偽典Lメモ『大戦』最終話 投稿者:Fool

 ここまで来るのに約二年…。長かった…本当に長かったよ…。
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               ▼あらすじ▼

 久々野の禁断の必殺技、《自虐の唄》で遂にSGYは滅んだ。
 学園を覆う禍々しい雲は晴れ、明るい空が戻ってきた。
 七日間続いた辛い戦いは、学園側の勝利でその幕を降ろした。





            偽典Lメモ『大戦』最終話

                −再生−





 あの忌まわしい戦いが終わってから、約一ヶ月が経過していた。
 完膚無きまでに破壊された試立Leaf学園は、来栖川、鶴来屋の両組織が
持つ膨大な資金と、数々の最新技術の投入によって急速な再建が行われていた。
 現時点での復旧状態は80%強。この調子なら、あと半月もしない内に学園
として再スタートする事が可能であった。



 塗料の匂いが充満する真新しい廊下に、コツコツと足音が響いていく。
 所々にビニールが張られ、建材の転がっている通路を、一人の生徒が歩いて
いた。
 Leaf学園風紀委員長、久々野彰である。

 久々野の足取りは何処かぎこちなかった。
 それもその筈、彼は先の戦いで負った傷がまだ癒えていないのだ。
 頭や胸元に巻かれた白い包帯が、彼の怪我の重さを物語っている。

 廊下に並ぶ、とあるドアの前で久々野の足が止まった。
 扉のプレートには《生徒会室》と書かれていた。
 ドアを二回ノックする。
「どうぞ」
 返事が返ってきてから、彼は静かにドアノブを捻った。



 窓際にある大きな机に、Leaf学園生徒会長月島拓也は座っていた。
「すまなかったな、急に呼び出して…。まあ、楽にしてくれ……」
 拓也はドアを開けて入ってきた久々野に笑いかけると、部屋の中央に備え付
けられた応接用のソファーを薦めた。
「少し待っててくれ。この書類だけは片づけておきたいんだ…」
 拓也も久々野同様、まだ戦いの傷が癒えていなかった。
 彼は右腕を三角巾で吊った状態で、慣れない左腕を駆使し、必死に書類業務
をこなしていた。
 そんな姿に、賞賛とも皮肉とも取れる笑みを浮かべながら、久々野は薦めら
れたソファーに腰を沈めた。
 一息付いてから、辺りを見回してみる。

 この部屋も他と同様、新築の匂いで一杯だった。
 拓也が座っている机と、久々野が腰を下ろしているソファー、それと部屋の
隅に置かれたテレビとビデオデッキ。
 それら以外の備品はまだ無く、真新しい感じのするクリーム色の壁が目に痛
かった。

 ふと、彼は自分の座っているソファーの隅に、一冊のファイルが置かれてい
るのに気付き、それを手に取る。
 ファイルの表紙には『Leaf学園SS使いリスト』とワープロで書かれた
ラベルが張られている。
 久々野の左目が微かに動いた。

「先の闘いを生き抜いた人間の中で、SS使いと呼ばれる人間…もしくは、そ
の力を秘めた人間をリストアップした物だ。…勿論、リストには君の名前も含
めてある」
 書類にサインをしながら拓也が言った。
 久々野は何も答えなかった。
「まさか、こんなにたくさんいたとはね…。ふふふ…」
 拓也の言い回しに、何処か嫌味を感じたのは久々野の気のせいではないであ
ろう。

 SS使い――世界を変える事の出来る力を持つ者達――。
 その存在は、拓也の自尊心を少なからず挑発しているのは明らかだった。
 普段何気なく付き合っていたクラスメイトが、実は選ばれた力の持ち主だっ
たら、人は羨望か嫉妬のどちらかの感情を抱く。
 どうやら、拓也の場合は後者のパターンに当てはまる様だ。

 ここで、嫌味を皮肉で返すのは簡単だが、怪我が癒えていない今の久々野に
はそんな気も起きなかった。
 部屋を後にしても良かったが、まさかこれだけの為に拓也が呼び出すとも思
えなかったので、久々野は話題を変える事にした。

「電波、使ったらしいな…」
「ん? …ああ」
 書類にサインをしながら、苦笑を浮かべる拓也。

 戦いが終わってから拓也は、来栖川、鶴来屋両陣営の力を駆使し、完璧な情
報操作によって、マスコミはおろか国家権力からも事件の真相を隠し通した。
 今回の事件は、異空間に存在するLeaf学園を常に安定させている空間制
御装置に不具合が生じ、それによって学園が崩壊し、多数の死傷者を出した。
という事で一応の決着を見た。
 空間制御装置の不具合に付いては、外部組織によるテロリズムという説で落
ち着かせた。
 しかし、学園側の発表に疑惑を抱いた一部のマスコミが拓也達に食いついた
が、結局彼らは真相を突き止める事が出来なかった。
 そして事件から数週間もしない内に、お茶の間の話題は芸能人のスキャンダ
ルへ移っていき、Leaf学園の騒動は人々の記憶から忘れ去られていった。

 更に拓也はそれだけで終わらせず、密かに電波を使い、生存者全ての記憶を
その様に書き換えた。
 ただ一人、久々野を除いて。
 結果、全て知っているのは拓也と久々野の二人だけとなった。

「電波で記憶を書き換えたと言っても、恒久的な物じゃない…。時間が来れば
本当の記憶が整合されて復元する様になっている。…その為、人によってはあ
の事件についての事柄が違ってくるがね…」

「ふっ」と久々野が笑った。
「…SGYの存在を隠す理由は?」
 拓也は書類を引き出しの中にしまい、代わりに一本のビデオテープを取り出
す。
「…これさ。…今日は、これを見てもらう為に君を呼んだんだ」
 彼は部屋の隅にあるビデオデッキにテープをセットすると、再生ボタンを押
してテレビの電源を入れる。
 ブラウン管の中に電子的な砂嵐が数秒走った後、映像が映し出された。



 そこは完全な密室だった。
 壁は特殊な衝撃吸収材の様な物で白く覆われており、窓も無ければドアらし
き物も見あたらない。
 広さにして四畳半位の部屋の中には家具などもなく、ただ一人の人間がうず
くまって座っていた。

「来栖川研究所内の特別施設だ…。監禁用のな…」
 拓也が場所を説明する。
 映像がズームされ、うずくまっている人間がアップになる。
 若い男だった。年はそれを見ている二人と大して違わない。

 男は、重度の精神病患者が着けるような拘束着に四肢をがっちりと固定され、
更には、頑丈な鎖を拘束着の上から巻かれていた。
 まるで、危険な動物を無理矢理封じ込めている様な、そんな感じを映像から
受ける。
 しかし、男は危険動物と言うより廃人だった。
 酷く虚ろで生気の抜け落ちた瞳、涎を垂らしている半開きの口。
 まばたき一つしないその表情は、まるで死者のようである。
 しかし、胸が規則的に上下しているから、どうやら生きてはいるらしい。

「この男っ!?」
 久々野の顔に衝撃が走った。
「気付いたか」と拓也。
 久々野はこの廃人の様な男を知っていた。
 知っていたからこそ、何故この男がここまで厳重に拘束されているのかを理
解した。
「SGY…」
 呻くような声で、久々野は男の名を呼んだ。

 SGY――先の騒動の元凶。学園を破壊し尽くした巨人へと変貌した生徒。

「ふぅ」と嘆息をついてから拓也は話し始めた。

「戦いが終わった翌日の事だ。学園を復旧させる為、来栖川、鶴来屋両陣営の
関係者が調査のため学園を訪れた。その時、SGYとの最終決戦の場所の近く
であの男を発見した」
「……」
「…男は発見した時からあの状態で、ろくに喋る事も出来なかった為、学園の
データベースで照合した結果、なんと今回の事件を引き起こしたSGY本人で
ある事が判った」
「……」
「…男は直ちに来栖川の施設に移され、何度も精密検査を行った…。それこそ、
遺伝子レベルで…。結果、判明した事実は二つ…。あの男の身体的構造は人間
そのものであるという事と、重度の記憶障害を起こしている為に、自分の名前
以外何も覚えていないと言う事だ…」
「……」
「…名前もSGYと言うのは偽名で、本名はFoolと言うらしい。本当かど
うか判らないがね…。それと、過去の記憶を失っている為、何故SGY…じゃ
ない、Foolが巨人へと変貌したのかは完全に不明だ。あと、経歴もな…」

 コホンと咳払いをして、久々野へ向き直る拓也。

「さて、この男の処置なんだが、僕はFoolに治療を施こし、回復したのち
に再び生徒として学園に転入させる事に決めた」
「何だって!?」
 勢い良く立ち上がる久々野。
「本気で言っているのか!? ヤツが、あの男がこの学園で何をしたのか!!
もう忘れたって言うのか?」
 拓也へ激しく掴みかかろうとする久々野だったが、興奮のため傷が痛み、そ
の場へうずくまる。
「落ち着け」と久々野をなだめる拓也。
「忘れちゃいないさ。当初は僕だってコイツを学園に再転入させる気なんてな
かった。だがな…」
 そこで神妙な面持ちになる拓也。
「実はもう一つ、お前に見せたい物がある…。そうすれば理由も判るさ…」
 そう言って、彼は久々野へ左手を差し出した。





 あれから久々野は拓也に連れられ、学園の敷地の隅にある雑木林に案内され
た。
 普段、滅多に人の来ない林の中には打ち捨てられた廃屋があり、その中には、
地下向かって伸びる階段が隠されていた。

 廃屋の壁には二個の懐中電灯が掛けられていて、拓也はその一つを取ると久
々野に向かって「ほら」と差し出す。
「見せてやるよ、Foolを学園に再転入させる理由を…。そして、SGYの
存在を隠蔽した訳を…」

 拓也の言葉に、久々野は微かに胸騒ぎを覚えた。





 湿った空気と土の匂いが充満する闇の中を、二つの人造の明かりがチラチラ
揺れていた。
 拓也と久々野、二人は天然の洞窟の中を歩いていた。
 拓也が先頭を行き、その後に久々野が続く。
 時折、天井からこぼれ落ちる水滴が、ピチャン、ピチャンと哀しい音を刻ん
でいく。
 吹き抜ける風は、まるで生物の息吹を彷彿とさせる程に生々しく温い。

「学園地下には、巨大な地下迷宮が広がっているって噂を聞いていたが…」
 手にした懐中電灯で、周囲を照らしながら感心した様に呟く久々野。
「本当にあるとは思わなかったか?」
 先の闇を見たまま、少し可笑しそうに言う拓也。



 闇に支配された空間では、時間や距離を正確に知覚する事は困難である。
 どれくらい歩いただろうか。そんな事を久々野が考えた時、不意に二人は開
けた場所に出た。

「ここは…?」
 辺りを懐中電灯で照らす久々野。
 そこは、小さなドーム状になった空間だった。
 まるで、巨大なスプーンで地面の中だけを抉った様な。

「久々野、あれを見ろ…」
 拓也が手にした懐中電灯の光で、ドーム状に開けた空間のある一点を指した。
 遅れて、久々野の光が拓也の指し示した場所を照らす。
「っ!! こ、これはっ!!」
 久々野の発した驚きの声が、空間の中で木霊する。
 大きな声を出してしまったと、慌てて口を押さえる久々野。
「ま、まさか…これは……」
 彼の声が恐怖に震えた。
「SGY!?」

 空間の中央、やや天井寄りの所に薄い皮膜で覆われた繭の様な物があった。
 かなり巨大な繭だ。大きさにして5、6メートルはあるだろう。
 その巨大な繭は、周囲の壁に向かってたくさんの糸を伸ばし、それに支えら
れる様な格好で宙に浮いていた。
 そして、繭の中には一ヶ月前、Leaf学園を壊滅状態にした恐るべき巨人、
SGYが膝を抱えた状態で存在していた。
 一番最初に出現した時の状態、薄桃色の巨人の姿で――。
 その身体が規則的に微動しているのは、恐らく呼吸をしている為であろう。
 つまり、生きている――という事である。

「そ、そんな馬鹿な!! ヤツは…SGYは自虐の唄で確かに滅んだ筈っ!!」
 学園を完膚無きまでに破壊したSGYは、久々野や拓也達の手で斃された筈
だった。
 だが、今、ここにこうして存在している。
 そもそも、その凄まじい再生能力を考えれば、あながち不思議な事では無い
のかもしれない。
 何せ、先の戦いでも、その再生能力で二度甦ったのだから――。

「…確かにあの時、僕の破壊電波はSGYを貫き、ヤツに止めを刺した。…だ
がその後、Foolが学園で発見された時、僕は嫌な感じがして学園全体をく
まなく調査してみた。そしたら、ここでコイツを見つけたのさ……」
 目を細めながらSGYを見る拓也。

「僕がFoolを再転入させる理由はここにある。我々がどんなに力を振るお
うとも完全に斃す事の出来なかったSGY…。だけど、もしかしたらあの男が
この化け物を斃す鍵を握っているんじゃないか。…ってね」
「…SGYの存在を隠蔽したのは、それによるパニックを起こさせない為か…。
確かに、こんな物騒なヤツが学園の地下にいるのが知れ渡ったら恐ろしい事に
なるな…」
「…だろ?」
「なるほど…全て合点がいったよ……。確かに、逆の立場だったら君と同じ事
を考えたよ……」
「ご理解頂けたなら幸いさ。…さ、戻ろうか。こんな所に長居は無用さ…」
「ああ……」

 繭に背を向け、その場を後にする拓也。
 彼に続く久々野だったが、途中で立ち止まり、背後を振り返る。
 久々野の目が繭の中で眠るSGYを刺した。
 そんな彼の視線を受けてか、SGYの閉じられている瞼が微かに開き、久々
野を嘲笑うかの様な形に変わった。
 忌々しげに短く舌打ちすると、彼は再び拓也の背中を追った。
「生徒会長、ここの空間は完全に閉鎖した方がいいな…。物理的、呪術的の両
面で…」
「手配してるよ…。もっとも、コイツが目覚めた時には何の役にも立たないだ
ろうから気休めにしかならないだろうがね」

 やがて、二つの足音は闇の中へと消え去っていった。





 さらに一ヶ月が経過した。

 試立Leaf学園は完全に復旧した。
 さすがに、先の騒動を生き抜いた者達の表情は重かったが、それも時間が解
決してくれるだろう。
 何はともあれ、学園に通うに人間達には再び賑やかな日常が戻ってきたのだ
から。

 今回の騒動で、学園は多数の転入生を迎え入れる事となった。
 内外国にかなりの募集がかけられ、多数の生徒達が新生Leaf学園の門を
くぐる。
 期待と不安、そして思惑と力を隠しながら。

 そして、今日も一年のある教室では一人の転入生を迎えていた。
 朝のホームルームで担任の教師に紹介されたその生徒は、教壇に立ち軽く会
釈して挨拶をする。

「初めまして、Foolって言います。皆さん、これからよろしくお願いしま
す…」

 様々な予感を孕みつつ、静かに“運命”と言う名の刻は動き始めた。





      【And in 1 year passde……】





                                ――了

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             偽典Lメモ『大戦』



[原案・原作]

 久々野彰
『Lメモ超外伝の外伝(運命の決戦編)SP7「思えば私も青かった」』より



[シリーズ構成・脚本]

 Fool



[設定協力]

 ジン・ジャザム(遊輝設定)
 Yin(フィルスノーン魔法)



[参考文献]

『自虐の唄』 著者 久々野彰
 Lメモ 超私的外伝その二『新たなる旅立ち』 著者 岩下信
 Lメモ異聞・策は放たれた(上・下) 著者 dye



[スペシャル・サンクス]

 Rune
 XY−MEN
 佐藤昌斗
 デコイ
 YOSSYFLAME
 昂河
 東西
 無口の人

 And

 全てのLメモ参加者と読んでくれた方々



                            (順不同敬称略)

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 終わったー!!
 後書きに書きたい事は色々あるけど、長くなるんでパス(笑)。