ふと、月が雲の中に隠れた。 月明かりを失って、学園が、すっかり夜の闇に覆われる。 その闇を切り裂く、強烈な光条。 リネットの屋上から周囲の敷地をぐるりとなめまわす。 直視すれば目を灼かれそうなほどに強いサーチライト。 夜陰に乗じて接近を図る不逞の輩の姿を暴くはずのその光はしかし、闇の中、 或いは熱を大気中へ放出し、すっかり冷たくなった大地に伏し、或いは闇の中 にさらにひときわ濃い闇を造る物陰に身を潜める、二十名を超える黒衣の集団 の姿を掠めることすらない。 「…………」 ジェラルミンの盾に、スタンガンや警杖を携えた数人の生徒が近づいてきた のを見て、地表と一体となった黒衣の一人がさらに低く身を大地に押しつけた。 晩秋の夜の寒気に冷やされた土の冷たさが、衣服越しの身体に容赦なく突き 刺さるが、意志の力でそれを無視する。 ここで彼らに発見されず、やり過ごすことができたなら文句なく及第点なの だが…… 「……まずいですね……」 それにはいささか、すぐ前方に見える漢の巨体は不都合だった。 ここまで、何度かあった巡回やセンサーの類もやり過ごし、指導部がリネッ トでの詰所として使っている教室まであとわずかまで近づいたのだが…… 今回はまっすぐ巡回コースの上に乗ってしまったらしい。 情報収集が不足だったかな、と使徒団においては情報部に属する少年は小さ く首を傾げた。 「……っ! 不審者……十三使徒だ!!」 想像通り。 手にした懐中電灯を向ける必要すらない。 腹ばいで息を潜める彼の姿は、近づいてきた風紀に容易く見つけ出された。 叫びに応じて、八人ほどの指導部員が平坂を取り巻くようにさっと散る。同 時に『鉢がね』からもリネットの一室、指導部の詰め所に待機する連中にも伝 わっただろう。 「おい、貴様! 動くな、おとなしく……わぁっ」 警告の叫びには、悲鳴が続いた。のっそり立ちあがった平坂が、殴りかかっ てきた二人を易々と吹き飛ばしたのだ。 「見つかってしもうたからには、しかたがないのぅ」 二人の指導部員を、腕の一振りでまとめて宙に舞わせた巨漢が、にやりと笑 って一歩を踏み出した。 それに気圧されてか、遠巻きに囲む包囲の輪が潮が引くように退がる。 臆したわけではない。彼の後方、周囲に多数の敵の存在を察知したからだ。 倒れた二人を引き起こし、周囲の動きをけん制しつつ後退する。 その直後。 「ぬっ!?」 巨漢――平坂蛮次が揺らぎを見せた。 校舎の方角から、まっすぐ蛮次を目掛けて明かりが飛来する。 ただの明かりではない。 火球だ。 燃え盛る30センチ大の火の玉が、三つ、四つ。 「……人魂がワシめがけてッ!?」 「そんな訳ないと思いますけど……」 無論、魔術攻撃だ。魔術など超常的な攻撃にまったく耐性を持たない平坂に かわって火球を迎撃すべく、いまだ地に伏したままの少年、神海が魔術の構成 を編みあげる。 「どきなよ、うすのろ」 その前に、平坂と火球の間を遮るように、幼い子供が割って入った。 「ふん……弱い魔術だなぁ、指導部って連中のレベルが知れるね」 平坂をも押しのけ、悠然と迫り来る幾つもの火球の前に立ちはだかった幼児 は、怯む様子も見せず冷笑を浮かべてただ軽く手をかざす。 その手に、直径2メートルはあろうかという巨大な炎が生まれた。 「覚えておくと良いよ。本当の火球ってのは、こう言うのを言うのさ」 嘲りの言葉がベネディクトの口から漏れると同時に、その手から解き放たれ た炎が突進した。 敵が放った火球をあっさりと飲みこんだ巨大な火球は、そのまま校舎にぶつ かってその壁面を溶かし、校舎の中へと吸いこまれて周囲を火災に包みこむ。 「うーん、このメンバーで隠密行動は最初から無理でしたか」 学園中に、火災警報が響き渡る。 すぐに、他の校舎に夜間駐留する風紀委員や生徒指導部員が駆けつけてくる ことだろう。 できれば、完璧な奇襲をしかけ、周囲が状況に気付き掛けつけて来る前に全 てを決したかったのだが、もはやそれは望めない。 それより、と神海はさらにまずいことに気がついた。 「ああ、増援を気にするよりも、あの炎が周囲に延焼する前にやるべきことを やらなくちゃいけませんか」 ベネディクトの火球が直撃した校舎の一角は、噴出する炎で煌煌と照らし出 されていた。指導部員が応戦することも忘れて消火活動に追われているが、ち ょっとやそっとの事では鎮火できそうにもない激しさで炎は燃え盛っている。 さっさと事を運ばなければ、なんのために夜の学校に潜伏し、指導部の拠点 への襲撃を試みたのか判らない。 「皆さん、突撃してください」 ざっ、と周囲の闇がざわめいた。 徐々に広がる炎が周囲を照らす範囲を広げる中、十数人の闇の下僕が大地よ り身を起こす。 その一人が、一メートル強の円筒を肩に担ぎ上げ、その先端、拳骨にも似た 物体を敵陣へと向ける。 BAM!と轟音と大量の煙を残し、その先端は煙を棚引かせながら敵陣へと 突進した。 放たれた『拳骨』が壁を打砕き、その向こうの敵陣を大混乱に陥れるまでに 三秒ほど掛かる。 「突撃、突撃!!」 「おおおおおおっ!!!!」 直後、光と爆発と轟音の中に、吶喊の叫びが沸き起こった。 風紀動乱Lメモ:『火種は撒かれた』 この夜、長瀬源五郎はやや疲労気味だった。 ここ数日、満足な休息を取っていない。 日中は学園で教鞭を取り、夜間はラボでHMの研究にあたる。 文字通り、眠る暇もない忙しさだ(部活のときなど折を捉えて仮眠は取って いるけれども) もっと若い頃は、多少の無茶は平気だったのだが…… まだ、老いたと言うほどの年ではない。 年ではないが、これが年齢を重ねることかと、最近は学園で若さを謳歌する 生徒たちを見ていて感じる事があるほどの年にはなった。 「ふぅ」 軽く、ため息をつく。 視線を巡らせて、グラスを満たした透明の液体に口をつけた。 最高級の白ワイン。ワインには疎い彼にも、それが良いものなのだとはっき りわかる。 なんでも、フランスのシャンパーニュ地方産の30年ものだとかなんとか。 先ほど、しばらく談笑していた紳士(源五郎のロボット工学に関する論文の 熱心な信奉者であるという彼は、高級官僚であるらしかった。防衛庁技術研究 所に属する)がワインにはうるさいらしく、いくらか薀蓄を垂れていたが興味 がなかったのでほとんど聞き流してしまった。 (しかし……やはり、私には場違いだなぁ) 上品なスーツを着こなす紳士。きらびやかなドレスに身を包んだ淑女。 周囲の華やかさは、本来の自分とはまったく無関係な世界に属するものだ。 どうして、この場に呼び出されたのか。 それは、傍らの男が知っているのだろう。 「珍しいねぇ。兄さんがこんなところに顔を出すなんて」 「珍しい、と言うよりは初めてじゃないかな」 彼に良く似た面長の容姿を持つ男、長瀬源三郎は苦笑を浮べる。この場所に あわせ、二人とも着慣れぬ衣装を身につけていた。 かっちりとしたスーツ姿、頭髪その他にも随分気を使った様子が窺える。 普段のうだつの上がらぬ刑事、根っからの技術者といった雰囲気は感じさせ ない。来須川主催の夜会に、さすがにそんな装束での参加は許されない。 「県警の偉いさんのお伴だよ。ほら、もうすぐHM12やHM13の警察仕様 が導入されるだろう? それに絡んで……」 会場の一角で、来須川の会長と談笑を交わす『お偉いさん』に視線を向け、 そこまで口にして、源三郎は思い出したように言葉をとぎらせた。 「ああ……これは、お前の方がよく知っているはずだったなぁ」 「そりゃぁ、ぼくらの開発室が手がけたシリーズだからね」 軽く頷いて、源五郎はグラスの残りの液体を飲み干した。 ここ最近、彼らの徹夜が続く理由は実のところその開発の遅れにあった。 というのも、例によって警察型は感情回路をどうするのかについて、つい先 日まで運用サイドである警察と来須川上層部、開発現場、さらには政府国会を も巻き込んだ論争が繰り広げられていたからだ。 「結局、感情は必要ない、って結論になったらしいな」 「ああ……どうも、こっちとそっちのお偉いさんは、いずれメイドロボの技術 を軍事転用したいと思ってるみたいだからねぇ。そのテストベッドとして今回 の警察仕様を考えてるなら、感情は要らないってことだろう」 なるほど、と兄は頷いた。 源三郎は、本庁がすでにSAT仕様のHMシリーズ開発を内部決定している ことを知っている。だから、その軍事転用の話も恐らく事実だろうと納得した。 むしろ、彼が新たな上司に聞かされ、今この弟に漏らそうとしている話の内 容を思えばその選択肢がないと思うほうがおかしな話だ。 弟たる源五郎にとって、HMシリーズの軍事転用と言う可能性はとても愉快 な話ではなかった。 純然たる、殺戮の用途のみを追求した、人ではない――全くの使い捨ての、 全自動の兵器。 『人の友人』からはあまりにかけ離れた、その構想。 先ほど話を交わしていた防衛庁の技官も言っていた。 サテライトサービス装備のセリオタイプは、これからのC4ISRの情報RMAにお いて鍵となる存在となりうるとかなんとか。 軍事の専門用語をちりばめた彼の話は正直わかりづらかったが、それが自分 の価値観にとって不快なものであると言うことだけは良く判った。 もちろん、彼とて戦闘に供するための能力を自ら手がけた『娘たち』に付与 している事も多いわけだから、闇雲に兵器としての存在を否定するわけではな い。 だが。 ただ無感動に。 何を思う事もなく、ひたすら無機質に。 破壊と殺戮を重ねるだけの存在に、娘たちを堕したくはない。 けして、殺人マシーンなど作り出したくはない。 そんなものを作った日には、今は行方の知れぬ彼にも合わせる顔がない。 ……少しばかり、険しい表情をしていたらしい。 周囲、そして兄の訝しげな視線に気付き、源五郎は小さく苦く、笑いを浮か べた。 ややぎこちなく、話題を変える。 「それより、兄さん。今日そっちがわざわざお忍びで来須川のパーティーに顔 を出したのは、なにも会長とその事で相談があって来た訳じゃないんだろう?」 「ん? ああ、言ってなかったかな。今度な、警視に昇進したんだ。ついでに 部署も警備部に変わった」 弟の問い掛けに、兄は一見なんの関係もないような答えを返した。 何か問いたげな弟を目で制し、兄はあくまで気楽な世間話を続けるように言 葉を続ける。 「それで、新しい上司があの人なんだが……」 先ほどの、会長と話を続ける男に視線を再度向ける。 「最近本庁からこっちの県警本部長に転任した人で、前は本庁警備局の局長だ った人だ」 「公安畑の出身、だねぇ……」 いかにも真面目そうな男の顔立ちに、公安特有の暗さはない。 そう、顔立ちに暗さはない。 むしろ、明るい方だったろう。 明るいと言うよりも眩しい。眩しいというよりも、瞳を焼くような光。 自分の立場を絶対的に正しいと信じる者の放つ光は、往々にして他の者が放 つありとあらゆる光を暴力的にかき消そうとする。 その光を、源五郎はどこかで見た事がある気がした。 二人の他に、壁際に人気はない。それを確認し、源三郎がボソリと囁く。 「神楽市で、本庁が陸自と組んで何か動いてる。隆山にも、極秘の内に機動隊 が移動して来てる。時期的にも、今回の大規模な人事異動とほぼ同時……」 何か、やらかすつもりかもしれないぞ。 周囲は参会者の起こす喧騒で包まれているとはいえ、すぐ側で囁かれたその 一言を聞き漏らすほど、源五郎の聴力は悪くはなかった。 誰が、何処で、何を? 動いているのは政府。神楽と言えばこの隆山の隣市で、この近在で政府が動 くような目標はと言えば一つしかない。 「やれやれ。学園の中も、いろいろとややこしいと言うのにねぇ……」 ため息をついて、思い出した。会長と談笑する男へ、珍しく鋭い視線を注ぐ。 どこかで見た事があるはずだ。 面影が、はっきりと残っている。 その雰囲気も、生き写しと言って良い。 傍らの兄を振り返ると、源三郎は肩を竦めて頷いた。 「ああ……うん。多分、おまえの思っている通りだよ」 開けて翌朝。 冷たい粒子状の水滴を空から地上に降り注ぐ分厚い暗灰色の雲が、のしかか るような圧迫感を見上げる者に与えていた。 校門前に、色とりどりの傘の群れ。 楽しげに友人と話し交わしながら、何百何千の学生たちが、ゆっくりと、し かし始業には遅れまいと、校舎への道を歩んでいる。 十月も半ばの雨の日となれば、半そで、薄着ではすでに肌寒い。 季節の移ろいを示すように、多くの生徒は衣替えを終えていた。 もっとも、衣替えでは対応できない寒さ、というものもあったのだが。 「……なんか、物々しいなぁ」 誰ともなく、呟いたのも無理はない。 校門を一歩くぐると、あちこちにスタンバトンに円盾を携帯した風紀委員が 立哨していた。 ゴム弾装填の短機関銃や、ガス圧を強化した改造ガスガン(※違法。良い子 は真似をしてはいけません。例え、部品が平然と店先に陳列されたとしてもや っちゃダメ。ファシストとの約束です)を肩から提げた者も多い。 登校する者全てを値踏みするように、威圧的な視線を投げかけているのはい つものことだが、今日はとりわけ殺気立っているようだ。何人か、反抗的な視 線を向けただけの生徒がすぐさま校舎の一室へと連れこまれていく。 その光景に疑問を抱き、風紀委員に抗議するものもまた同じく手荒な扱いを 受ける。集団で抗議しようものなら、すぐに十人近い委員の集団が排除に乗り 出した。 おかげであちこちで、朝っぱらからの乱闘騒ぎで痣ができた生徒や風紀委員 が保健委員の手当てを受けている、という間抜けな光景が広がっている。 「なぁ……お前んとこ何やってんだ?」 また一件、通せ、いや通さないでもみ合っている集団の傍らを通り過ぎて、 何時もと同じく寝不足の様子の浩之は、すぐ背後を歩く山吹色の傘を振り返っ た。 「知らないわよ、私だってこんなこと聞いてないんだから」 問われてわずかに傘を挙げ、広瀬は特に興味もなさそうな様子を見せる。 「それじゃ……」 「……やっぱり、ディルクセン先輩の独断かよ」 表情を曇らせたあかりの言葉を引き取って、浩之がほぼ確認する調子で訊い た。 「そういうこと。もう、いつもどおりね」 見るからに険しい顔つきになる浩之に向け、広瀬の顔にため息混じりの苦笑 が浮かぶ。 その時、広瀬の頭上の枝がかさりと微かに揺れた。 「……お館様」 そう呼びかける声に、広瀬は驚いた様子もない。 ただ、その呼びかけ方には若干の不満があるらしかった。 「……もう。公私を問わずゆかりって呼んで、って言ってるじゃない」 「あっ、申し訳……じゃなくて、ごめん。癖って、なかなか抜けないから。三 つ子の魂百まで、ってね」 がさり、今度ははっきり音がして、頭上から降ってきた影――貞本夏樹は小 さく舌を出して笑った。 「貞本さん、おはよう」 「うっす、貞本」 ……驚いた様子もないのは、この二人も同様。 特殊な訓練を受けないでも、この学園に通っていれば、大抵の突発事項には 慣れっこになるのかもしれない。 「お館様って呼び方、なんか時代劇みたいだね。貞本さん、忍者みたいに身軽 だし……実は二人って、お姫様とくのいちだったりして」 くすりと微笑んで、あかりがそんな事を言った。 「ばーか、江戸時代じゃねーんだからそんなわけねーだろ」 つまらなさそうに、浩之がそれを一蹴する。 そんな浩之の反応に、あかりはしかし、異論があるらしい。 「でも浩之ちゃん、この学校ってきたみち先輩みたいにお侍さんもいるし、魔 法使いの人たちもいるし、T-star-reverceくんみたいに仙人の人もいるし、ロ ボットとか魔族の人(?)だって」 「うーん、あかりも勇者だし……言われて見りゃ、不思議でもないかな?」 「うん、不思議でもないと思うよ」 首を傾げ、考えこむ浩之に、嬉しそうにあかりが微笑む。 その額を、浩之は軽く指で弾いた。 「……んなわけねーだろ。広瀬はりっぱな女優だし、大体どこのお姫様とくの いちだってんだ」 「あうっ、いたいよ浩之ちゃん」 弾かれた額を手で押さえ、あかりは上目遣いに浩之を見上げた。 その額をもう一度軽く指で弾くと、浩之は横に並ぶかたちになった広瀬と貞 本へ視線を向けた。 「で、なんだってまたお前ら、そんな時代がかった会話してるんだ?」 「え? 実際主従関係だよ?」 夏樹はけろっとして、とんでもない応えを返した。 『えっ?』 これには広瀬が驚いたように、浩之とあかりが呆気に取られたように、視線 を夏樹へと集中させる。 その視線に臆した様子もなく、 「ほら、ゆかりは委員長で私は副委員長でしょ? これってりっぱな主従関係 ……って、ダメ?」 『……ダメ』×3。 三重奏。 激しい突っ込みにちょっと、貞本の笑みが引き攣ったりする。 「あはは……柄にもなく、冗談なんて言うものじゃないね」 「もう……」 こめかみを押さえ、珍しく茶目っ気を見せる夏樹に困惑の視線を送る。 そこで、その視線を見返すようにして、貞本が一瞬普段の生真面目な表情で こちらに目配せしたのに気付いた。 なるほど、本題に入らないと思ったら。 人のいないところでないと話せない内容と言うことか。 「夏樹、良いわ。ここで言っちゃって」 「えっ? で、でも……」 耳打ちされて、今度は貞本が顔に困惑を浮かべる番だった。 「良いのよ、私たちの学園のことでしょ? 手に入れた情報を、みんなに隠す 謂れはないわ」 やや声を高めたのは、周囲にことさら聞かせようとしたからだろう。 観念したように、貞本は小さくため息をついた。 先ほどまでの少女らしい表情は影を潜め、一転して厳しく怜悧な諜報要員― ―『草』の幹部としての姿がそこに現れる 「昨晩、ダーク十三使徒と生徒指導部が大きな争いを起こしたわ。双方数十人 を動員するほどの規模。 学園内でのこれだけの規模の戦闘は、”嵐の戦争”以来ね」 ざわり。 音にならないどよめきが起こり、登校中のほかの生徒まで足を止めた。 「狙いは、生徒指導部の連中が秘密の内に作ってた武器庫みたい。 朝っぱらからディルクセン先輩が大騒ぎを起こしてるのは、機密扱いのはず のその存在がどこから十三使徒に漏れたのか、躍起になって突き止めようとし ているからよ」 「武器庫って……軍隊じゃあるまいし、そんなもん作ってんのか」 「十三使徒の脅威に対抗するため、ってさっき接触した指導部の幹部は説明し てたけどね。 その存在を私たちにも伝えないなんて、いったいどの『脅威』に備えてるの かわかったものじゃないわ」 憮然とした様子の浩之に、むしろ楽しそうに広瀬が応じる。 実のところ、広瀬は随分前から彼らが委員長たる自分に無断で武器庫を設営 していることを知っている。鈴木をはじめとする密偵の情報だ。 もっともそれが、ディルクセンから敢えてリークされている情報とまでは、 彼女の知るところではなかったが。 「ともかく、その煽りで大量の拘束者を出してるってわけ。 ほとんど見境ナシね、少しでも疑わしいって人間は例外なく捕まえてるわ」 「疑わしきは罰せよ、かよ」 向こうで新たな被害者が風紀委員に引きずられていくのを遠目にして、浩之 は小さく舌打ちした。 その不満の声がやや抑え気味だったのは、風紀の腕章を付けた生徒が数名、 周囲を威圧しつつこちらへやって来るのが見えたからだ。 その浩之の自分越しの視線に気付き、広瀬と貞本は同じく背後を振りかえっ た。 やって来る風紀の先頭を歩くのは見知った顔。一般風紀ではもっともディル クセンの信頼を受ける―――おそらくは、ディルクセンが指導部復活あたって 風紀に残した火種―――二年生だ。 「ちょっと。これ、朝っぱらからなんの騒ぎよ」 目前数歩にまで近づいてきた少年に、広瀬は声音も厳しく問いただした。 一瞬のうちに緊迫化した空気に、周囲を取り巻く生徒たちが、低くざわりと どよめいた。日ごろから指導部に批判的な生徒たちが、射るような視線をやっ てきた一団へと向ける。 しかし、周囲から極めて非友好的な対応え迎えられた風紀委員は、それにた だ冷淡な一瞥をくれたのみ。 「ああ、広瀬。おはよう。詳細は先輩に聞いてくれ。 悪いけど、今はおまえに構ってる暇はないんだ」 「なっ……」 フードの下でもはっきりわかる、薄く嫌な笑みさえ浮かべて言い放つ少年に、 思わず貞本が絶句した。 怒りに顔を紅潮させ、腰に差した小太刀を抜き放ちかねない彼女を広瀬が無 言で制する中、そちらにはもはやまったく関心を払わない。 降りしきる雨の中、黒いコートに身を包んだ一団が進むと傘の海が割れる。 他の生徒たちを押しのけて、浩之とあかりを取り巻くように展開する。 「あかり」 「あっ、浩之ちゃん……」 庇うように、浩之はあかりを背中へと押しやった。 その時までには背後を取られないよう、フェンスを背にするように位置を取 っている。最初から、彼らの視線が自分たちを向いていることには気づいてい た。 「……俺に、なんか用なのか?」 「なけりゃ、俺たちは朝っぱらからこんな対面はしてないな」 くつくつと、風紀の少年は喉で笑った。 嫌な笑い方だ、と浩之は思う。実際、品の良い笑い方ではない。 悪党の笑い方だ。百人が見て九九人がそう思うだろう。 そう思わない残り一人は誰か。本人、即ちディルクセン派だ。 そのことは、次に彼が口にした言葉ではっきり証明された。 それは、絶対者が咎人を断罪するかのごとき口調。 あるいは、異端審問官があわれな魔女容疑者を断定するかのごとき口調。 「二年B組、藤田浩之。十三使徒の武装行為への協力容疑で、君を拘束する」