「…………これは、どういうつもりかな?」 手渡された書類に目を通し、表情を険しくした岩下信の問いに、ディルクセ ンは皮肉っぽく笑みを浮かべた。彼の背後に居並ぶ生徒指導部の幹部、そのい ずれもがディルクセン同様悪意に満ちた笑みを浮かべ、岩下とその傍らの藍原 瑞穂をねめつけるようにして見つめていることに気づき、瑞穂は背筋に冷たい ものを感じとる。 「どうもこうもあるものか。そこに書いてあるだろうが?」 無言で粘ついた笑みを浮かべたままのディルクセンに代わり、嘲りを隠そう ともしない声音で背後の生徒指導部員が応じた。 窓の外に広がる空は、厚い雲に覆われている。しばらく前に付け替えたばか りのはずの蛍光灯が、パチパチとスパーク音を上げて不安定な明滅を繰り返し ていた。それがさながら稲光のように、岩下の手にしている書類に断続的な光 と影とを落とす。 「生徒会長不在である今、生徒会は機能不全だ。それに対し校内の風紀・治安 は悪化の一途をたどっている。だから、不甲斐ない貴様らに代わって、校則の 変更・制定を我々風紀委員会の専管事項としてやろうと言ってるんだ」 「そ、そんな! 無茶苦茶です!!」 ふんぞり返った生徒指導部員の口から放たれた、あまりに横暴で理不尽な彼 らの言い分。 さすがに我慢し切れなくなり、瑞穂は思わず立ち上がって反論を唱える。 「そんな勝手なことは認められません! 生徒会長が不在である状態を問題と していますが、それについては…………」 「女、貴様の出る幕ではないっ! 黙っていろっ!!」 「……っ!!」 だが、皆まで言い終える前に、瑞穂の言葉は別の生徒指導部員の怒号に遮ら れた。怖かった、というよりむしろ呆気にとられた様子で、彼女は一瞬言葉を 失ってしまう。 彼らには最初から話し合うつもりなど無いのだ。瑞穂はようやくそれに気が ついた。これは要求ではなく、通達なのだ。生徒指導部、いや、すでに事実上 ディルクセンに支配された風紀委員会が生徒会と決別し、対立し、全権を掌握 するつもりである旨の宣戦布告なのだ。 「貴様らっ、藍原君に……!」 ガタン、と岩下が椅子を蹴立てて立ち上がった。なかば呆けていた彼女は、 椅子が派手に床に倒れるその音でようやく思考から現実へと引き戻される。 「信さん! 落ちついてください、私は大丈夫ですから……」 怒りに駆られて今にも飛びかからんばかりの岩下に、慌てて瑞穂は彼にしが みついた。その様を見て、ディルクセンの口許に薄く浮かんだ嘲笑がよりはっ きりしたものへと変わる。 「やれやれ、こうも興奮されては話し合いにもならんな」 「……話し合いをする気なんか、最初から無いくせによく言う」 わざとらしく肩を竦め、ため息まで吐いてみせたディルクセンに、岩下は怒 りを殺せぬまま唸るように応じた。 「生徒会はそんな理不尽な要求には応じられない。生徒会は正常に機能してい る。機能不全に陥っているのはそちらじゃないか」 「はっ、ジャッジの身内の暴走すら……いや、自分の暴走すら抑えられない男 が良く言う」 その岩下の言葉に、つまらなさろうにふんと一つ鼻を鳴らして、ディルクセ ンはく岩下達に背を向けた。彼の背後で相変わらず威圧的な視線を生徒会のメ ンバーに送っていた生徒指導部員たちも、彼に続いて足音も荒く出口へと向う。 ガチャリ、とドアノブを回し、半歩生徒会室から踏み出して、ディルクセン は背後を振り返った。 「我々の要求は変わらんよ。そしてその要求を貫徹する意思もだ。文句がある ならさっさと生徒会長を立てでもして、正式なルートを築いてからにしてもら おうか」 言い捨てて、部屋を出る。 岩下はそれに返答を返さない。ディルクセンも返答を期待してなどいない。 先ほど瑞穂が感得した通り、これは宣戦布告なのだ。ディルクセンから、生 徒会とジャッジに向けられた、この上なくはっきりとした宣戦布告。 であるなら、すでに互いの間に会話の必要はない。これから必要なものは、 謀略と暴力だ。少なくとも指導部側は、そう認識している。 やがて、最後の指導部員が力いっぱい扉を叩きつけて出ていくまで、送る側 も出ていく側も、全くの無言だった。そして、中に残されたのが生徒会員のみ になったあとも、さして広くない生徒会室はしばらくのあいだ静寂が続く。 瑞穂は押し黙ってしまった岩下の背中を見つめていた。何か言葉をかけたか ったが、思うように口にする事が出来ない。彼女もまた、このような形で自分 達のやりかたが否定された事に少なからずショックを受けていたのだ。 ダーク十三使徒や暗躍生徒会との対立・衝突とは訳が違う。本来目的を同じ くするはずの組織から、『お前達のやり方ではどうにもならない』と正面から 対立を宣言されたのだから、そのショックも当然のものといえるだろう。 「藍原君。セリスを、呼んできてくれないか。この時間なら多分、マルチと一 緒に校門で掃除をしていると思う」 やがて、そんな言葉で岩下が沈黙の時間を破った。瑞穂はそれに、無言で頷 く。 「……ダーク十三使徒が最大の懸案事項である事には変わりない。けれど、生 徒指導部の動向にも多少注意を払わなくてはならない事態になってしまったよ うだ」 多少の注意で済むのだろうか? 瑞穂の脳裏にそんな疑問がよぎる。 だが、同時に『嵐の戦争』の記憶も甦った。彼らは既に決起の意思とその能 力をともにはっきり示している。生徒指導部にかまけすぎれば、十三使徒がそ の隙を見逃さないだろう。 ハイドラントの存在が、ジャッジにとって巨大過ぎた。それは必然的に生徒 指導部の危険性の認識を薄れさせる。それこそが十三使徒側の狙いの一つです らあったのだが、岩下もセリスも瑞穂も、どれほど頭脳明晰ではあっても神で はない。全ての事象を把握しているわけではないのだ。 やがて、小さく「行ってきます」と呟いて、瑞穂が生徒会室を出ていった。 一人残った岩下は、ただ無言で手許の書類――先ほど手渡された要求文――に 再度目を落とす。 そして彼がそれを読み終えた直後、書類は瞬間的に燃えあがり、一握の灰へ とその姿を変じた。 それを最後に、再び生徒会室は沈黙の澱の中へと沈む。切れかけた蛍光灯だ けが、時折点滅と共にスパーク音を響かせていた。 風紀動乱Lメモ『校則による拘束の構図』 「で、校則制定をこっちできめるって大口叩いて宣戦布告してきたわけだが」 生徒会室から事実上の生徒指導部の本営、リズエル地下反省房管理所へと戻 る途上で、ディルクセンは遠い目をして部活動が行なわれているグラウンドを 眺めた。 「……その後どーするか決めてなかったって言うのは、結構致命的じゃない?」 生徒会室には入らず、外で待っていた松原美也が疲れた声で言う。 「致命的、っつーか駄目駄目だな、マジで」 同じく入室しなかった永井が、もう一段疲れ切った声で同調した。粘ついた 視線で傍らを歩くディルクセンを見遣り、ぶつぶつと不平を述べ立てる。 「てめェがようやく本腰入れて殺り合う気になったかって、こっちは結構喜ん でたのによ? とんだぬか喜びじゃねえか」 「……踏ん切りつけようとしたんだよ。もうそれほど時間も無いしな」 怒りを通り越して落胆し切った風の永井の批難に、相変わらず視線は反らし たままで、ディルクセンはぼそりと呟いた。 もう季節は十月に入った。夕暮れが訪れる時間が日に日に早まっている。 相変わらず空を覆っている灰色の雲の切れ間から、沈み行く太陽が顔を覗か せていた。グラウンドで部活に励む生徒達が地面に落とす影も、彼が生徒指導 部を復活させた夏の同時刻に比べて酷く長くなっている。 そして彼は三年生だ。卒業までわずか。進路のほうはコネも利用すればさほ どの困難も無いとしても、時間自体はやはり有り余っているわけでは無い。 だからと言って、彼は自分で基盤を築き、あとは来年美也や永井に後事を託 す、という案を取るつもりは無かった。全ては自分が一代で成し遂げなくては ならない。そんな強迫観念が、彼を強く支配している。 「とりあえず……」 どうしようか? 生徒指導部が本格的に他者を排除し、独裁態勢を築き上げるための第一歩。 その狼煙に相応しい方策も思い浮かばず、非常に初歩的な相談を、彼にしては 珍しく途方に暮れたような表情で周囲の取り巻きに投げかけようとしたとき。 「おーい、おせーぞあかり! ったく、おいてっちまうぞー!」 「あ、浩之ちゃん、待ってよー」 「…………」 背後を通り過ぎた一組の男女の姿に、ディルクセンの視線が釘付けになった。 「葵ちゃん、部活も終わったし、これから皆でヤックでも行かない?」 「あ……ごめんなさい、今日は道場があるんです……」 「あっ、そう言えば今日はそうだったかぁ。じゃぁしかたないなぁ」 「すみません、せっかく誘ってもらったのに……」 「…………ふむ」 今度は続いてやって来た格闘部の面々、その一団の中心にある少女に関心が 移る。 「うにゃぁぁっ、止まらないですぅぅぅっ!!」」 「…………むぅ」 最後に塚本千紗が、いつものごとく台車に引きずられるようにして(あるい はまさしく引きずられて)、高速で背後を通りすぎて行くのを見て、十数人か らの生徒指導部員は互いに顔を見合わせた。なんとなく、彼らの頭上に電球の マークが見えない事もない。 「…………そうだな」 「まずは、基本的なことからってことか」 「うん、それがいい」 「初心に戻る、か」 「こっちもまだ、大きな事起こせるまでには戦力が回復してないしね」 「出来る事からこつこつと、だね」 「よし、それで行こう」 カツカツと皮のブーツが堅い音を床に刻んでいた足を止め、一斉にこくりと 頷き合う。 そして異口同音にこう唱えた。 『まずは、頭髪と持ち物検査からだ』 、と。 「…………今更、頭髪と持ち物検査ですか?」 その話を最初に広瀬から聞いたとき、とーるはひどくいぶかしげな顔をした。 「多分、私に対するあてつけでしょ。私も就任当初旧生徒指導部使って同じ事 してたからね」 ふてくされたように応じる広瀬。どうやらよほど一学期前半の事は思い出し たくない部類の記憶であるらしい。とーるもXY−MENも転入組であるから 具体的な事は知らないが(とーるはデータとしてその成り行きを把握してはい る)、広瀬が未だに反指導部の生徒の一部からも指導部と同一視されている原 因ともなったほどの時代だったらしい。 だが、ディルクセンもなにもあてつけでこんな弾圧を行なうわけではあるま い。校門での一斉検査など、学園に通う生徒の数を数を考えれば到底現実的で はない方策だ。むしろ、毎日クラスをランダムに抽出し、見せしめ的な検査を 行なうと言った手段のほうがよほど効率がよい。 ならば、ただ大掛かりなだけで実りの少ないこの行動に、なんらかの目的が あるとすれば……? 「デモンストレーション、でしょうね」 生徒指導部が風紀委員会を掌握し、旧き権力を取り戻したと言う示威行動。 その支配のもと、新生風紀委員会の組織力・支配力・武力の誇示。 そしてほかの全ての組織、全ての反対者への宣戦布告。 「つまり……アレか、よーするにディルクセンは、『もう風紀内部のごたごた はカタがついたから、次はお前らの番だ』って周りに言いふらしたいんだ、っ て事なのか」 しばらく無言で広瀬ととーるの会話を聞いていたXY−MENが、ようやく 話の大筋を理解して口を開いた。 「そういう事ですね。ただし、それが全てでは無いでしょうが」 XY−MENの結論を大筋で肯定しながら、とーるはいくつかの推論を新た に加える。 「生徒指導部―――ディルクセン先輩としては、自分の指揮に本気で付き従う 風紀委員はどれほどの人数なのか、逆にサボタージュなどで反抗する風紀委員 は誰なのかを見極めたい意図もあるんだと思います。それに、さらに増員され た風紀委員会を掌握するにあたって、全体行動の運用も何度か試行しておきた いんでしょう」 「情報特捜部に頭を叩かれてから、ますます人数至上主義に凝り固まってるか らね。もちろん、風紀内部での支持基盤補強って意味合いもあったんでしょう けど」 ディルクセンが一般生徒における自分のシンパを風紀委員会に編入した結果、 風紀委員内部での勢力比はすでに指導部派7に対し非指導部3にまで拡大して いた。ここまでくると、会議はたとえどのような暴論であっても指導部のいい なりになる傾向が生まれつつある。 「おかげでこちらもやりにくいですよ……」 滅多に見る事ができないとーるのぼやき、その言葉は喉の奥に呑みこまれた。 例え暴論であっても、民主主義の大原則、つまり多数決において多数派を取 ればそれは『民意』となる。つまり、現在の風紀委員会ではディルクセンの言 葉が最も『民意』を得ていると言う事になる。 であれば、監査部がそれを『過剰権力』として戒めようとした場合、少なく とも風紀委員会内部からは『民意の破壊者』としてしか受け取られないのは当 然の事だ。 ましてや監査部が、指導部が敵視する『外部組織』のメンバーによって構成 されている事を思えば、指導部が風紀委員に対して行なった『監査部設立は、 外部組織に風紀委員会を売り飛ばす愚行』というプロパガンダが覿面に効果を 発揮するのも当然の事と言える。 もう少し広瀬派が力を保っていれば、監査部の活動が一方的に反発を受ける 事も無かったはずだが…………それを言っても詮無い事だ。 少なくとも、今の広瀬の苦境は単純に彼女にだけ起因するわけではない。彼 女の立場がそのきっかけを作った。彼女の同僚であり同時に敵である人物が、 傷口を広げた。そこにディルクセンが切りこんだ。ふと気がついたとき、彼女 の周囲にいた味方は決して多くなかった。 足許すら固まっていなかったんですからね。永井の離反も……、そこまで考 えてとーるは小さく頭を振った。本当に、考えても詮無い事だ。とにかく今は、 現状を打開する方策を考えていれば良い。 そう、現状が問題だ。 その意味では、次のXY−MENの言葉は彼ととーる二人にとって、非常に 重大な問題だった。 「で、明日から頭髪検査なんだよな? とーる、お前はどうすんだ?」 「…………背中まで伸びてる場合は切るか束ねるか、でしたね。私は普段から 束ねてますし、髪の色は……問題無いんでしょうが。XY−MENさんこそど うするんですか?」 すらりと栗色の髪を撫でながら、とーるが訊ねかえす。もっとも、XY−M ENがにやっと浮かべた笑みからは、一つの解答しか予想はできなかったが。 「いちいち染めたりするのは面倒だし、大体髪型とかと違って、オレの銀髪は 地でこの色だからな。ディルクセンにだって文句は言わせねぇよ」 頭髪チェック、開始前から足許から崩壊の予感。 「……やれやれ、まーた先輩が怒り狂うわよ?」 「これは朝からひと悶着ありそうですね」 朝っぱらからぎゃあぎゃあ怒鳴りあうディルクセンとXY−MENのお馴染 みの姿を思い浮かべ、広瀬ととーるとが苦笑を浮かべた。顔を合わせれば口喧 嘩に発展する二人の事だから、いまさら悶着の一つや二つ珍しい事でも無かっ た。 「さて、私もさっさと書類を片付けちゃわないとね」 苦笑は浮かべたまま、広瀬は目前に山と積まれた書類へと向き直る。権限を 軒並み奪われたとは言え、相変わらず決裁を下すのは委員長たる広瀬の役割だ。 操り人形。スケープゴート。そんな言葉が一時は彼女を苛みもしたが、今は すでに開き直っている。 いずれ自分が実権を取り戻すのだ。それまでの辛抱。大体、この程度で参っ ているような人間なら、彼女は今ごろ芸能界を逃げ出している。 誰にも自分の存在を否定させはしない。雑談を続けるとーるとXY−MEN から隠すように机の書類へと向けられた彼女の顔、その唇が軽く噛み締められ た。 こんこん、とおざなりな感じのノックがして、それから返事も待たずに委員 長室の扉が開かれたのは、広瀬が最初の書類に目を通したその時だった。 「……美也さん。ノックって、ただ叩けば良いってものじゃないわよ?」 扉のほうには目も向けず、広瀬。 「ごめんなさい、委員長。急いでいましたから」 広瀬の批難を気にした風も無く、闖入者、松原美也は手にしたA4の紙をぶ しつけに広瀬の机の上へと投げ出した。そして、広瀬がそれを手にとるのを待 ちもせず、嫣然と微笑み一方的に告げる。 「風紀委員会からの広報原案です。決裁をお願いしますね…………もちろん、 今の広瀬さんがこれを否決される事なんて無いでしょうけど」 広瀬にできる事は、彼女の目を正面からまっすぐ見返す事だけだった。 学園にはいくつかの校内新聞がある。 まず、一番有名なのが『報道審判 judgment days』 情報特 捜部が刊行する校内新聞だ。長岡志保とシッポの二人を中心に、ゴシップから 的を射た論説まで、バラエティに富んだ記事が好評(あるいは顰蹙)を博して いる。 次に、生徒会発行の校内新聞。どこにでもある、新聞と言うより告知の意味 合いが強い壁新聞だ。おもに学校行事や生徒会及び職員会議での決定がメイン ニュースで、ある意味、リーフ学園の官報と言っても良いかも知れない。 そして最後に『Der Angriff』 一番新しい部類に入る新聞だ。 九月末に発行が始まったこの新聞は、生徒指導部による純然たるプロパガンダ 新聞だった。 内容はともかく攻撃的、煽動的。風紀の悪化を警告し、独裁権の必要性が至 急の問題である事を主張しつづけている。 もちろんそれだけでは読み手にすぐ飽きられる事は理解しているので、『報 道審判』同様より『柔らかい』記事も扱ってはいるのだが、あまりうまく行っ ているとは言いがたい出来だった。 その『Der Angriff』に、黒山の人だかりが出来ている。別に、 今回の記事内容にとりわけ魅力的な記事が掲載されていると言うわけでは無い。 むしろ、その内容は彼らにとって負荷になる事が予想されるものだった。 『 風紀委員会発表 校則第13条B・C項及び十六条の記載に基づき、明日から頭髪及び所持 品に対する検査を厳正に行ないます。 登校時、校門で行なわれる頭髪・所持品検査において違反が判明した場合、 頭髪は即時染髪料で黒く染め、所持品は没収の後廃棄処分とします。また、 この検査及び処分に抵抗した場合、新校則第二十五条の既定に準拠した処分 の対象となりますので、善良な生徒の皆さんには検査に従事する風紀委員の 指示に従い、粛然と検査を受けてくださいますようお願いします。 なお、不審な点のある生徒には、風紀委員が特別検査を行なう事がありま す。ご協力をお願いします。 ご協力いただけない場合、身の安全は保障できませんのでご注意下さい。 ★今回の校則適用により規制される事項は以下の通り。 ☆頭髪 黒、及び濃紺以外の色の頭髪。 及び、ムース他の整髪料を使用している頭髪。 長さは肩まで以上であってはならない。それ以上の長さがある場合は、 かならず束ねて運動の邪魔にならないようする事。 ただし、染髪料を用いない金、銀、茶髪は、これが地の色であることを 証明した場合これを許可する。 ☆所持品 学業及び倶楽部活動と関係のないもの全般。 具体的には銃器、刀剣などの武器類(教師または指導部の許可が無いも の。許可は風紀委員会室で発行する) 毒劇物、ドライヤー、整髪料、化粧品、ゲーム類(部活に使用する場合 は除く)等。 違反者は、違反した所持品を顔写真と共に公開します。御注意下さい。 緑葉帝暦73年十月某日 風紀委員会 』 『Der Angriff』の一面に載せられた、風紀委員会からの通達。 旧生徒指導部の解散以来、一度として行なわれた事のなかった持ち物・頭髪 検査の復活。それも、旧体制時代は認められていた女子生徒の化粧品にまで取 り締まりの手を伸ばしたそれ。 新生徒指導部が全校生徒に対して行なった、最初の弾圧がこれだった。 「…………これは、どういうつもりかな?」 手渡された書類に目を通し、表情を険しくした岩下信の問いに、ディルクセ ンは皮肉っぽく笑みを浮かべた。彼の背後に居並ぶ生徒指導部の幹部、そのい ずれもがディルクセン同様悪意に満ちた笑みを浮かべ、岩下とその傍らの藍原 瑞穂をねめつけるようにして見つめていることに気づき、瑞穂は背筋に冷たい ものを感じとる。 「どうもこうもあるものか。そこに書いてあるだろうが?」 無言で粘ついた笑みを浮かべたままのディルクセンに代わり、嘲りを隠そう ともしない声音で背後の生徒指導部員が応じた。 窓の外に広がる空は、厚い雲に覆われている。しばらく前に付け替えたばか りのはずの蛍光灯が、パチパチとスパーク音を上げて不安定な明滅を繰り返し ていた。それがさながら稲光のように、岩下の手にしている書類に断続的な光 と影とを落とす。 「生徒会長不在である今、生徒会は機能不全だ。それに対し校内の風紀・治安 は悪化の一途をたどっている。だから、不甲斐ない貴様らに代わって、校則の 変更・制定を我々風紀委員会の専管事項としてやろうと言ってるんだ」 「そ、そんな! 無茶苦茶です!!」 ふんぞり返った生徒指導部員の口から放たれた、あまりに横暴で理不尽な彼 らの言い分。 さすがに我慢し切れなくなり、瑞穂は思わず立ち上がって反論を唱える。 「そんな勝手なことは認められません! 生徒会長が不在である状態を問題と していますが、それについては…………」 「女、貴様の出る幕ではないっ! 黙っていろっ!!」 「……っ!!」 だが、皆まで言い終える前に、瑞穂の言葉は別の生徒指導部員の怒号に遮ら れた。怖かった、というよりむしろ呆気にとられた様子で、彼女は一瞬言葉を 失ってしまう。 彼らには最初から話し合うつもりなど無いのだ。瑞穂はようやくそれに気が ついた。これは要求ではなく、通達なのだ。生徒指導部、いや、すでに事実上 ディルクセンに支配された風紀委員会が生徒会と決別し、対立し、全権を掌握 するつもりである旨の宣戦布告なのだ。 「貴様らっ、藍原君に……!」 ガタン、と岩下が椅子を蹴立てて立ち上がった。なかば呆けていた彼女は、 椅子が派手に床に倒れるその音でようやく思考から現実へと引き戻される。 「信さん! 落ちついてください、私は大丈夫ですから……」 怒りに駆られて今にも飛びかからんばかりの岩下に、慌てて瑞穂は彼にしが みついた。その様を見て、ディルクセンの口許に薄く浮かんだ嘲笑がよりはっ きりしたものへと変わる。 「やれやれ、こうも興奮されては話し合いにもならんな」 「……話し合いをする気なんか、最初から無いくせによく言う」 わざとらしく肩を竦め、ため息まで吐いてみせたディルクセンに、岩下は怒 りを殺せぬまま唸るように応じた。 「生徒会はそんな理不尽な要求には応じられない。生徒会は正常に機能してい る。機能不全に陥っているのはそちらじゃないか」 「はっ、ジャッジの身内の暴走すら……いや、自分の暴走すら抑えられない男 が良く言う」 その岩下の言葉に、つまらなさろうにふんと一つ鼻を鳴らして、ディルクセ ンはく岩下達に背を向けた。彼の背後で相変わらず威圧的な視線を生徒会のメ ンバーに送っていた生徒指導部員たちも、彼に続いて足音も荒く出口へと向う。 ガチャリ、とドアノブを回し、半歩生徒会室から踏み出して、ディルクセン は背後を振り返った。 「我々の要求は変わらんよ。そしてその要求を貫徹する意思もだ。文句がある ならさっさと生徒会長を立てでもして、正式なルートを築いてからにしてもら おうか」 言い捨てて、部屋を出る。 岩下はそれに返答を返さない。ディルクセンも返答を期待してなどいない。 先ほど瑞穂が感得した通り、これは宣戦布告なのだ。ディルクセンから、生 徒会とジャッジに向けられた、この上なくはっきりとした宣戦布告。 であるなら、すでに互いの間に会話の必要はない。これから必要なものは、 謀略と暴力だ。少なくとも指導部側は、そう認識している。 やがて、最後の指導部員が力いっぱい扉を叩きつけて出ていくまで、送る側 も出ていく側も、全くの無言だった。そして、中に残されたのが生徒会員のみ になったあとも、さして広くない生徒会室はしばらくのあいだ静寂が続く。 瑞穂は押し黙ってしまった岩下の背中を見つめていた。何か言葉をかけたか ったが、思うように口にする事が出来ない。彼女もまた、このような形で自分 達のやりかたが否定された事に少なからずショックを受けていたのだ。 ダーク十三使徒や暗躍生徒会との対立・衝突とは訳が違う。本来目的を同じ くするはずの組織から、『お前達のやり方ではどうにもならない』と正面から 対立を宣言されたのだから、そのショックも当然のものといえるだろう。 「藍原君。セリスを、呼んできてくれないか。この時間なら多分、マルチと一 緒に校門で掃除をしていると思う」 やがて、そんな言葉で岩下が沈黙の時間を破った。瑞穂はそれに、無言で頷 く。 「……ダーク十三使徒が最大の懸案事項である事には変わりない。けれど、生 徒指導部の動向にも多少注意を払わなくてはならない事態になってしまったよ うだ」 多少の注意で済むのだろうか? 瑞穂の脳裏にそんな疑問がよぎる。 だが、同時に『嵐の戦争』の記憶も甦った。彼らは既に決起の意思とその能 力をともにはっきり示している。生徒指導部にかまけすぎれば、十三使徒がそ の隙を見逃さないだろう。 ハイドラントの存在が、ジャッジにとって巨大過ぎた。それは必然的に生徒 指導部の危険性の認識を薄れさせる。それこそが十三使徒側の狙いの一つです らあったのだが、岩下もセリスも瑞穂も、どれほど頭脳明晰ではあっても神で はない。全ての事象を把握しているわけではないのだ。 やがて、小さく「行ってきます」と呟いて、瑞穂が生徒会室を出ていった。 一人残った岩下は、ただ無言で手許の書類――先ほど手渡された要求文――に 再度目を落とす。 そして彼がそれを読み終えた直後、書類は瞬間的に燃えあがり、一握の灰へ とその姿を変じた。 それを最後に、再び生徒会室は沈黙の澱の中へと沈む。切れかけた蛍光灯だ けが、時折点滅と共にスパーク音を響かせていた。 風紀動乱Lメモ『校則による拘束の構図』 「で、校則制定をこっちできめるって大口叩いて宣戦布告してきたわけだが」 生徒会室から事実上の生徒指導部の本営、リズエル地下反省房管理所へと戻 る途上で、ディルクセンは遠い目をして部活動が行なわれているグラウンドを 眺めた。 「……その後どーするか決めてなかったって言うのは、結構致命的じゃない?」 生徒会室には入らず、外で待っていた松原美也が疲れた声で言う。 「致命的、っつーか駄目駄目だな、マジで」 同じく入室しなかった永井が、もう一段疲れ切った声で同調した。粘ついた 視線で傍らを歩くディルクセンを見遣り、ぶつぶつと不平を述べ立てる。 「てめェがようやく本腰入れて殺り合う気になったかって、こっちは結構喜ん でたのによ? とんだぬか喜びじゃねえか」 「……踏ん切りつけようとしたんだよ。もうそれほど時間も無いしな」 怒りを通り越して落胆し切った風の永井の批難に、相変わらず視線は反らし たままで、ディルクセンはぼそりと呟いた。 もう季節は十月に入った。夕暮れが訪れる時間が日に日に早まっている。 相変わらず空を覆っている灰色の雲の切れ間から、沈み行く太陽が顔を覗か せていた。グラウンドで部活に励む生徒達が地面に落とす影も、彼が生徒指導 部を復活させた夏の同時刻に比べて酷く長くなっている。 そして彼は三年生だ。卒業までわずか。進路のほうはコネも利用すればさほ どの困難も無いとしても、時間自体はやはり有り余っているわけでは無い。 だからと言って、彼は自分で基盤を築き、あとは来年美也や永井に後事を託 す、という案を取るつもりは無かった。全ては自分が一代で成し遂げなくては ならない。そんな強迫観念が、彼を強く支配している。 「とりあえず……」 どうしようか? 生徒指導部が本格的に他者を排除し、独裁態勢を築き上げるための第一歩。 その狼煙に相応しい方策も思い浮かばず、非常に初歩的な相談を、彼にしては 珍しく途方に暮れたような表情で周囲の取り巻きに投げかけようとしたとき。 「おーい、おせーぞあかり! ったく、おいてっちまうぞー!」 「あ、浩之ちゃん、待ってよー」 「…………」 背後を通り過ぎた一組の男女の姿に、ディルクセンの視線が釘付けになった。 「葵ちゃん、部活も終わったし、これから皆でヤックでも行かない?」 「あ……ごめんなさい、今日は道場があるんです……」 「あっ、そう言えば今日はそうだったかぁ。じゃぁしかたないなぁ」 「すみません、せっかく誘ってもらったのに……」 「…………ふむ」 今度は続いてやって来た格闘部の面々、その一団の中心にある少女に関心が 移る。 「うにゃぁぁっ、止まらないですぅぅぅっ!!」」 「…………むぅ」 最後に塚本千紗が、いつものごとく台車に引きずられるようにして(あるい はまさしく引きずられて)、高速で背後を通りすぎて行くのを見て、十数人か らの生徒指導部員は互いに顔を見合わせた。なんとなく、彼らの頭上に電球の マークが見えない事もない。 「…………そうだな」 「まずは、基本的なことからってことか」 「うん、それがいい」 「初心に戻る、か」 「こっちもまだ、大きな事起こせるまでには戦力が回復してないしね」 「出来る事からこつこつと、だね」 「よし、それで行こう」 カツカツと皮のブーツが堅い音を床に刻んでいた足を止め、一斉にこくりと 頷き合う。 そして異口同音にこう唱えた。 『まずは、頭髪と持ち物検査からだ』 、と。 「…………今更、頭髪と持ち物検査ですか?」 その話を最初に広瀬から聞いたとき、とーるはひどくいぶかしげな顔をした。 「多分、私に対するあてつけでしょ。私も就任当初旧生徒指導部使って同じ事 してたからね」 ふてくされたように応じる広瀬。どうやらよほど一学期前半の事は思い出し たくない部類の記憶であるらしい。とーるもXY−MENも転入組であるから 具体的な事は知らないが(とーるはデータとしてその成り行きを把握してはい る)、広瀬が未だに反指導部の生徒の一部からも指導部と同一視されている原 因ともなったほどの時代だったらしい。 だが、ディルクセンもなにもあてつけでこんな弾圧を行なうわけではあるま い。校門での一斉検査など、学園に通う生徒の数を数を考えれば到底現実的で はない方策だ。むしろ、毎日クラスをランダムに抽出し、見せしめ的な検査を 行なうと言った手段のほうがよほど効率がよい。 ならば、ただ大掛かりなだけで実りの少ないこの行動に、なんらかの目的が あるとすれば……? 「デモンストレーション、でしょうね」 生徒指導部が風紀委員会を掌握し、旧き権力を取り戻したと言う示威行動。 その支配のもと、新生風紀委員会の組織力・支配力・武力の誇示。 そしてほかの全ての組織、全ての反対者への宣戦布告。 「つまり……アレか、よーするにディルクセンは、『もう風紀内部のごたごた はカタがついたから、次はお前らの番だ』って周りに言いふらしたいんだ、っ て事なのか」 しばらく無言で広瀬ととーるの会話を聞いていたXY−MENが、ようやく 話の大筋を理解して口を開いた。 「そういう事ですね。ただし、それが全てでは無いでしょうが」 XY−MENの結論を大筋で肯定しながら、とーるはいくつかの推論を新た に加える。 「生徒指導部―――ディルクセン先輩としては、自分の指揮に本気で付き従う 風紀委員はどれほどの人数なのか、逆にサボタージュなどで反抗する風紀委員 は誰なのかを見極めたい意図もあるんだと思います。それに、さらに増員され た風紀委員会を掌握するにあたって、全体行動の運用も何度か試行しておきた いんでしょう」 「情報特捜部に頭を叩かれてから、ますます人数至上主義に凝り固まってるか らね。もちろん、風紀内部での支持基盤補強って意味合いもあったんでしょう けど」 ディルクセンが一般生徒における自分のシンパを風紀委員会に編入した結果、 風紀委員内部での勢力比はすでに指導部派7に対し非指導部3にまで拡大して いた。ここまでくると、会議はたとえどのような暴論であっても指導部のいい なりになる傾向が生まれつつある。 「おかげでこちらもやりにくいですよ……」 滅多に見る事ができないとーるのぼやき、その言葉は喉の奥に呑みこまれた。 例え暴論であっても、民主主義の大原則、つまり多数決において多数派を取 ればそれは『民意』となる。つまり、現在の風紀委員会ではディルクセンの言 葉が最も『民意』を得ていると言う事になる。 であれば、監査部がそれを『過剰権力』として戒めようとした場合、少なく とも風紀委員会内部からは『民意の破壊者』としてしか受け取られないのは当 然の事だ。 ましてや監査部が、指導部が敵視する『外部組織』のメンバーによって構成 されている事を思えば、指導部が風紀委員に対して行なった『監査部設立は、 外部組織に風紀委員会を売り飛ばす愚行』というプロパガンダが覿面に効果を 発揮するのも当然の事と言える。 もう少し広瀬派が力を保っていれば、監査部の活動が一方的に反発を受ける 事も無かったはずだが…………それを言っても詮無い事だ。 少なくとも、今の広瀬の苦境は単純に彼女にだけ起因するわけではない。彼 女の立場がそのきっかけを作った。彼女の同僚であり同時に敵である人物が、 傷口を広げた。そこにディルクセンが切りこんだ。ふと気がついたとき、彼女 の周囲にいた味方は決して多くなかった。 足許すら固まっていなかったんですからね。永井の離反も……、そこまで考 えてとーるは小さく頭を振った。本当に、考えても詮無い事だ。とにかく今は、 現状を打開する方策を考えていれば良い。 そう、現状が問題だ。 その意味では、次のXY−MENの言葉は彼ととーる二人にとって、非常に 重大な問題だった。 「で、明日から頭髪検査なんだよな? とーる、お前はどうすんだ?」 「…………背中まで伸びてる場合は切るか束ねるか、でしたね。私は普段から 束ねてますし、髪の色は……問題無いんでしょうが。XY−MENさんこそど うするんですか?」 すらりと栗色の髪を撫でながら、とーるが訊ねかえす。もっとも、XY−M ENがにやっと浮かべた笑みからは、一つの解答しか予想はできなかったが。 「いちいち染めたりするのは面倒だし、大体髪型とかと違って、オレの銀髪は 地でこの色だからな。ディルクセンにだって文句は言わせねぇよ」 頭髪チェック、開始前から足許から崩壊の予感。 「……やれやれ、まーた先輩が怒り狂うわよ?」 「これは朝からひと悶着ありそうですね」 朝っぱらからぎゃあぎゃあ怒鳴りあうディルクセンとXY−MENのお馴染 みの姿を思い浮かべ、広瀬ととーるとが苦笑を浮かべた。顔を合わせれば口喧 嘩に発展する二人の事だから、いまさら悶着の一つや二つ珍しい事でも無かっ た。 「さて、私もさっさと書類を片付けちゃわないとね」 苦笑は浮かべたまま、広瀬は目前に山と積まれた書類へと向き直る。権限を 軒並み奪われたとは言え、相変わらず決裁を下すのは委員長たる広瀬の役割だ。 操り人形。スケープゴート。そんな言葉が一時は彼女を苛みもしたが、今は すでに開き直っている。 いずれ自分が実権を取り戻すのだ。それまでの辛抱。大体、この程度で参っ ているような人間なら、彼女は今ごろ芸能界を逃げ出している。 誰にも自分の存在を否定させはしない。雑談を続けるとーるとXY−MEN から隠すように机の書類へと向けられた彼女の顔、その唇が軽く噛み締められ た。 こんこん、とおざなりな感じのノックがして、それから返事も待たずに委員 長室の扉が開かれたのは、広瀬が最初の書類に目を通したその時だった。 「……美也さん。ノックって、ただ叩けば良いってものじゃないわよ?」 扉のほうには目も向けず、広瀬。 「ごめんなさい、委員長。急いでいましたから」 広瀬の批難を気にした風も無く、闖入者、松原美也は手にしたA4の紙をぶ しつけに広瀬の机の上へと投げ出した。そして、広瀬がそれを手にとるのを待 ちもせず、嫣然と微笑み一方的に告げる。 「風紀委員会からの広報原案です。決裁をお願いしますね…………もちろん、 今の広瀬さんがこれを否決される事なんて無いでしょうけど」 広瀬にできる事は、彼女の目を正面からまっすぐ見返す事だけだった。 学園にはいくつかの校内新聞がある。 まず、一番有名なのが『報道審判 judgment days』 情報特 捜部が刊行する校内新聞だ。長岡志保とシッポの二人を中心に、ゴシップから 的を射た論説まで、バラエティに富んだ記事が好評(あるいは顰蹙)を博して いる。 次に、生徒会発行の校内新聞。どこにでもある、新聞と言うより告知の意味 合いが強い壁新聞だ。おもに学校行事や生徒会及び職員会議での決定がメイン ニュースで、ある意味、リーフ学園の官報と言っても良いかも知れない。 そして最後に『Der Angriff』 一番新しい部類に入る新聞だ。 九月末に発行が始まったこの新聞は、生徒指導部による純然たるプロパガンダ 新聞だった。 内容はともかく攻撃的、煽動的。風紀の悪化を警告し、独裁権の必要性が至 急の問題である事を主張しつづけている。 もちろんそれだけでは読み手にすぐ飽きられる事は理解しているので、『報 道審判』同様より『柔らかい』記事も扱ってはいるのだが、あまりうまく行っ ているとは言いがたい出来だった。 その『Der Angriff』に、黒山の人だかりが出来ている。別に、 今回の記事内容にとりわけ魅力的な記事が掲載されていると言うわけでは無い。 むしろ、その内容は彼らにとって負荷になる事が予想されるものだった。 『 風紀委員会発表 校則第13条B・C項及び十六条の記載に基づき、明日から頭髪及び所持 品に対する検査を厳正に行ないます。 登校時、校門で行なわれる頭髪・所持品検査において違反が判明した場合、 頭髪は即時染髪料で黒く染め、所持品は没収の後廃棄処分とします。また、 この検査及び処分に抵抗した場合、新校則第二十五条の既定に準拠した処分 の対象となりますので、善良な生徒の皆さんには検査に従事する風紀委員の 指示に従い、粛然と検査を受けてくださいますようお願いします。 なお、不審な点のある生徒には、風紀委員が特別検査を行なう事がありま す。ご協力をお願いします。 ご協力いただけない場合、身の安全は保障できませんのでご注意下さい。 ★今回の校則適用により規制される事項は以下の通り。 ☆頭髪 黒、及び濃紺以外の色の頭髪。 及び、ムース他の整髪料を使用している頭髪。 長さは肩まで以上であってはならない。それ以上の長さがある場合は、 かならず束ねて運動の邪魔にならないようする事。 ただし、染髪料を用いない金、銀、茶髪は、これが地の色であることを 証明した場合これを許可する。 ☆所持品 学業及び倶楽部活動と関係のないもの全般。 具体的には銃器、刀剣などの武器類(教師または指導部の許可が無いも の。許可は風紀委員会室で発行する) 毒劇物、ドライヤー、整髪料、化粧品、ゲーム類(部活に使用する場合 は除く)等。 違反者は、違反した所持品を顔写真と共に公開します。御注意下さい。 緑葉帝暦73年十月某日 風紀委員会 』 『Der Angriff』の一面に載せられた、風紀委員会からの通達。 旧生徒指導部の解散以来、一度として行なわれた事のなかった持ち物・頭髪 検査の復活。それも、旧体制時代は認められていた女子生徒の化粧品にまで取 り締まりの手を伸ばしたそれ。 新生徒指導部が全校生徒に対して行なった、最初の弾圧がこれだった。