グラップラーLメモ最終話「それぞれの未来(あした)へ」  投稿者:beaker








長い間飽きもせず文句も言わずに読んで下さってありがとうございました。











コンコンコン。
佐藤昌斗はノックの音がすると、弾かれたように扉を見て叫んだ。
「どうぞ!」
満面の笑顔を湛えて開かれる扉を待つ。
だが、
「やっほ〜〜〜、昌兄元気ぃ?」
期待していた'待ち人'ではなかった。
「…………ひづき?」
心底がっかりしたように言う。
だが、それでも顔を輝かせて、
「葵ちゃんは!?」
と言った。
「残念! 今日は葵ちゃんは見舞いにきませんっ!」
ほーっほっほっほ、と勝ち誇ったように笑うひづき。
今度こそ佐藤昌斗は落胆した。
「うう、この一週間毎日のように来てくれたのに……」
「何でもどうしても抜けられない用事があるんだって、その用事の後では
面会時間に間に合わないから……って言ってたわよ」
買い物袋を床に置いて、自分も椅子に座る。
「で、私が代わりにコレを渡すのを頼まれたってわけ」
ふっふっふ、と含み笑いをしながらひづきは手紙を差し出した。
「それ、もしかして……」
「そ、葵ちゃんの手紙」
ひづきは封を開けながら言った。
「あ、コラ! 俺が読むんだ!」
慌てて昌斗は手紙を奪い返そうとして気付く。
自分の手には思いっきりギブスが巻かれている事に。
「ふっふっふ〜、その手でどーやって読むのかな〜?」
手紙を昌斗の目の前でちらつかせながらからかうひづき。
昌斗は苦り切った顔で何か言ってやろうと言葉を出しかかったものの、
下手な事を言ってひづきが怒り出すと手紙を読んでくれない可能性もあるので
躊躇する。
「分かったよ、……読んでくれ」
「最初から素直にそう言えば言いのにねぇ」
そう言いながらひづきはゆっくりと手紙を開いた。






『前略


お元気ですか? ……というのも佐藤先輩に言うのはちょっと変ですよね。

でもお見舞いに行くたびに元気になっていられるようで安心しました。

両腕の怪我ももうすぐ完治されるそうで、お医者さんが驚いていましたよ。

……もう、あの大会から一週間が過ぎました。

学園のみんなも大分落ち着いてきたみたいです、終わってすぐの頃はどこもかしこも

この話題で持ち切りだったのですが……







===グラップラーLメモ最終話「それぞれの未来(あした)へ」===







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「熱血! 鉄拳! ロケット……パァァァァァァァァンチ!!!!!」
「なっ……」
ジンの左腕が轟音を上げて壁に突き刺さった。
彼の気合いの入った声に思わず構えを取っていた綾香は茫然とする。
へーのきの時のようなフェイクではない、正真証明本当のロケットパンチだ。
とーるが慌てて駆け寄って、ジンに注意を促そうとする。
「ジン選手! 過失とはいえ飛び道具は……」
「過失じゃねぇ」
ジンはとーるに言った。
言っている事が分からずに混乱するとーる。
「え?」
「過失じゃねぇ、故意だよ」
「こ……い? そんな、あの……」
「故意に飛び道具を使った場合、どうなるんだ? 審判」
慌ててポケットからルールブックを取り出してパラパラとめくる。
「過失ではなく故意に飛び道具を使ったとみなされた場合、即失格、退場を宣言する……
あの、ジン選手、と言う事は……」
「俺の反則負けだな」
「……はい」
「じゃあそう宣言しろよ」
とーるは頷き、志保に合図を送る。
志保も急な展開に混乱しながらも、
『ジン選手、反則負けにより綾香選手の優勝と……』
そうアナウンスした。
無論、観客もざわつき始める。


「待ちなさいよ!」
背中を向けて歩き出したジンに向かって綾香が叫んだ。
振り向くジン。
綾香は全く納得できないという顔をしている。
「何だ? そんなに納得いかねぇのか?」
「当たり前でしょ!」
「……何故だ?」
「私が怪我してるから……そんな事でわざわざ自分から反則負けにするなんて……私は嫌よ!」
「我侭言うんじゃねぇよ、綾香。感謝してくれたって良いくらいだぜ?」
「……失礼よ! ここまで闘ってきた皆や負けた皆に!」
「失礼? ……じゃあ聞くがおめぇは失礼じゃないのかよ?」
「え? わたし、が……?」
「ああ。俺はな強い人間と闘いたいからこの大会に出たようなもんだ。
だけど、今のお前は弱い。俺の敵じゃあないね」
「くっ……」
「俺は弱いヤツとは闘わねぇ。悪いがこれが俺の精一杯の譲歩、ってヤツだ」
肩をガックリと落とす綾香。
ジンは今度こそ背中を向ける。
「おい、勘違いするんじゃねぇぞ。お前と闘わないって訳じゃねぇ」
「……え?」
「今、闘わないでもいいだろうが。怪我を治せ、話はそれからだ。
……俺はな、いつ、どんな時でもてめぇの挑戦を最優先で受けてやる」
「ほ、ホントね!?」
「ああ」
「ホントにホントね!?」
「そうだって」
「ホントにホントにホントにホント……」
「しつこいって。ああ、受けてやるよ。……待っているぜ、来栖川綾香!」
そう叫んでジンは今度こそ振り返らずに歩いて行った。
「分かったわ! 待っていなさいよ、ジン・ジャザム!」
そう綾香も叫んだ。
そしてジンは再びセリスの元へとやってきた。
「……なるほどねぇ」
「フン! いつでも受けてやるさ」
「でも、いいのかよ? 優勝賞品とか、色々あるだろう?」
それを言われた途端、ジンは苦みばしった顔になった。
約束……守れなかったな。
千鶴の顔が頭によぎる。
「……おい、今から暇か?」
突然セリスがジンに言い出した。
「ああ、別に用事はないが……」
「一杯付き合え」
「……何?」
「近所の酒屋で酒でも買い込んで、今日は飲むぞ」
「お前、俺達未成年……」
「お前が言うなよ、たまには構わんだろ」
セリスはニヤリと笑った。
ジンもそれに応じる。
「よーし、てめぇが俺に負けた記念で一杯飲むか」
「うるさいぞ、ジン」
そう言ってジンとセリスは連れ立って歩こうとした。
だが、目の前の人物を見てピタリと停まる。
「あ、千鶴さん……」
「……」
気まずくなったジンは少し眼を逸らした。
「……あのですね、今日はその……」
セリスが慌てて取り繕うとする。
「ほどほどに……」
「え?」
「ほどほどにしておきなさいよ、セリスくん、ジンくん」
「あ、はい!」
「二人ともいってらっしゃい」
「ありがとう、千鶴さん!」
「千鶴さん……サンキュ」
ジンは照れた顔を見られたくないのか、廊下を駆け出した。
慌ててセリスも走り出す。
「おい、待てよジン!」
廊下に柔らかな風が吹いた。
千鶴はそっと長い自分の髪を撫で付ける。
「ま、もうちょっとくらい待っててあげるか……」
そんな事を呟きながら。


『優勝は……来栖川綾香選手です!』
志保は正式にそうアナウンスした。
静まり返っていた観客席も大歓声が巻き起こった。
葵や梓、好恵、ハイドラント、悠 朔と言った面々を中心に綾香の周りに輪ができる。
葵は顔をくしゃくしゃにして泣き出していた。
好恵も微かに瞳を潤ませている。
そんな中、綾香は眼を閉じた。
人の波がまるで穏やかな母の胸に抱かれているように感じる。
それから、ジンに、葵に、好恵に、ハイドラントに、悠 朔に、beakerに、EDGEに、
その他様々な人間へ向けて一言呟いた。
「ありがとう」と。
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……結局、あれからまだジン先輩と綾香さんは闘っていません。

でも、いずれ闘うと思います……やっぱり、強い人と闘う事が綾香さんの生き甲斐ですから。

この大会が終わって、少しだけ格闘部のみんなも変わったように思います。

勿論、悪い方向ではなく、良い方向にです。

みんな、トレーニングが前より少しハードになりました。

その中でも好恵さんは一層激しいトレーニングをしてます。

「まだまだ綾香には追い付ける!」

そう言っています、実際綾香さんも

「少しあせっちゃうわねぇ、もう本当は追い付かれているくらいなのに」

と呆れ顔をしつつも、自分も前より激しいトレーニングをしています。

格闘部以外の人達はちょっと分かりません……

あ、でも悠 朔先輩やハイドラント先輩は相変わらずです。

でも、あの闘いできっと良い方向に変わった、と信じてます。

それからbeakerさんには約束通り、時々中国拳法を教えてもらってます。

と言っても、まだこの一週間で二時間程度ですけど。

でも凄いためになってます、やっぱり本場の人は違うと言うか……

「人に教えるのはあまり得意ではないんですけどねぇ」

そう言いながら、丁寧に教えてくれています。

綾香さんや好恵さんや、ディアルト先輩たちもちょっと興味があるみたいです。

綾香さんなんか

「いっそ、格闘部へ入ればいいのに……」

と少し勧誘していました。

beaker先輩は苦笑混じりに答えを避けましたけど。

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――Leaf学園よりそう遠くないある寺の墓地

花を供えて、墓に水をかける。
そしてbeakerは墓に手を合わせた。
線香の煙がゆったりと空へ向けて昇って行く。
beakerは眼を開くと、墓に向かって
「すいません、負けてしまいました……」
と笑いながら言った。
「でもまあ……これで良かったんですよね」
眼を細める。
だが、突然背後から近付いてくる足音に振り返った。
「よう、やっぱりここか」
祖父、だった。
相変わらずの黒いコートは墓地に相応しいものがあった。
「ええ、一応報告しようと思いまして……」
そう言いながら墓を濡れた布巾で丁寧に拭く。
「で、大会でお前は……どうなった?」
「そうですねぇ、'無音'は死んだみたいです」
事も無げに言う。
「そうか、死んだか……」
初代beakerは感慨深い顔付きになった。
「でも、'僕'はまだ生きてます」
「そう、お前は生きている……ならばそれで良いだろう。余り無音と自分の区別を
付けようとするなよ。お前はお前、どんな名前になろうとそれ以外に変わりはないさ」
「そうですね……分かりました、それじゃあ僕はもう一人墓参りをしなきゃいけないので」
beakerは立ち上がった。
「もう一人? はて、一体……」
初代beakerは一瞬考え込んだが、すぐに該当者の名前を弾き出す。
「ああ、'彼女'か」
「ええ、このところ余り……こちらには来てませんでしたからね」
「邪魔しちゃ悪いだろ、私はここで失礼するよ」
黒いコートを翻すと、初代beakerは消えるように去って行った。
beakerはさて、と呟くと墓地を少し離れた場所へ向かう。
先程の清潔感漂う墓地とは違って少々乱雑な感じがする。
いわゆる無縁墓地と呼ばれる場所だった。


先程よりいささか粗末な墓が立ち並ぶ中、一つの墓で足を止める。
まるでペットか何かが埋まっているように小さい、小さい墓だった。
先程と同じように水をかけ、花を供える。
「……まずは最近来ていなかった事を謝りますね」
beakerは懐かしむような、悲しむような、そんな遠い眼をした。
「でもあなたを一人にはしませんよ、絶対に」
力強い意志が感じ取られた。
しばらくそこで回想に耽っていたが、やがて立ち上がる。
「それでは行きます……また、来ますよ」
そう言ってbeakerも歩き出した。
彼にしてみれば、極普通に学園へ帰るために歩き出しただけだと思っているだろう。
しかし、それでも彼の未来は確実に良い方向へ歩き出したと言えるのだ。
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色々話したい事があるのですが、それはまた明日にします。

それでは一刻も早い回復をお祈りいたします。

ではまた。


かしこ

                         松原 葵』



「あーあ、葵ちゃんもがっかりするわよねぇ。実は昌兄が回復魔法を受けないのは
葵ちゃんがお見舞いに来てくれるから、なんて事が分かったらさ」
ひづきはため息をついて肩を竦めた。
その指摘にぎくりとする。
「ば、ばかっ。俺はだな、剣士としての誇りを大切にしてだな……」
「それはいいから! さっさと治してアタシの御飯を何とかしてよ!」
びっと昌斗を指差した。
「ぐっ! あ、空が綺麗だなぁ」
突然窓を見上げる昌斗。
「こらっ、ごまかすなっ」
そう言いつつひづきもベッドを回って窓の側へやってきた。
確かに雲一つ無い綺麗な空だ。
窓を開けると、爽やかな風が部屋一杯に広がった。
「わあ、気持ちいい……」
うっとりとして空を見上げるひづき。
そして、ふと気付く。
「昌兄! ちょっと窓まで来てみてよ!」
「なんだよ、一体……」
ぶつぶつ言いながらも昌斗はひづきの隣へやってきた。
確かにここは気持ちがいい。
抜けるような高い、蒼い空。
緑色が鮮やかな樹の隙間から眩しい光が零れてくる。
そして、昌斗も気付いた。
「ああ、そうか……」
「そうよ、昌兄も分かった?」
昌斗は無言で頷いた。
そう、
もうすぐ夏がやってくる。










第一回校内エクストリーム選手権素手部門及び武器部門総合優勝者・・・来栖川綾香




<グラップラーLメモ・了>





                            (1999/06/08改稿)