Lメモ:『動乱の一里塚:後編』 投稿者:でぃるくせん

 屋上の広瀬達の直下、リズエルの地下深く。風紀委員会生徒指導部管轄、地
下反省房管理室。
 その内部はひどく荒らされていた。荒らしたのは部外者ではない。ここを管
轄する生徒指導部と”草”の面々だ。目的は、情報特捜部によってしかけられ
ていた盗聴機の破壊。
「……ディルクセンさん、『掃除』は全部終わりましたよ」
「……録音型とは盲点だったな。機械に頼りすぎたという事か」
 苦虫を噛み潰したような表情で、ディルクセンは鈴木―――永井の側に与す
る”草”の幹部の一人―――が机上にことりと音を立てて置いたいくつかの盗
聴機を眺めた。その右頬に、XY−MENに殴られた痕跡は既に無い。美也に
水を掛けられて覚醒した後に、魔法で治癒しておいたからだ。だがそれでも気
になるらしく、頬を右手でさすりながら、左手で盗聴機を弄くりまわす。そし
て疑わしげに鈴木を見上げた。
「これで、本当にすべてと言いきれるのか?」
「ご心配なら、電磁爆弾を使用しますか?」
 先の事件以降、”草”の能力にともすれば懐疑的な態度を取る彼の態度にも
気にした様子を見せず、鈴木は簡潔に一番手っ取り早く、確実な代案を提案す
る。だが、ディルクセンは苦々しく首を横に振った。
「それでは部屋の中にある電子機器類をすべて運び出さなきゃならん。いくら
なんでも無理だ……まぁ良い、あるか無いかもわからないものを探すより、あ
ると分かっているものを探す事のほうが簡単だったろうからな。お前達を信じ
る事にしよう」
「俺たちにだって自尊心ってもんがある。二度も三度も失態繰り返しゃぁしね
ぇから、安心しろって」
 愚痴っぽく呟いたディルクセンに向けて言ったのは、本来ここに居るはずの
無い人物だった。入院していなければならないはずの永井の姿にも驚かず、デ
ィルクセンは皮肉げに問いかける。
「悠の襲撃に関して事前に情報を得ていたのだろう、おまえ達は。その上であ
の無様な失態を晒したお前達を、無条件に信頼しろというのが無理な話じゃな
いか?」
「……情報が、不足してたんだよ」
 まったく、あの時連中がもうちょっとまともな情報を寄越していれば。そう
考え、ダーク十三使徒に頼りきりになっている自分を再確認して小さく舌打ち
した。
 ダーク十三使徒から『情報特捜部がなんらかのアクションを起こそうとして
いる』という情報が改良型の『鉢がね』と共にもたらされたのが、悠とシッポ
が偽造した『ディルクセンの命令』が伝えられてくる直前の事だった。
 ダーク十三使徒が情報特捜部の動静に敏感なのは、なんら不思議ではないよ
うに思われた。ハイドラントと悠朔の来栖川綾香をめぐる関係は、学園の全生
徒の知るところだ。結局悠の『報復』最後の詰め、『鉢がね』最大の利点であ
り弱点でもある精神感応を利用した攻撃を不完全なものに終わらせる結果とな
った『鉢がね』改良型の提供も、同じ『塔』に連なる組織の相互協力と考えれ
ば…………
(納得いくわけねぇな。上からの命令が無きゃ、そんな一枚岩の組織じゃねぇ)
 永井は即座に自分の考えを否定する。猜疑心の異常に強い彼ではあるが、決
して単なる馬鹿ではない。単なる馬鹿であれば、仮にも”草”の幹部に登りつ
める事が出来ようはずもない。むしろ、忍びである”草”にあっては、彼のま
ずすべてを疑ってかかる性格は好都合なものといえた。
 まぁ、もらえるものはもらっておけば良い。永井は敢えて深く考える事を放
棄する。この『鉢がね』の改良型がなければ生徒指導部は本当に壊滅していた
だろうし、そもそも広瀬を追い落とし、”草”の頭領の座を奪うまでは彼らに
は逆らえないのだ。切り捨てられる事を常に考慮し、それに備えをしておけば、
いざという時にも即座に対応できる。
 …………もちろん、何より優先される前提条件として、ディルクセンにダー
ク十三使徒とのつながりを悟られるわけには行かないのだが。
「まぁいい。お前がもたらしたこの改良型のおかげで被害はかなり押さえられ
た。最低でも1ヶ月の入院加療が必要と見られてた連中が、最大1ヶ月の入院
ですむんだからな」
 すでに軽症の者は何人か退院している。公称『1ヶ月の入院』もまた、ディ
ルクセンお得意の誇張の産物、情報操作だ。もちろん、風紀委員の情報特捜部、
ひいてはSS使いに対する不安、憎悪を煽り立てるための。
「その件に関してはお前の判断が正しかったと言うしかない」
 そう呟くディルクセンは、もちろん、独断で工作部に開発を依頼したなどと
いう永井の説明は毛ほども信じてはいないだろう。そもそも工作部に直接尋ね
ればすぐに露見する嘘だ。
 だが、ディルクセンと永井は互いの独自行為に深く詮索・干渉しない事を条
件に盟約を結んでいる。この件に関してもせいぜい皮肉を言ってくるくらいの
ものだろう。
 …………少なくとも、表面上は。
「これは、菅生に依頼したんだったな。まったく、短時間によくも人数分揃え
たものだ。感情の過剰な伝播を防ぐため、一定量の混乱した脳波を測定した場
合はその思考の転送を行わない、か……」
 わざとらしく言って、眼鏡を右中指で押し上げる。そして唇を笑う形にゆが
め、永井を見据えた。ただ、その目は全く笑っていない。
「……本当に、菅生に依頼したのか?」
「ああ、依頼したともさ」
 何食わぬ顔で、永井は返答する。ディルクセンもそれ以上追求はしなかった。
ただ疑念に満ちた眼差しで永井と鈴木の表情を一瞥しただけだ。今は細かいこ
とで数少ない盟友と亀裂を深めるよりも、笑って握手を求めてくるはずだ。
 ……背中には、今手を握っている相手を不意に突き刺すためのナイフを隠し
持っているに違いないが。
 ともかくも、二人にとってこの件は既に終わった話だった。裏でそれぞれの
サイドの人間が情報収集とその妨害にあたるのだろうが、少なくとも今この時
間に関しては、この話題はもう過ぎ去った事だ。ディルクセンは視線をめぐら
し、無言のまま佇立している四番目の人物に笑いかける。
「呼びたてて済まないな、佐藤」
「……何か用なんですか、ディルクセン先輩」
 硬い表情、硬い声で、雅史は応じる。緊張ぎみの彼に対し、対照的にディル
クセンはやけに芝居がかった陽気さを持っていた。その笑みはねちっこい性質
のものだったが。
「いやなに、あの事件で我々が壊滅したなどと勘違いされて、勝手な行動を取
られては困るんでな。一応自分の立場を再確認してもらおうと思っただけさ」
「そんな事……思ってもいませんでしたよ」
 力なく、雅史が答える。実際、美也が翌日には落ち込んだ様子もなく元気に
登校して来ているのを見て、雅史は束縛が解けたわけではない事を理解してい
た。
「君には妊娠している姉上がいらしたな?」
 不意に、ディルクセンが全く場違いな事を言う。直感的に危険なものを覚え、
雅史の表情が険しいものになる。 
「……何が言いたいんですか、先輩」
「いやなに、別に大した事ではないんだがね」
 雅史の表情の変化を見て、ディルクセンの笑いがさらに陰湿なものに変わっ
た。その声音は楽しげにさえ聞こえる。
「たとえば歩道橋から転がり落ちたりして、生まれてくる君の甥っ子が水子に
なったりしなければ良いが、と思っただけさ」
「…………」
 ぎりっ、と奥歯を噛み締める音が聞こえた。雅史からだ。表情こそなんとか
平静を装っているが、体は小刻みに震え、顔面は蒼白に変わり、そして両の拳
は手のひらに爪が食い込み血が流れるほどにきつく握り締められている。
(これで良い……定期的に圧力をかけておけば、こいつが他に情報を漏らすと
いう事はないだろう。 …………恨むなら、長岡と悠を恨んでくれよ)
 少なからず罪悪感を感じないでもないが、そんな事に構っているだけの余裕
はなかった。雅史の裏切りはせっかくもみ消した長岡志保襲撃疑惑を再燃させ
る事になる。それだけはなんとしても避けねばならない。
 雅史の様子から裏切りはないと判断し、ディルクセンは内心安堵した。胃が
痛い。机の上に置いてあった胃薬の袋を破り、ポットから湯呑みに白湯を注ぐ。
「兄さん、ちょっと」
 彼の妹、美也がその場を訪れたのはその時だった。
「例のもの、目を通しておいてもらいたいんだけど」
「お、書きあがったのか。俺も見てやろうじゃねぇか。美也ちゃんの書いたへ
ったくそな文章をよ」
「別に良いけど」
 永井の軽口に、当の美也は軽く肩を竦める。
「永井くん、文章の良し悪しなんか判ったっけ? 鈴木くんならわかるんだろ
うけど」
「……抜かせ」
「永井、酷い言われようだね」
 逆にやりこめられ、鈴木にも笑われて、永井は憮然として美也の手から原稿
らしきものを奪い取った。
 そんな光景を傍目に、ディルクセンは黙考する。前回の事件を引き起こすに
あたり、『鉢がね』を徹底的に解析しただろう情報特捜部が何故『鉢がね』が
新式に改まっている事に気がつかなかったのか?
(……考えて結論の出るものでもないか)
 考えるにも材料が少なすぎる。ディルクセンは思考を早々と打ちきった。そ
れよりも、はっきりしている事が一つだけ。
(悠は俺に恥を掻かせてくれた………… それに、あの『証拠』のせいで完全
に保品に軽蔑された事もあるしな………… 断じて許せん、断じて。どんな手
段を使っても、たとえダーク十三使徒の力を借りてでも、あいつだけは排除し
ないと腹の虫が収まらん……)
 内心の憎悪が表情に出ていたのだろうか。ふと気づくと、こちらを見て永井
が楽しげに笑っていた。
「なぁ、生徒指導部長閣下。もちろん報復は、するよな?」
 はじめて永井と同じ感情を共有した気がする。目に昏い光を宿し、ディルク
センは重々しく頷いた。一言一言に呪いを篭めて、声を震わせて呟く。
「ああ、無論だ。ここまでコケにしてくれた借りは返さねばならん。
 …………願わくば、悠の死をもって」

 かくして、”草”最精鋭の暗殺部隊『火』のブラックリストのトップに、正
式に悠朔の名前が挙がることとなったのである。





 翌日、朝。
 各校舎の掲示板にA3サイズの壁新聞が張り出された。発行者はしかし、情
報特捜部ではない。

『Der Angriff』

 ドイツ語で『攻撃』と名づけられたその壁新聞は生徒指導部発行と記載され
ており、主な記事内容は広瀬がかつてのように生徒指導部の直接補佐を受ける
事になったことと、これにより事実上風紀委員会の実権を掌握したディルクセ
ンの演説要旨であった。



 風紀委員会に立ち込める暗雲は、今だ晴れそうにはない。







 おまけ。

 十八時になった。
 ぼーん、ぼーん、ぼーん、と柱時計のような音が唐突に響き、怪訝そうにデ
ィルクセン達が管理室内を見渡す。一人だけ、永井はこめかみを押さえていた
が、それを気に止めるものは誰も居ない。
「おいっ、誰か変な時計でも持ちこんだのか?」
「柱時計なんかどこにもないぞ?」
 ディルクセンや他の生徒指導部幹部がきょろきょろとあたりを見まわす中、
美也が部屋の片隅に置かれた改良型『鉢がね』に気づく。
「ねぇ、兄さん。どうもこれから音が流れてるみたいなんだけど」
「……菅生のヤツ、時計機能でもつけたのか?」
 そう言ってディルクセンが『鉢がね』を受け取り、まじまじとその小さな機
械部分を眺めた時。
『ヒャーハハハッ、エブリバディジェノサイドオッケー!? オゥ、イヤハァ
ァァッ!!』
 機械部分の一角から、ばね仕掛けの小さなジェ●ソンが飛び出してそれだけ
叫ぶと、すぐに機械の中に引っ込んだ。
『…………………』
 当然というべきか、一同無言。永井だけが冷汗を掻いている。鈴木も明後日
の方角に目を逸らしていたが。
「…………なぁ」
 しばらくの沈黙の後、ディルクセンが口を開く。
「永井。もう一度聞くぞ? これは本当に、菅生が作ったものなんだな?」
「な、何度も言わせるなよ…… そうだって、いってるじゃねぇか……」
 流石に永井の言葉も力ない。というより、これでまだ『菅生が作った』と言
い張るのはむしろ立派といえるだろう。
 だからといって、説得力などまるでないんだけど。




 その頃、ダーク十三使徒の本部では。
「ひょーほほほほっ、えれがんとですーんばらC俺様の大発明! 鳩時計なら
ぬジ●イソン時計で去勢されたカマみたいな生徒指導部の好戦性に+100ポ
イントッ!! さらに倍!! はらたいらはここ一番というところで誤答しく
さるのでぶち殺す!!」
 元凶大喜び。

 ちなみにこの時計、即日『本当の』工作部に依頼して撤去してもらったとか。 




                              ENDE
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 と、言う訳で第一次風紀動乱、生徒指導部サイドの行動終結です(笑)
 ハイドラントさんの『War in Storm』にアイデアを頂いて平穏な
風紀委員会に嵐を引き起こしてから三ヶ月、関連Lを書いていただいた皆様、
結構無駄にシリアスな展開にも我慢して読んで頂いた皆様、ありがとうござい
ました(深謝)
 あとは他の皆様に確立した権力基盤を掘り崩して行っていただくだけです(爆)
 広瀬復権編の第二次風紀動乱はある程度それが進んでから開始、という事に
なります(笑)

 とりあえず、次は連載終わらせないとね俺(笑)