グラップラーLメモ第三十二話「奥義激突!」 投稿者:beaker
『勝負はこれからだ』
二人はそう言い切った。
だが、その台詞にも関わらず、佐藤昌斗の一撃の後から、二人は動きを止めたままだった。
いや、正確に言うときたみちもどると佐藤昌斗とでは理由が違った。
もどるは動かないだけ、
昌斗は動けないのであった。
虚を衝いた一撃は確かに効果抜群だったらしいが、それによってもどるも本気を出したらしい。
時折ピクリと刀の先を動かして隙を誘ったが、彼は微動だにしない。
つぅぅっと汗が流れ始める。
試合前の圧迫感が再び次第次第に昌斗の心を圧迫する。


それが永劫に続くかと思われた時(実際には五分と経っていなかったのだが)、
突然きたみちもどるが違う構えを取り始めた。
「……?」
不審と警戒の目で彼を見つめる昌斗。
「先程の一撃、見事だった……御剣流の教科書を齧った程度の知識ではああはなるまい。
だが……」
突きの構えに移行する。
昌斗の目には若干右手が下がり気味のような気がした。
「だが……俺だって御剣流をただ、学んでいる訳ではないよ……」
闘気が膨らんでいく。


来る。
佐藤昌斗はそう直感した。
口惜しいことにきたみちもどるが今の構えを取っているところを見た事はなかった。
何が来るのか全く分からない。
だが、だが、しかし……
(あの構え、どこかで見たような気が……)
そんな考えが脳裏を霞めた瞬間、きたみちもどるが動いた。


(……速いっっ!!!)
刀をこちらに指し向けたまま、突撃する。
「くっっ!!」
後方に退がる昌斗。
その間も彼の目はきたみちもどるの手に集中していた。


……すっと右手が離れる。

(おいおい)

……刀が刃を立てた状態から横、平の状態になった。

(こいつはまさか……)

……そして、突く。


「新撰組の技……片手平刺突!」
間一髪。
後退していたのが良かったのか、もどるの腕は伸び切り、刺突は昌斗の目の前で止まった。


一瞬、安堵する。
だが、その時彼はきたみちもどるの先程の言葉は伊達じゃなかった事を思い知らされた。
伸び切った左腕の関節が素早く折り畳まれ、縮む。
腰を落とす。
一瞬、瞬きするほどのほんの一瞬、きたみちもどるは止まり、脚のバネを溜める。
「まさか……」
そして再び突く。


「牙突!!!!!」


本能に従い、左へ避ける。
だが、ここで昌斗は自分の過ちに気付いた。


(牙突を避ける際に最もしてはならない横避け……ヤバい、絶対にヤバいぞ!!)


不幸な事にその予感は見事に的中した。
きたみちもどるは左へ避けた昌斗へ向かって刀を薙いだ。
鈍く、重い衝撃が彼の刀へ、そして相手の首筋へ伝わる。
「ぐふっっっっっ!!!!」
今度は昌斗が吹っ飛ばされる番であった。
刀を握り締めたまま、もんどりうって転がる。
……ピクリ。
手がかすかに動く。
「ぐっっっ!!」
飛び起きる、すぐさまもどるを睨み付ける。
歯を食いしばる、軋む音が聞こえてきそうなくらいに。
だが、ふっと表情が緩み、笑った。
唇の端を引き攣らせ、汗をかきながら。
「驚いた……まさか牙突とは、ね……」
きたみちもどるはこちらを振り返りながら答えた。
「本家ほどの威力はなくとも、これくらいなら出来るさ」
ぽんぽんと刃側(実際にはこちらは刃ではない、逆刃刀だから)で自分の肩を叩く。


「なるほど……」
そう言いながら首を触る。
鋭い痛みが身体中に電撃のように走った、捻るのすら一苦労だ。
「しかしそれでも、元は敵方の技を使うとは思いませんでしたよ」
苦笑する昌斗。
「ああ、此れが俺の飛天御剣流だからな、敵の技だろうがなんだろうが使うさ」
かすかに「俺の」という部分を強調する。
その強調に昌斗が不思議そうな顔をしているのを見て、もどるは話を続けた。


「神岸あかりは武器の間合いの短さを補う為に素早さにさらに磨きをかけた。
俺は飛天御剣流に拘らず様々な流派の様々な技を俺なりに飛天御剣流にアレンジしてみた。
さて……」
刀を構える。
「お前は、佐藤昌斗は、何を見せてくれるんだ……?」


昌斗はその言葉にわずかに衝撃を受けた。
(……俺の飛天御剣流……?)
俺の……


俺の……


俺のものなんて何かあるのか……?


「……来ないのならばこちらから行くぞ」
「!?」

飛天御剣流、龍巣閃――!

「ちぃっ!」
昌斗も同じ技で応戦する。
甲高い金属音がそこら中に響いた。
観客の耳にはまるでそれが音楽のように心地よく聞こえてくる
だが、その音を鳴らしている側は必死である。
「くっ……」
心の迷いのせいか次第に押され気味になる佐藤昌斗。
だが、もどるに一瞬の隙が出来る。
この機会は見逃せなかった、間合いを遠くしようとしたきたみちもどるに飛び掛かる。
「うああああああああっっっ!!!」
吠えた、先程の言葉への精一杯の抵抗だったのかもしれない。


飛天御剣流、龍巻閃・旋!


横回転、彼の胴目掛けて下から上に向かって斬りつける。
だが、きたみちもどるは少しも怯まなかった。
(……動きが読めているぞ、昌斗!)
横に避ける、更に身体、腕を回転させる。
そして飛び込んできた彼の身体に向かって、垂直に刀を叩き付けた。

「飛天御剣流、龍巻閃…落葉!」

昌斗の旋風は見事に地上に叩き落とされた。
「な、にぃ……?」
かすかにうめいた。口惜しさと驚愕の入り交じった声で。


「飛天御剣流同士の闘いだからな……こんな事もあるかと思っての迎撃技だ……」
何て人だ、クソ、そこまで考えていたのか。
ゆっくりと立ち上がる。
背骨が痛む、だが大した痛みじゃない。
手加減してくれたのだろうか?
まだ闘える事は闘える、だが目に覇気がなかった。
闘気は既に小さく萎んでいる。
敵わない、無理だ。
違いすぎる、何もかも。


ギブアップ。
そう思って、昌斗は腕を上げようとした……

瞬間

一人の女の子が目に止まった。
腕を上げようとして中途半端なところで止まる。
「葵、ちゃん……」
必死に祈っていた、必死に応援してくれていた。
ひづきもだ。
そうだ、まだ見せてないものがある。
きたみちもどるに見せたいものがある。


とーるが手に気付き、昌斗に駆け寄った。
「ギブアップですか?」
手を止めたまま、葵を見つめる昌斗。
ついでひづきに視線を移し……
そして、きたみちもどるに視線を戻した。
とーるの方を振り返らないまま、刀を再び構える。
「いや……退がってくれ」
とーるはその言葉に頷き、再び闘技場から退場する。

そうだ、まだ見せてない。
「俺の」飛天御剣流をまだ見せてないじゃないか。

「迷いは吹っ切れたようだな……行くぞ!!」
側の観客がその声に思わず耳を塞ぎ、顔を伏せた。
声が大きかった訳ではない。
彼の闘気に気圧されたのだ。
昌斗にもそれは伝わってくる。
だが……
「おおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!!!」
スパン!!
舞っていた埃が弾かれたように飛び散った。
裂帛の気合……舞う落ち葉すら別つとまで言われる一流の剣客だけが持つ気合。

わずか17歳と18歳の剣客がこの気合を放つ、その事自体が凄い事なのかもしれない。
初代beakerが思わず「素晴らしい!」と叫ぶ。

そしてまた、両者が激突した。
カキン! 刀同士がぶつかりあい、火花が散る。
二人ともそのまま力を込める、所謂鍔迫り合いである。
「うおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」
きたみちもどるが吠え、次第次第に押していく。
エルクゥの力だ……不思議に冷静に昌斗はそう考える事が出来た。
ぐぐっ、ぐぐっ、背骨がのけぞるほど、押されていく。

と、突然、今まで抵抗していた昌斗の力が消えてしまった。
ずっと力を込めっぱなしだったもどるはバランスを崩す。
昌斗はもどるの刀を左に流していた、自分の刀で捌きながら。
「くっ!!」
もどるは微かによろけた、だが後方に足を移動させ、踏み止まる。
そして顔を横に向けて昌斗を睨もうとする。
だが、彼の眼前にあったのは足、だった。
「!?」
回し蹴りがもどるの顔面にクリーンヒットする。


「やったあああっっ!!」
ひづきと葵が抱き合って喜んだ。
特に葵は嬉しかった。
実戦の場で、それも強敵に蹴りを出してくれている事が。
自分の教えた事が少なくとも、彼にとって有益であった事が。
だが、はしゃいでいた二人の体が凍り付いた。


きたみちもどるがクルクルクルと自分の刀を回し出す。
そして
ズン! 彼の逆刃刀が床に突き刺さった。
いや、正確に言うと彼が突き刺したのだが。
「……?」
訝しがる昌斗。
もどるは顔を伏せているので分からないが、少なくとも笑ったり怒ったりはしていないことは分かる。
何かヤバそうだ、と思う。
「もう……どうでも……いい……」
「……優勝なんて……どうでも……いい……」
ニヤリ、と笑った。
「どうでもいいっっ!! 俺が思う事はただ一つ……!!」
刀を床から引き抜く。
昌斗を睨み付けて吠える。
「佐藤昌斗!! てめーをぶっ倒す!!!!!!!!!!!!!!!」


「うっひゃああ……」
慌てる理奈。
靜の方をチラリと見る。
脅えていないだろうかと。
靜は全く動じていなかった、こちらが恥ずかしくなるくらいに。
だが、すぐに気付く。
唇を噛み、小さい手を必死に握り締めている事に。
理奈はそっと彼女の手に自分の手を添えた。


「飛天御剣流!!!」

きたみちもどるが駆け出す。

佐藤昌斗が構える。

「――九頭龍閃!!!」

二人が撃つ!


捌   壱   弐


漆   玖   参


陸   伍   肆




弐   壱   捌


参   玖   漆


肆   伍   陸



マシンガンが発射されたような轟音が鳴り響き、思わず耳を塞ぐ観客達。
九頭龍閃を撃ち終えた両者の内、立っている事が出来た人間は――


「ぐっっ!!」
昌斗は床に叩き付けられた。
「! 佐藤センパイ!!」
葵が叫んだ。
一方のきたみちもどるは刀を杖代わりにして何とか立っていた。
呼吸は荒く、肩で息をしている。
「はぁ、はぁ、はぁ……うっ!!」
口から血が滴り落ちた。
膝を突く。
(……九つの斬撃の内、四つは相殺、三つ当ててって事は……二つ食らったか……)
疲れた、こんなに疲れる闘いははじめてだ。


ピクリ。
きたみちもどるの全細胞が警告を発した、イヤな予感がする。
振り返った瞬間……

呼吸は荒く、身体のあちこちに内出血の痣がある――

「……立ったか……」

身体の震えは精神的なものよりもむしろ体力が限界に近い事を知らせ――

「……まだやるか……」

首と背中に食らった打撃は致命傷にかなり近いものである――

「……いいだろう、正真証明……最終ラウンドだっ!!」

だが、彼の眼は、気は、そして武器を持つ手は――

「ああ、行くぞっっっ!!!!!」

まだ、死んではいない。



刀を鞘に収め、抜刀術の構えを取る二人。

互いに知っていた。

後、数分で全ての決着がつくと。

互いに知りたがった。

どちらが勝つのかを。

互いに望んだ。

自分が勝つ事を。


「奥義、天翔鬼閃――参る」
「同じく奥義、天翔命閃――行きます」



神岸あかりは先程から席を立ったまま、一度も目を逸らさなかった。
浩之も手をズボンにこすりながら――手に汗がびっしょりとついていたのだ――
あかりに聞いた。
どちらが勝つのか? と。
あかりは首を振った。
「分からない……でも、さっきの九頭龍閃の打ち合いを見る限り……佐藤くんが不利だと思う」
「どうしてだ?」
「あくまで私が見る限りだけど……きたみち先輩と、佐藤くんを比較した時……
力はきたみち先輩が上だけど技のキレは佐藤くんの方が上のように感じるの。
スピードは互角、だけどきたみち先輩の方が実戦経験が豊富だと思う。そうなる
と、後は技そのもののパワーで決まるんだけど……」
一旦、言葉を切ってゴクリと唾を飲み込む。
「多分、二人とも奥義を出すと思う。つまり技が一緒なら……力で勝るきたみち先輩の方が……」
「上、って訳か」
「うん」
多分、この事は闘っている当人同士が一番良く分かっているはずだ。
そう、勿論佐藤昌斗自身も。
ならば勝つ自信もどこかにあるはずだ。
見届けなければいけない、同じ飛天御剣流の人間として――
あかりは瞬きもせずに、二人を見つめていた。


「センパイッ……センパイ……」
葵は眼を閉じた、両手を組んで祈る。
「昌兄……ガンバレッ……」
その葵の手をぎゅっとひづきは握り締めた。
眼はつぶらない。
何が起ころうが絶対に眼を逸らさない、そうひづきは決心していた。


「きたみっちゃん……負けないで……ううん、勝ってっ……!」
ここまで闘ったんだ、ここまで頑張ったんだ。
この努力が報われないでどうして闘いをやっていけようか?
「ちちうえぇ……ちちうえぇ……ちちうえええええ!!!!!」
突然靜が立ち上がった、そして叫んだ。
ありったけの想いを込めて。


それが、合図だった。
眼をカッと見開き、走り出す。
神速で。


天


「センパイ!!!!!!!!!」


翔


「きたみっちゃん!!!!!!!!!」


命 鬼


「昌兄!!!!!!!!!!!」


閃


「ちちうえ!!!!!!!!!!!!」














「運命……今まで……アリガトな」
<あ、るじ……?>