独裁者というものは、とかく演説を好む傾向がある。 かつて、ドイツの独裁者、アドルフ・ヒトラーはその著書の中でこう言った。 『大衆の理解能力は低い。だから分かりやすい言葉で、何度も同じ事を繰り返 してやらねばならぬ』 ディルクセンもまた、彼らと同意見の持ち主だった。だから彼は、毎週一回 土曜日に、シンパを集めての演説会を怠らないようにしている。 そして、その日もそんないつもどおりの光景(といってもこの八月以降の話 だが)が、体育館で展開されていた。いつもどおりの、変わらぬ狂乱の風景。 ただ、そこにあった、いつもとのわずかな違い。『いつもとの違い』である本 人たち以外誰も気づかない程度のその違いが、とんでもない事をしでかすとは 神ならぬでぃるくせんには到底知る由もない事だった。 「自由がなんだというのだ!!」 居並ぶ生徒指導部員や、シンパの一般生徒達を前に、ディルクセンは絶叫し た。 「野放図な『自由』が、学園に何をもたらした! 何ももたらしなどしない! ただただ何も考えない衆愚な学生達の、無軌道この上ない生活を助長しただけ ではないか! 無秩序この上ない日常ではないか!! ダーク十三使徒をはじ めとする無法者連中の跳梁を許し、日々喧騒に流されていくだけの日常ではな いか!!! 我々はこの様な現状を、断じて見過ごす事は出来ない!!」 「むぅ、若人が間違った道に進もうとしているな。我が輩としては見過ごすわ けにはいかん」 緞帳の裏で自体の成り行きを見守っていた彼が、唐突に舞台へと出て行こう とするのを見て、残りの二人が慌ててその袖を捉える。 「ちょっと待て、お前あんなヒートアップしているところへ出ていってどうす るつもりだ!?」 「そうだよ、あの連中、あんたがいつも関わってるおたく連中なんかよりよっ ぽど危ないカルト教団みたいな連中なんだよ!? いくらあんたでも危ないじ ゃない!!」 その二人の言葉、特に後者の言葉に『彼』は心外な表情をして見せた。 「おかしな事を言うな、同志瑞希。彼らは生徒で、我が輩達は教職者だ。であ れば、彼らが誤った道に進もうとしているときに、それを正してやるのは我が 輩達の当然の義務ではないのか?」 正論である。正論ではあるのだが、普段の彼からは断じて聞くことが出来な いであろう言葉だけに、二人の反応はとりあえず胡散臭げに『彼』を見つめる 事に止まった。 「……何か言いたそうな視線だな」 「だって……なぁ?」 「……ねぇ?」 二人はあくまで不審げである。さすがに憮然とした様子を隠せずに、『彼』 は二人に背中を向けた。 「同志達が嫌ならば仕方あるまい。我が輩が彼らに正しいあり方を教授してく る事としよう」 そう言い捨ててずかずか歩き去っていく『彼』を見て、残された二人は互い に顔を見合わせた。 「……どうしよう?」 「……どうもこうも。危なくなったら助けに入ってやるぐらいしかないんじゃ ないか?」 「……そうだね」 厄介な腐れ縁の、毎度お馴染みだがあいもかわらぬ予測不可能な破天荒ぶり に、二人は同時に溜息を吐いた。 オーバーなジェスチャー、絶叫調の演説、かつての扇動者達が得意とした理 性より感性に訴えかけるタイプの演説の手法。それが彼が得意とする手法だっ た。 「我々はこの衆愚の闇から目覚めた数少ない人間だ! だからこそ、現状に流 される事、おのれの欲求に忠実である事を良しとし、秩序を顧みず、自らの将 来にも関心を払わぬ多くの者達を導かねばならん!! 我々こそが、否、否、 否!! 我々のみが、このリーフ学園を正しき方向に導く事が出来る。我らは 選ばれたのではなく、自ら目覚めて学園を導くのだ! 誇りを持て同胞よ! 我らの闘争は大義の闘争!! 学園に秩序の旗を打ち立てるのだ!!」 「秩序に勝利を!」 「秩序に勝利を!」 「生徒指導部、万歳、万歳、万歳!!」 演説が終ると同時に、脇に控えた永井が音頭を取り、聴衆達が立ち上がって 歓声で応えた。ディルクセンもそれに軽く手をあげて応じ、演壇から降りよう とした。その時。 『ふっ、小さい、小さすぎるぞやんぐめん!!』 「なにっ!?」 突如背後から嘲るような声を掛けられ、ディルクセンは憤然とした面持ちで 振り返る。そして、先ほどまで自分が演説を行っていた場所に悠然と立つ人物 を認め、呆気に取られたような表情になった。 「………………あなたは久品仏先生?」 「いかにも! 我が輩がこんどリーフ学園で帝王学の教鞭を取る事になった、 久品仏大志である!」 「……世界史じゃありませんでしたっけ?」 そんなディルクセンの突込みもどこ吹く風、大志はびしっと左人差し指をデ ィルクセンに突きつけ、右手中指で眼鏡を押し上げながら言葉を続ける。 「先ほどのお前の演説、聞かせてもらったが…………目標が小さい、小さすぎ る!!」 「俺の……生徒指導部の目標が、小さい?」 大志の放つ気に呑まれ、ディルクセンは知らず知らず、すうほその場から後 ずさった。他の永井、鈴木といった連中も含めた生徒指導部員達も、場の雰囲 気に圧倒されて、息を潜めて二人の様子を見守っている。 「うむ、全くもって小さい。秩序だなんだとがなりたて、学園の正常化を目指 しているおいう趣旨ではあったが…………悲しむべき事に、お前の視野は小さ すぎる!」 「なっ…………はっ、ならば、どういう視野を持てとおっしゃるので?」 さすがに引きつった表情で、皮肉っぽくディルクセンが大志に聞き返す。そ んな彼に対し、大志はただ一言、良く分からない言葉をさも当然の如く言って のけた。 「世界だ」 「…………は?」 何を言っているのか分からず、当惑した表情になるディルクセン。そんな彼 に一度は降ろした左手を再び突きつけ、大志は気迫に満ちた声で叫ぶ。 「秩序を布く事を目指すならば、まずは世界を制してみせよっ!!」 どどーん! なんとなく、大志の背後に日本海の荒波が見えたような気がす る。 「……って、なんでそうなるんですか!? 学園の正常化を目指すに当たって まずは世界を制して見せろなんぞ、脈絡も何も…………!?」 「だからお前は視野が狭いと言うのだ、同志ディルクセン」 一瞬呆けたように口をつぐんだ後、我にかえったようにがなりたてるディル クセンを遮って、大志は悠然と言葉を続ける。 「秩序至上主義を唱えながら、お前の視野は学園に限定されている。確かに学 園の現状は極めて混沌としているのは間違い無い。しかし! 世紀末の今、混 沌としているのはなにもこの学園だけではない!!」 周囲の人の群れは、早くも完全に大志の気迫に飲まれつつあった。すべての 視線が自分に集中しているのを感じ、その視線を見詰め返すかのように周囲を 見渡した後、彼はディルクセンに向き直ってひときわ鋭く叫ぶ。 「真に混沌の海に沈んでいるのは世界だ!! 資本主義が爛熟し、若者は目的 を見失い、老いたものは疲れきり、豊かな国では欲望の追求が全てに勝り、貧 しき国では紛争が絶えない。そんな危機にさらされている世界こそが、真に救 済の時を待ち望んでいるのだ!! 世界を制する謎と技術に満ち溢れたリーフ 学園に通いながら、学園の中の混沌にのみこだわり、世界への視野を失った者 が『目覚めた者』と名乗るなど片腹痛くてへそで茶が沸くというもの!!」 そこで一度言葉を区切り、大きく息を吸い込む。 そして、一喝。 「……もし我が輩のこの叱咤を聞いても何とも思わないというのなら、貴様に 大義を語る資格など、インフルエンザのヴィールス程の大きさも無いわぁっ!!」 っどどどーん!! なんとなく、大志の背後にさっきより大きな日本海の荒 波が見えたような気がする。 大志の演説(戯言ともいう)が一通り終り、周囲には静寂が訪れた。誰も一 言も発さない、痛いほどの沈黙。普通の人間ならばそれを敵意と解しそうなも のだが、生憎と大志は「普通」の概念からはかけ離れたところにいる人物だ。 不敵な笑みを浮かべ、相手のリアクションを待っている大志。それに対し、た だただ呆然と突っ立っているディルクセン以下の生徒指導部員。 「……どうなるんだろうね、和樹」 「……もう知らん。あいつがどうなっても、俺の知った事じゃない」 「まぁ、あいつの事だから襲われても平気で切り抜けちゃうんだろうけどさ」 「……だろーな。心配するだけ無駄か」 緞帳の影で、和樹と瑞希は心底疲れた風に溜息を吐いた。 「…………久品仏先生」 そうやって向き合っていたのは実に数分の事。やがて、ディルクセンが絞り 出すような声で大志の名を呼んだ。拳を握り締め、しっかりと大志の目を見詰 め、短く感極まった声で言う。 「…………心、洗われました…………」 「へ?」 「ええっ!?」 これには緞帳の影に隠れていた二人の方が驚いた。 「ちょっと、どういう事よ?」 「俺が知る訳無いだろ…………けど、確かな事は一つ」 和樹は愕然とした面持ちで大志と、大志に尊敬の念の篭もった視線を向ける ディルクセン以下の生徒指導部員達を見比べた。 「信じられない事だが……どうやら、大志のヤツ、連中を感化しちまったみた いだな」 「久品仏先生、お願いがあります! 是非ともに、生徒指導部の顧問を引き受 けてください!!」 和樹と瑞希の二人がひそひそと会話を交わしている間に、事態はさらにとん でもない方向に転がりはじめていた。 「先生以外に我々を導いてくださる方はおられません! 何とぞ、お願いしま す!」 「お願いします、先生!」 「我々の顧問に!」 などと、ディルクセンら生徒指導部員が一斉に大志に顧問に就任するよう要 請をはじめたのである。 だが、そんな流れを断ち切ったのは、意外にも彼らを焚き付けた大志自身だ った。 「それは、断る」 「何故です!?」 失望の叫びを上げるディルクセンを前に、大志は傲然と胸を張る。 「なぜならば、我が輩も世界を目指しているからだ! ただし、我が輩はまず おたく界からの世界征服を目指している! 同志達とは進む道が違うのだ!!」 大志が叫んで右手を振り上げると、何故か緞帳がどさっと重い音を立てて落 ちた。 「きゃぁっ!!」 「なっ、なんだぁっ!?」 緞帳が落ちきると、その裏に隠れていた和樹と瑞希の姿が露わになる。 ……この際何時の間に、どうやって仕掛けたのかを考えては駄目だ!! 「この二人が今の我が輩の戦友! 将来おたく界から世界を支配する精鋭達! 同志ディルクセン、お前達は我らのライヴァルとなろうとも、決して手を携え る戦友とはなれぬ定めなのだ!!」 「そ……そんな……」 それは、ディルクセン達にとって死刑宣告に等しい言葉だった。がっくりと 膝を付き、しばし悄然とうなだれる。背後で和樹と瑞希が抗議の声を上げてい るような気がするが、多分気のせいだろう。 どれほどの時間、そうしていただろうか。短くもあり、また永劫とも思える 間、場は全く凍り付いていた。だがやがて、しばらくして顔を上げた彼の瞳に は、強い意志の光が戻ってきていた。 「……ならば止むを得ません。我らは我らの選んだ道を歩まねば」 そう呟き、背後を振り返って同様に意気消沈していた生徒指導部員達に向か って怒声を放つ。 「聞いたか諸君! 我々は我々の目標を見誤っていた。我々が変革すべきは学 園のごとき箱庭にあらず!! 全世界が敵だったのだ!! 我々の目覚めはま だ訪れていなかった。しかし、今、久品仏先生のお言葉により、真の覚醒のと きを迎えたのだ!! 我々はこれより世界を目指す! 世界に秩序を取り戻す ため、まずはこの学園の支配を目指す!」 目的を見失いかけていたところに目的を与えられ、ざぁっ、と周囲が色めき たった。すかさず永井(こいつもやっぱり熱気に当てられていた)が大声で叫 ぶ。 「明日には、世界を!!」 「明日には、世界を!!」 永井の声を受け継ぎ、今度は美也が声を張り上げた。 「明日には、世界を!!」 さらに生徒指導部員の中から声が上がる。 「明日には、世界を!!」 「明日には、世界を!!」 「明日には、世界を!!」 「明日には、世界を!!」 声は徐々に広がっていき、やがて講堂全体を響き渡らせるにいたる。その反 共に満足げに目を細め、ディルクセンもまた呟いた。 「明日には、世界を」 「…………なんか、危ない連中が更に危なくなっただけのような気がするな」 猛烈に盛り上がっている生徒指導部員達を眺めて、和樹がこれ以上無いとい うくらい疲れきった声で言った。 …………全く以って、至言である。 <続………いてたまるかと思わないこともないような気がしないでもないかも しれない、多分:笑> ___________________________________ そんなこんなで生徒指導部の目標は世界征服になりそうです(爆) いや冗談ですけど(笑) そう、冗談冗談…………ふふ(ニヤリ)