とある日の、放課後の二年生棟エディフェルにて。 「宮内先輩、宮内先輩! 兄さんに聞いたんですけど、宮内先輩は確か日本の 文化に興味がおありなんですよね?」 見知った顔の一年生に尋ねられ、レミィは心底嬉しそうに頷く。 「Yes! 日本の文化、とっても奥が深くて楽しいデス。私、日本のcultur eを毎日勉強してるヨ!」 弓道、ことわざ、俳句、ワビサビ、と数え上げ始める彼女を見て、少年は安 心したように頷いて手にした本のページをめくる。 「あ、よかったぁ。えっと、先輩にとっても喜んでもらえそうな、伝統芸能が あるんですよ。ほら、これなんですけど」 「What? どんなのですか?」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「Oh,wonderful!! とっても素敵なcultureネ! …………で も、すぐには出来そうにないのが残念デス」 大仰に肩を竦め、がっかりしたように言うレミィ。そんな彼女に対し、少年 はことさらに意外そうな表情をして見せた。 「え? そんな事ないですよ、今すぐにも出来るじゃないですか」 「けど、学校にはdogもhoseも居ないヨ?」 当然の疑問に、レミィは首をかしげる。馬に関しては馬術部で借りられるか もしれないが、犬の方はちょっと都合がつきそうにもない。 「……くすっ、居るじゃないですか、両方とも」 彼女の疑問をよそに、少年は楽しそうに、そしてひどく悪戯っぽく微笑んだ。 Lメモ:『犬追物』 その日の放課後、XY−MENは暇を持て余していた。 楓は部活中だし、天気が悪くなりそうなので屋台はもうたたんでしまった。 今日は風紀委員会も落着いていて、彼の出番は無さそうだ。 というよりも学校全体が今日は平穏そのもので、いつも騒動の中心にある面 々たとえば柳川先生は学会で出張中らしいし、Dセリオはメンテナンス中で今 日一日は動けない。目に付く騒ぎがあるとすれば、せいぜい中庭の向こう側で は綾香とハイドラントと悠朔がいつものじゃれあい(?)を演じている程度で、 鬱陶しい空模様とは対照的に、学園にはゆっくりとした時間が流れている。 「ま、こんな平和な一時ってのもたまにはいいもんだな……」 こんな時、楓ちゃんと一緒に過ごせたらな。第一茶道部に顔を出してみよう か。 そんな事をぼけ〜っと考えながら、ベンチにもたれていた時。 「XY−MEN先輩〜!!」 そんな間延びした呼び声と共に、 「なっ、なんだぁっ!?」 彼がもたれるベンチに一本の矢(吸盤付き)が突き立った。 「おいっ、何のつもりだっ! ディルクセンの弟!!」 とっさに飛び起きざまに半獣人化し、油断なく目前の射手、松原陽平を見据 える。 「あ、そんなに怒らないでくださいよ〜、用件があるの、僕じゃないんですよ」 当然ながら怒った様子のXY−MENに対し、おもちゃの弓を携えた陽平は 邪気のない笑みを浮かべた。人を食ったその態度に不快の念を増して、XY− MENが唸るように言う。 「用事もないのに人に向けて弓を射るってのか、てめぇは!?」 「だから、用件があるの僕じゃないんですってば」 XY−MENの怒りを微塵も気にした様子もなく、陽平は彼方の方向を指差 して、くすくすと笑った。その仕草に、XY−MENは本能的にひどく嫌な予 感を覚えた。 「ほら、あそこ」 陽平の指差したその先にいたのは、彼が感じた嫌な予感そのもの。 「Yahoo♪」 「…………げっ、レミィ…………とJJか。つくづく災難だよなお前も……」 「…………そう思うなら助けてください、今すぐにでも」 馬……突然の不幸にさめざめと涙を流しているJJに跨り、陽平同様の武者 装束に身を包み、和弓に鏑矢を番えてこちらに狙いを定めている宮内レミィの 姿。 「Hi、キシメン! 一撃で楽にしてあげるヨ♪」 にこやかにそんな事をのたまう彼女の瞳はもちろん狩猟者モード。そして、 獲物は自分。 ではこう仕向けた犯人は? 「てめぇっ、ディルクセンの弟っ! レミィに何吹きこみやがった!?」 「吹き込んだなんて、ひどい言いぐさだなぁ」 XY−MENが睨み据えた先で、陽平は心外そうに頬を膨らませる。 「レミィ先輩が日本文化が好きだって聞いたから、ちょっと『犬追物』につい て教えてあげただけなのに」 「犬追物(いぬおうもの)」 犬追物射の略。走る犬を的として馬上から弓目の矢で追物射(おものい)に する射芸。21尋(約38.2m)の縄を輪にしてしきりとし、この円周に3 6騎の射手を三手に分け、さらに12騎を一組とし4騎で円の中央から放す犬 を追い回して射るので、馬上の身体や動作の修練には最適の射技として中世武 士の間で盛んに行なわれた。 「…………てめぇってやつはああああぁぁぁぁっ!!!!」 血を吐くようなXY−MENの叫び。もちろん陽平とレミィの耳には入って もいないようだが。 「宮内先輩、どうぞ〜」 「ぬあぁぁっ!?」 なにがどうぞなのかはわからないが、陽平の言葉にレミィの矢が続く。後方 へとのけぞるようにしてこれをかわしたXY−MENは、そこで恐ろしいもの を目撃した。校舎のコンクリに矢が深深と突き立っている!! そう言えば、矢が飛び去った後に鏑矢独特の甲高い音がついてきた気がしな いでもない。 冗談抜きで生命の危機を感じ、血相を変えすばやくレミィに向き直って、 「待てぇぇぇぇぇっ、レミィっ!!! そんなもんで射たれた日にゃ、いくら オレでも…………」 全て言い終えることなく絶句した。 表情を硬直させたまま獣人化。転進。失踪……もとい、疾走。 その一瞬後、地面に矢が三本の同時に突き刺さる。もちろん音速。 「Sit! さすがに素早いネ……デモ、逃がさないヨ! Go,JJ!」 「ううっ、誰か助けて……ああ、けど今日はハンティングされないだけまだマ シかも」 すぐさま後を追うレミィ&JJ(徴用または使役状態) JJの呟きにはほとんど絶望に近い安堵が含まれたりしているが、やっぱり レミィには聞こえていなかったりする。 「で、僕はどうするかなぁ」 足を確保していなかった陽平、一人取り残されてみたり。 とりあえずきょろきょろ周囲を見渡してなにか徴発できる足がないか探して みたが、近くには用務員が使っているのだろう大八車があるばかり。 さて、どうしたものか。ひとしきり考えて、どう見ても何か考えたとは思え ないようなわずかな時間で結論を下す。 「ま、いっか。後で隠し監視カメラの記録映像見れば良いや」 人、それを職権濫用という。 ……そもそも監視カメラの設置自体が大問題くさいが。 もちろん、そんな事を気にするような人物がこんな悪戯を思いつくはずもな い訳で、陽平はいたって上機嫌だ。 仕返しを受けると言う可能性は全く考慮の外であるらしく、心底嬉しそうに な呟きをもらす。 「今日はもう帰ろっと♪ 明日の楽しみに取っておくのも良いよね〜」 気分は深夜番組を録画予約をして眠りにつく中学生。 不幸なことに、無責任きわまる彼の行動を諌める者は、その場に誰もいなか った。 「あのガキ、捕まえたら絶対ただじゃ済ませねえええぇぇぇぇっ!!」 陽平がとっとと帰宅してしまったなどとは露知らず、XY−MENは絶叫し ながらリズエルの階段を駆け上がる。 そう、中庭でも校庭でもなく、リズエルの階段だ。 普段ならともかく、今レミィは馬上の人だ。狭い建物の中、しかも階段を駆 け上がるのは至難の技……そう思ったのだが。 「フフフ、escapeしても無駄な努力だヨ、キシメン!」 「本意じゃないんだっ、本意じゃないんだけどっ! XY−MENさん、あん たを取り逃がしたら、オレが馬刺しにされるんですっ、だから!!」 心底楽しそうなレミィと悲壮な叫びを上げるJJのコンビ(または主従)は すさまじくしつこかった。JJの決死の疾走をレミィが巧みな手綱さばきで制 御し、階段をものともせず追いすがってくる。 「お前がオレに追いついたら、オレが矢犬にされるだろーがっ! 頼むからお となしく馬刺しにされててくれっ!!」 JJにこちらも悲痛な叫びを返し、XY−MENは壁を蹴って階段から二階 の廊下を直角に曲がった。直後、壁に矢が三本突き立つ。 「危ねぇ危ねぇ……っとーに容赦無しだな、レミィのヤツ……」 それを肩越しに見て、XY−MENはげっそりした表情で呟いた。あまり期 待してはいなかったが、JJはやはり壁に激突する事も無くXY−MEN同様 壁を蹴って90度の直角カーブをやってのけている。 「だぁぁぁぁぁっ、しつこいっ!!」 間を置く事無しに放たれる矢を必死にかわしつつ、XY−MENは進行方向 に視線を戻す。 そして今日何度目かの良からぬ不安に涙した。 前方に、大量の荷物と共にマルチやセリオ、それに工作部の面々がいたから である。 「普通の台車では階段を上がり下がりする事は難しいからね。力のある男性な らなんとかなるけど、女性やお年寄り、子供たちには階段での荷物運びは難し い」 今日も今日とて白衣姿の長瀬源一郎教諭は、そこで傍らの奇妙な形をした台 車を軽く叩いた。 「そこでこのキャスターを試作して見たんだ」 一見普通の台車に見え…………るはずもないこの台車。 なにしろ車輪の代わりに無限軌道(キャタピラ)がついていて、しかも取っ ての部分にはハンドルやら変速機まで付属している。もちろん、台車の基部に はエンジンが付随しているのだろう。 「動力は電気モーター。階段や急坂を利用する事も想定しているから、60度 までの角度に対応できるオートバランサーもついてる。どんなに急な坂でも荷 崩れの心配は無いんだ」 「…………こんなん作るより、エレベーターとかバリアフリーとか整備する事 のほうが大事やと思うわ」 もっともな事を言うのは保科智子。 まぁこの際それを言っても仕方ないし、実際作ってしまったものはしかたが 無い。腰に手を当て、 「まぁともかく、三人でこの荷物を一階の職員室まで運んでいってくれるかな? 僕たちは横で運用データを取るから」 「――はい、長瀬主任」 「はい、喜んでお手伝いさせていただきます!」 「千紗も頑張りますぅ」 一人は無感情に、二人は満面に笑みを浮かべて。セリオとマルチ、塚本千紗 の三人が長瀬教諭に返事を返す。 「……なんか不安やわ」 「大丈夫、そんなに危ないものじゃないから」 長瀬教諭と一緒にこの自動台車を作った工作部長、菅生誠治が笑って安全を 請合っても、保科の不安は解けなかった。 まぁ、セリオはともかく残りの二人がマルチと千紗ではそれも当然のことか も知れない。 「あの二人が使っても安全であって始めて、この台車の安全性も証明されると 言う事だよ」 聞き様によってはかなりひどいいいざまである。 もっとも、彼に他意などまるで無い事は、続く言葉が証明している。 「それに、この学校であれを一番良く使う事になるのはあの二人だろうからね。 彼女たちにとって一番都合の良い形に仕上げるには、まず本人達に使ってもら って意見を聞くのが一番だ」 「まぁ、そやな。実際につこうたら、抱えとる問題も浮き彫りになるやろし」 保科は頷いて、長瀬教諭から操作方法を教わっている三人へと視線を移した。 移したとたん、不意に奇妙な音に気づく。 「…………蹄の音?」 「……蹄?」 菅生もその音に気づいたらしく、思わず二人は顔を見合わせた。見合わせた 二人の顔のちょうど真ん中を、音より速い矢が駆けぬけていく。 「なっ、なんやぁっ!!?」 「XY−MENくんにレミィちゃん、それにJJくん!?」 「危ないぞぉぉぉぉぉぉっ、どいてくれぇぇぇぇぇぇぇっ!!」 決死の形相のその警告を、無視する理由は無かった。 二人は慌てて廊下の両側にへばりつき、爆走してくるXY−MENとJJを 回避する。 「ついでに後ろのレミィを止めてくれると嬉しいなぁぁぁぁぁぁっ!!」 必死の形相のその哀願を、受け入れる事は出来なかった。 「悪いけど、それは無理な話やと思うわ……」 「無理とはわかってたけどなっ、ちくしょぉぉぉぉぉぉっ!!」」 ドップラー効果を残し、XY−MENは二人の眼前を駆け抜けていく。 「前っ、前をどいてくださいぃぃぃぃぃぃっ!!」 「Sorry,お邪魔しマース!」 続いてJJ&レミィ。 銀狼の姿のXY−MENより、当然の事馬であるJJの方が大きい。ここに その後に続く喜劇の全ての原因がある。 「――危険です、マルチさん、千紗さん、下がってください」 「はわっはわわわわわわわわっ!!?」 「にゃああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」 とっさにかわしたセリオほどには、マルチも千紗も機敏ではなかった。 と言うより、鈍くさかった。それも究極的に。 XY−MENとJJが走り抜けた、その風に煽られて、二人はへろへろと倒 れこむ。 すでに起動準備が完了した台車の座席に。倒れこむついでに起動キーまで押 し込んで。 「はわわわわっ、うっ、動き出してしまいましたああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 「止まらないですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」 そのまま自走台車は動き出す。ハンドルにしがみついた二人を乗せたまま。 「まずいっ、止めないと!」 走り出そうとした自動台車を止めようと、菅生がとっさに前に走り出して、 ぶぎゅる。 「おごっ」 平べったくなった。変速装置の誤作動か、いきなりトップスピードで走り出 したのだから無理も無い。 「……なんであんなスピード出とんの」 菅生を轢き潰し、高速で走り去っていく自動台車を見送って、ジト目で突っ 込む保科。その視線を受けても長瀬教諭の茫洋とした表情は変わらない。 ……ちょこっと冷や汗を流している以外には。 「はは、ちょっとモーターの出力が強すぎたみたいだね。次からはもう一段弱 いモーターに積み替えないと」 「次やのうて、今の対策を考えんかいなっ!!」 視線までそらし始めた長瀬教諭に、保科の容赦無いハリセン突込みが加えら れたのは言うまでも無い。 その頃セリオは。 「――マルチさん……楽しそうですね……」 どことなくかなり羨ましそうだった。 「いや……セリオさん、あれは楽しんでるのとはちょっと違うと思う……」 冷や汗をたらしながら言う陸奥崇に、セリオは首をかしげて向き直る。 「――そうでしょうか? 人間の皆さんは、ジェットコースターやフリーフォ ールなどスピード感のあるスリルを楽しむでしょう? ――……私よりも人間に近いマルチさんも、そんな楽しみ方ができるのでは ないでしょうか?」 「それは違うよ、セリオさん!」 悲しげに言うセリオに、陸奥が首を振って叫ぶ。 「セリオさんは十分にんげ (長引きそうなので以下略) 「待てぇぇぇぇぇっ!!??」 待ちません。 予想通り後ろで面倒が起こったようだが、この際気にしてはいられない。マ ルチの事ならせリスか貴姫が何とかするだろうし。 「…………けど、あの場にいなかったなどっちも。ま、何か起きれば駆けつけ てくるだろ、光の速さで」 かなり無責任な発言をのたまう。実際その通りだろうが。 背後の騒ぎはほんの数秒で忘れ、XY−MENは突き当りで再びスピードを 殺さず90度の直角カーブを決め、階段へと走りこんだ。 ただし、追われる身にもかかわらず、向かう方角はなぜか上。 このあたり、人も犬も習性は変わらないのかもしれない。 「オレは犬じゃねぇっ!!」 しかし、この学園には自分の存在意義とも言える事実を否定する人が多いの は何故だろう? 例をあげるなら犬とか馬とか魚とか薔薇とか。 「あと、ヅラとかな」 ………… 「…………」 ………… 「…………」 ばんっ、と扉を押し開けるとそこは屋上だった。 「待てぇっ、さっき二階って!!」 考え事をしている間に屋上までたどり着いてしまったらしい。 「そんな訳あるかぁっ!!」 どう叫んでも事実は動かない。ここは屋上。非常階段は……遠い。遮蔽物の 無いこの場所では、たどり着く前に射抜かれるだろう。 当然、遮蔽物がないと言う事は隠れる場所もないと言う事。 XY−MEN、絶体絶命の大ピンチ。 「Hi,フクロのイヌだネ、キシメン?」 「……そりゃ袋のネズミだろーが」 背後でばたんと扉の開く音がした。振返るまでもなくレミィとJJだ。 「なかなかHardでExcitingなGameだったヨ、キシメン」 「キシメンさん、恨まないでくださいよ……」 レミィがきりきりと弓を引き絞り、JJが同情の視線を寄せる。カツッ、と 硬い音を立ててJJが一歩進むたびに、XY−MENはその分だけ背後に後退 を余儀なくされる。 だが、狭い屋上の事だ。すぐに下がるべき場所もなくなるのは自明の理。数 歩後退しただけで、彼は屋上の縁、フェンスに背中を押し付ける事になる。 それでもレミィのつがえた矢に注意を払いつつ、XY−MENは冷静に逃げ 場を探した。 上。空。駄目、俺は飛べない。右、左、逃げる間に射抜かれる。背後、下。 地面に落ちたら……落ちる? 落ちるだけが能じゃぁないじゃないか。 「まだ…………終わってないぜっ!」 「Ah!」 「キシメンさん、何を!?」 ニヤリと不敵な笑みを浮かべたXY−MENは、一飛びして屋上の柵に飛び 乗った。 「んじゃ、またな!」 レミィとJJがなにか叫んだようだが聞こえない。すでに彼の耳に入るのは、 自分の体が空気の層を切り裂く音だけになっている……飛び降りたのだ、四階 建て校舎の屋上から。 いや、単に飛び降りたのでは無い。 たんっ、たんっ、と各階の窓のサンを蹴ってスピードを殺し、XY−MEN は身軽に屋上から地面までの距離を駆け下りる。上方から数回放たれた弓も全 て避け切って、彼は見事無事に地上に降り立った。 「……さーて、どうするレミィ?」 人間の姿に戻って頭上を見上げる。 レミィは追って来ていない。 当然だ、騎馬で校舎の壁面を駆け下りて来れるはずがない。狩猟者モード全 開のレミィなら一気に飛び降りもできるだろうが、今は『犬追物』というゲー ムに執着している。JJから下りることはないだろう。 「残念だったなレミィ! また今度遊んでやるよ!!」 だからXY−MENはガッツポーズと勝利宣言を残し、この場からさっさと 逃げようと走り出した。 「残念だったなレミィ! また今度遊んでやるよ!!」 そんな言葉を残して、XY−MENが颯爽と走り去っていく。 獲物を取り逃がしたレミィの欲求不満がどこへ向けられるのか。JJの関心 は既にそちらへ移りつつあった。 だが、幸いな事にレミィはまだ『取り逃した』などとは思っていないらしい。 いや、JJにとってはあまり幸いでもなかったかもしれないが。 「ウフフ……はしっこいDogダネ、キシメン…………ケド、Hunterを この程度で振り切れるなんて思ってるのなら、大間違いだヨ……」 低く、太い、肉食獣の唸りのようなレミィの呟きに言い知れぬ不安を感じ、 JJは恐る恐る背中のレミィを振り返る。 「……あらかじめ言っときますけど。校舎の側壁なんて、鹿でも駆け下りる事 は出来ませんからね?」 「Don’t worry,心配しないでJJ」 満面の笑顔を浮かべたままのレミィ。どこからその自信がわくのか、JJは ふと聞いてみたくなった。 だが、彼が何事か口を開くよりも早く。 「馬も四足、鹿も四足、ついでにキシメンも四足ヨ!!」 「だからっ、鹿も駆け下りれないってええええぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」 しかもXY−MENは二足歩行。 レミィが強く馬腹を蹴ると、そこは習性の悲しさ、JJの体が本人の意思と は無関係に前へと進んでしまう。 前、即ち、屋上から虚空へと。 「オレは馬じゃないぃぃぃっ、従って習性とも無縁だぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 JJの血を吐くような叫びだけが、虚空へと吸い込まれていく。 そう、叫びは虚空に空しく響くだけ。冷徹な現実として、地表は加速度的に どんどん近づいてくる。 ただし、自由落下ではない。 「ここで墜死なんて、冗談じゃないっ!!!」 「Go,Go,JJ!!」 JJの決死の気迫とレミィの神がかり的な手綱さばき。その両者が噛み合わ されば、壁面を駆け下りる事すら不可能ではない! 「物理法則を気合だの神懸りだの抽象的な言葉で無視するなぁっ!!」 眼下を逃走するXY−MENにとっては、JJの奇跡も忌むべき悪運でしか なかったが。 JJとレミィが飛び降りたかに見えたときはさすがに目を剥いて足を止めた が、二人が壁面を走り出すやいなや、完全に獣化してまで今までに倍する速さ で逃走を再開する。 幸い、さしものレミィも今は手綱を放す事は出来ない。つまり、弓を射る事 は今は出来ない。それに、あれでは方向転換も難しいだろう。 ならば。 「甘かったな、レミィっ!」 「Oh,sit!! 卑怯ヨキシメン!」 自分に向かって一直線に駆け下りてくるレミィ&JJに対し、XY−MEN がとった緊急回避策はUターンだった。 90度の壁面を斜めに駆け下りてくるレミィ達は、地上に降りるまでは大き な方向転換は出来ない。それまでのわずかな間、だが自分の脚力なら、一時撒 くためにはそれだけで十分だ。一時撒きさえすれば、その後の策はなんとでも なる。 だが、彼はすぐに自分の予想が甘かった事を後悔する羽目になる。 「You have a great misunderstanding! こ のまま逃げられると思うほうが甘いのヨ、キシメン!! JJ!!」 「おうっ…………って今度はなんですかぁぁぁぁぁぁっ!?」 再び自分の意思とは関係なく、手綱に良いように操られるJJ。ぐいっと引 かれた手綱にあわせて、彼の両の後脚が力強く壁面をける! 「飛んだっ!?」 思わず叫んだXY−MENの頭上を、JJが雷光のような速さで飛び去った。 空中で器用に身を捻り、校舎に面した林、その一番外側で最も太い幹に四本 の足で『着地』する。 採点者がいれば間違いなく10.0だろう。XY−MENにはすでに逃げ場 なし。 「………………今日は何度か死ぬかとおもったけど、今度こそ本当に死んだと 思った…………」 そのまま燃え尽きて崩れ落ちるJJから軽やかに飛び降りて、レミィがにっ こりと笑みを浮かべた。もちろん、弓には三本の矢が番えられ、弦は限界にま で引き絞られている。 「フフフ、キシメン! Check Mateデス!」 レミィとXY−MENの距離はわずが五メートル。もう逃げられるような距 離ではない。 ついでに、矢に当たれば命はない可能性大。 本日二度目の絶体絶命の大ピンチ……むしろDieピンチかもしれない。 「ごめん、楓ちゃん。オレ、二度と君のところに顔を出せそうも無い」 もはやこれまでか、さしものXY−MENもさめざめと涙を流しながら覚悟 を決めて目を瞑ったたその時。 「はわわわわ〜〜っ、止まりません〜〜!!」 「うにゃぁぁぁぁっ、止まらないです〜〜!!」 どがんっ、ぶぎゅるっ! そんな声と音がした。 「マルチぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!! 今助けるからねぇぇぇぇぇぇぇっ!!」 「マルチ様、すぐに参りますっっ!!」 先ほどの声に、そんな声が続く。 ちなみに両者とも千紗は無視。彼女の前途は暗そうだ。 「な、なんだ……?」 それきり何も起こらなくなったのを不審に思い、XY−MENはゆっくりと まぶたを開いた。 最初に目に入ったのは、キャタピラと二人分の靴の跡をくっきり残した馬と 宇宙人の轢死体(?) キャタピラの跡を追っていくと、先ほど廊下で目にしたマルチと千紗と二人 の乗る奇妙な台車、それを追いかけていくセリスと貴姫の姿が猛烈なスピード で遠ざかっていく。 「じゃっじのみんなありがとー、おかげでたすかったよ」 棒読みの声に、気力かけらも無し。 どっと疲れが出て、そのままあお向けに寝っ転がる。空はまだまだどんより 曇っていて、外で昼寝をするにはまだ肌寒かったが、それでも彼がそのまま眠 りに落ちるにはわずかな時間しか要しなかった。 馬と宇宙人の轢死体とセットだったせいで何かの事件に巻き込まれたと勘違 いされ、第一保健室に担ぎ込まれた三人が、千鶴先生の手厚い『看護』によっ て三途の川観光を済ませてからこの世に帰還したのは、翌朝六時のことであっ たと言う。 あけて翌日。 今日も今日とて逆説的な平和が続いている。 相変わらず空はどんよりとしたうっとおしい天気だ。昨夜から断続的に続く 雨のせいでグランド状態も悪く、部活も幾つかは屋内練習に切り替えられてい る。 やはり今日もXY−MENの商売はあまり上手くいっていない。昨日の今日 だ、悪い予感もあった。昨日よりさらに早く、店じまいをして帰ろうとしたの だが。 「……今日は何だ?」 今日は矢は飛んでこなかった。 ただし、XY−MENの背後、校舎の壁面に弾痕が穿たれたが。 うっすら涙さえ浮かべて尋ねたXY−MENだったが、聞かずとも既に答え はわかっている。 何故なら、JJの背に跨るレミィの姿は、ハンティング帽にチョッキ、それ に猟銃と言う姿だったのだから。 「あはは、今日は英国文化のお勉強です〜」 笑顔で言う陽平。相変わらず罪悪感とかそういったものとは全く無縁の様子 である。 それはレミィもまた同じ事、腰に手を当て、人差し指を自分の額に当てて解 説を始める。 「Yes,Fox huntデス! StatesはWASPが作りマシタ。 そのルーツをたどればEnglandにたどり着きマス」 「だから、英国文化を学ぶにはまず英国紳士の生活を、と」 「……んで、また獲物はオレかい」 もはやなにもかも諦め切った様子で言うXY−MENに、二人は笑みを崩さ ないまま明るく頷いた。 「Yes♪」 「学園で犬科の人ってXY−MEN先輩しかいませんし〜」 「犬科ならなんでもいいんかいってえか俺は獣じゃねぇっ、獣人だ!!」 XY−MENの抗議が聞き入れられないのはいつもの事。そして、これから 起きる事は昨日に同じ。。 「フフフ、キシメン。今日は昨日みたいには行かないヨ!」 「じゃぁ宮内先輩、いいですよ〜」 レミィがエンフィールドMk3ライフルを構え、陽平がゴーサインを出す。 そしてXY−MENの絶叫があたりの空気を震わせる。 「オレは狐でもねえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!!」 ……かくして、今日もリーフ学園の平和な一日が幕を開ける。 ___________________________________ Q&A Q.その頃レミィ萌えの真藤さんは何をしていたんですか? A.犬追物も狐狩りも罠を必要としないので、涙ながらに教室でのの字を書 いていました。 「うう……レミィ、誘ってくれたって良いじゃないかよぉ……しくしく」 あとがきとゆーかあがきとゆーか、そんなもの ……よもやこれを書くのに四ヶ月かかるとは(笑) で、いろいろとごめんなさい殺さないでくさいな方がいるわけで、とりあえ ず旅に出ますので探さないでください(爆) kosekiさん、いろいろご意見聞かせていただいて、ありがとうございました 〜(多謝) 次は順調に書けるといーねぇ(笑)