偽典Lメモ『大戦』第十二話 投稿者:Fool
 ラヴラヴモード、その二ぃ〜(笑)。
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               ▼あらすじ▼

 魔物達との闘いが終わり、学園に一時の休息が訪れた。
 静かに流れる鎮魂の呪文の中、傷ついた戦士達はその身体を休める。
 そして外の世界との通路が復旧する事を知った拓也は、巨人――SGYとの
再戦を決意した。





            偽典Lメモ『大戦』第十二話

                −前夜−





 薄暗い部屋の中で衣擦れの音がした。
 窓から入ってくる弱々しい月光が、室内に一つの人影を浮かび上がらせる。
 それは、学園で五指に入る程の力を持った炎使い――岩下信だった。

 彼は右腕を吊っている三角巾をほどくと構えを取り、軽く二、三回ジャブ
を放つ。
 小気味良い音で放たれる岩下の拳。
 最後に彼は右腕に力を込め、そして緩めた。
「よし!」
 満足げに笑う岩下。

「信さん…」
 ふと、背後から名前を呼ばれ岩下は後ろを振り返った。
「藍原君…」
 そこに立っていたのは、不安を胸一杯に溜めた様な顔をした瑞穂だった。
「信さん!」
 瑞穂は岩下に駆け寄ると、彼の身体を抱きしめる。
「死なないで…死なないで下さい…」
 小さな身体に、精一杯の力を込めて岩下を抱く瑞穂。
 岩下は優しく「死ぬもんか」と、瑞穂の身体を抱き返す。
「だって、俺には待っていてくれる人がいるから…」





 闇に包まれた空間の中、ゆらゆらと赤い炎が踊っていた。
 その灯火が照らすは、気高きダークの魔術師ハイドラント――。

 旧校舎の建物から少し離れた場所で、瓦礫に腰掛けながらハイドラントは焚
き火をしていた。
 パチパチと音を立てて燃える炎を無言のまま見つめ、時折、足下に置いてあ
る枯れ枝を二つに折り、火にくべる。

 コン――。

 不意に、ハイドラントの背後から物音がした。
 だが、彼はさして慌てた様子もなく、「綾香か?」と音がした方へ声をかけ
る。
「ちぇ、バレちゃった…。せっかく驚かしてやろうと思ったのに…」
 軽口を叩きながら、綾香が姿を現す。
「…でも、よく私だって判ったわね」
 ふっ、と笑うハイドラント。
「懐かしい気配がしたからな…」
「お互い、長い付き合いだしね〜」
 笑いながらハイドラントの側までやってくる綾香。

 暫くは黙ったまま炎を見ていた二人だったが、やがて、綾香がハイドラント
の背中に自分の背中を合わせる様にして座り込んだ。
「背中…借りるわよ…」
「構わないさ…。今も昔も、俺が背中を預けられるのはお前だけだからな…」
「そりゃどうも…」

 そのまま黙りこくる二人。
 焚き火の音がとても大きく聞こえた。

「ねぇ、ハイド…」
 ハイドラントの背中に寄り掛かりながら、彼女はポツリと言う。
「うん?」
「明日……だね」
「…そうだな」
 短く答え、枯れ枝を焚き火の中へ放り込むハイドラント。
 乾いた音を立てて、それが爆ぜた。





「そんな…信じられない…。そんな人間がいるなんて…」
 驚きを隠せないといった感じの拓也。
「ああ、最初は私も信じていなかったよ。…が、考えてみればそう不思議な事
でもない。ユダヤの神、ヤハウェは言葉で世界を創ったと言われているし、古
代文化に言霊信仰は付きものだしね…」
 椅子を逆に座り、背もたれの上で両腕を組ませながら淡々とした口調で話す
久々野。
「SS使い……。最初に話が出始めたのは三年くらい前さ。私も人づてに聞い
た話だから詳しくは知らないんだけど、何処かの偉い学者がその存在を口に出
した。『言葉や文字で世界に干渉できる人間がいる』と。…最初は誰も聞く耳
を貸さなかったさ。だが、冷静に考えてみると、あながち戯言でもないって事
になりはじめた…」
「どういう事だ?」

「簡単な事さ。身近な例を上げるとインターネット。少し前まで、全世界をコ
ンピュータ・ネットワーク網で繋げるなんて、SFの世界の話だった。ところ
が、今はそれが日常の物となりつつある…」
「ああ…」

「人類の科学技術の進歩、これは常に人の願望から来ている。『ああ、こうな
れば便利だろうな』という想念が原動力となって…」
「そう言われれば、そうだな…」

「つまり、その学者はこう考えた訳だ。『自分の想像力を言葉や文字に変換し
て世界の事象に干渉し、これを変えられる人間がいる筈』と…。そして、彼は
その人間達をSS使いと定義した。…意味は、確かSuper・Skill・
Users……あれ? Special・Skill・Users…だったか
な? …まぁ、そんな感じさ……」
「……」

「やがて、その考えは学会では異端とされながらも、密かに広まっていった。
そして、それに真っ先に飛びついたのが軍事組織だった。…世界を変えうる能
力だ、使い方によっては核兵器以上の威力を発揮する」
「ふん、軍人の考える事は進歩的であっても人道的ではないからな…」

「様々な組織でSS使いの研究が始まった。ある組織は、SS使いの素質を秘
めた者達を大量に集め様々な実験を繰り返し、またある組織は、人工的にSS
使いを造り出そうとした。…しかし今のところ、それらの計画は遅々として進
んでいないのが現状だ」
「……」

「そして、それはここ、Leaf学園にも当てはまる」
「何ぃ!?」
 拓也は、久々野の口からもたらされた意外な事実に驚く。
「どういう事だ!?」
「学園の中に、SS使いとしての素質を持つ者が何人かいるという事だ。…恐
らく、学園の創始者にはその辺の目論見があったのだろう」
「……」
 言葉を無くす拓也。久々野は更に続ける。
「事実だ。外部の組織は皆知っている。…そして、SGYにもSS使いとして
の反応はあった」
「な!?」
 大きく見開かれる拓也の瞳。そこで久々野は、ふぅと息を吐いた。

「ここからは私の推論なんだが、恐らくSGYとは、SS使いを研究している
外部組織によって生み出された疑似SS使いの試作型だと思われる。テストを
兼ねてSS使いの集まるここ、Leaf学園に送り込まれたのではないか。…
しかし何らかの事故があり、その力が暴走して例の巨人へと変貌したのではな
いかと…」
「そんな……」

 二人だけの室内を重苦しい沈黙が支配していた。

 言葉や文字で世界を変える事が出来る人間達。
 そんな彼らを研究している数多くの組織。
 そして、Leaf学園もその一つだという事実。
 更にSGYにあったSS使いとしての反応と、それに基づく久々野の推測。

 余りにも衝撃的な事柄に、拓也は自分の血の気が失せていくのを感じていた。





 コツコツコツ…。

 照明の落ちた廊下に足音が響いていく。
 音の主は久々野だった。
 彼は数分前に臨時生徒会室を後にし、今は自室に向かっている途中だった。

 ――SS使い…か。

 ふふ、と悪戯っぽく笑う久々野。

 ――もし、俺もSS使いだと知ったら、あいつはどんな顔をするかな…。

 コツコツコツ…。

 古びた校舎の中で、足音だけが不気味に木霊していた。





 夜が明けた――。

 朝食後、一般生徒達は建物の外に集められ、そこで拓也から次元間通路が復
旧した事を告げられた。
 そして、自分を含めた精鋭メンバーで巨人を殲滅する作戦の事も合わせて話
した。
 その後、旧校舎の中に眠っていた旧式の転送装置が外に運び出され、一般生
徒、及び一般教師達の避難が開始された。



 負傷者を先頭とした人の列が装置に伸びている。

 七日前の騒動と昨日の魔物の襲撃により、学園関係者は負傷者を含めても百
人を切っていた。
 皆、一様に疲労の色をありありとその顔に浮かべているが、助かったという
安堵感からか、足取りは軽い様に見える。

 一応、空間亀裂の応急処置は済んでいるが、いつまた魔物達が襲って来るか
判らない。
 そこで久々野は魔物の襲来を想定し、西山、ハイドラント、柏木姉妹、更に
はルミラ配下の5人を避難者の護衛に付けていた。



「綾香…」
 列を背後に庇いながら周囲を注意深く伺っていた綾香は、不意に背後から名
前を呼ばれ振り返った。
 そこには、彼女と同学年の女生徒――早坂好恵が立っていた。

「好恵…」
「綾香…」
 何やら思い詰めた表情の好恵。彼女はしばらく苦い顔をしていたが、やがて
綾香の手を取った。
「綾香……死ぬんじゃないよ!」
 綾香の手を握り締める好恵。
「好恵…あなた…」
 好恵の手が微かに震えているのを綾香は感じた。
 そんな好恵に綾香は「大丈夫」と笑いかけると、
「あなたとの決着も着いていないのに、死ねる訳ないでしょ!」
 少し強めに彼女の背を叩く。
 うっ、と少し咽せた形になった好恵だったが、すぐに身を正すと、
「そうだよ…。勝ち逃げは許さないんだから」
 お返しとばかりに綾香の腹を軽く叩く。
 くすくすと笑い合う二人。

 やがて、
「綾香…」
 好恵が真面目な顔で、彼女に向けて右拳を突き出した。
 こつんと、それに自分の右拳をぶつける綾香。
「向こうへ着いたら葵によろしくね」
「…うん……」





 健やかに連れられ、転送装置へと向かう香奈子。
 ふと、その足が止まった。
 首を傾げる健やかだったが、彼女の視線の先に拓也の姿を見つけると、「行
っておいで」と香奈子の背を押した。

 拓也へ向かって歩き出そうとした時、香奈子は背後の健やかを見た。
 無言のまま頷く健やか。
 香奈子は彼に申し訳なさそうな笑顔を見せてから、拓也の所へ駆けていった。

「はは、ホントにお人好しだな…。僕って…」

 健やかは自分の気持ちを誤魔化す様にボリボリと頭を掻くと、溜息を吐きな
がら装置の中へ入っていった。





 拓也と向き合う香奈子。
 話したい事はたくさんある。しかし、何から話せばいいのか。何を話せばい
いのか――。香奈子にはそれが判らなかった。
 だから、素直に自分の今の気持ちを伝える事にした。
「拓也さん…その…ご無事で…」
「止めてくれよ、縁起でもない…」
 少し戯けて笑う拓也。
「ほら、もう君達が最後だ…急がないと」
 そして、素っ気なく言う。

 既に負傷者の避難は完了しており、残りは一般生徒と教師陣だけだったが、
それも香奈子達で最後になっていた。

 もう逢えないかもしれないというのに、拓也の態度は普段と変わらない。
 彼らしいと言えば聞こえは良いが、香奈子はそれが悲しかった。
「はい…」
 彼女は頷き、最後にもう一度「ご無事で…」と言った。



「太田さん…」
 転送装置に片足を踏み込んだ時、拓也に呼ばれて香奈子は振り返った。
「…全てが終わったら、一緒に何処かへ遊びに行こう」
 そう言った拓也の顔は、彼女が今まで見たどの顔よりも優しさに溢れていた。
 香奈子は両手を口に当て、嬉しさに震える声で「はい」と答えた。





 Leaf学園本校舎跡地の、とある開けた場所では、芹香が先に木炭を付け
た木の棒で、地面に大きな魔法陣を書いていた。

 直径にして10mくらいはありそうな大きな魔法陣を、彼女は片手に持った
本を見ながら寸分の歪みもなく描いていく。
 既に外周部分と内部の五芒星は書き終わっており、今は外周内側の魔法文字
を書いている途中だった。

「にゃ〜」
 そんな彼女の後を、エーデルハイドがちょこちょこと付いてまわっていた。



 魔法陣の外側では、ティリアが描かれている図柄を見ながら歩いている。

 彼女の手には五本の短剣が握られていた。
 時折ティリアは足を止めると、その短剣を魔法陣の外周部分に刺していく。

 ティリアが短剣を刺している場所は、丁度魔法陣内部に描かれた五芒星の頂
点に当たる所だった。
 そこに刺された短剣は、仄かに淡い燐光を放ち始めた。



 魔法陣から少し離れた所では、dyeが千鶴、梓、綾香、楓に杖を手渡して
いた。

「これは?」
 受け取った杖をマジマジと眺めながら梓が訊く。

 長さにして2mくらいのその杖は、若木を削ってこしらえた代物だった。
 特に装飾らしい装飾は施されて無く、頭の部分に握り拳大程の大きさを持っ
た黒水晶が取り付けてある簡素な杖だった。

「まあ、簡単に言うと増幅器ですね…」
「ぞうふくき?」
 dyeの言葉を千鶴が訊き返す。
 彼は「ええ」と頷いてから、説明を始めた。

「CチームをSGYの潜む空間に転送する際、かなりのエネルギーが必要にな
るんです。…ただの転送術だけなら術者一人でも十分なんですが、何せ九人で
すからね。…ですんで、Cチーム全員を飛ばすには、術者一人の力では足りな
いんです。具体的にどうするかと言うと、これを使うんです」
 そう言って、dyeは杖の頭に付いている黒水晶を指した。
「これは、皆さんの生命力を純エネルギーに転換させるマジックアイテムなん
です。その変換されたエネルギーを使って転送術を行います。…生命力を使う
んで、文字通り命を削る訳ですけれども、その辺は心配いりません。使う生命
力は微々たるものです。…逆を言えば、ほんの少しの生命力で膨大なエネルギ
ーを生み出す事が出来るのです。それだけ人間は生命力溢れる生き物なんです
よ」
 最後に、Aチームが全て女性で構成されているのは、男性よりも女性の方が
生命力に溢れている為だとdyeは説明した。

「しつも〜ん」
 綾香が手を上げた。
「行きはそれでいいとして、帰りはどうやって帰ってくるの?」
「そう言われれば…そうね…」
 綾香の問いに、千鶴が納得した様に頷く。
 dyeは、ふふ、と笑い「心配ありません」と答えた。
「…この転送術の発動中、こちらとあちらの世界が相互リンクされている状態
になるんです。道が繋がっているって考えてもらった方が判りやすいです…」
 そこで、一端言葉を区切り「少し違いますけどね」と補足するdye。
「…その為、こちらのエネルギーが向こうへと流れて行くんで、帰りはそのエ
ネルギーを使って向こうで転送術を行います」

「なるほどね…抜かりは無いってか?」
 感心した風に、梓は「うんうん」と首を縦に振る。
「あなたは抜けてばっかりだけどね」
 すかさず、ツッコミを入れる千鶴。
 この辺の微妙な間合いの取り方は、さすが姉妹と言ったところか。
「千鶴姉〜! どの口でそんな事言えるんだ?」
 心外とばかりに抗議する梓。
「私も…千鶴姉さん、人の事言えないと……」
 弱々しい声で、梓に加勢する楓。
 千鶴は、そんな妹たちに「てへっ」と可愛らしい仕草で舌を見せる。
 dyeと綾香は、顔を見合わせて苦笑した。





 魔法陣を挟んだ反対側で、瓦礫に腰掛けながらdye達のやり取りを見てい
た久々野は、呟く様に誰かの名を呼んだ。
「秋山…」
「は、ここに…」
 間を置かず、久々野の背後に何処からともなく影が現れた。
「梓の事……頼む…」
「御意…」
 そう短く答えると、影は現れた時と同じように何処かへ消え去った。





                              ――つづく





               ▼次回予告▼

 遂に、オペレーション・ディエス・イレが開始された。
 転送術により久々野以下Cチームの面々は、SGYの潜む異空間へと跳躍す
る。
 今まさに、命を賭けたリベンジ・マッチが始まろうとしていた。

 次回、偽典Lメモ『大戦』第十三話−天魔−。

 凶風が死闘の予感を運ぶ――。

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 あ〜、その〜、“SS使い”の定義は適当なんで信じないで下さい(苦笑)。