Lメモ異聞・策は放たれた(上) 投稿者:dye
  野で朝露に光るホワイト、温室に香るピンク、この世に存在しないブルー。
ところで、学園に咲く薔薇の色は何色なんでしょう?

                                ―学園お悩み相談室・匿名投書より―



             〜Lメモ異聞・策は放たれた(上)〜


      幾千の暗い愉悦と幾万の紅い傷を生み、ソレは来訪した。
      初めて見る者の想像と「再び見た」者の予想を凌駕するチカラ。
      敗北の言葉から始まり、被害報告で綴られる連戦の報告。
      一度の勝利を求めて学園の皆が奔走している。
      生存の希望と犠牲者への追悼の意を込めて。


  芹香はメグに寄り添いながら、地下実験場の冷たい床の感触を味わっていた。
座り込んでいるのは自分達だけで無いようだ。傍らには疲労にまどろむ琴音と
瑠璃子、肩で息をする柏木四姉妹の姿が目に入る。
  最小限の発動ではあるが試みは成功と言えた。その最小限の効果を受けた
柳川作のダミーは消失、その上方の天井が半融解を起こしている。


「やれやれ、あの天井を直す身にもなって欲しいよ」
「まったくですね」
モニターを眺めていた源五郎のぼやきにUMAが応じる。
「技術者は他にもいるだろうに。たまには柳川君とか…」
「あの人は創るか壊すか両極端ですし。その方面では確かに『鬼才』ですが…」
「ハハッ、『鬼才』とは上手いこと言うね」
  瑞穂と智子のまとめた実験結果が届き、二人は会話を打ち切った。今日も
徹夜になるだろうと確信しつつ。


  魔術の一系統である「召喚」。手段や定義の差異はあっても、多くは次の
項目を少なくとも含んでいる。

    1.その場にいない存在を呼ぶ
    2.現地での実体(具現)化の維持・強制
    3.存在に助力を仰ぐ、又は下僕として制御する

  神・魔・霊など現世で不安定な存在を対象とした場合、術としての1・2
の負担が倍増するため、存在のランクを下げることで3の負担を軽くする。
  ならば現世で血肉を持つ、確かな存在を対象にすればどうだろう。その分
逆に3の負担を重くできるのではないだろうか?
  現世に存在する最強の生き物……それは鬼である。

  行われたのは芹香の魔術に、初音を中心とした柏木姉妹の「呼びかけ」
を補強した瑠璃子の電波、琴音の引き寄せる「力」を加えた合成術。
  それはメグの創る次元の扉を通し、遥か彼方の母なるレザムから「真なる鬼」
たるエルクゥ皇族の頂点『神(しん)なる鬼』とその配下の船団を一度だけ呼ぶ。

  彼らは攻撃対象の破壊と同時に還っていく。逆に言えば滅ぼすまで延々と、
攻撃・増援を繰り返す。新たな命を宿す女性の生命力を媒体とした召喚。生命
の炎に惹かれるエルクゥなればこその、女性陣だけの合体技だ。
  無論、複数の高レベルな魔術師の協力・柏木家とその末裔に流れるエルクゥ
皇族の「血」の縁による所も大きい。



「新たな呪文は成功。作戦は決定のようね」
「どちらにせよ、俺達が前線である事に変わりないさ」
綾香の言葉にハイドラントが何気なく返す。
「ふふっ、勇ましいじゃない」
二人は発言を続けず、デッキの上から実験場の親友へ視線を落とした。

(ショウ…確かに後方に回すことで梓の身は安全だろうさ。だがな、側に
居れば自分の手で守ることも可能だろう?)

  勿論、綾香の性格が後方を承知しないことも痛いほど分かっている。
人の良い梓とは違い、綾香を言いくるめるのは自分に出来ないだろう。
  彼女の実力に対する高い誇りを傷つけずに守るには、肩を並べて闘う
他に思いつかなかった。
「…私の顔に何か付いている?」
  覗き込むようなアングルで視線が絡み合う。いつの間にか綾香を見ていた
ようだ。同時に、彼女が自分をからかうつもりで顔を近づけたと気付く。

「それ以上近づくとキスだぜ」
  頬をくすぐる相手の吐息に顔を赤くしないよう、精神力を総動員させつつ
ハイドラントは囁いた。随分と骨の折れる魔術だ。
「……馬鹿」
  しばらく沈黙した後に、俯きながら綾香がボソリと呟く。相手の胸へ軽く
拳を見舞い、続けて同じ場所に額を押し当てた。ハイドラントは手を回さず、
黙って胸元の体重を支える。
  抱擁と呼ぶには余りに不器用な状態。それは綾香に伝わるハイドラントの
鼓動が100を刻むまで続けられた。



  柏木 耕一は生徒を呼び出してた。新呪による作戦の指揮者、久々野彰を。
教師と生徒というより、むしろクラブの先輩と後輩の親しい空気が辺りに漂っ
ている。
「気持ちは分かるが、合成術チームの編成まで介入したのは感心しないな」
「………」
「梓を始め、彼女達が事実を知ったら大変だぞ」
「…分かっているつもりです。学園の誰よりも」

  周りの人間を説き伏せるのは容易だった。彼女達の身の安全の為だと告げる
だけで、大抵の者は首を縦に振る。月島拓也に至っては、本人から頼み込んで
来たぐらいだ。妹を後方チームに加えて欲しいと。

  柏木四姉妹の説得が最大の難関だった。本来は初音一人で済む「呼びかけ」
を四人にしたのは布石の一つだ。「四姉妹」とくくる事で、「貴女が抜けると
他の姉妹も辞退する」と説く。互いの身を案じる姉妹だからこそ有効な手段。

「そこまでして守りたい程の存在…か」
  耕一の苦笑は久々野を珍しく狼狽させた。通常なら、当たり前だと涼やかに
答えるこの男を。
「…それだけじゃないです」
  自分は制約を交わしている。彼女達を守るため、危地に赴いた数名と。報告
された彼らの言葉が脳裏に焼き付いて離れない。

「今度の眠りは永くなりそうだ…」
彼は二度と目を覚まさない。

「行って下さい。ここはオレが食い止めますから」
地に伏すことを拒んだ直立の遺体を、後に発見した救援隊。

「…頼むから…泣かないで…笑って…みせ…て…」
霞み始めた網膜に、最愛の像を刻もうとする者。

「くそっ、最後の任務が失敗かよ!」
「今度結婚するんスよ」
二人の『草』の発言は、予期せぬ展開への序曲だった。

  彼らの願いと自分の想い…それを隠した新呪プロジェクト。
当然ではあるが、学園で屈指の能力を誇る梓を後方へ回したツケは出ている。
  前線はこの新呪発動までの防波堤としか機能しないだろう。そう耕一から
指摘されて、久々野が答えた。
「いいえ、別に策は放ってます。『橋本・矢島』です」
「オイオイ冗談だろう。あの二人には悪いが、お世辞にも戦闘に長けている
とは言えないぞ…」
  当然とも言える耕一の反応。確かに彼らが活躍した話は皆無に近く、逆に
犠牲となって誘った笑いと涙は、浩之が手を出した女性の数を超える。

「まさか、ラルヴァの憑依じゃないだろうな?」
「ある意味、似ていますが違います。第一、新呪に携わっている芹香さんに
負担が増えますから。魔法でなく科学……柳川先生ですよ」
「………」
  サイボーグ化された二人の姿を想像し真っ青になる耕一。しかし久々野の
発言を反芻し、それは違うと考え直す。
「うまく行けば、死者が蘇ります」
  謎めいた言葉を吐いた久々野には、もう狼狽の色は消えていた。


      これは遠き未来の出来事。
      後に関係者は『第2次SGY大戦』と記録に残すはずだ。
      生き延びれば、の話であるが。

                                                 [次回完結]
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                    <あとがき>

  毎回の話ですが、実際に書き始めると当初の予定と大幅に狂いまして、
書き直す前はラブコメ入ってました(笑)。あの二人を浩之が茶化し……
ってな具合で。

  今回のように主筋に沿う形で、続きにも小エピソードが入ります。完成
している、beakerさんと西山さん、風見さんと風紀委員(笑)の2つ。
  予定していた、橋本・矢島コンビとFoolさんについては再思考中です。
「SGY大戦」共々『設定』に加えずに済む結末には変わりないんですが。

  SS使い全員は無理ですが、話の度に自分が登場させていないキャラを
描いていく形(つまり今回はジンさん・セリスさん・ゆきさん・自分以外)
で全員を…とも考えています。ですから、今作中の犠牲者=出ていない方
の意図は全くありません。(誤解が無いよう、断っておきます)

  長くなりましたが、では次回に。