Lメモ異録「偽書・ある一つの終末へと至る道程」第三話後編  投稿者:雪乃智波
 そう、私は空を飛んでいる…。
 風を切り裂いて、空を舞う。
 どこまでも、どこまでも青い空…。そして眼下には一面に広がる白い海−−
雲…。

 物体が空にあるということは、その位置エネルギーを維持するだけの運動エ
ネルギーが在るということだ。逆に言えば、運動エネルギーが尽きれば、位置
エネルギーが運動エネルギーに変換され始める。

 やがて息が苦しくなってきた頃、ふと、私を支えていた力が消え、私は本当
の意味で宙に舞った…。かと思うと…。
「ひゃぁぁぁぁぁっっ! コレは落ちてますぅぅぅぅぅっ!」
 私は世界で始めて生身で大気圏に突入した女の子になろうとしている…。
「しゃれになってませぇぇんっ!」


「ぶっはぁぁぁぁっ! やっと助かったぞ、畜生! やっぱり娑婆の空気は美
味いぜっ」
 Hi-waitは瓦礫の山の頂上から顔を出すと、ぷるぷると首を振って、そう叫
んだ。
「後は全身を掘り出して、ひなたの奴を中身が出るまで殴ってやるっ」
「そこまでにしていただきます。Hi-waitさん…」
 ちゃり、と言う音がして、頭だけ剥き出しのHi-waitの首に、冷たい鉄の感
触が押し当てられた。
「もうしばらく眠っていれば良いものを…」
「ちょっと待て、こん中に後数時間でも埋まってれば死んでたぞっ! 死んで
たかもしれないんだぞっ」
「それはそれで好都合というもの…」
「……貴様ら、なんだ?」
「ダーク十三使徒、ですよ」
「で、その十三使徒が俺になんのようだ?」
「さあ? 聞けば教えるとでも思いましたか?」
 Hi-waitはその言葉を聞いて、にやりと笑う。
「なるほど、つまり貴様らを倒して、どっちかっていうと死んだほうがマシだっ
てくらいの目にあわせて、聞き出せということだな。それは」
「ふ、そういう口の聞き方は自分の状況を見て言うものですよ」
 そう言うと、その男はHi-waitの首に当てた、日本刀を引いた。

「でぇりゃぁぁぁぁぁっ!」

 その瞬間、その男の足元の瓦礫が吹き飛んだ。
 Hi-waitの首を飛ばすはずだった日本刀がからからと転がり、瓦礫の間に滑
り落ちていく。
 よろめいた男の首をHi-waitの手が掴んだ。
 からからと瓦礫の破片が落ちてくる。
「そ、そんな馬鹿な…」
「正義を信じる心あればこそだっ! 食らえぇぇぇぇぃっ! 正義のぉ鉄ぇ
槌ぃぃっ!」
 Hi-waitが男を片手で持ち上げると、超重力とともに男を瓦礫の山に叩きつ
ける。
「説明になってないぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおぉぉぉっ!」
 500Gを超える超重力の力場が、男ごと瓦礫の山を押しつぶした。
 中に埋まったままの生徒たち(アフロ含む)もろとも…。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ。んったく、物騒だぜ」
 Hi-waitが額に張り付いた前髪を掻き揚げた。瓦礫に埋まってた所為だろう、
少し指に絡むものがある。
「あ、Hi-waitさんだ。やっほーーっ!」
 ふと見上げると教室の窓から顔を出したたけるがぶんぶんと手を振っていた
……。
「……川越たけるか…。確か十三使徒のお茶汲みだな。なにか知ってるかもし
れん」
 そう言うなり、
「正義の鉄槌だっ!」
 Hi-waitはたけるのいる教室に向けて超重力を叩きつけた。
「うきゃぁぁぁぁぁっ!」
「ふふ、戦いとは常に奇襲攻撃から始まるものだ。正義は勝たねばならんっ!
 いくぞっ!」
 そう言うとHi-waitはたけるを目掛けて走り出した。
 とりあえずは階段に。


 ぎゃりっ!!

 靴の先が雑草を抉り、土を踏んだ。
 右手を地面に叩きつけ、崩れた体勢を戻しつつ、沙耶香さんから距離を取るっ!
「……逃げましたね…」
 恐ろしいことに、沙耶香さんの目はまったく正常だった。正気で、俺を殺そ
うとしている…。
「さ、沙耶香さん、いったいなんなんだっ!?」
「今度こそ貴方を殺します。安心してください。痛くないようにしますから…」
「そういう問題じゃないだろっ!」
「雪君っ!」
「南条さんは下がってるんだっ!」

 ぷち、ぷちっ。

 と、沙耶香が羽織っていたマントを脱ぎ払う。

 どすんっ!

 と、沙耶香が投げ捨てたマントが地面に落ちて、音を立てた。
「さあ、今度は避けられますか?」
「なんだよ、それはっ!」
 ひゅいっ。
 と、悲しく聞こえる風の音が聞こえた…。
 目の前には沙耶香さんがいる。
 20メートルはあった間合いを一瞬で埋め、そのまま…
「おおぉぉぉぉぉっ!」
 両手を交差させて、沙耶香さんの拳を防ぐ。
 いかに速いと言えど、軽いっ!

 ぞく……

 くんっ、と、沙耶香さんの手が回転して、受け止めた俺の手首を掴む。
 きゅ、と、沙耶香さんの目が細くなった、気がした…。
「ディスっ!」
「アブストラクトの風っ!」
 その瞬間、沙耶香さんと俺との間に暴風が吹き荒れ、それぞれに吹き飛ばさ
れる。
「ぐわっ!」
「きゃぁっ!」
 地面にぶつかり、二転三転してようやく落ち着く。
「そこまでにしていただきますよ。佐々木さん」
「神凪さん……」
 ちょうど薫をかばう位置に立って、俺と沙耶香さんとを見つめているのは、
ほとんど黒に近いダークグリーンの貫頭衣を身にまとった神凪遼刃だった…。
「…………」
「邪魔をしないでください。神凪さん! これは芹香さんの意思ですっ!」
「……芹香さんの意思、ですか…。残念ながら、私は芹香さんの意思に従う義
理はありません。芹香さんとは偶然これまで目的が似ていたので近くにいただ
けです。だから私の邪魔をするのであれば、佐々木さん、あなたであろうと容
赦はしません…」
「…………」
「分かっているんですかっ!? ダーク十三使徒の成そうとしていること。そ
の終末をっ! 貴方はそれを知りつつ、ダーク十三使徒に味方しているのです
かっ!?」
「…私は、ただ、平穏を望むだけです…。それが神によって成されないのであ
れば、私は悪魔とでも契約するでしょう」
「『時よ止まれ、おまえは美しい』 ファウストは最終的に神の手による平穏
を手に入れましたが、彼が歩んだ人生は平穏とは言い難いものでしたよ」
「…………」
「…理屈も、なにも必要の無い、そんな平穏を私は求めているのですよ…」
「気に食わぬものの消滅によって得られる平穏ですか…」
「全ての消滅、そして再生ですよ…」
「何だよ…」
「……?」
「………?」
「なんなんだよ」
 俺は雑草ごと土を掴む。
「ほんの昨日までみんな友達だっただろ? 同じオカ研の仲間でさ。それがな
んでこんなことになってんだよっ!? なにが原因なんだよ? さっぱりわか
んねぇよっ! 畜生! 芹香さんは消えちまうし、俺はもうすぐ死んじまうっ
てのに、なんで、なんでこんなことになってんだよっ!」
 沙耶香さんも神凪さんも、切れた俺に顔を背ける…。
 俺は立ち上がって、沙耶香さんの所に行き、その肩を掴んだ。
「なんでなんだよっ! 答えろよっ! なんで急に俺を殺すなんて言い出した
んだよっ! なんか理由があるんだろっ!? 言えよっ! 言えってばっ!」
「…………」
「ほっときゃ、どうせ今晩には死んじまうんだ。だからほっといてくれよっ!
 それに、今は芹香さんを助けるのが先決じゃないのかよっ!」
「…………違います…」
 沙耶香さんが顔を背けたままで呟いた。
「違うって、なにが違うんだよっ!」
「今は、智波さん、貴方を殺すことが先決です…。智波さん、魔王の種という
ものをご存知ですか?」
「……いや…」
 突拍子もない言葉に俺は慎重に答えるしか術を持たない。
「なら…、死んでください」


 階段を駆け上がり、自分の教室へと走る。
 全ては正義のためだっ!
 そう、正義のためにダーク十三使徒がなにを企んでいるのかをつきとめなく
てはいけないのだ。
 決して、ひなたに踏まれ、その他の生徒に踏まれ、気がつくと埋まっていて、
その上、脱出したところを襲われた鬱憤を比較的大人しそうな女の子で晴らそ
うってわけじゃないっ!
「うむ、その理論で行けば、ひなたを殴るのも正義のお仕置きだとか何とか言
えるな」
 とりあえず悪は気が済むまで、もとい、矯正できるまで殴っておかなければ
いけないのだ。
 そんなことを考えつつ、教室に飛び込んだところで俺の意識は途絶えた…。

 きらーーーーーーんっ!

 そのとき私が見た流星は、不思議なことに学園の教室から、空に向かって上
がっていったのです。
                        Leaf学園二年女子の証言

「えと…、Hi-waitさん、なんの用事だったんだろうね?」
 ぐちゃぐちゃに潰れた椅子の上に座ったままで、たけるが呟いた。
「どちらにしろ、たけるさんに危害を与えようとしたことは間違いないですね…」
 ぐちゃぐちゃの肉塊のついた電柱を手に、電芹が呟いた。


 草を踏む、踵とつま先を使って、左に流れようとする体重を右に押さえつけ
る。
 左に流れるはずだった視界が、重く右にぶれながら移動する。まるで波に捕
らわれたかのように重い。
「止めるんだ、沙耶香さんっ!」
 智波さんの声は私の耳朶を掠め、遥か後方に消える。その声は私の心には届
かない…。
 手を滑らせ、ポケットから小瓶を取り出す。護身用にいつも持ち歩いていた
ものだ。これだけ激しく体を動かしながらも、液体が瓶の中でちゃぷんと鳴る
のが分かる。
「佐々木さんに触れられてはいけません! 彼女は触れたものを塵に変える能
力を持っています!」
 −−邪魔をしないでっ!
 私は瓶を、その余計な忠告の声の主に向かって投げるっ!
 神凪さんの顔色が変わり、彼はその手に持った異形の杖を地面に刺した。
「虚ろいよ、我を守りたまえっ!」
 その声に反応して、空間に魔方陣が生まれた。障壁の魔力に小瓶が当たる。

 ぼむっ!

 瓶の中身が一瞬で気化して、煙幕が神凪さんと、その後ろにいた女の子を包
み込む。魔力とは一切関わりの無い意識を混濁させる成分を含んだ煙だ。如何
に障壁といえど無事では済まない。
 後は智波さんを……!!
 その瞬間、わずかな一瞬とは言え、神凪さんの方に流れていた意識が急激に
引き戻された。左から走り抜ける衝撃、私は吹き飛ばされる。
 地面で強かに背中を打ち付け、起き上がろうとして…
「沙耶香さん、もう止めるんだ…」
「…智波、さん」
 智波さんがそこにいた。私の四肢を押さえつけ、私を押し倒して…。
 その手が私の左の胸の上で止まっている。
 いやらしい意味はない。単純に急所を捕らえた、というだけだ。
「分からないよ。なんにも。でも、俺は芹香さんのところに行く。そして彼女
に殺される。それでいいだろ?」

 もう、止めて…。

「駄目なんです…」
「なんでだよっ! だったらその時は沙耶香さんが殺してくれてもいいよっ!
 とにかく今は芹香さんのところに行くっ!」

 お願いです、抵抗しないでください…。

「彼女の狙いはそれかもしれないのですから…」
「彼女?」

 何も聞かないで、答えられないから…。

「もう、話すことはありません…。智波さん、死んでください」
 私は智波さんの手を力いっぱいに握る。
 その時・・・
「止めてっ! その人を殺さないでっ!」
 遠くからそんな声が聞こえる。
 けれど、もう止められない…。

「ディス・インテグレート!!」


















































 沈黙が辺りを覆っていた。
 長い、長い沈黙…。
 今だ晴れない煙の中で、私は立ち尽くしている…。
 今、私に知覚できるのは、白と、無音…。




「雪君……?」
 心細くなった私はそう呟く。
 視界は依然として白い霧に覆われていて、ほとんど見通しが利かない。
「雪君っ!?」
「俺は大丈夫だ……」
 どこかか細い雪君の声が耳に届く。
「雪君、無事だったんだ! 良かった。今行くよっ!」
「来るなっ!」
「……え?」
「お願いだ、来ないでくれ。俺は、無事だから、だから今日はもう帰れ。今日
は大変だったろ…? ぐっすり寝て、いつものように学校にきて、それで、俺
のことは忘れるんだ…」
「なに? なに言ってるのよっ!?」
「俺の側にいたら危険なんだ……。分かるだろう?」
「分からないよっ!」
「とにかく来るなっ!」
「絶対にヤダッ!」
 私はそう叫び、その言葉に通りに行動する。
 雪君の声を辿るように足を進める。
 やがて白い霧が晴れる…。
「…南条さん……」
 そこにいたのは、地面に横たわった黒い猫だった…。
 前足の一本が無い、黒猫…。
「雪君、なの……?」
「ああ、そうだよ」
 黒猫が喋っている。間違い無い。噂は本当だったのだと知る。
「その前足……」
「ああ、咄嗟に切り飛ばしたんだ…。もうちょっと決断が早かったら手首だけ
で済んだだろうけど…」
 雪君の声だ…。なんでそんな風に喋れるのかとか、疑問に思うことはたくさ
んあったはずなのに、私にはそれで十分だった。
「良かったよ…。雪君が無事でホントに良かった」
 私はもうその場にへたりこんで、あふれる涙を拭うので精一杯だった。
「分かった、分かったよ。ほら、無事だから、ちょっと怪我が酷いからこんな
姿になっちゃったけど、すぐ戻れるようになるって。だから、泣くなよ…」
「うん、うん、うん…」
 とにかく雪君が無事だったことが嬉しくて、でも、忘れてたわけじゃない。
今晩、彼を待ち受ける運命のことを…。
「う、うあぁ、良かったよぉ……」
「泣くなって…」
 雪君の苦笑した声…。
「それよりも頼みがある…」
「え゛……」
 私はごしごしと涙を拭く。
 雪君が私を頼ってきたのはこれが初めてだった。
「俺を図書館に連れていってくれ」
「図書館…?」
「そうだ。図書館。あそこからなら、もしかすれば…」
「……ん、分かったよ」
 私が雪君を両手に抱き上げる。いや、抱き上げようとしたその瞬間、雪君の
毛が逆立った。
「南条さん! 逃げろっ!」
「え?」
 次の瞬間、私の体をこれまで感じたことのないほどの衝撃が走り抜けた。
 体中の感覚が消えうせる。頭がぐらぐらして、今の自分が知覚出来なくなる。
「南条さん、立つんだっ! 立って逃げろっ!」
 あれ? 雪君、どこにいるの? 見えないよ…。
 それでも言われるままに立とうとする。
 ああ、そうか、目の前に見えていたのは地面だったんだ。
「ハイドラント! 彼女には手を出すなっ!」
「俺が貴様なんぞに命令される謂れはないな」
 がつっ! という音が聞こえた。
 それが自分の頭蓋が地面に当たって鳴った音だったのだと気がついたのはま
た地面が目の前に広がっていたからだ…。
「ハイドラントぉぉぉっ!」
 目の前が赤く染まっている…。
 これは何の色だろう?
 夕焼けはずっと前に終わってしまっている…。
「なるほど、右腕を失っていれば、翼も失われたままとなるか。哀れだな、飛
べない鳥は…」
 ゆっくりと全てが希薄になっていく。
 もはや自分の名前すらも思い出せなくなって、私は意識の混濁へと身を委ね
た…。


 この世界を真に統べるモノなど存在し得ない。
 この世界を真に統べるモノがあるとすれば、それは存在しない。
 この世界を真に統べるモノは存在しないことでこの世界を真に統べている。

                              「支配論」




「これ、か。「ある一つの終末へと至る道程」は…」
 ハイドラントは無造作に塵の上からその分厚い書籍を左の手で取り上げる。
 その右手は、無造作に俺に伸ばされ、蒼きフェニックスへと変化していた俺
の動きを完膚なきまでに封じ込めていた…。
「ハイドラントぉぉぉぉぉぉっ!」
 変化を解いて、地面を後ろ足で蹴り、右に跳ぶ。
 そして再び意識を弾けさせる。
 もっと、もっと強くっ! 強くっ! 強く強く強くっっ!
 フェニックスの時よりも遥かに開放された形で意識が再構築される。
「ふむ、不死鳥で敵わぬと知ると、今度は龍か。だがっ!」
 ハイドラントの声は聞こえてはいたが、気にはならなかった。
 全身から力が溢れ出してくる。
 強い。今の俺は強いっ! 確信を持ってそう思う。
 天候を、雨を操る力、それを身を持って感じる。
 雨雲を集める。
 神鳴りもいまでは俺の自由自在だ。
「ヤスランの樽よっ!」
 しかし、ハイドラントのその声が聞こえたとき、全てが反転した。
 脳を直接殴られたような衝撃が走りぬける。
 なんで、なんでだ…。

 次元が違う…。

 そうとしか言いようの無い化け物を前に、俺は落ちた。




 次回、Lメモ異録「偽書・ある一つの終末へと至る道程」第三話

 人々は統一の意思を持つが、統一は無い。
 人々は自由を主張するが、自由も無い。
 調和は全てを存続させるが、認められない。
 故に世界には嫌われる者が必要である。

                  「ある一つの終末へと至る道程」より


 最初で、最後だからな…。

 君は君の好きにしたら良い。ただ、僕たちは全力で君を止める。
 そしてもしできるなら止めてくれないか。
 僕はそれを望んでいるよ…。


−−−−あとがきらしきもの−−−−

 さて、ようやく佳境を迎えつつあります、Lメモ異録第三話です。
 思えば、これを書いている途中にはいろんな事がありました。
 データーの消失に始まり、食中毒、等など、苦難の末に完成した作品です。
 当然苦難しているので、仕上げが面倒であんまりよろしくないかもしれませ
ん。(^^;
 お楽しみいただければ幸いでござりまする。

                               雪乃智波