偽典Lメモ『大戦』第十五話 投稿者:Fool

 ホント、遊輝とルミラ様は書いていて楽しかった…。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

               ▼あらすじ▼

 異空間で戦う久々野達は、何とかSGYを倒す。
 しかし、その骸から現れた新生SGYによって一瞬で打ちのめされるハイド
ラントと岩下。
 一方その頃、拓也達も大量に溢れ出る魔物達に苦戦を強いられていた。





            偽典Lメモ『大戦』第十五話

                −開放−





 拓也達の激闘を、遠く離れた所から見ている男が一人いた。ジン・ジャザム
である。

「ジンよ…」
 じゃらりと金属音がし、そんな彼の首に背後から細く白い女の腕が回された。
 鈍色の鎖の巻き付いた腕が――。
「くふふ…戦いは血が騒ぐか? ジンよ…」
 次いで、右肩口に浮かぶ色素の抜け落ちた少女の貌。
「遊輝…俺は……」
 ジンの唇が何かを言おうと動く。
 しかし、少女の白い指が彼の唇に当てられ、それを制する。
「ふふふ…言わんでもよいわ。主(ぬし)の事は何でも判る……」
 遊輝と呼ばれた少女は、ジンの頬に自分のそれを甘える様に擦りつける。
 そして、彼女の白い手が彼の左胸に当てられた。
「ああ…凄いぞジン……。主の心が激しく高ぶっているのが伝わってくる……」
 少女の手に力が込められる。ジンは僅かに眉を寄せた。
「主の身を焦がす戦いへの渇望……。じゃが、今の主の身体は戦いに耐えられ
ぬ。いや、主が出ていく事自体が足手まといよ……。ああ、ジンよ! 切ない
のう…もどかしいのう……。くふふふ……」
「……」
 ジンは眉をひそめたまま何も答えない。
「くくく…愛(う)い奴…」
 と冷やかし気味に喉を鳴らしながら、遊輝はジンの前に掌を差し出した。
 ボウ、とその上に儚げな映像が浮かび上がる。
「千鶴さん…」

 浮かび上がったのは、緑色に輝く魔法陣の縁に立っている千鶴の姿だった。
 彼女は身の丈ほどの杖を構え、転送魔法陣の縁に立っていた。
 その表情から、既にトランス状態に入っているのが伺える。

 一体の魔物が拓也達の防衛線を突破し、彼女に向かって駆けた。
 転送術のブースターとなっている彼女は、今、全くの無防備だった。

 緑の燐光に包まれている彼女めがけて、魔物が手を振り上げた。

「くっ!!」
 ジンの表情に焦りが走る。
 しかし、魔物はその上げた手を振り下ろす事なく、何者かによって倒された。
 安堵の息をつくジン。

「んふふふ…こやつらは所詮雑魚よ。雑魚故に源を倒せばいずれ消える。じゃ
が、それまであの女…持つかのう……」
「遊輝……お前……」
 ジンの表情が苦い物に変わる。

 遊輝の掌の上に浮かぶ映像が切り替わり、今度は異空間でSGYと戦ってい
る久々野達が映った。
 映ったのは、丁度、新生SGYによってハイドラントと岩下が一撃で倒され
たシーンだった。

「おやおや、肝心の源と戦っている奴ら、どうやら苦戦している様じゃのう…」
 わざと大げさに驚く遊輝。
「このままでは返り討ちに合いそうな気がせぬか? ん?」
「遊輝……」
「ジンよ…」
 そこでアルピノの少女は真面目な顔になり、
「妾を開放しろ。この戒めを解き放つのじゃ…。さすれば、主の代わりに戦っ
てくれようぞ……」
 ジンに自分の腕に巻き付いている鎖を見せた。

 とその時、
「待て! ジン! 早まるんじゃない!」
 背後からした声にジンと遊輝は振り返った。
 自分の背後に立つ男の姿を見た時、ジンの双眸が僅かな哀しみを見せた。
「セリス……」

 セリス――Leaf学園二年生に籍を置く生徒で、ジンとは古い友人である。

「ジン! そいつの呪縛を解く事…それがどういう事か知らぬお前でもあるま
い!」
 遊輝を指さし、敵意の込めた視線で彼女を睨み付けるセリス。
「あの惨劇を再び呼び起こすつもりなのか? ジン!」
「……」
 セリスから顔を背けるジン。
「ちっ、うるさい男よ…」
 遊輝がセリスに聞こえる声で毒づく。
「何だと!?」
「ふん…」
 辺りを流れる空気が、険悪な物へと変化する。

「どうしても遊輝を開放すると言うなら、ジン! 俺はお前を殺す!」
 セリスの右手が仄かに光を帯び始めたかと思うと、それはやがて剣の形を作
った。
「セリス…」
 ジンはセリスの目を見た。そこには一歩も引かない強い意志が感じられた。
「……」
 一度目を閉じ、考え込むジン。
 そして再び瞼を開けた時、彼の目には決意を秘めた光が浮かんでいた。

 ジンは遊輝と向き合うと、その額に手をかざす。
「おおっ! やっとその気になったか、ジンよ!」
「ジンっ! お前ッ!」
 歓喜の表情を浮かべる遊輝に対して、険しい表情で右手に生じた光の剣を構
えるセリス。
「セリス、判ってくれ…。今の俺には、これが最善の方法に思えるんだ……」
 ジンは古い友人に向かって申し訳なさそうに笑う。
「ジンっ!」
「だから…だから、もし俺の意識が遊輝に乗っ取られたその時は、迷わずお前
の霊波刀で俺を殺してくれ…」
「ジン…お前そこまで……」
 セリスは唇をわななかせると頭を垂れた。同時に、右手の光の剣は空気に溶
け込む様に消え失せた。
「ありがとう…」
 哀しげに微笑むジン。しかし、すぐに表情を引き締めると、遊輝の方に頭を
動かす。
「我、ジン・ジャザムは、今ここで汝、凌辱者遊輝に施した戒めを解かん!」
 ジンの宣誓にも似た大きな声が周囲に響き渡った。
 すると、今まで遊輝の身体を覆っていた鎖が一瞬で弾け跳んだ。

「おお…おおおっ!」
 喜びに震える遊輝。
「遂に、遂に妾は解放されりっ!」
 鎖の消えた自らの両腕をまじまじと見つめた後、その腕で自身の身体を抱き
しめる。
 ズルリと背中から燐光を纏った白い翼が生えた。
 少女はそれを大きく広げると、地面を蹴って飛翔する。
「くふ…くふふふ…自由じゃ! もう妾を束縛する物は無いっ!!」
 恍惚の表情を浮かべ、上空を旋回する遊輝。

「ゆ…遊輝…」
 苦しそうな声でジンが遊輝を呼んだ。眉間には縦皺が刻まれ、額には脂汗が
浮いている。
「頼んだぞ……」
「ジンっ!」
 その場に倒れそうになるジンをセリスが支える。

「判っておる。主はそこで大人しくしておれ。あのような輩、一刻で屠ってく
れるわ!」
 白子の少女は吐き捨てる様に言うと、ジグザグに飛行しながら空を覆う雲の
中へと消えた。





 SGYの頭が次なる獲物を求めて動き、ハイドラント達の横にいたルミラ達
で止まる。
「くっ!」
 苦い表情で歯噛みするルミラ。

 先程のSGYの移動スピードは、ルミラの目を持ってしても捉える事が出来
なかった。
 持っている力ではSGYに負けるとも劣らない自信がルミラあるが、敏捷性
では向こうに分があるのが判った。
 恐らく、こちらが呪文詠唱をしている間にSGYは自分を叩きつぶす事が出
来るだろう。
 ルミラの頬を冷たい汗が流れた。



「先輩!」
 dyeの叫びを受けて、芹香が懐から小さなガラス瓶を取り出す。
 そのガラス瓶には透明な液体が入っていた。
「……」
 小さな声で呪文を唱えながら瓶の蓋を開け、中に入った液体を辺りに撒く。
 すると、液体を撒いた箇所からシュウシュウと蒸気が立ちこめ、それは瞬く
間に密度を増し、やがて濃霧となって辺りを覆い尽くす。



 突如として湧き出した深い霧に気を取られるSGY。
「しめたっ!」
 その一瞬の隙をついて、ルミラは自分の下にいたエリアを抱き上げ、久々野
達の所へと飛ぶ。



「久々野さん! この霧は長くは持ちませんが、私と芹香先輩で奴の目を攪乱
しますので、その隙に!」
 霧の向こうでdyeが言った。
 久々野は「判った」と答えると、チームの面々にてきぱきと指示を飛ばす。
「西山君と耕一先生とルミラさんは私と一緒に! エリアさんは岩下君とハイ
ドラントの治療を!」
「了解した」
「判った」
「ええ」
「判りました」
 濃霧の中から西山、耕一、ルミラ、エリアの声が返って来た。

 辺りは芹香の発生させた魔法の霧によって、視界はかなり悪い。
 だが、SGYの姿だけは何とか確認する事が出来た。

 久々野、西山、耕一、ルミラはSGYに向かって、エリアはハイドラント達
が倒れている方へ向かってそれぞれ駆けていった。

 目を閉じ、精神を研ぎ澄ましていくdye。
「像は虚……無は有……それは現実……」
 dyeの囁くような呪文は、静かに霧に溶け込んでいった。

 ――この霧の中で幻術を仕掛けるか。dyeもなかなかやる…。

 遠くにdyeの呪文を聞きながら、久々野は微かに笑った。





 SGYは、急に辺りを覆い始めた霧に少し戸惑った様に首を傾げた。
 しかし、自分に近付いてくる足音を捉えると、その両腕を鋭利な剣へと変化
させ身構える。

 足音は一つ。真っ正面から近付いてくる。
 生まれ変わった純白の魔神はジッと待った。獲物が間合いに入るその時を。
 視界は濃霧に覆われているが、獲物の気配は確かに伝わってきている。

 そして、遂にその時が来た。

 SGYは剣と化した右腕で、目の前の空間を横に薙いだ。一瞬、霧が晴れる
――が、そこには誰もいなかった。

 今度は背後から何者かが近付く足音。身体を捻り、左腕で背後の空間を斜め
に斬り裂く。
 しかし、またしてもそこには何もなかった。

 そうこうしている内に、SGYの周囲には無数の足音が入り乱れ始めた。
 その全てを切り裂くが、手応えが返ってくる事はなかった。

 そんな中、
「AIR−SLASH!!」
 不意にルミラの声が辺りに響いたと思うと、SGYの左斜め前の霧が縦に裂
け、そこから飛び出した真空の刃がSGYの左腕を切り取る。

「我は砕く! 千鶴の静寂!!」
 続いて久々野の声がし、同時にSGYの右手の付け根が空間ごと歪んで爆発
した。
 肩を吹き飛ばされ、付け根を失った右腕が地面に転がる。

 ぐるあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 苦しみ、激しく藻掻くSGY。

 二人の攻撃から間を置かずに、西山がSGY前方の霧を割って姿を現す。
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 彼は大地を蹴って跳躍し、空中で身を回転させると、右足の踵をSGYへと
叩き込もうとした。

 ――この間合いなら、例え魔神でもかわせまいっ!!

 しかし、彼の踵が落ちるより先にSGYの肋骨がめくれ上がり、先程のハイ
ドラントの時と同じ様に、それが西山に襲いかかった。
「ぐはっ!!」
 後方へ吹き飛ぶ西山。

「もらったぁっ!!」
 彼と入れ替わる様に、今度は耕一がSGYの後方から迫った。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 右手の指を揃え手刀を作ると、全身の力を込めSGYの脳天に振り下ろす耕
一。
 だかしかし、耕一の存在を察知したSGYの背中は、襲い来る敵に素早く反
応した。
 染み一つ無い背中が不気味に蠢動したかと思うと、そこから太い棘が迫り出
し耕一を貫く。
「ごふっ!」
 彼の口から吹き出した鮮血が、SGYの背中に鮮やかな染みを作る。

 耕一を貫いた棘は軟化して触手へと変化すると、彼の身体を無造作に投げ捨
てる。
 その後、触手は地面に落ちている自分の左腕を器用に拾い上げ、腕の切断面
に押し付けた。
 一瞬で癒着するSGYの左腕。
 続いて、今し方くっつけたばかりの左腕で、今度は右腕を拾い、同じ様に接
合していく。
 両腕を接合させたSGYは、二、三回動かしてみて具合を確かめると、のっ
ぺらぼうの顔を不気味に歪ませる。
 それは、まるで嗤っているようであった。

 ――嘲笑っているのか? 俺達を…。

 ギリリと奥歯を噛み締める久々野。
 濃霧の中という悪視界での見事なコンビネーション攻撃。
 しかし、SGYはいとも簡単にそれを打ち破った。

 ――くっ! 一体どうすれば…。どうすればヤツを斃せる?

 焦燥心にかられる久々野。
 もはや彼の頭には、この恐るべき敵に対する有効な手だてが思い浮かばなか
った。





 エリアは懐から眼鏡を取り出すと、小声で呪文を唱えながらそれをかける。
 すると視界ゼロの濃霧の中で、周囲がハッキリと見渡せた。

 ――あそこね…。

 倒れている岩下とハイドラントを確認すると、彼女は眼鏡をかけたまま走り
出した。

「ハイドラントさん! 大丈夫ですか!!」
 エリアが駆け寄った時、ハイドラントは既に上体を起こし自分で傷を治療し
ていた。
「俺はいい…。それより岩下を…」
「は、はい…」

 ハイドラントに言われ、エリアは岩下の元へ駆け寄った。
「ふ…ハイドラントの様に自分で傷が治せないとは…情けないな…」
 仰向けに倒れたまま、皮肉に唇を歪める岩下。
「しっ! 黙って!」
 エリアは彼の側に屈み込むと、右手をかざして呪文を唱え始めた。
「フルヒール!」
 そのかざした手から眩い光が放たれ、岩下の身体に吸い込まれていく。
 見る見る内に塞がっていく岩下の傷。
「ありがとう」と岩下がエリアに礼を言う頃には、傷は完全に塞がっていた。

「ちっ! 今まで何度か修羅場をくぐってきたが、ここまで無様にやられた事
はなかったぜ…」
 舌打ちしながらハイドラントは立ち上がる。その視線の先には、濃霧の向こ
うに浮かび上がるSGYのシルエットが。
「文字通り化け物だな…。奴は…」
 岩下も立ち上がり、衣服に付いた泥を払う。
「相討ち覚悟で挑まないと負けるな…。この戦い…」
 SGYの姿に目を細める岩下。
「出し惜しみは無し…か…。……ん?」
 ポツリと呟いた後、ハイドラントは不意に上空から強い力が迫ってくるのを
感じ、天を仰ぎ見る。
「何だ!? この強大な力は!?」
 岩下も同じ気配を察知し、空に目を凝らす。
 エリアが「信じられない」と叫んだ。
「こんな! こんな強大な力を持った存在がいるなんて!!」



 SGYを含め、そこにいる全員が動きを止めて空を見ていた。
 姿は見えないが、厚く空を覆っている雲の向こう、大きな力を持った存在が
こちらに近付いているのが判った。

「な、何だ! この空が堕ちてくる様な感じは!!」
 空を見上げて叫ぶ久々野。知らずの内に震えている自分に気付いた。
「何という…何という力…」
 傷口を押さえながら、上体を起こす西山。
「こんな、強大なパワーを持った奴なんて、魔界の貴族の中でもいるかどうか」
 ルミラも信じられないといった面持ちで天を見ていた。その身体は久々野と
同じ様に小刻みに震えていた。

「この力…この感じ…。奴を…SGYを超えているかもしれない…」
 よろよろと立ち上がる耕一。

 芹香の腕に抱かれながら、エーデルハイドが震えていた。
「新手…なの…か?」
 振り絞る様な声でdyeが言った。

 きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!

 SGYは甲高い声で一声鳴くと、背中から鋭利な翼を生じさせ、それを広げ
て空に飛び上がり、物凄いスピードで雲の中へと消えていった。

「…来ます」
 SGYの消えた先を指さし、芹香が呟いた。

 厚い雲の向こうで閃光が走り、少し遅れて轟音がした。
 雲のカーテンは一瞬で吹き飛ばされ、幕の開いた向こうには、二つの白い人
型が空に浮かび上がりながら対峙していた。

 一方は純白の魔神SGY。
 もう一方は燐光放つ翼を背に生やし、和服をわざと崩して着込んだアルピノ
の少女――遊輝であった。





                              ――つづく





               ▼次回予告▼

 SGYと遊輝。ぶつかり合う強大な二つの力と力。
 華麗かつ残酷に戦う遊輝。彼女の力はSGYを凌駕していた。
 しかし一瞬の隙を突き、SGYに身体を拘束される遊輝。
 触手が白子の身体を嬲る。
 凌辱された事に激怒した遊輝は、禁じられた力を解き放った。

 次回、偽典Lメモ『大戦』第十六話−遊輝−。

 生と死の狭間のみに感じる快感――。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 遊輝は少しばかり真ゲッターが入っていたり、いなかったり……(笑)。

 そうそう、次回はちょぴっとエッチじゃよ……(爆)。