グラップラーLメモ三十話「バカふたり」 投稿者:beaker
「へ?」
セリスとジンが互いに闘技場へ進み出た時、観客の誰もが驚きの色を隠せなかった。
まず、武器部門だと言うのに二人とも武器を携帯していなかった事、
そして何より……双方、戦闘用の服ではなく何故か学ランであった。
(LEAF学園って服自由だったっけ? ブレザーだったっけ? 忘れちまったぜ)


ジン曰く「いや、やっぱり熱血タイマンは学ランでないと」


ちなみに審判は失神したデコイから同じアフロ同盟のとーるへと交代している。
「それではお互い前へ!」
高らかに宣言する。
ジンはズボンのポケットに手を突っ込んだまま、前へ出る。
セリスは優等生らしいキビキビとした歩き方。
そしてとーるを挟んで向かい合う二人。
唇の端を歪めてニヤリと笑う。

それからチラリととーるの方を見た。
「……もういいぜ、悪いがちょっと引っ込んでてくれないか」
「はい?」
説明をしていたとーるが驚いてジンを見た。
言い方が悪い、とセリスは苦笑した。
「ゴメンね、とーる。でも、もう'始まっている'んだよ」
今度はくるりとセリスの方向を向く。
「始まっている……?」
彼がその言葉の意味を理解するまでに三秒掛かった。


「1」
きゅっ
セリスが拳を握り直した。


「2の……」
すっ
ジンがズボンから手を出した。


「「3!!」」
それぞれの拳に力を込めて、


何のフェイントも、技もへったくれもなく、純粋なパワーが相手に激突する。
セリスの拳はジンの顔面へ。
ジンの拳はセリスの腹へ。
セリスは腹に突き刺さった拳の激痛に、口を半開きにしていた、
そこから空気が漏れていく。
ジンは顔面にブチ当たった拳に顔を顰めた、奥歯が折れてカリカリと口の中で鳴り響く。
だが二人とも一歩たりとも後退はしなかった。


とーるはポカンと口を開いてその光景に見入っていたが、自分が今いる場所のマズさにようやく
気付いて慌てて、闘技場から出る。


「おお……痛え、相変わらず容赦がねえよな、てめーって奴は」
頬を擦りながら、そんな事を言うジン。
ぺっと折れた歯を吐き出す。
「相変わらずとは失礼だね、きみこそ三年来の友人に向かって遠慮が無いじゃないか」
ニヤリと笑い返すセリス。
「ふん! まだまだこんなもんじゃ足りねーよな?」
「お互いにね」
そう言って笑う。

「いっせーーの……」
「せっ!!!」
「ッッッッ!!」
「だあっ!!」
またもやただのパンチ。
今度は二人とも互いの顔面を狙う。
互いのパンチがカウンター気味にヒットした。

ゴスッ! ベキッ! ドカッ!
一歩も後ろに引かず、ひたすら殴り合う二人。
とてもではないが「試合」と呼ばれるようなシロモノではない。
そんな高等なモノではない。
だが、誰の目にも「殺し合い」とは写っていなかった。
何故なら「殺し合い」にしてはあまりに清々しすぎたから。
二人の瞳には、顔にはある種の爽やかさすら感じ取れる事が出来たからだ。

千鶴は頭を抱えてため息をついた。
そんな千鶴を見て耕一が苦笑がちに微笑んだ。
「どう思う?」
そう聞いてみた。
千鶴は呆れた表情で頭を横に振る。
「どーーーして、男ってのはこうバカばっかりなんですかっ?」
だんだん、ムカッ腹が立ってきたらしい。
耕一はまあまあ、と言いながらもその質問に答えた。
「まあしょうがないだろ、だって……バカなんだから」
「答えになってませんっ」
ふくれっ顔をする千鶴。
耕一はそんな彼女を見ながら微笑んだ。
ウィンクして肩を竦める。
「ま、とりあえずこのまんま見てみようや」


殴り合いはまだ、続いていた。
ジンが腹を押さえてかがむセリスに追い打ちをかける。
両手をハンマーフックにして叩き付ける。
セリスは両足を突っ張って、倒れるのをこらえた。
「い・た・い・だ……ろ!!」
ジンの顎をアッパーで殴りつけた。
顔と背中をのけぞらせるが、やはり足を突っ張って倒れるような事はしない。
「こっちのセリフだ、ってえ……の!!」
頭突き、自分の額を相手の後頭部に直撃させる。
目から火花が散った……お互いに。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!」
「☆☆☆☆☆☆☆☆〜〜〜」
思わず互いにうずくまる。


「お前な……もう少し……考えて……攻撃しろって……」
セリスが頭を擦りながら立ち上がった。
「うるせえっ! 痛み分けだろうがっ」
ジンはちょっとだけ涙を溜めながら言った。


「大体……いつも……お前は……何も考えなしに動くだ……ろ!」
セリスが殴る。
「うるせえ……そーゆーのを……余計なお節介って言うんだ……よっ!」
ジンが殴り返した。
セリスは唇が切れたらしく、そこから血が流れる。
「中学時代から……そうだろうが!」
セリスの反撃、ジンの方はまぶたが切れたらしい。
「ああ、確かに……お前は中学時代から……うっとおしかったよ……なっ!」
「お前の……為だろう……がっっ!!」
またもやカウンター。
身体中に傷跡ができ、肩で呼吸するほど息を切らす。
汗が噴き出す、その不快な汗の匂いが……何故だか少し懐かしく感じられた。
呼吸が整うまでしばし待つ。
また、殴り合いか……?
観客がそう思ったとき、
いきなり二人がくるりと後ろを振り返った。
すたすたとまるで試合が終わったかのように離れる。


戸惑う観客や審判。
やがて端へ到達する。
セリスは目をつむり、気を練り始めた。
あっと言う間に霊波刀が浮かび上がる。
一方のジンは右手のロケットパンチを取り外し、代わりにゲッタードリルを装着した。
そして、二人はまた回れ右をする。
離れて向き直る。
沈黙。
もう言葉は必要なかった。


「セリスさぁん……」
マルチが手を顔の前で組みながら彼を呼んだ。
ふと、振り向くセリス。
わずかに微笑んだ。
その微笑みに気付いたのはマルチだけだっただろうか。
再びセリスは厳しい表情で向き直る。


「ジンくん……」
千鶴は目の前のジンを呼び掛けた。
ふと、振り向くジン。
左手の親指をぐっと突きたて、ニヤリと笑う。
幼い子供が悪戯を考えているような笑み。
「……バカ」
その表情にかすかに頬を赤らめて千鶴は呟いた。
そして、ジンもまた向き直る。


すぅぅぅぅと息を吸うジン。
ふぅぅぅぅと息を吐くセリス。
・
・
・
「行くぞ!!!!」
「おお!!!!!」


走り出す。


互いの武器を構える。


一瞬、閃光が走った気がした。


倒れたのは……


そして残ったのは……






「セリスさぁぁぁぁぁぁぁん!!」
マルチが絶叫した。
セリスは大の字に倒れていた。
苦しげにうめく。
「……大丈夫かよ、オイ」
ジンが振り返って問い掛けた。
その言葉にクスリと笑う。
「自分でやっておいてそれはないだろう」
「……それもそうだな」
苦笑する。
それから、セリスはふぅとため息をついた。
「……負けたか、やれやれ」
身体中に痛みが走る。
痛いが苦にはならなかった、むしろ爽やかさがセリスの身体を包み込んでいた。
「何故、負けたんだろうなぁ」
疑問ではなく、ジンに問い掛けたのでもなく、ただ呟いてみる。


だが、彼は答えた。
「お前……羨ましいよな」
突然そんな事を言うジン。
「いきなり何だよ」
「お前……マルチの事どう思ってる?」
「好きだ、愛してるぞ」
即座に恥ずかしげもなく答えるセリス。
「俺は千鶴さんが好きだ」
困惑してセリスは天井からジンの方へ視線を移した。
「いきなりどうしたんだよ?」
苦渋の表情を浮かべるジン。
「だけど、今千鶴さんの隣にいる人間は俺じゃないんだよな……」
寂しそうに呟く。
「お前はいい、マルチの側にいて、マルチを護れて、マルチと一緒にいる事ができる、こちとらな……」
親指で千鶴と耕一の方向をちょいちょいと指す。
「スタートラインにようやくエントリーしたとこなんだぜ」
苦笑するジン。
「俺もお前も本来の力の原動力は結局は『好きな人間を護りたい』って事だろ?
別にお前より、俺の気持ちの方が強いとは言わないが……」
「何となく……負けた気が分かったよ」
ため息をつく。
そしてニッコリと笑うセリス。
「がんばれよ」
その言葉にまた左の親指をぐっと突きたてる。
「あたぼーよ!」
そして互いに笑い合った。
ところが、ちょいちょいとジンの肩を突っつく人間がいた。
「何だよ、遊輝……」
真っ白な身体、輝く紅の瞳。
それでもって八重歯、人食い鈴木その子の異名を……取らない遊輝である。
「すごーーーく、落ち着いて考えてみるとじゃな……」
「ふんふん」
「何か、セリスよりお主の方がすっごく可哀想に感じるのは妾だけか?」
「……」
「……」
「……」


「じゃかあしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」
血の涙を流しながら絶叫するジンであった。

「セリスさぁん、大丈夫ですかぁ……?」
涙目でセリスを揺り動かすマルチ。
「ああ、大丈夫だよ、はっはっは」
ジンの叫びはすでにセリスの耳には届いていなかった。

ちゃんちゃん☆