俺はただ、キミと並んで歩きたかっただけなんだ…… 天翔鬼閃!! 天翔命閃!! 凄まじい金属の衝突音、そして破裂音が観客の耳を直撃した。 あちこちで悲鳴があがる。 また、闘技場のすぐ近くにいた観客たちは爆発したような衝撃を食らい、うずくまる。 「くぅっ……耳が…」 浩之は思わず目をつぶった。 そしてそっと開いてみる。 二人は、全身を震えさせながら互いに刀を重ねていた。 全身の力を、気を、全てこの技に集中させる。 じりじりと刀が鍔から先端へ滑り始める。 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」 「ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」 互いに吠える。 「一撃目は……互角!」 あかりが見据えながら呟く。 「勝負は二撃目か!」 初代beakerが叫んだ。 キィン!!!!!!! 互いの刀が離れた、それとほぼ同時に真空の渦が二人の間に巻き起こる。 (飛天御剣流奥義 天翔龍閃の神髄は真空で交差させたこの二撃目!!) と、同時にあかりは重大な事実に気付いた。 (いけないっ……一撃目は多少の力量の差をごまかせても、二撃目で威力が倍加するなら、 きたみち先輩の二撃目と佐藤くんの二撃目は圧倒的な差が……開く!) 死、という不吉な予感が彼女の脳裏に浮かんだ。 冷や汗が流れる。 (勝負はやはりこの二撃目………え!?) きたみちもどるが回転しての二撃目を撃とうとした瞬間だった、 (え………?) あかりが不吉な予感を感じた瞬間だった、 (何ィ………?) 初代beakerが杖を我知らず握り締めた瞬間だった、 「さ、や………?」 鞘がきたみちもどるの頬にめり込んでいた。 昌斗が左手で持っていた鞘が。 (これは、まさか……) 「双……龍……閃……?」 あかりが呆然として呟いた。 昌斗はもどるの頬に鞘がめり込んだ瞬間、それを手放した。 (飛天御剣流奥義 天翔龍閃は二段構え……ならばっ!!) (出遅れ……しまっっ……) 「佐藤式の飛天御剣流奥義 天翔命閃は三段構え!!!!!」 天 翔 命 閃 !!!!!!! きたみちもどるの眼が見開かれた。 空中に吹き飛ばされる。 「がっっ………」 数瞬、何かうめいた。 「ちちうえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 靜が絶叫した。 理奈の制止を振り切り、駆け寄る。 ・ ・ ・ ・ ・ 「ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ」 息をするのも苦しかった。 ガクリと片ひざを突く。 動けない、動きたくない。 身体中を激痛が虫食んでいる、特に腕は酷かった。 だが、もう、これで終わりだ。 安らかな気持ちになる、それと同時に妙に眠たくなってくる。 (おいおい、マズくないかこれ……?) 駄目だ、我慢が出来ない。 ゆっくりと倒れ込もうとした瞬間、背後から殺気を突き立てられた。 激痛や眠気どころではない、慌てて振り返る。 「ま、さ、か……」 彼、は立っていた。 呼吸荒く、唇から涎と血液が入り混じったものを垂らしている。 凄まじい痕が胸から腰の手前まで斜めにザックリと付けられていた。 当然ながら先程の一撃で付けられたものだ。 動いている事が、否、生きている事が信じられなかった。 口をもごもごと動かし呟く。 「勝つ……俺は……絶対に……勝つ……」 ああ、佐藤昌斗は理解した。 技でも力でもなく、最後には魂のぶつかり合いで勝ったものが勝者なのだと。 そして諦め、認めた。 自分の全身全霊を込めた一撃を受け止めて尚、立ち上がったきたみちもどるに。 ノロノロと立とうとする。 身体が動かない、体力が尽きたのか、それとも恐ろしいのか。 運命を杖代わりにして立ち上がる。 きたみちもどるは既に精神があの、人斬りの時までフラッシュバックしていた。 目の前でよろめく男を、殺す。 いつしか「勝つ」という言葉が「殺す」という言葉に変化していた。 一歩、また一歩と近付く。 刀を振り上げ、斬る。 それで終わる、そう思った。 だが、近付こうとしたきたみちもどるの服を誰かが引っ張った。 「…………?」 靜だった。 袖をしっかりと握り締めている。 「…………放せ」 自分でも驚くほど冷たい声を靜に浴びせる。 その口調にビクリとするが、それでも離さない、首を横に振った。 「…………聞こえないのか?」 瞳が涙で潤み始めた、そして首を横に振る。 「…………邪魔だっ!!」 強引に突き飛ばした。 そしてまた彼に向かって進もうとする。 だが、また同じ場所を引っ張られる感触がした。 「…………?」 靜が泣きながら、袖を引っ張っていた。 「ちちうえ……もうやだよお……ちちうえぇ……」 泣き顔をきたみちもどるに向けた。 全身が震えているが、小さい手だけはきたみちもどるの袖をしっかりと握り締めている。 その瞬間、思い出した。 自分が誰だったか、彼女は誰だったか、自分は何をしていたのか。 「し、ずか…………」 そうだった、そうじゃないか、 俺はキミを守ると誓ったはずじゃないか、 キミと共に生きることを約束したはずじゃないか。 それなのに、それなのに俺は…… 「何をやっているんだ、俺は……靜……」 彼女を抱きしめた。 「もういいよ、もういいよ、ちちうえ。かえろう? おうちへかえろう?」 泣きながら靜が言った。 そうだ、帰ろう。 家へ。 そんな事を思い、ゆっくりときたみちもどるは崩れ落ちた。 そして、意識を失う。 最後の瞬間、脳裏に垣間見えた女性は……心なしか微笑んでいるようにみえた。 半ば諦めて、意識を失いかけていた佐藤昌斗であったが、きたみちもどるが倒れた事を確認して、 もう一度だけ、奮起した。 立ち上がるのがこんなに辛かったのは後にも先にも今回だけだろう。 運命を握り締め、よろよろと立ち上がる。 とーるがこちらに駆け寄ってくる時間がまるで一時間か二時間のように感じられた。 虚ろになりかける意識を必死で現世に押し戻す。 やがて、とーるがきたみちもどるの状態を確認し……腕を掲げた。 志保がそれを見て、高らかに叫ぶ。 『勝者、佐藤昌斗選手!!!!!!!!!!!!!!!!!!』 「わあああああああああああああああああああああああ!!!!!」 歓声と拍手が巻き起こり、勝者と敗者、両方をたたえる。 「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」 「せんぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!!!!!!!!!」 ひづきと葵の二人が叫んで飛び出した。 「センパイ、センパイ、センパイやりましたね!!!」 「頑張ったじゃないっ、本当、感動しちゃったわ!!」 思わずひづきもそんな事を叫ぶ。 だが、肝心の佐藤はその二人を見て少し微笑んだだけであった。 「?」 「?」 もごもごと口を動かす。 聞こえない、耳を彼の口に近づける。 「ゴメン、俺も、もう、駄目……みたいだ」 ガクンと糸が切れたように崩れ落ちる昌斗。 「!!」 きたみちもどるの様子を看ていた相田響子が騒ぎに気付いて、近寄った。 「…………!! すぐ保健室へ運んで! 急がないとっ!!」 聴診器やらを外してスタッフに叫ぶ。 慌ててスタッフに担架で運び出される。 「先生!? 昌兄は……?」 くるりとその声に振り返る。 普段、明るいあの先生とは思えないほどの低いトーンで囁く。 「下手すると……腕が動かなくなるかもしれないわ」 「!! ……そ、そんな……」 葵の身体が震え始める。 「あなた達も急ぎなさい、早く!!」 響子先生の言葉に二人も駆け出した。 ・ ・ ・ ・ ・ 夢か…… ・ ・ ・ ・ ・ 現か…… ・ ・ ・ ・ ・ <どちらも違いますよ、主> 声が、聞こえた。 俺はその声に振り返る。 辺り一面霧に覆われているようだった。 死後の世界なのだろうか? 困る、と思った。 <死後の世界でもありませんよ> くすくすくすと笑うのは着物を着た長い黒髪の女の子…いや、女の人か。 ちょっと女の子と呼ぶには年齢が上のようだ。 俺は彼女の名前を呼んだ、初対面だったけど、何となく分かっていた。 「運命……」 俺のパートナーだ。 俺は彼女に聞いてみる事にした。 「ここは………?」 <私と、主が共有する意識の中……だと思います> 少し、自信なさげな口調に俺は何となく微笑んだ。 いつも自信たっぷりにこちらに向かってズケズケと命令する奴と同じとは思えない。 その気配を運命も敏感に嗅ぎ取ったようで少し膨れ面をする。 その仕草がやけに可愛らしく感じられた。 「なあ、一体何がどうなったんだ?」 さっぱり記憶がない。 <主は……最後の一撃できたみちさんに勝った後、意識を失われてしまいました> 「ああ、そう言えば……そうだったっけ」 先程闘ったばかりなのにやけに遠い過去のように感じられる。 <葵さんの肩に頭をこう、乗せて……> 「何ぃっ!? 羨ましいことをしたのに全然覚えてないのが悔しいっ!!」 <くすくす……残念でしたね> その笑い方に何となく照れくさくなって俺は横を向いた。 何も、見えなかった。 狭いようで、広いようで、押し込められているようで、放り出されているようで。 俺は少し不安になった。 そんな俺の横に運命は立っていた。 微笑みながら。 <主……一つ聞かせてくださいな> 「何をだ?」 <試合前に言っていたじゃありませんか……これが終わったら……って> そういえばそうだ。 俺は空を見上げた、空と呼べるかどうかは疑問だが。 「俺は……」 運命の顔を見ずに話し始めた。 「俺は、ただ、胸を張って、歩きたかったんだ……」 <……?> そう、彼女と並んで。 ・ ・ ・ 力が、欲しかった。 有名になれる力が、魔法のように僕に降ってきて欲しかった。 誰も僕を見てくれなかった。 だから、きっと僕は、何でもない存在なんだ。 そう思っていた。 そしてそんな自分が嫌だった。 だから力が欲しかった。 誰にも負けない、どんな事にも折れない力が。 そして俺は力を得た。 正確に言うと力を与えられた。 構わない、と思った。 楽して力を得られるならそれに越したことはない。 でもそれはまがい物の力だった。 まるで掌で掬おうとした水のようにさらさらと零れていった。 絶望した。 どこまで言っても俺は俺だったんだ。 でも、また神様は俺にチャンスを与えてくれた。 キミを与えてくれた。 何でもいいんだ、力でありさえすれば。 キミを手にして俺はそう思った。 キミを与えた誰かが、俺に向かって「踊れ」と言っているのならば、踊ってやろうじゃないか。 そんな事を思っていた。 そんな時、彼女に出会った。 一目惚れ、という訳じゃない。 むしろ最初にあったのは同情だったのかもしれない、薄汚れた。 「力を一生懸命に得ようとしている非力な女の子」 それが俺の彼女への印象だった、哀れみも混じっていたのかもしれない。 けど、すぐに気付いた。 真に哀れむべき人間は俺なんだという事に。 彼女は楽しんでいた、彼女は前向きだった。 いつも、一生懸命だった、こちらが止めたくなるくらいに。 彼女に会って初めて気付いた。 俺の力がどこまでいっても俺のものでない事と、 彼女が持つ力こそが俺が求めていた力だと言う事に。 彼女に……蹴り技を習い始めた。 楽しかった、こんなに楽しい事は初めてだった。 この大会が始まったとき、 きたみち先輩……師匠との闘いが正式に決まったとき、俺は決めた。 自分一人で闘ってみる事を。 ……もちろん、全部俺の力と言う訳じゃない。 だけど、自己満足だと思われてもいい、せめてキミのアドバイスを 借りずに彼と闘いたかった、出来るだけフェアな条件で。 そうすれば、俺は、歩けると思った。 胸を張って、彼女の隣を歩けると思ったんだ。 それだけなんだ、ただ、ほんの少し、胸を張って歩きたかっただけなんだ。 ・ ・ ・ 「ゴメン、大した理由じゃないだろ?」 苦笑して俺は運命の方へ向き直った。 <いいえ……> 運命はゆっくりと首を横に振った、柔らかい微笑みに少しドキッとした。 <主、成長なさいましたね……> 懐かしむように呟いた。 よせよ、と俺は一言呟いて目を逸らした。 視線に耐え切れず、頬が赤くなるのが自分でも分かった。 <ありがとうございました、主……では……> え? と俺は振り向いた。 ゆっくりと彼女の姿が霧に溶け込み、遠のいていく。 「お、おい!」 <心配なさらずとも、またいつものようにお会いできますよ……> そんな台詞が信用できるか。 俺は走った。 どんどん見えなくなっていく運命。 <この事は絶対に忘れません……ではまた、主> 「ああっ!! 俺も忘れない! 絶対に今日の事は…!!」 最後の言葉が聞こえたのかどうか分からないが、彼女は最後にニッコリと微笑んでくれた。 それと同時に辺りの霧が吹き飛んでいく。 きょろきょろと見回す。 霧が晴れると闇だった。 足元の霧も晴れる、やはり闇。 俺はそれに気付いた途端、闇のさらに底へと落ちていった。 ・ ・ ・ ・ ・ 「う……ん?」 やたらと世界が上下に動く。 揺さぶられているのか? 俺は目を開けた。 何故か景色が凄いスピードで流れていく。 「こ、こは……?」 「おお、気付きやがったか!!」 傍で声がした。 ……この声は……? 「よ、YOSSYFLAME……か?」 「ああ、もう少しで病院だからな!」 ……ようやく気付いた。 自分は紐でYOSSYFLAMEの身体に結び付けられていた。 背負われているのだ。 「病院?」 「ああ、今すぐ手術しないと腕が一生いうことを利かなくなるんだってよ!」 ハァハァと息を切らせながら彼が答えた。 「で、お前が……?」 「待ってろよ、自慢じゃないが俺の足のスピードは天下一だ!」 さらにスピードを上げる、自転車より、下手するとのろのろ動く自動車より速い。 「ありがとよ……」 俺はそう呟いた。 「……あの馬鹿……救急車を呼ぶって言っておいたってのに……」 憤怒の表情で相田先生が呟いた。 「……あのー、それよりも……」 ひづきが手を挙げた。 「?」 「いや、よっしーくんって病院知っているのかなー? ……って」 「……」 「……」 「……ところで、ここはどこだっけ?」 「何故住宅街に迷い込む貴様あああああああああああああああああああああああああ!!!!!」 きたみちもどる・・・二回戦敗退 佐藤昌斗・・・準決勝進出なるもドクターストップ。病院へは迷いに迷った挙げ句、 通りすがりのブラックジャックに治療してもらった。 YOSSYFLAME・・・道に迷ってマラソン並みの距離を走っていた、この後試合なのに。