グラップラーLメモ第十九話「優しい、修羅たち」 投稿者:beaker
「とゆー訳で私の為に優勝してね♪」
「…………実の兄に向ける第一声がそれかい」
言わずとしれたゆきとM・K兄妹である。
「えーーー!! いーでしょいーでしょいーでしょいーでしょ!?」
じたばたするM・K。
「一応努力はするが、優勝したって賞金もペア旅行券は分けてやらんぞ」
「えーーーーーーーーーーー!!??? この意地悪兄貴!! どーせペア旅行券なんて
使えないでしょ!? 初音ちゃんでも誘う気!?」
「お前こそ誰と旅行に行くつもりだ、誰と」
「耕一さぁ〜ん」
「お前はな」
以後、二人の交渉(とゆーかM・Kの一方的な説得)が始まるのだがその辺は割愛。
「まあ、そおゆう訳だからして頑張ってきてね〜〜」
「だから賞金も旅行券もやらんっちゅーに」
ゆきは手を振るM・Kにそう言い捨てて、控え室の扉を開けた。
「きゃっ」
どすんという音がした。
ちょうど扉の前に立っていたらしく、その女の子は慌てて後ろに飛びのいて尻餅をついてしまった。
「あ、ごめんっ! あ…………初音、ちゃん」
「えへへ、ゆきちゃん、こんにちわ…………」
「あ、うん、こ、こんにちわ…………」
「………………………………」
「………………………………」
「……………………えーと…………」
「……………………う、うん…………」
「……………………あのね…………」
「……………………うん…………」
「…………し、死なないでね」
「……………………あ、うん」
不吉と言えば不吉な言葉に引き攣った笑いを浮かべるゆき。
「えっと、じゃ、じゃあ行くね…………」
そう言って片手を挙げて、闘技場へと向かうゆき。
「は〜〜つ〜〜ね〜〜ちゃ〜〜ん」
「きゃっ」
申し訳なさそうにゆきを見送る初音の背後からがしっと両肩を掴んだのはM・Kだった。
びっくりして飛び跳ねる初音。
「今のはいくらなんでもないんじゃな〜い?」
ジト目で睨む。
初音は指を互いに絡めてモジモジとしながら言った。
「う、うん、私も最初はあんな事言うつもりじゃなかったんだけど…………」
「けど?」
「ゆきちゃんの顔見たら、何か頭の中が真っ白になっちゃって、それで、その…………」
「ふう〜〜ん」
何となく納得したような表情を見せるM・K。
「やっぱり…………あんな事言っちゃ駄目だったかな?」
しゅんと落ちこむ初音。
「ま、大丈夫でしょ♪ 男なんて単純なんだから。側で見守ってあげれば」
酸いも甘いも噛み分けたモナリザの微笑を浮かべながら(よーするに悪女)、そんな事を言うM・K。
いや、実際その通りなんだけど。
「そ、そうかな…………」
「さ、あたし達も行きましょ。お兄ちゃんは初音ちゃんの為に闘うんだから♪」
「あ、M・Kちゃん、引っ張らないで〜〜〜」


一方、こちらはきたみちもどるの控え室。
調子っ外れな口笛が中から聞こえてくる。
「…………嬉しそうだな、青年」
緒方英二が不思議そうに言った。
その言葉にピタリと口笛が止まる。
「…………そう見えます?」
「見えるさ、なあ理奈ちゃん?」
「随分、楽しそうね〜〜、これから闘うって言うのに」
同じく不思議そうな理奈。
「やっぱりそう見えるか…………、いや、実際に嬉しいんですけど」
「どうして?」
「うーん、それは…………」
言い淀むきたみちもどる。
実際彼にも自分の感情がイマイチ掴めなかった。
「…………僕にも分からないんですけど、何か、こう…………ワクワクするって言うか…………」
「遠足みたいにか?」
おちゃらけて英二が言った、理奈がそんな兄を睨む。
だがきたみちもどるは真面目な顔でその言葉に頷いた。
「そう…………ですね、遠足前日の気分って言うか…………」
「ちょ、ちょっとちょっと何よきたみっちゃんまで!!」
「なあに、女には分からないんだよ、この気分はな。な、青年?」
ニヤリと笑う英二。
「そうかも…………しれませんね、少なくとも理奈姉には…………」
「わっかる訳ないでしょ! そんな気分なんて!」
プンスカと湯気を上げて怒り出す理奈。
「ちちうえ」
突然今まで黙っていた靜がもどるに話し掛けた。
もどるは試合前とは思えないほど優しげな表情で微笑みかける。
「どうした? 靜…………」
「ん…………」
言い淀む靜。
そんな靜の頭にぽんと手を置くもどる。
「大丈夫、勝って帰って来るからな」
「うん…………ちちうえならしんぱいないよね」
ニッコリと笑う靜。
「ああ」
そう言いながらもどるは靜を抱き上げた。
「さて、行くか…………理奈姉、靜…………頼みます」
「うん…………きたみっちゃん、ホントに気をつけるのよ?」
理奈はもどるから靜を受け取りながら心配そうに言った。
「分かってますって」
理奈の言葉にもどるはニヤリと笑うと、控え室の扉を開けた。
一瞬、風が吹いてそれがきたみちもどるの身体を撫でるように通り抜ける。
「さ、靜ちゃん、私達も行こっか?」
ニッコリと靜に微笑みかける理奈。
靜もコクリと頷くと、二人はきたみちもどるの後へついて行った。
そして一人控え室に残る英二。
「かくして男達は戦場に向かう、か…………」
彼の呟きは誰の耳に聞こえる事も無く空気に掻き消されて行った。


ゴクリ、とゆきは喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
緊張している、という訳ではない――自分の目の前の人間の闘気に圧倒されているのである。
やれやれ、とかぶりを振る。
「参ったな…………」
そう呟く。
だが、嘆こうが逃げようが闘いはもう始まっている。
ゆきは、深呼吸し、覚悟を決めた。


きたみちもどるは震えていた。
叫んで走り出したい気分だ。
歓喜、恐怖、そういった感情がごちゃまぜになって全身にむず痒いものが走る。
ゾクゾクと。
歯の根が合わず、カチカチと震える。
それが収まると今度は笑い出したくなった。
おかげでデコイやゆきにはさぞ複雑な表情をしていると思われたに違いない。
きたみちもどるはごちゃまぜの感情を理性で押さえ付けると、似非逆刃刀をゆっくりと鞘から抜いた。
――まるで野獣を檻から解き放たつように。
そして闘気がゆきに叩きつけられた。
「…………行くぞ」
「いつでも」
応じる答えを聞くと同時にきたみちもどるは走り出した。


「たあああああああああああああああ!!!!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
ガキィン!!
逆刃刀とビームモップが激突した。
ビリビリという痺れが互いの腕に走る。
金属が擦れる耳障りな音が響く。
「お兄ちゃん、(私の為に)がんばれ〜〜」
「ちちうえー」
そんな声が聞こえたのか聞こえなかったのか、一旦互いに離れて間合いを取る。
ゆきがビームモップを真っ直ぐに構えて、突く。
「はっ!!」
その突きを回転して避けると、そのまま刀を水平に構えてゆきの首を狙う。
「龍巻閃!」
ゆきは一瞬躊躇した――選択肢は二つ。
退がるか? それとも突っ込むか?
(このまま突っ込む!!)
より深く、力強く足を踏みこむ。
次の瞬間、首の部分に衝撃が走った。
「きゃっ!」
初音は思わず目を閉じる。
「お兄ちゃん!?」
「いや、浅い!」
誰かが叫んだ。
その言葉にM・Kは改めて闘技場のゆきを注意深く見る。
確かに渾身の一撃を食らったにしては元気だ。
首を押さえながら立ち上がるゆき。
「あっぶな…………ぎりぎりだったよ……」
きたみちもどるはニヤリと薄笑いを浮かべた、だが首筋に流れる汗が彼にも余裕が無い事を示している。
「どっちが’アブナイ ’だ、龍巻閃を食らうのを分かっていながら、
さらに深く踏み込んで威力を押さえるだって? そんなアブナイ避け方、原作にだって無いぞ」
「無我夢中だったんですよ…………あいててて」


「無我夢中、ね。やっぱり君もキレてるな…………」
「そうですかあ?」
のんきに答えるゆき。
「そうとしか思えないよ」
「そう、なのかなあ…………」
首を傾げるゆきにきたみちもどるは苦笑する。
「まあ、後でゆっくり考えるんだね。さて…………休憩は終わりだ」
そう言うときたみちもどるは鞘に刀を戻した。
「!?」
そして鞘を左手に持って構える。
「抜刀術…………」
(つまりきたみちさんはイチかバチかの賭けに出た訳か…………)
M・Kが叫んだ。
「お兄ちゃん!! 慎重にね!!」
「分かってるてば」
(避けられなければこちらの負け、だけど避けられれば……かわす事さえ出来ればこちらが
つけ込む圧倒的なチャンスが出来る!!)
ゆきはビームモップを構え直した。
「避ければ勝てると思っているだろう?」
きたみちもどるがゆきに向かって言った。
その言葉にビクリとゆきは反応する。
「抜刀術は一撃必殺…………かわす事さえ出来れば勝てると思っているだろう?」
「……………………」
「――甘いな、この抜刀術は絶対にかわす事が出来ないよ、絶対にね」
「落ち着いて、お兄ちゃん!! そんなのただのハッタリに決まってる!!」
ゆきもそう思いたい。
だが、きたみちもどるは自分の技に絶対の自信を持っている。
やはり何かあるのか?
駄目だ、それこそただのハッタリに引っかかっているって事じゃないか…………
ゆきは無理矢理不安を打ち消そうとした。
おそらく来るのは天翔鬼閃か?
だが、来ると分かっている技なら何とか対処できる。
そう…………左足さえ見ていれば発動の瞬間は分かるはずだ。
どんどん心臓の鼓動が速くなってゆく。
きたみちもどるも一緒だと思いたかった。
と、ゆきはきたみちもどるの闘気がどんどん収縮していく事に気付いた。
いや、小さくなっているのではない、一箇所に集中しているのだ。
来る、とゆきは人間の本能か、それともエルクゥの本能か――反射的に理解した。
やがて、闘気がますます小さくなり、一瞬闘気がすっかり消えたと感じた、瞬間。
きたみちもどるが走り出していた。
(来い!!)
ゆきはどんな強烈な一撃だろうが――天翔鬼閃だろうが、捌く覚悟を決めた。
こちらは一歩も退かず、進まず迎え撃つ。
後五メートル。
勝負は、一メートル内か?
漠然とゆきはそう思っていた。
だが、

後四メートル。
きたみちもどるは突然しゃがみこんだ。
「!?」
「飛天御剣流 抜刀術!!」
低空姿勢のままぐるりと回転する。
「飛龍閃!!」
きたみちもどるは鞘に収めていた刀の柄を少し抜いた。
そして回転の遠心力と親指の力によって勢い良く撃ち出す。
刀は矢の様なスピードで、上昇し、ゆきの額を狙う。


(コレが狙いだったか!!?)
ぐっとビームモップを握る手に力を込める。
「だああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
ゆきは構えていたビームモップで後数センチまで迫っていた刀を弾き飛ばした。
刀は天井に向かって勢い良く回転しながら跳ね上がる。
「やったぁ!!」
思わずM・Kが歓声を挙げる。
ゆきもぎりぎりで危機を免れた事にほっとする。
だが次の瞬間、有り得ない事が起きている事に気付いて凍りついた。
「消えた…………?」
きたみちもどるの姿がかき消えていたのだ。
慌ててきょろきょろと辺りを見まわそうとして、自分の側にある人影に気付いた。


「やはり、弾き飛ばしたな…………天井に向かって弾き飛ばすと思ったよ」
「!!」
きたみちもどるは回転していた刀をつかんだ。
「――飛天御剣流、龍槌閃」
…………やけに鈍い音が会場に響き渡った。
きたみちもどるは試合の最初、鞘から抜いたのと同じ位の慎重さでゆっくりと刀を鞘に戻す。
デコイが例によってあたふたとゆきの状態を確認して、志保に合図を送った。
きたみちもどるは自分の勝利が声高にアナウンスされる中、真っ直ぐに理奈と靜の元へ向かう。
理奈は引き攣った笑いを顔に張り付けながらきたみちもどるに聞いた。
「きたみっちゃん…………今の…………峰打ち、よね?」
恐る恐ると言った様子で問い質す。
きたみちもどるは黙って首を横に振った。
「いいや、本気でやった」
「どうし……」
理奈の肩を兄の英二が掴んだ。
「兄さん…………」
「お前には分からないよ、残念ながら、な」
そう言って
「良くやったぞ、きたみち君」
「どうも…………」
ぺこりときたみちもどるは頭を下げる、靜と目線が合った。
「ちちうえ…………」
靜は心配そうに言った。
ギクリとするきたみちもどる。
やはり、靜の前で闘うのはまずかっただろうか……?
「あとで、ゆきおにいちゃんに、あやまらなきゃだめだよ?」
思わず目が点になるきたみちもどる。
「あ、ああ後でちゃんと謝りに行く、行くってば」
その言葉にニッコリ笑う靜。
「ほら、親子の会話を邪魔するのは野暮というものだぞ」
そう言いながら英二は理奈を引きずって行った。


「ぷん! きたみっちゃんもなによ! 靜、靜ばっかり!!」
「何だお前よーするに妬いているのか?」
からかうような英二の言葉に理奈はかなり本気で彼の頭を殴り付けた。


「ゆきちゃん、ゆきちゃん、しっかりして!」
「おーーい、お兄ちゃーーん、初音ちゃんが心配してるぞーー」
「初音ちゃん!?」
がばっと飛び起きるゆき。
「きゃっ」
「あー、起きた起きた。一回戦負け御愁傷様でした、だらしないんだから〜」
「ほっといてくれ…………ってやっぱり、僕負けちゃったのか……」
惚けたように言うゆき。
「旅行計画もおじゃん! 残念でした〜〜」
「お前だってしっかり一回戦で負けている癖に……」
「りょ、旅行?」
初音が不思議そうに二人に向かって言った。
「そ、コイツね〜、初音ちゃんと旅行に行こうと企んでいたのよ〜、しかも二人きりで」
「お、お前なあ!!」
真っ赤になってM・Kを怒鳴るゆき。
M・Kの言葉に初音も意味が理解できたのか頬を真っ赤に染めた。
「あ、あのね……ゆきちゃん」
「な、な、な、な、何? 初音ちゃん」
「その……あの……いつかりょ、旅行一緒に行こうね!」
「え、あ、う、お、あ、ちょ、え、えええ!?」
「あ、あ、あ、あ、勿論みんなでだよ! みんなで!」
慌てて両手をぱたぱたと振る初音。
「あ、ああ、そうか。そうだよね…………び、びっくりした……アハハハハ」
力無く笑うゆき。
「でも…………二人きりでもいいかな……」
ポツリと呟く初音。
「え? 今何か…………」
「何にも言ってないよ〜〜〜」


コンコンコン。
「はーーい」
M・Kが扉を開ける。
「あれっ!?」
驚いた様子のM・Kにゆきも扉の方を振り向いた――
「や、やあ」
「こんにちわ」
そこには――
「きたみち…………さん?」
「実は謝りに来たんだ、ははは…………」
「はい?」
予想外の言葉にゆきも初音もM・Kも硬直する。
「ゆきおにいちゃん、ちちうえがこのたびはとんだぶれいをはたらきまして……」
「こらこら、靜が謝ってどうするんだ」
呆然としていた三人だったが…………


「クッ、クックックックック……」
「ププププププ…………」
「クスクスクスクスクス」
やがて、誰からともなく笑い始めた。









きたみちもどる・・・二回戦進出!
ゆき・・・一回戦敗退


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