グラップラーLメモ第三十五話「serious」 投稿者:beaker
「師匠……師匠……師匠!」
初代beakerはしきりにくっつきたがる瞼を何とかこじ開けて、呼び掛ける相手を確認した。
両手を伸ばし、大きく呼吸して息を吐く。
端整な顔立ちがぐにゃりと歪むが、当の本人はまるで意に介さない。
女性の前だとこうはいかないであろう。
「何だ……沙留斗か」
呼ばれた側は呆れたようにため息をついた。
「そろそろ次の試合じゃないですか?」
「次の試合……誰だっけ?」
瞼がまたもや閉じようとする。
沙留斗はペラペラと用紙をめくり、やがてピタリと動きを止めた。
「えーっと、次の試合は……ディアルトさんと……TaSさんですね」
ピクリと初代beakerが反応した。
瞼を苦もなく押し上げる。
「あの男が?」
沙留斗には初代beakerが指しているのがどちらの男なのかは分からなかったが、
「はい、そうです」
ととりあえず答えた。
初代beakerは横たえた身体をムクリと立ち上がらせた。
そして歩き出す。
「あ、待ってくださいよ……」
その後を慌てて沙留斗が追いかけていった。
別段、走っているわけではない。
だが初代beakerが歩いているのに沙留斗は必死で走っていて、それでいて二人のスピードは
一緒であった。むしろ、歩いている初代beakerの方が早いくらいだ。
最も沙留斗の方は重たいマント(正確にはその中身)を羽織っているのでしかたがないとも言えるが。
ともあれ二人は二階の廊下を真っ直ぐ進んでいた。
そしてもう少しで会場を見渡せる二階の観客席に着こうとした時であった、
「……ほう」
突然初代beakerが立ち止まった。
それに合わせて慌てて沙留斗も急ブレーキをかける。
「ととととと……師匠、どうしま……」
慌てて後ろを振り返った。
そこに、彼はいた。
腕を組んで壁にもたれかかり、脇に長い棒を差し込んでいる。
だが、やはり沙留斗の目を奪ったのは髪だった。
普通の人間にはとてもできないような、したくないような、ふさふさの髪。
アフロだ。
そこまでは瞬時に沙留斗も理解できた、ただもう一つの事がどうしても彼には理解できなかった。
「……いつからそこに?」
同じ疑問を初代beakerが口にした。
そう、この廊下は……今彼がもたれている場所は一本道でどこにも通じるドアなどありはしない。
だから彼が自分達の後ろにいる、という事は絶対に有り得ないはずだった。
走って追い付いた……訳ではないだろう、それなら足音が聞こえるし、気配だって分かるはずだ。
すると自分達は彼を追い抜いておきながら、尚、彼の存在がわからなかった事になる。
……そんな馬鹿な……、沙留斗は自分の考えに苦笑した。
それこそ有り得ない。
だが、次に彼、TaSが放った言葉は沙留斗を慄然とさせた。
「参りましたネ、せっかく待っていてあげたのに追い抜くとは薄情者デース」
「何だ、と……?」
やはり、彼はここでずっと自分達を待っていたのだ。
だが、何故分からなかったのだろうか?
「……気配を断っていて待つ、というのは随分だな」
初代beakerが答えた。
後ろは振り返らない、その必要もない。
「沙留斗……コーヒー二つ買ってきてくれ」
「え? は、はあ……」
疑問に頭を悩ませつつ、沙留斗はコーヒーを買いに走り去った。
そして残された初代beakerはTaSのすぐ横の壁にもたれかかった。
「……で、本気なのか? 本気だとしたなら何が狙いだ?」
初代beakerが矢継ぎ早に疑問を口に出した。
TaSは肩を竦めた、やけに滑稽な仕草だがほどよく似合う。
「どーでショーカ? ワタシも出るつもりはなかったのデスガ……」
棒をくるくると回転させた。
「たまには幽霊にも運動は必要デース」
スパン! 棒の先端を壁に当てた。
ひび割れが先端を中心に走り、作り上げられる。
「……そう思いまセンカ?」
「運動ね……ほどほどにしておけよ」
「分かりました……センセイ」
そう言ってTaSは空気に溶け込む様に消えていった。
「やれやれ……ま、私の責任でもあるからなぁ……」
「お待たせしました〜〜……あれ? TaSさんは?」
沙留斗が紙コップのコーヒーをバランス良く持ちながら駆け寄ってきた。
「ああ、アイツならもう試合らしいから先に行ったぞ」
「ありゃりゃ、これどうしましょうか?」
沙留斗は一方のコーヒーを初代beakerに手渡しながら言った。
「お主が飲めばいーじゃろ、さて、行くか」
「はいっ」
二人は歩き出した。




やけに長く、太い木刀だった。
違和感があるらしく、何度かそれを振り回してみる。
顔をしかめる。
そんな彼にYOSSYFLAMEが
「どうした? ディアルト選手? 普段使っているアレでないとダメだって?」
選手に強調を付けて声をかけた。
「いや、そういう訳じゃないんだが……」
くるくると回してみる。
かなりの重さを誇るはずなのにまるで子供のおもちゃのように軽々と扱っている。
「これでやるとすると、どうも……」
「……どうも?」
突然その木刀に机に叩き付けた。
机が発泡スチロールのように簡単に、真っ二つに割れる。
だがYOSSYFLAMEを驚かせたのは、ディアルトが今の一撃をまるでなげやりに放ったからだ。
まるで丸めた新聞で人の頭を叩いたかのように。
「……手加減ができないなあ、と思ってさ」
YOSSYFLAMEは持っている缶コーヒーを飲みながら、
「とりあえず、その机はお前が弁償しろよ」
と言った。




ディアルトは観客の笑い声にもまるで無関心だった。
相手の足の動き、捌き、手や指までも注意深く観察する。
……顔と頭はあまり正視したくなかったが。
一方のTaSは大きく手を振って観客にアピールしていた。
Yinや月島瑠璃子がそれに手を振り返している。
はぁ、とディアルトは呆れたようにため息をついた。

初代beakerが二階から見下ろしながら、
「さてさて見せてもらおうか、TaSくん……」
と言った。

「始め!」
これまで何度も繰り返されてきたようにとーるが声を上げ、太鼓が打ち鳴らされる。
TaSは棒を片手で握って構えた。
ディアルトは慎重に様子を窺う、棒術使いと対戦する機会は草々存在しない。
まして相手は今まで「闘った様子を目撃した」事すらない相手だ。
未知の相手と闘うという恐怖を感じるのは久しぶりであろうか。

(宝蔵院流……にしては構えが妙か、どちらかと言うと中国棒術の流れ……)
書物で齧った程度の知識だが。
ディアルトの方も右手で木刀を無造作に持ち、左手はダラリと下げている。
木刀は確かに重たい、だがディアルトにとってはその普段は感じる事がない重みが心地よかった。
(仕掛けてみるか……)
ディアルトは間合いを詰めた、木刀をまるで子供がおもちゃを扱うように振り回す。
TaSはギリギリで見切ってそれを避けた。
「アウチ! アブナイですネー」
止まらずに動く。
木刀を足に乗せた、そして蹴りを放つ。
「蹴撃刀勢!」
TaSの身体がくの字に折り曲がって、宙に浮かんだ。
だが、
「手応えが……!?」
顔を伏せたままTaSがゆっくりと人差し指を一本ピンと立たせ、左右に振った。
良く見ると、棒が彼の蹴りに乗った木刀を完全に防いでいる。
そして重力に従い、ゆっくりと床に降り立った。
「YA!」
TaSが棒を左から右へ振った……ディアルトの右頬が叩かれる。
「くっ!!」
一気に後退して間合いを大きく保つ。
そうして口元に付着した血を手の甲で拭った。
「どうしまシター?」
底抜けに陽気な声でTaSがディアルトに声を掛けた。
ディアルトは無言のまま睨み付ける。
「OH! 逃げるのは良くないデース! したがって……」
ニヤリと笑った。
「こちらから行かせていただきマス!」


今度はTaSが間合いを詰めてきた。
(速っ……)
素早く横に移動するディアルト、先程まで彼がいた場所にTaSの棒が突き刺さっていた。
「まだまだァ!」
棒がまるで生き物のように四方八方から襲いかかってきた。
「くっ……」
必死に打ち返しながらようやく気付いた。
(棒がしなっている……?)
道理で妙に軌道がつかみにくい訳だ、と分かった。
TaSの持っている棒は決して柔らかい訳ではないが……どういう木で作られているのか、
勢い良く振り回すと非常に良くしなるのだ。
それに気付いた後は何とか捌く事ができるようになった。
捌くだけでまるで対抗手段は思い付かなかったが。


そしてTaSは空中に跳んだ。
「ヒャッホウ!」
棒を両手に持ち、脳天に向かって振り下ろす。
ディアルトも木刀の端と端を両手で持ち、上に掲げた。
ガン、という音が闘技場に響く。
「くっ……」
ディアルトの手がジィンと痺れ、木刀を落としそうになり必死に掴む。
だが、
「隙アリ」
無情にも、
「しまっ……」
TaSが囁いた。


捻糸棍(ねんしこん)!!


――高速回転した棒の先端がディアルトの肩に突き刺さった。
肩の骨が外れる音がディアルトの耳に、否、身体全体に響き渡った。
「がっっ……」
左肩を押さえて倒れ込む。
「畜生……」
「肩の骨を外しまシタ……動かない方がいいデスよ」
ディアルトはそのアドバイスには答えなかった。
TaSは続ける。
「ギブアップした方が賢明だと思いマスが……」
「勘……」
ディアルトが呟いた。
「……何?」
「勘違い……するなよ、私が『畜生』って嘆いたのは……」
ゆっくりと立ち上がる。
「……?」
「今からやる事がイヤでイヤでしょうがないから嘆いたんですよ!!」
そう言って左肩を右手で一気に押し込んだ。
無理矢理に肩に骨がはめ込まれる。
「がああああああああああああああああああっっっっっっ!!!!!!!!!!
い、痛い……スッゴい痛いけど……」
ゆっくりと左手を動かした。
「復活完了……」


TaSはからかうように口笛を吹いた。
「その心意気や良し! デスけど捻糸棍の対抗策は見つかったのデスかー?」
その言葉にわずかにひるむ。
(参ったな……本当に対抗策が見つからない)
わずかに気圧されて後退する。
「逃げる人間には……」
TaSが再び捻糸棍の構えを取った。
「こういう事もできるんデスヨ!」


飛蛇捻糸棍(ひじゃねんしこん)!


TaSの棒が床に回転しながら突き刺さる。
そして刺さった瞬間、棒は土煙を纏いながら床から跳ねるようにディアルトへ襲いかかった。
「くっ!!!」
顔を横に避けた、頬がザックリと裂ける。


「長く闘うと返ってツラくなりまスヨ……」
ジリジリとTaSが間合いを詰める。
確かに、とディアルトはTaSの言葉に賛同した。
このまま闘うとなると多分体力的に消耗しているコチラが絶対的に不利だろう。
一撃で決めるしかない、そう決意する。


「じゃあこれなら……どうだっ!!」
両手で木刀を持って顔面を突く。
だがTaSは見切っていた。
(顔面フェイントからの……胴への二段突きデスネ!)
その通りだった、顔面直前でピタリと木刀は止まり、
一旦戻ってから胴へ向かってきた。
「甘い!」
TaSも棒での突きを敢行した。
ディアルトが突いた場所とピッタリ同じ座標に合わせる。
木と木がぶつかり合う綺麗な音が響いた。


「あいにくでしたネー」
TaSはニヤリと笑った。
ディアルトが放った突きは完璧に防がれていた、それも棒でピッタリ先端と先端をぶつけ合うという神業で。
「いや……これでいいんだ」
ディアルトは静かに言い放った。
「……何デスッテ?」
自分の幻聴だろうか? 一瞬TaSはそう思った。
「アンタを仕留めるには中途半端な技は効果が無いと思ったんで、ね」
いつのまにか右手が拳となり、木刀の柄に添えられていた。
マズい、TaSはそう思ったが時既に遅い。
「そういう訳で、コレが最後の一撃だ」


砲牙絶刀勢(ほうがぜっとうせい)!!!


木刀に拳を添えて一気に力を解放させた。
零距離射程からの一撃はTaSの棒をズタズタに破壊し、さらにTaSの鳩尾に向かって凄まじい勢いで
木刀が打ち出される。
彼も今度は、防げなかった。
「ぐふっ……」
木刀が落ちるカランカランという音と、TaSが床に落下するドサリという音が同時に唱和された。
とーるが慌てて駆け寄る。
「勝負、あり!!!!!!!!!!」
ディアルトはのろのろと歩き出して木刀を拾い上げた。
失神している(らしい)TaSをチラリと見る。
正直これほど苦戦するとは思っていなかった。
……とりあえず助け起こすべきか。
そう思って彼に手を差し出す。
TaSもようやく気がついたらしく、差し出された手に……アフロを差し出した。
「……」
「……アナタがアフロを受け継いでくだサーイ」
「……」
「……」


とりあえず、木刀で殴っておいた。


TaS……二回戦敗退
ディアルト……準決勝進出!



「これで、二回戦は全て終了、と……」
「さて、いよいよくじ引きで準決勝の相手を決めないといけませんね」
スタッフが参加選手をそれぞれ呼び出す。
準決勝からは観客の前でくじを引くことになっているのだ。
よりエキサイティングな展開を観てもらいたい、というスタッフの配慮だった。
「それではまずは……後半の武器部門の方たちから引いてもらいます」
「ジン・ジャザム選手」
「おうよ」
前に進み出て、箱に手を突っ込む。
「ジン・ジャザム選手、番号は……B」
続いてへーのき=つかさ。
「番号は……C」
へーのき=つかさはほっとため息をついた。
少なくともジンと当たる心配はないようだ。
レッドテイルはまだ保健室にいる、との事なので代役として友人のYinが抜擢された。
「レッドテイル選手……A!」
観客がざわめく。
「したがって、自動的にディアルト選手はDという事になります」


「それでは続いて素手部門の方、お願い致します」
柏木梓がくじを引いた。
番号はC。
来栖川綾香。
番号は……
「Bです!」
「という事は梓とは決勝で闘う、って事か……」
悠 朔が呟いた。
「無音にNTTTの先生か……余り闘いたくない相手が残ったな」
「それでは無音選手、お願いします」
思わず誰かが唾を飲んだ。
ゆっくりとくじを引き、それをスタッフに渡す。
スタッフは落ち着いて叫んだ――
「A! 従って、無音選手と来栖川選手の試合が準決勝第一試合と決定しました!」


<素手部門・準決勝>

第一試合
無音vs来栖川綾香

第二試合
柏木梓vsNTTT

<武器部門・準決勝>

第一試合
レッドテイルvsジン・ジャザム

第二試合
へーのき=つかさvsディアルト




……そんな訳でつづく!