グラップラーLメモ第二十話「俺が勝つ」 投稿者:beaker
「…………なあ、マジで出るのか?」
腕組みして壁にもたれかかったまま、浩之があかりに声をかけた。
「……………………うん」
靴紐を結びなおしながら答えるあかり。
そんな彼女を見て肩を竦めて溜息をつく。
「ま、今更どーこー言う気もねーけどよ、何だかんだ言って俺も出ちまったし」
「うん、ごめんね浩之ちゃん。無理矢理出させちゃって」
「ばーか、んな事言ってもおせーよ」
近寄ってコツンと頭を叩く。
「ひゃっ、えへへ…………」
どこか嬉しそうに叩かれた自分の頭を撫でるあかり。
「まあ、あれだ。怪我はするな、負けそうだったらすぐにギブアップしろ」
「うん」
「それから顔はしっかり守れよ」
「顔だけ?」
「いや、後……手も」
「顔と手だけ?」
「えーっと、後、胸も」
「浩之ちゃんのえっちぃ」
「うるせーな、後お腹も大事だぞ、そこもしっかりな」
「顔と手と胸とお腹?」
「えーっと、足もだ」
「…………結局、全部なんだね」
くすくすと笑うあかり。
浩之はコホンと咳払いすると、
「まあ、ようするにだ。身体を大事にってゆーか」
「うん、分かったよ」
「ところで武器、本当にそれでいいのか?」
あかりが選んだ武器は結局刃引きされた包丁だった。
「うん。やっぱり使い慣れている道具の方が扱いやすいし…………」
「てゆーか包丁を使い慣れるなよ」
「お料理とかでだよお」
「あ、そか…………じゃあ、終わったらお前の料理食わしてくれよ」
「うん、何がいいかな?」
「肉じゃがとか」
「あ、いいねえ。分かった、終わったら一緒に買い物しよ」
「ああ…………終わったらな」
「じゃあ…………行くね」
そう言ってあかりは控え室のドアを開けようとする。
が、ドアのノブを掴んだあかりの手を浩之は握り締めた。
「え?」
「あ…………」
「ひろゆき…………ちゃん?」
思わず浩之の眼を覗き込むあかり。
「え…………」
「何…………?」
正直言って浩之にも分からなかった。
何故自分があかりの手を握り締めているのか。
だけど、

(あかりに何か言わなきゃいけない事があるんだ)

それは分かっている。
でも、それが何なのか分からない。
浩之はあかりの手を握り締めたまま硬直していた。
口をパクパクと開かせるが言葉が出てこない。
あかりは不思議そうな顔をしてから耳を近づけた。
「あかり…………」
いつものふざけた調子ではない真剣な声。
あかりもその声の調子に思わずゴクンと息を呑む。
「あのな」
「ダーリーーーーーーン!!!! ここにいるの!!?」
バタンと勢い良くドアが開いて四季が部屋へ躍り出た。
勿論そこにいた浩之の後頭部をドアが直撃する。
「うぎゃあっ!!」
「ああっ、ダーリン大丈夫!?」
ゆさゆさと浩之を振る四季。
最もその度に後頭部がガツンガツンと床に打ちつけられていたが。
「し〜〜き〜〜ちゃ〜〜ん?」
ゴゴゴゴゴゴとあかりの背中から闘気が立ち昇る。
「ああ、あかりさん。あなたはとっとと試合に出ていいわよ」
しっしと露骨に手を振って追い出そうとする四季。


「…………………………………………」
「…………………………………………」
「「やるか、コラァァァァァァァァァァァァ!!!!!」」


「おめーら、試合前なのに…………」
呆れた様子で気絶から復帰した浩之が二人に声をかけた頃には、
既に二人ともぜーぜーと息を切らして座り込んでいたところだった
(なお、部屋は当然無茶苦茶に破壊されていた)。


「よーし、行くかっ」
パンッ! と軽く頬を両手で叩いて、佐藤昌斗は控え室を勢い良く出た。
「佐藤センパイ!」
「まーさーーにーーいーー、やほ♪」
控え室の前で待っていたのは葵とひづきだった。
何時の間に仲良くなりやがったこの二人。
「葵ちゃん!! …………あ、それにひづき」
「その態度の露骨な差は何よ!!」
「んなもん、お前と葵ちゃんだったらあたりま……」
ひづきは首に組み付いてむぎむぎと口を引っ張った。
「あはひあへはほ?(訳:当たり前だろ? このスカポラチンキがあっ!)」
なお、後半は心の声らしい。
ともあれぎゃーぎゃーと言い争いを始めた二人を妙に葵は眩しそうに見つめていた。
その視線に気付いて固まる二人。
「お二人…………仲が良いんですね」
「「は?」」
硬直する二人。
「ちょっとだけ…………羨ましいかな……なんて」
そう言って寂しそうに笑う。
「なななな、なーーに言ってんのよ! こんな奴と仲が良いんだなんて!!」
「そ、そうだよ葵ちゃん! こんな馬鹿と仲が…………ぎゃふ!」
足をぐりぐりと踏み付けるひづき。
「だ、大体私が好きなのは、ほら、この間も言ったでしょ? やっぱり耕一先生よっ」
「そんな無謀な…………ふぎゃっ!」
裏拳を顔面に綺麗にヒットさせるひづき。
「そ、そうでしたね…………」
「葵ちゃんっ!! 誤解しないでね! こいつとはただの従姉妹で本当に何でもないんだから!」
佐藤昌斗は慌てて葵に弁解する(はなぢを垂らしながら)。
「は、はあ…………」
鼻血が出てますよ、と言いたい葵であったがどうしても言い出せない。
表情が真剣だったから。
その真剣な表情と鼻血のギャップに葵は笑いを堪えるのに必死であった。
おまけにひづきは唇に人差し指を一本当てて、「黙ってて」って合図を送っているし。
そんな事にも気付かず(いや、気付けよ)、葵の眼を真剣に見つめている。
「葵ちゃん…………」
もう駄目だ、堪えられないっス。
「センパイ…………鼻血出てますけど」
「………………………………………………………………え?」
ポタリと血が床に落ち、佐藤昌斗の悲鳴が上がった。
<情けない…………>
運命がそっと涙を拭いた(どうやって?)
・
・
・
・
・
・
「あ〜とゆー訳でして、自分の武器以外の使用は禁止なんすけど…………アンタら何してた?」
デコイが例によって愚にもつかない説明を二人に与えながら、ジロジロと二人を見る。
確かにこれから闘おうというのに、佐藤昌斗はティッシュを鼻に詰めているし、
あかりは肩で息をして、疲労懇狽という感じであった。
「別に…………何でも…………ないよ…………」
「そのとーり…………しくしくしく」
泣くな、昌斗。
「まーいーけどね。んじゃ始めておくれ」
なげやり調に二人に声をかけて、下がるデコイ。


<主、真剣にやりましょうね?>
運命が心配になったのか声をかける。
「分かってるってば」
そう言って鼻のティッシュを取る、さすがに血は止まったようだ。
葵が試合前にやるように、両の頬を叩いて気合を入れる。
「さーて、それじゃあ……いっちょやってみますか」
コキコキと肩を鳴らして振り向く。

そして彼――佐藤昌斗が振り向くのとほとんど同時にあかりも彼の方へ向き直った。
既に呼吸を整え、昌斗と向かい合うあかり、
とてもではないが、先ほどまで肩で息を切らしていたようには見えない。
互いにゆっくりと近づき、あかりが声をかけた。
「手加減無しでお願いします…………佐藤昌斗くん」
包丁を抜く。
「分かってる、あなたを女とは思わない……一人の剣客としてお相手する」
運命を抜く。


「いざ」
「…………参ります」



突進



構え


そして


斬!!!


けたたましい金属音が観客の耳に響く。
「互角!」
包丁の切っ先と運命の切っ先が互いの体に刃を突き立てようとブルブル震えている。
背中にゾクリとしたものが走り、自然と顔が引き攣る。
「力試しかっっ!!」
さらに力を込める。
浩之があかりの背中越しに叫ぶ。
「馬鹿っ! 無茶するんじゃねえ!」
浩之がその言葉を叫んだ瞬間、均衡が破れた。
あかりが急に体の力を抜いたのだ。
ガクンと昌斗の方がバランスを崩し、よろけて足を一歩、二歩と踏み込む。
「ぐうっ!」
あかりはバランスを崩した昌斗の懐に飛びこむと、素早く肘で当身を食らわせた。
そしてがらあきになった脇腹を包丁で薙ぐ。
…………はずだった。
「甘い!!」
昌斗は運命を床に突き立て、脇腹への攻撃を完璧に防いだ。
「っ!?」
充分にスピードの乗った重い蹴りがあかりの足に叩きこまれる。
一瞬遅れてジィンという痺れと痛みが足に伝わってくる。
あかりはバックステップして素早く間合いを取った。
「あいった〜〜」
あかりは足をさすりながら、ゆっくりと後退する。
昌斗の方も腹をさすって肘の痛みを緩和させようとしていた。
「ダメージは……互角かな?」
雅史が浩之に囁いた。
浩之は瞬きもせず、闘技場を見つめている。
ギリギリと言う歯軋りの音が微かに雅史の耳に届いた。
「いや……アイツの体格じゃあ、無理だ」
浩之の言う通りだった。
あかりがまだ脚の痛みに苦しんでいるのに対し、昌斗の方は既に腹をさするのを止めて、
仁王立ちになって彼女を見つめていた。
そう、酷く醒めた目で。
あかりもその視線に気付き、脚から手を離して立ち上がる。
キリッとしたその目は紛れも無く神岸あかりという女の子ではなく、
一人の剣客としてのそれだった。
昌斗は葵の方をチラリと見た後、のどまで出掛かった言葉を飲み込んだ。
<降伏しろと言って……あっさり白旗を上げるような方ではありませんよ>
運命がそう言った。
「分かってる」
息を吸い込んで、ゆっくりと吐く。
単純な深呼吸だが昂ぶった神経を落ち付かせる為の基本中の基本である。
一方のあかりはまるで抜刀術のような構えを見せた。
ただ、包丁は抜き身のまま。
わずかだが少しずつ間合いを詰めていく。
<主……………そろそろ来ますわよ>


ドン!


「来たっ!!」


あかりは昌斗の眼前でくるりと回転した。
「龍巻閃!? しゃらくせえ!!」
軸足をローキックで蹴ろうとする。
だが何時もなら蹴った瞬間に伝わるズシンという重みがまるで伝わってこなかった。
「空振り!?」
驚愕する。
「…………飛んだ!」
回転した瞬間、あかりは軸足で床を蹴って宙空に浮かび上がっていた。
無論、ローキックがやってくる事を予測しての行動だ。
「龍巻閃!!」
あかりの包丁が昌斗の後頭部にブチ当たった。
決して小さいとは言えない体が凄まじい勢いで吹き飛んで行く。


やがて吹き飛ぶのを止めた体はずるずると床に転がっていった。
「やったっ!」
雅史が飛び上がる。
「違う、まだだっ!!」
闘技場へ駆け寄ろうとした雅史を押さえ付ける。
・
・
・
「あ〜〜〜〜〜〜〜、いってぇぇぇぇぇぇ!!」
頭と首を押さえてうずくまる昌斗。
<主、男の子なんだからもう少し「痛くない」と見栄を張ったって……>
「んな事言っても痛いもんは痛いぞっ!」
ズキズキと痛む頭と首を押さえながら懸命に立ち上がる。
「ど、どうして…………」
あかりははっとなって昌斗の左手を見た。
何時の間にベルトから引き抜いたのか鞘を握り締めている。
「まさか……あの瞬間、鞘を後ろ手に持って龍巻閃を防いだの……?」
咄嗟の判断なのだろうが、それでも功を奏したらしい。
直接昌斗の首に当たらなかった事で威力が拡散してしまったのだろう。
だが、鞘全体に衝撃が伝わる事までは避けられない。
「すごい…………」
ほんの少しだけの失望感と、それを上回る期待感。
結局の所、自分は少し歪んでいるのかもしれない。
こうした命のギリギリのやりとりを望んで楽しんでいるのだから。
いや、それを言うならばこのバトルに参加した人間全員か。
あかりはそんな事を思いながら、包丁を鞘に戻した。
今度こそ抜刀術――天翔熊閃で決着を着ける。


「あ〜〜いてっ、いてっ、いてっ」
<しつこいですわよ、主…………もうちょっと大人になっていただかないと……>
溜息をつく(?)運命。
「だからんな事言っても痛いものはいた…………」
ピクリ、と昌斗の全身の神経が逆立つ。
「……………………やる、気か」
目の前の少女が猛烈な闘気を発していた。
と言うよりもむしろ一点、彼女の体の内部に集中しているような感じか。


「出る…………天翔熊閃」
雅史がゴクリと唾を飲む。
浩之の方はと言えば少しだけ悲しそうな目をしていた。
「どうし……たの……?」
そんな視線に気付いた雅史が声をかける。
だが、返って来る答えは沈黙。
困惑する雅史だが、そんな事に構ってはいられない。
今にも闘技場の二人から爆発が起きそうな感じだった。


「君がそれを使う気ならば……こちらも……出さしてもらう」
そう言って運命を鞘に収める。
抜刀術の構え。
「天翔命閃――奥義の打ち合いというのは――歴史上初めてなのか……」
「そう……かもね……」
あかりもこの先にどんな結果が待ち受けているのか分からない。
倒れるのは自分か? 相手か?
正直言って怖いし、恐ろしい。
だけど…………


だけど…………


「――では」
「……ああ」
ダッシュで間合いを詰める二人。


――飛天御剣流

「天翔――」


「天翔――」


「待ったあああああああああああああああああああ!!!!!」
突然、誰かがあかりの体に猛烈なタックルを食らわせた。
「浩之!?」
実況をしていた志保も思わず立ち上がる。
『ヒロ!?』
デコイが慌てて闘技場へ飛び出す。
「ひ、ひろゆ…………きちゃん?」


「藤田…………?」
困惑の目を向ける昌斗。
「ふ、藤田選手! 試合中の乱入は…………」
「おい、デコイ! …………あかりの負けだ」
「ええ?」
「いいから、あかりの負けで良い! とっととアナウンサーの馬鹿に伝えろ!!」
戸惑いながら、あかりと昌斗をチラチラと見るデコイ。
「昌斗…………悪い、な」
緊張と困惑が収まった昌斗は半ばまで引き抜いていた運命を改めて鞘に収める。
「いや……………………こっちこそ、済まない」
くるりと振り返って闘技場から去る昌斗。
「浩之ちゃん…………どうし」
言い掛けた言葉を飲み込んだ。
浩之があかりの頭をぽんぽんと軽く叩いた後、しっかりと抱き寄せたからだ。
「俺が勝つ」
「え?」
「俺が勝つ、だからお前は闘わなくて良い」
「そ、そんな……」
「信用できないか?」
あかりは戸惑った表情を捨て、頬を赤らめながら微笑んだ。
「ううん…………分かった…………」
それからあかりはぺこりとデコイに頭を下げた。
デコイの無言の問いに静かに頷く。
『えーー、神岸あかり選手! 試合放棄で佐藤昌斗選手の勝利です!!』


「どう思います?」
「賢明な判断だな。いぬの嬢ちゃん、自分の武器の貧弱さを忘れている」
「佐藤さんの方は……」
「まあちょっとした刀だな、ちょっとした、な」


「いいか、あかり…………俺が、勝つからな」
「うん、浩之ちゃんの事……信じてるよ」






神岸あかり選手・・・一回戦敗退
佐藤昌斗選手・・・二回戦進出!



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