★ 初日 ★ 天候は、明くる日も芳しくなかった。多くの生徒は曇天と今日から行なわれ る予定の頭髪・所持品検査に心まで雲るかのような思いを抱いたものだ。 だが幸いにして、この日はチェックは行なわれなかった。別段、風紀委員が 寝過ごしたとかディルクセンが面倒くさくなって止めたとか、そんな理由では ない。 世の中には、ままならないと言う事も往々にしてあるものなのである…… 「俺にっ、俺にっ、俺に銃を撃たせろおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」 のっけから、頭の痛い叫びが響く。 かなり涙声。悲痛ですらあるその叫びは、誰あろう生徒指導部長ディルクセ ンが発するものだった。 ちなみに現時刻午前七時二五分。近くに民家があったらかなり近所迷惑な時 間帯である。 いや、この学園で今更近所迷惑も何もないかもしれないが。 「ちょ、ぶっ部長、落ちついてください!!」 「だーっ!! ディルクセン、頼むからやめろっ!!」 「ディルクセン先輩、気持ちはわからないでもないけどやめときなさいよ! あなた達だけ殺られるなら別に良いけど、私はこんなことで巻き添えくらいた くないわよ!?」 ともすれば銃口をある人物に向けて発砲しようとする彼を、風紀委員長広瀬 ゆかり以下数人の風紀委員・生徒指導部員がしがみついて取り押さえている。 この時ばかりは風紀も指導部もなく、皆これ以上もないと言うほど必死の形相 だ。 それもそのはず、 「放せお前らっ、武士の情けや!! あの校則発表したあとで、あの人にあん な格好されとったら、俺らの示しがつかんっ!!」 「だからって、あの人に刃向かったら秒殺だろうがよっ!!」 「ってーか指導部の存続も危ういって!!」 「千鶴校長に戦い挑んで、勝てるわけないでしょうっ!?」 「まーた性懲りもなくっ、耕一さんをかどわかそうって言うのねこのコスプレ オバサン!」 「だっ、誰がコスプレオバサンですってーっ!!?」 「あんたよあんた、他に誰がいるってのよ? あたりは皆若くて愛らしい10 代の女の子ばかりじゃない?」 「わ、わたしだって高校いちね」 『嘘つきなさい、オバサン』×2 「きぃぃぃぃぃぃっ!!」 「もふぐふがふぐ〜〜〜〜っ!!(訳:助けてくれ〜〜〜〜っ!!)」 そんなこんなで。 ディルクセンの銃口の先にいるのは、いつものごとくと言えば限りなくいつ ものごとく、朝っぱらから耕一を簀巻きにして拉致せんと画策し、そしてやは りいつものごとくそれを阻止せんと立ちはだかるEDGEとM・Kの二人と戦 っている柏木千鶴校長……それも千鶴ちゃん一年生バージョンだったのだから。 「だ、大体わたしがかりに23歳だったとしても、オバサンとか呼ばれる年齢 じゃ……」 「そんな事ないよ、二十歳を超えちゃったら十分オバサンだよね?」 「ねー?」 「……そうですか、二十歳をわずかでも超えればみんなオバサンですか。それ では私などとうの立った大年増と言う事になりますね。いえ良いんですよ、私 は通りすがりにそれを偶然聞いてしまっただけですし、ええあなた達が気にす る必要は全然ありませんからあなた達が若くて私が年寄りであると言うだけの ことですので」 『ごめんなさいごめんなさい!!』×2 通りすがりの篠塚弥生女史、一人勝ちの模様。 …………閑話休題。 「勝てるわけがあろーがなかろーが、見敵必戦こそが英国海軍魂なんやっ!」 「お前はジョンブルじゃないだろうがっ!」 「撃ちてし止まん大和魂っ! 八紘一宇の精神で大義を全うすべしっ!!」 「それはこの場合無関係っ!!」 激情収まらぬディルクセンと、それを羽交い締めにして止める周囲の面々。 気分はほとんど松の廊下である。 「そんな些細な問題にこだわるんやないっ! 今日こそ確信したっ、千鶴校長 こそ学園の風紀の敵っ! 許すまじき諸悪の根源っ! 断固此れに天誅を加え、 もって正義の在り処を示すべしっ!!」 「へー、千鶴ちゃん、諸悪の根源だったんだー」 「そのとーりやっ、校長でありながらじぶ」 自分の年も省みず、破廉恥にもセーラー服を来て学園を闊歩するばかりか、 あくまで自分が高校一年生だと主張するならば校則を守った身だしなみをする べきものを云々とわめきたてようとして、ディルクセンは話の流れに違和感を 覚え、致命的な一言を発するのをとっさに思いとどまった。 このあたり、さすがに鋭い。 違和感のもと、明らかにそれまでと雰囲気の異なる合いの手を入れた声の主、 彼の背後の人物を恐る恐る振りかえる。 そして。 「……あ、あ…………あああああ…………」 …………そして、予期していた人物を見出し、まるでクトゥルフでも見出し たかのように呆け上ずった声を漏らした。 「何かいったかなー? ディルクセン先輩★」 予期していた人物、千鶴ちゃん一年生はどこまでも爽やかな笑みを浮かべて いる。眼がちっとも笑っていないって言うか血に餓えてるような気がしない事 もない事を除けば。 あと、片手が鬼のそれに変わっていると言う事もあったが、幸いそれはディ ルクセンの視界からは微妙に外れていた。 そんならぶりーでぷりちーな鬼……もとえ『美少女』を目前にすれば、彼の 次の態度も納得できるものだろう。 「いやっ、なにも言っておりません!」 「…………ディルクセン先輩、その豹変ぶりは何?」 背筋をぴんと伸ばし、直立不動の姿勢で答えるディルクセンに、広瀬は完全 に冷めた視線を送っている。それに対しディルクセンは動じた様子も見せず、 倣然と胸を張ってぼそぼそと小さく返答した。 「……この際、恥も外聞もいったんビニール袋に密封してどぶ川に棄てる事に する」 どうやらあとで回収するつもりらしい。 そんな二人の会話を知ってか知らずか、千鶴ちゃん一年生はあくまでにこや かだ(除く瞳) その表情を崩さないまま、ある一点を指差して結構な無茶を 言ってくれる。 「ふーん……じゃぁ、あそこに風紀を乱す悪ーい女の子が二人いるんだけど、 懲らしめてくれますよね?」 風紀を乱す悪ーい女の子二人こと、神威のSS宗家、EDGEとエルクゥ同 盟のゆきの妹、M・K。要するに、どっちもエルクゥの血を引くもの。 今現在この場にいる風紀委員・生徒指導部50名総がかりでも制圧できるか どうか怪しいものだったが、当然の事ながらディルクセンに選択肢は残されて いなかった。 まだしも目の前の偽善者の人を相手にするよりは勝機があるというものであ る。 どちらにしてもかなり絶望的なものがあったが。 「もっ、もちろんでありますともなぁ広瀬?」 「なっ……なんで私に振るのよ、そっちの問題でしょ!?」 「…………広瀬先輩は嫌なんだ?」 死なばもろともとばかり、自分を巻き込もうとするディルクセンに思わず怒 鳴りつける広瀬。しかし、笑みを浮かべて小首をかしげる千鶴ちゃん一年生を 目前にすれば、彼女の回答も一つしか用意されていない。 「滅相もないです(即答)」 「広瀬さん…………」 思わず傍らのとーるは泣きたくなったが、やっぱり千鶴ちゃん一年生が怖い ので心の中だけで涙ぐむ事にした。賢明な事である。 「とゆー訳でっ、諸々の諸事情(主に身の安全面の問題)に基づいて今日は校 則違反チェックは中止っ!」 「全風紀委員に通達、これより前方の学賊に攻撃を開始する!」 「2年生EDGE! 一年生M・K!」 「あなた達に恨みはないけど、これも渡世の義理!」 『運命だと思って諦めてもらう!!』 ジャキジャキジャキジャキジャキッ!!と小気味良い音を立てて………… 「あれ?」 「おろ?」 銃口が向けられた先に、 「えーと…………二人は?」 いない。すでに。 ついでに言うと、簀巻きにされた耕一の姿もない。先ほどまで耕一争奪戦が 繰り広げられていた戦場には、既に誰の姿もない。 「これは…………」 顔面を蒼白にして呟くディルクセン。言葉にできなかった推論の内容を察し、 それに同意を示したとーるの表情もまた、これから訪れるだろう事態の恐怖に ひきつったものだった。 「おそらく、こちらが揉めている間にEDGEさんとM・Kさんが耕一先生を 連れていったものかと……」 「…………って事は……」 背中を滝のように汗が流れ落ちるのをはっきりと理解しつつ、広瀬は横目で 千鶴の様子を盗み見た。 そして凍りついた。彼女に前後して、ディルクセンととーる、さらに周囲で 恐る恐る事の成り行きを見守っていた風紀委員達も程よく冷凍される。 『この時の恐怖は、のちに感じたどんな恐怖も児戯とも思えるような代物だっ た』 と、広瀬は後に述懐する。 こうして周囲の人間がことごとく氷の中に閉ざされた中、一人優しげな笑み を浮かべた千鶴校長は、あたりを見渡しその笑み同様優しい声音で言う。 その優しさとは裏腹に、周囲に放たれる冷気は絶対零度のそれだったのだが。 「みんな……耕一さんを探し出してくれますね?」 かくしてこの日の一時間目から三時間目にかけ、300人を超える人員を投 入した耕一救出作戦(実態はEDGE&M・K征討作戦)が開始され、激しい 戦闘の結果エディフェルとリネットが倒壊し最終的には千鶴校長の御親征によ って決着がつくという、所謂『耕一動乱』が発生するのだが、それはまた別の お話である。 ★ 二日目 ★ あけて翌日。 昨日一昨日に続き、鬱陶しい曇天模様だった。 のしかかってくるような厚い雲が、校門の前に威圧的に並んでいる風紀委員 達とあいまって、登校してくる生徒たちに重苦しい影を落としている。 昨日とは打って変わった厳正さで頭髪・持ち物チェックが行なわれている。 数十年前、ドイツ占領下のヨーロッパで生活を送った人ならば、生徒指導部に ファシズムの面影を見出しただろうか? 反対する人々に接する彼らの態度は、それほどまでに強圧的で暴力的なもの だった。 「おい、貴様ら! さっさと並んで検査を受けんか!」 ぶうたれる生徒達を怒鳴りつけ、あるいはスタンバトンで殴りつけて列に並 ばせるのは生徒指導部員と『予備役委員』という名前でディルクセンが組織を 決定した一般生徒―――当然ディルクセンのシンパばかりだ―――たちの役割。 校門の前には土嚢が積み上げられ、武装した風紀委員数十名が生徒達の不穏な 動きに睨みを利かしている。 そんな校門前の状況を避けてフェンスやら裏山やらからの侵入を試みる不届 きものたちは、 『ティファレトよりケテル、密入校を試みる賊徒数名をグラウンド東方のフェ ンスに確認。武器使用の限定解除。急行してこれを殲滅されたし。送レ』 『ケテルよりティファレト、了解。第二小隊を分遣し制圧に当たる。送レ』 …………今のところ侵入成功率は0%。体のあちこちに包帯を巻いた痛々し い姿のディルクセンも、すっかり御満悦の様子だ。 「おいっ、おまえなんで規則をまもらないんだよ。きちんと並んでろよな!」 「やってられないわよこんなの! なんで髪の色までチェックされなきゃなん ないのよ? そんなのこっちの自由じゃない!」 取り締まられる側、生徒の間でも小競り合いが生じている。生徒指導部に従 順な生徒達と、彼らの横暴さを嫌う生徒達。指導部支持派の生徒に密告された 反対派の生徒が、並んだ列から引きずり出されて通学かばんの底板の裏に隠し 持っていた櫛や手鏡を没収されている姿も見える。反抗的な目付きで何事か抗 弁したその生徒は、即座にその場で殴りつけられた。 「よろしいのですか、御館様?」 そんな様子を眺めつつ忌々しげに広瀬に尋ねたのは、風紀委員会において幕 僚長を務める田中一郎。ただし、この名は偽名である。 頭領である田中に限らず、”草”に所属する全てのものは、その本名をこの 学園で使うことはない。おのれの素性を悟られず、学園の中で密かに諜報活動 を行なうためにすべての”草”は偽名を用いる。”草”同志ですら、部隊が異 なれば互いの本名(場合によっては顔すら)知る事はない。全ての”草”の本 当の氏素性を知るものは、広瀬と田中の二人だけなのだ。 「構わないわよ、これくらい。むしろ大歓迎ね」 正面玄関前に張られた天幕の下で、広瀬は投げやりに問いに答えた。パン、 パンという乾いた音が立て続けに響くのはすでに何回目の事だろう。警告と言 うより恫喝の怒声が周囲を圧するのにもすでに慣れた。そしてそれに反発する 生徒達が、さらなる騒動を巻き起こす事にも、本来生徒指導部に向けられてし かるべきその怒りの矛先が、自分達にもまた向けられる事にも。 「いい?皆にはとにかく無気力、流れ作業で適当に、って繰り返し伝えておい て。風紀委員会の全部が生徒指導部に従ってるわけじゃな言って事……ううん、 広瀬派っていうものが健在で、生徒指導部のやり方に反発してるって事を任務 放棄って方法でアピールするの」 視線は飽くまで動かさず、ぐてーっと組みたて式机の上に眠たげに伸びたま ま、広瀬は小さく田中にだけ聞こえるよう呟いた。その傍らで直立不動の姿勢 を保つ田中もまた、視線を漠然と漂わせる風を装いつつ返答する。 「心得ております。皆にはそう申し付けておりますが、再度伝えておきましょ う」 二人が言う『皆』とは、全ての風紀委員の事ではない。数の上では既に全体 の三分の一以下で、現在もなお減りつづけている広瀬派の風紀委員の事だ。 すでに、生徒指導部はその暴慢な本質をさらけ出しつつある。今回のこの校 則取締りなどいい例だ。だがそれでも支持は減らない。むしろ、漸増しつつあ る。 その理由は、広瀬にもわかっていた。彼女とて、就任当初は旧生徒指導部を 使ってSS使いを抑えつけたのだ。だから、彼女は田中への言葉にこう付け加 えるのを忘れなかった。 「田中。日頃から素行不良の連中だけは、徹底的に取り調べて。ただし、敵に 回さない程度にね」 「……難しい注文ですな、徹底的に取り調べて、なおかつ敵に回さない程度に とは」 田中が苦く笑う。生徒指導部がその横暴さにもかかわらず一般生徒に決して 低くない人気を有している理由の一つは、頻繁に風紀を乱すSS使いを徹底的 に糾弾しているからだ。 広瀬も方針を同じくすれば一般生徒の中の不満分子、つまり生徒指導部支持 層を分散させる事は可能だ。だが、それで大半のSS使いを敵に回してしまっ ては、本当の主敵…………この動乱の影で着々と力を蓄えているに違いないダ ーク十三使徒との正面対決の時に、治安側の致命的な軋轢を生み出しかねない。 だが、かと言って今までのようなSS使い対策では、ディルクセンが煽りに 煽った一般生徒の不安感を押さえる事は出来ない。風紀委員と一般生徒の離反 もまた、広瀬に致命的なダメージをもたらすものだった。 深刻な二律背反。解決する方法は数少ない。即ち、 「一般生徒にSS使いの気ままを抑える様子を見せつつ、一方でSS使いには その自由が風紀を乱し過ぎない程度で好きにさせる…………難しい事だけど、 あなたも”草”の頭領なら、その位の腹芸やってみせて」 「……承知、つかまつりました」 主命とあらば、命を棄ててでもそれは果たされねばならない。何故なら、彼 は忍びであるのだから。 端整な容貌に苦笑いを浮かべたまま、田中は一礼して身を翻した。 中枢がどシリアスで進んでいるころ、前線というか現場は全然シリアスでは なかった。どらくらいシリアスではないかと言うと、全くシリアスではないの である。 ……意味不明。 結局のところ具体的にはというと、かかる具合にシリアスではなかった。 要するに読んでくれと言う事である。 XY−MENは困っていた。 この上もなく困っていた。 それはそうだろう。身長140cm、体重30Kg。髪型はショートの真ん中分 け(ただし、少し右寄り)。日に透かすと少し茶色っぽい。 右耳の前だけ、 あごの辺りまであるロングになっている。顔はおっとりとした顔。見た目は、 小学生の女の子。言動と合わせてみると男にはとても思えない。 そんなショタっ子が肩から提げた青いポシェットの中から、うまい棒数百本、 小梅ちゃんほぼ同数、内臓標本、チェルシー、きび団子、黒缶(マジックでお 昼用と殴り書きあり)、ばんそうこう、子供用目薬、ヨードチンキ、ホウ酸、 青酸、VXガスと書かれた小瓶、三毛猫、ぶち猫、猫型ロボット、姉などなど が出てきたとき、どのように対処すればよいというのだろうか? 「特に姉。何をおいても姉。いや、この内臓標本ってサイズ的にヤバイ生き物 の内臓じゃないかとかVXガスってなんだよおいとか言う疑問もかなりでかい けど」 「まぁ、水野君ですしね」 傍らで、とーるが悟り切ったような呟きを漏らす。おそらく仏陀もここまで の悟りを開く事はできまい。 「どっちかってーと、疲れ切ったって感じだよな……」 「言わないで下さい、XY−MENさん……」 XY−MENの同情もあらわな呟きに、とーるの双眸からはらりと涙がこぼ れた。ディルクセンに続いて胃潰瘍にかかる日もそう遠くはないだろう。 で、当の水野はといえば、 「響、お姉様は響の事だけが心配で……大丈夫、響を苛める悪い輩は、たった 今私が成敗して上げましたからね……」 「きゃるん☆ミ…………って、放して欲しいです〜〜(涙)」 和んでるんだか苦しんでるんだか。 ちなみにあたりは血の海。水野を叱り飛ばしてポシェットをまさぐっていた 生徒指導部員が、怒れる鈴花登場と同時に斬殺された結果である。 「で、どうする?」 「どうします?」 解答、打つ手無し。 周囲を見渡す。ほとんどの生徒が迂回している。水野姉弟が怖いから。 方針決定。無言のうちに二人は頷きあう。 「んー、人も減ったし。俺、あっちの手伝いしてくるわ」 「そうですね。では、私はあちらの手伝いを」 XY−MENは楓の並ぶ列、とーるは瑠璃子の並ぶ列をそれぞれ発見。そち らへむかって直行した。 「うきゅぅぅ、お姉ちゃん放してください〜〜、遅刻しちゃうです〜〜(涙)」 「うぅ、響を苛める人のいる学校に、響を通わせたくなんかないのに…………」 後に残された二人。主に姉のために一向に話が進まず。 結局このあと30分に渡り抱きしめられていた響は、校門まで来ていながら 一時間目に大遅刻した。 物持ちさんは水野響のみにあらず。 他にも押収物の山を築いている人物は数人いる。 「…………なんていいますか」 呆れたような表情で、たくたくは目の前で身体検査を受けている風見ひなた の頭からつま先までを眺め渡した。 ちなみに、後頭部にでっかいばんそうこうが貼りつけてあるのは、先ほど吉 井を素通りさせようとして美也にバレ、ゴム弾を叩きこまれたからだ。 「風見さん。一体あなた、どこにそれだけの武器を隠してるんですか?」 「あなた達が今探り出したところにきまってるじゃないですか」 たくたくの問いに、ひなたは白々しい答えを返した。彼の横には、検査の結 果探り出された暗器の類が山のように積み上げられている。さすがに姉が出て きたりはしていないが。 「……なんだこりゃ、鉄アレイか…………どうやって入れてたんだ、こんなも ん?」 まだ見つかり続けているし。 「おい、このハンカチ、中に形状記憶合金がしこまれてるぞ!」 「……そのスイッチ一つで刺突武器になるってわけか」 「この野郎、髪の毛の中に針を隠してやがった……」 「ポケットの中から苦無四本発見!」 「え? 俺、さっきそこのポケット探して文鎮引っ張り出したんだけど?」 「あーっ、この靴! 踵を打ちつけたらつま先から刃が出るように細工されて るぞ!!」 「靴の中にはピアノ線がたくし込まれてやがるし」 「…………終わりそうにないなー」 見つかる暗器の数は、積み上げられたその高さが風見の背丈を越えてもまだ 減らない。後ろで長々と待たされている生徒達の苛立ちも、そろそろ限界が見 えそうだった。 「どうしましょうか、貞本さん?」 「どーしたものかな、ほんとに」 おちつかなげにおさげがぴょこぴょこと動きまわり、ため息もあらわなたく たくの声に、貞本夏樹がこれまたため息混じりの声を返した。彼女の目の前に も暗器の山が、風見のそれをはるかに凌ぐ高さで積み上げられている。 もっとも、風見に比べて隠しこんでいた暗器の量が多いと言うわけではない。 「正義の鉄槌を下すために必要な武器だ! 断じて不要物なんかじゃない!!」 所有者のHi-waitかく叫べど、 「はいはい、わかったから……ほなやーみぃ、両手上げて万歳してみ」 「………………ううっ、保科さんが苛める……」 保科智子には敵しえず。すでにほとんど武装解除されていて半べそ状態。さ すが幼馴染、Hi-waitが暗器を隠しこみそうなところはすべてわかっていると いったところか。 「…………保科さんって、僕の元人格であるやーみぃと幼馴染なんであって、 Hi-waitであるところの僕と幼馴染って訳じゃないんだが?」 そんな彼の疑問も、 「そんなん言っとっても、元の人格の癖、全然抜け切ってへんところをみると やーみぃもまだまだやな」 「……………ぐはっ」 ダメージが増しただけに終わったりもする。 「だっ、大体保科さんは監査部とかで、風紀委員そのものじゃないだろう。な んでそれが、身体検査なんかやってるんだ」 このままでは完全に武装解除されてしまう! そんな危機感がどんどん現実 のものに近づいてきて、Hi-waitはともかく保科の関心を他所へ反らそうと必 死になる。 「てめぇら……要するにHi-waitと風見ひなたが持ち物検査に抵抗しそうだか らってんでな、ウチの部長が保科に頼み込んだんだよ。てめぇらの子守りして やってくれってな」 保科の変わりに答えたのは永井。どことなくつまらなさそうな表情をしてる あたり、『抵抗してくれたほうが楽しいのによ』という内心が透けて見える。 手持ち無沙汰にスタンバトンで肩を叩き、敵意を込めた視線をこちらへ注ぐ 永井を見返して、Hi-waitは心底不思議そうに一人ごちた。 「貴様……今見ると、どう見ても親を橋の下に縛りつけようが心配しそうにな いよな」 「…………殺されてえのか、てめぇ」 詳しくはHi-waitさんのサルベージLメモ2「明日に向かって突き進め! −喰われちゃった四天王激闘編−」参照の事。この頃は永井君も人の心があり ました。 「つまり、今はないんやな……」 「……てめぇもか、保科」 チームワークは最悪と言うより、もとから存在していない模様。 とりあえず、保科の危機を感じたHi-waitは手持ちの暗器を永井に放とうと して…… 「ああっ、すでに完全武装解除されてるしっ!?」 ちなみに探し出された暗器の山は、すでに貞本が風見の分と合わせ風呂敷包 みに包んでいずこかへと持ち去っている。つまるところ今の彼は徒手空拳。そ のため外道正義技は使用不能。唯一使える重力制御は保科も巻き込む事間違い なしのため使用不可。気孔術は、Hi-waitのままでは使えない。 「(ええいっ、瑠香はどこに行ったんだ! 正義が悪の国家権力の横暴でプロ レタリアート大衆の大ピンチだって言うのに!!)」 なにも違反物を持ち合わせない彼女が、とうの昔に教室の中に入っているこ となど露も知らないHi-waitだった。 ともかく、保科には永井から身を守る力などない。傍らを見れば、すぐに風 見と眼があった。無言のうちに意思疎通を交わし、ともかく自分たちが守らな ければしかたがないだろう、とHi-waitが舌打ちして保科の前に進み出ようと したその時。 「いやー、所持品検査って大変だなー。どうせならセンサーがあれば苦労はせ んさー、なんちゃって」 まだ冬には早いはずだが、一陣の寒波が過ぎ去って、 「……無茶苦茶苦しいわっ!!」 どこからともなく現れたFoolに対し、即座にハリセンでツッコミをいれ た保科以外の全ての人間は、その場で氷の彫像と化した。 凍傷による負傷者四七名、Foolは事態の主犯として二時間の反省房での 自習を命ぜられる事になる。 氷像の群れから離れる事約30メートル、校門の反対側の端。 ありていに言って、柏木梓は危機に陥っていた。とは言っても命や身体の危 機と言うわけではない。精神崩壊と言った精神的な危機でもない。 いや、ある意味において身体的かつ精神的な危機ではあるか。 なんの事はない、彼女を襲っている危機とは即ち、貞操の危機であった。 「なんの事はないってなんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 その危機から少しでも遠ざかろうと、じりじりと後ずさりながら彼女は叫ぶ。 だが、無情にも彼女が必死に開いた距離は、無情にもすぐさま『危機』によ って詰められてしまう。 「も〜、梓先輩、なんで逃げるんですかぁ? ちょっと身体検査するだけじゃ ないですかぁ」 かなりヤバそうな笑みと目付きで、梓にゆっくりとにじり寄る『危機』。そ の手がわきわきと怪しげな動きを見せているのに、梓は思わず絶叫する。 「だぁぁぁぁっ、身体検査なんてないだろっ!! 大体かおり、あんたがなん で風紀の手伝いなんかやってるんだよ!!」 結局のところ、いつもの情景が展開されているだけだった。唯一違うところ はと言えば、日吉かおりが『一日風紀委員』というよく分からないタスキを肩 にかけているところだろうか。 「それはですね、先輩。日吉さんが殊勝にも、明日の持ち物検査と頭髪チェッ クに協力したいって申し出てくれたからなんですよ」 「そうそう、だからこれはあくまでお仕事で、全然他に意図なんてないんです よぉ」 「先輩が茶髪なのがいけないんですよ」 「そうそう、胸なんか何かを隠してるみたいにぱんぱんですしぃ……」 「きっちり調べないといけませんね」 「そうそう、きっちりと……」 「うふ、うふふ、うふふふふふ…………」×2 ねーっ、と顔を見合わせて笑う松原美也と日吉かおり。とことん無邪気とは ほど遠い笑みが、二人の間で交わされる。そして視線はゆっくりと梓のほうへ。 「(ニヤリ)」×2 「あんたら、その邪な笑みはなんだぁぁぁぁぁぁっ!!」 笑みの内容が理解できていても、叫ばざるを得ないのはサガとでもいうべき ものだろうか? 何時の間にか背後には壁。すでに退路は絶たれた。目の前の二人はゆっくり と、しかし着実に近づいてくる。 文字通り絶体絶命………………かと、思われたのだが。 「うはははははっ、この俺を出しぬいて梓を手篭めにしようなどとは1000 年早いわぁっ!!」 そんな声が地中から響いたかとおもうと、 『あっ……』×2 かおりと美也の足許に、暗く深い穴が開いた。 一瞬宙に浮く感覚。 もちろん重力に逆らうことはできない。すぐに二人の体は見えぬ底に向って 自由落下を開始する。 こんな穴をわざわざ掘る人間は一人しかいない。急速に小さくなっていく穴 の淵、その向こうで不敵な笑みを浮かべているそいつに向かって、かおりは思 いっきり怒声を張り上げた。 「あんたっ、秋山ぁぁっ! おぼえてなさいよぉぉぉぉぉっ……………!!」 「そんな事言ってる場合じゃ、って、きゃぁぁぁぁぁっ…………!!?」 ……張り上げただけに終わる。 「はっはっは、百合は百合同士、穴の中で懇ろにしているがよい!」 穴の奥底へと消えていった(本当に消えていった)二人を見下ろし、秋山登 は心底愉快げに笑った。ちなみに彼の周囲に風紀委員の姿はない。というか、 本人達は気づいてなかったようだがかおりと美也が暴走し始めた頃からすでに その場に敵影なし。さりげなくかぎりなく隔離病棟であった。 「まったく、梓は俺のものと運命の赤い糸できつく亀甲縛り気味に束縛されて おるのに気づかんとは、あいつも哀れぺぶるっ!?」 快音一発、梓の鉄拳が怪しげな言葉をのたまう秋山を殴り倒す。 「あたしを勝手にあんたの所有物にするなっ! しかも亀甲縛り気味の束縛っ てのはなんだぁっ!?」 いい加減慣れもあるだろうが、顔を紅潮させた梓の拳は、それでも手加減の 様子は見受けられない。手加減の必要もないと言うか、手加減されたら殴られ た方が怒るだろうけど、この場合。 ちなみに頭蓋骨を陥没させた秋山は、やっぱりとても嬉しそうだ。 「うむっ、相変わらず良い打撃だぞ梓! だが欲を言えば、例え軽いツッコミ のためであれ、いま少しばかり突きを腰で溜める事を所望したいっ! さすれ ば今の1.25倍(当社比)の破壊力が望めるはずっ! 故に今のは83点だ っ!!」 …………問題は会話がてんで噛み合っていないところだろうか。そして次に 来るのは大方の予想通り、プチン(ロシア大統領に非ず)と言う擬音だった。 「人の話を聞けぇぇぇぇぇぇっ!!!」 「おおおぉぉぉっ、これなら95点だぁぁぁぁっ!!」 上から下へ、梓の拳が秋山の左側頭部めがけて思い切り振り下ろされる。 目標、地面に開いた底無しの穴。 「ぬおおおぉぉっ、しまったこの穴はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」 加速度的に落下速度を速めながら、珍しくぎょっとした表情(二発のパンチ の結果、顔が凹んですでに表情判別不能との説あり)を見せる秋山。それもそ のはず、先ほど自分がその穴の奥に叩きこんだ人物の事を思えば。 そしてその穴の底、暗闇の中。 「なんだか上が騒がしい…………へぎゃぁぁぁっ!!?」 出口があるはるか上方を見上げた美也の上に、秋山が落下するまで約十秒か かった。湿っぽい土の上に、轢かれた蛙のように潰れた美也の上で、まったく もって消化不良という風情で秋山が90度曲がった首を180度までに捻る。 「うぐおっ……むぅっ、クッションがあってはさほどの痛みを得る事はかなわ んではないか!!」 「松原さん大丈夫………ってあんた秋山っ!! ここで会ったが100年目ね っ、さっきの借りを今返したげるから覚悟しなさい!」 秋山の声を聞いたとたん、かおりはすぱんと美也の事を忘れ去った。ようや く暗さに慣れ始めた目で秋山を睨みすえ、腰を落として身構える。 「はっはっはっ、やれるものならやってみせいっ! 貴様が俺を満足させるに 足る一撃を食らわせる事ができたなら、今日は貴様が梓と二人で帰宅する事を 認めてやろうッ」 「へぇ……言ったわね! 覚悟しなさいよ、今日がゴキブリなんかよりよっぽ どしぶといあんたの命日にしてやるから」 2メートル四方の穴の底、たちまち宿敵または怨敵の二人の闘いが始まる。 「はっはっは、しょせんは素人だな! そんな打撃では点をくれてやる事何ぞ 出来んぞっ!」 「きぃぃぃぃぃぃっ、徹底的にムカツクわねこの筋肉ダルマっ!!」 ……秋山が一方的に殴られているだけというのはお約束。 「…………うう、やっぱわたしって忘れられてるのね…………」 言うまでも無くその通り。かおりと秋山に何度も踏みつけられ、美也はさめ ざめと涙を流した。 五分もすればなれきって居眠りし始めたが。 ちなみにこの面子がこの地の底から救出の手されたのは、これから一時間た ってからの事だった。