「派手にやってくれますね。彼ら、人権って言葉知らないんでしょうかね?」 何時も通りの遅刻が幸いして、始業後すっかりざるになった指導部の網を容 易にすり抜けての登校直後。 地上の様子を報告するために第二茶道部地下ダーク十三使徒本部を訪れた神 凪遼刃はやや皮肉げな様子で告げた。 荘厳たる大神殿の雰囲気からやや彼が浮いている様子を見せるのは、彼の友 人たる小妖精の少女が、長髪の上で心地よさげにうたた寝しているという牧歌 的な光景のせいだろう。 とりあえず、この悪戯好きの小妖精の眠りをうかつに覚ましたりしては、あ とあとが怖いので誰も突っ込まない。極めて賢明な判断である。 「知ってて踏み荒らしているんでしょう。ディルクセンさんは、個人と言う概 念を憎んでさえいますから。永井さんは、保護検束を行うんだとか言っていま したが」 わずかに首を傾げる神海もまた、風紀の使徒狩りを避けて大聖堂を訪れた一 人だった。正面から決戦をやれば十三使徒の勝利に終わるのは昨晩の一戦でも 明らかなのだが、それでは何の為に指導部を扇動し形成を支援してきたのだか 判らない。 それに、勝ちを収めたとしても十三使徒側の損害も大きなものになるだろう。 ハイドラントは漁夫の利を得るのは嫌いではなかったが、その逆は好きではな かった。 昨晩の行動も、主要な目的は来るべき決起の日に備え、現在深刻に不足気味 の武器弾薬を補充することだったが(皇華に金を掛け過ぎてそっち関連への予 算投下がおろそかになっていたのは十三使徒抜群の機密であるらしい。弥生さ んはとっても怒っている)、一つには指導部をけしかけさらなる暴挙に踏み切 らせるための扇動という面が強いのだ。 だから、十三使徒は現時点で積極的な反撃を行っていない。 ちなみに保護検束、というのは警察活動上の概念で、将来治安上有害な活動 を起こす『かもしれない』人物を、事前に検挙拘束しておくことで危険が発生 する可能性を除去するというものだ。 極めて前近代的な概念であり、現代社会ではどの国においても(公式には) 認められてはいない。無論、学園内で認められる道理もない。 「しかし、期待以上の反応だな。ここまで思いきった行動に出るとは、正直思 わなかったぞ」 網をすり抜け、三々五々集結してくる使徒たちを前に、ハイドラントはにぃ と口許に笑みを刻んだ。 その笑いが五秒持たずに凍りついたのは、シベリアのラーゲリ(強制収容所) で迎える冬の寒さも霞むような絶対零度の声が、横合いから投げられたからだ。 「予測の範囲内です。生徒指導部がこれを機会に思いきって次の段階に踏み出 す可能性もあると、事前に指摘したはずですが」 言外に、「この程度も予想できてなかったんですか? それで良く組織の長 務まりますね」という意味合いが含まれているのは言うまでもない。 「……えー。あー。こほん。それで、弥生さん。現在の状況は?」 周囲を見渡しても助け舟を出す使徒はおらず。かなりド畜生だった。 やや落ちつかなげにけほけほ、と咳払いをして、最低限の威厳を保った声で ハイドラントはより優先すべき話題に水を向けた。 ……一般に、かかる行動を『都合が悪いので話をそらす』と人は言う。 幸いにして、弥生もまた優先すべき話題が別にあると言う点では同意であっ たらしい。それ以上突っ込むことはせず、素直に求められた問いに答えを返す。 「無事大聖堂に辿り着いた使徒は現在四二名。登校中に風紀委員会に捕捉され、 突破して辿り着いたものの負傷した者が十五名。昨夜の襲撃に参加し、本部で 待機中の二四名を合わせて、現在ここには八一名の使徒が待機しています。 一方で、捕捉され現在も風紀委員会の追跡から逃亡中の使徒は十八名、それ 以外で校内に潜伏中と思われる使徒は九名います。それから……神海くん」 弥生の声を受け、神海が一歩進み出た。 「はい。風紀委員会がこの機に大規模な反対者狩りを始めたことに反発して、 校内巡回班が状況に介入を始めています。すでに衝突も起こっているようです。 雪だるま式に悪化する状況に、ジャッジのメンバーも集結し対応を検討してい る模様です」 「ただ、指導部側に今すぐ大規模なアクションを起こす意図はないようですね。 彼らは彼らの『計画』を忠実に実行に移していますから、反対者を取り除く好 機は逃したくないものの、同時にあまり予定外の衝突を起こしたくもないわけ です」 神海に続き、情報分析を行って見せたのは、テンガロンハットが光る巨漢の 参謀、氷上零。 「今現在、指導部が拘束しているのはいずれも組織に直接帰属しない個人です。 これは、『計画』の阻害要因になりうる対象のうち、指導部が冷静により除外 しやすい対象を選別していることを意味します」 「指導部は冷静、衝突を回避、か。氷上は今回の策は失敗だったと考えるのか?」 そのハイドラントの問いに、氷上は首を横に振る。 また、試されている。 ハイドラントと弥生の視線からそれを感じ取り、参謀、表の幹部としては新 参の使徒は、若干考える間を置いて応えた。 「いえ、意義は大きいでしょう。指導部が露骨に弱い立場の生徒を狙い撃ちし たことで、一般生徒の指導部への反発はむしろ強まりました。指導部に賛同す る生徒と反対する生徒の間の対立は、今までよりさらに先鋭化することかと」 ここでもう一拍、間をおいた。反応を窺いつつ、言葉をつむぐ。 「今後当面、衝突は直接組織に帰属しない生徒同士によって争われることでし ょう。指導部本体の蜂起準備を隠蔽するためにも、学園全体の混乱は指導部の 望むところです。抑制ではなく扇動の方向で事を進めるでしょう。 学園の混乱と恒常的な不満の鬱積。組織同士の直接衝突を呼ばずとも、それ は我々にとっても十分に利益となります」 「なるほどな」 頷いて、ハイドラントは弥生を見た。 まったくの無反応。ふむ、ともう一度頷いた。 及第点、というところだろうか。 氷上は内心安堵のため息をついた。 「ふふ、混乱と悪意を感じるよ。心地良いね……魔族の僕には実に心地良い空 気だ」 傍らで、ベネディクトが禍禍しく笑った。悪しき空気を堪能するかのように 大きく息を吸いこみ、 「非妥協的な全体主義態度、って言うのかな? 良いね、すごく。中世に僕が 下界に降りたとき、魔女狩りってのが大流行だったけど。あの空気にとても良 く似てる」 ひどくくつろいだ様子を見せている。 「なるほど、あいつはヤツらにとっての悪魔を狩る教条主義的な司祭であるわ けか。絶対的な秩序が連中にとっての神、連中が自分で勝手に定めた規則が連 中にとっての聖書になるわけだ」 自分の行動が魔族を喜ばせていると知れば、ディルクセンはどんな面をする のだろうか。ハイドラントは小さく笑った。 その笑いがやや曇ったのは、昨日分捕ってきた戦利品の内訳を思い出したか らだ。 「永井からの情報では、少し不充分なところがあるな。 どうも、内部の人間ですら予測はしていても把握はしていないパイプを、指 導部の幹部連中は持っているらしい」 「89式に一式軽誘導弾。確かに、よほど特殊なパイプがなければあれは手に 入らない……」 「はちきゅうしき? いっしきけいゆうどうだん? なんだ、それは?」 「調べる必要がありますね。可及的速やかに」 やはり難しい表情で氷上が応じ、神海が普段通りの様子で淡々と頷いた。 問いを無視されたベネディクトが、一人憮然としている。 「そうだな。それに、『塔』の連中に問い合わせる必要もあるだろう。学園の 外の動きに関しては、奴らのほうが耳が良い」 「それは後のことです。今は、まず学内に潜んでいる使徒を回収することが先 決でしょう。このまま放置すれば最悪の場合、二十名余りの使徒をまるまる捕 らえられることにもなります」 いったん飛躍しかけたハイドラントの思考を、弥生が今優先すべき事項へと 引き戻した。 それに無言で頷き、わずかな思考の間をおいて、黒衣の導師は目前に控える 三人の配下へと命を下した。 「神海。お前は今警戒が緩んでいるうちに包囲を脱して、ディルクセンが学外 で接触する相手を徹底的に洗い出せ。氷上は中隊を率いて地上に上がり、指導 部の追尾を受けている使徒を回収しろ。神凪は妖魔を使って風紀と巡回班を霍 乱、氷上を支援せよ」 『ははっ!』 下された命に、三名は深深と彼らの主に向かって拝礼する。 しかして、いささか神凪は腰を深く折りすぎた。 ずるり、頭上の知音が寝ぼけ眼のままにずり落ちる。 『あっ』 気付いたときには既に遅く、 ぺちゃっ。 知音は顔から地上に落ちた。 神凪、顔が引き攣る。 周囲、二人から十メートルの距離を取る。 「う……」 永遠のような五秒の間の後、呻き声がリノリウムとキスをした知音の口から 漏れた。 「だ……大丈夫ですか知音?」 側に寄ろうとして、足が止まる。 「う……ふふ、うふ、うーふふふ……」 はっきりと、とても機嫌が悪いような、ある意味良いような笑みを、むっく りと起き上がった知音が神凪に向けたからだ。 「うふふ……おはよ、マースタ☆ いきなり酷いことするんだー☆」 寝起きにやたらめったら明るい声を出す知音。 よほど寝覚め爽やかだったらしい。 はっきり言って不気味である。怖いし。 「いや、その……まちなさい、知音。謝りますから、いやホント」 「許したげない☆」 「う゛……」 三歩後方に下がって詫びを入れる神凪に、三歩(?)間合いを詰めて間髪入 れずに即答。 眼鏡をずり落ちさせ、たじたじとなる神凪。 いや〜な笑みを浮かべて迫る知音。 我関せず、と明後日の方角を見ているハイドラントに明々後日の方向を見て いる弥生、来年の方角へ首を向けた神海に昨日のほうへと駆け出すベネディク ト。 ちなみに氷上は太陽の沈む方角へと歩み去っている。 夕日に映える後ろ姿が微妙に渋い。思わず「しぇーんっ、かむばぁっく!!」 とか叫びたくなるような後ろ姿だ。もちろん乗馬はJJ氏である。 使徒違うが。 (ちょっと、神海さんは気が長過ぎるし君は後ろ向きっぽいぞベネディクトっ!! 氷上さんは世界が違うしっ!!) 神凪の心の叫び、一般に人は現実逃避と言う。 無論、それで迫り来る現実から実際逃れられるわけではないのである。 ……かくして、悪戯を生業とする小妖精を怒らせた神凪の今日は、まったく の受難の日となった。 人、これを自業自得と言う。 「志保、雅史と来て今度は俺かよ。 次はあかりに手を出すんじゃねーだろーな?」 軽い、しかし挑戦的な響き。 その裏に秘められたのは、純粋でしかも強い怒り。 挨拶代わりのその言葉に、浩之が指導部に連行されるやいなや放り込まれた 反省房の扉の向こうに現れた三つの影は、一人が小さく苦笑を漏らし、一人は 無表情のまま、そして一人は表情を硬く強張らせた。 「人聞きの悪いことを言うな。それが先輩の顔を見て最初に言う言葉か」 苦笑を漏らしたほうの少年が言う。 どんな場合においても礼節は守られるべきものだぞ、そう続く諫言めいた苦 情の申し立てを、浩之は無視した。 「もしあかりに手を出したら、絶対に許さねーからな」 怒りと不信を隠そうともしない浩之の態度に、あまり寛容ではないというこ とで知られる扉の向こうの少年はわずかに片方の眉を吊り上げた。 「それはお前の態度しだいだ……なんてな。心配するな」 冗談を口にしてから、浩之の殺気とも言うべき怒りが膨らんだのに気付いた らしい。 何故か満足げな笑いを見せて、ディルクセンは何度か小さく頷いた。 「本当だって、藤田。少なくとも今回の策には、人質を取ってどうこうなんて 汚い手段は含まれてない。 ついでに言うと、本当にお前が十三使徒に情報をリークしたなんて信じても いない。ですよね、先輩?」 不信の様子を今まで黙っていたもう一人、真藤誠二が取り成すように口を挟 む。 最後の「先輩?」に合わせるように傍らのディルクセンへ振り返り、そして、 自分を見遣る指導部長の視線の冷たさに慄然とした。 「真藤、勘違いするな。戦術には汚いも綺麗もないのだ。 勝つ為に最良の条件を整えるために為すが戦術なのだからな。綺麗ごとでは 勝てんのだ」 「で、ですけど先輩……ぐぇっ」 視線同様の冷たい言葉を投げかけられた真藤は、それでも抗弁しかける。 そのみぞおちに鋭くもう一人、たくたくの肘が入り、思わず前かがみになっ たところに小さく耳打ちされた。 (胸のうちで思うのは構いませんが、口にするものじゃないですよ? 私たち の武器の一つは何をするかわからない連中と言う恐怖です。それを和らげるよ うなまねはしてもらっちゃ困ります) (おうあっ……ごめん) 鈍痛の走る腹を抑えて、真藤はディルクセンとたくたくにへこへこと頭を下 げた。 (……でもね、先輩。やっぱやっちゃいけねーことってある気がしますよ……) そう、胸のうちで呟きながら。 「まぁ、そう言うことだ。今回に限ってはな」 一瞥を送った後は背後のたくたくと真藤の様子には素知らぬ振りで、生徒指 導部長は無表情に頷いた。 「それでもこうして捕まえたって事は、当分解放するつもりはないって事だろ?」 ディルクセンはにやりと笑った。 その笑みに、悪意はまったく含まれていない。 「理解しているなら話は早いな。しばらく、ここでゆっくりしていってもらう。 ああ、きちんと授業はビデオで受けさせてやるから心配するな。最近お前、 成績がよろしくないようだからな。ここを出る頃には、多少の学力向上を果た してもらわんとならん」 「ありがた迷惑だっつーの…… それで、俺を捕まえた理由はなんだよ。他にも大勢捕まえてたみたいだけど ……この際だから、不満を持ってる連中は全部捕まえておこうってのか? ってことは、もうすぐなにかやらかすつもりかよ?」 「はあ……お前ってヤツは、その気になれば智恵は……いや、あらゆる能力が 人並み以上に働くのにな。なんでそれを活かそうとしないんだか」 不意に、それまでのシニカルな態度が崩れた。 どこか、怒っているような、嘆いているような、ない混ざったような声音と 視線が浩之に向けられる。 「それも大きなお世話だって。」 「だが、例えお前の推測があたっとろうが、ここに捕らえられてる限りは意味 がないな」 「……くっ」 「藤田……どうだ、指導部に入らんか」 やや間をおいて、ディルクセンはそんな言葉を口にした。 唖然として、そしてすぐに食って掛かる様子を見せた浩之の機先を制するよ うに彼は一方的に言葉を続けた。 「ああ、心配するな。人質を取って脅すつもりなんかない。 俺は、お前の性根と能力には昔から期待してるんだ。お前は根は真面目だし、 やる気さえあれば大抵のことはこなす才も持ってると思ってる。 人脈も豊富であるしな。お前が学園維新に協力してくれるなら、心強い」 その表情は、読みにくい。 反省房の扉の小さな小窓からしか表情を窺えない上に、銀縁の丸眼鏡に天井 から吊り下がった裸電球の光が反射して、両の眼の色がまるで見えないせいだ。 だが、その眼を見ずとも彼の言葉は真剣そのものだとしれた。 熱意とか、誠意とか、想い、真情が直截的に言葉に乗せられている。 言葉の巧みな男だから、それくらいは朝飯前の詐術なのかもしれないが、こ の言葉は信じても良いように思われた。 この先輩は、率直に自分に期待し、評価してくれている。 むず痒いが、悪い気はしない。 しかし。 「……見込んでもらっててわりーけど、俺はあんたに協力するつもりはぜんぜ んないぜ。今のリーフ学園で満足してるんだ、俺は。 いや、今のままじゃないといけないと思ってる。だから、先輩が今のやり方 続けるなら、敵対することはあってもついてく事なんかねーよ」 やり方が気に食わない。 目的も気に食わない。 真剣になにかを目指しているのかもしれないが、それはとてもではないが浩 之の受け入れられるものではなかった。 だから、挑発的に言い放つ。 「大体、俺の気付くことなんかもうみんな気付いてると思うぜ。俺がいなくた って絶対、先輩の陰謀なんか成功しねーよ」 もう一度、今度はわざとらしいため息がディルクセンの口から漏れた。 小さく頭を振り、丸眼鏡を中指で押し上げて、その口元に冷笑を浮かべる。 「……残念だな。では、お前はすっかり様変わりしたあとの学園に復帰するこ とになる。望むと望むまいとな」 一気にそれだけ言い放つと、小窓越しにもう一度、床に座ったままの浩之の 顔を倣岸に見下ろした。 数瞬の後、それ以上は無言のままに身を翻す。 真藤がなにか言いたげな目をして浩之を見たが、たくたくの冷徹な視線を受 けてやはり無言のままディルクセンに続いた。 浩之の目に、部屋を出る際もう一度だけ肩越しの視線を送ったディルクセン の肩がやや落ちているように見えたのは、少しばかりの浩之の慢心だったろう か。 二人の会談は、それきりで終わった。 カッ、カッ、カッ、多数の皮の長靴がコンクリートの床を打つ。 乱暴に扉を蹴り開け、鍵の掛かった不審なトイレの個室はハンマーでその戸 を砕き、授業中の教室にも遠慮なく踏み入って荒らしまわる。 多くの教師はその傍若無人な振る舞いを黙認し、幾人かの教師は叱責の声を 掛けたとたん、向けられた銃口に言葉を失った。 「急がせるんだ。奪われたものは、回収しなくちゃ面子が立たない」 自分の指揮する指導部の中隊に、応援につけられた風紀の二つの班の幹部を 前にして、隼魔樹が鮮やかな緑髪を靡かせて振りかえった。 その顔つきは、彼にしては珍しく、ひどく厳しい。 彼の体には、あちこちに生傷があった。 切り傷、打撲、火傷。 体中に手傷を負っている。時折端正な容姿に歪みが浮かぶのは、まだ真新し い傷口が痛むからなのだろう。 「あはははは、隼くんの口から面子なんて言葉が出るなんてね♪」 魔樹の副官を務める少年、松原陽平がけらけらと能天気な笑い声を上げた。 こちらも、左目の眼帯が目立つ。隼に向けた右目に心底愉しそうな光を浮か べ、陽平はぽん、と掌を打ちあわせた。 「えへへ、似合わないなぁ。うん、ぜんっぜん似合わないよ〜」 ねぇみんな。と陽平は苦笑いをしている幹部たちを見渡した。 良く見れば、周囲の幹部の大半は傷まみれの姿を晒している。 今、指導部の一線に立って、潜伏逃亡する十三使徒メンバーを追跡するのは、 この傷だらけの集団だった。 「そんな事言ってもな。昨日の当直は俺たちの小隊だったんだから。どうして も責任を問われるじゃないか」 無責任に満面の笑みを浮かべる陽平に、呆れたように魔樹が眉を寄せた。 おかげで、今朝からこっち、ディルクセンの視線が非常に痛い。 その程度のこと、気にする魔樹ではなかったが、さすがに仮にも指導部員と して、『計画』に支障を来すような失態は避けなければならなかった。 「それに、仕事はきちんとやるんだぞ俺は。時間外は知らないけど」 その魔樹の言葉に、わざとらしくきょとん、と一拍の間を置く陽平。 「……えへへ。うん、はいはい。そゆ事にしといたげるよ」 「うん、そうしといてくれるとうれしい」 いけしゃあしゃあと、魔樹は澄ました様子で頷いた。 あっさりいなされたことも意に介さず、陽平はにこにこと子供っぽく笑って いる。その視線が、落ちつかなげにきょときょとと魔樹と魔樹の背の向こうを 見交わして。 「……あ、玲子さん」 「どこだっ」 「じょーだん♪」 「……この!」 「きゃ〜」 ………………………。 ……この日、生徒指導部が拘束した生徒の数、132名。 内、即日解放されたもの13名。 翌日解放されたもの7名。 無期限の拘束措置を取られたもの112名。 この中には、二年生の藤田浩之の名前も含まれている。 拘束されたものの大半は、なぜ拘束されたかの理由は公表されていない。 指導部が、どさくさ紛れに自分たちにとって不都合な人物を手当たり次第拘 束したのだろうと、生徒たちは密かに囁きあった。 十三使徒と風紀委員会、さらに理不尽な拘束を阻止すべく事態に介入した校 内巡回班の三つ巴の抗争での負傷者は二十名を超え、乱闘騒ぎの煽りを食らっ て前日の風紀・巡回班紛争に続き各学年で授業中止が相次いだ。 緑葉帝の治世、73年の10月9日。 学園の情勢は、緊迫の一途を辿っている。 ___________________________________ ……敗軍の将、軍を語らず(吐血) 半年振り? もうちょっと掛かってる? ……うぐぅ(汗