グラップラーLメモ第四十四話「想いという名の力」  投稿者:beaker






――武器部門決勝戦進出者、へーのき=つかさの控え室



「――では御健闘をお祈り致します」
こう言ってDマルチはジン・ジャザムの詳細なデータをへーのきに渡すと、ぺこりとお辞儀をして
Dガーネットと連れ立って控え室を出ていった。
へーのきの控え室には今、DセリオとDボックスしかいない。
他の同僚(榊、OLHなど)は当に「骨は拾ってやるからな」「生きろ」という有り難いアドバイスを
かけて、部屋を出て行っていたりする。
これは建て前はへーのきが試合に集中できるように、という配慮だった。
だが、その実は……
「ガンバレガンバレ」
「あー……ありがと」
壊れたレコードのような音声の声援を繰り返すとDボックスも部屋を出て行った。
かくして当初の狙い通り、Dセリオとへーのきが二人きりとなった。
無論、発案者はOLHと榊とお子様三人組である。
へーのきも何となくそれは予期していたのか、少々緊張してゴクリと唾を飲み込む。
試合前の緊張でもあり、Dセリオと二人きりという現在の状況が原因でもあり……
ともあれ先程からDセリオは一言も喋っていなかった。
(ここでセリオさんが「……お願い! 死なないで!」とか言って目を潤ませて抱き着いて来たら
面白いんだけど……んな訳ないか)
実際にそんな事をしたらまず間違いなくへーのきは卒倒するだろうが。


「――あの……」
ようやくDセリオがおずおずと口を開いた。
顔は伏せ、手を所在なげにもじもじとさせる姿は中々初々しいと言うか可愛らしいと言うか……
ともかくへーのきはDセリオの滅多に見られない一面を見れた事に驚いた。
「――ジンさんは強敵です、心して闘って下さい。……油断せずに」
「うん、ありがとう」
実際にジン・ジャザムと何度も闘った事のあるDセリオならではの含蓄ある言葉である。
改めて心が引き締まる気がした。
「――来栖川警備保障として、彼に負ける訳には……いけませんし」
「うん、死ぬ気で頑張ってみるよ」
へーのきは何気なくそんな言葉で応じた。
だが、その言葉にDセリオは弾かれたように伏せていた顔を上げ、
驚いたような、哀しそうな目付きでへーのきに叫んだ。
「――ダメです!」
「……へ?」
余りに劇的とも言える反応に戸惑いを隠せないへーのき。
「――死ぬだなんて、そんな……へーのきさんが死んだらどうにもならないじゃないですか!」
「いや、言葉の綾ってヤツで……」
へーのきは顔が笑いかけたが、そのまま硬直する。
「――へーのきさんが死んだら……私、私……」
Dセリオの目からポロリと涙が零れた。
ちょっとした冗談、というような台詞をへーのきは喉で飲み込んだ。
冗談にせよ、言葉の綾にせよ、今の台詞をDセリオは真剣に受け止めて、心配してくれているのは事実だ。
だからへーのきは答えを行動で示す事にした。
Dセリオの腕をひょいと掴んで強引に抱き寄せる。
意外に抵抗もなく、すんなりとDセリオはへーのきの胸の中に収まった。
「大丈夫、オレは死なない。……生きて、帰って来るから。絶対に」
「――はい」
Dセリオは胸の中でコクリと頷いた。






――武器部門決勝戦進出者、ジン・ジャザムの控え室……の扉の前


「ジン先輩、応援に来たよ〜」
川越たけると電芹が連れ立って歩いてきた。
が、入ろうとすると控え室の扉の前にいた耕一に止められる。
「……?」
「悪いけど、しばらくこの控え室には入らないでくれるかなー?」
耕一はそっと唇に人差し指を押し当てた。
'黙っていろ'という事だ。
不承不承川越たけるはそれに従った。
扉の前でたむろするたける。
(それにしてもジン先輩、何してるのかなー?)



「はい、次は左の耳……結構溜まってるわね……」
「ん……」
ジンはくるりと首を回転させた。
千鶴は膝の上のジンの頭をそっと片手で持ちながら、もう一方の手に耳掻きを持って
耳掃除をしていた。
千鶴の膝の上にいるジンの頬は少々赤く染まっていた。
まず、他人には見せられない状態だろう。
「……子供の頃は良くこうやって耳掻きしてあげたわよね」
昔を懐かしむように千鶴は呟いた。
「千鶴さん、良く失敗してたよなぁ」
からかうような口振りでジンは答えた。
「ああっ、まだ覚えていたの? ……うう、忘れてちょうだい」
千鶴は慌ててバタバタと手を振った、無論耳掻きをしながら、である。
「いたたたたたたっっ!」
「あ、ゴメンゴメンゴメン! ……昔も、同じような事してたわね、私」
「……千鶴さんも変わらないよなぁ」
しょうがないなぁ、という笑みを浮かべてジンは答えた。
「ジンくんは変わったよね……昔よりカッコ良くなった」
「あ、ホントに……?」
「うん、嘘じゃないよ……よし、おしまい!」
耳掻きをティッシュで拭いながら、千鶴はぽんとジンの頭をはたいた。
ゆっくりと起き上がるジン。
一つ決めていた、事があった。
「次、俺へーのきと闘うんだ」
「うん、頑張ってね」
「へーのきに勝つと、武器部門は優勝……で、その次に俺は寝てたからどっちか知らないけど……
梓か、来栖川綾香か、どちらかと闘う事になる。で、勝てば優勝だ」
「うーん、梓と当たったなら手加減してやってくれないかな?」
「で、もし優勝したら、優勝したら……その……」
「うんうん」
「一緒に、海行きませんか?」
「え……」
千鶴は笑顔を浮かべたまま硬直した。
パクパクと口を開けて、何か言おうとするが言葉にならない。
ややあって、ようやく言葉を搾り出す事が出来た。
「み、みんなで……」
「二人で」
ジンは即答した。
千鶴は困ったような、照れたような、嬉しいような、悲しいような、複雑極まりない表情をしていた。
今更ながらジン・ジャザムも一人の男だと実感する。
千鶴は答える事ができなかった、真剣に答えるべき質問だ。
冗談や笑い話で済ませるような事ではない。
だが、ジンは立ち上がった。
「すいません、もう時間だから。……返事は優勝してから聞きます」
そう言って部屋を飛び出した。
後に残された千鶴は、
「ジンくん……」
そう呟いたまま長椅子に座り込んでいた。






負けられない理由がある


勝たなければならない理由がある


だが、闘いにはそんな理由は関係ない


あるとすればそれはきっと


闘いに挑む彼らの'想い'の強さだけ


へーのき=つかさには負けられない理由があった


ジン・ジャザムには勝たなければならない理由があった


そして今……二人は互いの技を、力を、想いをぶつけ合う



グラップラー武器部門決勝戦……開始



「はじめぇ!!」
とーるが一オクターブ高い声で叫んだ。
へーのきの武器は愛用のバドミントンラケット、いそめ350。
ジンの武器はお馴染みゲッタードリル。
共に超接近戦用の武器であり、必然的に闘いは至近距離からの激しい攻撃から始まった。
ただし、ジンはともかくへーのきの武器はどんなに頑丈でもやはりバドミントンラケットである。
へーのきは牽制以外には決してバドミントンラケットを使う事なく、自分の怪力を利した攻撃
でジンを押さえようとしていた。


力強い腕でへーのきはジンの頭を両腕で掴む。
ヘルヴァイス……ようするにただのヘッドロックなのだが、ともかくへーのきの力が強い。
サイボーグであるはずのジンの頭がギリギリと軋む。
「こ、の、野郎!!!」
無理矢理へーのきを担ぎ上げて後ろへ放り投げた。
バックドロップというやつである。
へーのきは脳天から床に打ちつけられ、さすがに手を放した。
首をほぐすかのように、ジンは顎に手をやりながら首を回す。
(この野郎、バドミントンラケットなんか持ってたから甘く見ていたが……全身凶器みたいな
もんじゃねぇか)
へーのきの怪力は一応聞いていたが、実際警備保障で自分と闘うのはほとんどが
Dセリオである。
自分で味わうのはもしかしてこれが始めてではなかろうか?
(おまけに……)
へーのきはゆっくりと起き上がり、コキコキと首を鳴らした。
先程バックドロップを脳天に直に食らったと言うのにまるでどこ吹く風と言った感じだ。
(耐久力もあるんだよなー……やれやれ)


ガタイがいいからなのか、毎日のように警備保障の最前線で働いているからなのか……
呆れた身体だ。
サイボーグである自分が言う事では無いだろうが。
ならば、これではどうだ。
ジンは立ち上がり、左腕をへーのきに向かって突きつけると、こう叫んだ。
「食らえ! 鉄拳! ロケットパァァァァァァンチ!!!!!」
「え!?」
思わずビクリと両手で顔面をガードして目をつぶるへーのき。
が、すぐにロケットパンチは反則である事に気付く。
「……?」
チラリと目を開けた瞬間、ジンは自分のすぐ側まで来ていた。
「これなら反則じゃねェ! ドリルアッパァァァァァ!!!!」
右腕のゲッタードリルが唸りを上げてへーのきの顎を直撃した。
垂直方向に吹き飛んで床に叩き付けられるへーのき。
「ぐふっ!!」
ふう、とジンは額に浮き出た汗を拭った。
引っかかったから良いようなものの、へーのきが素早く試合である事に気付けば
危ないところだった、叫んだのに何も起こらないのは実にカッコ悪いし。
かなりの手応えだった、普通ならばもう立ち上がれないであろう。
そう、普通ならば。


へーのきは口の中に広がる錆びた鉄の……血の味で眼が覚めた。
ムクリと起き上がろうとするが、身体がガクガクとしていうことを聞かない。
(ヤバ……結構キツイかも)
何とか立ち上がる、バドミントンラケットを杖代わりに使いながら。
自分の身体はまだ、しばらくは持ちそうだ。
こちらはせっかくDマルチが渡してくれたデータがあると言うのにまだそれを活かしていない。
ジン・ジャザムの今のところ唯一の弱点。
そう、先程レッドテイルによって付けられた脇腹の傷である。
簡単に癒えるような傷ではない……Dマルチの計算もそれを示していた。
一点、そこを狙う……このラケットで。
へーのきは隙を狙うために、間合いを詰めた。
接近戦はこちらに圧倒的不利だが、これ以上離れるとラケットで弱点をぶっ叩くのは
非常に困難な作業となってしまう。
「食らえっ! ゲッタードリル!」
「くっ!」
ゲッタードリルをラケットで弾きながら、ただ一点脇腹にできる隙を窺う。
脇腹に集中しすぎたためか、一度、二度と攻撃を受ける事もあったが、まだ耐えられた。
ジンも思った以上にしぶといへーのきに焦りつつある。
もうすぐ……だ。
そして、へーのきが待ち焦がれていた瞬間がやってきた。


「ドリル!!! ハリケェェェェェェン!!!!!!!」
焦ったジンは一気に蹴りを付けようと大技を繰り出そうとした。
そして技が発動するブランクの一瞬、脇腹に隙ができた。
「バドミントンラケット……クラァァァァァァッッッッシュッッ!!!!!!!」
バドミントンラケット、いそめ350を思いきり脇腹に叩き付けた。


「なっ……!!」
脇腹にぶつけられたラケットはガットの部分が粉々に砕かれたが、
同時にジンを横っ飛びに吹き飛ばしていた。
「やった……!」
へーのきの表情が歓喜に輝いた。
だが、
「惜しかった……なっ!!」
背後から、
「え……?」
声が聞こえた。



ドリルハリケェェェェェン!!!!!!!!!



……全てが終わっても、まだジンは肩で息をしていた。
「あ、危なかった……まだ完全に傷の癒えてない脇腹を狙ってきやがったか……」
あと、数分……下手すれば数十秒攻撃が早ければ危ないところだった。
「エ、エルクゥの回復力がなければ……もし、俺がただのサイボーグだったとしたら……
今の攻撃で終わっていただろうな……」
息を切らせてそんな事を呟く。
そしてあのへーのきが人間であった事が、自分の攻撃で本当に少しだけ
最後の攻撃の威力が落ちていた事が、もう一つの勝因でもあった。
「お、俺が勝った訳じゃねぇ……あくまでエルクゥと人間の……耐久力の差だけで決まっただけだ
……クソ、まだ修行が足らねぇな、俺も」
ジンはのろのろと歩き出した。
自分の控え室へ帰るために。
が、立ち止まってへーのきの方向を振り返る。


……へーのきは立ち上がっていた。
壁の助けを借りながらも、自分の足で立っていた。
そして、
「ジンさん……オレはあなたに負けた、が、警備保障がこれで負けた訳じゃあない……
負けたのはあくまでオレだ」
いや、エルクゥと人間の違いだがな、とジンは心で呟いた。
「だから警備保障が弱い訳じゃない……まだまだ覚悟してくれよ」
「ああ、分かってるさ。お前も、Dセリオも、警備保障も強いってな」
そう言って、控え室へ帰ろうとする。
帰る直前、ジンは後ろを向いたまま右手を挙げた。
へーのきへの激励の合図として。


「ゴメン……負けちゃったよ」
へーのきは息を切らせながらDセリオに言った。
Dセリオは担架を断わってまで、へーのきの肩を担いでいた。
「――いいえ、へーのきさんは健闘されました。何よりも――」

「――生きて帰ってきてくれました」
「約束は守ったね」
へーのきは微笑んだ、Dセリオも珍しく笑みを浮かべる。
「――はい」


『校内エクストリーム大会武器部門……優勝は……三年生! ジン・ジャザム選手です!!』
志保の声が背中越しに聞こえた。


「ジン」
控え室に戻ろうとしたジンは廊下で腕組みした男に声をかけられた。
「ああ、セリスか……何だ?」
「お前は寝てたから知らないだろうがな、本決勝の相手は来栖川綾香だぞ」
「そうか、綾香か……」
「今、相田先生から教えてもらったが……両腕骨折しているらしい」
「!!」
正確には右腕は粉砕骨折、左腕は脱臼だった。
最もあまり変わらないだろうが。
「……それでも決勝には出ると言って聞かないそうだ……」
「……」
「どうする、ジン?」
「……」
「お前の性格は長年の付合いがある僕が良く分かってる……綾香と闘うことができるのか?」
「……」
「どうする……?」
ジン・ジャザムは苦悩した。
が、しばらくすると憑き物が落ちたかのようにスッキリとした顔になる。
「……出る」
「何っ!?」
「綾香は出ると言って聞かないんだな?」
「ああ……誰が説得しても無駄だろうな」
「なら、俺が出るしかねぇだろ」
「だけどなぁっ!」
「お前の言いたい事は分かってるよ、心配するな……俺はお前の知っているジン・ジャザムだ!」
「分かった、中学以来の付合いのお前を信じるが……俺もジャッジであり、セリスだ。
お前が義に反するような行為をした時は本気で闘うからな」
「分かっているさ……じゃあ、しばらく待ってな」
握り締めた拳の親指をグッと上げた。
そして再び闘技場へ向かう。




彼女を……来栖川綾香を待つために。






校内エクストリーム大会武器部門優勝者……ジン・ジャザム