風紀動乱Lメモ:『ほつれの見えた蜘蛛の糸』 投稿者:でぃるくせん

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 このLメモは、
 よっしーさんのLメモ他伝風紀動乱編その1 「Holded Spiders」 
 の直後の話となっています。
 なお、このLメモは風紀動乱時空中の話であり、学園正規の設定には何ら影
響しません。
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 数発の、頬を打つ乾いた音が薄暗い地下室に響いた。
「勘付かれただとぉっ!?」
 押し殺した、怒りに満ちた声がそれに続く。
「……大丈夫ですよ。勘付かれはしましたけど、誰が誰かまでは分かってない
はずです。何せ、この完璧なコスプ……もとい、変装ですからね」
「そう言う問題じゃないんですよ……」
 平手打ちされた頬をさすりながら、反感と自慢がない混ざったような声音で
抗議する少年に、総髪の男の傍らに立つおさげの少年が諭すように言う。
「具体的に誰が広瀬さんを襲ったかが問題ではないんです。誰が不良の背後に
いたのか、彼女たちに察知されたのが問題なんですよ」
「くくっ…………この手の活動を、俺らに相談もせず独断でやらかしたツケが
回ってきたみたいだなぁ?」
 状況を楽しんでいる、壁際からそんな声がかかる。だが、総髪の少年はそれ
を完全に黙殺した。
 あるいは、本当に聞こえていなかったのかもしれない。広くもない部屋の中
を落ち付かなげに歩き回り、怒りを隠そうともせずに叫びたてる。
「我々が不良どもと結んでいることを奴らが知ればどう思う? 我々の日ごろ
の主張とあまりに矛盾するこの行為に、あいつらは必ず不審を感じるだろう!
間違いなく、こちらの本意を探るべく動くに違いがない! お前たちはそのき
っかけをあいつらに与えてしまったのだ!!」
 そこまで叫び終えたところで唐突に足を止め、彼はやけに冷静な表情に戻っ
て室内を見渡した。その一瞥を受けて、居並ぶ五、六人の男女生徒のことごと
くが、姿勢を正して彼を注視する。
 一瞬の内に緊張感に満ちた静寂が下りた室内で、彼はもう一度、今度はゆっ
くりと地下室の中を見渡した。ひとりひとりの表情を確かめるように視線を移
動させ、最後の一人にまで移ったところで小さく、しかし一同の耳に届くには
十分な声で、一つの重要な決定を下す。
「……守りに入れば、我々の真意も隠し通せないだろう。準備は万端ではない。
だが、奴らが真相に近づく前に、全ての『計画』を前倒しする必要があるな」












 風紀動乱Lメモ:『ほつれの見えた蜘蛛の糸』














 『悪い事』をした者は罰を受けなければならない。



 それは言わずもがなの倫理として、社会の中に存在している。
 往々にして守られない原則だとはいえ、基本的に老若男女を問わずとして適
用される原則だ。
 『悪い事』とそうでない行為とを分ける基準は、法律や校則、教義、あるい
はスポーツのルールのような明文化されたものから、社会常識、モラルと呼ば
れるような漠然とした形のないものまでさまざま存在する。



 未成年者の、校内での喫煙。



 この行為はまず法律に違反し、次いで校則に違反し、社会常識・モラルの面
からも著しく逸脱している。警察による補導、まではいかずとも、校則により
退学も含めた重い処罰が下される事は間違いない。


(だからと言って――)


 校内巡回班班長、きたみちもどるは毅然とした態度で手にしたスタンバトン
も物々しく、周囲を威圧するかのようにして現れた生徒の一団を見据えた。彼
らが通報のあった喫煙者――というわけではない。むしろ、彼らは校則違反と
は対極に位置する存在だ。
 少なくとも、表向きは。
 ……校則より法律に触れる事をやっていると言う悪評は、一部で囁かれてい
るとは言うものの、少なくとも当の彼らはそれを必要悪だと確信して行動して
いる。
 つまり、彼らにとっては自らの秩序に反する行為はより大きな秩序を守るた
めの小事にすぎず、彼らの正当性は損なわれないと言う理屈らしい。


(だからと言って、規則を破ったからって、罪以上の罰を与えてもいいって訳
じゃない……!!)


 きつく両の眉を寄せるきたみちの背後に、巡回班一番隊、二番隊の面々と何
人かのいかにも不良然とした生徒の姿がある。局員たちはいずれも緊張と敵意
もあらわに前方の一団を見つめ、それに保護された格好の不良たちは普段の横
柄な態度からは想像もつかない怯えた様子で事の成り行きを見守っている。
 二つの集団が対峙する一年生棟リネットの2Fにある男子トイレの回りには、
昼休みと言う事もあってすでに物見高い大勢の野次馬が集まっている。じきに
騒ぎを聞きつけて教師もやってくるだろう。
 それまで、この状況を引き伸ばせれば良し、だが向こうも教師が駆けつけて
来るまでには事を終えようとするに違いない……
「きたみち先輩。喫煙という重大な違反行為への取り締まり協力、ありがとう
ございます」
 予想通り。巡回班が喫煙者を取り押さえた直後に現場に駆けつけてから、し
ばらく無言を保っていた先方がようやく口を開いた。
「早速ですが、その学賊どもの身柄をこちらに引き渡してください。喫煙など
の重大な違反を犯したものは、放課後まで反省房に収監して処分を待つことに
なってますから」
 きたみちよりやや背が高い長身に、膝の裏まで届こうかと言うほど長い緑色
の髪を持つ少女(生徒指導部の通例として、女子生徒も『動き易さ』を重視し
て学生服を着用していた)が、挨拶もそこそこに言い放つ。
「それは、君たちが勝手に決めたルールだろう? 巡回班には巡回班のやり方
があるよ……無抵抗の人間に暴行を加える、なんて悪評のある君たちに、違反
者とは言え同じ学園の生徒を渡すわけにはいかない」
 慇懃無礼という言葉そのものの彼女の言葉を、きたみちは言下に拒絶した。
 確かに生徒指導部……そして、その支配下に置かれたに等しい最近の風紀委
員会に関しては悪い噂が多い。拘束した生徒への暴行は日常茶飯事、指導部の
悪口を言っただけでも呼び出される事もある、一般生徒の間にも密告者がいる
らしいなど、まるでKGBやゲシュタポのような悪評が立てられている。
 その上、ここ数日はディルクセン派の風紀委員と巡回班局員の間で小競り合
いが絶えない。大半の場合が、風紀委員側の挑発行為によるものだった。
 しかも、それらの悪評の確実に何割か……いや、ほとんどが事実に近いらし
いと言う話が、風紀委員会の監査部に参画している猫町櫂から伝えられている。
 さらには八塚崇乃からも、生徒指導部が長岡志保に手を出したらしい、と言
うことをそれとなくほのめかされているとあっては、一連の騒動は風紀の内輪
もめと距離を置いて静観していたきたみちとしても、指導部には強い不信感を
持たざるを得ない。
 そんな彼の対応は予想の範疇だったのだろう、指導部の面々はいきり立つ訳
でもなく、ただ苦笑を浮かべてお互いを見やっただけだった。
「やれやれ、そう言われても困るんですよ、先輩……」
 先ほどの長身の女生徒が肩を竦めて言えば、
「まったく、委員会活動でもない自分たちの立場を理解していただきたいもん
ですね」
「ちゃんばら屋は、大人しく道場で竹刀を振ってりゃあ良いんだよ」
「……なにぃっ!?」
「落ちつくんだ! 挑発だ、怒れば相手の思う壺になる!!」
 露骨な嘲りを浴びせ掛けられ思わず詰め寄りかけた局員を、とっさに九条和
馬が制止した。数人、同様に飛び出そうとするのを、まだ冷静さを保つ他の局
員が辛うじて押し止める。
 相手はこちらに先に手を出させるかたちで、力による決着を図っている。そ
の挑発にわざわざ乗ることはない。
 激発した局員が、他の局員に取り押さえられるその様子を見て、再び生徒指
導部の面々が再び苦笑をもらした。今度の苦笑は、さっきのそれより嘲笑の意
味合いがはっきりと強い。
「あはは、巡回班には自分を制御できない類の方が少なからずいるみたいです
ね〜」
 指導部の少年が一人、嘲りを口にしながらつかつかと巡回班のもとへ歩み寄
る。その背中に、声援と罵声が飛んだ。
 その割合は、ほぼ半々。やや、指導部への罵声の方が多い。一般生徒の中の
指導部シンパの割合を、良く示していると言える。指導部の行動が先鋭化する
につれ、それまで彼らを支持していた生徒たちの中からも脱落者が出始めてい
る。
 野次馬連中も二派に別れて殺気立ちはじめていることを感じて眉をひそめつ
つ、九条は無造作に近づいてくる指導部員の前に立ちふさがる。
「……何をするつもりなんだい?」
「もうすぐ昼休みも終わってしまいますし、そちらとじゃれあいを続けている
暇はありませんからね〜。そこの屑どもの身柄をさっさとお引き受けしようと
言うんですよ」
「そう言うわけにはいかないよ。さっきも局長が言ったろう?」
 立ちふさがった九条の脇をそのまま通り過ぎようとした指導部員は、目前に
回り込んだ九条を煩わしげにねめつけた。
「こっちの知ったこっちゃないですよ。どいてください、時間ないんですから」
「だから、好きにはさせないって…………」
 制止しようとする九条の言葉を無視し、指導部員は邪魔な九条の胸を軽く突
き飛ばした。意外にがっしりした体格が、これまた意外にあっさりと揺らぎ、
そして制止の言葉がふと途切れる。
『ぴしゃっ』と顔に、なにか生暖かい液体が浴びせ掛けられる感覚がしたり。
「……え?」
「あっ……!!」
 男性トイレ前にざわめきが広がり、きたみちと八塚が天を仰いだ。何十人も
の生徒が取り巻くその真中で、生徒指導部員に胸を小突かれた九条が、ゆっく
りと、スローモーションで地面に倒れて行く。
 …………もちろん、『ぶはぁっ』と盛大に血を吐き散らしながら。
『……………………』
 ほんの一瞬、静寂があたりを支配した。すぐに、九条の体が廊下のコンクリ
ートの床に倒れこむ音が響き、呆然とした状況は一転騒然としたものへと推移
する。
「………って、なんでええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」
「九条先輩ッ!!?」
「野郎、やりやがったな!!」
「うゆ〜〜、流血です〜〜☆ミ」
「言いがかりをつける気か、おまえらぁっ!!」
 彼の吐血&昏倒自体は何時もの事、慣れ切ったことのはずなのだが、今度は
あまりにタイミングが悪い。張り詰めた緊張をぶった切るには十分だった。
 二つの集団がそれぞれ得物を構えなおし、彼らの罵声とあたりを取り巻く野
次馬たちの無責任な声援が飛び交う。教師は……まだ駆けつけない。近づいて
いても、すでに周囲の野次馬をかき分けて現場に達するのは困難なほど、野次
馬の数は増えている。きたみちは軽く下唇をかんだ。
「落ちつくんだ、みんな!!」
「止めないでください局長!」
「連中が無茶吹っかけて喧嘩を売ろうってんだ、どっちにしても避けられない
喧嘩なら、早いうちに買った方が楽だよ!!」
 いきり立つ局員達。彼の制止は届かない。指導部側のリーダー格の女生徒と
いえば……
「!」
 してやったり、と言わんばかりの笑みを口許にこぼしていた。悪戯っぽい彼
女の笑みに、きたみちはやはりこの衝突が仕組まれたものだと確信を深める。
 大体、風紀委員はリネットからアズエルまで、それぞれの学年に構成員がい
る。始業前や放課後、昼休みであれば、リズエルにも常駐の委員が配置される。
もちろん、この時間帯にもリネットには指導部を含め多数の一年生の風紀委員
がいたのは間違いない。
 なら、なぜそれが、多くがアズエルやエディフェルからやってきた校内巡回
班より出動が遅れるんだ? いや、そもそもあの、きたみちの下に常習喫煙者
を通報して来た一年生はなぜ手近な風紀委員にその事を知らせなかったんだ?
そして、風紀委員会に同じことを通報したのはどこの誰だ?
(……はめられたのか!!)
 きたみちが憤りを篭めた視線で指導部・風紀委員のリーダーの顔を見据えた
瞬間。

「かかれぇっ!!」
 
 誰がその致命的な一言を叫んだのか、誰も覚えている者はいない。
 野次馬の多くは、それが周囲の人垣の中から飛んだ声だと証言する。何人か
は、指導部に近い一年生が叫んだのを見たと証言し、同じく何人かは普段から
指導部に反感を持つ一年生の声だと証言した。
 事の真偽はともかくとして、はっきりと目に見える事実は、コントロールを
外れた二つの集団が、それぞれの得物を振りかざして衝突を始めたという事だ
けだった。




『本日昼休み、校内巡回班が確保した喫煙生徒の身柄を巡って生徒指導部員を
含む風紀委員三十五名と校内巡回班局員十三名が衝突。リネットの広い範囲に
渡る抗争によって、五時間目が一部で休講になる…………』
 事態の経過をまとめたノートには、事態が長引くに連れて両方の集団に応援
が駆けつけ、仲裁を試みた監査部などのディルクセン派から一定の距離をおく
風紀委員も巻き込んだ大騒動になった事が簡潔に記されていた。その収拾をつ
けるため――
「我々は、通常通りの義務を果たす努力を行ったまでだ。この衝突の原因は、
きたみち。きみらがつまらん対抗心から、こっちに違反者を引き渡すのを拒ん
だことに端を発してるんだぞ!」
「……生徒指導部が信頼のおける組織なら、僕も引渡しに応じただろう。だけ
ど、実際に君たちには悪い噂が多い。人を、安心して預ける事が出来ないほど
にね。大体、最初から攻撃的だったのは君の後輩じゃないか」
 ――収拾をつけるために風紀委員長と監査部の立会いの下に顔を会わせた当
事者たちは、席に着いた時からずっと冷戦状態だった。
 六時間目が終わってすぐに、このリズエルの大会議室に集まってからもう一
時間以上経つ。これ以上の騒動を避けるため、指導部と巡回班はいずれもトッ
プしか呼び出されてはいない。五時の下校時間はもう三十分ほどに迫っている
が、外野からの野次がなくとも一向に話が進展する気配はなかった。
 直接対決の結果はといえば、一般のメンバー同士の衝突はわざわざ風紀取締
りに重装備で駆けつけてきた指導部が数と質両面で優勢、きたみちを始めとす
る巡回班SS使いの力でなんとか状況は五分に持ちこんだものの、肝心の違反
者の身柄は指導部の手に落ちてしまった。
 そのせいで、普段温和なきたみちが意外なほどに態度を硬化させているのに
加え、ディルクセンはいつも通り強気一辺倒なので事態収拾の目処は全くつい
ていない。その後の授業中も、あちこちのクラスでディルクセン派風紀委員と
校内巡回班局員そしてそれぞれのシンパの間の喧嘩が起きたとか。担当の教師
にとっては不幸な事だ、と広瀬はメモに再度目を通しながら内心苦笑する。
「……委員長、不謹慎ですよ」
 内心の思いが顔に出ていたらしい。すぐにとーるに小声の忠告を受け、広瀬
は首を軽く横に振った。
(どうせ何を言ってもどんな証拠を突き付けても、先輩の対応は変わらないわ
よ……みんな、そんな事わかってるんだろうけど)
 広瀬は身柄が争われた不良たちの喫煙そのものが、多分指導部による自作自
演の芝居だろうと見当を付けている。なにせ、つい先日彼女は指導部と不良た
ちとの裏の繋がりを掴んだところなのだ。
 指導部に放ったスパイである(と、彼女は思っている)鈴木の活動が鈍くて
確たる証拠を掴めていないから、その関係を白日の下に晒すことはまだ出来な
いが、風紀委員長としても、一人の生徒としても、必ずそれを暴いて見せる。
 彼女は決意をあらためて固め、ついでにその表情を引き締めて、広瀬はディ
ルクセンを詰問する保科へと目を向ける。
(保科さんも、大変よね……)
 直情径行な彼女には、どうにも詰問や尋問という行為は苦手に見えた。普段
の彼女が持つクールさは、ストレートな激情に取って代わられている。
「ディルクセン先輩。そっちのメンバーが最初から挑発的やったって証言は、
見とった野次馬連中からも証言取れてるのや。しらばっくれてもあかんよ」
 そんな保科の追及を、ディルクセンは鼻で笑い飛ばす。
「指導部に悪意を持った連中の中傷だな。語るにたりん。逆に、巡回班の妨害
行為に対しての証言も出てるのだろう?」
「確かに、証言はありますね。ですが、実際問題として校内巡回班が風紀委員
会に協力するのは好意であって、義務ではありません。それに――」
 保科に代わってとーるの反論。監査部に警備保障の代表として参画するDマ
ルチを振り返り、彼女の発言を促す。
「――はい、両者の衝突の経緯を数字的に提示するならば、一連の衝突におけ
る風紀委員会側の暴言・挑発行為は校内巡回班側のそれを5倍以上上回るなど、
寄せられている報告を見る限り指導部側の好戦的姿勢が突出しています」
 具体的な数字を出されても、ディルクセンは平然としている。きたみちの方
も、目立った反応を示す事はない。
「――また、校内巡回班側が校則違反者引渡し拒否の理由としてあげた生徒指
導部による暴行疑惑も、九月以降実際に拘引された延べ318名のうち、特に
日ごろから生徒指導部に批判的だった37名が登校してこない、あるいは病院
に通入院しているという事実があり、他にも風紀委員会による拘束後、負傷し
て解放された例が42件あります。いずれも当人の証言はまだ得られていませ
んが、状況的に必ずしも根拠のない事とは言えません」
 Dマルチが淡々と報告を終えた、それに軽く頷いて謝意を示し、とーるはデ
ィルクセンに向き直る。
「……と言う事ですが、ディルクセン先輩、なにか反論はありますか?」
「別に、ないな。前者はもし、仮に事実であるとするなら、責任者をきちんと
処分しないとな」
 予想に違いして、真面目な顔付きでディルクセンは重々しく首を縦に振った。
思わぬ反応にきたみちと保科は思わず目を丸くする。
 良い回答が得られるかもしれない。そんな淡い期待を抱いたのは、しかし、
この場で彼ら二人きりだった。とーるや広瀬の視線は醒めきったものだ。
「だが、現実に俺の下にはその種の報告は何一つ上がっていない以上、Dマル
チの言葉を真に受けるわけにはいかんな。それに、後者に関しては事実は全く
違う。我々が反対分子に過剰な暴力を行使しているかのような言い分は不愉快
だな。登校して来れない連中は、やましいことがあるから登校できんのだろう」
「結局、なんも認めるつもりはないってことやないか、それは!!」
 ばんっ!!、と机の天板を砕かんばかりに打ち据えて、保科が激しく怒声を
放った。
「ほんとに男らしないな! ええ加減事実は事実として認めたらどうやの!?
誰にだってわかることまで知らぬ存ぜぬゆうて、それじゃただのだだっ子と同
じやないか!!」
「……おい、とーる。お前が選んだ監査部の部長さまは、どうやら酷く感情的
で公正さを欠く人物のようだな?」
「……確かに少々短気なところはありますが、冷静な保科さんは思慮と公平さ
に富んだ適材ですよ」
 密かに「人選、ひょっとしたら失敗したかも」と頭痛を感じつつも、そんな
事はおくびにも出さず答えるとーるに対し、ディルクセンはくつくつと喉を鳴
らす笑いで応じた。
「適材、なぁ……?」
「……何が言いたいんや?」
 皮肉げな声と視線を投げかけられ、保科が愛用のハリセンを握り締めて剣呑
な声を出した。もっとも、とーるがしっかりハリセンの先を摘んでいるので振
り上げる事までは出来ない。
 じー、と恨めしげな視線でしばらくとーるを見つめていた保科だったが、や
がて諦めたように首を振ると再び決然とした表情できたみちとディルクセンへ
と顔を向けた。
「……まぁ、ええわ。ともかく、今回の衝突に関して監査部としての勧告を出
すから良く聞きや」
「はいはい、ご高説を拝聴させていただくとしようか?」
「……わかった」
 ディルクセンは冷笑を浮かべ、きたみちは保科、広瀬、とーるの順に視線を
移して頷く。
「今度の衝突そのものは、九条先輩の卒倒とか偶然の要素もあったしお互い手
を出したのもほとんど同時やったから、敢えてどっちが悪いとはいわへん」
「ちょっと待ってくれないか、それは……」
「きたみち先輩、まだ話は終わってへんから落ちつきいな」
 おだやかだが、断固とした口調できたみちが抗議の声を上げかけた、それを
やはり断固とした声で遮って、保科は話を続ける。
「衝突の遠因になった暴行疑惑はホンマかどうがわからへん。けど、疑いは濃
厚や。指導部が潔白を主張するんやったら、それを目に見える形で証明する義
務がある」
 ディルクセンが鼻を鳴らし、やはり話を皆まで聞き終えること無く割っては
いる。
「故に、今後指導部が風紀違反者を拘束した場合、拘束〜尋問までの間、巡回
班の人間を立ち合せることを義務付ける――こんなところか?」
「……そうや」
 短く答えて頷く保科。
 この勧告にどう回答するか。全員がディルクセンを注視する。
 ……もっとも、なんらかの期待を持っている者は皆無といって良かったが。
 そしてもちろん、すっと席を立った彼の回答が、周囲の予想を裏切ることは
なかった。
「お断りだな。我々は治安の一元化を目指している。巡回班が我々の支配下に
入るならばともかく、我々が巡回班の掣肘を受けることなど、あってはならん
ことだ」
「それは、君たちが――指導部が、噂通りのことをやってると思っていいって
ことだね?」
 きたみちもまた立ち上がり、ディルクセンの両眼を正面から睨み据えた。
 そのまっすぐな瞳に怯んで視線を逸らすわけでも無く、ディルクセンはいか
にも芝居がかったしぐさで大仰に腕を広げながら叫ぶ。
「とんでもない! 神懸けて誓おう、そんなことはありえないさ!!」
 そして一転声を潜め、肩を竦めて暗い笑みを浮かべて続けた。
「だが、その種の噂が広まるのは、我々にとって都合の悪いことではないので
ね……なんとなれば、恐怖は治安のための最大の武器だからな」
「君は……」
 なにかを言いかけて、きたみちはその続きを口にすることは止めた。
 彼に、何を言ったところでもはや分かりあえはしないだろう。きたみちが求
めているものと、ディルクセンが求めているものは違いすぎる。
 そのことをはっきりと認識し、きたみちは最初に口にしかけたのとは別の言
葉をディルクセンに投げかけた。
「君が、僕たちが守りたいと願うものを壊そうというなら。僕たちは、君の行
動を座視してはいないよ」
「……きたみち先輩。その種の発言は控えてください」
 宣戦布告に等しいきたみちの言葉に、ゆかりが一応警句を発する。だが、そ
の警句が露骨におざなりなのは、半ばは言うだけ無駄という諦め、半ばはきた
みちの想いが判るからだろう。
 ……わずかに、両者の対立が自分の復権にプラスに働くという計算もあるか
もしれない。
 ディルクセンへのリベンジを図る広瀬は策を用いるつもりはなかった―――
ディルクセンと同レベルに堕ちるのが嫌だったからだ―――が、だからといっ
て転がってきたチャンスを放置するつもりもない。
 そんな広瀬の思いを知ってか知らずか、きたみちは彼女の言葉にゆっくりと
首を横に振った。
「広瀬さん。僕は……いや、巡回班は、争いを好むわけじゃない。でも、大切
なものを守るための戦いを嫌うほど、臆病なわけでもないんだ」
「そして我々は、我々の活動を妨害する連中の恫喝に屈するほど臆病ではない
し、その存在を認めるほど寛大でもない」
 言い放って、ディルクセンは身を翻した。そのまま、まっすぐと扉へと向か
う。 誰かがそれを止めようとすることもない。
 話はもう終わったのだから、止める必要も無かった。
 すぐにカラカラと引戸を開く音、続いて閉じる音が響き、ディルクセンの姿
が会議室から消える。ほんのわずか、ディルクセンがちらと保科へ未練げな一
瞥を向けたのに気づいたものは、果たしていたかいなかったか。
 誰とも無く、小さなため息が漏れた。

「じゃぁ……僕も帰らせてもらうよ」
 ディルクセンの退室後、しばしの間室内に流れていた沈黙をやや遠慮がちな
声で断ち切って、きたみちが椅子から腰を浮かせた。
「……ええ、どうぞ。もう、交渉相手は帰っちゃいましたしね」
 再び、今度はわざとらしくため息を漏らし、肩を竦める広瀬。
「……ごめん。君達にも」
「謝るくらいなら、最初からしないで下さいよ」
「いや…………その」
 皆まで言い終える前にツン、と顔を背けられ、思わず言葉に詰まるきたみち。
監査部の面々も、やや緊張ぎみの視線を二人に送る。
 だが、一瞬の空白が気まずい雰囲気に変わるよりも早く。
 思わぬ自分の態度に弱りきった様子を見せる彼の姿に、広瀬は明るい笑い声
を上げた。
「ふふっ、あははははっ♪ 冗談ですよ、冗談♪」
「冗談って……」
「冗談は、冗談。きたみち先輩があんまりこっちに気兼ねしてたみたいだから、
ちょっとからかって見たくなっただけ」
「……酷いなぁ。すっかり騙されたよ。さすが女優、ってところかな」
 軽いウインクを寄越して微笑む様子に憮然とするよりも苦笑を誘われて、き
たみちは軽く頭を掻いた。それに対して広瀬は澄ました表情で
「そんなところですね。っていうより、あっさり見抜かれちゃったら大女優な
んって勤まりませんよ」
「……それも、そうだね」
 さりげなく『大女優』などと言ってのける彼女に、きたみちも釣られて笑み
を浮べた。
 張り詰めた雰囲気が、たちまちのうちに解けて行く。場の雰囲気を掴み、操
る術は、さすがに女優というべきか。はたまた小なりとは言え一個の組織の長
たる者の備える器量だろうか。
 あるいは、その両者は不可分の才能なのかも知れない。
 ひとしきりきたみちと笑いあって、広瀬はやがて腰を椅子から浮かせた。
「あー、座りっぱなしってやっぱり疲れるわね」
 とんとん、と腰を軽く叩く。それからまだ着席したままの監査部の面々を見
渡して、
「それじゃ、用件も済んじゃったし、私も帰るから。何かあったら、また明日
知らせて」
「あ、今日はこれで失礼しますね」
 広瀬に続いて、もう一人席を立つ。
 校内巡回班から監査部に出向している猫町櫂だった。荷物を纏めると、彼は
きたみちの横に並ぶ。
「じゃ、行きましょうか」
「行きましょうって……」
 少し、戸惑った様子を見せるきたみち。
「監査部は、まだ話があるんじゃないのかい?」
「大丈夫です、あらかじめ皆にも伝えてますから。今日の一件で怪我した人達
のところに顔を出すんでしょう?」
 それでようやく得心し、きたみちは猫町の問いに頷き返す。
「うん、そのつもりだよ」
 乱闘騒ぎで怪我をした連中の一部は、いつもの様に第一・第二の両保健室に
収容されている。大怪我をした者はいなかったのだが、騒ぎが始まったのが昼
休み、完全に収まったのが六時間目の始まったころと遅かったため、怪我人の
大半は何をするでもなく保健室にたむろしていた。
 きたみちはそのうち第一保健室で傷を癒すなりベッドで午睡をむさぼるなり
している巡回班の面々を拾い、かつねぎらいに行こうというのだった。
「それじゃ、また明日」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様。夏樹、私たちも帰ろ」
「はいはい、ちょっと待っててね……じゃぁ皆、また明日」
 巡回班の二人に続き、広瀬と貞本の二人も部屋を出て行く。
 彼らが退室し、部屋には残る監査部の面々だけが取り残された。
 先ほど解けたばかりの張り詰めた空気が、二人の出ていったドアから10月
の夕刻の寒気と共にふき込んできたかの様に、再び部屋の中に立ち込める。
「保科さん……少し、感情的過ぎますよ。いつものあなたらしくない」
「……ちょっと、私らしくないかもな。でも、私かてどんどん馬鹿になってい
く知り合いの姿目の前で見とっても、冷静でおれるほど人間できてへんよ……」
 視線を床に落とし呟いた保科の笑みがあまりに弱弱しげに見えたから、とー
るはそれ以上何も言わなかった。
「それにしても……先輩はどういうつもりなんでしょう?」
 おずおずとした様子ながらも、最初に沈黙を破ったのはkosekiだった。
「わざわざ中立の校内巡回班にまで挑発をしかけて。一度に校内の他の組織全
てを敵にまわすリスクが理解できていないとは思えないんですけど……」
「……理由は、多分二つあるんだと思います」
 保科の様子を気にかけながら、藍原瑞穂が自分の推論を展開する。
「一つはイデオロギー的なもの。学園諸組織の即時統一を唱えるディルクセン
さんに取って、例え複数の敵を抱え込むことになっても妥協は許されなかった
んだと思います」
「ちょうど、イギリスをまだ打倒できないでいるヒトラーが、ソ連に戦争を吹
っかけたようにね」
 冬月俊範が皮肉っぽく言う。この少年は、温和な表情をしていて激情家、そ
の上時折不意に毒舌を吐く。おかげで周囲とトラブルを起こすことも少なくな
いのだが……改めないあたりを見ると、意に介していないのだろう。
 ディルクセン先輩と直接対決させると、そこにつけ込まれるかもしれない。
議論の場には出てもらわないほうが賢明だななどと思いつつ、とーるは困った
ように口篭もっていた瑞穂に先を促した。
 彼女は彼女で人の善性を信じすぎるきらいがあるが……判断力は申し分ない
し、人を信じることが出来るのは美徳であって悪徳ではない。とーるはそんな
ことを考える。
 ディルクセン先輩が彼女の十分の一ほどでも人の善性を信じる意思があった
なら、こんな事態は起きていないかもしれない……
「理由のもう一つは、監査部の権威の否定ではないしょうか。指導部から他の
組織に挑発を繰り返し、衝突を起こし、不利な勧告を引き出した上で、『監査
部は広瀬委員長と同じ、他の組織の反生徒指導部的な出先機関である』と主張
することだと思うんです」
「つまり、『監査部は公平な機関ではない』というアピールをすることが目的
だと?」
 尋ねる冬月に、瑞穂はわずかばかり自信なさげに首を縦に振った。
「はい、多分……」
「――私も同意見です」
 その見解に、Dマルチが淡々と同意する。
「となると、明日には指導部の出した校内新聞で誇張と中傷が乱れ飛びそうだ
な……」
「そう言えば城下さんと長岡さんはどうしたんでしょう?」
 冬月の発した『新聞』という単語に二人ほど、いるべき人間がいないことを
思い出させられ、瑞穂が小さく首を傾げた。
「――城下さんと長岡さんなら、今回の事件後の支持率調査を、明日の新聞に
間に合わせるんだと走りまわっています」
「……頑張るなぁ」
 どこから取り出したのか、愛用の湯のみに注いだオイルを啜りながらのDマ
ルチの返答に、冬月がこちらはコーヒーカップを口許に近寄せて苦笑を浮かべ
る。
「まぁ、それでこその情報特捜部でしょうしね」
 とーるもまた苦笑を浮かべている。
 さて。明日の『judgment days』にはどんな見出しが踊ること
か。歩く東スポの異名を取る長岡志保と、悪意なく情報をとんでもない方向に
勘違いする城下和樹が中心になって動くとなると、なかなか予想し難いものが
ある。
 またぞろ、ディルクセン先輩がぷちんとまとめて太い動脈を数本ぶち切らせ
るような代物が出てこなければ良いが。
 苦笑を浮かべる二人の内心はともにこんなものである。
 しかし、翌日刷り上った情報特捜部発行の新聞は意外にもまっとうな内容と
客観的なスタンスを保った読むに十分耐える代物であり、ディルクセンをして
「あのスピーカー女にジャーナリストの才があるとは思わなかった。認識をあ
らためなければならないな」
 と唸らせるものになるまでとは、完全に彼らの予想外だったのである。




「彼は、彼なりに『正しい事』のために動いているんだと思うよ」
 会議室から屯所のある中庭へ向かう道すがら、裏山に沈み行く夕陽を眺めて
呟いた。疲労感が濃く、きたみちのやや茫洋とした容貌に浮かんでいる。
「だけど、彼はその『正しい事』を他人に押し付けようとする。ついて来ない
人間を平然と切り捨てようとする。人をたった二種類の存在に分類して、選ぼ
うとする」
「……そして、学園を人が人を管理するところに作り変えようとする?」
 猫町櫂が言葉を引き継ぐと、きたみちは黙ってそれに頷いた。ゆっくりと、
頭を振る。
「人を傷つけてまで『正しい事』を押し通せるというのは、なぜなのかな?」
「それは……私には、判りません」
 きたみちの視線を追って、櫂も夕陽へと目を向けた。もう、裏山の峰にほと
んど隠れてしまった―――風が、冷たい。
 彼女はきちんと寝ているだろうか。
 ふとそんな事が、夜風を身に受け今日の出来事を振り帰るうちに脳裏を過っ
た。風邪が流行っている季節、彼女こと雛山理緒は熱を出して午後の授業を早
引けしていた。
 大事無ければ良いが、と思う。彼女は家族のために無理をし過ぎるところが
ある。と言うより幼い弟妹を抱えて無理をするしかないのだが。
 それで風邪をこじらすようなことがなければ良いのだが……
 そう言えば、今日は少し、屋台の材料が余っていた。昼休みのどたばたで捌
ききれずに結構な量が残ってしまっていたのだが、これを彼女の家で調理して
晩御飯だけでも支度してあげよう。

 ――平穏、とは言いがたいが、楽しい学園生活。そこには理緒がいて、仲間
がいて、自分がいて、それで毎日を送っている。
 その日常は良くも悪くも刺激に満ちていて、それはおおむね幸せな事だ。
 指導部は、それを否定している。もちろん、否定するだけではない、その後
に何かを打ちたてようとしてはいる。その何かは、ディルクセンがあの絶叫調
の演説で振りかざす『普通』とか『平穏』とか、そう言うものなのだろう。
 学園にはどこにでもありふれた『普通』や『平穏』が欠けていて、それで迷
惑顔をしている生徒が多いのは事実だ。そんな不満を抱える生徒たちが、指導
部の力になっている。
 しかし、SS使いたちに限らず、この自由で奔放な学園を愛している人達も
大勢いる。きっと、不満を抱いている生徒たちより多いくらい。もちろん、ど
ちらが多いから正しい、などと言うものでは絶対になかったが。

 指導部の正義、あるいは大義は必ず誰かを否定する。傷つける。

 それで、一つだけはっきりする事があった。つまり。
「ディルクセンさんたちの正義が人を傷つける事を容認する正義なら、私たち
にはとてもじゃないけれど受け入れられませんね……」
「……うん、その通りだ」
 俯き加減の櫂とは対照的に、そろそろ星の見え始めた空を見上げるようにし
て、きたみちが応じる。
「力―――彼らに傑出した力があるかというと、必ずしもそうは言えないけれ
ど。誰かが誰かを従えると言う考えは間違ってるんだ。それは必ず哀しみを生
む。もし、彼がそれを断行しようと言うなら……僕たちは、それを防ぐために、
大事なものを守るために、戦わなくちゃいけない」
 でも、ときたみちは言葉を区切って、櫂の方を振り向いた。夕陽が完全に隠
れる前に、きたみちの顔の半分を朱に染め上げる。その朱が、櫂にはどうして
も不吉な色に思えてしかたがなかった。
「もし戦わずに済むなら、戦わない方が良いに決まってる。監査部にはその方
策を探り続けて欲しい。保科さんやとーる君の考えもそうなんだろう?」
 必ずしもその方策を探るのが監査部の目的ではないようであったが、櫂にき
たみちのその言葉を否定する理由はない。
 話しあいの要を認めない相手にどんな手段があるだろうか。決して小さくな
い不安を抱いてはいたが、櫂はきたみちに頷いた。

 頷くしか、なかった。




 同じ頃、教員棟リズエル。
 生徒どころか教師たちさえ多くが下校してしまい、さっぱり閑散とした職員
室前の廊下を賑やかに騒ぎながら行く人影があった。
 学び舎の廊下を無邪気に笑い交わしながら歩く学生の姿、それ自体は珍しく
もなくむしろ場所に相応しいものだろうが、問題は会話の内容にある。
「なっかなか、大騒ぎになって楽しかったよな。授業も潰れちゃったし」
 悪戯っぽく微笑んだのは、先刻の指導部の少女。
 否、少女と言うのは正しい表現ではない。確かにその顔立ちは美少女そのも
のと言って差し支えなかったが、『彼』の性別は女性ではなかった。
 だからと言って男性、とも完全には呼べない。呼べないのだが、当人は男性
の自覚を持っている。
 隼魔樹。両性具有のクラゲ使い……もとい、属性魔法使い。
 比較的最近参加した、生徒指導部の中級幹部の一人。
「うん、ほらさ。みんなキレちゃってドカン、とぶつかった時のきたみち先輩
の顔見た? しまったぁっ、って顔に出ててすっごく面白かったよ」
 傍らを歩く松原陽平が、坊ちゃん育ちをうかがわせる柔和な容姿におっとり
とした笑みを浮かべて魔樹に応じた。
「見た見た。必死に止めても誰も聞かなくってさ、途中で疲れきった顔になっ
てただろ? そのうちもみ合いに飲み込まれちゃって見えなくなったしな」
 互いに顔を見交わして、くすりと歳相応の笑みを浮かべる。二人にしてみれ
ば、今日の騒ぎは「ちょっとしたいたずら」の感覚なのだ。
 学園中巻き込んでの革命ごっこ。大騒ぎできればそれでいい。この一年生二
人組は、指導部でも比較的ディルクセンの理想にはさほどの関心のないメンバ
ーだった。
「で、先輩さ、次はどうするって言ってたんだ? 『計画』組替えて、前倒し
にするんだろ?」
 それがディルクセンにも知られているせいか、彼らは指導部の『計画』につ
いてあまり詳細を知らされていない。
 ディルクセンの肉親と言う事で、魔樹よりは多少陽平の方が多くを知らされ
てはいたがどちらにしても大差のないレベル。
 どうやら、人間的によほど信頼されていないと言う事になる。
 自然、魔樹の期待に満ちた問いにも、陽平の答えは漠然としたものになる。
「次? 次は僕もあまり詳しい事は聞いてないんだけどね……事故を『起こす』
んだって」
 それを聞いて、魔樹の歩みが止まった。彼が立ち止まったのに応じて、同じ
く足を止めた陽平の目をじっと見詰める。
「事故を『起こす』? 起きるんじゃなくて?」
「うん、『起こす』の。起きるんじゃなくて」
 事故って、起きるものじゃなくて起こすものでしょ? 言外にそう匂わせた
陽平の物言いに、魔樹の端整な容姿に再び小悪魔っぽい笑みが浮ぶ。
「へえ……そりゃ、楽しそうだ」




 翌日。
 珍しく悠朔自身が目を通した上で発行された『judgment days』
は、昨日の大騒動を踏まえた上で指導部の活動方針を支持するかどうか、道行
く百人の一般生徒の調査結果を報じていた。
 結果は、指導部の支持率37%。一時期には一般生徒の過半数の支持を獲得
していると思われた指導部の思わぬ後退には、不良取締りなどで(表面上)成
果を上げながらも、暴力行為を隠そうともしないその横暴ぶりに反感を抱く生
徒が支持層の中から出てきたためだと考えられる。
 志保の記名のあるその記事は、努めて客観的な文体でそう伝えている。

 この数字こそが、ディルクセンの危機感を煽り、『計画』の前倒しをさらに
急がせる要因の一つになろうとは、神ならぬ志保には到底知る由もないことだ
った。



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 Lメモ自体が……うわ、一年ぶりかな(汗) がんばってないなー(五月投
稿のL後書きを見つつ)
 随分と間が開いてしまいました、風紀動乱続編です。いろいろ、この流れが
続く事にご批判のむきもあるかと思いますが、ケリが付くまでは書き続ける所
存です。
 ……毎度同じ台詞を吐いてる気もしますが(吐血)
 前向きにがんばろー、自分(前回よりちょっと気の入った気合)
 次は……四月中に出すぞぉ(希望的観測)