Lメモ『Magical Wars!!』第一話:『解錠』 投稿者:でぃるくせん


  有り体に言って、沙留斗はピンチに立たされていた。
「まさか、こんな魔物が…………」
  目の前に迫る敵を見据え、じりじりとあとずさる。沙留斗が退くにつれ、前方の敵
も同じだけ距離を詰めてくる。
  ここは図書館ダンジョン666階。1000階まで下りた事のある沙留斗にとって
は、さほど深い階層ではない。しかし、問題は目の前の魔物が今まで見たことがない
魔物だという事だ。
  ………………いや、神話・伝承やRPGではありふれた魔物ではあったが、実際目
にするのは初めてだった。
  ケルベロス。三つ首の魔犬。地獄の門を護るもの。三つの犬の首と、首周りから生
えた無数の毒蛇の頭部、そして尻尾に当たる毒蛇の視線が獲物を嘗め回すように見つ
める。そのいたぶるような残虐な視線と、三つの口から漏れる炎の吐息から、沙留斗
は魔犬が炎のブレスを吐くタイミングを窺っている事を察した。
「やっぱり、さっきの護符みたいなのを外してしまったのがまずかったのかな?」
  探索し尽くしたはずの666階、その一角に隠し扉を見つけ、その奥に進んだ沙留
斗は壁一面に描かれた扉の壁画を見出した。その中に古代文字で描かれた護符を見つ
け、剥がして手にとり、解読できなかったため持ち帰って調べてみようと隠し扉の外
へと出たそこで、ケルベロスが待ち構えていたのだ。
「ディアルトさんが一緒だったらな…………」
  背後に壁が間近に迫っている事を感じ取りながら、沙留斗はダンジョン探検の相棒
の姿を思い浮かべる。あいにく今日は都合が悪いらしく、彼はこの探索に参加する事
が出来ない旨を伝えてきていた。そういう日に限って、こんな化け物と対峙する事に
なるとは。
  …………もっとも、神話には不死とも伝えるこの魔犬相手では、優れた剣技の持ち
主である彼がいてさえ太刀打ちできるかどうか分からないが。
  だが、自分にはまだ切り札が残っている。リーチが違うため、魔犬を倒すと言う訳
には行かないだろうが、すくなくともブレスを回避する事は出来るだろう。まぁ、目
前の魔犬が不死(かどうかはわからないが)なら沙留斗も不死なので、ブレスを食ら
っても死ぬという事はないのだが、こんがり焼かれた上で魔犬の胃袋に収まるという
のは例え一時の事でも御免被りたいところだ。
「えっ?」
  その時、背中に風を感じた。すでに壁と背中の間は20センチほどしかない。はっ
とした表情で背後を振り返る。まさか、ひょっとすると。
「グウァァァァゥッ!!」
「くっ!」
  もちろん、その隙を地獄の魔犬は見逃さなかった。三つの首がそれぞれに千度に近
い高温の炎を吐き掛ける。高熱がその身に迫るのを感じ、沙留斗はとっさに自分の直
感に賭ける事を決断した。迫り来る炎を見据えながら、裂帛の気合を込めて叫ぶ。
「ディス・インテグレート!!」
  その叫びが終らぬうちに、たちまち沙留斗の姿が塵と変わる。そして、炎がその身
に届くより一瞬早く、かつて沙留斗だった塵は背後の壁に『吸い込まれた』。目標を
失った炎は空しく石壁に当たり、弾けて消える。
「グウァルルルルルルゥ、ワウッ、バウッ!!」
  慌てた魔犬が犬そのものの声で吠え立てながら石壁を爪で削ったりするが、もちろ
んその程度で崩れるものではない。怒り狂った魔犬はその後もしばらく周囲にブレス
を放ったり壁に体当たりを試みたりしていたが、やがて諦めたのか、悄然と三つの首
をうなだれながらその場を立ち去っていった。



(やっぱり、壁の向こうに隠し部屋がもう一つ…………)
  塵となり、壁の隙間から潜り込んだ沙留斗は、壁の向こうにおのれの直感通り隠し
部屋を発見していた。普通、ダンジョンの中に風はない。もっとも魔法的な仕掛けも
多いダンジョンの事だから一概にないとは言い切れないのだが、ともかく一般的には
ないものである。そのダンジョン内で、しかも壁の隙間から風がながれてくるとなれ
ば、これは隠し部屋があるとみるのが妥当だろう。
「しかし、ここは…………」
  周囲を見渡す。そこは緑に包まれた自然の楽園のような場所だった。おそらくは魔
法的に造られた閉鎖空間なのだろう。沙留斗の背後にはダンジョンとの唯一の接点と
思しき壁の一部が、ぽつんと緑の中に佇んでいる。周囲は鹿や狐といった野生動物が
ゆったりと生活を営み、小鳥が楽園を称える歌をさえずっている。肉体を再構築しな
がら、沙留斗は心の安らぎを覚えていた。
  沙留斗の眼に『それ』が映ったのはそんな時だった。
「あれは、祭壇?」
  体の再構成を完了させ、沙留斗は周囲に気を配りながらそれに近づく。それはまさ
しく祭壇だった。ただ、その中心に祭られているのは神像ではない。そこには古びた
一冊の古びた、しかしどこかしら神々しさを備える本が、さも大事そうに安置されて
いた。その傍らに二体の3メートル弱の身長を持つ戦士像−−−おそらくはギリシア
の戦神アレスの神像だろう−−−がそれを守護するように控えている。沙留斗のトレ
ジャーハンターとしての経験は、それがゴーレムだと告げていた。
「それだけじゃない…………これは、祭壇じゃなくって、ひょっとすると、結界……
……いや、封印?」
  沙留斗の足が止まる。そう考えて見れば、目の前の古文書は神々しさの中にどこか
しら禍禍しさを備えているようにも見える。いや、周囲の神聖さからあきらかにその
古本は浮いていた。さながら、光の海に浮かぶ闇の塊。
  おそらく名の知れた魔道書なのだろう。それも、あまりに危険な。それゆえこんな
所に封印されているに違いない。これに手を触れてはならない。沙留斗の直感がそん
な警報を発していた。
「周囲のゴーレムにも、今のコンディションじゃ勝てそうにないし……」
  そう呟き、彼は自分の直感に従う事に決めた。どこか恐怖心もあったのかもしれな
い。それに、第二購買部に戻ればマスター達がいる。必ず相談に乗って、良い知恵を
くれるだろう。この魔道書は、自分にはいかにも重過ぎる。
  祭壇よりかなり離れたところで沙留斗は踵を返した。数歩歩いたところでふと気付
き、背後を振り返って写真を撮る。すぐに出てきたポラロイド写真がはっきり映し出
されるのを待ち、表紙の書名が鮮明なのを確認して彼は再度歩き出した。今度はケル
ベロスと遭遇することがない事を祈りつつ。




「ふぅん…………これは、儲け話かもしれませんね?」
 第二購買部に戻ってきた沙留斗の話を聞いて、beakerは興味深そうに言った。
「図書館ダンジョンに隠し部屋があったなんて、久々に聞く話ですからね。これは調
べて見る価値が……」
「いや、止めといたほうが良い」
 そんなbeakerの言葉をさえぎり、沙留斗の持ちかえった護符を手にとって、初代be
akerは表情を顰めた。
「こいつぁ、下手するととんでもないものの封印を解いちまったのかもしれんぞ」
「とんでもないもの?」
 彼の言葉に、沙留斗が表情を曇らせる。
「それは、どう言う風に……」
「簡単に言うと、ランクSクラスだ」
「あぁ、やっぱり。そうとうな呪力が篭められてますからね、この護符」
「そっ、そんな危険なものなんですか!?」
 初代の言葉にbeakerは納得したように頷き、沙留斗は驚愕の叫びをあげる。
 初代の言うランクSとは、第二購買部の秘密倉庫、そこに保管されるものの基準で
『門外不出』とされるほどの危険性を持つものだ。以下A、Bのランクがあり、Aが
持ち出しに許可が要るもの、Bがそれ以外のどうでも良い代物と続く。
「この護符の呪力の強さから推測すると、という話だがな。この封印を施したヤツが、
酔狂でどうでも良い代物を封じるのに莫大な労力と時間をかけたのでなければ」
 しかも、誰が封じたのか知らんが、術者の力は相当なもんだぞ、これは。そう言っ
て、初代は護符を机の上に戻した。
「沙留斗、この護符の話、誰かに話したり、護符を見られたりしたりしましたか?」
 そのbeakerの質問に対し、沙留斗はばつが悪そうに頭をかきながら答える。
「それが……上層階に戻る途中に、男子生徒Aと神岸さんとか、神凪さんとか、他数
人にケルベロスが出るからと情報を……」
「その三人だけなんだな?」
  初代beakerが念を押す。
「いや、あとダンジョン入り口で風紀委員にも事情を聞かれました」
 最近、ディルクセン率いる風紀委員会生徒指導部が、その権限拡大を図って次々に
これまで規制のなかった分野の管理体制を作り上げ始めている。図書館ダンジョン入
り口に二人の風紀委員の監視が置かれるようになったのも、つい先日の事だ。名目は、
『危険物のダンジョンからの搬出入防止のため』となっているが、実際は図書館ダン
ジョンに眠る魔法的なアイテムの独占を狙ったものだろうというのが大方の見方だっ
た。
 もっとも、沙留斗が護符を簡単に持ち帰る事ができたことからもわかるように、彼
らには今のところ実権はない。図書委員会が風紀委員会の越権行為だとして強硬に噛
み付いたからだ。それに、ごく一部の人間を除いて魔法とは無縁な風紀委員には、そ
れらマジックアイテムに対する知識がない。たとえ彼らに権限が与えられたところで、
実際にそれらの流出を防ぐ事が出来るようになるまでは、まだまだ時間を要すること
だろう。
「で、風紀委員には事情を話したのですか?」
「ええ。連中、ダンジョンを出入り禁止にする口実を狙ってますから、下手に嘘をつ
くと後で逆手に取られますし」
 それに、ダンジョン前に配置された風紀委員には新たにダンジョン入りするハンタ
ーたちに、それ以前にダンジョンに潜り、出てきたハンターたちから得た最新の情報
を提供するという役目もある。彼らに正確な情報を告げておくことは、これからダン
ジョンに潜るハンターたち―――多くは新人―――の安全を確保する事でもあった。
 そこで、沙留斗ははたと気づいたように自らの懐を探った。
「そうだ、これの事をすっかり忘れてました」
 一枚の写真。祭壇の前から立ち去る間際、グリモアの書名を記録しておこうと撮っ
たものだ。
「これは……」
「うん、古代ヘブライ語だな……こいつは……」
 食い入るように写真を見つめ、beakerと初代beakerは小声で何事かを交わしあっ
た。
「結局、何? 墓泥棒したら、なにか危ないもののふたを開いちゃったって事?」
「だあぁっ、もう!! 泥棒っていうなってのに!!」
  なにがなんだか理解できないといった様子で、それまで無言だった坂下が話に割っ
てはいる。いつもながらの沙留斗の抗議はとりあえず脇にほっぽいて、beakerは祖父
と顔を見合わせ、一つ頷いて説明を始める。
「好恵さん、グリモア、って知ってますか?」
 唐突なbeakerの言葉に、坂下は首をかしげるようなしぐさを見せた。記憶の井戸の
底からいくつかの単語を引っ張り出し、吟味しつつ言う。
「……聞いた事があるわね。綾香の姉さんが集めているヨーロッパの古文書の事でし
ょう?」
「ええ、そうです。正確には、古文書というより魔道書ですね」
 そう言って、書架から埃を被った一冊の魔道書を取り出す。
「たとえばこの本。題名は『偉大なるホノリウス教皇の規則』。1670年、ローマ
で刊行されたグリモアの原書です。この本に代表されるように、多くのグリモアは悪
魔の召喚儀式を取り扱っています。中には交霊術を取り扱っているものもありますが、
そんなグリモアの大半も、悪魔の力を媒介しての儀式を題材にしているものがほとん
どです」
 もう一冊、二冊と書架から取り出す。
「グリモアの流れは多くが一つの根源から発しています……その真偽は別として、原
点を聖書に出てくるユダヤの王、ソロモン王に求めているものが多いのです。その中
でももっとも有名かつ実用的なものが……」
「それ?」
 理緒の言葉にbeakerは軽く頷いた。ぱらぱらとページをめくり、いくつかの魔方陣
の図式が描かれたページを一同に指し示す。
「『レメゲドン』、というグリモアです。一般には『ソロモン王の小さな鍵』として
知られています。『ゴエティア』『テウギア・ゴエティカ』『パウロの術』『アルマ
デル』の四巻からなるグリモアで、ソロモン王が瓶に封じて海に投げ捨てたというソ
ロモンの72柱の魔王をはじめとするさまざまな悪魔の召喚術が記されています」
「…………で、それとダンジョンの魔道書と、なんの関係があるのよ?」
 なかなか本題に入らないbeakerに痺れを切らせ、坂下が怒ったような口調で尋ねた。
それに対してbeakerは書架から出したグリモアをすべて積み上げ、その一番上に積み
上げた『ゴエティア』をぽんっ、と軽く叩いた。
「実は、この『レメゲドン』と言う文書。本来はこの『ゴエティア』だけだったんで
す。他の三巻は、後代に付け加えられたものなんですよ。そして、この『ゴエティア』
自体、ソロモン王の著した原書ではない」
 そこでbeakerは先の写真を取り出した。
「この表題に、古代ヘブライ文字で『レメゲドン』とあります。そしてこの大げさな
大げさな封印」
「魔道書も、書き手の力量によっては魔力を持つにいたる事がある。こないだ来栖川
の嬢ちゃんが買っていったような『ネクロノミコン』とかな」
 beakerの言葉を初代が受け継ぐ。
「この『レメゲドン』の原書が本当にソロモン王の手になるものなら、相当な魔力を
持っていることだろう。そういう魔道書は意思を持つこともある。ほら、一度図書館
から本が逃げ出して騒ぎになった事があっただろう」
 あの時は、エルクゥ同盟が追いまわして、ハイドラントの手に渡っていたそれを取
り押さえる事に成功した……らしい。
 『らしい』というのは、実際ハイドラントがその時手にしていたのは奪還されるの
を想定して準備しておいた写本のほうだったからで、原書のほうは彼が第二購買部に
預け、秘密倉庫にお蔵入りしたままになっているからだ。引取りに来ないところを見
ると、どうやら預けた側も引き受けた側も、その原書の存在をすっぱり忘れ去ってい
るようだ。(風見ひなたさんのLメモ外伝「妄想魔学読本」参照)
「そんな危ないものの封印を解いちゃったのか、泥棒さんは」
 坂下に半眼でじろりと見据えられても、今回ばかりは返す言葉がない。
「……迂闊でした」
「まぁ、いい勉強ですよ」
 悄然と肩を落としてうなだれる沙留斗に対し、beakerは苦笑する。
「けどまぁ、このままにもしておけませんね。再封印するなり購買部の倉庫に保管す
るなり、どちらにしてももう一度ダンジョンに潜らないと」
 窓から外を眺める。沙留斗や坂下も彼の視線につられて、外へと視線を移す。
 ―――数人の人影。明らかにこちらを監視しているものと見えた。
「―――ひょっとして、生徒指導部?」
「さぁ、そこまではわかりません。けど、下手な人の手にわたれば、酷い事になるで
しょうね」
 何事もなかったかのように視線を戻し、beakerは理緒が注いだお茶に口をつける。
「師匠、マスター、どうすればいいと思いますか?」
「とりあえず、オカルト研に連絡しましょう」
  沙留斗の言葉にbeakerは即答した。
「僕たちの力では封印することは出来ません。ジャッジに報告すれば、まず確実に貴
重な書物が焼き捨てられることになる。それではそこから利益を…………」
 坂下のあきれたような視線に気づき、ちょこっとだけ言葉の細部を変えてみる事に
する。
「いやいや、貴重な文化遺産の損失です。避けるに越した事はありませんからね」
 オカルト研には事情を伏せておいて、情報料&ダンジョンに潜る際の護衛料として
なにかマジックポーションを入荷してもらおう、などという言葉はとりあえず胸の中
に秘めておく事にした。さて、とお茶を飲み干して、立ち上がる。
「そう言うわけで、僕はオカルト研に話を付けに行って来ますね。沙留斗はディアル
トさんにも声を掛けておいてください。あ、あと荷物もまとめておいて……」
「私も行くわよ」
「ええ、良いですよ」
 断られてもついていく。勢い込んで言った坂下は、あっけない返事に思わず言葉に
詰まる。
「え?」
「さすがに、今回は大事みたいですからね。好恵さんが来てくれるなら、心強いです
よ」
「あ、ああ。修行にもなるしね、期待してくれても良いわよ」
 気を取りなおし、彼女も畳から腰をあげた。何気なくbeakerに向けた視線が、bea
kerそれと正面からぶつかる。
「ただし、無理はしないでくださいね。絶対に」
 止めても無駄だから連れて行く。そんな諦めにも似た口調だった。いつになく真剣
な表情に、坂下はなんとなく気恥ずかしい思いがした。心配してくれているのだ。
「……わかってるわよ」
 beakerに苦笑を浮かべて頷き、しわの入ったスカートの裾をパンパンとはたく。そ
れから腕時計に目を落とし、beakerと沙留斗を見交わして言った。
「ダンジョン入りするのはいつ? 私も格闘部に届を出さなくちゃならないから、出
来れば今決めて欲しいんだけど」
 言われて、beakerは壁にかかった時計へと目を向けた。十二時四十分。授業が終わ
るのが十四時五十分だから、ダンジョンに入る時間は……
「入る時間は夕方五時ごろ、期間は大体一週間ちょっとってところでしょうか」
「大体、そんなものでしょうね」
 沙留斗の推算にbeakerは同意の意を示した。今回は人数が多いから、問題の上位モ
ンスターが沸いてきている地下600階前後まではスムーズに行けるかもしれない。
「ともかく、今回は大仕事です。皆、気を引き締めて頑張りましょう」
 隠し部屋の奥に隠し部屋とは、魔道書のほかにも宝物が見込めそうですしね。
 そんなbeakerの商魂逞しい本音は、やっぱり胸の中に秘められたままだったりする
のである。
「まぁ、さすが我が孫というべきか」
 きっちり初代には胸の奥まで見透かされてはいたが。



 ところが。
「聞いたわよ、聞いたわよぉ〜〜  これは大ニュースね!」
  壁に耳あり障子に目あり。秘密というものは往々にして意外と簡単に漏れてしまう
もので。
  beaker、初代beaker、沙留斗、坂下といったそうそうたる面々に気配を感じ取られ
ることもなく、聞き耳立てながらメモを取る人影一人。
  言わずと知れた情報特捜部副部長、長岡志保である。
「ふっふっふ、第二購買部、魔道書の独占を企む。このリーフ学園のトップジャーナ
リスト、志保ちゃんがこの場に居たのが運の尽きね。あんた達の陰謀、白日の下に晒
してあげるわ!」
  既に自分の世界に入り込み、勝手に壮大なストーリーを組み立てていく志保。この
後、放課後までに学園中に広がった魔道書(&購買部の独占疑惑)の噂を前に、beak
er達は髪が真っ白になるほど呆けたという。








  その部屋は漆黒の闇に包まれていた。いや、一個所のみ、松明がぼんやりと辺りを
照らしている。虚無にも似た静寂に包まれた空間。その中で、一人の男の顔が、松明
の光に浮かび上がっている。
  男はこの部屋の主人だった。ならば、この部屋の闇は、男の心を具現化したものな
のだろうか?  そう思えるほど、瞑目したまま微動だにしない男の表情は冷たく、暗
い。松明の灯りに照らされながら、男は全く周囲の闇の一部だった。
「…導師…」
  不意に静寂が破られた。闇の中、声の主の姿は見えない。だが男には声の主の正体
が判っているようだった。双眸を開く事も無く、瞑目したまま答える。
「何事だ、葛田」
「…瞑想中のところ、失礼します……お耳に入れておきたい事が…」
「……グリモアの事か?」
「…はい…」
「『蛇の牙』からも話は聞いている。…………興味深いな」
  情報特捜部の号外に躍った記事。
 図書館地下ダンジョンで、新たな古代魔道書が見つかったという『事実』。
  長岡志保の信頼性を考えればそれは著しく信憑性にかけるいつものガセネタに過ぎ
ないようにも見えたが、『蛇の牙』は風紀委員会サイドでもその情報を事実として判
断し、生徒指導部を中核に探索班を編成しているという情報をもたらしていた。こう
なると、この魔道書云々には俄然信憑性が出てくる。しかも、それが『レメゲドン』
の原書ともなれば。
「伝説の聖王ソロモンが著した悪魔どもを使役するためのグリモア……実に興味深い
な……」
「…それなのですが……情報を得て、ジャッジも動きを見せているようです…」
「また、貴重なグリモアを焼き捨てにかかる、か。物の価値がわからんやつらだ」
 ハイドラントは冷笑を浮かべる。魔を討つ事を標榜している彼らだ。動かないほう
が不自然だった。当然、むこうもこちらが動く事を前提に行動しているのだろう……
いや、今回はもう一つの勢力の動きも視野に入れての事かもしれない。
「継続して監視しろ。それより、永井はなんと言ってきている?」
 もう一つの勢力―――生徒指導部の幹部の名前を、口にした。ダーク十三使徒と生
徒指導部とは公式には完全敵対している事になっているが、生徒指導部の中核勢力で
ある”草”反広瀬派はダーク十三使徒と協調関係にあった。『塔』とは無関係のディ
ルクセンはおろか、『塔』に籍を置く人間ですら、その事には気づいていない。表向
き、風紀委員会の動乱は、”草”内部の権力闘争に過ぎないという事になっていた。
「…生徒指導部は、第二購買部とオカルト研、そしてジャッジがダンジョンに入った
後に動く意向だそうです……彼らにはダンジョン探索にて慣れた人間がいませんから
…」
 手馴れた人間、つまり第二購買部に露払いをさせようということなのだろう。では、
ダーク十三使徒はどう動くべきか。
 問題は少なくない。その中でも一番大きな問題が、この件にオカルト研が絡んでい
ると言うことだった。神凪遼刃と神海、二人の人物がダーク十三使徒であるとともに
オカ研にもその籍を置いている。それに、来栖川芹香は言うまでもなく綾香の姉でも
ある。下手に手を出して、綾香のご機嫌を損ねるのはまずい。
 また、第二購買部とも物品の購入関係で良好な関係を維持しておきたいところだ。
魔道書をめぐって争うにしても、なるべくならこの二者とは事を構えないようにする
のが理想だった。
「…導師……何か、不純な動機が混じったように感じたのは僕の気のせいですか…?」
「きっぱりと気のせいだ」
 そうですか、と溜息混じりに呟いた葛田は無視して、ハイドラントは考えをめぐら
せた。彼らを敵に回すのを避けた上で、そのグリモアを手にするにはどうすれば良い
か。難しい注文だが、可能性がないわけでは…………
「…導師、僕に一つ腹案が…」
 導師の思索を中断せぬようにとの配慮からか、しばらく黙り込んでいた葛田が口を
開く。
「言ってみろ」
 返答は短い。それを聞き、葛田は自らの腹案を開陳した。彼の言葉を聞くにつれ、
次第にハイドラントの表情に笑みが浮かぶ。そして、葛田が言葉をつむぎ終えると、
彼は即座にこう言った。
「いいだろう、永井と謀って事を進めろ。詳細はお前に任せる。時間はないぞ、急げ
よ」
  会話はそれで終わりだった。葛田は心得て、来た時同様気配も残さず部屋から退出
する。部屋は先刻のように、炎の音以外には静寂に包まれる。
 その静寂を次に破ったのは、ハイドラントだった。
「ふっ……俺が『レメゲドン』を手に入れた暁には……」
 知ってますか? 悪魔というのは愛とは無縁の存在と思われ勝ちですが、実は魔術
師の恋愛を叶え、情欲を満たす悪魔というのもいるんです。少なくとも『ソロモンの
72柱の魔王』の中に、アモンやシトリーを筆頭に10人ほど。
 そんな訳で、ハイドラントは来るべき『綾香に傅かれる日々(下男:悠朔)』を思
い描き、鼻の下を伸ばしまくっていた…………使徒たちに見せれた姿ではないのは言
うまでもない。
 




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 でぃる:そんな訳で、とりあえず連載企画に挑戦です(笑)
  とりあえず密かな趣味である『悪魔学』をちょこっとネタにしてみようと野心を
  たぎらせてみたり見なかったり(笑)
  ゆるゆると断続的に書いていきますので、こうご期待〜



  あう、今回芹香お嬢様出すはずだったのに、出せなかったな(汗)