Lメモ外伝/FENNEKのさりげない日常その1 投稿者:FENNEK
 その部屋は暗かった。
 一分の光源も存在せず、部屋の内部を見て取ることはできない。
 いや、ひとつだけ光源はあった。部屋の片隅にうすく光る数字の列。それは時刻を表す
機械、時計の発する光だった。そこには
『06:59 AM』
と表示されている。
 物音ひとつしないその部屋の中で、その時計の6と5の間の記号だけが規則正しいリズ
ムで点滅を繰り返していた。
 やがて。
 時計の表示、数字の6が7に変化すると同時。

 ピピピピッ、ピピピピッ、ピピ・・・・

 何も見ることの出来ない部屋の中に、良く言えば軽快でテンポの良い、悪く言えば人の
神経を逆立てるけたたましい電子音が響き渡る。
「・・・・・・・・ううん・・・・・」
 その音でFENNEKは目を覚ました。起きかけの働きの悪い頭に活を入れながら、傍
らにある電子音の発生源、目覚まし時計を見やる。
『07:01 AM』
 いつも通りの時間だ。FENNEKは起き出すための準備、冷えた体に暖を取る作業に
取りかかった。
 と、そこへ。

 ガラ、ガラガラガラ・・・・

 部屋の一面、ちょうどFENNEKから見て正面の壁が持ち上がり始める。その壁は
シャッターになっていたのだ。下の方から眩い光が漏れてきて、今まで暗闇だけが存在し
ていた部屋の中を明るく染め上げていく。
 壁には工具類が一式、そして部屋の片隅にあるスチール棚には様々な機械部品が見て取
れる。機械油の発する甘い匂いが部屋中に漂っていた。
 同時に、部屋の中にいたFENNEKの姿も光に照らされ確認できるようになる。
 そこにいたのは、否、そこにあったのは一台の車だった。2ドアのスポーツクーペ。来
栖川モータースが誇る名車、2000GTだ。
 開いていくシャッターの奥には人のシルエットが見える。どうやら男のようだ。その男
はシャッターを持ち上げながら駐車している車に話しかけてきた。
「おはよう、キット」
「やあ、マイケル。早いですね」
 車の方から返事が返ってくる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 訪れる沈黙。
 その一瞬後には、二人(?)同時に笑い出す。
「ぷっ、くくっ、ははははははは・・・・」
「あはははははははは・・・・。おはようございます、誠治さん」
「ああ、おはようFENNEK」
 男〜菅生誠治〜は挨拶を返しながら、その部屋〜工作部ガレージ〜の窓を開けていく。
 車が一瞬光を放つ。次の瞬間そこにいたのは、よれよれの革ジャンを着込んだ眼鏡の青
年だった。
「く、ううん・・・・・・・・よし!」
 青年〜FENNEK〜は体をほぐすように背伸びをすると、誠治を手伝って窓を開け始
めた。


 FENNEKは人間ではない。彼は車だ。車が命を持った存在、”付喪神”である。世
界を流浪していた彼は、その途中目の前にいる誠治とその仲間に出会い、いろいろあって
今はここ試立Leaf学園に厄介になっていた。誠治もFENNEKもこの学園の三年生
である。
 さらにいうならば、ここは学園内にある工作部の部室だ。誠治はこの工作部の部長であ
り、FENNEKもここに所属していた。


 ガレージの窓を開け終わると、二人は脇にあるドアを通って工作部部室へと移動した。
「・・・あ、誠治さんFENNEKさんおはようございます」
「おはよう、ちびまる」
「おはよう」
 部室内では工作部のサポートロボ、ちびまるが既に部屋の掃除を始めているところ
だった。誠治とFENNEKはちびまるに挨拶を返すと、部室の整理を始める。
「今日は早いですねぇ。なにかありましたっけ?」
 FENNEKは作業机を整理しながら、各種工作機械の電源を立ち上げていく誠治に訪
ねた。
「いいや、ないよ。ただちょっと、ふと昨日思いついたことがあってな。朝少し試してお
こうかと・・・」
 誠治はワークステーションのネットワークログインを行いながら答えてくる。一刻も早
く実験にかかりたいらしく慌ただしく部室内のシステムを起動していく誠治に苦笑しなが
ら、FENNEKは部室前のドアに掲げられたネームプレートを『本日終了』から『活動
中』に取り替えた。


 こうして試立Leaf学園工作部の一日は始まる。










  Lメモ外伝/FENNEKのさりげない日常その1
   「One day in Testcase Leaf School」









 約一時間半後。午前八時二十五分
 誠治の実験(FENNEKにはよく分からないが、第七世代有機コンピュータがどうの
こうの)を手伝っているうちに予鈴の時間が来てしまった。
「そろそろ行こうか?」
「そうですね」
 そう言ってくる誠治にFENNEKも頷く。
「後はよろしく頼むよ、ちびまる」
「はい」
 二人はちびまるに見送られ部室を後にすると、三年生棟「アズエル」に向かう。途中、
廊下の窓からふと外を眺めると、学園の校門前にいつも通りの登校風景が展開されていた。
「浩之ちゃん、早くしないと遅刻しちゃうよ?」
「ちくしょお、ビデオの予約に手間どっちまったっ!」
「げ、ヒロっ!?こりゃ本気でやばいわ」
「うるせえぞ志保!」
「浩之、僕の愛を受け取ってぇ!」
「浩之殿ぉっ!それがしの愛を受け取ってくだされぇぇぇっ!」
「ダァァァァァァリィィィィィィンンンンンンンンッ!!」
 いつも通り・・・・・・・だよね?


 やがて、「アズエル」に到着。FENNEKは教室に入ると、窓際に座ってぼおっと外を
眺めている男に話しかける。
「おはようございます、忍さん」
「・・・・・あ、おはよう」
 東雲忍である。FENNEKが誠治達と知り合った事件には彼も関わっていた。その関係
でFENNEKとは顔見知りである。
「今日も一日頑張りましょう」
「・・・・・うん」
 相変わらずのぼけぼけぶりだ。が、その心の内には芯の強さがあることをFENNEKは
知っている。そんな忍を微笑ましく思いながら、FENNEKは席に着き一時限目の準備を
始めた。








 学生の本分は勉強である。それは学生の権利であり、また義務でもある。
 そんなわけで授業開始。FENNEK達のいる三年生教室をちょっと覗いてみよう。
「つまり、sinの微分式はこのように公式で覚えておけば使いやすく・・」
 数学教師、藤井冬弥の声が教室に響く。
 FENNEK他、生徒達も真剣に授業を・・・
「ぐう・・・・」
 ・・・まぁ一部夢の世界に旅立っている者もいるようである。
「一般的に微分式は・・・・・っておいそこっ!」
 板書をしていた冬弥が突然振り返り、寝ている生徒〜ジン・ジャザムと幻八〜にチョーク
を投げつけた!
 幻八はARMSを起動、腕を変化させると飛んでくるチョークをはたき落としてまた熟
睡モードに突入する。
 ジンは寝ながらも、戦士としての本能でもってチョークを察知。腕のアームランチャーで
撃墜する!

 バシュウウウウウウウッ!ドゴオォォォォォォン・・・・

「でぇぇうだあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 無論アームランチャーの威力では、チョークどころか投げた冬弥にまで到達する。冬弥
は悲鳴を上げながら、光の速さで飛んでくるビームを紙一重で避ける。
 ・・・・・・・すげえな、おい。
「はあっ、はあっ・・・・。し、死ぬかと思った」
(・・・・・こいつらは放っておこう)
 これ以上の追及は命に関わる、そう判断した冬弥はこの二人を無視する事にした。アーム
ランチャーにより破壊された黒板をなんとか使い、授業を再開しようとする。
 が、その行動は悲鳴で中断することになる。
「うわぁぁっ!?
 先生、九条君がまた血を吐いて倒れましたあっ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もうやだ(涙)」
 ・・・・・・・泣くな冬弥。明日にゃ明日の風が吹くさ。








 そんなこんなで午前の授業終了。
 やってきましたお昼休み。

 き〜んこ〜んか〜んこ〜ん・・・こ〜んき〜んか〜んこ〜ん・・・

 どっか投げやりな感じの鐘が鳴る。その瞬間。

「外道メテオオオオオォォォォォォォォォッッッッッ!!」
「我は放つあかりの白刃っ!」

 どごおおぉぉぉぉぉん・・・・・

 一年生棟「リネット」の方角から爆発音が聞こえてくる。その音を皮切りに学園中至る
所から沸き起こる喧噪、雄叫び、悲鳴、etc、etc・・・。
 この学園の生徒にとって、昼休みとは『戦争』である。みな昼飯を確保するために必死
だ。三年生教室もチャイムから数秒で生徒の三分の二が何処かへと消えていた。
 そんな中、FENNEKはあるところへと向かっていた。
 さして時間もかからず、目的地が見えてくる。その入り口には
『第二購買部』
と書かれていた。
「こんにちは〜」
「いらっしゃい」
 挨拶しながら入り口をくぐるFENNEK。中には一組の男女が店番をしていた。第二
購買部の主任beakerと相棒の坂下好恵である。
「こんにちはFENNEKさん。いつものやつですね」
「ええ、頼みます」
 beakerはとびっきりの営業スマイルでそう言うと、奥に引っ込んで何かを探し始
める。やがて、台車を押して戻ってきた。その台車には灯油缶が3つ載せられている。
「はい、いつものやつ『入光ジアス』30リットルです。今の相場がリッター84円です
から、これに消費税を加えてと・・・・お会計、2646円になります」
 beakerは愛用の算盤を弾いてFENNEKに金額を告げる。
 FENNEKは頷くと、ぼろぼろの財布から2700円を取り出してbeakerに手
渡す。beakerはレジからお釣りを出しながらFENNEKに話しかけた。
「それにしても、ガソリンを・・・それも銘柄まで指定して注文する人は初めてですよ。
ちょっと苦労しました」
「まぁそうでしょうね。でも昼飯はちゃんととらなくちゃいけないし・・・。
 いいや、それじゃまた」
「ありがとうございました〜」
 FENNEKはお釣りを受け取ると、台車を押して去っていった。
 その後ろ姿を見ながら、それまで黙って見ていた好恵が口を開く。
「この学園も奇人変人揃いだと思っていたけど、ついにここに極まれりって感じだな。ガ
ソリンが昼飯とはね・・・」
「いいじゃないですか。上得意になってくれそうなお客様は大歓迎ですよ」
 そう答えるとbeakerは次に入ってきた客の応対を始める。好恵は気合いを入れ直
すと棚に並べられた商品の整理を始めた。








 第二購買部から台車を押して、FENNEKがやってきたのは中庭だった。
芝生の上にどかっと座り、台車から灯油缶を降ろす。
「さて、め〜しだめ〜しだっと♪」
 妙なフレーズを口ずさみながら灯油缶の蓋を開け、どこからか取り出したコップに中身
を注ぐ。有機化合物の独特な甘い匂いを漂わせる液体を眺めて、FENNEKは幸せな気
分に浸っていた。
「いっただっきま〜す♪」

 くいっ

 一杯目を一気に煽り、うまそうに息を吐き出すFENNEK。
「ぷはぁっ、うまい!やっぱりジアスは最高だよ。さすがウル○ラマン」
 ・・・・・それちょっと違う。
 そんな著者のツッコミなんのその、FENNEKは二杯目を注ぐ。
 と。

 ぷるるるる、ぷるるるるる・・・・

 懐に入れてある連絡用の小型無線が呼び出し音を奏でる。FENNEKはコップを置く
と無線のスイッチを入れた。
「はい、こちらFENNEK」
『FENNEK先輩?こちら八希です。”急患”が出たんで、すぐ部室に来て下さい』
「わかった!」
 FENNEKは無線を切ると飲みかけの二杯目を一気に飲み、荷物をまとめると工作部
部室へ急いだ。








 工作部部室は修羅場と化していた。
「まるち、まるちいいいいいいいぃぃぃぃぃいぃぃっ!!」
 半狂乱の男、セリスに
「マルチ様、しっかりして下さい!」
必死に呼びかける女性、天神貴姫。二人揃って人呼んで『マルチを守護せし者達』はメン
テナンスベッドに横たわる少女を囲んでいた。二人ともFENNEKと同じ三年である。
「ふええええ、大丈夫ですぅ〜」
 慌てふためく二人に、その少女は少しトロそうな口調でそう答えていた。
 ・・・・・・訂正。”一部”修羅場と化していた。
 その様子にちょっと圧倒されるFENNEK。部室の入り口で呆然としてると、
「お、FENNEK来たか。早速だが手伝ってくれ」
FENNEKの到着にいち早く気づいた誠治が、メンテナンスベッド脇の端末を操作しな
がら早速指示を飛ばしてくる。
「今、八希君が倉庫でパーツを探しているから、FENNEKも助けに回ってくれ。来栖
川のCW5835脚部関節ユニットだ」
「わかりました!」
 FENNEKは景気良く頷くと、先に倉庫を探している部員の八希望と共に指定された
パーツを探し始めた。


 工作部の主な活動内容は三つ。
 学内にある機械、道具の修理修繕がひとつ。
 役に立ちそうな発明品の開発がひとつ。ただ、これはあまり成功した例がない。
 そして最後のひとつが今回のこれ。この学園内にはHMを始めとし、サイバネティクス
やロボットなど機械系の生徒も数多い。そのための機械系専門の修理屋、いわゆる”保健
室”である。
 今回の”急患”は一年生に所属するHM、HMXー12マルチだ。
 彼女と前述の二人は昼休みにも関わらず、相変わらずのお掃除トリオを形成していた。
 そんな中、いつも通りというかなんというかマルチは何もないところで転んだ。まあそ
れだけならいつもの事だ。セリスが助け起こして泣き出すマルチを宥める。それで事足り
るはずだった。
 だが、今回は転んだところが悪かった。マルチは階段の踊り場で転んだのだ。そしてそ
のまま高さ2メートルの階段を転げ落ちてしまった。幸いAIユニットを始めとする中枢
部分は無傷だったが、右足をひねってしまいジョイントが損傷、一人で立つことが出来な
くなってしまった。
 そこでセリスと貴姫は、ここ工作部にマルチを担ぎ込んだというわけである。


 さて、修理作業というのは結構忙しいものである。
 どれくらい忙しいかというと・・・・
「みかちょんっ!神経部の電気信号図まだかっ!?」
「もうすぐ出ます!脚部配線の詳しいデータどこにありましたっけ!?」
「確かファイルケースの3番にあった筈やっ!・・・・八希君、FENNEK先輩、脚部
ユニットまだ見つからへんのかっ!?」
「まだです!FENNEK先輩そっちどうです!?」
「見つからない!・・・・CW5835、CW5835・・・・・」
 ・・・・とまあこのくらい。まるでF1のピット作業である。
 ちなみに工作部には、部長の菅生誠治に副部長の赤十字美加香、部員の保科智子に八希
望、そしてFENNEKの五名が所属している。これにサポートロボのちびまるを含めた、
計六名で構成されている。それぞれが互いに協力しあって部を切り盛りしているのだった。


 そんでもって。
 すったもんだで作業は進み、マルチの足は無事に修理完了と相成った。
「ありがとうございましたぁ〜」
「とりあえずの応急処置だから、長瀬主任にちゃんと直してもらってくれ」
「わかりましたぁ〜。本当にありがとうございますぅ〜」
 マルチは重ね重ね頭を下げると、セリスと貴姫と共に工作部を後にした。
「ふう、みんなお疲れさま」
 誠治は額の汗をタオルで拭いながら、へばっている部員一同にねぎらいの言葉をかける。
「ふいいいいいい、疲れたあ〜〜」
「は〜い、冷たい飲み物要りますかぁ?」
「お、サンキュー」
「あ、僕も」
「こら、全員分あるんやから慌てるんやない!」
 美加香と智子が、よく冷えた缶ジュースを持ってきてくれる。男三人は缶を受け取ると
一気に煽った。
「ふう、生き返る〜」
「やっぱりひと仕事の後の一杯は最高ですね」
「全く」
 ひと仕事終えた開放感に身を委ねる工作部部員達。
 しかし、あまりゆっくりすることはできなかった。

 き〜んこ〜んか〜んこ〜ん・・・

「やばっ!もう昼休み終わっちゃった」
「授業には遅刻するなよ〜」
「「「は〜いっ!」」」
 部員達は慌ただしく立ち上がると、自分たちの教室に向かって走り出す。
 学生はやはり授業が最優先なのだ。








 午後の授業が始まる。
 午前とは打って変わって、異様な雰囲気が三年生教室を包む。それはそう、例えて言う
なら戦場にも似た緊張感あふれる雰囲気だ。
 午前では熟睡していた幻八とジンも、姿勢を正し授業に集中していた。
 そりゃまあそうだろう。なぜなら・・・
「・・・つまりこの文章で作者が言いたいことはね、人間の尊厳と平和についての確執
が・・・・」
 『国語』と題された教科書片手に、黒髪の美女が教室内を歩きながら教鞭を振るっている。
「さてと・・・」
 彼女はいきなり立ち止まると、目の前にいたジンに質問を投げかける。
「じゃあジン君、この漢字の読みを答えてね☆」

 がたっ!

「は、はいっ!」
 ジンは大きな音を立て立ち上がると、完全に青ざめた顔で女性に答え・・・
「ええっと、えっと、その・・・・・・」
・・・・ようとして口ごもってしまう。
「どうしたの?
 ひょっとして答えられないのかなあ?」
「い、いえそのっ!」
 いたずらっぽく聞いてくる女性に、ジンは震えながら答えを絞りだそうとする。なんだ
か悲壮感たっぷりだ。
「答えられないのね・・・?
 じゃあ、ちょっとこっちに来て・・・」
「ひいっ!?ち、千鶴さん勘弁っ!」
 女性〜柏木千鶴〜は嫌がるジンを引きずって何処かへと消えていく。
 そして数秒後・・・。

 みぎゃあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・

 校舎の奥から響く断末魔の悲鳴。一斉に目を背ける三年生一同。
 ・・・・・・あなたに、このお方の授業をサボタージュする度胸がありますか?








 時は流れ流れて放課後。日程終了を告げる鐘が鳴る。
 生徒達が一日の終わりを実感し、それぞれの思うままに過ごす時間。
 ある者は家に帰り、ある者は遊び、ある者は己の為すべき仕事を遵守し、ある者は部活
に生き甲斐を感じ・・・・。
 そんなさまざまな人間模様が展開される、解放された時間だ。
 工作部でも、部員達がそれぞれ自分のやるべきこと、やりたいことに精を出していた。
「と〜きのうつろ〜いは〜、かなしみを〜♪」
 FENNEKは空いてる作業机に座り、歌を口ずさみながら50ccの2ストエンジン
(スクーターに使われる物)のキャブレター調整をしていた。
「FENNEK先輩、なんなんですかその歌は?」
 ブリキのおもちゃを組み立てながら、八希望が怪訝そうに聞いてくる。
「ん〜?
 ずいぶん昔の歌だよ。気に入ってるんだ」
「なんや変な歌やなあ」
 智子が横から茶々を入れてくる。彼女は会計帳簿とにらめっこしていた。
「ほっといてくれ」
「俺はいい歌だと思うけど?」
 大型のレンジを組み直しながら、誠治はそう言ってくれた。
 ちなみに美加香は掛け持ちしているお料理研の方に出ており、しばらくしないとこちらに
は出てこない。
「ところでFENNEK・・・」
 誠治はレンジのカバーのネジを閉め終えるとFENNEKを呼ぶ。
「なんです?」
「カフェテリアのレンジが修理終わったから、運ぶの手伝ってくれ」
「りょ〜かい」
 FENNEKはそう答えると、作業机に置かれたレンジを担ぎ上げた。
 FENNEKは結構力がある。彼の心臓、2リッター直4エンジンは最大150馬力を
絞りだす。それはつまり、FENNEKの筋力も馬150頭分はあるということである。
 重量20kgは下らない業務用レンジを軽々と持ち上げ、FENNEKは誠治と共に外
へ出る。
 そして、レンジをその場に降ろすと、本来の姿である車形態に変化する。
「どうぞ」
 FENNEKはそう言ってトランクを開ける。誠治はレンジをトランクに積み込んだ。
「それじゃちょっとカフェテリアに行ってくる」
「いってらっしゃ〜い」
 ぱたぱた手を振る望に見送られ、誠治が助手席に乗り込むのを確認するとFENNEK
はカフェテリアのある図書館へと走り出した。


 FENNEKの工作部における仕事のひとつがこれ、荷物運びである。本性が車なだけ
に、人や物を載せて移動することが可能なのだ。FENNEKが入部したことで、工作部
は機動力を手に入れた訳だ。もちろんFENNEKとしても、元々の自分の役割を果たす
ことができるので十分満足している。


 工作部から図書館まではそう離れてはいない。FENNEKは間もなく図書館カフェテ
リア前に到着する。
 誠治はトランクからレンジを降ろす。FENNEKも人間形態になって誠治と一緒にカ
フェテリアへ向かう。、
「おたけさん、レンジの修理終わったよ」
 誠治が厨房の方に呼びかけると、中から少女が二人顔を出してくる。
「あ、誠治さん☆」
「誠治さん、ご苦労様です」
 カフェテリアの責任者、川越たけると電芹のコンビだ。
「お帰り〜。もう直ったんだ」
 嬉しそうに帰ってきたレンジを撫でるたける。本当に嬉しそうだ。
「それじゃ、この書類にサイン頼むよ」
「は〜い☆」
 たけるは軽やかにペンを走らせると、書類を誠治に渡す。
 その時、たけるはFENNEKと目が合った。
「あ、どうもたけるさん」
 頭を下げるFENNEK。端から見るとちょっと間抜けだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 が、たけるはFENNEKの顔を見るなり電芹の後ろに隠れてしまう。いつもとは全く
逆の展開に訝る誠治と電芹。電芹がたけるの後ろに隠れることはあっても、逆は滅多にな
いはずだ。
「どうしたんだ?」
「さあ?」
「どうしたんですたけるさん?」
 電芹が尋ねるが、たけるはFENNEKの方をじっと見ながら動こうとしない。
(なんか視線が痛いような気がするのは気のせいだろうか?)
 胸中で首をひねるFENNEK。
 実は、以前たけるの前でガソリンのラッパ飲みをやったせいで変な警戒心を持たれてし
まっているのだが、そんなことなど知る由もないFENNEKだったりする。
 ・・・・・知らないということは幸せなことだ。








 その後。
 初等部の子供達が望を訪ねてきて大騒ぎになったりYF−19(シッポ)からの持ち込
み修理があったりとまあいろいろあったが、途中から美加香も合流し工作部は仕事を次々
とこなしていった。
 やがて、時刻はそろそろ六時を回る。下校時刻だ。
 風見ひなたが、美加香を迎えに工作部に顔を出す。
「美加香、帰りますよ」
「あ、ひなたさん。それじゃお先失礼します」
「ああ、ご苦労様」
 ひなたに連れられ美加香が学園を後にすると、
「それじゃうちも帰ろかな?」
「じゃあ僕も失礼して・・・」
「二人とも気をつけてな」
智子と望も続けて帰宅する。
 残ったのは誠治とFENNEK、それにちびまるの三人だけとなった。
 三人はしばらく黙々と作業を続けていたが、ふとFENNEKが誠治に話しかけた。
「・・・・・・誠治さん」
「ん、なんだい?」
「どうして俺をこの学園に連れてきたんですか?」
「・・・・・・・・・・・」
 それはFENNEKがここに来てからずっと思っていたことだ。なぜ自分をここに連れ
てきたのか?誠治には何も得することなどない筈なのに。
 誠治は手を休めると、少し困ったような顔をして答えてくる。
「う〜ん・・・・・。なんて言えばいいのかな。
 まあ、興味本位でFENNEKを追い回して捕まえたことへの責任というのがひとつ。
 それと・・・」
 誠治はこちらを向いて逆に質問してくる。
「FENNEK、この学園を見てどう思う?」
 いきなりの科白に、戸惑うFENNEK。
「どうって・・・・・・面白いところだと思います。生徒達は生き生きしてるし、毎日が
刺激的で退屈しないですね」
 そう答えるFENNEKに誠治は満足したように頷く。
「そうだな。俺もそう思う。
 そう思うからFENNEKを連れてきたんだ」
「え?」
「まあ、いずれわかるさ・・・・・・・。
 さて、俺もそろそろ帰るから。後はよろしく」
「あ、はい・・・」
 誠治はそう言って部室を出ていった。
 FENNEKはそんな誠治を少々困惑しながら見送る。
 だが、すぐに気を取り直すと傍にいるちびまるに声を掛けた。
「・・・・・まあいいや。片づけしようか、ちびまる」
「そうですね」
 二人は協力して部室の片づけと、各システムのシャットダウンを始める。
 そして最後に、FENNKEは部室前のドアに掲げられたネームプレート
を『活動中』から『本日終了』に取り替えた。








「さあてと、今日も疲れたなぁ・・・」
 FENNEKは工作部ガレージに戻ってきた。ここは彼にとっての寝床である。本性が
自動車である彼にとって、ここが一番居心地がいいのだった。
 目覚ましをセットし、ガレージの電気を消す。
「おやすみ〜」
 そして、本来の姿、2000GTに戻って彼は眠る。
 明日に備え、明日を信じ、明日を夢見ながら・・・・。


 こうして試立Leaf学園工作部の、FENNEKの一日は終わる。







                   −了−

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 ・・・・・・・・山もオチも意味もないなこれ。
 どうも。第二作目、日常編Lを勝手にお送りするFENNEKです。



 前回の初登場Lでは登場しただけで全く自己紹介になっていなかったので、今回はその
辺を工作部の日常と絡めてに描いてみましたが如何なものでしょう?
 ・・・・・なんかまた好き勝手やってしまったような気がします。問題があるようなら
ば遠慮なく仰って下さい。できる限り反省します。
 さて、FENNEK君の自己紹介はこれだけではないです。Y.Y氏やS嬢が出てきて
ないですし、まだ”悪癖”についても触れていません。
 まあこの辺りは次回作以降にということで。



 初のごめんなさい。
 ジンジャザムさんでしょうね、やっぱり。千鶴様の犠牲にしてしまい、本当にごめんな
さい。いずれY.Y氏と一緒にメインで出てもらう予定なので許してください(平謝)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あくまで予定なんですけど(爆)



 さて、次回はS嬢との関わりについて書きたいと思います。ちょっと自分勝手な内容に
なるかもしれませんがご容赦を。



 それでは、今回協力してくださったSageさん(いつもすみません)と八希望さんに
感謝の意を表しつつ、この辺りで失礼します。次の機会にお会いしましょう・・・・・。