偽典Lメモ『大戦』第十六話 投稿者:Fool

 今回は山場なんで、ちと長いです。
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               ▼あらすじ▼

 久々野達はSGYに対し波状攻撃を仕掛けるものの、容易く破られてしまう。
 打つ手無しと歯噛みする彼らの前に、ジンによって封印を解かれたアルピノ
の少女、遊輝が姿を現した。





            偽典Lメモ『大戦』第十六話

                −遊輝−





 色素の抜けた白く長い髪をポニーテールで纏め、八重歯を見せて微笑む姿は、
まだあどけなさを残す少女そのものだ。
 しかし、やや乱れた感じに着込んだ和服の胸元や、微熱を帯びた吐息の中に
含まれるのは年不相応の妖しげな色気。
 その微妙なアンバランスさに魅了された者は、破滅への階段を下って行くし
かない。
 恍惚とした表情を浮かべながら――。

「ふ…少しは楽しめそうじゃの…」
 遊輝の紅い瞳が、楽しげに細められた。
 両手を胸の辺りで交差させる。すると、音もなく爪が伸びた。
「んふふ…。何せ久方ぶり故、妾が満足するまで殺しはせぬ…」
 彼女に合わせる様に、SGYの両腕もまた剃刀の様に鋭くなる。

 二つの人外の影は、厚い雲の舞台の上で同時に動いた。

 目に見えぬ程の斬撃の応酬。
 SGYの猛攻を微笑を浮かべながら受け、捌き、いなす遊輝。
 対するSGYも、相手の尋常ではない攻撃を受け流していく。

 一度、お互いに間合いを離す遊輝とSGY。

「ふふふ…妾の爪を受けて無傷とは…」
 血の色をした小さな舌で爪を舐める遊輝。
 あれだけの攻撃をした後とは思えぬ程、彼女の呼吸は落ち着いていた。
「…では、これならどうじゃ?」
 と微笑を浮かべた遊輝の姿が、突然掻き消えた。

 轟――。

 突風がSGYの身体を吹き抜けていく。

「…斬華(ざんげ)」
 いつの間か、SGYの背後に移動していた遊輝がポツリと言った。
 瞬間、SGYの身体が三枚に下ろされた――が、すぐさま再生し、再び遊輝
に迫る純白の魔神。

 当の遊輝はさして驚きもせず、むしろ楽しげに笑っていた。
「ほほう、この程度に刻んだだけでは蚊程にも感じぬか? ならば…」
 伸びていた爪を戻すと、迫ってくる敵に向けて右手を開いた状態で突き出し、
「…咬壊(こうかい)」
 そして、握りつぶす様に手を閉じた。

 きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!

 突如、苦しげな声を漏らすSGY。
 その胸の部分が、まるで遊輝の手の動きに合わせたかの様に、深くえぐり取
られていた。

「あはぁ、良い声で哭きおるわ…。たまらんのぅ…」
 自らの身体を抱きしめ、遊輝は恍惚の表情を浮かべた。





 久々野は西山の傍らに膝を付き、彼の身体に手をかざす。
「我は癒す左様の傷痕」
 彼が治癒の音声魔法を口にすると、西山の傷口が見る見るうちに塞がってい
った。
「…すまない」
 立ち上がり、久々野に軽く礼を言う西山。
「ふふ、ツケとくよ…」
 少し戯けて笑う久々野。が、すぐに真面目な顔になり、空を覆う雲を険しい
表情で睨み付けた。

 時折、雲の向こうから轟音が聞こえ、閃光が走る。
 恐らく、あちら側では凄まじい激闘が繰り広げられているのだろう。

「久々野!」
 ハイドラント、岩下、エリアの三人が久々野の元に走ってきた。
「ハイド…無事だったか…」
 安堵の息を付く久々野。
「こっちも何とか大丈夫」
 ルミラ、耕一も姿を見せ、彼らに少し遅れてエーデルハイドを抱いた芹香と
dyeが続く。

「久々野…あれは一体…」
 ハイドラントが先程の少女の事を訊く。
 久々野は「判らない」と首を横に振った。
「敵では無いようだけど…」
 雲の向こうの戦いに目を細めるdye。
「今は、ただ待つ事しか出来ない…か」
 岩下がポツリと呟いた。





「んふふ…主との戦い、なかなか楽しめたぞ。これはその褒美じゃ、受け取れ
い!」
 遊輝が冷笑を浮かべ、両手を胸の前へ持ってきて組み合わせる。
 組み合わせた手と手の隙間からプラズマが迸った。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
 大きく息を吐きながら、組み合わせた手を離していく遊輝。
 すると、手と手の間にオレンジ色した光球が生じ始めた。
 遊輝が手を離していくに従い、大きさを増す光球。
 白い彼女の肌が、そこからの光で橙色に彩られていく。

 やがて光球はSGYを飲み込むほどに成長した。

「はあぁっ!!」
 気合いと共に、それをSGYへ向かって放り投げる遊輝。
 創造主の手を放れた光球は、プラズマを放ちながら目標へと迫る。

 オレンジの光球は確かにSGYを捉えた――かに見えた。
 しかし、SGYはその両腕を大きく広げ、光球を包み込む様にして抱き止め
ると、何とそのまま遊輝へと投げ返した。

「何!?」
 遊輝の目が大きく見開かれる。
「くっ!!」
 身を捻り、今し方自分の放った光球をかわす。
「滅火(ほろび)を投げ返すとはっ!」
 遊輝の意識が光球に行った瞬間を逃さず、SGYが間合いを詰める。
「っ!!」
 接近してくるSGYに気付いた遊輝が、翼を広げ逃れようとするが間に合わ
なかった。

 肉のひしゃげる音がして、SGYの肋骨がめくり上がった。
「なっ!」
 めくり上がった肋骨は触手と化し、アルピノの少女に向かって伸びていく。

 遊輝の両手両足に巻き付き、左右に引っ張る触手。
「しまったっ!」
 彼女は四肢を触手に絡め取られ、無防備に身体を開いた状態で拘束されてし
まった。

 SGYがゆっくりと近付いてくる。
 遊輝は力を込め触手の戒めから逃れようとするが、絡み付いたそれはビクと
もしなかった。
 そうしている内、触手の一本が彼女の和服の裾から中に入り込んだ。

「ヒッ!」
 思わず身を竦ませる遊輝。
 自由を奪われた遊輝の身体を蹂躙するSGYの触手。
 和服の下を触手が不気味に動き回る。
「ん…っく…はっ……」
 遊輝の頬が朱を帯び始め、呼気が荒くなる。
 眉間に皺を寄せ、押し寄せる快楽に耐える姿はとても艶めかしい。
「うっ…くっ…妾が…んんっ…こ、このような輩に…くっ…はぁん……」
 屈辱心に頭を垂れ、押し殺した喘ぎ声を漏らす遊輝。

 やがて少女の身体を堪能した触手が胸元から這い出し、彼女の首に巻き付く。
 触手は下を向いたまま動かない遊輝の鼻の前で、威嚇する蛇の様に鎌首をも
たげた。
 その先端が二つに分かれ、紅い舌がチロチロと覗く。

「図に乗るなよ……この下衆が!」
 不意に遊輝の頭が上がったかと思うと、彼女は目の前の触手に噛みつき、そ
して引きちぎった。
「妾の身体を好きにして良いのはただ一人! ジン・ジャザムだけじゃ!!」
 少女の両手がそれぞれ印を作る。
「いでよ! 喰闇(くやみ)共!」
 彼女の呼び声に答えて、周囲にどす黒い瘴気を纏った八個の球体が出現した。
 それは額に角を生やした鬼達の干し首だった。

 八個の干し首達は、皆、一様に目の部分を縫いつけられており、額には不可
思議な模様が描かれていた。
 大きく裂けた口には鋭い歯列が並び、時折その隙間から怨嗟の呻き声がこぼ
れる。

「妾の喚びし餓鬼共よ! 思う存分に喰らうがいいっ!」
 遊輝が一声発すると、干し首達は飢えた獣の如く、一斉にSGYに食らいつ
いた。
 ある首は腕に、またある首は足に、そしてある首は遊輝の身体を縛る触手に。
「よし!」
 拘束を解かれ、空に舞う遊輝。

 があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 一方のSGYは、まとわりついてくる首達を振り払おうと必死に手を動かす
が、干し首達は器用にSGYの腕を擦り抜け、その身体に牙を立てる。

「くくく…無駄よ無駄。そやつらは、一度喰らい付いたら獲物を食い尽くすま
で離れる事はない…。くくく…」
 口元に手を当てながら冷たく笑う遊輝。
「…だが!」
 瞳が怒りの色を帯びる。
「主には、もっと残酷な方法で常世の闇へ送りつけてくれる!」

 遊輝の右手が天に向けられた。爪が鋭さを増す。
「…ぬんっ!」
 次の瞬間、何と遊輝は自らの胸元に右手を突き刺した。
「ぬっ…ぐぐぐっ! がはっ!」
 ずぶずぶと白い柔肌にめり込んでいく遊輝の右手。
 口元から紅い雫がこぼれ、細い糸を引いた。





「よせ、遊輝っ!! その槍は! 哭戟(なげき)の槍は使うんじゃない!!」
「ジンっ!!」
 Leaf学園本校舎跡地では、遊輝の行動を察知したジンが、セリスに身体を
支えられながら天に向かって叫ぶ。





「もう遅いわ!」
 右手が手首の辺りまでめり込んだ時、遊輝の手が止まった。
「くふぅ…」
 今度は逆に手を引っぱり出す遊輝。
「ふうぅぅぅ…はあぁぁぁぁ…」
 ずるりと右手が外へ出た。そこには、細長い棒状の様な物が握られていた。
 左手を添え、両手でそれをずるずると引き出す遊輝。
「んんっ…く…あはぁっ……」
 棒が引き出される度、遊輝の口から快楽に震える吐息がこぼれる。

 やがて、その棒状の物体が完全に外部に引き出された。

 遊輝が自分の身体から取り出した物、それは彼女の身長の倍はあろう長さの
槍だった。
 ぬらぬらと遊輝の体液で鈍く光るその槍は、長さにしておよそ3メートル。
 有機物を彷彿させるデザインをしており、先端部分が二股に分かれていた。
 更に驚くべき事に、その槍を取り出す際に生じた胸元の傷は、まるで今の
出来事が無かった事の様に綺麗に塞がっていた。

「くくく…待っておれ、今、最高の苦痛を絶望と共に叩き込んでくれる」
 少女の顔に嗜虐の嘲りが浮かんだ。

「散れ、喰闇共!」
 パチンと遊輝の指が鳴ったかと思うと、それまでSGYを取り囲んでいた干
し首達が霧散していく。
 口の端から伝っていた紅い筋を遊輝の舌が舐め取る。
 いつの間にか、その白い相貌の上に隈取りの様な模様が浮かび上がっていた。
「ふふふ…妾を辱めた罪、己の愚行を永遠の苦痛の中で悔やむがいい!」
 翼を広げ、SGYへと降下していく遊輝。

 しゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 SGYはて干し首に食われた箇所を一瞬で再生させると、降下してくる遊輝
を迎え撃つ様に飛んだ。

「ぬんっ!!」

 遊輝は迫り来るSGYめがけて、手にした不気味な槍を振るった。
 SGYは槍の届くギリギリの間合いで急停止し、それをかわす。
 遊輝の唇がニヤリと歪んだ。
「甘いわっ!!」

 ぎしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 絶叫を上げるSGY。
 槍の攻撃は確かにかわした筈なのに、何故かその身体には袈裟懸けに深く抉
られた傷痕が。
 血の色をした体液が迸り、更には、斬られた傷が腐臭を放ちながら腐り落ち
ていく。
 喉を激しく掻きむしり、悶絶するSGY。

 遊輝が喉の奥をコロコロ鳴らして嗤った。
「この槍で傷付けられた者は、気が狂いそうな程の苦痛を味わう。ああ…妾に
は見えるぞ、主の身体を蹂躙する激痛の疾走が…。ふふ、苦しかろう…」
 悦の入った表情で自らの身体を抱きしめる遊輝。
「傷を再生させようとしても無駄じゃ。この槍で付けられた傷は如何なる手段
を持っても癒す事なぞ出来ぬわ」
 遊輝の言うとおり、SGYの胸部に生じた傷は再生するどころか、ますます
広がっていた。

「さあ! 止めをさしてくれようぞ!!」
 突きの構えで槍を待ち直し、SGYに向かって行く遊輝。
「これで終わりじゃあっ!!」

 交錯する遊輝とSGY。
 肉が何かに貫かれる音がした。

 ぐるあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!

 おぞましい絶叫を上げて、SGYは地表へ落ちていった。
 胸に槍を突き立てながら――。





 雲を突き破って、何かが地表に激突する。
 凄まじい地響きの後、もうもうと立ち上る粉塵。

「くっ!」
「きゃっ!」
「ちっ!」
 久々野達は、その衝撃を何とか堪える。

「ヤツか? それとも…」
 地響きが収まった頃、耕一がポツリと呟いた。

 うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…。

 粉塵の向こうで、SGYのシルエットが浮かび上がる。
「しぶとい野郎だぜ…」
 ハイドラントが歯噛みした。

 おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!

 天を突く咆吼の後、翼を広げ再び飛び立とうとするSGY。
 周囲を覆っていた土煙が散る。
 その時、露わになったSGYの身体を見た久々野は、胸部に槍状の物体が突
き刺さっているのに気付いた。

 ――あれはっ!?

 久々野の観察眼が光る。

 SGY鈍い動作で胸に刺さっている槍に手をかけ、それを引き抜こうとして
いた。

 ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 苦痛と怨嗟の込められた雄叫び。
 SGYがその槍を引き抜こうとする度、そんな悲鳴にも似た咆吼が辺りを揺
るがす。
 やがて、ずるりと抜け落ちる槍。途端に、その傷口から血の色をした体液が
噴水の様に吹き出した。

 がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 傷口を押さえ、苦しみ悶えるSGY。

 ――あの苦しみ方は異常だ…。まさか! 再生出来ないのか!?

 見れば、胸部の傷は再生するどころか腐り始めてすらいた。
 同時に、久々野はSGYから発せられる威圧感の様な物が、以前より薄らい
でいるのを、そこはかとなく感じた。
 雲の上で行われた戦闘で、SGYは何らかの致命的なダメージを受けたに違
いない。
 そう彼は判断した。

 ――チャンスだ。

 久々野の頭の中で誰かが叫んだ。

「我は放つ!」
 SGYに向けて手を突き出す久々野。
「あかりの白刃ッ!!」
 瞬間、久々野から放たれた九条の光熱衝撃波は、尾を引きながらSGYへと
迫る。
 九本の衝撃波の内、五本がSGYに命中した。

「久々野っ!?」
 突然の久々野の行動に怪訝な顔をするハイドラント。
 久々野は、そんなハイドラントの視線など気にせず、逆に彼に向かって叫ん
だ。
「ハイド! チャンスだ!! 奴の動きを止めろっ!!」
「え? え?」
 一瞬あっけに取られたあと、久々野とSGYを交互に見ていたハイドラント
だったが、SGYの胸が腐り始めているのに気付き、「そうかっ!」と久々野
の考えを理解した。

「ヤスランの樽よ!!」
 ハイドラントの一声で、不可視の力がSGYの立っている空間に降り注ぐ。
 SGYを中心とした周囲の地面が、まるで巨大な金槌で叩いたかの様に大き
く窪んだ。

 があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 不可視の圧力に耐えかねて片膝を付くSGY。
 が、すぐにそれに逆らい起き上がる。
「ぐっ! あの圧縮空間の中を動けるのかっ!!」
 奥歯を噛みながら呻くハイドラント。



「mars!」
 ルミラの声がした。
 彼女は目を閉じ、精神を集中させながら呪文を紡ぎ始めていた。
「mercury! jupiter!」
 彼女の両手が仄かに光り、左右の人差し指が、それぞれ空中に不思議な模様
を描いていく。
「moon! sun! venus! saturn!」
 模様はやがて組み合わさって一つの魔法陣となり、微かな燐光を放つ。
「天空に輝く7つの惑星よ! 我にその力を貸し与えよ!!」
 閉じていた瞼を開け、声高らかに叫ぶルミラ。
「NOILA−TEM!!」
 刹那、ルミラの創り出した魔法陣が一際眩い光を放ったかと思うと、そこか
ら凄まじいエネルギーが迸った。
 エネルギーは凝縮され一筋の光線となり、螺旋を描きながらSGYへと伸び
てゆき、その頭部を吹き飛ばす。



 SGYは頭を吹き飛ばされた余波で後ろに仰け反りつつも、何とか体勢を立
て直してその両腕を地面に突き刺した。

「来るっ!!」
 岩下が叫んだ。
 ほぼ同時に、久々野達の周囲から白い触手が飛び出し、一斉に襲いかかる。
「させるかっ!!」
 しかし、耕一が疾風の如き速さで動き、地面から現れた触手群は一瞬で切断
された。



「よしっ!」
 西山が一歩前へ進み出る。
「不敗流最終奥義!」
 足を広げ重心を低く取り、両手を右腰の辺りに持ってゆき、何かを挟み込む
ような形に揃える。
「石ッ破ッ!!」
 西山の身体が金色に輝き、揃えた手の間から眩い光が零れ始めた。
 光はやがてオレンジ色の光球を形作る。

「マインドウェーブ!!」
 エリアが西山に向けて杖をかざしながら、攻撃力増強の魔法を唱えた。
 彼女の手にした杖から溢れた赤い光が西山を包む。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉ…」
 西山の全身に力が漲り、腰だめに合わせた両手から溢れる光がより一層輝き
を増す。
 それに合わせて、光球は質量を増加させていき、彼の手を押し広げていく。
 空気は震え、地面には亀裂が走り、土砂が彼の周囲を舞った。
「…ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 やがて光球がバスケットボール程の大きさになった時、
「エディフェル!! 天ッ! 驚ッ! けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんッ!!」
 腹の底から叫びながら、西山はオレンジ色の光球をSGYめがけて突き出し
た。

 西山の手を放れた光球は、途中、大きさを二周りほど更に増大させるとSG
Yの左上半身に命中し、そこを消滅させた。



「…エーデル、力を貸して…」
 胸元に抱いた猫に囁く芹香。
 エーデルハイドは、まるで「判ったよ」と言った感じに「にゃあ」と鳴くと、
彼女の腕を擦り抜け地に降り、ちょこんと澄まし顔で地面に座る。
「来栖川芹香の名に於いて……。不死なる象徴よ、再生の使者よ、紅蓮の翼を
持つ者よ…」
 目を瞑り、静かに、そしてはっきりした声で呪文を唱え始める芹香。
 彼女の身体から陽炎の様な光が立ち上り始めた。
 そんな彼女の肩をそっと抱きしめるdye。
「先輩、力を貸すよ…」
「…dyeさん……ありがとう……」
 芹香は背後のdyeにだけ聞こえる小さな声で一言礼を言うと、左肩に置か
れた彼の手に自分の右手を重ねる。
 彼女の身体から立ち上った光は手を通じdyeの身体に伝わる。
 やがて、dyeの身体からも同じ様な光が立ち上り、二つは溶けて交わり、
より大きな陽炎となった。

「我が下僕の身体に宿りて、その姿を現し給え…」
 緩やかな動作で、地面に座る自分の飼い猫に向けて左手をかざす芹香。
 すると、エーデルハイドを中心として、地面に魔法陣が浮かび上がった。
 同時に彼の身体に変化が訪れる。
 その愛らしい姿が紅蓮の炎に包まれたかと思うと、猫の発する物とは思えな
いほどの甲高い声で一声鳴いた。

 キョオォォォォォォォォォォォォォォォッ!!

 エーデルハイドを飲み込んだ炎は、いよいよその勢いを増し、天に届く勢い
で立ち上る。

 キョオォォォォォォォォォォォォォォォッ!!

 嬌声と共に、火柱の先端から一羽の鳥が飛びだした。
 神々しいまでに紅く輝く炎の身体を持った不死鳥フェニックスが。

 キョオォォォォォォォォォォォォォォォッ!!

 フェニックスは空中で翼を広げ体勢を直すと、眼下のSGYへと滑空してゆ
く。
 緩やかなカーブを描き降下していく不死鳥は、途中、その身体をより鋭い物
へと変えていった。

 ぶつかり合う白と紅。
 紅蓮の刃と化したフェニックスの体当たりを受け、SGYは上下に両断され
た。



「大気に宿りし精霊達よ、その力を解放せよ!!」
 岩下が叫んだ。
 良く通る大きな声で、大気中に散らばる全ての炎の精霊に呼び掛ける。
 同時に彼の体躯から青白い炎が滲み出だした。
「炎の精霊達よ、天界の灯火と共に、古よりの闇、邪なる力を食らう、聖なる
劫火と化し、彼の敵を滅ぼせっ!! 烈火っ! 滅却炎儘っ!!」
 岩下の詠唱が終わると同時に、SGYの頭上に蒼い明滅を繰り返す小さな玉
が出現し、弾けた。
 刹那、瀑布の様な蒼い炎の固まりがSGYに降り注ぎ、まるで獲物を一飲み
する蛇の如くその全身を包み込む。

 SGYを飲み込んだ蒼い炎は、辺りの空気を激しく吸い込みながら激しくう
ねり、その質量を増加させていく。
 やがて、それは形態を球状に変え、周囲数十メートルに存在する全ての物を
飲み込み燃焼していく。

 天空の雲を溶かし、大地を熔解させる蒼き炎の中では、例え神や悪魔でも耐
える事などは出来ないだろう。
 今度こそ終わった。
 そこにいる誰もがそう思った時、全てを浄化する筈の蒼き火球の頂上から、
右腕だけになったSGYの上半身が姿を見せた。

 最後の足掻きだろうか。
 SGYは、既に高熱のため熔けて原型を留めていない右手を、天に向かって
伸ばす。

 が、それも一瞬だけだった。
 再び、ゆっくりと蒼い火球の中へ沈んでいくSGY。
 そして、Leaf学園を恐怖のどん底に叩き落とした恐るべき魔神が、再び
立ち上がる事はなかった。





                              ――つづく





               ▼次回予告▼

 遂にSGYは斃された。
 一方、学園側の戦いも終結し、拓也達は久々野達が返ってくるのを待つ。
 辛く長い一週間が終わろうとしていた。

 次回、偽典Lメモ『大戦』第十七話−帰還−。

 死闘を終えた勇者達を待つもの、それは――。

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 さ、長かったこのシリーズも、ようやく終わりが見えてきたねぇ〜(笑)。