「へぇ、あれが報告にあった『人間の癖にやたらと強い連中』か……」 ここは、図書館地下ダンジョンの第11階層。決して日の光が射すことのな い地下深くだが、何ゆえか通路はぼんやりと得体の知れない光に照らし出され ている。 いや、通路自体がうっすら輝いているのだ。光源となるものは何もないはず なのに、通路がうっすらと輝いている。 物理的にはありえない現象。石造りの通路が輝くなど。いや、それもこの学 園であればさほど不思議ではない事か。世の不思議が集められた学校、その中 でももっとも理解しがたい場所の一つが、この図書館地下ダンジョンなのだか ら。 その一角、例外的にすべての光が消え去った場所に、断続的に襲いかかって くる魔物を蹴散らしながら進むジャッジ一行を背後から見つめる二対の視線が あった。 「ねぇ姉さま、あれオロチと日陰じゃない?」 いずれも若い女の声。やや幼さを残す少女の声と、いかにもきつい雰囲気の ある少女の声だ。 不思議なことに、声はすれども姿はない。闇に同化し視認できないというわ けでもない。気配は確かにあるのだが、その気配は虚空から発している。 「あ、ほんと……ふーん、情報どおり人間の体に封じ込まれてるのねぇ。魔王 ともあろうものが情けないったら」 きつい口調の少女が嘲笑った。好意のかけらも持ち合わせない、悪意にのみ 満ち溢れた声だ。 「殺っちゃうなら、今じゃない?」 幼げな少女の声音が、わずかに熱と、ねっとりとしたなにかを含んだ。 犠牲者の血と肉と魂への渇望。 愛らしい声も、まだ見えぬがあどけなくかわいらしいであろう姿も、所詮は 哀れな犠牲者の警戒心を鈍らせるための道具に過ぎない。 彼女たちは、人ではないのだ。 「そう……だね。今なら、あたしたちでも」 もう一人の少女の声にも、先の少女同様かすかに熱がこもる。 その熱を冷ますかのように、場に新たな気配が現れたのはその時だった。 「二人とも。そんな事より、早く血肉を得て人間達の侵入を妨げないと、あの 方々のお怒りに触れてしまうよ。あの中から早くよりしろを選んで誘きださな いと」 厳しい調子で言う第三の気配に対し、年下(だと思われる)の少女は首をか しげた……ように思える。 「あれ? ケー姉さまには言ってなかったっけ? よりしろならとっくに選ん じゃって、今誘い込んでるところだよぉ?」 「……聞いてないよ、そんな事」 溜息混じりの声。 「あ、ごめん姉さま。何か忘れてると思ったら、姉さまにその事伝えるの忘れ てたわ」 「あははははっ、オー姉さまでもそんな事あるんだ」 あまり申し訳なさそうではないきつい口調の少女と、何も考えていないよう な幼げな少女の声にとがめだてしても無駄と思ったらしく、第三の気配は再び 小さく溜息をついた。実体があれば、多分こめかみを抑えているに違いない。 「もう、あんた達は…… それで、よりしろは今どこにいるのよ?」 「うーん、もうすぐ十分に他の人間達から引き離せるってカンジかなぁ? 人 数もちょうど三人いるよ」 「そう……」 考え込むような、わずかな間。一瞬のことだが、場に静寂が訪れる。 だがそれも本当に一瞬だけの間のことだ。魔に連なる者は、無意味な逡巡に 時間を割くことなどは決してない。人と違って確固たる目的があるからだ。 すなわち、人をいたぶり、苦しめること。そして死に至らしめ、魂を奪い去 ること。 目的があるならあとは手段の問題だけ。当然のこと、彼女たちはあらゆる下 らない倫理観から自由な存在。その目的にもっとも効果的なものを、選択して 実行するだけのことだ。 「じゃぁ、急ごう、二人とも。早く血肉を得て、門を完全なものとしないと。 ……こっちの世界に来たからには、遊ばせてもらわないとね」 きつい口調の少女の笑みを含んだ声は、ひどく邪悪で危険な気配を含んだも のだった。 Lメモ『Magical Wars!!』第三話:『迷宮に吹く風』 「いわゆるグレムリンというのは、第二次世界大戦中に、主にインド方面のイ ギリス空軍部隊に大量にとり憑いた悪魔なのだそうです。語源はグリム童話で 有名なグリムと、『残酷な』を意味する古英語であるグリムの合体ですね。イ ンド方面のイギリス空軍戦闘機隊は、なぜか空中での事故が多発しました。ま ぁ、熱帯の苛酷な環境に機体のほうが耐えかねたのと、その環境下でイギリス 生まれの整備兵の作業効率が下がったことが原因多くの原因だったのでしょう が、しかし整備兵としては自分たちの整備不良を認めるのは面白くない。そこ でスケープゴートとして出てきたのが、機械に悪さを働く悪魔、『グレムリン』 と言うわけです。ここから多くの機械的誤動作をGE効果、すなわちグレムリ ン・エフェクトと呼ぶことと……」 「長々と能書きをたれるのは良いからっ! この状況を何とかしてくれっ!?」 自分の背後でつらつらと悪魔の解説を述べ立てる神凪遼刃に、ディルクセン はこめかみに青筋を浮きだたせて怒鳴りつける。だが、視線は前方を向いたま ま。背後を振り返ったりすれば、その瞬間に鍔迫り合いを演じているスケルト ンのサーベルに押し切られるのがオチだろう。 何故にディルクセンまでが不慣れな太刀を引き抜いて白兵戦を演じなければ ならない状況になっているかというと、原因は至極簡単な事だった。 つまりは、魔物の群れの仲にグレムリンが数体混じっていて、そのために銃 火器やスタンバトンや車両や暗視装置が動かなくなった。それだけのことだ。 音声魔術師やエルクゥを多数有し、銃撃戦はもちろん白兵戦もこなしさらに は実戦経験豊富なダーク十三使徒が最初に魔物の群れに接触したなら、事態は また別の展開をたどったかもしれないが、あいにく先に会敵したのは生徒指導 部。銃器が使えない事態にパニック状態になった生徒指導部は、てんでばらば らに敗走して前方の状況を把握していないダーク十三使徒の隊列に突入した。 パニックというものは非常に感染しやすいもので、その上使徒たちも暗視装 置や銃器が使えなくなったことに気づくまで時間はかからない。こうして、生 徒指導部のパニック状態はダーク十三使徒にまで伝染。結果として、現在まと もな精神状態を保っているのは多少のことでは動じないSS使いを初めとした ごく少数の人間しかいない。 あとはこれでもかというくらいしっちゃかめっちゃかである。 「レミィ、後ろ、危ないぞっ!!」 そんな混乱の中発せられた真藤誠司の警告に、宮内レミィは素晴らしい反応 を見せた。前方で逃げ惑う生徒指導部員に襲いかかろうとしていたジャイアン トバットを和弓で続けざまに三羽打ち落とすやいなや、背後に迫ったスケルト ンを、振り向きざまに鞭の一撃で粉砕する。 「……なんか、ひょっとすると余計なお世話だったかなぁ」 「そんなことないヨ! アタシ、ぜんぜん気づいてなかったからセイジが知ら せてくれないと危なかったヨ。Thank you,セイジ!」 狩猟者の本領発揮といわんばかりの光景を前に、苦笑しつつ頭を掻く真藤に、 レミィはいつものごとく屈託のない笑みを浮かべて見せる。 「礼を言われるようなことじゃないって」 なんとなく気恥ずかしくて、真藤は苦笑を浮かべたまま視線をそらす。 そしてふと、先ほどから気になっていた事を口にした。 「……それより、そりゃなんだ?」 「What? …………ああ、このWhipの事?」 真藤の視線が腰のベルトに引っ掛けたベルトに向けられていることに気づき、 レミィはいたずらっぽく笑う。 「Statesでは、これがDangeon探索の時のStyleなの」 なるほどね、と真藤は三度苦笑した。レミィの装束はジーパンによれよれの シャツ、テンガロンハットと、ナチと秘宝を巡って争いでもしそうな格好だ。 「このHolyWhipだけは、ハンター仲間のベルモンドさんから借りてき たんだけどネ」 「…………それはハンター違いって言うか、悪魔城シリーズ……」 ベネディクトあたりが食らうと大ダメージっぽいかもしれない。 なんとなく頭痛を感じた真藤だったが、闇に属性を持つ魔物を数多く相手に しなければならない現状においては頼もしい限りだ。徐々に態勢を立て直しつ つあるとはいえ、一方的に押し捲られているには変わりのない目前の生徒指導 部員たちを見ればなおのことその思いは強くなる。 「普段むやみと威張ってるのに、ほんと無様だよな」 まぁ、こうなることをある程度予想してたからこそ、生徒指導部員でもない 俺達を広瀬に強要して駆り出したんだろうけどな。 そう内心続けて、真藤は少し不機嫌そうに鼻を鳴らした。俺はトラップ解除 要員、レミィは戦闘要員って訳だ。ったく、人の意思も無視して好き勝手やっ てくれるよ。 「どうしたの、セイジ?」 「ん、ああ、なんでもないんだ。ちょっと考え事してただけだから」 少なくともレミィは楽しんでるみたいだから、別に良いんだけどさ。真藤は 思う。レミィが楽しんでなけりゃ、こんな厄介ごとほっぽいて、とっとと帰る にこしたことはないのに。 そんな不満げな真藤の傍らを、あたりの様子などお構いなしに慌てず騒がず たじろがず、悠然と通りすぎた人影がある。 「まったく、この程度でパニックになるなんて……これだから人間ってのは情 けない限りだよね」 人影、というのは語弊があるか。彼は人ではないのだから。 リーフ学園初等部の高見津宏明こと魔族ベネディクト。混沌に染まり切った さして広くもない洞窟の中、彼は余裕の表情を浮かべていた。彼がそのような 表情を浮かべていることは、別段珍しいことではない。むしろ、焦りや恐怖を 顔に出していることのほうが珍しいといえよう。 「けど、下魔風情が好き勝手しているってのも、気に食わないな……」 襲いかかってきたインプを鋭い爪でずたずたに引き裂くいて、青い血に染ま った指をハンカチで拭う。 あたりを悠然と見渡した彼は、ある一点を見つめてにぃっ、と笑みを浮かべ た。魔物達の司令塔と思しき下級魔族の一団を見定めて、迷わずそちらに歩み 寄る。 「おい、そこの連中!」 「あん? なんだおめぇ?」 ベネディクトの呼びかけに、険悪な形相で振り返る下級魔族達。といっても 猪、猿、猫、鷹などさまざまな獣の頭部を持つ下級魔族の表情など、同族でも ない限り「なんとなくそんな感じがする」程度にしかわからないのだが。 もっとも、連中風情がどう思おうとどうでも良い。しょせん、下級魔族は下 級魔族。権威を示せばはいつくばって自分を敬うに違いない。 「魔界の子爵たるこのベネディクトに向かって、その態度はなんだ、お前達。 ともかく、どうでもいいから僕に従え。それがお前達下級魔族の義務だろう?」 なんか最近人間相手にはちょっと分が悪いとこがあるみたいだけど、とりあ えずこの程度の下魔風情なら自分の威厳も通じるだろう。 どことなく限りなく後ろ向きな考え方の気がしないでもないが、ともかくベ ネディクトは自信に満ち溢れている。だが悪魔たちの反応は、ベネディクトが 期待していたそれとは180度異なっていた。 「子爵様ァ? 従えって……いきなりそげな事言われてもなぁ」 疑わしげな声と視線で、ベネディクトの言葉を聞く下級魔族。仲間を振り返 って、なにやらぼそぼそと相談し始める。 「おめぇら、ベネディクトたらゆう貴族様知ってっか?」 「いんや、知らね。聞いたこともねぇべ」 「大体、貴族様がこげなところで人間と一緒にいるはずもなかんべぇ」 否定的な見解。 「じゃぁ、こいつは偽もんの貴族様ってことじゃろうかのぅ?」 新たな推論。 「んだ、そうに違ぇねぇだ」 「伯爵様も、近くに誰か他の貴族様がいらっさるなんておっしゃってなかった だよ」 その推論に対する支持。 「人間なんぞに使われてるくせに、貴族様を名乗るなんてぇなんっちゅう罰当 たりじゃぁ。こりゃぁ、討ちとって伯爵様に首をお届けしなくちゃなんねぇ」 そして結論が出た。 「って事で、この罰当たりがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 「なぁぁぁぁぁぁぁにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!?」 相手が魔界のど田舎出身だったのが彼の不幸。まぁ、中央出身であっても彼 の名前まで知っているかどうかは定かではないが。 ともかくも、まさか下級魔族風情が上級魔族に挑みかかってくるなどとは思 ってもいなかったベネディクトは、完全に不意打ちを食らった格好でとっさに 数歩後退する。 だが、動揺でやや緩慢になった動作ではよけ切れない。下級魔族の一体が突 き出した三つ又の鉾が、彼の右頬を浅く切り裂いた。 「なっ……この僕が手傷を負うだって……?」 うわごとのような声を漏らし、震える手で傷口を拭って指先についた己の血 を確認する。魔族特有の蒼い血液を確認し、予想外の展開に狼狽を見せていた ベネディクトの表情が瞬時に憤怒に赤く染まった。 「この…………下郎どもがぁっ!!」 怒号と共に、予備動作無しで放たれた魔法の炎が、下級魔族をまとめて三体 消し炭に変えた。上級魔族の面目躍如、続いて襲いかかろうとしていた下級魔 族たちが怯んでたたらを踏んで立ち止まる。 「下民風情が、誰に喧嘩を売ったのか……思い知ってもらうよ」 慌てて距離を取ろうと下級魔族たちが後方へ下がった分だけ、ベネディクト はゆっくりと歩を進める。その端整な容貌の前にかざした掌の上に、巨大な炎 が浮かんで………… 「消え去ってもらおうか……」 すっかり逆上して見境をなくしたベネディクトは、前方の味方に被害が及ぶ ことも無視して強大な火炎魔法を放とうとした。密かに射線上にハイドラント と葛田玖逗夜と神凪遼刃が入っていたりする(しかも中央付近に)のは、きっ と気のせいだろう。この一撃を放てば敵は全滅、味方も過半が骨すら残さず蒸 発するのは間違いない。 しかし、人が到底及ばぬ強大な力を持つにもかかわらず、何事に関してもう まく行かないのが彼が不幸と呼ばれる所以であるわけで。 そのことを最近自覚しつつもあったから、まったいらなはずの地面で何かを 踏み抜いたような感覚がした時に、既に彼は半ば諦念の境地にあった。一筋の 涙が頬を伝った気がしないでもない。もっとも、誰かがそれを確認する間もな く、 「…………ぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!??」 油花瓶>スパイクウォール>カタストロフボム>油花瓶>コールドクロー> プレスウォール>花瓶>マジックバブル>アタックウォール>スエゾー、と素 晴らしく刻●館チックなトラップコンボ。傍で見ていた真藤が、たたき出され るArcの高さに感涙を流していたりする。 もっともトラップコンボはまだフィニッシュには至っていなかった。ベネデ ィクトがぼろきれのような姿になって石畳の床と抱き合うと、彼が落着した石 畳ががくんと一段沈み込んだ。直後、歯車の音が一帯に響き渡る。 「何の音だ?」 誰ともなく、不気味な轟音に不安げな声があがる。多くの人間と魔物が、不 吉な予感に襲われてきょろきょろとあたりを見渡した。そして一斉に轟音の発 生源に気づく。 「…………下? いや、こっちか……?」 そして、轟音に石と石を擦る音ときしむ音が加わった瞬間、 「ちょ、ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」 「まっ、待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」 その場にいた人間と魔物すべてを飲み込むほど広範囲にわたり、下方に観音 開きに開く床。 「ああっ!? 自然法則は不完全だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 「…導師、どうしましょぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ…!?」 「プアヌークの邪剣よっ!」 「ぎゃああああっっ!!」 誰が逃れる間もないほど、床は急速に下方へと落ち込んでゆく。成す術もな く自由落下をはじめる人と魔物たち…………音声魔術には重力中和の魔術もあ ったはずだが。 「しまった、思わず葛田への突込みを優先してっ!?」 お約束というものは、かくも恐ろしきものにて。 落ち行く者達の頭上では、歯車の音と共に何事もなかったかのように床が再 び元の姿に戻ってゆき。 ………………そして、誰もいなくなった。 「…………?」 「どうしました、風見くん?」 一方のジャッジ。 不意に足を止め、怪訝そうに壁を見つめる風見ひなたに、松明を掲げて先頭 を進んでいた岩下信らが何事かと振りかえった。 「いえ……壁の向こうから声がしたような気がしたんですけどね」 「壁から声が?」 「もしかすると、もうこの階まで生徒指導部が追いついて…………?」 やや緊張した表情で、冬月俊範が風見の見つめていた壁に向き直る。二時間 ほどこちらが先行した形にはなったものの、先ほどから次々と魔物が沸いて出 ては前進を妨害し、随分時間をロスしている。そろそろ追いつかれても不思議 はない。 「君はどう思う、セリス?」 意見を求める岩下に、セリスは事も無げにうなずいた。岩下、冬月、綾波、 風見、美加香の順にメンバーを見まわし、。 「可能性はあるね。ぼくたちと違ってあっちは魔物や罠がある程度片付けられ た道をやってくるわけだから、あっちの足はこっちよりよっぽど早いと思うよ」 指導部とダーク十三使徒の現状を、神ならぬセリスが知るわけもない。ただ、 と言葉を続ける。 「彼らがぼく達を先に行かせたのは、ぼく達や第二購買部に露払いをさせたか ったから。つまり、彼らには独力でのダンジョン探索に自信がないんだ。だか ら彼らが仮にぼくたちを視界に捉えることがあっても、目的地に着くまで仕掛 けてくることはないと思う」 「……それなら、わざわざ我々が動くことはなかったのでは?」 冬月の疑問はもっともなことだ。なにも利用されることがわかっていながら、 相手の思惑通り動くことはないだろう。他の面々も納得がいかないといった様 子でセリスに視線を集中させる。 「けど、ぼくたちが動かなければ動かないで、どちらにしてもディルクセンは 『鍵』を手に入れるために動いたはず。その時ぼくたちが全く動いていなけれ ば、ひょっとすると『鍵』を奪われてしまうかもしれない。彼は口先が先行す るタイプの人間ではあるけど、決して無能じゃないからね。危険の可能性があ る以上、ぼくたちは動かなくちゃいけないんだ」 「ああ、ジャッジは受身であってはいけない。常に行動的でなくては。事が起 きてから対処するのではなくて、事を未然に防ぐために行動する。正義を守る 事を」 セリスの言葉を受け継いで、岩下が言った。信念を込めた言葉に多くのメン バーが得心した様子でうなずいた中で、冬月はなおも食い下がる。ジャッジの ブレインと言えばセリスのみのイメージがあるが、彼とて正規の軍事教育を受 けた身だ。戦略論には一家言ある。 「逆に、彼らを先行させた上で、こちらが追尾すると言う策もあったはずです。 今回は情報を得たと同時に行動を起こすなど、拙速に過ぎた面があると思えま すが」 「それだと、仮にこちらの追撃がなならかの時間稼ぎによって阻まれて、彼ら がグリモアを手にしてしまった時、ぼくたちは対抗する術を失ってしまう。彼 らより先に目的地にたどりついて、グリモアを誰にも悪用されないように焼き 払ってしまう方が危険性は少ないよ」 セリスの反論。それは確かに、と冬月は率直に頷いた。 何も本気で相手を言い負かそうという議論ではない。すでに再び歩き始めて いるのがその証拠だ。問題は既に解決している(つまり、ことを一種のコミュ ニケーションのようなものだ。その議論によって今回の行動の問題点が洗い出 されるなら、なおのこと良い。 「それより、私たちより先に第二購買部とオカ研が先行しているはずなのに、 どうしてこんなに私たちばかり魔物に襲われるんでしょうねぇ?」 「うーん……」 あまりにもっともな美加香の疑問に、今度は答えられる者はいなかった。彼 らの状況どころか現在位置さえわからない以上、何を言っても推論になる。無 論美加香もそれを理解していないはずはないが、それでも口にせずにはいられ ない疑問だ。 一体何が魔物の襲撃をジャッジに引きつけているのだろうか? 「向こうには神無月くんもいますしね。会話で戦闘になるのを避けているのか も」 とりあえず一番可能性が高そうな推論を、風見が口にした。 口にしながら、彼自身全くそれを信じてはいない。それも少しは関係あるの かもしれないが、それだけが問題ではないと彼の直感が告げている。 先ほどから、時折感じる粘ついた視線。その主の姿は今だ確認していない。 どれほど気を払っても確認することが出来なかったから、ひょっとすると気の せいかもしれないと思いもしたが、やはり気になってしかたがない。 その視線の主が全ての原因ではないのだろうか? 意を決し、傍らの岩下やセリスに問い掛ける。 「……気づいてますか? さっきから」 ぞくり、と一瞬体の自由を奪うほどの邪気を感じたのはその時だった。わず かな間の呪縛が解けた直後、風見は邪気の発生源―――つまりは前方を凝視し、 とっさに構えを取る。風見だけではない。ジャッジのメンバー全員が、その邪 気を感じとって身構えていた。そこから次の行動に移ったのは岩下が早い。 「急ごう、ディアルト君やSOS君、貴姫君になにかおきたかもしれない!」 奇襲やトラップを避けるため、100メートルほど先行している三人の身を 案じて岩下が走り出す。 「ちょっ、信! 迂闊に……ああもう!」 「続くしか、ないみたいですね!」 残されたメンバーも慌ててそれに続く。確かにあれだけ強力な邪気の持ち主 ―――しかも気配の数は三体―――が相手ならば、どれほどディアルトやSO Sが手練れであってもただではすまないだろう。ことは一刻を争うかもしれな い。 「邪魔立てするなっ、どけぇっ!!!」 立ち塞がった魔物たちは、次々に焼き払われるなり斬り捨てられるなりして 打ち倒されていく。ジャッジの面々も多少の手傷は負うが、それを気にする者 は誰もいない。薄暗い洞窟の中、100メートルの距離を一気に駈け抜ける。 「三人とも、無事かっ!?」 薄暗い通路の先に三つの人影を見出し、岩下が叫ぶ。が、次の瞬間その三つ の人影の向こうに倒れ伏す三つの人影を新たに発見し、その表情が険しいもの に変わる。 「あ、岩下さん、それに皆! ちょうどいいところに」 幸いと言うべきか、立ち尽くしていた三つの人影はいずれもジャッジのメン バーだった。岩下の声に反応し、ディアルトがすぐに駆け寄ってくる。 「さっきの邪気は……」 「ああ、やっぱりそれに気づいたんですね。ちょうど私たちがここに差し掛か ったとき、急に凄い邪気が膨れ上がって……」 そこで口篭もったディアルトの表情には、困惑がありありと浮き出ていた。 言葉を捜すように少々口篭もったあと、目線で少し前方の地面に倒れ伏す三つ の人影を目線で示す。 「……うちの生徒……なんですか? 彼女たちは?」 倒れている三つの人影を目にして、冬月が驚きの声をあげた。まさか第二購 買部やオカルト研以外に、先に潜っている生徒がいたのだろうか。 「……ええ、冬月様も多分ご存知の方々ですよ」 やはり困惑した様子で貴姫が答える。 「SS使い……?」 「いえ……ご自分で確かめたほうがいいでしょう」 冬月の言葉に首を横に振り、貴姫は背後を振り返った。そのまま人影に近づ いていく貴姫に、追い付いて来たメンバーもその後に続いた。 その時、三人組の一人が小さく呻くと、ゆっくりと上体を起こし始めた。ひ ょっとすると何かに取りつかれているかもしれない、ジャッジの面々はおのお のの間合いを取り、万が一の事態に備えて身構える。 やがて彼女は状態を完全に起こし、ゆっくりと周りを取り囲むジャッジのメ ンバーを見渡した。状況が全く理解できていないかのように数度繰り返して周 囲を見渡すと、寝起きそのものの様子、半眼、低い声で正面の岩下に問い掛け る。 「……ジャッジ? あんたたち、こんなところで一体なにしてるのよ?」 「……それはこっちの台詞だよ」 ……目を覚まして開口一番の岡田の言葉に、岩下は思わずこめかみを押さえ た。 (続く) ___________________________________