偽典Lメモ『大戦』第七話 投稿者:Fool


 目には目を、埴輪ハオ、メカにはメカを…(含笑)。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

               ▼あらすじ▼

 早朝、学園上空を舞う凶鳥が指し示す通り、朝靄に紛れて学園内部に魔物が
侵入し始めていた。
 そんな中、異形の蛇に襲われる恋とあかりだったが、危機一髪のところを恋
の兄、忍に助けられた。





           偽典Lメモ『大戦』第七話

               −胎動−





 旧校舎の、とある小部屋。
 カーテンの引かれた部屋の中、天井から下がっている裸電球が、弱々しい明
かりで室内を照らしていた。
 オレンジ色の照明は、窓際にある大きめな机の上に、無造作に積まれていた
ファイル群を浮かび上がらせる。
 そのファイルの海に埋もれるように、机に突っ伏して眠る男がいた。久々野
である。

 カーテンの隙間から零れる朝日に頬をくすぐられ、久々野は目を開けた。
 身体を起こし、大きく伸びをしながら深呼吸する。
 昨日の雨による湿気と、旧校舎の持つカビ臭さが混じり合い、得も言われぬ
匂いが久々野の鼻腔を刺激する。
 彼は不快感に顔をしかめながら立ち上がると、窓を覆っているカーテンを勢
い良く引いた。

 軽快な音を立てながらロールが滑っていき、窓から陽光が差し込む。
 久々野は、弱々しいながらも、目を射抜に十分な日の光に耐えながら窓を開
け、室内の澱んだ空気を外へ追い出す。
 微かに湿り気の感じる風が頬を撫でた。
 空を見上げみる。
 そこには昨日と同じ様に、不気味な気配を漂わせた雲が垂れ込めていた。



 ふと、なんの予兆もなく、久々野の背後に人影が降り立った。
「秋山か」
「は…」
 秋山と呼ばれた人影は、恭しく膝を折り頭を垂れる。
「様子は?」
「生徒達の一部は混乱しているものの、今のところ事態は落ち着いております。
ただ…」

「ただ? …なんだ」
「久々野様の仰った通り、次元間の壁が薄くなった為、異界の妖魅共が学園に
現れ始めております…」

「ふむ…」
「それと避難した人間達の中に、新たな力の使い手を発見しました…」

「詳しく話せ」
「今のところ、二年のOLH、東雲忍の二人が力を使って妖魅を撃退したのを
確認しております」

「……」
「OLHの方は、どうやら力に目覚めたばかりの様子でしたが、東雲忍の方は
以前から隠し持っていた様子です…」

「やはりな…」
「は…? どういう意味でしょうか?」

「お前が気にする事ではない。…その二名の他にも力を持つ者が現れる筈だ。
監視を怠るな」
「はっ!」
 影は短く答えると、現れた時と同じように音もなく部屋から消えた。



 ふう、と嘆息を漏らし机に戻る久々野。そして、開かれているファイルに目
を落とす。
 ファイルには、今回の騒動の原因となったSGYの個人情報が書かれていた。
 氏名、生年月日、現住所等の情報の最後に『SS LEVEL=LOW』と
書かれた欄を見て、久々野は「SS使い……か」と独り呟いた。





 旧校舎と第一体育館の建っている敷地内の一角に、小さな雑木林があった。
 様々な大きさ、種類の木々が空に向かって伸びている。
 そんな木々の中でも、一際大きい木の枝の所に、一人の男が座っていた。

 若い男だ。年の頃は学園に通う生徒達と、そう変わらないであろう。

 男は幹に寄り掛かり、足を枝の方に投げ出し、くつろいだ姿勢で座りながら、
膝に置いた小型のノートパソコンのキーを、流れるような速さで叩いていた。
 梢を揺らす風の中に、無機質なキータッチの音が混じる。

 不意にパソコンから短い電子音が聞こえ、男の手が止まった。
 合わせて、パソコンのLCD上にウィンドウが開き、一人の若い女性の顔が
映った。
「やあ、おはようシャロン」
 時折、ノイズに歪むその映像に向かって、笑顔で挨拶をする男。
『おはようございます』
 LCDの女性も、柔らかい微笑みで返す。
 男は、そんな彼女を見て「ふふ」と笑った。



「さて、早速だが近況報告といこうか? ん?」
『はい、状況は22時間前から変化しておりません。依然として、巨人の反応
は周囲の時空間から検知出来ませんし、例の戦艦も沈黙を続けています』
「そうか…。で、機体の方はどうだ?」
『はい、YF−19、YF−21、X−9とも異常ありません。現在はエネル
ギー消費を抑える為、各機ともサスペンド・モードへ移行しています』
「…判った。じゃ、なにかあったらコールしてくれ」
『了解しま……』
 と、画面の女性が言いかけた時、彼女の言葉に警告を告げるアラーム音が重
なった。
『時空振動波検知!!』
 彼女の映っているウィンドウの横に新しいウィンドウが開き、“WARNI
NG”の文字が赤い明滅を繰り返す。

 WARNING!!
 HUGE BATTLE SHIP IS APPROACHING FAST!!

『何者かが、我々の空間にフォールド・アウトをしようとしています!』
「ヤツか?」
 男の表情が僅かに強張った。
『いえ! 有機体ではありません! 戦艦です! それも大型の…』
「…と言う事は、例の戦艦の仲間かな…」
 男は顎に手を当て、ポツリと呟く。
『可能性はあります…。過去の軍事データから検索してみます』
「頼む」

 数秒後――。

『……検索結果でました。デ・フォールド中の物体はベルサー軍所属、高速巡
洋艦キーンベイオネット級です!』
「ベルサーだと!? ダライアス星系を一週間足らずで制圧した奴らか!」
 思わず声を荒げる男。
「シャロン! ベルサー軍は遙か宇宙の彼方、他銀河の軍勢じゃないか!」
『はい、恐らくは学園周囲に発生している次元の歪みが原因かと…。っ! 物
体がデ・フォールドしました! 距離、約5千メートル! 例の戦艦の真横で
す』
「映像、出せるか?」
『LIVEは無理ですが、スキャンした物なら…』
 女性がそう言うと、今まで“WARNING”と表示されていたウィンドウ
に、ワイヤーフレームの映像が浮かび上がった。
 ワイヤーフレームで擬似的に三次元表示されたその物体は、温帯や熱帯地帯
の海に棲む剣状に尖った上顎が特徴的な海洋魚、かじきを彷彿とさせた。

 ――間違いない…キーンベイオネットだ……。

『例の戦艦と、物体が戦闘を開始しました!』

 ――戦闘? …と言う事は、仲間では無いのか……。

 その時、突然LCDに映る女性の姿が大きく歪んだ。
「どうした! シャロン!」
『新たな、デ・フォールド反応! 我々の真下です!!』
「なにっ!!」
 ワイヤーフレームの映像が、地球最大の哺乳類へとモーフィング変形する。
「鯨!?」
『ベルサー軍所属の惑星制圧型重機動戦艦! グレートシング級です!!』
「ちっ!! そんなデカブツまで」
『デ・フォールド中の物体内部に高エネルギー反応! こちらを狙って…』

 それを最後に、彼女が映っていたウィンドウに多量のノイズが走り、映像が
途切れた。

「シャロンっ! おい! シャロンっ!!」
 男は必死に呼びかける。が、ウィンドウの中は黒と灰色の粒子がザーザーと
荒れ狂っているだけで答えが返ってこない。

「シャロンっ! シャロンっ!!」
『…こ……ら……シャ……』
 何度かの呼びかけの後、映像が復帰した。
 男の顔が安堵に和らぐ。
「シャロン! 無事か?」
『…はい、無事です。他の二機も被害ありません』
「そうか…」
 男は、キッと表情を引き締めると、パソコンのキーを素早く叩く。
「売られた喧嘩は買わないとな……。よしっ! 反応兵器の封印を解いた! 
反撃開始だ、シャロン!」
『…各武装及び反応兵器、オールグリーン。…了解です!』
 ノイズの向こうから、はっきりとした答えが返ってきた。

「シャロン…」
 男は優しい口調で語りかける。
『はい?』
「無理だけはするな」
『はい!』
 それを最後に、映像はブラックアウトした。





 小脇に一冊のファイルとノートパソコンを抱え、久々野は人気のない旧校舎
の廊下を歩いていた。
 途中、ちらりと幾つかの教室を横目で見る。
 どの教室も、ドアを固く閉ざしていた。
 時折、中から聞こえてくる悲壮感漂う囁きや嗚咽に、久々野は僅かに目を細
めた。

 こつ、と久々野の足が、ある教室の前で止まる。
 そこには《臨時生徒会室》と殴り書きされた紙が貼ってあった。
 一度咳払いしてから、ドアをノックしようと久々野の手が動いた時、ガラリ
と目の前の扉が横に開いた。
「久々野!?」
 開いた扉の向こうには、拓也が驚いた表情を浮かべて立っていた。
 対する久々野も少し驚いた様子だったが、
「いいタイミングだね、生徒会長」
 と、少し皮肉っぽく笑う。
「ふん…。ま、入れよ…。丁度、今誰もいないんだ」
 そう言って、拓也は顎で久々野を促した。



 部屋の中は、少し異様な雰囲気だった。
 カーテンが引かれた薄暗い部屋の中央、集められた机の上に、何処から持っ
てきたのか、数台のデスクトップタイプのパソコンが置かれていた。
 その中の何台かは電源が入っており、低いファンの音をさせながら、CRT
モニターに色々な情報を表示させていた。

 怪訝そうに眉をひそめ、パソコン群を見下ろす久々野に、拓也は「こっちだ」
と彼を導く。
「学園のメインサーバーが生きてる事が判ったからな…。今後の情報収集と
対策の為に、ここの地下で眠っていた彼らに頑張ってもらってるのさ」
 拓也にそう言われて初めて、パソコン達が旧式であるのに久々野は気付いた。

「さて…と、昨日は済まなかったな。会議を押し付けてしまって…」
 部屋の一角にある椅子に座りながら、苦笑する拓也。
「構わないよ…。面倒役には慣れてるしね…」
 久々野も拓也の前にある椅子に腰を下ろし、側の机に荷物を置いた。
「大まかなトコは既に君の耳にも入っているだろうが、昨日の会議の内容と今
後の対策をまとめた物だ。目を通しておいてくれ」
 拓也に、持ってきたファイルを差し出す久々野。
「マメだな」と受け取る拓也。
「性分なのさ」
 少し自嘲気味に久々野は笑った。





 一日経ったとはいえ、ここ第一体育館は未だ凄惨な状態が続いていた。

 血と汗と薬品とが入り交じった饐えた臭いの中、時折亡者の如き呻き声や泣
き声が聞こえる。
 床には歩く隙間もない程に怪我人達が寝かされており、その中を幾人かの人
間が所狭しと治療に当たっていた。

「痛い…痛いよぅ…」
 全身を包帯でぐるぐる巻きにされて、床に寝かされている生徒が呻く。
「大丈夫。今、痛みを取ってあげるわ…」
 そう言って、生徒の側に腰を下ろしたのはエリア・ノース。
 彼女は生徒に向かって手をかざすと、目を瞑った。
「……」
 微かな呟き。
 すると、彼女がかざした手から暖かな燐光が溢れ、生徒の身体へ降り注ぐ。
「あ…ああ……」
 今まで苦痛に悶えていた生徒の口から安堵が漏れ、やがてそれは微かな寝息
へと変わる。
 対して、エリアの表情が苦しげに歪む。見れば、その額には幾つもの汗の珠
が浮いていた。
「ふぅ…」
 生徒が眠りに落ちた事を確認すると、エリアは額の汗を拭い立ち上がった。

「…あっ!」
 不意に腰から下の感覚が消えたような錯覚を覚え、後ろに倒れ込むエリア。
「おっとっ!!」
 そんな彼女を支えたのは、同郷の仲間であるサラ・フリート。
「エリア、無茶しすぎだ。昨日からずっと治癒術を酷使しっぱなしだろ? 少
し休まないと身体が持たないぞ」
 咎める口調で言うサラ。その瞳には、仲間を気遣う心配の色が浮かんでいた。
 エリアはそんなサラに「大丈夫」と微笑み、彼女の身体から離れようと動く。
 しかし、サラは彼女の身体を引き寄せると、その鳩尾に拳をめり込ませた。
「サ……どうし……」
「こうでもしないと、休んでくれないだろうからさ…」
 崩れ落ちるエリアの身体を、抱きとめながらサラは言った。

「さっすが、手慣れてるわね…」
 いつの間にか二人の横には、よれよれの白衣を身に纏った相田響子が立って
いた。
「用具室が開いてるから、その娘、休ませてあげて…。昨日から一睡もしてな
いのよ、彼女」
「サンキュ」
 サラは意識のないエリアを背負いながら、響子に礼を言う。
「礼なんていいから。…それよりも、彼女が済んだらこっちを手伝ってもらえ
る?」
 胸の前で腕を組み合わせながら言う響子に、サラは背中越しに手を上げ、
「無論そのつもりさね」
 と答えた。





 黒いマントを身に纏い、先の尖った鍔広の黒い帽子を被った芹香が、旧校舎
の脇をぼんやりとした表情で歩いていた。

 ふと、彼女の足が止まり、その静かな瞳で旧校舎の壁をじっと見つめる。
 やがて、懐から一枚の護符と一本の短剣を取り出すと、
「……」
 目を瞑り、呪文の様なものを唱えながら、護符を短剣で壁に突き刺した。
 すると、やんわりとした陽炎のような光が護符から立ち上り始める。
 見れば、他の箇所からも同様の燐光が溢れ、それらはお互いに混じり合い、
一枚のヴェールとなって校舎を包み込んだ。

 作業が終わり、「ふう」と軽い溜息をついた時、
「お嬢様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 遠くから初老の男が走ってきた。

 着込んだ黒いタキシードの下に、年齢不相応の逞しい身体を持つその男性は、
来栖川家の執事でLeaf学園の用務員でもある長瀬源四郎――セバスチャン
その人だった。

 セバスチャンは、芹香の前で立ち止まると深く一礼し、
「お嬢様! お一人でこの様な所へ参られるのは危険でございます。…ささ、
早く校舎の中へ」
 と彼女の手を取りエスコートする。
 芹香は「わかりました」と小声で頷き、セバスチャンに手を引かれながら歩
き出した。

 途中、セバスチャンに「dyeさんの様子はどうですか?」と訊く芹香。
「あやつでしたら大丈夫です。今ではすっかり元気になっております」
 セバスチャンの言葉に安堵の息を漏らす芹香。
「……」
「は? ご無事で良かったですと? うくくっ! お嬢様にその様な言葉をか
けていただけるとはっ! あの男に代わってこのセバスチャン、深くお礼申し
上げます!」





 数分後――。

「ふーん…対魔用の護符を使った結界か…」
 芹香が護符を突き刺した場所には、ルミラが立っていた。
 ルミラは物珍しそうな顔で、芹香の施した術をまじまじと見ている。

 おもむろに、指でその護符に触れるルミラ。
 刹那、指と護符の間に紫電が走った。

「ふふふ…人間の術者にしては強力な結界を作るじゃない…」
 護符に触れた自分の指に視線を落としながら、楽しげに笑うルミラ。
 彼女の指の先は黒く焦げていた。
「…でもこんな程度じゃ、魔物達の大群は止められそうもないわね…」
 ルミラは焦げた指先を舌でペロリと嘗めると、
「しゃーない、私が手ぇ貸してやるか」
 そう言って嬉しそうに唇を歪めた。





「次元対流が収まり、向こう側との通路が再開するまで一週間か…」
 目を通していたファイルを閉じ、久々野へ返す拓也。
「ああ。その一週間、持ちこたえられれば…」
 ノートパソコンを膝に乗せ、LCDに視線を走らせながらそれを受け取る久
々野。

「あと、巨人の存在は時空間にかなりの負担をかけているようだね。他次元と
の壁が脆くなっているよ。しかも、そのせいで異世界の生物の侵入も確認され
ている」
「魑魅魍魎の類か…」
「そんなトコさ…」
 と、久々野はそこでパソコンから顔を上げ、
「もっとも、この学園には君や柏木先生達、更には西山君など腕に覚えのある
奴が揃っているから、別に心配はしていないけど……」
 いつもの皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「ふん…。お前もだろ…」
 腕を組み合わせ、鼻を鳴らす拓也。

「しかし…気に入らないな…」
 右手を顎に当てながら、拓也が探るような視線を久々野に投げかけた。
「なにが?」
 だが、当の久々野は特に気にした風もなく、パソコンのキーを叩いていく。
「君のその情報網だ。一個人の持っている物にしては余りにも大きすぎやしな
いか?」
 と、少し身を乗り出して訊く拓也に、
「…ま、いずれ話すさ。今はのんびりと昔話をしている時じゃないしね…」
 久々野は微かに秘密を匂わせながら、それでいてさらりと答えた。





                              ――つづく





               ▼次回予告▼

 遂に魔物達の攻撃が始まった。
 迎え撃つはLeaf学園精鋭達。
 至る所で繰り広げられる戦闘。
 生き残るのは、果たしてどちらか。

 次回、偽典Lメモ『大戦』第八話−逢魔−。
 今、死闘の狼煙が上がる――。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ダライアス……う〜ん、懐かしいねぇ〜(遠い目)。
 他にも、「ゼビウスとかグラディウスとかから引っ張って来ようかな〜」と
か企んでいたの〜。
 あ、マクロスだったらゼントランディーやメルトランディーの艦隊でも良か
ったか?(笑)