偽典Lメモ『大戦』第五話 投稿者:Fool


 今回は少し短めです。
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               ▼あらすじ▼

 怪我人を収容した第一体育館の中で、祐介は拓也から衝撃の事実を突きつけ
られた。
 拓也に殴られる祐介。そんな彼を庇う沙織。
 生と死と、愛と憎しみとが入り交じる空間で、ただ雨だけが降り続いていた。





            偽典Lメモ『大戦』第五話

                −真相−





 先程までの大雨が小降りになった頃、ボロを纏った男が、廃墟と化した学園
本校舎に姿を現した。
 それは、先の戦闘時に、巨人によって遠くへ吹き飛ばされた耕一だった。

 耕一は辺りの様子を注意深く伺ってみる。――が、自分と死闘を繰り広げ、
学園を壊滅させた破壊者の姿は既になかった。
 あるのは、瓦礫と化した学園本校舎だった物と、炭化した人間だった物。

 苦い表情を浮かべる耕一の視界に、一体の黒く焼け焦げた死体が映った。
 その死体は、倒壊した柱に腰から下を挟まれ、窪んだ眼窩で虚空を睨んでい
た。

 性の判別が不可能なほど黒く焦げた骸。
 恐らくは、逃げる途中に柱の倒壊に巻き込まれ、半生き埋め状態のまま炎に
焼かれたのであろう。
 救いを求める様に天に伸ばした腕が、この人間の最後を壮絶に物語っていた。

 耕一は、その骸を柱の下から出してやろうと思い、炭化した腕に触れた。
 瞬間、ボロリと崩れ去る黒い腕。
 差し伸べた自分の手をジッと見る耕一。やがて、その手が震えながら閉じら
れていく。

 声を振り絞って耕一は吠えた。
 廃墟の中に、彼の絶叫が悲しく木霊していた。





 旧校舎の一室に、数人の人間が集まっていた。
 窓も扉も閉め切った部屋の中は、暗幕が引かれ、照明が落とされていた。

 部屋の中心辺りに机を一つ置き、その机を“コの字”で取り囲むような形で
古びた机が配置されていた。
 中心の机には、一台のプロジェクターが置かれており、それと向き合うよう
に設置された大きなスクリーンに映像を映しだしている。
 プロジェクターにはノートパソコンが接続されていて、風紀委員長の久々野
が、そのキーを叩いていた。
 一方、コの字型に並べられた机には、難しい顔をした教師達が座っていた。

「…学園施設の被害ですが、地上建築物は90%以上破壊されています。残っ
た物は避難場所のここと第一体育館、それと、ここに保管してあった旧式の転
送装置が一台。それ以外は綺麗さっぱりやられています。…人的被害に関して
は、まだ調査中であり数字として出せませんが、かなりのものになると予想さ
れます…」
 久々野の口から淡々と報告される被害状況に、教師達は言葉を失っていた。
 部屋の中の湿気を帯びた空気が、とても重く感じられた。

 しかし、不幸中の幸いか、地下の食料備蓄庫や電気等の各ライフラインは生
きており、久々野の計算だと、このまま外部との接触が断たれた状態が続いて
も、半月くらいなら持つとの事だった。
 微かに安堵の息を吐く教師陣。

「さて、次に肝心の巨人に関してですが…」
 無機質な音を立てて、久々野がノートパソコンのキーを叩いていく。
 それにあわせて、スクリーン上に新たなウィンドウが表示された。
「…これは、およそ数時間前の画像です…」
「映像状態は悪いですけど…」と断りを入れてから、久々野はキーを叩く。
 すると、ウィンドウの中にノイズ混じりの映像が映し出された。



 破壊され、瓦礫の山と化した建物の間を逃げまどう人々達。
 その上空で、蝙蝠のような皮膜状の翼を六枚広げ滞空している巨人。

 映像には音声が入っていなかったが、教師達の耳には逃げまどう人々の絶叫
が聞こえた気がした。

 ふと、巨人が天に向かって大きく口を開けた。
 恐らく、咆吼を上げたのだろう――と、観ている人間全員が思った瞬間、巨
人の体表に青白い火花が走った。
 その火花は次々と生まれていき、巨人の身体を覆ってゆく。
 やがて、青白い光球と化す巨人。

 強い光が、暗幕の降りた部屋の中を、昼間のように明るくさせた。

 光球は徐々に大きくなっていき、質量がある一点に達したとき、膨らまし過
ぎた風船のように弾けた。



 そこで一旦画像が途切れたが、すぐに別の映像が映し出された。

 復帰した映像は、紅蓮の炎に包まれた学園を映し出していた。
 巨人の姿も、先程とは別のアングルで捉えられている。

 不意に、巨人の頭上の空間が大きく縦に裂けた。
 巨人は、その裂け目に向かってゆっくりと上昇していく。

「まさか……」
 教師の一人が呟いた。
「そう、恐らく空間移動です…」
 呟いた教師の言葉を久々野が補う。
「では、次元対流を起こしているのも…」
「コイツでしょうね…」

 空間に生じた裂け目は、ゆっくりと巨人の体躯を飲み込んでいき、その姿が
完全に中に消えると、裂け目自体も緩やかに閉じていった。
 後には、炎の蛇に蹂躙される廃墟が残った。



「次は、更に前の時間です…」
 そう言って、久々野は次の映像を表示させる。
「これは、巨人の出現する数分前の中庭の映像です…」
 スクリーンには、まだ巨人によって破壊される前の学園中庭が映った。
 画面の右隅に、[12:34]と時刻が表示されている。

 手入れの届いた芝生に、今の季節にあった花が咲く花壇。
 青々とした葉を付けた樹の梢を、さらさらと風が流れていく。

 時間的に巨人が出現した時刻だが、画面にそれらしい兆候は見られない。

 ――と、
「あれは…?」
 教師の一人が、画面の中で、なにかを見つけた。
 それは、一人の男子生徒だった。

 彼は、フラフラとおぼつかない足取りで中庭にやって来た。
 その表情は苦悶に歪み、額には脂汗が浮いている。
 呼吸も荒く、今にも倒れてしまいそうな様子だ。

「…彼の名前はSGY。最近一年に転入してきた生徒です」
 久々野が説明する。
「その生徒が…何か?」
「随分と体調が悪そうだが…」
 その時、スクリーンの中の男子生徒が姿勢を崩し、その場に倒れ込んだ。
 しかし、完全には倒れず、なんとか四つん這いになって堪える。

「見ていて下さい、いかにして例の巨人が出現したのかを…」
 スクリーンを見ている久々野の目が、僅かに細められた。
 次の瞬間、
「なっ!!」
「っ!!」
「うっ!!」
 教師の口々から驚愕の呻きがこぼれる。

 画面の中の男子生徒――SGYと呼ばれた生徒の身体に変化が生じた。

 今まで四つん這いで苦しんでいたSGYの腕が、足が、いや、身体全部がブ
クブクと膨張を始め巨大化していく。
 膨れ上がる質量に耐えきれず、制服がか細い音を立てて破れた。
 その頃になると、SGYは、もはや人の姿をしていなかった。
 蠢くピンク色の肉塊――。今の彼は、正にそんな感じの物体と化していた。

「うえ…」
 異様な光景に耐えられず、一人の教師が口を押さえた。
 しかし、SGY変貌の映像は続く。

 絶叫と共に、数秒前まで手だった肉塊が天に伸びた。まるで、溺れる者が空
気を求めて足掻くような感じで。
 しかし、それも力無く垂れる。だが膨張現象は止まらない。
 見る見るうちに、巨大な肉塊となっていくSGYだった存在。

 やがて、ある大きさまで成長すると、その肉塊は成長を止めた。
 代わりに、規則正しい律動を刻み始める。
 心臓の鼓動のような、肺の息吹のような――。

 すると、今までとは違って、今度は収縮を始める肉塊。
 収縮と言っても、元の大きさに戻る訳ではなかった。
 例えると、肥満の人間が急速に痩せていく、そんなコメディ映画を思わせる
ような映像だった。

 只の肉塊だった物に、四肢の区別が生じた。徐々に手、足、頭が出来ていく。
 頭らしき所の一部が横に大きく裂け、そこが口になった。
 その上の部分に、ギョロリと不気味な赤い光を放つ球体が二つ生まれ、それ
が目になった。
 ピンク色の体躯は、ギリシャ彫刻を彷彿させる逞しい体つきになり、つるり
と冷ややかな光を放った。

 SGYだった生徒は巨人になった。学園を破壊し尽くした巨人に――。





 学園は日没を迎えた。

 午後から降り出した大雨は、この頃になるとすっかり止んでいたが、依然と
して、空には不気味な色をした雲が広がっていた。

 闇――。

 かつてLeaf学園本校舎だった場所は、完全な闇の領域と化していた。
 生者を拒絶した空間。焦臭い死臭が漂う場所。吹き抜ける風は、若くして命
を落とした者達が上げる怨嗟の声――。

 そんな所に一人の男がいた。瓦礫の山の上、身に纏った黒いマントを風には
ためかせて立っているのはハイドラント。
 彼は腕を組みながら、ジッと考え込んでいた。

 ――フッ、一切の光を廃した闇の世界か…。正に俺に相応しいな……。

 微かにハイドラントが笑ったように見えたのは、果たして夜風の悪戯か。

 その時、耳元を吹き抜ける風が、生気のない声を運んできた。

『…痛い…痛い…』
『苦しいよ…助けてよ…』
『どうして…どうして私達がこんな目に…』

「誰だ!!」
 眼前の闇に向かって叫ぶハイドラント。しかし答はない。代わりに浮かび上
がる数個の青白い人影。
 その姿は酷く虚ろで今にも消えそうだったが、彼は一目見て、それらがなん
なのかが判った。
「ちっ、迷い出たか! 亡者共め」
 ハイドラントの前に現れたのは、今回の騒動で命を落とした人間達のなれの
果てだった。

『見ろ…あんな所に人がいるぞ…』
『本当だ…なぁ、アンタ助けてくれよ…』
『寒い…とても寒いの…』
『ああ…アナタはとても暖かそう…』

 わらわらと、次から次へ現れてくる亡者達。
 そんな中、一人の亡者がハイドラントめがけて跳んだ。
『助けてくれよぉぉぉぉぉぉっ!!!』
 が、ハイドラントは怯むことなく、「馬鹿が」と蔑みの笑みすら浮かべて、
その亡者に向けて手を突き出す。
「プアヌークの邪剣よっ!!」
 瞬間、突き出した手から眩い閃光が放たれ、亡者を掻き消した。

 亡者の群からざわめきが漏れる。
『何て事を…』
『酷い…』
 ハイドラントは亡者達の非難を「ふん」と一笑する。そして、吐き捨てるよ
うにこう言った。

「死人は死人らしく、さっさとあの世へ逝け。…だが、お前らの無念、恨みは
代わりに俺が晴らしてやるよ、このハイドラントがな!」





                              ――つづく





               ▼次回予告▼

 忌まわしき一日が終わり、新たな一日が始まった。
 しかし、悪夢は醒めない。
 廃墟と化したLeaf学園本校舎に蠢く異形の影。
 それは、新たな戦いの幕開けだった。

 次回、偽典Lメモ『大戦』第六話−兆候−。
 朝靄の中、煙る瘴気――。

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 え〜、次回から徐々に悪ノリモードへ突入します(汗)。
 ぼちぼちと戦闘シーンも出てきます。