偽典Lメモ『現在・過去・未来』 投稿者:Fool

 …蛇足(爆)。
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     “Verdhandi”〜現(うつし)として在る刻〜

                <1>

 季節は晩秋――。

 ここ試立Leaf学園にも、いよいよ木枯らしが吹き始めていた。
 いよいよ学園内の食堂で、特別メニューの焼き芋が販売される季節の到来だ。
 その紫の衣に包まれた黄金色の穀物は特に女生徒に人気が高く、売りに出さ
れてから数秒で完売してしまう程の、この時期だけのヒット商品である。
 今日も何人かの女子の集団が、焼き芋の入った紙袋を手に談笑しながら校舎
の脇を歩いていった。

 今し方、数名の女の子が通り過ぎた場所、たくさんの桜が植えられたその場
所の意味を彼女達は知っているだろうか?
 時期が時期なら、見事な桜色の景色で通る人の歩みを止めるであろうこの場
所も、残念ながら今の季節ではその力を持ってはいなかった。

 桜の木々の中、隠れるようにひっそりと建つ一枚の黒い石碑。
 その碑は大人の身長程の大きさで、黒く磨き抜かれた表面には、こう刻まれ
てあった。

『不幸な運命によって散ってしまった命達に安らぎがあらんことを』

 それは慰霊碑――。
 昔、この地で行われた忌まわしき戦いで死んでいった者達の墓標。
 しかし今、そのことを知る者は少ない。





                <2>

 学園では午前中最後の授業が行われていた。

 ここ、二年のとあるクラスでもそれは例外ではなく、一人の教師がチョーク
を黒板に走らせていた。

 ふと、手を休めて雑談を始める教師。内容は猫の話だった。
 すると、猫好きな女生徒がそれに乗る。

 和やかな雰囲気が室内を包み始めた頃、不意に一人の男子生徒が椅子を引き
ずって立ち上がった。

 しん、と静まり返る室内。
 皆の視線がその男子に集中する。
 男子生徒の名前はFool――。
 彼は真面目な顔で咳払いを一つすると、
「猫が二匹、居酒屋へ行き、あるメニューを注文しました。それは一体何でし
ょう?」
 いきなりクイズを始めた。
 しかし、あまりにも唐突過ぎてリアクションに悩むクラスメイト達。

 Foolは暫く待って誰からも答が出ないのを確認すると、自信満々に解答
を述べた。

「答はナンコツ。何故ならば、猫が二匹だからニャンコツー…つまりナンコツ」







 瞬間、時間が凍り付いた。







 あまりのくだらなさに辺りの色彩はネガポジ反転し、その場に居合わせた全
員が動きを止めた。

 このクラスの時間が再び動き出すのには、昼休みの到来を告げるチャイムを
待たなければならなかった。





                <3>

 昼休み――。

 一年のRuneは、校舎屋上に備え付けてあるベンチの上で仰向けになり、
澄みきった秋の空を眺めていた。

「せいっ!! はぁっ!! とおっ!!」
 そこから少し離れた場所で、同じ一年の松原葵がひっきりなしに身体を動か
していた。
 どうやら頭の中でイメージした敵と闘っているらしい。いわゆるイメージト
レーニングと呼ばれる訓練法であろう。
 彼女が身体を動かす度、飛び散った汗の雫が日の光でキラキラと光る。

「お前…さ…」
 ふと、Runeが天を見たまま葵に話しかけた。
「はい? 何です?」
 動きを止めて尋ねる葵。
「この学校の名前の意味って…知ってるか?」
「え? 名前の意味…ですか?」
 Runeの問いに葵は腕を組み合わせ、小首を傾げながら「う〜ん」と考え
込む。
「…Leafをそのまま読むと、葉っぱ…ってことですよね…」
 葵の答にRuneは「ふっ」と笑った。
 果たして、その笑みの意味するものは何であったのか? 
 残念ながら葵には、彼の表情からそれを伺い知ることは出来なかった。

「そうさ…。この学園は地下に眠るヨークを苗床にして生えている大いなる樹、
ユグドラシルの葉なのさ…。希望と言う名の…。いや、可能性かな……」





                 <4>

 今日も食堂は大繁盛だった。
 まったく、オールシーズンこの時間のここは常に人で溢れ返っている。

 溢れる人混みの中、二年の保科智子は自動食券販売機の前に出来た列の中に
いた。
 彼女の後ろには、Foolが今日のランチメニューを何にしようかといった
顔で立っていた。

「あっ! しもうたっ!!」
 不意に、そんな声を上げる智子。
「どしたの? 智子さん」
 Foolは肩越しに彼女の顔を覗き込む。
 彼女は自分の財布の中を見ていた。
「…今見たら中に五千円しか入ってない。小銭忘れてもうた…。なぁ、ちょっ
と両替…してくれへん?」
 自分の方に向き直って訊く智子に、Foolはニタリと笑ったかと思うと、
いきなり軍人のように敬礼し、こう言った。
「リョウガイ!! …なんちて、てへ……」







 瞬間、辺りの色彩がネガポジ反転した。







 うどんを啜っている生徒が止まっていた。
 定食のコロッケにソースを掛けている生徒が止まっていた。
 ソースの流れすら止まっているから凄い。
 ともかく、そこに存在している全ての事象が、寒すぎるギャグのせいで動き
を止めた。

「Fool…」
 そんな中、智子はユラリとまるで幽鬼のように動くと、何処からともなく巨
大な鋼鉄製ハリセンを取り出す。
 怒りに引きつった笑みを浮かべて――。
「なかなか面白いこと、言うやないの…」
 いや、それはハリセンと呼ぶには余りにも大きすぎた。
 大きく、厚く、そして大雑把だった。
 それは、正に鉄塊だった。

「こんの阿呆ぅがっ!! 顔洗って出直してきぃやっ!!」

 轟――。
 風が小気味良い感じに低く唸った。

「ぎゃぴりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんっ!!」

 黒く冷たい鋼の直撃を受けたどうしようもない駄洒落男は、ヤクザに蹴飛ば
された子犬の様な悲鳴を上げながら、壁をぶち破って飛んでいった。





                 <5>

「あ、今の悲鳴はFool先輩のかな…」
 自分の教室で弁当を食べていた一年の川越たけるの箸が止まった。
「悲鳴だけで良く解りますね」
 彼女の隣に座っていた電芹は、少し驚いた表情を浮かべる。
「まーね」と胸を張るたける。
「私もさ長いからね、このガッコー。…他にもゆきさんとかの悲鳴も判別出来
るよ」
「はぁ…」
「あとねあとね、ジン先輩のロケットパンチの発射音とか、Dセリオのサウザ
ンドミサイルの発射音とか……」
「…え? そんな物もですか?」
「うん! 他にもね……」
「……」
 その後、たけるの自慢話は延々と三十分続いた。
 電芹は、ただただ感心していた。





                 <6>

 その日最後の授業が終わった。
 授業中の静けさが嘘のように校舎の中が賑やかになる。

「さ〜て、そんじゃクラブに顔を出してくるかな…」
「ん〜っ! 終わったぁ〜!! ね、今日どうする?」
「あ、カラオケ行こうよ! 割引券持ってんだ、私」
「あ〜あ、掃除かよ…。ったく、ダリーな…」
「ねぇねぇ、そう言えば知ってる?」

 クラブへ行く者、遊び場へと急ぐ者、掃除をする者、雑談に花を咲かせる者、
etc――。
 生徒達が生み出す様々な雑音が、不思議なハーモニーとなって学園の隅々に
流れていく。
 この時間帯は、学校生活でもっともリラックスした時間と言っても過言では
無いだろう。

 しかし、ここ体育館裏ではそんな雰囲気など微塵も無く、逆に剣呑な空気が
満ちていた。

 落ち葉の絨毯の上で対峙している男子生徒が二人。
 一人はFool――。
 いま一人は一年のHi−wait――。

「体育館っていうのは、あんまり色気の無い場所だな…」
 少し戯けた感じで言うFool。
「でも、戦うにはいい場所だぜ、先輩…」
 彼に対し隙のない構えを取るHi−wait。
「おいおい、俺はただの一般生徒だぜ。手荒なマネは勘弁してくれよ…」
 Foolは両手をあげて降参のポーズを見せるが、そんな彼をHi−wai
tは鼻で笑った。
「一般生徒? はん、笑わせる。俺が何も気付いていないと思っているのか?」
 彼はおもむろに懐から匕首(あいくち)を取り出すと鞘から抜き、その白刃
を目の前の先輩に向かって本気で投げた。
 シュッ、と匕首はFoolの喉元に向かって飛ぶ――が、同時に彼の右手が
素早く動き、飛んで来た白刃を人差し指と中指で挟み込むようにして止めた。

 Hi−waitは目の前に立つ一学年上の男を、挑発的な視線で睨め付ける。
「今、俺はアンタを殺す気でそれを投げた。…だがどうだ? アンタはいとも
簡単に止めてみせた。…飛んでくる刃物を指でだぞ? まぐれとは言わせない
ぜ」
 Foolの目が鋭さを増した。
 授業中や昼休み、くだらない洒落を言っていた男とは思えないほどに、瞳が
氷のような冷たさを放つ。

「一般人を装っていても、その身体から滲み出る空気は変えられない。俺の直
感が危険信号を送ってるんだよ、先輩、アンタを見る度にな!」
 一陣の冷たい風が吹いて落ち葉を舞い上がらせる。
「…アンタ一体何者なんだ? 何の為にこの学校に来た? …返答次第じゃ…」
「…一戦交える…か?」
 Hi−waitの台詞をFoolが補完する。
 頷くHi−wait。
 場がピンと張り詰める。殺気を含んだ空気がピリピリと二人の肌を刺激し始
めた。
 共にやる気は満々だ。

 がしかし、突然Foolは緊張を解いた。
 高ぶっていた辺りの雰囲気が急速に静まってゆく。
「…何のつもりだ?」
 怪訝な顔をするHi−waitに向かってFoolは寂しげに笑うと、匕首
を元の持ち主に向かって放り投げた。
「っと…」
 緩やかな放物線を描き、自分の元に落ちてくる刃物をHi−waitは難な
く受け止める。
「判らないんだ……」
 視線を天へと走らせるFool。
「は?」
 Foolの口から出た予想していなかった言葉に、思わずHi−waitは
間抜けな声で聞き直した。
「判らないんだよ、自分が何なのか…。何故こんな芸当が出来るのか…。何の
為にここにいるのか…。俺には学園に来る前の記憶が無いんだ……」

 ――そう、俺は一体何者なんだ……。

 高い秋空を見るFoolの瞳が、物悲しげな色に染まった。





          “Urdhr”〜過ぎ去りし刻〜

                 <1>

 俺はFool。
 傭兵派遣を生業としている組織の一員だ。
 名前は本名じゃない。コードネームだ。
 本当の名前は知らない。

 組織は世界各地の紛争地帯に兵士を派遣し、それで金を得ている戦争屋だ。
 俺達の仕事は、クライアントの国の兵士に代わりに戦争をすること。

 組織で抱えている傭兵達の中でも、俺達はかなり変わり者の集団だった。
 戦闘では銃火器や刀剣の類は使わず、武器は己の肉体を駆使した格闘術。
 戦場で頼れるのは自分の手足だけだ。
 良く斬れる刀剣も刃こぼれすれば役に立たないし、強力な銃も弾がなければ
その力を発揮することが出来ない。
 構成人数も十人程度と少ない。
 これは、部隊としての機動性を最重視させた為だ。
 しかし、一騎当千のメンバーが揃っていた為、その戦力は一個大隊に匹敵し
ていた。

 部隊の名称は、特殊遊撃任務班――通称ダーク・ストーカーズ。
 意味は闇に潜み人を襲う魔物。
 事実、俺達は夜間での戦闘を得意としていた。

 そして、今回の任務も月夜のない晩だった。





                 <2>

 漆黒の闇に染まった森林の中、俺は音を立てずに、生い茂る木々の中を駆け
抜けていた。

 今回の任務は、国境付近の森林部に駐留する敵部隊の攪乱。
 作戦開始時刻は深夜。
 闇に紛れ各自が敵陣地に潜入し、夜襲をかける。
 その後、浮き足だった敵部隊を正規軍が攻撃するという作戦だった。
 もっとも、俺達なら正規軍の到着を待たずに敵を壊滅させることが可能だ。
 恐らく、クライアントもそれを望んでいるだろう。
 兵士も貴重な国の財産だ。出来るだけ消耗は避けたい。
 どうせ消耗させるなら傭兵達の方がいい。
 何せ、俺達傭兵の代わりなどたくさんいるのだから。

 気配を殺し、闇の中を駆けていた俺の足が止まる。
 敵だ。恐らく定時哨戒の部隊だろう。
 俺は藪の中に身を隠し、様子を伺う。

 相手は五人の男。
 武器は旧式の自動小銃といったところか。

 奴らは辺りを注意深く伺っているが、俺には気付いていない。
 どうする?
 このまま暫く隠れて向こうが通り過ぎるのを待つのも手だが、それだと作戦
開始時刻に遅れる恐れがある。
 殺るか。
 俺は奴らの右手から仕掛けた。





                 <3>

 脇を固めていた一人が俺に気付き、銃口を向ける。
 しかし、相手が引き金を引くよりも素早く懐へ飛び込み、右手で銃を押さえ、
右足で相手の左足を強く踏みしめ、そいつの下顎に掌打を見舞う。
 のけぞり、仰向けに倒れる男。
 だが致命傷じゃない。軽い脳震盪を起こさせただけだ。

 次いで俺は右に跳び、そこにいた奴の背後に回り込みつつ、首に腕を回し頸
骨を捻る。
 ビクッと男は痙攣し、そして腕を力無く垂らした。

 その時、しんがりを務めていた男が、異国の言葉を叫びながら俺に向かって
銃口を向けた。
 俺は咄嗟に今し方息の根を止めた奴を盾に使う。
 仲間を盾にされたことにそいつが怯んだ瞬間、俺は地面を蹴って男との間合
いを詰めると、左肩に右手刀を当てた。
 鎖骨の折れる感触。
 更に俺は大外刈りの要領で相手の足を自分の足で刈り倒し、その勢いを殺さ
ずに右の掌を男の首に置き、体重を乗せて折る。

 残った二人の内、一人がナイフを抜いて俺に襲いかかる。
 男は左手でナイフを持ち、突いてきた。
 俺はそれを右にかわす――が、すぐに男はナイフを器用に逆手に持ち直して、
俺が避けた方向へ薙いできた。
 俺は左手の甲で男の腕を受け、相手の力を利用しながら背後に回り込むと左
手を返して腕を掴み、右手を男の左肩に添え、力を込めて左肩関節を外した。
 男が絶叫を上げようとした。
 しかし、俺は男に喚き散らす間を与えず、上体を仰け反らせた。
 そして、すかさず右脇で相手の首を挟み込んで折り、同時に男からナイフを
奪い胸に突き立てた。

 最後に残った一人が、恐怖に顔を引きつらせながら何かを叫ぼうとしたが、
それより早く、俺は手にしたナイフを男めがけて投げた。
 ナイフは喉に命中し、男の口から蛙が潰れる様な呻き声が漏れた。
 俺は地を蹴って男に迫ると、首に突き刺さったナイフに手を掛け、そして横
にスライドさせた。
 ヒューと壊れた笛のような音を立て、血を辺りに撒き散らしながら男が倒れ
ていく。

 俺は手にしたナイフで最初に気絶させた男にトドメを刺すと、死体達に一瞥
をくれることもなく、その場から立ち去った。

 そう、作戦はまだこれからなのだから。





                 <4>

 そこは薄暗い世界だった。

「…今し方、ダーク・ストーカーズが帰還したとの報告を受けた…」
「戦果は?」
「申し分ない、いつもの通りだ…」

 暗闇の帳が降りた向こうに、円を組むように浮かび上がる幾つかの人影。

「…では、いよいよ例の計画を実行するのだな?」

 影の一人がそう言うと、円の中央に映像が浮かび上がる。
 それは、オレンジ色の液体の中に漂う小さな芋虫の映像だった。

「…SGY…宿主をSS使いへと変化させる寄生生命体…」
「…しかし、ダーク・ストーカーズの商品価値を考えると、リスクが大きすぎ
るのではないか?」
「仕方あるまい。常人では、これを移植した際の拒絶反応に耐えられない。し
かし、強靱な身体を持つ彼らならば、あるいは…」
「…それにSS使いの価値は、ダーク・ストーカーズのそれよりも大きい…」
「…例え今回の実験が失敗しても、彼らの代わりなど幾らでもいる…」
「…では、全て予定通りに…」

 人影達は闇に溶け込むように消え去った。





          “Skuld”〜未だ来ない刻〜

                 <1>

 鬱陶しい学期末の試験も過ぎ、いよいよ卒業式と春休みが間近に迫った、と
ある日の朝――。

 いつもと同じように、どの教室も授業前のHRが始まっていた。
 それは、智子の在籍するクラスも同じだった。

「…と言うわけで、今までみんなと一緒に学んできたFoolは急な転校が決
まってね…」
 教壇に立つ教師の言葉に、智子がノートに走らせていたシャープペンシルの
芯が折れた。





                 <2>

 その日の昼休み――。

 誰もいない屋上で、智子はフェンスに手を掛けながら遠くの風景をボンヤリ
と眺めていた。
 彼女のトレードマークである長いお下げ髪が、初春の風にゆらゆらと揺れて
いた。
「智子さん……」
 不意に背後から名前を呼ばれ、後ろを振り返る。
 そこには、三年の菅生誠治が柔らかな微笑みを浮かべて立っていた。

「ブルー…入ってるね…」
「そんなんや…ない…」
「Foolくんのことかい?」
 誠治の口からFoolの名前が出ると、智子は「ふふ」と曖昧に微笑む。
「聞いたよ…。彼、急に転校しちゃったんだってね……」
「そうみたいやな…」
 彼女は誠治に向き直り、その身体をフェンスに預けた。
 ぎしり、と鳴る金網。
「何? もしかして、あの男が急にいなくなったんで落ち込んどるって思ぅて
んの?」
「違うのかい?」
「逆や逆、むしろすっきりしてんねん。ははは…あの無茶寒い駄洒落を飛ばす
男がいなくなったんや。これで、やっと普通の学園生活が送れるわ……」
「……」
「……ただな…」
 と、そこで誠治から視線を逸らし、寂しげに遠くを見る。
「…あんな馬鹿な奴でも、いざいなくなると寂しいなって……」
「智子さん……」
 弱々しい日差しの中、その相貌に哀愁を浮かべる智子。
 誠治は、そんな彼女の儚げな横顔にいつまでも見入っていた。





                 <3>

 五時間目の授業が始まった。

 人気のない学園の敷地内を神妙な表情で歩いているのは、今日転校した筈の
Fool。
 彼は大きな袋を背負いながら、何処かへ向かっていた。

 ふと、その歩みが止まる。
「月島先輩……」
 彼の前には、三年の月島拓也が立っていた。
「思い出したんだな……全てを……」
 拓也の問いに無言で頷くFool。
「ここ半月の間、学園内部で磁場の異常と特異点反応の活性化が検知された。
…もしやと思ったが……」
「ええ、アレが目覚めたんです」
 Foolの言葉に拓也の表情が翳る。

 アレとは、かつてLeaf学園を壊滅状態にまで追い込んだ恐るべき存在を
指していた。
 当時の精鋭達が、如何なる力を用いようとも完全に消滅させることが出来な
かった存在、SGY――。

 そんな彼の表情を見たFoolが軽く笑う。
「でも大丈夫、アレは自分が始末しますよ。ちゃんと手も考えてあります」
 まるで、家に巣くう害虫でも駆逐する様な感じに言うFool。
「…確かにアレは外部からの攻撃には滅法強いです。例え一片の肉片からでも
再生します。…だけどその反面、内部からの攻撃には恐ろしく脆いです」
「つまり内部から破壊させると? 一体どうやって?」
 と訊く拓也に、Foolは背負った袋に手を伸ばし一つの黒水晶を取り出し、
見せた。

 拓也は、それに見覚えがあった。
 先のSGYとの戦いの時に空間転送術のサポートに使った、生命力を純エネ
ルギーへと変換させるマジック・アイテム。

「なるほど…ヤツ自信の強大な生命力を使って滅ぼすという訳か……」
「ええ…。この中身全てがコレです……」
 そう言って、袋を軽く揺さぶるFool。

 確かにこれだけの黒水晶があれば、SGYを完全に滅却させることも可能で
あろう。
 だがどうやって? 誰がSGYの体内にこの黒水晶を持ち込むというのだ?

「…アレは強大な力を持っている割には、単体では動くこともままならない存
在です。だから依代を求めているんですよ。かつての宿主である自分をね」
「だから、君の方からから出向く…と言う訳かい? 土産を持って」
「ええ…」
「だが、君も無事では済まないぞ。いや、恐らく……」
 Foolは何も言わずにニッコリと笑った。
 その笑顔が全てを物語っていた。
「すまない…君一人に押し付けてしまって…」
「気にしないで下さい。アレは元々自分がこの学園に持ってきたんですから、
後始末は自分がやります…」

「それじゃ…」と会釈して、拓也の脇を擦り抜けるFool。
 その場に残された拓也は、罪悪感という名の鎖で胸が締め付けらるのを感じ
た。

 元々この為だけに彼は学園に在籍していたのだ。そう仕向けたのは拓也本人
である。
 だが、この例えようもない後味の悪さは何だ?
 彼が再転入して約一年――。
 学園の水に馴染むには十分すぎる時間。
 もはや、拓也の中ではFoolは単なる捨てゴマなどではなく、完全に一人
の生徒となっていた。
 多数の生徒を守る為、一人の生徒を犠牲にする。
 かつて多数の死者を出したSGY――Foolにはその義務があるとはいえ、
あまりにも嫌な選択。

 胸の奥のどす黒い痛みを堪えるように、拓也は拳を強く握り、唇を噛み締め
た。





                 <4>

 五時間目終了間際、軽い地震が学園を襲った。
 しかし、本当に微々たる物だったので、数人の人間が気付いただけで終わっ
た。

 放課後、拓也はSGYが眠っていた地下を訪れていた。

 そこには、かつて学園を壊滅させた恐ろしき破壊者もなく、それに独り立ち
向かった生徒もいなかった。
 ただ、物体を超高熱で燃焼させた様な跡が広がっているだけだった。





                 <5>

 Foolが学園から姿を消してから数日が経った。

 人気の疎らな校舎の脇を、一年の風見ひなたと赤十字美加香のペアが並んで
歩いていた。
 ふと、美加香の足が止まる。
「どうしました?」
 横を歩いていたひなたも立ち止まり、美加香を見る。
 彼女の目は、学園敷地内の一角に植えられた桜の木々に吸い寄せられていた。
 SGY大戦の慰霊碑の側に植えられた、あの桜達だ。

 桜の時期にはまだ早い。枝には薄桃色の花びらの蕾すら付いていない。
 つまり、わざわざ足を止める程の珍しい景色でもないのに、美加香は立ち止
まっていた。

「よく、桜の木の下に死体が埋まってるって言いますよね…」
「は?」
 突然の美加香の言葉に怪訝な顔をするひなた。
「あれって、あながち嘘でも無いんですって。…桜には鎮魂の力があるって、
前に楓さんが言ってました。だから、昔の人は古戦場や墓地に桜を植えたんで
すって……」
 微かに憂いを含んだ表情で、桜の木に目を細める美加香。
 ひなたは「ふう」と溜息を付くと、おもむろに美加香の額にビシッ、とデコ
ピンをかます。
「あうっ! …な、何するんですか〜!」
「自分で言った言葉に酔ってるんじゃありません。…ホラ、行きますよ」
 そう言って、美加香を置いてスタスタと歩き始めるひなた。
「あ〜ん、ひなたさ〜ん! 待って下さいよ〜」
 慌てて彼を追いかける美加香。

 微かに暖かさを含んだ微風が、二人の去ったこの場所に優しく吹いていた。

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 自己紹介編と過去編と未来編を一つにまとめてみました。
 …でも、圧縮しすぎで話が掴めないかも…(苦笑)。
 おまけに、過去編と未来編を格好良く書きすぎたかも…(汗)。
 ま、とにかく、これで私の書く《SGY大戦編》はお終いです。
 最後まで付き合って下さった方々、感想とか書いてくれた方々、本当にあり
がとうございました。