Lメモ異録「偽書・ある一つの終末へと至る道程」第四話前編  投稿者:雪乃智波
--3/21-- One day, at Leaf High-school.

 全身の肌が粟立つ感覚。

 人はそこに存在するだけで、常に「自分の領域」というものを作り出してい
る。それは言わば縄張りのようなものだが、非常に感覚的で、且、流動的なも
のであるから、それと認識するのは難しい。
 例えば、初対面の方と会った時にその人がちょっと手を動かせば当たるよう
な位置まで近づいて来たらどうだろうか? 貴方は居心地の悪さを感じるはず
である。
 また頭を下げて礼をするときに、このままの位置では頭が近づき過ぎはしな
いか? と、思わず一歩後ろに下がりたくなるのもそれが原因だ。その時貴方
は相手の領域に自分の頭部をさらすことに引け目を感じているのである。
 貴方がこの領域に入ることを無意識的に許しているのは、相当気の許した友
人か、恋人、又は家族くらいのものだろう。
 しかし、中にはそれほど近い距離でもないというのに、こちら側の領域にず
かずかと入ってこれる人がいる。
 大抵の場合、そういう人は存在感に溢れ、良い意味でも悪い意味でも強烈な
影響力を貴方に持つ人だ。

 それは魔力を強く帯びた存在感だった。
 ずんと腹に響くような重さを持って俺の体を圧迫してくる。
 そしてそれはちっとも友好的な匂いを放っていない。
 覚えがある感覚…、これは、殺気?
 殺気!?
 はっとして、俺は叫んでいた。
「南条さん! 逃げろっ!」
「え?」
 嬉しくない予感は的中する。

 その時、俺は地面に倒れていた。
 起き上がることはできるだろうが、容易ではなかった。
 何故なら俺の右腕は失われ、塵と化していたし、俺は四本足で立つ、猫とい
う生物だったからだ。
 目の前には長い髪の少女が立っていた。何処か小動物を思わせる雰囲気の娘
で、美人というよりはやんちゃで可愛いと言う印象を受ける。
 目は真っ赤に腫れ、服の袖で拭いたからだろう、まだ涙の跡が残っている。
それでも彼女は精一杯の顔で笑っていた。
 俺が叫び、その顔が疑問符に塗りかえられる。
 そして、

 いきなり魔術の構成が伸びてきたかと思うと、彼女の立っていた空間を光熱
波が凪いだ。

 俺の視界から南条さんが消える。
 魔術で……。
「南条さん、立つんだっ! 立って逃げろっ!」
 そう叫んだとき、視界にそれを行った犯人が見えた。
 黒尽くめの服装で、大股でこちらに歩いてくる。その歩調は臆するというこ
とを知らないかのように堂々としている。
 やはり、という印象を拭えない。
 そう、ここの所、と、言っても今日の昼からだが、俺の周りを暗躍している
ダーク十三使徒、その支配者である奇人変人、音声魔術師にして、お師様の好
敵手、過去の因縁まで俺が知る由は無かったが、俺にとっても敵と認識されて
いる彼の人物であった。
「ハイドラント! 彼女には手を出すなっ!」
 三本の足で必死に起き上がる。
 当然といえば当然のことだが、バランスが取れない。

 視界に南条さんが映る。
 ハイドラントのすぐ足元の地面に横向きに倒れ付している。俺からは背中し
か見えないが、腕が焼けているのが分かる。
「俺が貴様なんぞに命令される謂れはないな」
 そしてハイドラントの足が南条さんの頭を踏みつけた。

 がつっ!

 と、言う頭蓋が地面に当たって鳴る音が俺の耳にまで届いた。
 踏みつけられたのに、彼女の頭が地面とハイドラントの靴の間で跳ねるのが
見えた。
 彼女の頭を中心に赤い血の池が広がっていく。
「ハイドラントぉぉぉっ!」
 全身から吹き出してきた怒りに、俺は進んで身を任せた。
 蒼い炎が全身を覆い、俺は三度不死鳥へと変化する。
 しかし…、
「なるほど、右腕を失っていれば、翼も失われたままとなるか。哀れだな、飛
べない鳥は…」

 俺は漆黒の悪魔の前にあえなく地に落ちた…。






























 この世界を真に統べるモノなど存在し得ない。
 この世界を真に統べるモノがあるとすれば、それは存在しない。
 この世界を真に統べるモノは存在しないことでこの世界を真に統べている。

                              「支配論」



















”お兄ちゃん…”
 腕の中の彼女はそう呼びかけてきた。
「なんだい?」
 しかし、彼女は僕の胸に顔を埋めて、何も語らない…。いや、語り終えてい
るのか。
”お兄ちゃん…、誰かを傷つけると嫌な気分だね”
 誰かを傷つけたのか?
 喉まで出掛かった言葉を僕は飲み込む。
 それは聞くべき事ではないと思った。
”どうしてかな? 嫌な気分は嫌だよね…”
 当たり前の事。
 当たり前の事だ。
 嫌なことを嫌…。
 そうはっきり言うこと。
 あまり美徳とはされないこと。
”どうしても誰かを傷つけちゃうときってあるよね…”
「ああ、そうだね…」
”そんな時、私はどうしたらいいのかな?”
 僕は答えに困る。
 矛盾、というものを許容できるほど僕たちは大人じゃなかった。
「誰も傷つかない方法を見つければ良いんだよ」
 そう、誰一人傷つかない方法。
 シアワセの在処。
 探せばきっとあると思っていた。
 あの時は…、
 そして今でもまだココロの何処かで信じている。
























 決め付けないでくれっ!
 僕はそんなじゃない!
 アンタの思う僕に、僕を染めないでっ!

                                 恐怖











      Lメモ異録

                   偽書・ある一つの終末へと至る道程



























 人々は統一の意思を持つが、統一は無い。
 人々は自由を主張するが、自由も無い。
 調和は全てを存続させるが、認められない。
 故に世界には嫌われる者が必要である。

                  「ある一つの終末へと至る道程」より


 力が欲しい……。

 朦朧とする意識の中、俺はそんな言葉を反芻していた。

 力が欲しい……。

 ずっと感じていた。漠然とした思い。
 それは力への渇望。
 飢えに等しい純粋な欲求。
 底に穴の空いた器に水を注ぎつづけるように、永遠に満たされる事はない望
み。

 力が欲しい……。

 それは何かを壊す力に非ず、
    何かを作る力に非ず、
    何かを求める思いに非ず、

 ただ、力さえあれば、なんでもできると信じている。
 たとえ、これまで身につけてきた力が役に立たなくとも、それを超える力が
あればっ!

 しゃわぅっ!

 耳朶をそんな音が駆け抜けるともう、俺の体はびしょ濡れになっていた。
 高層雲に突入し数秒が過ぎる。
 雲は絡まらない銀糸でできている蜘蛛の糸のようだ。
 煙った視界が一気に晴れる。

     青

 青い世界。

 見渡す空は一点の曇りすら許さぬ青い色に塗りつぶされていた。

     白

 白い地面。

 見渡す限り足元を埋め尽くし、今、さらに離れて行く地面の色は白。
 今、まさに超えてきた雲だ。

 ああ、世界は広いな…。

 俺はそんな感慨に捕らわれていた。
 音の聞こえない世界。
 今さっき、しゃわぅっという擬音を使った気がするが、あくまで擬音は擬音
であり、本当の音とは違う。
 つまり俺の体は音速以上の速さを維持したまま、高層圏を超えようとしてい
ると言う事だ。初速はもはや計算の仕様も無い。
 まあ、なんというかその衝撃を耐え抜き、今なお生きている俺は凄いが、今
からどうやって生き残ればいいかは、いかんせん分からなかった。というか、
どことなくこのまま落ちてもなんとなく生き残れそうな気もするが、万が一と
いうこともある。

 しかしなんとかなるっ! 俺には確信がある。

「正義がこんなところで潰えるわけがないっ!」

 そう叫んだつもりだったが、実際のところ、声を出そうと口をあけたら大量
の空気が入ってきて、何も言えなかった。それ以前に音速を超えているので、
音が聞こえていない。
「絶対に助かるはずだっ! 助かるはずなんだっ!」
 そう叫ん−だつもり−で、俺は遥かな青い空を見上げた。

 きらーん ☆ミ

 私は落ちていた…。
 物凄い速さで落ちていた。
 そして思い出していた…。
 どうしてこんなことになったんだろうか?と…。
 確かひなたさんと一緒にハイドラントさんをからかって遊んでて、それで…。
 ああ、ハイドラントさんの魔術で吹き飛ばされたんだった…。(参照:第一
話)
 滞空時間の長さが妙に作為めいたものを感じないわけじゃないけれど、とり
あえず私の命もこれまでだと思った。
 電離層までならともかく、完全に一度大気圏外に飛ばされて生きて戻ってく
る自信は私には無い。
 ああ、雅史先輩、私はここまでの様です。
 ほんの短い間でしたけれど、貴方と過ごした日々を忘れません。
 貴方は私が近づいただけで「女の匂いが移る!」と私を蹴り飛ばしましたね。
そして、その後その靴さえも念入りに拭いておられました。きっとあれは先輩
なりの気遣いなのですね。
 ああ、雅史先輩、先立つこの私をお許しください。
 そう思い私は手を組んで、一片の雫を落とす…。(確かに涙は落下していた
ものの、それ以上に早く落下している美加香との相対速度の関係で、上に上がっ
ていくように見えた)
 その瞬間、私の首に考えられないような衝撃が走ったかと思うと、その声は
聞こえた。
「だぁらぁぁぁっ! 人の話を聞けぇぇぇぇぇっっ!」
「そ、その声はHi-waitさんっ!?」
 あまりの痛みに涙がぼろぼろと溢れて、Hi-waitさんが見えない。
「幸せそうにトリップしてんじゃねぇっ! そういう状況かっ!? これがっ!」
 私の体が、落下速度の減少を察知している。
 衝撃からして、下から上昇してきたHi-waitさんが落下していた私と衝突、
結果的に重力で落ちているものの、速度はかなり弱まったんだろう。
「って、けほっけほっ。なにしたんですかぁ」
「説明して欲しいか、この状況下でも説明して欲しいか。いいだろう、説明し
てやろう。俺は空を浮いている貴様を発見、二人で力を合わせ、無事に地上に
帰還しようと呼びかけたものの、貴様は幸せそうな顔でトリップ、距離はぐん
ぐん近づいて、幸いなことにコースは交差しそうだ。しかし、ぐんぐん近づく
につれ、貴様のオカシイ顔が近づいてくるもんだから、たまらずその首にエル
ボーを叩き込み、相対速度を打ち消したわけだ。今の間に300メートルは落
ちたな。落ちたぞっ!」
「よく聞こえませぇぇぇん」
「ええいっ、その耳をかっぽじって俺の話を聞けっ! 今、俺達は地面に落ち
ている。その速度は当然加速度を増して、最終的に音速弱に達するだろう」
「はいっ!」
 とりあえず返事しておく。
「ここで地面に衝突する寸前に質量人間大音速弱の速さエネルギーを下に向かっ
て放てばどうなる?」
「え、えーーっと…。エネルギーは…………音速弱と………相乗エネルギーで
…………ああなって、こうなって……分かりましたっ!」
「よし、言ってみろっ!」
「とっても大きなエネルギーになって地面にぶつかった後に、およそ体感震度
4の地震が半径500メートルくらいを襲いますっ!」
「どあほーーーーーーーーーーーっっ!!」
 Hi-waitさんの拳が私の顔を殴る。
「あぅぅっ! Hi-waitさん、なに……あっ!!!」
 Hi-waitさんは男泣きに泣いていた。泣いていたけれど、涙はどんどん上に流れて消
えていく。でも泣きたいのはこっちのほうだった。
「美加香、痛かったかっ!?」
「は、はい、すごく痛かったですっ!」
「俺の拳も痛かったっ! 俺が何故殴ったか分かるかっ!?」
「分かりませんっ!」
「あほーーーーーーっ!」
 再びHi-waitさんの拳が私の頬を捕らえる。イタイ……。
「くぅ…」
 Hi-waitさんが自らの手を押さえて、その指の間から血が流れて、空に消えていっ
た。
「美加香っ! 貴様も痛いが俺も痛いっ! 俺は心を鬼にして貴様を殴ってい
るっ! 自らの拳の痛みも省みずだっ! 俺は貴様のために痛みを我慢してい
るんだっ! 感謝しろっ! さあ、どうして俺が殴ったか答えて見ろっ!」
 そう叫びながら、Hi-waitさんはポケットからメリケンサックを取り出して手に
はめた。
「殴った方もすっごく痛いんだから、考えて答えろよっ!」
「絶対に殴られたほうが痛そうですぅ〜〜!!」
「口答えするなーーーーーーっ!」
「へぶぅっ!」
「投げてやるっ! 今すぐ投げてやるっ!」
 どうやら自棄になったHi-waitさんは私の腕を掴むと、ぶん、と、振り上げた
…。
「あのぉ、まさかとは思いますけどぉ」
「愛と正義と友情ぉのぉっ!」
「絶対に違いますぅぅぅぅっ!」
「鬼畜ストライク、見様見真似っ!」

 しゅごぉぉぉぉぉぉぉぉんっっ!

 そして私は再び音速の壁を超えた。


【音速】
 大気中を音が伝わる速さ。
 とても速い。(大気中で340m/s、水中のほうが速くて1500m/sにもな
る)
 ただし、物質の密度などによって音速は変わってくるので、厳密にこの速さ
が音速だと決め付ける事はできない。
 この場合、美加香が思ったのは大気中における音速、つまり340m/sを超
えたということである。
 なお、忘れがちな認識だが、音は音の塊が飛んでいるのではなく、音の波形
が伝わっているのであって、当然物質がその速度に達すれば、大気中における
振動の移動速度を超えるわけだから、大きな負荷がかかって当然なのである。

 なお、この作品を読む上で分かっていれば良いのは、音速は速いってことだ
けだ。


 そして俺は美加香をぶん投げた反作用で滞空しながら、エネルギーの塊と化
して落下する美加香を眺めていた。数秒後には俺も落下を始めるだろう。だが
すでに高さは地上数百メートル、助からない距離ではない。

(よい子はマネしないでね)

 その時、それは現れた。

 光球。

 最初は美加香に何かあったのではないかと、期待、もとい心配したのだが、
ちょうど目をやった瞬間、その光球に美加香がつっこんでいくところだったの
でまた別の物なのだろう。
 そしてその光球にエネルギー高速体と化した美加香が飲み込まれた瞬間、空
間はそのエネルギー許容量を超えた。
 爆発。
 俺は光の奔流の中で、美加香が光球を貫いていくのと、そして自分が爆発の
中心に向かって落ちていっていることを知った…。