偽典Lメモ『大戦』第十三話 投稿者:Fool
 ふと思ったんだけど、このSGY大戦の主役って誰?(おいおい…)
 いや〜、コロコロと視点が変わるから、書いてる本人も判らなくなっちゃっ
て……(爆)。
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               ▼あらすじ▼

 朝日が昇り、一般生徒達の避難が始まった。
 避難する生徒の列の中で、好恵は綾香の無事を祈り、香奈子は拓也の身を案
じる。
 一方、全壊したLeaf学園本校舎跡地では、芹香達によって作戦の準備が
行われていた。





            偽典Lメモ『大戦』第十三話

                −天魔−





 Leaf学園本校舎跡地に、今回の作戦に参加する全員の顔ぶれが集まった。

「揃ったみたいだな…」
 参加者の前に立った拓也は、一同を見渡す様に頭を動かす。
「それでは、これよりオペレーション・ディエス・イレを開始する!」
 全員の表情がにわかに固くなった。



 地面に書かれた転送術用の大型魔法陣の中に、久々野以下のCチームが入る。

「それじゃ、みんな配置に着いて」
 ティリアに促され、千鶴達Aチームの面々がdyeから手渡された杖を手に、
魔法陣の外周部――先程ティリアが短剣を突き刺した所――に立つ。
 千鶴、梓、綾香、楓の四人が所定の位置に着いたのを確認すると、ティリア
は一つだけ空いていた短剣の位置に立ち、聖剣フィルス・ソードを両手で持っ
て、切っ先を天に向けて胸元で構えた。

 しん――と静まり返る周囲。
 誰かの喉が、ぐびりと鳴った

 いざ、術を開始しようとしたその時、
「お嬢さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 砂塵を巻き上げながら、魔法陣に向かって初老の男が走ってきた。全員の視
線がそちらへ集中する。
「げっ! セバス!」
 男の姿を見た綾香が、露骨に嫌そうな声を上げた。

 その男――セバスチャンこと長瀬源四郎は、魔法陣の前で砂埃を起こしなが
ら急停止すると、身体を前に折り、膝に両手を当てながら荒い呼吸を繰り返す。
「わた、私も…お嬢様の……お、お供を……」
 肩で息をしながら、途切れ途切れに言葉を紡ぐセバスチャン。

 そんな彼に向かって、ハイドラントが鼻を「ふん」と鳴らす。
「止めときな爺さん。走ったくらいで息が上がっちまう様なヤツは足手まとい
だ」
 途端、老執事は元気に身体を起こしたかと思うと、
「爺さんでは無ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」
 耳をつんざくばかりの大声を上げる。
「うおっ!?」
 これには、さすがのハイドラントも怯んだ。いや、そこに居合わせた全員が
驚きに目を見張った。
「な、なんつう大声だ…」
 西山が耳を両手で押さえながら、半ば呆れた風に感心する。
 しかし、当のセバスチャンは大声を上げた後、「ゴホゴホ」と激しく咽せた。
「大丈夫かい?」
 背中を撫でてやるサラ。
「おお、かたじけない…」
 セバスチャンはサラに一言礼を述べてからハイドラントに向き直り、
「…老いたとはいえ、このセバスチャン! 貴様のような青二才には引けは取
らぬわっ!」
 びしっ、と彼を指さす。
 ひくっ、とハイドラントの片眉が引きつった。
「面白い! 俺とやり合おうっていうのか? はんっ! 年寄りの冷や水って
事を教えてやるぜ」
「ぬ〜、なんと不遜な若者よ! どうやらお灸を据えてやる必要があるな」

 お互いに顔を突き合わせ、火花が出そうな程の勢いで睨み合う二人。
 一触即発の空気が辺りを包む。
「おいおい、二人とも……」
 いい加減にしろ――と仲裁に入ろうとした拓也より速く、芹香が二人の間に
割って入った。

 芹香はハイドラントの前に立ち、その静かな瞳でいつも自分に尽くしてくれ
る執事を悲しそうに見る――がしかし、その視線には、微かに責める様な雰囲
気も感じられた。
「……」
「は? いい加減にしなさい? 皆さんが困っていらっしゃいますと?」
 頷く芹香。
「で、ですが…このままではお嬢様方の御身が……」
「……」
「私達の事は大丈夫ですと?」
 再び頷く芹香。そして彼女は妹の方を見た。うんうんと首を縦に振る綾香。
「で、ですが、このセバスチャン、お嬢様方に万が一の事がありましたら、大
旦那様に会わす顔がございません」
 更に食い下がろうとするセバスチャンの背を、dyeが軽くポンポンと叩く。
「大丈夫ですよ、芹香さんは私が護りますし、綾香さんの方も月島さん達が護
ってくれます」
「ぐっ、むむむむむ…」
 それでも、納得がいかないといった感じのセバスチャンだったが、暫く唸っ
て考え込んだ後、「判りました…」と振り絞る様な声で言った。
「……」
 芹香は優しい笑みを浮かべ、セバスチャンの頭を撫でる。
「ぬぐぁ! 私めにそんなっ! 勿体のうございますっ!!」
 彼女に頭を撫でられながら、この元気が有り余っている老執事は号泣してい
た。
 残された者達は、やれやれと肩を竦めていた。

 そんな中、久々野はセバスチャンに感謝していた。
 彼の登場で、皆、少しだけ肩の力が抜けた様な感じになっていた。
 程良い開放感と良い意味での緊張感が、この場に溢れていた。

 久々野はセバスチャンに目で感謝の意を表す。
 すると、彼は久々野に向けて意味深に笑った。

 ――わざと道化を演じてくれたのか…。

 久々野は長瀬源四郎という漢の深さを知った





 セバスチャンの闖入(ちんにゅう)で、中断されていた転送術が再開された。

 胸元で剣を構え、静かに、歌うような旋律で呪文を紡ぐティリア。
 同時に、千鶴、梓、楓、綾香の身体から燐光が滲み始める。
 燐光は彼女達が持っている杖を、まるで朝顔の蔓の様に立ち上って行き、先
端の黒水晶に到達すると、そこに吸い込まれて消えた。
 生命エネルギーの具現した形である燐光を吸った黒水晶は仄かに輝き始め、
それに呼応するかの様に、魔法陣全体が光を放ち始めた。

「いよいよね…」
 メイフィアが呟いた時、魔法陣から発せられる光は閃光となり、中にいる九
人を包み込む。

 ティリアの呪文詠唱が完了した。

「――翔べ! 空間の壁を越えてっ!!」
 そう彼女が叫ぶと、魔法陣の輝きはより一層強い物となり、辺りの色彩を白
一色に変える。
 眩い輝きに、誰もが目を覆う。



 そして光が消えた後、魔法陣の上にいた九人の姿は跡形もなく消えていた。





 久々野達Cチームの面々は、気が付くと光の濁流の中にいた。
 滝に落ちる水の如く、上から下へ、物凄い勢いで光の粒子が流れていく。

 それは不可思議な感覚だった。
 視覚上は確かに上へ昇っているのだが、身体の方は横にスライドしている様
に知覚していた。
 そのギャップ感が、一同に乗り物酔いに近い感じを与えていた。

「ぐっ…」
 耕一が呻き、膝を折る。
「な、なんだ…この感覚は…」
 岩下も不快感に眉を寄せ、口元を押さえる。

 これは、生身の身体のまま空間転移をした場合に起こる典型的な症状であっ
て、転送装置を使った空間転移の場合は、装備されてる特殊緩和装置のおかげ
でこれらの不快感は感じずに済む。

「ま、この感じは慣れてないヤツには辛いかもね…」
「ええ…」
 ただ、ルミラとエリアだけは、大した不快感は感じていない様であった。
 元々が異世界の出身である二人は、恐らくこういった空間転移術の使用自体
が日常茶飯事で、そのせいで身体が慣れてしまっているのだろう。

 その時、耕一達と同じ様にむかつく胃と戦っていた久々野は、視界を覆う光
の向こうで激しい戦闘が繰り広げられているのを見た。

 ――あれは…?

 まるで積乱雲の中の様な場所で、一隻の戦艦と三機の戦闘機が、魚の形をし
た巨大戦艦群と戦っていた。
 時折走る青い稲妻に混じって、赤い火線が縦横に伸び、パッと花火の様に光
球が浮かぶ。

 ――何だ…?

 更に目を細めてそれを良く見ようとした時、急に周囲を流れる光の粒子が光
度を増し、そして視界が開けた。





 いつの間にか久々野達の周りには、青々とした草の生える長閑な草原の風景
が広がっていた。

 スカイブルーの空に、白い絵の具で描いたような雲――。
 太陽は柔らかな日の光を大地に注ぎ、風が擦れた音を立てながら草の上を流
れていった。
 土と草の匂いを含んだ空気は、春のそれと同じ様に暖かい。
 Cチームが転移した先は、とても静かな、おおよそ争いとは無縁の場所だっ
た。

「ここ…なのか?」
 不快感から立ち直ったハイドラントが、疑うような視線で周囲を見回す。
「むう……」
 同じく、復活した西山も顎に手を当てながら唸る。

「…場所に間違いは無い筈です。…けど、こんな場所だったとは……」
 dyeも驚きを隠しきれない様子だった。
「最終決戦の場にしては、いささか拍子抜け…かな…」
 額に手をかざしながら、久しぶりの太陽を懐かしそうに見る耕一。

「…なんかピクニックに来たみたい…」
 ルミラが大きな伸びをし、
「そうですね…」
 エリアが、にこやかに笑う。

「…来栖川さん」
 久々野が芹香を呼んだ。
 彼女は無言のまま頷くと、懐から紐に結わえ付けられた小さな水晶片を取り
出し、その場でダウジングを始めた。
 この世界の何処かに潜むSGYを探す為だ。



 ダウジングを始めて数秒後、芹香の足下で草とじゃれあっていたエーデルハ
イドが突然、遙か遠くを睨み付けながら威嚇の姿勢を取る。
「フウゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
 全身の毛を逆立て、見えない何かを威嚇するエーデルハイド。

「どうした? エーデル…」
 dyeがエーデルハイドをなだめようとした時、澄んだ音を立てて芹香の持
っていた水晶片が砕け散った。
 同時に、青く晴れていた空が音も無く立ちこめた暗雲に覆われる。

「ヤツか!?」
 岩下の表情が、キッと引き締まる。

 頬を撫でる風が殺気を含み始めた。

「ふっ、ようやくそれらしい舞台になったな」
 西山が不敵に笑う。

 空気が、まるで電気を帯びたかの様にビリビリと一同を刺激する。

「上等だ」
 ハイドラントが静かに構えた。

 視界一面を覆っていた草達が次々と枯れ、大地が物凄い速さで干涸らびてゆ
く。

 ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!

 空間を揺さぶる程の咆吼がした。

「あれを!!」
 耕一がエーデルハイドの凝視している先を指さす。

 そこには、いつの間にか粘性を帯びた黒い液体が地面に滲み出していた。
 液体は見る見る内に質量を増加させていき、やがて直径にして10mくらい
の水たまりを作る。

 おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!

 再び咆吼がし、そのコールタールで作ったような水たまりが膨れ上がった。

 耕一は身体に眠るエルクゥ――鬼の力を解き放っていく。
 エリアは杖を斜に構え精神を集中させる。
 西山は息吹を整え、全身に力を漲らせていく。
 ルミラの身体から燐光が溢れ、彼女の髪が宙を泳ぎ始める。
 岩下の右手から青く燃える炎が吹き出す。
 ハイドラントの呼気が魔力を帯び始める。
 芹香がエーデルハイドを抱き上げ、dyeが彼女を庇う様に前に立つ。
 久々野の頬を冷たい汗が流れ、それが地面に落ちて小さな染みを作った。

「来るぞ!」

 誰かが叫んだ。
 瞬間、膨れ上がった黒い水たまりが爆ぜ、中から一体の巨人――SGYが上
空へ飛び出した。

 ぎしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 禍々しい雄叫びと共に。





 一方その頃、Leaf学園に残ったBチームらは拓也指揮の元で大きな円陣
を組んでいた。
 円陣の中心には緑の明滅を繰り返す魔法陣と、トランス状態に入っているテ
ィリア以下のAチームの面々。

「ルミラ様達……大丈夫でしょうか?」
 緑の燐光を放つ魔法陣を心配そうに眺めながらアレイが呟く。
「…大丈夫だろ」
 頭の後ろで手を組み合わせたイビルが素っ気なく答えた。
 たまがイビルの言葉に「うにゃうにゃ」と首を縦に振る。
「あの人は殺しても死ななそうだからねぇ〜」
 禁煙用フィルターをくわえたメイフィアが戯けてみせる。
「ぷっ」と吹き出すフランソワーズに、笑いを堪えるエビル。

「あんた達、おしゃべりはそこまでよ!」
 不意に、サラが緊張した面持ちで叫んだ。
 愛用の鞭を構え、遠くを睨み付ける。
「どうやら、こちらもお出ましになったみたいだな…」
 拓也の表情が厳しいものに変わる。

 彼らを取り囲む様に、妖(あやかし)の気配が現れ始めた。
 ざわざわと周りを闇が覆い始め、その中に幾つもの赤い光点が蠢く。

 全員表情を引き締め、構えを取る。

「何か巻き込んだ形になっちゃいましたけど、こうなった以上あなたにも手伝
ってもらいますよ、長瀬さん…」
「セバスチャンで結構です、月島殿」
 そう言って、セバスチャンは拓也に向けて歯を見せて笑った。





 5mはあろうかという身長の背中には、蝙蝠を思わせる皮膜状の羽が六枚。
 どす黒いオーラに包まれた、黒く、鋼色に染まったギリシャ彫刻のような逞
しい体躯。
 頭には地獄の業火の如き赤い双眸と、しゅうしゅうと瘴気がこぼれ出ている
大きく裂けた口。
 丸太の様に太い腕と足には鋭利な爪があり、それが獲物を求めて不気味に光
っていた。

 魔神――。
 初めてSGYと戦った時と同じ単語が、耕一の脳裏をよぎる。
 否、そこにいる全員が感じた。

 ――だが、例え相手が魔神であろうと、奴を倒さねば我々に明日はない!

 久々野は大きく息を吸い込むと、腹に力を込める。

「行こう! みんなっ!!」

 良く通った彼の声が戦闘開始を告げた。





                              ――つづく





               ▼次回予告▼

 いよいよ死闘の幕が切って落とされた。
 持つ力の全てをSGYへと叩き込むCチームの面々。
 同じ頃、転送魔法陣を守るBチームは、魔物達の人海戦術に押されていた。
 しかしその時、何処からともなく現れた黒装束の男達が拓也達に加勢した。

 次回、偽典Lメモ『大戦』第十四話−再戦−。

 暗雲を鋭く斬り裂く戦士達――。

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 ちと補足…(つうか言い訳)。
 第七話でちょこっと書いた異空間での戦闘が、今回の中盤で出てきてます。
 本当は、もう少し話を絡ませたかったけど、自分の実力じゃこの辺が限界で
した…(苦笑)。