、相手は殺人機械のジン先輩ですよ〜(ターミネーターかい)。
負けちゃうと思いま〜す」
その言葉を聞いてひなたはニッコリ微笑みかけるとつかつかと美加香に近寄って顔面に見事な前蹴りを
叩きこんだ。
十点満点。
「いたひじゃないれすか〜?」
ひりひりと焼け付くような痛みに顔を押さえながら美加香が抗議した。
「いきなり人の試合直前にやる気を削ぐような事を抜かす己が悪い」
「でも、ひなたさん。今回はパートナーも無し、武器も一種類だけですよ。
ジン先輩もですけど」
「ふっ、甘いですね美加香」
涼しげな微笑を浮かべるひなた。
「はい?」
「勝負とは、対戦相手が決まったその瞬間から既に始まっているのです!
とゆー訳でジン先輩に挨拶に行きましょうか」
「ふえ? は、は〜い」


コンコンコン
「ど〜ぞ〜」
カチャリ
「もう、出番ですか? ……ってひなたくんか」
セリスがドアを開けると、そこには風見ひなたがモジモジしながら立っていた。
「ジン先輩はいらっしゃいますか?」
いつものひなたとはまるで違うその様子に戸惑いながらもセリスはジンに
ひなたがやって来た事を知らせる。
ちなみにジンはウォークマンで「真ゲッター」のオープニング(個人的には俺最初の方が好み)
を聞いて熱血指数を高めていた。
ウォークマンを外して、振りかえるジン。
「ん? なんだひなた?」
「ああ、今日の試合もよろしくお願いします。お互い頑張りましょう、と言いに来たのです」
そう言って手を差し出す。
「ちょっと待った」
セリスが差し出した腕を掴んで引き寄せた。
「おや、なぜ指の間から画鋲が…………」
「とっとと失せろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」
セリスがひなたを扉の外へ吹き飛ばした。
「ぜーぜーぜーぜー、全く…………ん?」
「ジ、ジ、ジンせんぱぁい☆ ファンなんですぅ☆」
何か☆を乱舞して登場したのはセーラー服着て、マスクとサングラスつけた怪しさ炸裂な美加香だった。
導火線に火がついたセーターを差し出すと、
「これ、手編みのセーター、受け取って下さい(はぁと)」
そう言って呆然とした表情のセリスとジンにセーターを渡して去る美加香。

「どうですか、受け取りましたか!?」
人差し指と親指でオーケーサインを作る美加香。
「ふっふっふ、これで僕の勝ちはみえたようなものですね!」
「ごめん、俺には好きな人がいるんだ!!」
「「え?」」
じじじじじじじじじじじ…………ちゅどーーーーーーーーーん!!!
「アホか」
頭に手を当ててかぶりを振ると、ジンは控え室に戻った。


「ううう…………第二作戦も失敗ですぅ」
「言われんでも分かるわ!!!」
どげしどげしっ。
黒焦げになったひなたが同じく黒焦げの美加香をどついた。
「あうううう、そんなあ、作戦立てたのはひなたさんなのに〜〜」
「まあいい、次の作戦に移りますよ!」
ひなたが拳を振り上げつつ宣言する。
「ぶ」
「ラジャー…………って誰じゃーー!!!」
レミィである。
彼女はニヤリと笑うとすたたたたたたたたたたたと逃亡した。
「うおうっ! 例によって暗躍生徒会!」
どきどきポヤッチオ作戦、成功。
(ちなみにこの作戦に意味はありません、無い)


それからひなたは色々と悪企みをしたのだが、ページの都合により割愛
…………分かったよ、これ以上イヤガラセのネタが思い付かなかったんだよ!
畜生、俺の馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿!
とゆー訳ですぐに試合前だ!
デコイが試合前の説明を念入りに行った後、ボディチェックが始まった。
「栓抜き没収、小刀没収、飛苦無没収…………」
デコイがみるみる内に暗器の山を作り上げていった。
余りの量にジンも呆れかえった表情を見せる。
「お前は一体どうやったらこんなにモノを持てるんだ?」
「男子たるもの外に出たら七人の敵がいますからこのくらいは」
「あー、ちょっと手を横に伸ばして見て」
「ぎく」
少し汗をかいて後ずさるひなた。
「な、何の事だか僕には…………」
デコイが手を取って横に伸ばすとシャキンという音がして隠し刀が飛び出してきた。
ジトーーっとした目で睨むデコイとジン。
ひなたは視線に気付くと頭をぽりぽりと掻き揚げて、
「てへ、バレちゃった☆」
「「おのれと言うやつはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
没収。
やがて暗器が小山の大きさになった頃、デコイが疲れ切った様子で志保にボディチェックの
終了を知らせた。
「うーん、何か身体中がスカスカしますね」
ひなたが身体の違和感を訴えた。
やかましい、己の身体検査にどれだけ時間がかかったと思っているんじゃ、と言いたげにデコイは
ひなたを睨み付けた。
ひなたの方は全くそんな事意にも介さずだったが。
一方ジンはと言えばひなたの身体検査に時間がかかっていたので、その間にござを敷いて
茶を飲みつつ、和菓子を食べ、セリスや葛田と一緒に真・ゲッターの続きを見ていたりした。
(あ、伏せ字じゃないと引っかかるのか? まあいいや、直すの面倒だし)


「んー、終わったのか(ごろごろ)」
「おっさん、長いからってダレすぎ」
ジンは面倒そうに立ち上がると、首を二、三度コキコキと鳴らし、闘技場へ向かった。
「よーーーーし、ひなた、覚悟は出来てるな?」
腕のドリルを振りまわしながらひなたに喋りかける。
ひなたは両手で髪を後ろに掻き揚げると、トントンと軽く飛び跳ねた。
「ええ、ジン’先輩 ’を討つ覚悟は既に出来てますよ」
殊更「先輩」を強調するひなた。
ジンはニヤリと笑うと、
「そうかい、じゃあ俺も後輩を遠慮無くぶちのめす覚悟ってもんを付けておくかな」
「お手柔らかに」
さらりと受け流す。
ひなたは結局最後に残ったハンマーを構え、ジンは普段のロケットパンチを外し、
ゲッタードリルを真っ直ぐひなたにむかって突き出す。
「じゃあ…………行くぜ」
「いつでもどうぞ」
そしてわずかな沈黙。


「ゲッタァァァァァァァァァァァァァァァドリルゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!」
突進するジン・ジャザム。
だがバーニアを使わない足での突進なのでひなたにも充分に見切れるくらいのスピードだ。
ひなたはスッと両足を揃え、右足の踵を床にコツンと勢い良く当てる。
シャキンという音がして靴の先端からナイフが飛び出した。
そして突進してくるジン・ジャザムにカウンターのように前蹴りを繰り出す。
そのままひなたは仰け反って後方に回転する。
ぎりぎりで上手に顎を引いたジンだがナイフでリーチが伸びていた分が、
顎に鋭い痛みを与えた。
「ちぃっ!!」
ひなたは続いて左足の先端を床に当てた、踵からナイフが飛び出す。
そして左足での踵落とし。
またもやギリギリで後ろに下がったジンだが、鎖骨から胸の部分に鋭い一本の筋が入った。
そこからつつーーっと血が流れ落ちる。
「いってぇ…………」
ジンは指で血を拭うとぺロリと舐めた、鉄の嫌な味がする。
そこまで試合が進んだ所でようやくデコイがひなたの足に気付いて闘技場へ駆けつけた。
「ひなた! お前と言う奴は…………」
冷たい目でデコイを睨み付けるひなた、引っ込んでいろとでも言いたげな視線だ。
ジンはデコイの肩にぽんと手を置いた、
「悪いな、これは俺とコイツの問題だ、引っ込んでいてくれ」
そう言った。
デコイはジンとひなたを交互に見、それから志保に助けを求めるように視線を移動した。
志保は一瞬逡巡したが、デコイにコクリと頷いた。
すなわち、「試合を続けろ」という事だ。
デコイは志保の頷きを確認して、無言で闘技場を降りた。
観客も英断に拍手と歓声を送る。
「さーて、ちょっと邪魔が入ったが……続きだ」
ニヤリと笑うジン。
笑い返さないひなた。
と、ひなたが勢い良くジャンプした。
いつもならここで外道メテオが来るのだが…………
ひなたが空中から投げてきたものは一本のハンマーだけであった。
「しゃらくせえ!!」
ハンマーを跳ね飛ばすジン。
そしてひなたを見上げる、が、ライトの光に照らされてどこにいるか見えない。
「ちっっ!! どこだっ!!」
きょろきょろと辺りを見回すジン。
落ち着き無く動く首にひなたの腕がそっと巻かれた。
「チェックメイト」
「何?」
ジンの首筋にはバンダナが突きつけられていた。
気を送りこむ事によってバンダナをナイフのような凶器にしているのである。
「ち…………」
「悪いけど、動くとこれで斬りますよ…………さて、降参と言ってもらいましょうか?」
「言うと思うか?」
「言わなきゃしょうがないでしょう」
「…………分かったよ、こーーさーー」
ジンは大きく息を吸いこんだ。
「ん!!!!!」
「ん」の言葉と同時にジンはバンダナに噛み付いていた。
そのままバンダナごとひなたを振りまわす。
「うわああああああっっ!!!」
たちまちひなたはバンダナを離して、床に転がった。
バンダナは気を送られていたひなたの手から離れた為、元のバンダナに戻ってしまう。
「生憎、歯が丈夫でな」
そう言って口に手をやる。
「まいったなあ、奥の手だったのに…………」
苦笑しながら手を首に当てた。
それから制服の襟を触り、ゆっくりとボタンを外して行く。
一方のジンは一歩一歩ひなたに慎重に近づいて行った。
やがて制服の全部のボタンを外し終わる。
「当然まだ降参しない…………よな?」
念の為というようにジンはひなたに聞いた。
当然の如く首を振る。
「そうか…………」
ジンが猛烈なダッシュをかけようとした瞬間、ひなたが動いた。
靴のナイフを両方出して、ジンに向かって蹴り飛ばす。
二つの靴の内、一つは跳ね飛ばすともう一つを横に動いて避けようとする。
間一髪で目の前を素通りする靴。
だがその間に制服を脱いだひなたは腕の部分を交差させてジンの首に巻き付けた。
「ぐぐっっ…………」
ぎりぎりぎりと首を絞めつけて行く制服。
「これで…………終わりだっっ!!」
そう叫びながらさらに絞め付けを強くして行くひなた。
『ひなた選手!! 制服で首絞めです! これは……許されるのでしょうか?』
「あ…………の…………な…………制服まで…………凶器に使うんじゃ…………ねえ!!!」
何時の間に手にしていたのか先ほどひなたが投げ飛ばした靴のナイフで制服を切り裂くと、
ひなたの顔面にゲッタードリルを叩きこんだ。
制服を手に持ったまま、吹き飛ぶひなた。
ジンはガクリと膝を突くと、「げほげほげほげほ!!!!」と苦しそうに咳き込んだ。
やがて咳が収まるとゆっくりと立ち上がるジン。


ひなたは目の前にずんずんと迫ってくるジンを見ながら指先一本動かせないでいた。
観客の歓声もやがて空気のように消え去ってしまう。
やがて酷く虚ろな感覚に捕らわれ、辺りの物がスローモーションに見え始めた。
やっかいな感覚だ。
ふと気付くと目の前に美加香がいた。
自分を庇うように両膝をついて両手を横に突き出している。


――勝たなきゃ


ひなたからは美加香の背中しか見えないが、自分を庇っているんだな、という事だけは分かる。
「余計なお世話ですよ」
そう毒づくがどうやら聞こえないらしい。


――勝ちたい


まだ武器はある、このベルトだ。
このベルトなら刀と同じように扱える。
そう、ここからは死角になってジンからは自分の行動が見えない。
死角…………


――勝ちたい、勝たなきゃ、勝ちたい、勝たなきゃ、勝ちたい、勝たなきゃ


ふと目の前には格好の生贄が存在する事に気づいた。
そう、美加香の身体ごとこのベルトで貫けば…………
馬鹿な…………必死に頭を振ってその考えを打ち消そうとする、
だが頭からその考えが離れない。


――勝ちたいだろう? 勝ちたいだろう? ならやれ、やれ、やれ、ヤレ、ヤレ、ヤレ、ヤレ……


そうだ――勝たなきゃいけないんだ、そうだ。
僕は勝たなきゃいけないんだ、どんな事をしても。
例え人を裏切っても。
それが信頼できるパートナーでも。
愛する人でも。


――愛するだって?


…………馬鹿な、こいつは違う。
こいつはあくまで、ただの、パートナーだ。
ならいいでしょう? 愛してもいないんだったら犠牲にしても平気でしょう?
そうだね、ただのパートナーなんだしな。


――僕はベルトに手をかけて…………


そう、パートナーだ。
信頼は出来るが、それだけだ、それだけじゃないか。
じゃあ何故あなたはためらうの?
ためらってなんかないさ。


――ゆっくりとベルトをズボンから抜き取って行く


そう、後はこれに気を送りこむだけだ。
これを真っ直ぐ美加香もろとも敵に向かって突き出す。
これで勝てるよね?
もちろんだ。
嬉しい?


――それを美加香の背中に向かって…………


嬉しくないよ。
どうして?
勝ちを分かち合える人間がいなきゃ嬉しくないよ。
分かち合える?
人間は一人で生きている訳じゃないんだ。
相手に勝てば嬉しいけど、勝って一緒に喜んでくれる人間がいなければ嬉しさ半減さ。
でもあなたはそれを失おうとしているのよ。
嫌だ、失いたくない。
じゃあ負けるわよ。
負けてもいい。
勝手にすれば。
そうさせてもらう。


――突き出そうとした所で僕の手は止まった


ちぇ、つまんないやつだなあ。
つまんなくて結構。


――彼女はゆっくりとこちらを振り返る


でも、ま、いっか。
そうだろ?


――彼女は泣いていて、それが僕には痛かった訳で…………


じゃあおやすみなさい、私は眠る。
おやすみ、僕も眠ろう。


――目の前の風景が真っ赤に染まった所で僕は意識を失った


その次の瞬間、ひなたが最初に見たものは保健室の天井だった。
額がズキンと痛むので手をやると、包帯がぐるぐると巻かれている。
「み、美加香…………?」
思わず名前を呼んでしまう。
「あ、ひなたさん気付きましたか?」
のんきな声でカーテンを開けて美加香が入ってきた。
「僕は…………?」
「ああ、安静にした方がいいですよ、まだジンさんの一発が効いているみたいですから」
つまりひなたは制服の首絞めの後、ジンのゲッタードリルをマトモに顔面に食らって
闘技場の端っこまで吹っ飛んだらしい。
そのまま失神したのでデコイがジンの勝利を宣言した、という事だ。
そこまで聞いて、ふとひなたがズボンを見て気付いた。
ベルトが無かった。
ひなたは美加香にベルトがどうなったか聞いたが、美加香にも分からないようだった。
どこまでが幻覚だったのだろうか?
あの時、勝利の誘惑に負けていたらどうなっていたのか?
まあいい。
僕は負けて、美加香はここにいる。
何一つ大切なものは失わなかった、それでいいじゃないか。
ひなたはごろりと横になった。
「ジン先輩、御健闘を」
そう言ってひなたは目をつぶった。



ジン・ジャザム・・・二回戦進出!
風見ひなた・・・一回戦敗退




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