Lメモ異録「偽書・ある一つの終末へと至る道程」第四話後編  投稿者:雪乃智波
 浮遊感は急激に落下に変わり、地面に激突した瞬間、耐えがたい痛みになっ
て全身を刺した。
「ああああああああっっ!」
 痛みに声にならない声が喉をつく。
「ぐぁぁあああぁぁぁぁあああっっ!」
 まるで痛みを誤魔化すかのように力を振り絞って叫ぶ。

 そこには敵がいた…。

「はーーっ、はーーっ、はーーっ…」
 喉が枯れると、自然と意識が落ち着いてくる。
 軋む体に鞭打って、俺は体を起こす。

 Leaf学園の中庭の一つ、特に一年生に利用される中庭に三人、いや、二人と
一匹はいた。
 三月も終わりに近づいていて、芝生も少しずつ伸び初めて、その隙間から気
の早い雑草達が顔を覗かせいている。その芝生と雑草を三本の足で踏みしめて、
俺は真っ直ぐに俺の敵を睨みつけた。
 ハイドラント…、本名は知らない。名簿にもただ「ハイドラント」と記載さ
れるのみだと噂に聞いたことがある。塔出身者…、Leaf学園において塔出身者
はいわゆるエリートに属する。学園内でも普通の一般生徒に比べればずっと融
通が利くし、先生に影響力を持つものも少なくないという…。魔術師…、俺と
同じ音声魔術師、いや、お師様の弁だとどうやら俺の音声魔術は擬似音声魔術
とでも呼ぶべきものらしいから、俺はせいぜい似非魔術師というところだろう。
 敵、それも強大な敵だ。
 全身を包む黒い服は、単に塔出身者−−というよりは魔術師−−が好んで着
る。
 お師様もそうだし、ハイドラントもそう。
 その黒は単なる嗜好で、別段大した意味も無い。
『魔術師ってのは個人主義だからな。どうしてもそういう地味な色を好んで着
るんだろ』
 そう聞いていた…。
 今、俺はそれが嘘であることに確信を深めていた。
 ハイドラントの黒は深い…。
 それは夜の闇よりもずっと深い。
 その黒は完全に光を拒絶した黒だった…。
 魔術師の選ぶ色には意味があるのだ。

 俺は痛みと恐怖で毛の逆立った体を振るわせる。

 距離にしておよそ5メートル。
 戦闘技術を学んだ魔術師にしてみれば、5メートルは素手ですら攻撃範囲に
なるのだという。俺がお師様から学んだのはせいぜいが魔術の制御法で、後は
訳の分からないことがほとんどだった。
 魔術でも、素手でも、トリックを使ったところで勝てる相手ではない…。
 それでも今は勝たなければいけない。
 しかも早急に…。
「南条さんっ!」
 南条さんはハイドラントの後ろに倒れている。
 彼女の頭部は、彼女自身の流した血の海に浮かんでいる。
「南条さんっ! 目を覚ませっ!」
「ん、そんなにこの女が気にかかるのか?」
 ハイドラントが今の今まで目を落としていた本から顔を上げて、俺を見た。
その唇に残虐な笑みが浮かんでいるのに気がついて、俺はぞっとする。
「この女、このままだと死ぬぞ」
 俺は咄嗟にハイドラントに向けて構成を伸ばす。
 しかしハイドラントはそんなことはまるで意味が無いというように南条さん
の方をちらりと見る。
「それとも…」そして視線を戻さないまま「俺が殺してやろうか?」
 激情となった怒りが俺の中から吹きあがった。

 力を…。

 もっと、力を…。

 力が欲しいっ!!


 −−力ならあるさ。


 奴を倒し、芹香さんを、南条さんを救える力が欲しいっ!


 −−力なら誰の中にでもある…。


 力があればっ!


 −−人は、汝は己が思うよりも強き力を持っていることを自覚するべきだ…。


 もしも、そんな力があるのならっ!


 −−もしも、その力を手に入れたければ…。


 −−汝、自らを焼き尽くす『覚悟』 そして『勇気』を見せよ。




 その瞬間起こったことをなんとすれば良かったのか?
 黒猫を黒い炎が包んだ…。
 ハイドラントが見ることができたのはそこまでだった。次の瞬間にはもう視
界さえ覆い尽くす熱波が辺り一面を焼き尽くしていたからだ…。中庭が完全に
焼け焦げ、辺りにはぶすぶすと焼ける物が立てる音と、白や黒の煙、草の焼け
る匂いが充満していた。
 ハイドラントがゆっくりと自分の腕を見下ろす。
 黒い服に覆われていたその右腕は、今、その衣服を失い、真っ赤に焼けてい
た。
 −−ひどい術だ。
 と、ハイドラントは思った。
 構成も何も無い。力ずくで現実世界を押しのけたのだ。
 −−そのくせに焼けてないときてる…。
 ハイドラントは舌打ちして、爛れた皮膚から「ある一つの終末へ至る道程」
を引き剥がした。
 振り返ると、いまだ血を流しつづけている女も無事だった。どうやらハイド
ラントの防御魔術の範囲内だったらしい…。
 −−至近距離だったからな…。
 強大な魔術を以って戦うには明らかに三者の位置関係は近すぎた。
 −−しかし、それにしても…。
 ハイドラントは左手に持ち替えた「ある一つの終末へ至る道程」へと視線を
落とした。
 −−なるほど、開花したか。潮時、だな…。
 そしてちらりと南条薫に視線を投げる。
 −−用済み。
 そう思い、彼女に向けて構成を向ける。
「プアヌー…」
「我打ち砕くカトエラの城塞っ!」
 忘れていたわけではなかった。ただ、気配を感じなかったというだけだ。
 攻城戦術級の光熱波がハイドラントと南条薫の間を貫いて、30メートルほ
ど離れた地面に突き刺さり火球と化した後、焼け焦げた匂いと、むっとする熱
気を残して消えた。
 くるり、と、子猫が空中で一回転して地面に降り立った。四本の足でしっか
りと地面に立つ。
 −−すでに再生したか…。だが…。
「今の術、当てるつもりだったんだろ?」
 地面に降り立った黒猫の体が波打っている。毛皮の内側の筋肉が伸縮して跳
ねまわっているのだ。
 猫はきっとハイドラントを睨むと、彼の言が真実であることを証明するかの
ように、返事を捨て、構成を放った。複雑さなどまるで無い力ずくの構成。
 これで魔術を、それも強力な魔術を成功させているのだ。
 そう考えるとハイドラントは思わず感心してしまう。
 どくんっ!
 と、一際大きく猫の体が脈打ったかと思うと…
「我は穿つ時の水晶にゃっ!!」
 猫の叫びと同時に、無数の光球がハイドラントの周りで弾けて消えた。その
一発がハイドラントの髪を掠める。
「ちっ」
 ハイドラントの髪のわずかな先の部分が焦げる匂いすらさせずに消滅した。
 −−しかし、如何に強力な魔術であろうと。
 溢れる光の奔流は溢れたかと思うと、まるで陽が沈むかのように、引いていっ
た。
 −−当たらなければ意味は無い…。
「ガディムの叫びよっ!」
 消えうせる光を追うかのように、ハイドラントの手から伸びた構成が、世界
を空間ごと爆砕する。魔術は炎と、光と、爆煙を撒き散らし、校舎の窓ガラス
を全て割って、消えた。もうもうと立ちこめる爆煙にハイドラントは魔術を叩
き込もうとして、その手が止まった。

「我は落とす天の聖石にゃあぁぁっ!」

 空が光り輝いていた…。
 違う、空に光球が浮かんでいたのだ。第二の太陽と言うにはあまりに眩しい。
刺すような光の粒子は、ただの光であるはずなのに、鋭い痛みを持って肌を焼
く。
 −−馬鹿なっ!
 現実に対する拒絶の叫びは、その力に対して発されたわけではなかった。
 −−女ごと焼き払う気かっ!?

 濛々と立ち込める爆煙が裏山から吹き降りてくる風に巻かれて晴れていく。
 黒い陰が風に飛ばされること無く、残る。

 そしてハイドラントは全てを理解するに至った…。

 −−刹那−−

 ちゅどぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーっっん!!!!

 耳をつんざく轟音、そのあまりの衝撃にハイドラントは地面に叩きつけられ
る。
「……ぁんだっ!?」
 膝と右手を地面について、上を見上げようとしたが、圧倒的な光の奔流に、
目を閉じていても上を向くことはままならない。さらに轟音に耳をやられたの
か、何も聞こえない。
 全身を覆う力の渦の中で、ハイドラントは彼に近づく気配に、なんとか目を
開けた。
 そして−−

「んなアホなーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

 すでに日は沈み、夜の帳が降りているLeaf学園、中庭…。壁は傷つき、あら
ゆる窓が割れた校舎を背に、ハイドラントの叫びがこだました。
 核爆発をも思わせるような光の奔流の中を、血を流す少女と、暴れる黒猫を
片手に抱え、タキシードにサングラスをかけた体格の良い老紳士が、猛然とハ
イドラントに迫り、開いている片手で「ある一つの終末へと至る道程」を掴む
と、熊をも思わせる握力と腕力でそれを持ったハイドラントを振り回した。
 すぐに手を放せば良かったのだ。
 だが、書の貴重さゆえにハイドラントは一瞬、判断を誤った。
 当然、目の前で起こっている事の異様さに気を取られたということもあった
のかもしれない。
 次の瞬間、ハイドラントは光の奔流のど真ん中向けて、放り投げられていた。


「やれやれ、世話が焼けるわい…」
 老紳士はそう呟いて、ぽんぽんと肩の埃を払った。
「う゛みゃあ゛!!」
 片手に抱かれた黒猫、エーデルハイドが怒りに牙を剥いて老紳士を威嚇する。
 その瞬間、

「喝ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっつっ!」

 老紳士の一喝が、中庭に破裂した。
「み゛ゃぅ゛」
 びくっと、猫の体が竦み、やがてゆっくりとその目に正常な光が戻ってくる。
いや、むしろ邪悪な気配を振り払ったような感じだった。
「ええい、芹香お嬢様を守ると日頃から主張しておきながら、いざと言うとき
にはこの体たらく! それでも貴様、芹香お嬢様の使い魔かっ!」
「わ、悪かったな…」
 ぶるぶると震える声が、黒猫の口から漏れる。
「…でも、助かった。お陰でもうちょっとは正気を保ってられそうだ…」
 やれやれ、と、老紳士が首を振る。
「誰が貴様の心配なんぞをしておるか。貴様はさっさと芹香お嬢様を助けてく
ればいいのじゃ。次元の壁を越えられるとしたら魔術師しかおるまい!」
「…分かってるよ。長瀬さん。ところでこの娘だけど」
「分かっておるわい。ちゃんと病院に運ぶように手配してやるわ。猫」
「…………」
「…………」
 しばし沈黙。
「…俺にはちゃんとエーデルハイドと言う愛らしい名があるだろうがっ!」
「わしにもセバスチャンというれっきとした名があるぢゃろうがっ!」
「それは本名ぢゃねぇぇぇぇっ!」

(10分ほど、意味の無い言い争いが続きます。しばらくお待ちください)

 やがて、ゆっくりと中庭に静寂が戻ってきた。
 残っていたのは流れていく風にかき消されそうな二人分の吐息だけだった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」
 一人と一匹は向かい合いながら、荒い息を整えている。
 言い争いの間に南条薫を病院に運ばせてしまったセバスチャンの手際は大し
たものだったが…、あくまで言い争いの次元は低かった…。
「どうだ、すっきりしたか? 猫」
「いーかげん、疲れたけどな。じじい」
「ぢゃあ、さっさと芹香お嬢様を助けにいかんかいっ! 意味の無い伏線を引っ
張ってこれ以上話が長くなると、ただでさえインターバル長くて離れていく読
者がさらに引くぢゃろうがっ!」
「やばい発言すなーーーーーーーっ!」
 エーデルハイドの猫キックがセバスチャンの右頬に炸裂する。
「ぐはぁぁっ!」
 上体がのけぞるセバスチャンの手から「ある一つの終末へと至る道程」が落
ちる。
「……じじい…、この本は?」
「乱暴猫には教えてやらんわい!」
「こんな時にすねるなぁぁぁっ!」
「どーせ、わしはこの回まで存在さえ忘れられておったわ。芹香お嬢様の一大
事だと言うのに、今まで見せ場も貰えず……」
「いじけるなっ! 今回は見せ場一杯だから、さっさと教えてくれっ!」
「ほ、本当かっ!?」
 きらきらと期待に輝く視線を受け、思わずエーデルハイドが一歩引く。
「た、多分…」
「ぬ、ぬぅ、仕方ない。そこまで言うなら教えてやらんでもないが。この魔道
書は元々芹香お嬢様の所有物で、図書館に寄贈されたものぢゃ。時間と時空に
関与する魔術が秘められておって、厳重な管理を頼んだはずぢゃったのだが…」
「それをはよ言わんかいぃぃぃぃぃっっっっ!!!!!」
 エーデルハイドの猫パンチが炸裂して、セバスチャンの上体が揺らいだ。
「な、か弱い老人になんてことを……」
「何処がか弱いんだっ!」
 エーデルハイドは突っ込みを入れつつ「ある一つの終末へと至る道程」の上
に降り立つと、そのページをめくる。
「ご主人様の自身の術で空間を飛んだんだ。この本が元々ご主人様の所有物だ
とすれば……」
「なるほど、芹香お嬢様の術に関するヒントがこの本にあるということですな」
「そういうこと」
 そう言いつつ、エーデルハイドはページをめくっていく。
「でも、変だな。そんなことちっとも書いて無いぞ。むしろこれは…」
 と、ページをめくるエーデルハイドの前足が止まる。
「な、なんだ、これ…」
 エーデルハイドの目がそのページを凝視している。
「なんだよ、これっ!」
「どういたしましたかな?」
 エーデルハイドの後ろから、セバスチャンがそのページを覗き込む。
「こ、これはっ! な、何故このようなことが…」
 そしてセバスはがばっと、黒スーツのポケットに手を突っ込むと、そこから
白いものを取り出しつつ、
「何故、今朝芹香お嬢様のパンティをそっとポケットに入れておいたことが書
かれてあるのぢゃっ!?」
「なにを血迷っとるんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 エーデルハイドの猫ラッシュが炸裂し、セバスチャンが中庭の端まで吹っ飛
ばされる。
「ぐっはぁぁぁぁぁぁっ!」
「いったい、何処にそんなことが書いてある……書いて…? まさか、じじい、
本当にそんな風に書いてあるんだなっ!?」
「書いてありますが、芹香お嬢様のパンティを前足で何気にゲットしつつ、言
う台詞ではございませんなっ!」
「うるさいっ! ご主人様を追うには、ご主人様の匂いが必要なんだよっ! 
じじい、本当にこれはご主人様のなんだな!? 綾香さんのだったりしないだ
ろうなっ!?」
「それはございませんっ!」
 拳を握り締めつつ、力説するセバス。
 そしてまたしても黒スーツのポケットに手を突っ込むと…。
「綾香お嬢様のパンティでしたら、ちゃんとこちらのポケットに」
「てめぇとは一度決着をつけないといけない気がする」
「奇遇でしたな、同じ考えですぞ」
「けど、それは後だ…」
 ふぅ、と、エーデルハイドが吐息を吐いた。
 まるでこれまでのおふざけの雰囲気を振り払うように、心を落ち着ける。
 魔法、というものをまるで感じることのできないセバスチャンでさえ、今の
雰囲気を汚すことを躊躇うような、空間に広がる力。
 それは魔力と構成。
「今はんなこと言ってる時じゃないっ!」
 その言葉と同時に、エーデルハイドは人間の姿に、智波へと変化していた。
意識してのことではない。高まった魔力が安定を求めて、もっとも制御に適し
た姿へと変化しただけのことだ。
 そう、だからその背に真紅の翼があるのも当然のことかもしれない。
 彼の魔力は強く、炎にイメージされているものだからだ。
「人間になると芹香お嬢様のパンティを握ってる辺りが怪しさ倍増と言うとこ
ろですな」
「だからそういう事言ってる場合じゃないだろうがっ!」
 そこはかとなく頬を赤らめつつ、セバスチャンにツッコミを入れてから、智
波は芹香のショーツに顔を近づける。
「……変態ですな」
「あああ、猫のうちにやっとくんだった」
 涙などを流しつつ、芹香の匂いを嗅いだ智波は、空間に散らばる魔力の痕跡
の匂いを追う。
「よし、見つけた。……飛ぶぞ。じじい、来るか?」
「どういう風の吹き回しじゃ?」
「気まぐれだよ。肩に触れてな」
 セバスチャンの手が智波の肩に触れる。
「それより、やっぱりあの本に書いてあったんぢゃな? 空間の超越法。流石
は芹香お嬢様。このセバスチャンめ、感涙ですぞ」
 だくだくと訳の分からない涙を流すセバスチャンの涙腺の構造は実に謎だっ
たが、そんな事は気にも留めずに、智波は肯いた。
       ・・・・・・
「ああ、確かに書いてあったよ」
 そして、その言葉が終わると同時に、二人は 飛んだ 。


 断絶空間内。
 芹香と日陰の睨み合いはすでに5時間を越えていた…。
「ここじゃ、食べ物とかも期待できそうにないね」
「…………」
「確かにトイレも……。でも…」
 空間が揺れた。
「あと何時間も待つ必要は無いみたい」

 亀裂。

 空間に直接高次元の穴を空けるのは大量のエネルギーを必要とする。
 芹香は儀式魔法によってそれを可能とし、この空間を作り出した。
 しかし、今、魔法陣や、秘薬など、数多くの呪法によって成り立った断絶空
間は、断絶より解き放たれようとしていた。

 解き放つもの。

 それは圧倒的な力である。

「おぉオオォォオォォォォォォォォーーーーーッ!」

 二人分の影が空間に転送され、具現化を始める。
 一人は年老いながらも屈強な体に身を包んだ老紳士だ。
 そしてもう一人は少年。真紅の禍々しき、コウモリを思わせるような翼を背
にしょった少年だった。

「ヒカゲェェェェェェェッ!!!」

 少年は具現化を終えると同時に跳んだ。
 彼の愛する主人の元へ、ではなく、敵に向かって。

「我舞い下りる暗きディガの戦場!!」

 瞬いた光が全て刃となり、長い黒髪をポニーテールにした少女に向かって投
じられる。

「開花は終わったみたいね」

 空間すら光を発する熱量とエネルギー。それを前に少女は微笑んでさえ見せ
る。

「素晴らしいよ」

 キィィィィィィィィィッッ!!

 耳を引き裂くような甲高い金属音がして、少年の投じた無数の光の槍は、少
女の目の前で、彼女のシールドによって止められた。
 しかしその時にはすでに少年は少女からたった数メートルの距離に着地して
いる。

「今度は何を見せてくれるの?」

 少年を中心に構成が広がる。
 力と、計算が緻密に織り交ぜられた広大な構成。
 当然、少年にそれだけの構成を織る力はない。自分自身の力だけでは。

「アンタが見慣れてるはずのものさ」

 少年が両手を突き出した。

 そして空間が爆砕を始める。

 爆砕が少女まで、わずか5メートルの距離を埋めるのと同時に、少年の声が
少女に届く。

「−−ガディムの叫びよっ!」


 断絶空間内に、爆煙が吹き荒れる。
 空間爆砕の衝撃から芹香を守るために、セバスチャンは自らの体を投げ出す。
「…………」
 芹香の口が、小さく彼女の飼い猫の名を紡いだ。
「お嬢様、あの少年が空けた穴があります。今のうちにこの空間から!」
 駆け抜けた衝撃に、身を軋ませながらセバスチャンは芹香の手を取った。
「お嬢様!」
 芹香の何も見ていないような目がセバスチャンを見ている。ような気がする。
 そして芹香は背伸びをして、そっとセバスチャンの頭を撫でた。
「……お嬢様? まさか、いけませんっ!」
 ふるふる、と芹香が首を振る。
「…………」
「なんですと、ちゃんと戻る、と? おお、このセバスチャンめ、ちゃんと芹
香お嬢様をお守りいたしますぞ!」
 セバスチャンが芹香をかばうようにして、二人は空間の穴の前に立った。
 最後に芹香は振り返る。何も見えないはずの爆煙の中に視線を投げる。
 そして小さく、もう一度、彼女は、彼女の愛猫の名を呟いた。


「なるほど、ガディムの叫びはあくまで二人を逃がすための時間稼ぎ、という
わけだね」
 爆煙に包まれたまま、日陰はくすっと笑みを漏らす。
「嬉しいよ。来てくれて…」
「俺はちっとも嬉しくねぇっ!」
 再び空間爆砕−−ガディムの叫び−−が日陰を包む。
「無駄だよ。この程度の魔術なら、君だって傷一つ無く防げるよね?」
「知ってるさっ!」
 ひゅぅ、と、爆煙が晴れ、日陰の目の前に智波が現れる。
「うおぉぉぉおぉぉぉぉぉおおおおっぉぉっ!」
「…接近するための煙幕、というわけだね?」
 突き出された智波の拳を、日陰は容易に受け止める。
「でも君は格闘の訓練を受けてない。駄目だよ。こんなんじゃ」
「別に、俺が日陰、君を倒そうって訳じゃない…」
 ひゅ、と、まったく力のこもっていない手が日陰に向かって飛んだ。
「え……?」
 智波の意味の無いような行動に、日陰は呆気に取られ、ぺちんと智波の平手
を受ける。
 そして智波がすぅ、と、息を吸い込んだ。




































「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!
 いい加減、このっ!! 目ぇ覚まさんかいっ!
 ボケひなたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!!!!!!!」




































 生きること。
 それは権利ではない。
 ましてや生まれてきた者の義務と言う訳でもない。
 生まれてきてしまったのだ。
 後は、楽しむかどうか。

                  「ある一つの終末へと至る道程」より




「う……」
 私は目を覚ます。
 視線を上げると黒服のおじさんが驚いた目線で私を見た。
 大丈夫、それにここが何処だかも分かってる。
「車、違うトコに向かってもらえますか?」
「…君は重傷なんだぞ」
 それは少し違う。致命傷だったのだ。ハイドラントさんの攻撃は…。
「もう、なんともありませんから…」
 おじさん達が困惑するのが分かる。
 それはそうだろう。私の出血量は常人ならすでに意識が無いくらいだ。実際
のところ、私も今の今までほとんど意識が無かった。
「お願いです。どうしても行かないと」
 本当に大丈夫。

 私は−−盾−−なんだから。




 まあ、実のところ終末へと至る道は無数にある。
 だからこの本のタイトルは一番始めに「ある一つの」と書いてある。
 結局はなんだっていいのだ。
 なんなら、「また別の一つの」でも良かっただろう。

                  「ある一つの終末へと至る道程」より


 −−−−あとがき−−−−

 もうしわけありません、というか、また随分とあけてしまいました。(^^;
 楽しんでいただけたら幸いです。
 でも、だんだんギャグに走ってるなー。自分。(^^;

 では、最後のおまけ。

<今回の没シーン>

「時空と時間を超越する法…。これなら」
「芹香お嬢様を助けられるのじゃなっ? 猫」
「……駄目だ。足りない…」
「なんじゃとっ!」
 ひょい、と、セバスチャンの手がエーデルハイドの首の後ろを掴んで持ち上
げる。
「みゃあ…」
「なにが足りないというのぢゃっ! そんなものは気合と努力で何とかせんかっ!」
「みゅぅ…」
 ぷらーん、ぷらーん。

【豆知識】
 猫は首の後ろを掴んで持ち上げると無抵抗になる。
 これは、もし外敵に襲われたときなど、母猫は仔猫の首を噛んで持ち上げ移
動するのだが、その際に仔猫が暴れて邪魔にならないように身につけた本能で
あるらしい。

「ほれ、何が足りんのだっ!」
「…匂いだよ…。ご主人様を追うには匂いが分からないと…」
「匂いなら、貴様いつでも嗅いでおるだろうがっ!」
「そういうんじゃねえ。そういう記憶に頼ってちゃ、変な時空に飛んじまう。
だからご主人様の匂いがついたものを使って、それを追わないと」
「ぬ、ぬぅ、それならこれを使うがよいわっ!」
 がばっと、セバスチャンがポケットからハンカチのようなものを取り出す。
「ご主人様のハンカチ?」
「今朝、芹香お嬢様がシャワーを浴びられた際に脱がれたぱんちぃぢゃ…」
「…………」
「…………」
「じじい、貴様はいつか絶対コロスっ!」


−−解説−−
 えーと、なんでこのシーンがあかんかったかつーと、特に意味はないねんけ
ど、まあ、前後のシーンが合わなかっただけです。はい。

 であ、第五話、最終話で。