初挑戦Lメモ「Ghost」中編 投稿者:FENNEK
初挑戦Lメモ中編
「Thinking to the ghost」












 数日後。
 試立Leaf学園内、工作部ガレージ。

「幽霊、ねぇ・・・」
 ここ、工作部の部長である3年生の菅生誠治はシビックのエンジンルーム
を覗き込みつつ、気のなさそうな返事をそばにいる東雲忍に返した。
「・・・僕も最初は信じられませんでしたけど・・・」
 忍はガレージ内に転がっていたスパナを何気なく弄びつつ、答える。
「・・・でもこの目で見てしまった以上、信じるしかありませんね・・・」
 忍の愛車、シビックSiRUのメンテナンスは全て工作部が請け負ってい
る。ここでは車に限らず学園内で使われる電化製品や機械、果てはHMまで
幅広く扱っており、また腕も確かである。
 同じ機械系に強い部活には科学部もあるのだが・・・まぁ、その、普段が
アレ(柳川&ジン「サ〜クリファ〜イスっ!」ゆき&空「やめてぇぇぇっ!
(血涙)」)なので信頼度という点では嫌が応にもこちらに軍配が上がって
しまうのは仕方のないところか。
 それはともかく、今日はシビックの定期メンテナンスの日だった。放課後
に工作部に車を持ち込んだ忍は、そこで先日遭遇した事件のあらましを誠治
に話したところである。
「ふむ・・・。プラグはカブってないし・・・吸気系、排気系共に異常なし、
と・・・。
 相変わらずきれいに乗りこなしているね。目立った異常はないよ」
 誠治はそういうと、開けていたボンネットをゆっくりと下ろす。かちゃっと
音を立てボンネットカバーを軽く浮かせた状態にすると、そのまま軽く押し
込む。慣れてない人がボンネットを閉めるとバタンッと大きな音を立ててし
まいがちだが、こうすれば可動部やロック部を傷めずに静かに閉めることが
できる。
 長く覗き込んでいたために少々痛む腰を伸ばしつつ、誠治は忍に簡単なメ
ンテの説明を始めた。








 十分後。
 工作部部室。

「それにしても、あの辺りにそんな噂が立っていたとはね・・・」
 シビックのメンテと忍への説明が一段落すると、誠治は先ほどの話題につ
いてもう少し詳しく聞くことにした。
 工作部部室内。様々な工作機械や工具が所狭しと置かれている室内には、
誠治と忍の他に副部長の赤十字美加香や部員の保科智子、同じく部員の八
希望に助手のちびまるたちがそれぞれの作業に没頭していた。
 誠治も自らの作業机に座り、次の作業である八塚崇乃のMHM鈴花のメン
テを始めている。
「・・・この辺りの車乗りの間ではだいぶ有名な話らしいんです・・・」
 あの事件の後、どうしても気になった忍は、あの峠の常連だった走り屋の
一人から詳しい話を聞き出していた。



 事の起こりは半月前。その日、いつもの通り峠を攻めていた彼らに突然見
慣れぬマシンが割り込んできた。
 礼儀を知らないその行動に腹を立てた若者たちは、彼らの中でも最速を誇
る者を代表に立てその素性のしれないマシンを迎え撃った。
 代表者のマシンはS14シルビアK’s。走り屋の間ではメジャーなマシ
ンであり基本性能も高い。さらに、代表のマシンにはあちこちに手を加えて
ありセッティングも完璧だった。
 彼はこのマシンで数々の強敵を打ち破ってきた。こんな礼儀知らずなよそ
者に負けるわけがない。そう信じていた。
 だが、あっさりと撃破されたのは彼の方だった。そのマシンは信じられな
いような速さであっという間に彼を抜き去ったのだ。
 それだけではない。敗北感に打ちひしがれている彼の目前で、相手は忽然
と姿を消してしまったのである。まるで煙のように。
 驚いた彼は仲間と共に辺りを探し回ったが、停車したわけでも崖下に転落
したわけでもないようだ。
 様々な憶測の中、彼らはある結論にたどり着く。

 「幽霊」

 はじめは一笑に付していた彼らだが、それから数日間毎夜現れるそれに対
し否応にも信じざるおえなくなってしまった。
 やがて気味悪さからひとり、ふたりと峠に来なくなり、ついには誰一人寄
りつかなくなってしまったのである・・・。



 話を終えた忍は、ひとつ溜息をついた。
 いつの間にやら、他の部員たちも話を聞いていたらしい。美加香が呟く。
「車の幽霊ですか。そんなの存在するんですかねぇ?」
「さあね。この学園は不可思議なことだらけではあるけど、そういったもの
はあまり聞かないなぁ」
 誠治は季節はずれの怪談話に怯えているちびまるたちを宥めながら答えた。
「・・・なら、うちらでその幽霊の正体暴いてみいへんか?」
「「「「えっ!?」」」」
 そう言い出した智子に、その場にいた全員の視線が集中する。
「いやな、気にならへんか?ただの噂話ならともかく、東雲先輩や走り屋の
兄ちゃんたちも、ちゃんとその幽霊見とる訳やろ。つまり、そこには幽霊ら
しき”何か”がおるっちゅうことや」
「それはまぁそうですけど・・・」
 忍は曖昧に頷く。そこへ美加香が口を挟む。
「でも、深夜でしょう?私たちだけでは危険じゃ・・・」
「・・・そうだね。やってみようか」
「・・・ないですかって、ええっ!?」
 誠治の科白に、智子をたしなめようとしていた美加香はあわててそちらを
向く。彼は現実的な人間だからてっきり反対すると思っていたのだ。
「誠治さんっ!」
「だって、理由はどうであれこの学園の近くでそんなことが起こっているな
ら、放ってはおけないじゃないか」
「そんなのはジャッジかエルクゥ同盟にでも任せればいいじゃないですか。
どうして私たちが出張らなければならないんです!?」
 そう言い返す美加香に誠治は笑いながら答える。
「まあね。でも、学園内ならともかく、町はずれまで彼らが出張るとは思え
ないな。それに・・・・」
「それに?」
 美加香の問いに、誠治はそれまで浮かべていた笑みを一瞬消し答えた。
「忍君を破ったその相手に、僕も興味があるからね・・・」
 リーフフォーミュラにおいて最後まで優勝を争った四強の一人、東雲忍を
あっさりと抜き去ったその”幽霊車”に誠治は車乗りとしてのプライドをい
たく刺激されたらしい。
 この男がやると言い出せばテコでも動かないことは、副部長である美加香
自身よく知っている。渋々ながら、彼女は引き下がることにした。
「決まりやな。ならまず作戦を立てんと・・・」
 自分の意見が通り、嬉しそうに作戦を練り始める智子と付き合わされる八
希望を横目で見やりながら、美加香は複雑な表情を浮かべていた。
「別に無理強いはしないよ。本来の部活じゃないし、無理に参加する必要は
ないさ」
 そう言葉をかける誠治に、一回頭を振った美加香は笑って答えた。
「いえ、こうなったらとことんまでいきますよ。今考えてたのは、ひなたさ
んへの言い訳です」
 そう言うと、美加香は智子たちの方へ歩いていく。
 誠治は、机の上に広げた地図を覗きこみつつああだこうだと討論を始めた
彼女たちから目を逸らし、そばで成り行きを見守っていた忍に声をかけた。
「忍君も協力してくれるかい?機動力のある人が欲しいところなんだけど」
「・・・ええ、僕も気になりますからね。協力します」
(やはり、彼もこのままで済ますつもりはないか・・・)
 その答えを聞くと誠治は、作戦会議の続く作業机に向かって歩き出した。








 翌日午後十時。
 隆山市郊外。幽霊出没ポイント手前。

「・・・こんばんは」
 待ち合わせの場所に到着して車を降りた忍は、先に来ていた保科智子や八
希望に挨拶をした。
「・・・誠治さんと赤十字さんは?」
「部長は少し遅れるそうです。美加香ちゃんはもうすぐ来るんやないかな?」
 そう話す智子の後ろで、八希望がなにやら作業を続けていた。
 忍の視線を受けて、望は自分の持つバズーカのような機械の説明を始める。
「これが今回の新兵器、『対幽霊用特殊ネット』です。これは実体のある存
在はもちろん、実体のない幽霊や精神生命体も捕まえることが可能です。開
発にはオカルト研究会の皆さんの協力を得ました」
 嬉しそうに説明する望だが、忍は聞いているのかいないのか分からない様
子である。望は溜息をつくと、中断していた作業を再開する。
 そうこうしているうちに、道の向こうからふたつの人影が現れた。ひとつ
は工作部副部長、美加香である。そしてもうひとつは・・・
「ひなた君・・・」
 智子が人影に呼びかける。そう、もうひとつの人影は赤十字美加香のパー
トナーであり智子の幼なじみでもある、風見ひなただった。
「智子姉さん、東雲先輩、八希先輩、こんばんは」
「あんた・・・ルーティはどうしたんや?」
 意外そうな顔をする智子にひなたは答える。
「師匠のところに預けてきました。美加香を野放しにするわけにはいきませ
んからね」
「ひなたさんってば、ああだこうだ言って私のこと心配してくれているんで
すよ」
 そう宣う美加香に、ひなたはにこやかに笑いかけると彼女の口に指をかけ
思いっきり引っぱり出した。
「そういう心にもないことを言うのはこの口ですかぁ?」
「いひゃいいひゃい、やめへふははいひはははんっ!!」(いたいいたい、
やめてくださいひなたさんっ!!)
 端から見ているとじゃれあっている様にも見えなくはないその光景を眺め
つつ、一同は残る誠治の到着を待つ。
 間もなく、峠の先から一台の車が現れた。低い、重く響く独特なエンジン
音を立てその車は一同の前に停車する。
 そして、運転席から降りてきたのは、やはり誠治であった。
「お、みんな揃ってるな。・・・風見君、君も来てくれたのか」
「誠治さん、この車・・・・」
 忍が普段は見せないような驚きの表情を浮かべる。
 誠治が乗り付けてきたマシン、それはランサーGSRエボリューションW
だった。世界ラリー選手権で優勝を続ける四菱自動車の、ラリー参加を前提
にして開発されたモンスターマシンだ。見た目はふつうのセダンにエアロパ
ーツが装着されたような格好だが、その心臓にはノーマルで最大280馬力
を絞りだす2リッター直列4気筒ターボエンジンが搭載されている。これに
長年の経験を基に設計された四輪駆動システムを組み合わせたこのマシンは、
ラリーだけではなく市販車最速の一台としても名高い。
 しかもこのランサーは、音で解るほどきめ細かいチューニングが施されて
いる。おそらく最大出力は350馬力近いのではないか。
「どこから持ってきたんですか、こんなもの?」
 ひなたが誠治に聞いてくる。口には出さないが他のメンバーもその辺りは
気になるようだ。
「昔の馴染みから拝借してきた。幽霊と戦うにはこれくらいのマシンは用意
しなくちゃね・・・さて、そろそろ作戦を始めようか」
 そう宣言する誠治に作戦参加メンバーは緊張した面持ちで頷きあう。そし
てそれぞれの持ち場に向かって散開する。
「さて、藪をつついて何が出てくるか・・・・な?」
 視界一杯に広がる山々を眺めそう呟く誠治に、夜の心地よい風が吹きつけ
る。
 今夜は長い夜になりそうだ・・・。








 こうして、工作部主導による幽霊捕獲作戦がスタートしたのである。





                −続く−