偽典Lメモ『大戦』第三話  投稿者:Fool
 この《SGY大戦》シリーズですが、書いていて色々と勉強になりました。
 …と言うより、自分の力不足を痛感したね(爆)。
 まぁ、才能が足りないところは、努力と経験(おたく歴?)で補いました。
 故に、悪ノリしてる部分が何ヶ所かあったりします……(汗)。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

               ▼あらすじ▼

 きたみち、佐藤、耕一、芹香――。
 彼らの健闘も空しく、遂に学園は巨人によって破壊されてしまった。
 長閑な昼下がりが一転、地獄と化す。
 燃えさかる炎を見ながら、巨人は不気味に嗤っていた。





            偽典Lメモ『大戦』第三話

                −涙雨−





 ごうごうと音を立てて、紅蓮の炎が踊り狂っていた。
 崩れ落ちる建物、燃えていく木々、焼け焦げていく大地、そして炎に包まれ
る人間達。
 今のLeaf学園は正に灼熱地獄と化していた。

 そんな燃えさかる炎の海の中に、一人の男が立っていた。

 不思議な光景だった。
 男は間違いなく炎の中に立っているのだが、その紅蓮の顎は彼を捕らえるこ
とが出来ない。
 まるで何かに守られているかのように、炎は彼の周囲に近寄る事すら叶わな
いでいた。

 男の名前はジン・ジャザム。Leaf学園の二年生である。

 ジンは、氷のように冷たい光を放つ双眸で炎を見ていた。
 しかし、その瞳の奥には確かな意志が感じられる。
 喜びや哀しみ、その他全ての感情を無理矢理抑え込んでいる強靱な意志の力
が。

「ふふふ…紅蓮の乱舞じゃ…。ジンよ、美しいとは思わぬか?」
 突如、彼の背後から鎖の絡み付いた白くか細い腕が現れ、ジンの首に巻き付
く。
 じゃらり、と鎖が鳴った。
「炎は良い…。ふふふ…見ているだけで身体が昂ぶってくる…」
 次いで、彼の右肩に浮かび上がる純白の相貌。
 それは美しい少女の顔だった。魔性の光を放つ真紅の瞳を持ったアルピノの
少女の顔だった。

「くふふ…ジンや、妾の身体が疼いて仕方ないわ」
 少女は年不相応の危険な甘さを含ませた声で、ジンの耳元に囁き、同時にそ
の雪色の細い指先で彼の頬を撫でる。
 並の人間なら、それだけで骨抜きになってしまいそうな愛撫だ。
 だが、ジンは姿勢を崩さずに、無言のままで少女の手を煩わしく払いのける。
「あん、つれない奴よ…。だが、主(ぬし)のそういうところ、嫌いではない。
ふふふ…」
 その時、一際大きな炎が立ち上ったと思うと、二人の姿を包み隠した。





「聞こえる…みんなの声が…」
 瓦礫の山の頂上で、一年の月島瑠璃子は虚ろな瞳に荒れ狂う炎の海を映して
いた。
 その赤い破壊者は全てを焼き尽くし、その残滓たる黒煙を曇天の空へ向かっ
て立ち上らせていた。
 鉛色の雲は黒煙を吸い込み、より一層大きさを増したかのように見える。
「みんなの心が、私の中へ入って来る……」
 瑠璃子は自分自身を抱きしめるようにして、その場へしゃがみ込んだ。

『痛い…痛いよう…』
『く、苦しい…』
『いやぁぁぁぁぁぁっ!! 誰か! 誰か助けてぇっ!!』

 瑠璃子の中に次々と木霊する絶叫。
 彼女は《電波》と呼ばれる不思議な力を使うことが出来る。
 特に精神感応(テレパシー)に似た力を得意とし、他人の心を、ある程度ま
でなら読み取ることが出来た。

 しかし、今はそれが災いとなっていた。
 今回の騒動で命を落とした者達が発する、今際の際の激しい感情。
 それが、瑠璃子の心の中へ勝手に入ってきて暴れ回っていた。
 つまり、彼女は生きながらに死を感じていた。

 無論、彼女は自らの心に壁を張り巡らせて耐えるが、死者の絶叫はそれを易
々と打ち破っていく。
 いくら不思議な力が使えるとはいえ、彼女はまだ十代の子供なのだ。
 一度にその様な感情の奔流を受けて、無事で済むはずもない。

「長瀬ちゃん…お兄ちゃん…助けて……」
 顔を苦痛に歪ませ肩を恐怖で震わせながら、少女は同級生の男子生徒と自分
の兄の名を呼んだ。
 自分と同じ力を持つ、自分の大切な二人の名を。





「生きている人間は旧校舎へ、怪我人は第一体育館へ向かえ!」
 生徒会長である二年の月島拓也は、一年の生徒会役員、吉田由紀と桂木美和
子を引き連れて、一般生徒の避難誘導を行っていた。

 巨人の攻撃によって本校舎群は完全に破壊されたが、現在使われていない旧
校舎と第一体育館は、場所が離れていたせいもあって殆ど無傷だった。
 拓也は風紀委員長である久々野と相談し、旧校舎とそこに隣接する第一体育
館を生徒の避難場所に決めていた。

 幸いにも大きなパニックは起きずに、生徒達の避難は進んでいた。

 ――まるで戦争難民だ…。

 拓也は、避難している生徒達の疲れ切った顔を見て、心の中で呟いた。
 もはや、彼らにはパニックを起こすだけの気力もないのだろう。

『…助けて…』
 ふと、拓也の脳に直接語りかけてくる聞き覚えのある声。
 弱々しく助けを求めるそれは、忘れもしない最愛の妹――瑠璃子の電波だっ
た。 

「瑠璃子…瑠璃子なのか? 何処にいるんだ! 瑠璃子!」
 突然、拓也は天に向かって自分の妹の名を呼び始めた。
「月島先輩?」
 拓也の奇行に眉をひそめる由紀。
「吉田君! 桂木君! 後は頼んだっ!!」
 拓也は二人にその場を託すと、全速力で駆け出した。
「あ、月島先輩!」
 拓也の背中に向かって由紀が声をかけたが、彼の耳には、もはや瑠璃子の声
以外入らなかった。

「もう! なんなの? 一体…」
 後には頬を膨らます由紀と、「さぁ」と首を傾げる美和子だけが残された。





『助けて…誰か助けて…』
「瑠璃子! 何処に居るんだ! 返事をしてくれっ!!」
『苦しいよ…痛いよ…』
「瑠璃子ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
 叫びながら、妹の姿を求めて走る拓也。
 やがて彼は、瓦礫の山の頂上でうずくまっている瑠璃子を見つけた。

「瑠璃子!」
 衣服が汚れる事など気にもせずに、一気に瓦礫の山を駆け登る拓也。

 瑠璃子は、母親とはぐれた迷い子のように泣き震えていた。小さな背中が、
より一層小さく感じられる。
「もう大丈夫だ、僕が付いてる」
 幼子に語りかけるような口調で言いながら、拓也は瑠璃子を後ろから抱き
しめた。

「お兄ちゃーん!!」
 拓也に向き直り、その身体に身を預ける瑠璃子。彼女の身体は異常なほどに
緊張していた。
 優しく妹の頭を撫でてやる拓也。
「大丈夫…大丈夫だよ、瑠璃子…」
「怖い…怖いよ…。みんなが…みんなの心が…悲しみや怒りが溢れてきて……」
「お兄ちゃんが付いてる…僕が瑠璃子を守ってあげる…」



 優しく妹を慰めている拓也。その兄の胸で弱々しく震えている瑠璃子。
 その姿は、仲睦まじい兄妹と言うよりも恋人同士に見えた。
 特に、二人の抱擁を少し離れた場所で見ている女生徒――太田香奈子には。
 香奈子の後ろには、健やかが苦い表情で立っていた。

 ――月島君…君の気持ちは判らないでもないけど……。だけど、それじゃ香
奈子ちゃんが…余りにも…。

「拓也さん…」
 香奈子の肩が嫉妬に震えていた。
 彼女の想いを知っている健やかは、やるせなさで胸が締め付けられる。
「香奈子ちゃん…」
 健やかは香奈子に何か言葉を掛けようとしたが、何も思い浮かばなかった。
 中途半端な同情など、言うことが許されない空気がそこにはあった。
「スミマセン…健やか先輩……少し独りにさせてもらえますか…」
 ひとしずくの水滴が香奈子の頬から流れ落ちる。
 悲痛な面持ちで「ああ…」とだけ言うと、健やかは彼女に背を向けた。
 自分の不甲斐なさが情けなかった。

 ――くそっ! 僕って奴は!

 ポツリ――。

「てっ!」
 その場から去ろうとした健やかの頭に、空から冷たい雫が落ちて来た。
「…雨?」
 頭を上げ、天を見る健やかの顔に幾つもの雫が落ちてくる。
 今まで沈黙を守っていた灰色の雲が、学園に向けて大粒の雨を降らし始めて
いた。

 ――これは…涙雨なのかも。

 健やかは降り始めた雨を見て、そう感じた。
 死んでいった者達への慰めと、報われない想いを抱く少女への。





 ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…。

 チューニングのずれたラジオのような音を立てながら、雨は生徒達が避難し
ている旧校舎と、隣接する第一体育館の屋根に降り注いでいた。

 ――私達…どうなっちゃんうんだろ…。

 疲れた表情を浮かべながら一年の雛山理緒は、旧校舎の教室で膝を抱えて小
さくしゃがみ込んでいた。
 一応電気は通じているらしく教室には明かりが灯ってるが、同じ部屋に避難
してきた生徒達の表情は暗い。
 溜息と共に瞼を閉じる理緒。

 ――良太達…きっと心配してるよね…。

 瞼の裏に小憎らしい顔をした弟と、彼より更に幼い妹の顔が浮かび上がり、
理緒の胸を締め付ける。

 ポツリ。
 その時、理緒の頭に冷たい雫が落ちてきた。
「冷たっ!」
 雫が当たった所をさすりながら、天井を見る理緒。
「っ!!」
 再び雫が落ちてきて、今度は額に当たった。
「雨漏り?」
 立ち上がって天井を凝視すると、丁度自分の座っていた所の上が滲んでいる。
そこからポツポツと水滴が落ちてきていた。



「バケツや! 洗面器でもええっ! とにかくなんか入れモン探すんや!」
 理緒とは別の教室で、独特のイントネーションで声を張り上げているのは一
年の保科智子だった。
「Hey! トモコ、清掃具入れの中にバケツがあったヨ!」
 これまた、独特な喋り声が教室の後ろからしたと思うと、智子に向かってバ
ケツが飛んできた。
「よっしゃ! ナイスや、レミィ!」
 智子は両手でバケツを受け取ると、それを放り投げた同じ一年の宮内レミィ
に向かって拳を突き出し、親指を立てる。

「レミィさん! こっちも何か頂戴!」
 落ちてくる水滴を両手で受け止めながら言うのは、教師の小出由美子だ。
「Wait! チョット待ってヨー…」
 ごそごそと清掃具入れの中に頭を突っ込んで容器を探すレミィ。しかし、手
頃な物が見つからないのか、なかなか顔を出さない。

「ウーン…何も無いみたいデス」
「は、早くしてー」
 そうこうしている間に、水滴を受け止めている由美子の両手が水で一杯にな
ってきた。
「由美子先生! コレ!」
 その時、部屋隅でウロウロしていた一年の日吉かおりが、錆びたスチール缶
を見つけてきた。
「かおりさん! 早く!」
「は、はい!」
 かおりが由美子の手の下に缶を置くと同時に、由美子はバケツの所まで走り、
その手の中の水をバケツの中に捨てた。

「ふぅ…これで一安心…かな?」
 濡れた手をハンカチで拭きながら、他に雨漏りが無いか天井を見回す由美子。
 どうやら、この教室の雨漏りは二カ所だけの様だった。
「…みたいやね」
 由美子と同じように天井を見ていた智子が呟く。と、まだレミィが清掃具入
れを漁っているのに気付き、
「レミィ、もぉええよ」
 と彼女の背中に声をかけた。
「I See」と顔を出すレミィ。が、その顔が現れた瞬間、部屋の中が笑い
に包まれた。
 今まで暗くうずくまっていた生徒達もつられて笑い出す。
「Why?」
 みんなの笑っている理由が気付かず、首を傾げるレミィ。
「宮内さん…ハイ」
 失笑しながら、由美子は小さな手鏡を彼女に渡した。
「Oh!」
 驚きの声を上げるレミィ。彼女の顔は煤と埃で真っ黒になっていた。
「ニャハハハ…」とレミィ自身も他の生徒達に混じって苦笑した。



 更に、その隣の教室。

「…なんか、向こうは楽しそうですね…」
 壁に寄りかかりながら、隣の喧噪を聴いていた一年のひめろくが呟いた。
「なら、向こうの部屋に行くかい?」
 そう言ったのは、ひめろくの隣で座禅をしている男だった。
 男の名前は葉岡斗織、ひめめくと同じ一年生である。

「笑う事はいいことさ。特に、こんな絶望的な状況下の中での笑いは…ね」
 座禅を崩さず、横目でひろめくを見る葉岡。
「絶望的…ねぇ。絶望的って状況の割には、君は妙に落ち着いているけど…」
 ずるずると背中を擦りながら座るひめろく。
「それはお互い様だろ」
 葉岡の唇が楽しげに緩んだ。
「お互い様か…。ふふ、ぼくは只の生徒ですよ」
 思わせぶりにひめろくは笑いながら、自らの左手を撫でた。

 その時、ガラリと教室のドアを開ける音がした。
 ひめろくも葉岡も、その他の生徒も音のしたドアへ視線を向かわせる。

 教室後部の出入り口の所に、一人の男子生徒が立っていた。

 突然、皆の視線が自分に集中したことに、その生徒は驚いた様子だったが、
「…トイレさ」とやや戯けて肩を竦ませると、教室を後にした。
「あれは…冬月君?」
 ひめろくは、その生徒の顔に見覚えがあった。





 一年の冬月俊範は、古びたトイレで用を済ますと、今まで自分がいた教室と
は逆の方向――旧校舎の玄関に向かって歩き出した。

 彼は玄関に着くと、辺りを注意深く伺う。
 既に避難は完了しているようで、自分以外の人間の姿は見あたらなかった。

 冬月は隅の方へ移動し、懐から携帯電話を取り出した。
 使い慣れた手つきで、何度かプッシュボタンを押していく。
 小さな電子音が嫌に大きく聞こえる。
 そして、彼は電話を耳に当てた。

 数秒後、ガチャリと小さな音が電話からこぼれた。
『…こちら戦艦冬月』
 ノイズと共に電話の向こうから聞こえてきたのは、抑揚の無い少女の声だっ
た。

「綾波、状況が知りたい…。あの巨人はそちらで補足しているか?」
 周囲の様子を伺いながら、冬月は小さな声で電話の向こうの少女に向かって
話す。
『およそ一時間前にロストしました。別空間へ移動したと思われます』
「…判った、引き続き監視を頼む」
 それだけ言って、通話を切ろうとした冬月を少女が『待って下さい』と引き
留めた。
「どうした?」
『先程、巨人とは別の反応をキャッチしました。数は三つ。現在、こちらと一
定の距離を保っています』
「新手か?」
『…何とも言えません。データ不足です』
「そうか…」
『反応の大きさから判断するに、航空機サイズと思われます。恐らく戦闘機か
と…』
「戦闘機…異空間移動が可能な機体か…。機体の特定は可能か?」
『お待ち下さい………。駄目です、ジャミングを受けました』
「判った。もし向こうが怪しい動きをしたらすぐに知らせろ」
『はい…』
 そこで冬月は電話を切った。

 ――異空間移動可能な戦闘機が三機か…。果たして…。

「ふう」と軽い溜息を付いて、冬月は電話を懐へ戻した。そして、元いた教室
へ戻ろうとした時、一人の女生徒がずぶぬれになりながら旧校舎へ飛び込んで
きた。

「いやぁ、まいった、まいった! すっごい雨ね」
 冬月はその女生徒の顔を知っていた。名前を長岡志保という。冬月と同じ一
年生だ。
「長岡さん!?」
 冬月の声に反応して、その少女――志保は冬月の方を見た。
「あっら〜、冬月君じゃな〜い! 丁度いい所にいたわ!」
 志保は濡れた髪の毛をサッと手で後ろに流し、水を吸ったスカートの裾をギ
ュッと絞って笑った。
「いい所って…。そんなにずぶぬれになって……一体どうし…」
「待って! 説明は後よ」
 冬月の言葉を途中で遮ると、志保は彼の手を引っ張って生徒達が避難してい
る教室へと歩き出した。
「ちょっ、ちょっと! 長岡さん!」
「今、第一体育館が大変なの! 人手が足らないのよ! だから、この志保ち
ゃんが応援を呼びに来たって訳なの。お判り? 冬月君」
 そう言った志保の顔は、いつになく真剣だった。





                              ――つづく





                ▼次回予告▼

 降りしきる大雨の中、第一体育館は野戦病院さながらの様相だった。
 血と汗と薬品との入り交じった空気の中で、祐介と鉢合わせた拓也は、激情
に駆られて彼の頬を殴った。

 次回、偽典Lメモ『大戦』第四話−鈍痛−。
 紅い筋が雨に滲む――。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 う〜ん…怪しい伏線張りまくり……(笑)。