Lメモ:『叛逆者達の凱歌』  投稿者:でぃるくせん
  こうなる事は判っていた。
  風紀委員長、広瀬ゆかりは視線を夏休みの部練が行われているグラウンドにさまよ
わせながら内心呟く。
  『塔』上層部にはこの事態が理解できていなかったのだろうか?  あるいは、理解
していて私を捨て駒に使ったのだろうか?
  『塔』に欠片ほどの忠誠心しか持ち合わせない私に感づき、捨て駒として使ったの
だろうか?
  恐らく事態を理解していなかったのだろう。広瀬は薄い、自棄的な笑いを端正な容
貌に浮かべる。『塔』、来栖川、鶴木屋の三勢力がにらみ合うこの学園で、それ以外
の大多数、つまり一般生徒の存在は恐らく『塔』上層部にとってどうでもいい存在だ
ったはずだ。まさか、三勢力の対立どころか『塔』の存在さえ知らないだろう彼らが
『塔』の出先機関ともいうべき風紀委員を掌握し、結果的に『塔』に損害を与える事
になるなどとは夢にも思わなかったに違いない。
  しかし、現実はそうなりつつあった。
「ゆかり…………」
  心そこにあらずといった様子の広瀬を心配し、隣に座る貞本夏樹が気遣うような視
線を向ける。その表情は広瀬の部下としての"草"ではなく、純粋な親友としての彼女
のものだった。彼女の声でようやく広瀬の意識は現実に返り、「大丈夫よ」と苦笑混
じりに頷いて見せる。
「大丈夫、気にしてないから」
「…………そう、ならいいけど」
  広瀬は自分の存在を否定されるのが何より嫌いだった。いや、恐れてさえいた。女
優としての活動も、他者にはスタンドプレーにさえ見られるような風紀委員長として
の活動も、全ては自分の存在を他者にアピールし、記憶させ、評価してもらいたいが
一心の行為である事を、貞本は他の誰よりも−−−恐らくは広瀬の父親よりも−−−
良く知っていた。
  だから、彼女には広瀬の「気にしていない」という言葉が嘘だという事が良く分か
っていた。
  なぜなら、今この会議室で行われているのは、広瀬の今までの行為全てを否定しよ
うとする茶番劇に他ならなかったのだから。




Lメモ:『叛逆者達の凱歌』




「諸君!  先週の『嵐の中の戦争』において、我々はなんらこの解決に寄与するとこ
ろが無かった。どころか、紛争後あろう事か独断でダーク十三使徒と手打ちし、『人
道的理由』等という曖昧な…………否!  些末な理由で彼ら不穏分子を一掃する機会
を失してしまったのである!!  これが風紀委員会において衆に諮られ、議決を持っ
て得られた結論ならば、まだ理解を得られもしよう!  だが、この愚にもつかない妥
協は、全て広瀬委員長の独断によって行われたのだ。我々は、断じてこの暴挙を看過
する事は出来ない!」
  まるでディルクセン先輩の演説そのままね。今日三人目、自分を弾劾する内容の演
説を聞きながら、広瀬は冷笑を浮かべた。すでに最初にディルクセンの弾劾演説は終
り、その後十人近い風紀委員が挙手し発言の機会を求めた。議事進行を広瀬に代わっ
て務めている貞本が気を利かせ、ディルクセンの派閥に属していない者を多く選んだ
はずなのだが。
「もはや、広瀬委員長に風紀委員会を委ねる事は出来ないと、私は告発する。先の二
人と同じく、自分も広瀬委員長の解任決議案をここに提案するものである!」
  そう演説を締めくくり、挑戦的な視線で貞本と広瀬をねめつけて行った風紀委員は
先週まで広瀬の消極的支持派か中立派と見なされていた女生徒だった。それが今、明
確な反広瀬派として自分の席へと戻っていく。
「『嵐の中の戦争』の処理のまずさが、かなり響いたようだな」
  "草"一族の長である田中が、気遣わしげに貞本に囁く。
「永井のヤツが、ディルクセンに協力している。前からヤツはお館様を嫌っていたか
らな、この機にお館様を排斥し、あらためて『塔』から新たなお館様をお迎えしよう
としているんだろう」
「まったく、永井の浅慮にも困ったもんですねぇ」
  貞本と同じく、"草"の中忍である鈴木が一言相槌を叩いた。"草"の長であり唯一人
の上忍である田中を筆頭に、"草"にはNo.2である永井、唯一の女性中忍である貞
本、風紀委員会顧問でもある西村、そしてこの鈴木の四人の中任が存在する。このう
ち唯一人、永井だけが明確な反広瀬派であるのだが、この永井の指揮するのが戦闘力
においては"草"最強の暗殺部隊『火』であるのが問題だった。
「おかげで、下手にディルクセンの暗殺も出来ん」
  面白くも無さそうに、田中が呟く。"草"のものなら誰でもそれなりに高度な戦闘力
を持ち合わせているのだが、こと暗殺に関して証拠も残さずに行うとなれば、『火』
の者の力を必要とする。
「彼の父親は警察高官ですからねぇ、『火』の協力も無しに迂闊に手を出して下手に
しくじれば、日本政府と『塔』が水面下でぶつかる事も有り得ますから」
  どこの国の政府も必ずしも『塔』の事を快くは思っていない。『塔』がただのエリ
ート養成機関ではない事を、うすうす感じ取っているのだ。そんな事は田中にも重々
分かっている。それよりも、だ。
「しかし鈴木、普段無口なお前が、今日は妙に饒舌だな。どうしたんだ?」
「……いや、ちょっと私も緊張しているのかもしれませんねぇ、我々にとっても正念
場ですし」
「……ふぅん、まぁどうでもいいことだが」
  別に深い意味のある質問でもなく、田中は何事も無かったかのように関心を五人目
の行っている演説に戻した。鈴木は内心安堵の溜息を漏らす。
  まだ、気取られてはいけない。折角永井との連絡も最小限に止め、表面上は従順な
広瀬の部下として努めているのだから。
  すでに風紀委員会内部での勢力バランスは崩れた。その崩れたバランスに、折りを
見て最後の一撃を与えるのが自分の役目。バランスを覆す妙手が無い以上、遠からず
『塔』から見捨てられるだろう"草"の中で自分が生き残るため、残された数少ない手
段。
(要するに、お館様を切り捨て、ディルクセンを背後から操れば今まで通り万事うま
くいくのですからねぇ)
  『塔』が求めているのは"草"という組織ではなく、『塔』による学園支配を円滑に
行うための組織でしかないのだ。鈴木は心の中でほくそえんだ。




「良いのかよ、生徒指導部長?」
「良いんだよ、副部長」
  八人目が演壇に登り、広瀬の弾劾演説を始めている。この間六、七人目は広瀬を擁
護する趣旨の演説を行っていたが、副部長と呼ばれた永井には、彼らが貞本の配下の
"草"である事が判っていた。
「だが、それでもこっちの票数は良くて過半数だ。解任に必要な三分の二にはおよば
ねぇのは判ってんだろ?」
  疑念に満ちた眼差しで、永井は背後のディルクセンに問い掛ける。
  『嵐の中の戦争』の処理のまずさは、一般生徒の中に強い広瀬批判とジャッジ及び
エルクゥ同盟への支持、さらに最右派がディルクセンの唱える強硬論に合流するとい
う現象を生んでいた。風紀委員会内部でもその現象は起きていて、広瀬派の一部が中
立派に、中立派の半分が親ジャッジに、そして残りがディルクセンの率いるタカ派に
移動するという状況が起こっている。現在のところ、その勢力比は広瀬派2に対して
中立派3、タカ派5というところか。
  中立派とタカ派との間には『反広瀬』という共通の目的はあるが、中立派としては
ポスト広瀬をどうするのかという懸念がある。彼らにとって、広瀬は頼りなく不甲斐
ない存在でしかなかったが、逆にタカ派の推すディルクセンは強硬論にすぎるという
不安があった。おそらく、中立派の多くは広瀬の性急な解任には反対するだろう。
「それでいいのだ。広瀬にはまだ利用価値がある」
  ディルクセンはしかし、笑う形に唇を歪めた。
「俺がトップに立っては、失敗した際の責任の所在が明確になってしまうのでな。そ
れにはまだ、早い」
「…………そうか、なるほどな。実権だけ奪って、責任はアイツに取ってもらうって
のか」
  そいつはおもしれぇ、と永井は喉で笑った。
  永井は広瀬が嫌いだった。
  女の下風にたつのが嫌だとか、彼女のやり方が生ぬるいとか、そういう不満も多く
あった。だが、何より彼女の力が気に食わなかった。
「俺達は物心ついた頃から血の滲むような修行を続けて、ようやくこの力を身につけ
たんだ。だが、アイツは違う。あの女はよぉ、人形じゃねぇか。強化人間とか大層な
名前をもらった人形にすぎねぇじゃねぇか。手術やら何やらで、人工的に強化された
人形風情が、俺達の頭に収まってやがる…………気にくわねぇし、許せねぇなぁ。そ
うだろう、お前ら?」
  広瀬が新任の風紀委員長に決まったときの永井の言葉だ。だがそれは、少なからぬ
"草"の者が共有していた思いでもあった。であればこそ、彼女が『お館様』と呼ばれ
るまでに、一悶着あったのだ。
「しかしよ、今度の今度ばかりは、アイツもてめぇが長の器じゃねぇって思い知った
ろうぜ」
  本当に信頼されていれば、あの処理の後でも自分の支持者はもっと残ったはずなの
だ。だが、現実には彼女の支持者の多くは去り、後には"草"を中心にわずかな支持者
しか残らなかった。
  アイツのこんなツラが拝めるとは、ディルクセン様々だな。永井は陰湿な笑みを浮
かべて、強張った表情の広瀬の顔を眺める。ククク、いいツラしてやがる。勝ち気な
お嬢様も崩壊寸前ってとこだなぁ。
「今回の決議で、取り合えず広瀬から生徒指導部の設立に関して大幅に譲歩を引き出
す。広瀬を『物理的に排除』するのは休み明け以降だな」
「…………殺るのか?  ふふん、エリート出のお坊ちゃんにしちゃ大胆な事を言うじ
ゃねぇか」
「声が大きいぞ、永井」
  ディルクセンは窘めるが、永井の言葉を否定はしない。それを見て、永井の笑みが
さらに凄惨なものへと代わった。


  永井がハイドラントからの使者を迎えたのは、つい一昨日の事だった。
「…広瀬を除かれては如何ですか…?」
  葛田と名乗ったその男は、実に単刀直入に永井に話を持ち掛けた。
「…永井さん、あなたは以前から広瀬ゆかりを排除する機会を待っていたはず…今を
おいて、その機会は他には無いと思いますが…」
「ふん、俺に広瀬を排除させておいて、ダーク十三使徒はフリーハンドになるっての
か?  その後俺の立場はどうなる?  あまり、俺にとってうまい話とは思えねぇな」
  永井は自分に向けられた敵意を感じ取るには酷く敏感な男だ。葛田の言葉にわずか
な侮蔑を感じ取り、隠し持っていた苦無をすっと両手に構える。そして、すさまじい
殺気を天井裏の葛田に叩き付けた。
「…永井さん、僕を脅すのは結構ですが…それであなたの益するところはなにもあり
ませんよ…」
  天井裏の葛田の表情は分からない。だが、少なくともその声音だけは普段と変わら
ず、どこか飄々とした口調で言葉を続ける。その殺気を気にも止めていない様子が永
井にはさらに苛立たしいが、とりあえず彼の持ってきた話を全て聞くのが先決だと苦
無をひとまず収めた。
「…なにも、あなた自身に広瀬を排除しろと嗾けているのではないのです…風紀委員
会には、広瀬を是非ともに排除したいと願っている人物がいるでしょう…?」
「ディルクセンか?」
  詰まらなさそうに生徒指導部長の名前を口にした永井に対し、葛田が頷いた気配が
した。
「…そうです…彼を利用できると思ったからこそ、あなたも彼に協力しているのでは
ありませんか…?」
  その言葉に対し、永井は嘲笑を浮かべながら首を横に振る。
「……アイツに協力してるのは、ただの広瀬に対するあてつけだ。大体、広瀬を排除
するまではいいとして、その後の頭領には誰を持ってくる?  それが決まらなきゃ、
俺達は動くに動けねぇのさ」
「…ならば、広瀬、田中の二人を排除して、あなたが頭領に収まればよいではありま
せんか…」
「…………ンだとぉ?」
  永井の表情が呆然としたものになった。その劇的な反応を見て、天井裏の葛田は脈
ありとほくそえむ。そして、間髪入れずに畳み掛けた。
「…邪魔な二人を排除して、あなたが頭領に収まればよいと言ったんですよ…あなた
は広瀬を除いた中では、"草"の序列で第二位にある…なら、広瀬と田中の二人が排除
されれば、次は当然あなたが…」
「ふっ、ふざけんじゃねぇ!  そんな事をして、『塔』が黙ってるはずが……!!」
「…『黙っているさ』…」
  さすがに血相を変えて何事かを叫びかけた永井を遮り、葛田は話を進めていく。
「…『黙っているさ。前の『嵐の中の戦争』で、学園内での広瀬の立場が急激に悪化
しているのは上の連中も承知している。"草"が独自の判断で広瀬を切り、学園支配に
適した形に進化する事を、奨励こそすれ止めだてはすまい』…導師はこうおっしゃっ
ていましたが…ああ、もちろんその暁には、導師も『塔』に対して口添えをなさるお
つもりですよ…」
「……………………」
  永井はすぐには答えなかった。答えられる問題ではなかった。彼は広瀬を嫌ってい
た。憎んでいるとさえ言ってもよい。相応の野心もある。だが、だからといって、そ
れが即座に叛乱の意思に結びつくのかというと、そこまで短絡的な人間と言う訳でも
なかった。自分の勢力が"草"内部で多数派でない事は理解していたし、広瀬に反抗す
るために組んでいるディルクセンが、いつまでも盟友でいられるタイプの人間でない
事も知っていた。
  だが、ハイドラントはもっと信用できない。
  永井は苦り切った表情で思い悩む。しかし、今が広瀬を排斥し、自分がトップに立
つ絶好の好機なのは確かだ。ハイドランドの思惑にのってでも、今広瀬を排斥する…
…少なくとも力を削いでおくに越した事はあるまい。ハイドラントが自身を監視する
広瀬を排除するために俺を利用しようとしているのは明らかだ。だが、ただ利用され
てやるいわれはない。アイツが俺を利用するつもりなら、俺もアイツを利用してやれ
ばいい。
  永井はハイドラントの誘いに乗る決心を固めた。
「……いいぜ、お前らの話に乗ってやる」
「…賢明な判断です…」
  契約は、交わされた。
  それ以上の言葉は必要ではなかった。風紀委員は出払ってしまっていて人気の無い
場所とは言え、いつまでも密談を続けていては誰に聞かれるとも知れない。
「…それでは、導師にその旨伝えておきますので…」
「……ああ、よろしく伝えといてくれや」
  そのやり取りを最後に、中二階から葛田の気配が消える。
「この俺が、一族の頭領に……か」
  誰もいない校舎の片隅で、見るものの背筋を凍りつかせるような笑みを浮かべ、永
井は小さく呟いた。


(……薄気味の悪い奴)
  凄惨な笑みを浮かべる永井を横目に、ディルクセンは率直な感想を抱いた。正直な
ところ、先ほどから手が震えている。まさか、
『物理的に排除する』
  という言葉を、
『殺す』
  と解釈されるとは思わなかったからだ。
(殺すなどとは……俺は広瀬を委員長の座から引き摺り下ろすという意味で使っただ
けなのに……)
  だが、それを口にする事は許されなかった。口にすれば、この男は俺を確実に軽蔑
するだろう。それは、プライドが許さないし、第一ここで彼らの協力を失えば、追い
落とされるのはこちらになるのは確実だった。
(……後戻りは許されんと言う事か)
  震えを隠すため、手をズボンのポケットの中に押し込む。いや、だが今のはこいつ
なりの冗談なのかも知れん……そんなはずはないか。
「兄さん、投票が始まったわよ」
  斜め後ろから聞こえた妹のその声に、彼は現実に引き戻された。
「ん……ああ、わかった。結果は……見るまでもないがな」
  ディルクセンの視線の先では、風紀委員達が青、白いずれかの長方形の紙を手にし
て列を成し、演壇の上に設置された投票箱に投票を行っている。青の紙が広瀬の解任
動議に賛成のもの、白が反対のものを表している。
「良く見ておけよ。白の連中を徹底的にマークするんだ」
「判ってるわよ、カメラはもう回してるわ。もちろん、反対派の連中には分からない
ようにね」
  小声で囁き、美也は大会議室内の一点を視線で指し示した。どこにどうビデオカメ
ラを設置したのかはわからなかったが(簡単に判っては意味が無い)、妹のやる事な
ら大丈夫だろうとディルクセンは頷いて了解の意を伝える。
「っと、俺も投票して来るとするぜ」
  前の座席の風紀委員が立ち上がったのを見て、永井が青い紙を手にして立ちあがっ
た。
「あ、わたしも行かなくちゃ」
「おい、美也」
  永井に続いて投票に行こうとする妹を思わず呼び止め、ディルクセンはしまった、
という表情を浮かべた。
「何?  兄さん」
  美也の方も、見慣れぬ兄の戸惑ったような表情に、訝しげな声で尋ねる。ディルク
センしばらく逡巡を見せた後、ぐっと美也の腕を掴んで引き寄せ、その耳元で小さく
囁いた。
「お前は……人を殺す事が出来るか?」
「…………!」
  兄の口から出た言葉に、美也は一瞬絶句する。
「……必要なら、ね」
  殺せるわ。冗談と思われたのだろうか、悪戯っぽく微笑んで、美也はその場を立ち
去っていく。
「必要なら、か…………」
  そうだ、全体を保つためには、多少の犠牲は必要なのだ。迷う事など無いではない
か。今までもその信念に従って来たのだ。それが一段と進むだけの事だ。そうだ、迷
う事など無いのだ……人の心を壊した事は、いくらでもあるのだから。
  ふわふわと宙に視線をさまよわせながら、ディルクセンの意識は思考の海へと沈ん
でいった。




「広瀬さん」
  とーるは投票箱を前に、広瀬に対して声を掛けた。
「私には、ディルクセン先輩のやり方は支持できません。あの人のやり方は、敵を増
やし過ぎるやり方です。歴史をひも解いても、あのように強引なやり方が成功した例
はありません」
  とーるはそこで言葉を切って広瀬の表情を見つめた。だが、普段表情豊かなはずの
彼女が、冷たく固い、無表情の面を被ったまま揺らがない。
「しかし、今の広瀬さんのやり方も支持できません。前回のダーク十三使徒に対する
措置は、明らかに異常です。あの措置には『人道的見地』という前提を踏まえても、
あまりにダーク十三使徒に対して譲歩しすぎています……そう、まるで風紀委員会が
彼らのやった事の尻拭いをしたかのような結末です…………どこにも、正義がありま
せん」
  とーるはもう一度、言葉を区切った。だが、広瀬の表情は全く変化を見せない。
「とーる君、早く投票してください」
  苛立ったような貞本の声。とーるはあきらめたように溜息を漏らし、憂いに満ちた
視線で広瀬と貞本を交互に見やった。広瀬の表情は変わらなかったが、貞本は思わず
視線を背ける。
  何か有るのだ、やはり。
  とーるは沈鬱な気分にならざるをえなかった。軽くかぶりを振り、貞本に向かって
向き直る。
「…………分かりました。私は……今回は、棄権します。……ただ、次にこの動議が
提出されたときも、広瀬さんが今のままなら…………」
  視線を一瞬広瀬に送り、また元に戻す。
「私も……青票を、投じます」
  そう言って彼は身を翻した。




  次に票を投じたのはXY−MENだった。彼は迷わず白票を入れる。生徒指導部を
自称する連中を中心とした、『特別風紀委員』を快く思わないものから遠慮なくブー
イングや野次が上がるが、いつもの事だし別に気に病むほどの事ではない。それより
も、だ。
「なぁ、広瀬。おまえ最近おかしいぜ?」
  投票を終え、XY−MENは振り返りざまに言葉を掛けた。だが、返ってくるのは
とーると同じく、無表情な沈黙だけだ。これは、今は何を言っても無駄だなとXY−
MENは苦笑を漏らした。
「ま、雇用主にとやかく言うつもりはないけどな」
  不意に、瞳に真剣さが篭もる。
「無理して突っ張るなよ。おまえは本当はそんなに強い奴じゃないんだからな」
  それだけ言うと、XY−MENは自分の席へと戻っていった。




「私も、ユカリを信じてるよ」
  白票を投票箱に入れる寸前でその手を止め、レミィは小さく呟いた。その言葉が広
瀬に届いているかどうかは分からない。貞本にはその声が届いたのだろう、ぴくりと
体を震わせた。
「だって、Friendだもの」
  屈託のない笑み。その笑みが貞本の表情に翳を差す。だが彼女も"草"にその身を置
く者だ。すぐに普段の表情を取り戻し、レミィに投票を促した。
「レミィ、後がつかえてるから」
「Sorry、これをここに入れるだけで良いの?」
「うん」
  レミィはなにか大事なものであるかのように、白票を丁寧に投票箱へと投票した。
「なんか、楽しそうねぇ」
「Yes!  初めての『清き一票』デス。Voting、みんな真剣で楽しいヨ」
「……別に本当の選挙って訳じゃないんだから」
  苦笑を漏らす貞本。それからレミィの背後で投票の順番を待っている風紀委員の列
を思い出し、慌ててレミィを送り出す。
「ナツキ……なにか困った事があったら、私いつでも相談に乗るヨ?」
「……ありがとう」
  貞本はそれだけしか言えなかった。




「…………で、委員長解任決議は否決されました」
  結局賛成票は過半数を上回ったに止まり、必要とされた三分のにには遠く及ばなか
った。湧き起こる怒号、喧騒。テレビで見た、台湾かどこかの国会のようだ。冷笑を
浮かべながらディルクセンは肩を竦める。
  全ては計算通り。
  あとは、たった今提出した動議が可決されるのを待つのみだ。


「あちらもこれが通るとは思っていないだろう」
「と、なると……彼らが本当に通そうと狙っているのはこちらの動議ですか」
  田中と鈴木は一枚のプリントを手にしていた。ディルクセンが提出した別の動議を
プリントしたものだ。
『生徒指導部復活案』
  縦方向に印刷されたB5わら半紙のトップには、そんな文字が躍っていた。
  曰く、以前解散させられた生徒指導部を復活させよ。
  曰く、解散と同時に解任された旧生徒指導部員を復帰させよ。
  曰く、今回のような委員長による独断を防ぐため、風紀委員会のいかなる決定にも
生徒指導部による承認を必要とする事とせよ。
  曰く、曰く、曰く。それから細部にわたって細々とした要求が続く。
「こんなものを承認すれば、事実上風紀委員長解任動議が成立したも同じだ」
「しかし、今のままでは可決する事は間違い無い……」
  田中は苦みの走った表情で、鈴木はどこか飄然とした様子で呟く。そんな鈴木に忌
まわしげな視線を送り、田中はこの昼行灯な部下を叱咤した。
「わかってるのか、この現状が!?」
「ええ、わかってますよ。でも、今更じたばたしてどうなるものでもないですし」
  委員長解任動議とは異なり、この議決は起立で行われる。半ば蒼白な表情で動議を
読み上げる貞本を遠目に、鈴木は相変わらずの調子で応答する。その姿が投げやりに
見えたのだろう、田中はさらに苛立たしげに表情を歪めた。
「投げたところで仕方ないだろう。なんとか巻き返しを図らなくてはな」
  その言葉に貞本の言葉が被さる。
「こ、この提案に賛成の方はご起立をお願いします」
  それに応じてあちこちでガタガタと椅子から立ち上がる音が響き…………


  投票の結果、賛成は反対を大差で上回った。ここに、生徒指導部が名実共に復活し
たのである。




「おのれっ、どうも中立派の一部が連中と裏取り引きをかわしていたようだな!」
  新生生徒指導部の名簿の中に中立派の一般生徒が多数含まれているのを目にして、
田中はその名簿をびりびりと破り捨てた。
  すでに大会議室内には、広瀬を中心としたわずかな人間しかいない。その広瀬はあ
いかわらず口数も少なく、暗い表情で椅子に座り込んでいる。生徒指導部が以前より
強大な権限を得て復活した今となっては、風紀委員長の肩書きも空しいものだ。
「ゆかり……」
  貞本が心配げに広瀬の顔を覗き込む。だが、広瀬はそれにすら反応を見せない。
「おい、貞本。いくらお前だって、お館様をゆかり呼ばわりとはなれなれしいぞ!」
「あっ、すみません首領」
  田中が苛立ち紛れに貞本を叱り飛ばした。だがそれで気分が紛れる訳でもなく、憤
然と傍らの壁を力任せに殴り付ける。
  その一撃で大穴が空いた壁を見て、鈴木がはふぅと溜息を吐いた。
「……首領、壁の修理費は自前でお願いしますね」
「何ぃっ!?  ……って、そんな事はどうでもいい!!」
  話の腰を折られ、地団太を踏む田中。
「ともかくだっ、なんとかして風紀委員会の実権を奪いかえさなければならん。奪い
返さねば…………」
「田中、黙って。考えがまとまらないわ」
  それまで放心していたような状態だった広瀬の声が、不意に田中の言葉を遮った。
「お、お館様?」
「そうよね、失われたら、取り戻すだけ。地位も権限も、そして信頼も………」
  最後の『信頼も』、という部分は、小さくかすれて聞き取れなかった。すぐ間近に
控えていた貞本以外には。そして、貞本はその『信頼も』という部分に対してのみ、
地から強く頷いた。それに広瀬も頷きかえす。その目にいつもの強い意志の光が宿っ
ているのを見て、貞本の不安は途端に霧消した。
「鈴木」
「はっ、お館様」
  唐突に名前を呼ばれ、鈴木が姿勢を正してかしこまる。
「鈴木、ディルクセン先輩に接触して、取り入って。落ち目の私を見限って、"草"の
実権を奪うために協力するという理由で、ね」
「……はっ、生徒指導部内部から監視するのですね」
「そうよ。永井ならあなたの性格知ってるから、多分疑われる事も無いでしょ」
「……ははっ、承知しました。御命、一命に代えましても」
  狐のように計算高くずるがしこい性格、と言う事か、酷い言われようだ。鈴木は内
心苦笑しつつ、深々と頭を下げた。そして同時に失笑した。自分は既にスパイとして
ここに潜り込んでいるというのに、気づいた様子も無いではないか。
「田中は西村と協力して一族内部の永井に気脈を通じるものの割り出しと、切り崩し
をお願い。夏樹は私と一緒に風紀委員会の一般生徒の取りまとめが仕事よ」
「はっ、承知いたしました」
「……頑張ろう、ゆかり」
  田中は畏まって、貞本は微笑んで、それぞれお館様の命を拝命した。広瀬は振り切
った笑顔を浮かべ、座っていた椅子から勢いを付けて立ち上がる。
「あんな陰険眼鏡に負けてばっかりいられないわ」
  腰に手を当て、胸を張ってお馴染みの台詞をで宣言する。いつものように、自信満
々の様子で。
「……だって私、女優だもの♪」






  生徒指導部発足後一週間後。タカ派と組んで指導部復活に手を貸した中立派のメン
バー全員が、『人格不適格』を理由に生徒指導部を追放された。ここに、ディルクセ
ン率いるタカ派の野心の第一歩は完成したのである。
「我々は記念すべき一歩を踏み出した。すべての学賊どもを討ち滅ぼし、正しき秩序
を打ち立てる永き道のりの第一歩を、ようやく踏み出したのだ!!」


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  はい、『風紀委員会、動乱』に続く権力争いLです(爆)
  このLはハイドラントさんのLメモ『War  in  Storm』が下敷きとなっ
ておりますので、まずはそちらをご覧下さい〜

  と、言う訳で、生徒指導部はいよいよ正式復活、徐々に暴走の度合いを強めていく
予定(は未定)です。誰か止めてください(爆)


  …………にしても、何時になったら萌えキャラとの関係をまともに書こうと試みる
のじゃろう(汗)

  ではでは。