Lメモ異録『偽書・ある一つの結末へと至る道程』最終話 後編 投稿者:雪乃智波
 空を切り裂くような拳が、日陰のガードの上に突き刺さる。
「どうして攻撃してこないっ!」
 僕は叫ぶ。
 僕が望んだのは決着だった。日陰との力を振り絞った戦い、そして完全なる
決別だ。しかし、いまだ一度足りとて日陰の力は僕に向けて放たれてはいない。
アンフェアだ。勝利にあれだけ拘っている自分がそんなことを思うのは奇妙な
感じがしたが、これはアンフェアだった。
 僕は無抵抗の相手に振り下ろす拳は−−多分、持っていない。
「日陰っ!」
 僕の叫びに日陰の動きが止まった。きっ、と僕を見据える。怒りじゃない、
悲しみでもない、でもどこか見覚えのあるような表情で。
「私が属するのは消滅…、完全なる破壊とか、力だとか、そういうのじゃない
…」
 ばっ、と、日陰が腕を振るう。強大なエネルギーが膨れ上がり、そして日陰
の言ったとおりに消滅する。消える。無くなる。その場の空間ごと消える。そ
して何も残らない。空気さえ、存在さえも、だ。
「まったく異質なの。普通どんなに破壊力のある爆弾でもあるひとつの法則だ
けは曲げられないよね。質量保存の法則。つまりは、消滅したように見える物
質でも、原子レベルで考えれば、それを存在させていた質量、存在、そのもの
は残るんだよ。宇宙の質量は変化しない。けれど、私は違う」
「−−宇宙の質量を変え得る、完全なる消滅、なんだな」
「そう、そして私はそれを『貴方』に向けて振るうことはできない。その肉体
は、魔王の種子はそれほど重要でもないけれど、一年待ったのよ。簡単には諦
められない」
「だから戦えない?」
 日陰はしばらく僕を見つめていた。
「ううん、私の勝ちだよ」
 刹那、思い出した。
 日陰の表情だ。答えを知りながら、分からない振りをしている時の顔。

 その瞬間、脳裏で何かが爆発した。
 肉体的な痛みではない。脳の中心に直接電流を叩き込まれたかのような、僕
という存在を直接痛めつけられたような痛み。

「なんだッ!!!!!!!!?」

 叫んだはずの言葉はかすれきったしゃがれた声にしかならない。

「時間だよ。気づいてなかったんだね。ここでは現実に比べて時間の流れが遅
いんだよ。でも契約そのものは現実の時間に対応するから、契約の時間切れは
実際の時間より早く訪れるような感じになる。感じるだけで、現実世界ではも
う日が変わってる。そういうことだよ」

 そう言って日陰はニッと笑う。

 それは僕の知らない日陰の顔だった。

「今はこの体、お兄ちゃんに返すよ。魔王の種子が実をつけたその力、止めら
れるものなら止めて見せて」

 そして用無しになった僕は消える。
 まるで泡のように、日陰の力がまさしくそうするように。
 でも日陰はこうも言った。
 完全なる消滅をもたらすのは彼女の力だけだと。
 だとすると、この意識だけの僕も質量保存の法則に従って、どこかに残るこ
とになるのだろうか? 形は変われど、生は失われない。それ自身が消えるこ
とは決してない。やがてそれはなんらかの形になって、またこの世界に姿を表
すだろう。その可能性まで奪い去るというのか? 一時の痛みになにもかもが
見えなくなっているのは日陰、君なんだ。
 伝えたい。
 しかし、語ろうにも僕にはもう肉体は無く、ただ消え行くのみの陽炎……

「どうせ、返すなら、そうだよね。あそこがいいね。本当なら私がいたはずの
場所…」


 その瞬間、何が起こったのか。
 それを知っているのはおそらく、後にも先にも、俺だけだったのかもしれな
い…。
 それは言うなれば戦争だった。
 俺の体の中で起こった、俺ではない二者の激烈な戦いだった。
 その一つの名をすでに俺は知っている。
「魔王の種子」
 生きた生物に寄生して成長する植物だ。種子そのものに含まれたエネルギー
総量は開花までにその植物が必要とするエネルギーの実に1万倍以上。そのエ
ネルギーはすべて寄生された生物のものとなり、開花後、その植物が光合成−
−にあたるエネルギー補充手段−−で得たエネルギーのほとんども寄生された
生物に行く。これはこの花があまりに美しく乱獲された結果、花そのものが身
につけた自衛手段だとも言われているが、はっきりはしていない。どちらにし
ろ、これに寄生された人間は、自分が神にでもなったかのような力を手に入れ
ることになる。もっとも制御できればの話ではあるが…。
 そしてもう一つは俺が名も知らぬ存在だ。
 それは俺に二度目の生を与えた。生きるチャンスをくれ、そして賭けをした
相手…。
 俺は賭けに負けたので、その掛け金、俺の命はそいつのものだ。しかし魔王
の種、いや、魔王の花はそんなことは関係ない。宿主である俺の命を守ろうと
する。
 相反する目的を持った両者の力が正面からぶつかり合い、弾け合う。
 俺、俺という意識はその真っ只中にあった。


「結局のところ…、魔王の種というものはいったいなんなのですかな?」
 それまでじっと押し黙っていたセバスチャンがふと呟いた。
「私にはそれがどのような災厄であるのかさえ理解できないのですが」
「そうですね…」
 まさたは紅茶のカップを手にとってから、それがとうに冷たくなってしまっ
ていることに気がついてテーブルに戻した。
「魔王の種が寄生したその生物にとてつもない力を与えることは先にも説明し
た通りです。そして魔王の種という言葉からこの生命体が植物であるように勘
違いしやすいのですが…、この生命体はどちらかといえば動物に近いんですよ。
自らの思考を持ち、活動します。もっとも生体活動は植物に近いために、行動
という行動を取れるわけではありませんけれど…。ここまで言えばもうお分か
りなのではありませんか?」
「つまり、寄生された人間はやがて魔王の種によってその体を乗っ取られると
言う訳ですかな?」
「その通りです。そして厄介なのが、この魔王の種という生物の行動原理がエ
ネルギーの使用にある点なんですよ」
「エネルギーの使用ですと?」
「そうですね。我々人類は活動するためにエネルギーを摂取する必要がありま
すから理解しづらいのでしょうね。そうですねぇ、こう考えてみてください。
もし発電所がエネルギーを供給すること無しに施設に溜めつづけたらどうなる
でしょうか? つまりは魔王の種はそれ自体が強力なエネルギージェネレータ
ーのようなもので、それはエネルギーを自己から発散することで生命活動を維
持している、と、そういうわけなんですよ。まあ、書籍から得られる推測に過
ぎませんが」
「とどのつまりどういうことですかな?」
「肉体を手に入れた魔王の種はその存在理由、行動原理に従って活動を開始し
ます。手っ取りばやいエネルギーの使用方法。それは『破壊』です。単純にエ
ネルギーを存在する物質にぶつければ、そうなるわけですから」
「捕らえて発電所にしたら便利でしょうな…」
「一つの利用法ではありますけどね。その為には魔王の種を捕縛できるような
科学力を我々人類が手に入れてからの話になりますよ。今はもし我々が魔王の
種を前にすれば、どうやって生き残るかがまず一番の問題となりますね」
「…………」
「それでも肉を持った生命だから、殺すことはできるはずですか? そうです
ね。殺すことはできるようです。しかし−−」

 りーん、ごーん、りーん、ごーん……。

 石畳で遮られた地下の狭い空間に、低く鈍い音が響き渡る。

「…………!!」
「これはっ!」
「…………」
 まさたがソーサーに置いたままのティーカップを見つめる。結局ほとんど残っ
たままの紅茶の表面が、時計の音に揺れていた。
「12時を知らせる鐘ですよ。物語の幕を下ろす、そんな鐘の音です」


 ハイドラント先輩の左頬に炸裂したロケットパンチはひゅるるりー、と空を
舞って、確かクラスメイトの南条さんのところに戻っていく。
 なにがどうなっているのか、理解できなかった。理解できるわけないっ!
 そ、そう、こういう時はこれまで起こったことを反芻してみれば良いって誰
かが言ってたような。
 えーと、えーと、ハイドラント先輩に吹っ飛ばされて落ちてきたらハイドラ
ント先輩がいて、ハイドラント先輩が吹っ飛ばされて…。ああ、ワケ分かんな
いよーーっ!
「赤十字さん!」
 腕にロケットパンチを装着し直した南条さんが、なんか竹箒みたいなのを手
に駆け寄ってくる。
「雪君、見なかった!?」
「も、もしかしてそれを聞くためだけにハイドラント先輩ぶっとばしたんです
かっ!?」
「だって質問しても答えてくれそうな雰囲気に見えなかったから…。で、雪君
は?」
「見てませんよ? あ、それだったら南条さん、ひなたさん見てません?」
「ううん、見てないよ。じゃ、ありがとーーーっ!」
 じゃ、というところでもう駆け出していて、ありがとーーーっという叫びは
ほとんど残響音みたいな感じだった…。
 なにをそんなに急いでるんだろう? っていうより、南条さんってロボット
だったんだなあ。
「はーーーっ、はっはっはっはっ! 悪の頭領召し捕ったりぃぃぃっっ!」
 奇声に思わず振り返ると、Hi-waitさんが、ハイドラント先輩をどこからか取
り出した荒縄で縛り上げているところだった。縛り方が、どーにも間違ってい
るような気がするんだけど、私のような純粋素朴な娘にはよく分かりません。
うん。
「Hi-waitさん」
「んん? なんだ美加香?」
「もうこんな時間なんですねえ」
 と腕時計を差し出す。Hi-waitさんに見えるわけがないので、彼は自分の腕時
計を見て気がついたようだった。
「もう十二時を回ってんじゃねぇか」
「多分、ひなたさんもう帰っちゃってますねえ」
「ああ、まあ、こんな時間だったらそうだろうな。まだ滞空してない限りは…」
 と、Hi-waitさんが空を指差す−−その先に、ひなたさんが居た…。
「って、えぇぇぇぇっ!?」
 見上げた私の目とひなたさんの目が合うのが分かった。その目が私に動くな、
と言っている。そうか、ひなたさんは私のほぼ真上にいるから、落ちてきて当
たらないよ−−むぎゅぅ。


 蝋燭が急に突風にでも吹かれたかのように消えた。
 しかし風はない。
「来ましたね…」
「…………」
「そうです、−−エーデルハイド−−。あなたの飼い猫ですよ」
 地下にあるはずの部屋ががくがくと揺れる。
「まるで地震にゃあ」
 嬉しそうにゆかたが部屋の中を飛び跳ねる。
「地下だというのに、何故これほど揺れるのですかな?」
「魔力が共鳴しているんですよ。図書館の構造そのものが非常に魔力的ですか
らね。これほど強い力が現れれば、共鳴を起こすんです」
「それで我々は大丈夫なのですかな?」
「大丈夫ですよ…。この場所には魔王の種よりも強い力が封印されていますか
ら…。ここは僕の知る限りもっとも安全な場所なんですよ」
 ふとまさたが見せた含み笑いは決して他人を卑下したりしたものには見えな
かった。だとすれば、なにを?
「どちらにしろ貴方の飼い猫はここまで辿り着けることはないでしょうね。お
嬢様は飼い主として如何なさいますか?」
「…………」
「あの子は自分で責任を取れる、と? 可哀相ですが、彼はすでに魔王の種に
取り込まれてしまっていますよ…」
「…………」
「それでも信じたい、と…」
 ふぅ、と、まさたはため息で紅茶に波紋を作ると、それを一口啜る。
「それでは、もう少し待ってみましょうか…。なにが起こるのか、を」


「美加香ッ! いつまで寝てるんですかッ! 目を覚ましなさいッ!」
 ひなたさんの声が耳をくすぐる。
「ふ、ふぁい? あ、ひなたさん、朝ですか?」
「寝ぼけてるんじゃありませんッ! 分からないんですか、この気配がッ!」
「…………!!」
「よくは分かりませんが、とてつもなく巨大で、邪悪な存在が迫ってきていま
す。見過ごしては置けませんね…。僕たちで祓いますよっ!」
「はいッ!」
 なんだか良くは分からないこと通しなのだけど、とりあえずこの長い一日が
この戦いを以ってようやく終わるのじゃないかな? と思っていた。

 空間が引き裂かれ、月が、割れた。月の破片の間から、碧色に輝く瞳が現れ
る。続いて長く鋭く尖った爪。そしてそれはその爪で引き裂いた空間をさらに
押し広げると、その巨体を現実世界に押し出した。
 それと同時に中空に身の置き場を失った巨獣は落下し、校舎『アズエル』の
屋上に落下する。

「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぅんっ!」

 とてつもない重量が地を揺らす衝撃、そしてその天に向けられた咆哮が大気
を震わせる。
 漆黒の体毛が月に影を作り出した。
 それは四本足の肉食獣の進化の果てを見たような生き物だった。筋肉の発達
しきった四肢は、どのような獲物でも引き裂けるように思えたし−−長く鋭く
伸びた爪や牙はまさしくそのためであっただろう−−、暗闇に溶け込む体毛は
この生物が夜の闇に溶け込むための進化を果たしてきたように思えた。
 大きさは、正直、ひなたたちからの距離ではその大きさは測り得なかったが、
少なくとも教室二つ分の大きさはあるようだった。
「もがっ! もごご、むぐぅんぐぅぐぐっ!」
「ひなたさん、さるぐつわがなにか喋っていますっ!」
「大丈夫ですよ。美加香。さるぐつわがなにを言ってるのか僕にはよーく分か
ります。彼はこう言っているのです。あの化け物は俺が食い止めるから、おま
えたちは早く村の人を避難させてあげるんだっ! と」
 ぶんぶんぶんっ!
「あ、首を振っています。そうなんですね」
「もががーーーっ!」
 さるぐつわ、もといハイドラントの叫びと共に巨獣の咆哮が終わった。
 天に向かって伸びていたその巨獣の体が、校舎『アズエル』へ向けて叩き付
けられる。巨獣の振り上げた右前足が校舎『アズエル』の屋上を貫いて…。
 そのまま目に見えない力が、校舎『アズエル』をまるで踏み潰したかのよう
にぺちゃんこにした。
「さるぐつわを外してくださいっ!」
「おうっ!」
 Hi-waitがひなたの言葉に、ハイドラントのさるぐつわをはずす。その瞬間、
「我は紡ぐ火鼠の衣っ!」
 ハイドラントの体が燃え上がり、彼を縛り付けていたロープだけを消し炭に
して消えた。
「キサマ等、なんのつもりだ? 拘束さえ解けば俺がキサマ等に汲みするとで
も血迷ったか? 残念だったな…。キサマ等から先に血祭りにあげてやろう−
−」
 ハイドラントがすっとひなたたちに向けて右手をあげる、と、膨大な構成が
組みあがっていき、空間に放たれる。
「と、言いたいところだがっ!」
 ハイドラントがそう叫びながら振り返る。巨獣の牙はもうハイドラントの喉
元に迫ろうとしていたが、あくまで彼は落ち着いていた。何故なら先の叫びで
すでに魔術は完成していたからだ。
 闇夜を切り裂いた光熱波が巨獣の鼻先に突き刺さる。

「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」

 いかに巨大と言えど、鼻はやはり急所だということらしい。巨獣はもんどり
うって、辺りの建物を潰すと、ハイドラントから少し距離を置いて、唸り声を
上げた。
「今は力を貸してやろう。こんな奴に今この学園を荒らされては困るんでな」
 自らの起こした熱波に肌を焼かれながら、ハイドラントが唇だけを歪めた壮
絶な笑みを浮かべた。


 闇夜を切り裂いた一条の光は、すでに図書館前に来ていた私にも見えた。
 間違い無い、魔術だっ!
 となると、きっと雪君がいるっ!
 私は開きかけた図書館のドアをそのままに、今来た道を全速力で戻り始めた。


「美加香、いきますよっ!!」
 ハイドラントの攻撃が利いたのを見て、好機と取ったか、ひなたが美加香を
ぐわし、と掴む。いつものやつだ。
「鬼畜ストライクっっっ!!」

 ぎゅごぉぉぉぉぉっっ!!んっ!

「ふぎゃぁぁぁぁぁっ!」

 高エネルギーを纏った美加香が高速で巨獣に向かって放たれる。
 しかしその瞬間、巨獣から構成が放たれっ

「魔術ですってぇッ!」

 美加香と巨獣の放った光熱波が真正面からぶつかり合った。光が弾ける!
「正義の鉄槌ィッ!」
 鬼畜ストライクが失敗したと見るや、Hi-waitが超重力の場を巨獣に向かって
叩き付ける。500Gを超える重力に、地面が耐え切れず陥没する。巨獣はそ
の中心に居て、そして何事も無かったかのようにHi-waitを見つめた。
「きいてないだとォッ!」
 ぶんっ、と光が瞬いて、巨獣の周りに文様を描き出す。それを見たハイドラ
ントが顔色を変え叫ぶ。
「目を閉じろッ!」
 叫びながら、ハイドラント本人も目を閉じる。ひなたは慌ててハイドラント
の言う通りに目を閉じたが、力を使っていたHi-waitは巨獣の魔術が文様を描き
きるのをはっきりと見てしまった。
 その時起こったことをなんと伝えれば良いのか…。
 Hi-waitは吹き飛ばされた。まるで見えない手で突き飛ばされたかのように唐
突に、そのまま校舎『リズエル』の三階部分壁面に叩き付けられる。
「なンだッ!?」
「目を閉じろ、Hi-wait!! こいつは「文様魔術」だっ!」
「文様魔術ですって? 魔術文字とは違うんですか?」
「確かに良く似ているが、違う。いや、そもそも魔術文字はこの文様魔術の派
生の一つだと言っていい。推測だから、聞き流せよ。文様魔術という分類さえ
魔術文字が生まれてからのものだから、正確にはこの魔術がいつごろからあっ
たのかは解明されてない。とにかくこいつは文字さえ見なければ効果を発揮し
ない。目を閉じて戦え!」
「無茶言うなッ!」
 しっかりと目を閉じたHi-waitが足から植木の上に落下して罵声を上げる。
「こいつはッ!」
 ハイドラントが地面を蹴る。彼が今まで立っていた空間を巨獣の爪が引き裂
いて、地面に突き刺さる。
「ある本を取り込んだッ!」
「本を?」
 ひなたが服の裏地に縫い付けてあったナイフを取り出す。投擲されたナイフ
は銃弾にも劣らない早さで巨獣の足に突き刺さる。
「そうだッ! 見るものを翻弄するが如く自らを書き変える魔本だッ!」
 ハイドラントの絶叫が魔術を発動させ、巨獣の背中が爆裂する。
「ひなたぁぁぁっ!」
 Hi-waitの叫びにひなたが肯き、そして巨獣から背を向けて走り出す。
「それをどうにかしなければ、文様魔術は止められんッ! こいつは魔本の力
を使って魔術を制御しているんだッ!」
「うぉぉぉぉおぉっ!」
 ひなたがくるりと背を翻すと、今度はHi-waitに向かって全力疾走する。
「今のこいつにどんな攻撃を加えようとも、文様魔術ですぐに回復してしまう
だろう。本だけを正確に破壊しなくてはいけない。あの巨獣を一撃で貫く力が
必要だ…だがッ!」
「でぇりゃぁぁぁぁぁっ!」
 Hi-waitが組んだ両手をひなたが踏むと、Hi-waitは全力でひなたを空中に放
り投げた。
「外道メテオッ!」
「正義の鉄槌ぃッ!」
 ひなたの投げた無数の暗器が、Hi-waitの作り出した500G超重力場に捕ら
われて速さと重さを増し、巨獣の体に突き刺さった。
 −−効いてない…。
 ハイドラントは気配から、巨獣が今の傷を一瞬で治療したことを読み取って
いた。
 −−埒が…、あれを使うか…?
 一瞬、ハイドラントの気が逸れる。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 巨獣の叫びが辺りを震わし…世界に構成が展開した。
「音声魔術だッ! 避けろッ!」
 間髪入れずに無数の光熱波が巨獣から八方に向けて無差別に放たれた。


 頭の中の警報が突然鳴り響いた。咄嗟に身をかがめる、と、校舎の壁を貫い
て光熱波が消えていった。
「雪君ッ!」
 私は裏庭に飛び出す。
 そしてそこにその光景は広がっていた。
 焼けこげた中庭。崩れ落ちた校舎『アズエル』、穴だらけで今にも崩れ落ち
そうな校舎『リズエル』 そして傷を負ってうめく人たちと、大きな猫がいた
…。
「雪君……」
 その猫はゆっくりと振り返るように私を見た。
「そこの人、逃げるんですっ!」
 風見君が叫ぶ。クラスメイトなのに覚えてもらってないや…。
 刹那、大きな猫は…、雪君は私の目の前に居た。
 反射的に体が動いて、手元のスイッチを操作する。

 ごぅッ!

 右手に引っ張られるように私の体が後ろに飛んだ。右手に持った箒みたいな
武器、柳川先生はなんと言っていただろう? 忘れちゃったから箒で良い。
 まあ、その箒の先の部分にあるロケットエンジンが火を噴いて、私の体を後
ろに引っ張ったのだ。
「きゃぅっ! 肩が抜けるぅぅっ! わとととっ!」
 なんとかバランスを崩しつつも、今の雪君の一撃でひび割れた地面に着地す
る。
 同時に手元のスイッチを操作して、ロケットエンジンの向きを変え、先を回
す形で箒をくるりと回す。
 そこには地面に爪を突き刺し、まだ次の行動に移れぬ雪君の姿が見えた。
「雪君っ! ちょっと遅くなったけどッ!」
 私は引き金を引いた。
「……一歳のお誕生日、おめでとう」

 箒のロケットエンジンが全開で火を噴いた。しかしそれは箒が前に進むため
ではなく、箒が撃ち出すエネルギーを受け止めるためだった。あまりのエネル
ギーに空気が帯電してぱちぱちと火花を立てる。
 光速に近い速さで撃ち出された弾丸が雪君に迫り、その前足を貫いて、校舎
『アズエル』の残骸に突き刺さった。
「躱されたッ!?」
 雪君の目が私を真正面から捕らえる。脅威と捕らえられたのだ。恐怖が、こ
の力は私の力じゃないよ、と主張する。
 聞き入れては貰えそうにない…。
「SS不敗ッ!」
「神威のSSッ!」
「悪は黙ってろぉぉぉっ!」
 その時、倒れていたはずの三人が一斉に雪君に攻撃を放った。しかし、その
攻撃も雪君のシールドを前に、今一歩届かない。
「おい、小娘。なにをやってる!」
「早く、撃つんですッ!」
 はっとなる。
 これは私に攻撃させるために、三人が身を呈してくれているのだ、と…。
「早く殺せッ!」
 そうだ、私は雪君を殺しに来たのだ。
 −−私はしっかりと狙いを絞り…、引き金を引いた…。


「さて、話を戻しましょうか」
 ゆかたが煎れ直した紅茶の湯気で頬を暖めながら、まさたは呟いた。
「魔王の種に寄生された生物、これを殺すことは理論上可能です。当然一個の
生命体ですから、首を飛ばせば死にますし、ダメージを蓄積させてもいいでしょ
う。ですが……」
 その時、深い耳鳴りのような音がした。
 石のテーブルに置かれたソーサーがかたかたと音を立てる。
「ですが、もし、魔王の種が誰かに寄生し、、種が花を咲かせ、実をつけたと
して、その生物が殺されたとしましょう。分かりますか? 何故に魔王の種が
種と呼ばれるかが…」
「…実は種を有していますね…」
「そうです。実は種を守り、また種を運ぶためにあります。実は落ちても、種
は新たな生命をその中に宿したまま、また生まれ落ちてくるのです…」
「すると、殺せない、というわけですかな?」
「さあ? 実際のところ、種がどのようなものなのか? どのように生まれて
くるのかを知っている人間はいませんから…、私には何とも言えませんよ…。
でも、世界のほんのわずかな一分の人口だけでも、それだけの数がこの魔王の
種に寄生されたら…」

「……それもまた一つの結末ですね…」

































 そして二週間があっという間に過ぎていった…。
 あれだけの事件の後、Leaf学園は日常への回帰に一晩を要した。
 早い話が、翌朝、学校に来てみれば、ちゃんと校舎があったってことだ…。
 僕は校舎の窓側の席に座り、先生がだらだらと話すつまらない授業を聞き流
している。
 変わったことは特に無い…。
 教室に二人分の机のスペースが空いているだけだ…。
 職員室で詳しい話を聞いた僕は、今まで誰も気付かなかった奇妙な事実を知
らされる。
 この教室からは誰も欠けていないのだ、と…。
 僕の言う二人は初めからこのLeaf学園に在籍しておらず、一度でも在籍した
記録はない、と…。
 釈然としないまま、僕は校庭を眺めている。

 とりあえず裏庭に小さな墓を作っておくことにした。
 それから毎日、その墓には僕の知らないうちに新しい花が供えられている…。

 なんてことない、何も変わりはしない日常に戻ることだって。
 結末を迎えない結末だってある…。


                   「ある一つの終末へと至る道程」完



−−アトガキ−−
 プロット時に、アトガキのところに「うんたらすんたら」とか書いてました。
雪乃智波です。こんばんわ。ようやく終わりました。このシリーズ。ホントは
一話短編の予定だったんですけどねえ。なんでかこんな長くなりましたよ。こ
れもハッピーエンド?にするためでした。最初はエーデルハイドが校舎の下で
冷たい雨に打たれて死んでいるって終り方のはずでしたから。
 ええ、ええ、やっぱりハッピーエンドはいいですなあ。
 これはハッピーエンドですよ。ええ。間違いなく。
 というわけで、雪乃智波撤退Lのはずだったんですけど、良く考えたら、こ
れは緑帝暦74年の3月、それも21日の出来事ですから、共通時空より後の
出来事なんですね。(^^; ということは、74年の3月まではやっぱりエ
ーデルハイド君は芹香さんの周りをちょろちょろしてるわけですわ…。あはは。
 ホントはもっと日常的なのを書きたいんですけどねえ。
 それ以上に今はオリジナルに力を入れていきたいんで、二次創作の世界から
はこれで一時撤退とさせていただきます。いや、気が向いたら書くけど。

 それではそういうこって〜♪

                          1999年雪乃智波

 でも、なんか忘れてる気がするなあ…。なんだっけ?
 ま、いっか。


−−おまけ−−

 そして今日も授業は四時間目の終りを迎える…。
 生徒達は今日も殺気立ってくる。
 いつもと同じ日常だ…。
 5.4.3.2……
 きーん、こ…
「鬼畜ストラ−−−−あれ?」



 その天体観測所は日本において最大の精度を誇っている。
 国内最大級の望遠レンズ、今では旧式だがスーパーコンピューター、従来の
天体観測所では考えられないほどの予算をあてがわれ、珍しい事に職員はそれ
を有効に利用していた。
 この天体観測所はこの規模にしては珍しく民間のものである。
 しかし設立当初『今世紀最大の事業である宇宙開発を支援する目的』であっ
たはずが現在では『今世紀最大の浪費である人工衛星の支援』に成り下がって
いる。と、この観測所の所長は思った。  
 所長は今年で四五を上回ったはずだ。  
 と、その部屋に入ってきた所長を見て、彼の右腕を勤めるきっての技術者は
思った。  
「なにかあったか?」  
「いえ、それが…かなたがとんでもないものを発見してしまいました…」
 かなたとは宇宙工学衛星の名称で、つまりは天体観測のための人工衛星であ
る。どうしても大気に邪魔される地上の観測所に比べ、遥かに解像率の高い映  
像を送ってきてくれる。  
「とんでもないものだって?」
「ちょうど衛星軌道上の映像ですが…、人間が…、女の子が浮かんでます…」
「はぁ?」
 ぱっとモニターが切り替わり、地球上からでは決して見ることの叶わない星
の海を映し出す。
「ここです…」
 技術者が拡大したそこには…

「ふぇぇ〜ん、ひなたさぁ〜ん」

 宇宙空間にぷかぷかと浮かぶ赤十字美加香の姿があった…。


          「ある一つの終末へと至る道程」今度こそホントに、完