初挑戦Lメモ「Ghost」前編 投稿者:FENNEK
初挑戦Lメモ前編
「Ghost in the mountain」












 隆山市郊外。町境。

 周囲を山と海に囲まれた隆山温泉郷は、隣町を結ぶ幹線道路が全て峠道に
なっている。右に左にと曲がりくねっておりアップダウンも激しいが、生活
路線として重要なこの道はその風景には意外なほど交通量は多い。
 だが、夜ともなれば話は別である。
 もともと人口そのものがそれほど多くない隆山の町は夜の眠りにつくのも
早く、だいたい10時頃には人通りもほぼ途絶えてしまう。
 闇。深く、そして重い闇。
 全てを飲み尽くすような暗黒が支配する峠道を、一条の閃光が引き裂くよ
うに駆け抜けていった。
 そして、後を引くように流れる二つの赤い光。
 その光は重く響く騒音を伴い、険しく人気のない道を疾走していた。
 峠道の各カーブに視界確保に設置されている防犯灯が、ほんの一瞬閃光の
正体を浮かび上がらせる。
 青い塗装に身を固めた、鋼鉄のボディ。
 アスファルトに覆われた大地を力強く蹴りつける、四本のタイヤ。
 そして、甲高く響き渡るエキゾーストノート。
 それは一台の車だった。
 車は、暗闇に沈む峠道を軽やかに走り抜けていく。
 右、左、右、また右・・・。
 断続的に続くカーブを、次々とパスしていく。
 この辺りの道は山越えで複雑に入り組んでいる上に、街灯が少ないために
十分な視界が確保されていない。
 ふつうの運転手なら速度を落とし慎重に進むところだが、その車はまるで
昼間のようにすいすいと進んでゆく。
 いや、たとえ昼間だとしても出そうにない程の速度で。
 やがて、この峠道で最大の難所となる上り坂の一番きつい右カーブにさし
かかる。最大傾斜角10°、ほぼ直角に曲がる作りだ。左側にはきつい斜面、
右側にはガードレールを挟んで2メートルほどの低い崖になっている。
 だが車は減速の素振りせずに、そのままアウトラインぎりぎりをキープし
つつカーブの入り口に突入してゆく。
 速い。このまま行けばオーバーランで左側にそびえる斜面に激突するのは
間違いない。
 だが、車は臆した様子もなく走る、走る。
 やがてカーブの入り口に到達するその直前、テールランプが激しく点滅。
 車は一気に減速、そしてカーブのある一点にさしかかった瞬間、その向き
を大きく変える。
 巨大な遠心力を一気に受けたリアタイヤが、摩擦力の限界を超え滑り出す。
 車はカーブの内側を向いたまま、回り込むように急旋回する。
 やがて、カーブの出口が見えると一際大きなエンジン音を上げ、加速する。
 テールの流れた車体は、その加速により体勢を一気に立て直しカーブを脱
出した。
 見事な”ドリフト”だ。
 無駄のない挙動。アウトインアウトのきれいなライン。車は最小限の減速
でこの峠一番の難所をクリアし、闇夜を疾走していった。








「・・・このペースで行けば、なんとか時間に間に合うな・・・」
 ステアリングを小刻みに動かしつつ、その青い車〜ブルーパールのEGシ
ビックSiRU〜のドライバー東雲忍はつぶやいた。
 ダッシュボードに備え付けられた時計は、まだ午前4時を少し回った頃を
示している。
 忍は次々と現れるカーブをコンスタントにこなしつつ、通い慣れた道を愛
車シビックで走り抜けていく。忍にとっては馴染みの道。その気になれば目
をつぶってでも運転することが出来る。



 彼は苦学生である。両親はすでに亡く、妹の恋と2人で生活していくには
バイトで稼いでいかなくてはならなかった。そんな彼に隆山最大の旅館グル
ープである鶴来屋は、奨学生としての援助と運び屋としての仕事を与えたの
である。以来彼は学業に励みつつ、早朝に得意先の農家や商店から仕入れ品
を受けとる仕事を毎日続けていた。このシビックも、先代の運び屋から受け
継いだ物だった。
 今、彼はその得意先の農家のひとつに仕入れに向かう途中なのである。



(それにしても・・・)
 続々に後ろへとスクロールしていく景色を横目に見やりつつ、忍はあるこ
とを考えていた。
(最近この道人通りが悪くなったような気がするけど気のせいか・・・?)
 以前は車好きの若者たちがまばらにやってきて、夜遅くまで峠を攻めてい
た。忍がここを通過する4時頃にはさすがに攻める者もいなくなるが、それ
でも熱気さめやらずたむろする者はちらほらと見ることができたものだ。
 だが、現在この通りは全く人気がなく、静かな夜の静寂が辺りを支配する
のみであった。警察の規制でもあったのだろうか。
 なんにせよ、今の忍には関係のないことだ。
 左右に頭を振り雑念を取り払うと、忍はまだ日の出の遠い山の中を得意先
の農家に向かった。








「それじゃ、鶴来屋さんによろしくね。道中気をつけるんだよ」
 馴染みの農家の優しげなおばさんに声をかけられ、忍は照れたようにあわ
てて頭を下げると運転席に乗り込んだ。
 今日の仕入れはキャベツ20玉に大根15本。
 後ろのトランクにそれらを納めると、にこやかに手を振るおばさんに見送
られつつ忍は鶴来屋に向け車を発進させた。
 あとはこの荷物を鶴来屋の厨房に届ければ今日の仕事は完了する。
 彼には馴染みの、慣れた道である。さらに帰りは下り道。行きよりさらに
短時間で帰ることが出来る。
 忍にとっては楽な道のり・・・のはずだった。
 だが、峠にさしかかった頃から、忍は妙な違和感を感じていた。
 何か背筋を寒気が襲うような、ゾクッとする感覚。
 しかも行きにはなかったのだが、朝靄が発生したらしく視界が幾分悪くな
っている。
(こりゃ早く帰った方がいいかな・・・?)
 忍はステアリングを慎重に操作しつつ、峠を通過していった。



 そのとき、ルームミラーに激しい光が煌めいた。
「!?」
 そこに映ったのは二つのヘッドライト。後続車のようだ。
 峠道とはいえ、幹線道路の一つである。忍以外にも車が走っていても別に
おかしいことではない。
 だが、忍が驚いたのはそんな事ではない。
 今、彼はこの峠をかなりの速度で走り抜けている。平たく言えば”攻めて”
いるのだ。
 これでも忍は運転にはかなりの自信がある。彼の通う試立Leaf学園に
て以前行われた工作部主催のカートレースでは、入賞こそ逃したもののかな
りの激闘を演じている。
 その彼の本気の攻めにその後続車はぴったりついてきているのである。
 どうやらどこかの腕のいい走り屋が、忍を見て挑戦してきたらしい。
 だが、忍にはそんなつもりなど全くない。
「・・・・・・・・・・」
 ひとつ頷くと、忍は速度を上げ後続車との距離を取ろうとする。
 普段は物静かな忍だが、車に関してはそれなりの自信と誇りがある。相手
が誰であろうとも運転技術でそう簡単に負ける気はない。
 だからといって、不必要な勝負をするつもりもない。彼にとって今重要な
のは、後ろの荷物を時間までに鶴来屋に届けることなのだから。
 そこで、忍はこの相手を無視することに決めた。
(あきらめてくれないかな・・・・)
 しかし、相手はそんな忍の思惑に関係なく後ろをぴったりついてくる。離
れる気配はない。
(しつこいな・・・・しょうがない)
 相手が引き下がるつもりがないことを悟ると、忍は無理に距離を取るのを
止め相手の出方を探る走りに切り替える。
 しつこい相手を納得させるには、勝負をつけてやるしかない。
 忍はこの勝負を受けることにした。一度決めると後はバトルに集中するの
み。忍は頭の中で、作戦を練り始める。
 勝負のポイントは、おそらくあの大カーブだ。
 上りでは右に曲がる登りカーブ、下りでは左の下り坂になる。この勝負、
このカーブを制した方が勝者となるだろう。
 峠でのカーレースの勝敗基準は、サーキットでのそれとは少々異なる。
 サーキットでは、設定されたゴールに先に入った方が勝者となる。それに
対し峠で行われるレースは、先行しているマシンを後方のマシンが抜けるか
どうかが勝敗の基準となる。つまり、先行するマシンを後方のマシンが抜く
ことが出来れば後方のマシンの勝ちとなり、阻止すれば先行のマシンの勝ち
となるわけだ。この場合は忍が後続を押さえることが出来るかどうか、とい
うことになる。
(それにしても、随分と古そうな車だな・・・)
 要所要所に設置された街灯から窺える挑戦車の姿は、車の種類に疎い忍で
も解るほど古びたデザインのスポーツカーの様だった。
 だが、相手のマシンが何であれ、自分に挑みかかってくる”敵”であるこ
とには違いない。
 忍は気合いを入れるようにステアリングを握り直すと、間もなくやってく
る勝負所に神経を集中させた。



 やがて。
 忍の駆るシビックは挑戦車を引き連れる形のまま、いよいよ問題のカーブに
近づいていった。
(あと・・・300メートル)
 忍にとって、峠でのレースはこれが初の経験である。いままで幾度となく
走り抜けこの峠の事は隅から隅まで熟知してるとはいえ、レースの駆け引き
そのものにはまだ慣れてはいない。
 それでも忍はこのカーブで勝負をつける自信があった。それはこのカーブ
を完璧なまで知り尽くしていること、そしてあのカートレース、リーフフォ
ーミュラを戦い抜いたことに対する自分への自信の表れだった。
(そうだよ・・・カーレースくらいは僕だってヒーロー目指したっていいじ
ゃないか・・・)
 そして、カーブの入り口まであと少しというところまでやってくる。

 残り100メートル・・・・・・・50・・・・10・いまだっ!

 忍はぎりぎりまでブレーキタイミングを遅らせ、そして限界地点いっぱい
でブレーキペダルを踏み込む。ギアを1速落として車速を一気に下げる。
 ステアリングを大きく回し、そして流れ出す車体をカウンターを当てて挙
動制御する。
 完璧なタイミングだった。あとはカーブの脱出口が見え次第アクセルを一
杯に開けるのみ。これで最小限の減速でカーブをクリアできる。
 ちなみに、シビックはFF(前エンジン前駆動)である。その性質上、ド
リフトを行うのはFR(前エンジン後駆動)やMR(中央エンジン後駆動)
などに比べて難しい。だが、そのハンデをものともせずに忍は見事なドリフ
トを決めている。それだけ、忍のテクニックは確かなものなのである。
(勝った・・・)
 そう思った忍の横顔を、突然光が照らす。
「・・・なっ!?」
 なんと、後続車は減速の素振りすら見せずに、そのままカーブに突っ込ん
でいく。
 アウト側一杯。既にコーナーリングを始めている忍から見て、ちょうど右
後方を相手は走っていた。
 長年このカーブを走り続けている忍から見て、これ以上は危険となる限界
をすでに突破してしまっている。このタイミングからのコーナーリングはま
ず不可能だ。
「しょ、正気か・・・!?」
 このままいけば、相手は間違いなく右側にそびえる斜面に正面から激突す
るだろう。
 しかし、すでにカーブに突入している忍にはどうすることもできない。こ
のまま相手が斜面に激突するのを黙って見ているしかなかった。
「・・・っ!」
 忍は無意識に相手の車から目を背ける。そして一瞬後に響き渡るであろう
激突音を待った。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 だが、いくら待っても破滅を告げる音は聞こえてこなかった。
 恐る恐る後ろを見やった忍は驚愕に声を失う。
 そこに先ほどまで存在していたはずの車はいなかった。
 あわてて周りを見回す忍の目に飛び込んできたのは、正面に光る赤い二つ
のテールランプだった。
「ば、ばかな・・・!」
 いつの間に抜かれたんだ・・・?
 にわかには信じがたい。自分の常識を打ち破る速度でカーブに突入したか
と思うと、次の瞬間には抜き去られていたのだ。しかも、自分は抜かれた事
に全く気づかなかった。
「どうなってるんだ・・・?」
 混乱する頭を抱えながら相手のマシンを見つめる忍。次の瞬間・・・

 フッ

 テールランプが消え失せる。
「っ!!」
 忍はあわてて停車させると、車を降りて辺りを見回す。だが、そこにはい
つも通りの暗闇が横たわるのみ。一台の車も見つけることはできなかった。
「消え・・た・・・?」
 そう、まさに消えたという表現が当てはまる。つい今し方まで熱いバトル
を繰り広げていたはずの相手が突如として消え失せてしまったのだ。
 テールランプを消して走り去ったとか、そんな次元ではない。文字通り
”消えた”のである。



「・・・いったい何がどうなってるんだ・・・?」
 朝まだ早い、峠道。静けさの支配するこの空間を、呆然と佇む忍の呟きと
シビックの奏でるアイドリング音だけがこだましていた・・・。






			   −続く−