偽典Lメモ『大戦』第四話  投稿者:Fool

 いや、書いてる本人は人間ドラマのつもりなの…(笑)。
 そんな感じが少しでも出ていたら幸いです。
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               ▼あらすじ▼

 巨人の襲撃を生き延びた人間達は、現在使われていない旧校舎と、それに隣
接する第一体育館へ避難する。
 やがて降り出す大雨。
 そんな中、冬月は避難先で、いつになく真面目な顔をした志保に逢った。





            偽典Lメモ『大戦』第四話

                −鈍痛−





 第一体育館には、多くの負傷者が運び込まれていた。

 滝のように降り続く雨は、痛みの激しい体育館の屋根を容赦なく打ちつける。
 天井に下がっている照明の幾つかは切れており、生き残っている照明が頑張
ってはいるものの、中は旧校舎に比べて薄暗かった。
 当然ここも雨漏りしており、それがもたらす湿気と中で動き回る人の熱気、
そして怪我人の呻き声とが灰色の空間で混ざり合い、館内はまるでジャングル
の中にある野戦病院のようであった。

「いててて…。先生、もっと優しく巻いてくれよ」
「なに言ってんの! 痛いのは生きている証拠よ、我慢しなさい」
「先生! コッチもお願いします」
「ハイハイ、判った判った。ちょっと待っててよ」
「ううっ、痛いよぉ…」
「しゃべれる元気があるなら大丈夫よ!」
 怪我人溢れる体育館の中、白衣を纏った一人の女性が、八面六臂の働きを見
せていた。
 Leaf学園保健医の相田響子である。
「ああああああっ! 応援呼びに行った子はどうしたのよ!!」

「響子先生!」
 大きな声で、誰かが響子を呼んだ。
「あん! 今度はなによ?」
 半ばヤケになって呼ばれた方を向く。そこには、一年の佐藤雅史が喜びと驚
きに目を輝かせていた。
「きたみち先輩が意識を取り戻しました!」





 巨人との戦闘中、千鶴の手によって助け出されたきたみちは、体育館の床の
上で、全身を包帯でぐるぐる巻きにされた状態で寝かされていた。

「俺は…?」
 意識を取り戻したきたみちは、起き上がろうと身体を動かす。
「あ、先輩! 動くと!」
 慌ててきたみちを止めようとする雅史。だが少し遅かった。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 全身を走る激痛に思わず絶叫するきたみち。
「だから言ったのに…」
 やれやれと苦笑する雅史。

「はいはい、叫ぶだけの元気があれば大丈夫」
 いつの間にか、雅史の後ろに響子が呆れ顔で立っていた。
「まったく、普通の人間なら致命傷の怪我だったのよ。丈夫に生んでくれた親
御さんに感謝するんだね」
 皮肉混じりに言うものの、響子の顔にも少しばかりの安堵の色が浮かぶ。

「生きてるのか…? 俺…」
 包帯にくるまれた自分の手を、ジッと見つめるきたみち。
 巨人との死闘が脳裏をよぎる。

 触手に足を取られて空中に持ち上げられたとき、確かに死を身近に感じた。
 しかし運が良かったのか、それとも鍛えられた肉体が死の誘惑に打ち勝った
のか。
 どちらにせよ、きたみちもどると言う男が生きているのは事実だった。

「ま、お互い、地獄の閻魔には嫌われてるみたいだな、先輩」
 不意に横から声をかけられ、きたみちは首を動かした。
 そこには、自分と同じように、全身を包帯にくるまれた佐藤昌斗の姿があっ
た。





「はぁ、はぁ、はぁ…」
 顔の半分を覆った包帯を血で赤く染め、生気の失せた虚ろな目で荒い呼吸を
繰り返す男子生徒。もはや、誰が見ても助からないのは明らかだった。
「しっかり! しっかりしろよ! こんな所で死んじゃつまらないだろ!!」
 それでも梓は、彼の生きようとする気力を奮い起こそうと叫び続ける。

「かあ…さん……おかあ…さん……おか…」
 母の事を呼びながら、生徒は虚空へと手を伸ばす。梓はその手をしっかりと
握ってやった。
「大丈夫! 大丈夫だよ! こんな傷、すぐに治るさ!」
 明るい声で瀕死の生徒を励ますも、梓の視界が滲み出した涙で歪む。
 その生徒が笑った。とても嬉しそうに。

 次の瞬間、梓の握っていた手から重さが消えた。
「おい! おいってば!!」
 激しく男子生徒を揺さぶる梓。だか、半開きの瞼の向こうにある瞳に、再び
光が灯ることはなかった。
「…くっ! ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
 いたたまれなくなり、その場から逃げるように駆け出す梓。

「梓! ちょっと待ちなさい!!」
 側で別の生徒を見ていた姉の千鶴は、外に向かって飛び出していく妹を止め
ようとしたが、梓の耳に彼女の声は届かなかった。
「ゴメンナサイ、ちょっとお願い」
 近くにいた女生徒に後を頼むと、千鶴は梓の後を追った。



「…なにが、なにが天魔の鬼女だ! 人一人助けられないなんて!!」
 激しい雨に打たれながら、「畜生」と自分を罵りつつ体育館の外壁を叩き続
ける梓。

「梓! なにしてるの!? よしなさい!!」
 妹の自虐的な行為を止める千鶴。
 梓の拳は皮がめくれ上がり、そこから血が滲んでいた。
「千鶴姉…なんて…なんて私は無力なんだろう…」
「梓…」
 俯いたままの梓の肩が微かに震えていた。
 
 いつもは自分に対し憎まれ口ばかり叩いている妹。強気な筈の彼女が、今は
とても弱々しく千鶴の目に映っている。
 千鶴は姉として、なにか言おうとしたが口が動かなかった。
 ただ、滝のような雨だけが姉妹の上に降り続いていた。





「先生! 瑠璃子を! 瑠璃子を看て下さい!!」
 女生徒を抱きかかえながら、びしょ濡れの拓也が体育館の中に飛び込んで来
た。
 彼の腕の中で荒い呼吸をしているのは、彼の妹、瑠璃子だった。

 丁度、別の怪我人の手当をしている最中だった響子は、拓也の方を一瞬だけ
見ると、空いているスペースを顎で指し、
「…そこに寝かせて」
 と怪我人の腕に包帯を巻きながら言った。

「瑠璃子…もう大丈夫だよ、瑠璃子…」
 拓也は床の上に瑠璃子を寝かせると、雨に濡れた顔を手で拭いてやる。
「うっ…くっ……はぁ、はぁ……」
 苦しそうに眉間に皺を寄せて荒い息を吐く瑠璃子は、その呼気の合間に、譫
言で、ある男子生徒の名前を呼んだ。
「長瀬ちゃん……」
 拓也は、心の中に暗い炎が燻るのを感じていた。

「はいはい、どいたどいた」
 響子が、拓也の前に割り込むように腰を下ろす。
 彼女は最初に瑠璃子の手首を取って脈を計り、それが終わると額に手を当て
た。

「どうなんですか? 瑠璃子は助かるんですか!?」
 響子の一連の動作をはらはらしながら見ている拓也。その姿には学園の生徒
会長としての威厳はない。まるで身体だけが大きくなった幼子のようであった。

 響子は「ふぅ」と一息付くと、頭を拓也の方に回す。
「これは多分精神的なモンね。特に外傷もないし…。暫く安静にしておけば元
気になると思うわ」
「そうですか…良かった」
 響子の言葉に、ほっ、と表情を和ませる拓也。しかし、それも一瞬だけで、
すぐに表情を戻すと、その場から立ち上がった。
「…それじゃ響子先生、後はお願いします」
「ん…妹さんの事ね。ハイハイ、大丈夫だから行ってらっしゃい。君には生徒
会長としての仕事があるんでしょう?」
 響子に一礼すると、拓也は横になっている瑠璃子を見た。一人の女生徒が濡
れた彼女の身体をタオルで拭いている。
 先程までの緊張状態とは打って変わって、今、彼女は安らかな顔で寝息を立
てていた。
 拓也の顔から安堵の笑みが零れる。
「失礼します」
 もう一度拓也は響子に一礼すると、踵を返し体育館の出入口に向かった。



「響子先生ぇっ! 助っ人連れてきたよ!」
 丁度その時、旧校舎へ使いに行っていた志保が、何人かの生徒を連れて戻っ
てきた。
 彼女達のために道を譲ろうとした拓也だったが、その一団の中に長瀬祐介の
姿を確認した時、彼の中でちろちろ燻っていた暗い炎が吹き出した。

 拓也は、心の奥の暗い衝動に突き動かされるまま、祐介に殴りかかった。

「長瀬ぇっ! 貴っ様ぁっ!!」
「…えっ!?」
 祐介にしてみれば、それは予想だにしなかった事である。
 不意を付かれた形の祐介は、自分の殴られた鈍い音を聞いた瞬間、吹き飛ん
だ。
 体育館の床を転がる祐介。
 その場にいた全員の視線が二人に集中する。

 やがて、祐介が殴られた頬をさすりながら起き上がった時、彼は自分を殴っ
た人間が拓也であると知った。
 拓也の肩は怒りに震え、殺意を込めた燃えるような視線で自分を睨め付けて
いた。
「月島さん、どうし…」
「長瀬っ!」
 突然の蛮行に抗議しようとした祐介の言葉を、拓也が遮る。

「何故…何故お前は、一人で先に逃げているんだ」
「え…?」
「何故、瑠璃子を…瑠璃子を見捨てて逃げたんだ!」
「瑠璃子…さん? 瑠璃子さんがどうかしたんですか?」
 瑠璃子の名前を聞いた祐介は、逆に拓也に詰め寄った。

「貴様が一人でのうのうとしている時、瑠璃子は…瑠璃子はなぁ!!」
 気持ちが高ぶり、言葉が上手く出てこない拓也。
「独りで泣いていたんだぞ! 助けを求めていたんだ! 電波を送ってたんだ
よ! 助けてってな!」
 拓也の口から語られる事実に、祐介の顔から血の気が引いていく。

「そんな…てっきり無事に逃げたものだと…そんな…」
「それなのに、貴様はっ!!」
 祐介に対し更に食ってかかる拓也。その時、二人の間に一人の女生徒が割り
込んだ。
「止めてよ! 祐くんは悪くないわ!!」
 女生徒は、祐介と同じ一年の新城沙織だった。

「あんな状況じゃ仕方ないわよ!! 祐くんを責めるのはお門違いだわ!!」
 拓也の前に勇ましく立ち、祐介を庇うように両手を広げる沙織。
「俺はそいつと話しているんだ! 邪魔をするなっ!!」
 沙織の健気ともいえる姿に怯むどころか、怒気を孕んだ声を彼女にぶつける
拓也。

「ぐっ…」
 拓也の剣幕に負けて、一歩引きそうになる沙織。だが、体中の勇気を振り絞
って立ち向かう。僅かにその瞳を濡らしつつ。
「嫌よ! どかないわ!!」
「貴様ぁっ!!」
 一触即発の不穏な空気が辺りを包む。



「はいはい、そこまでよ」
 険悪な空気を、白衣を纏った保険医が打ち破った。

 響子はパンパンと手を打ちながら二人の間に入ると、拓也を責めるような、
諭すような顔で見つめた。
「生徒会長さん、ここには怪我人が一杯なの。悪いけど大声は止めていただけ
るかしら?」
「くっ…」
 拓也は、ばつが悪そうに視線を逸らすと、小さな声で一言詫びて体育館から
出て行く。
 途中、沙織の後ろで頭を垂れて立っている祐介と擦れ違うと、彼はあからさ
まに「フン」と鼻を鳴らしてから、土砂降りの雨の中へと走り去った。



「じゃ、助っ人のみんなには早速手伝ってもらうわ。中入って…」
 響子は腰に手を当てながら、体育館の入り口で固まっていた生徒達に向かっ
て言った。
 今まで、三人のやり取りを見ていた生徒達は、一人、また一人と沙織達の横
を擦り抜けて、体育館の中へと入っていた。

「えへ、祐くん…私達も行こうよ」
 目に浮かんだ涙を手で拭うと、沙織は祐介に微笑みかけ、彼の手を取って体
育館へと誘う。
「……」
 しかし、俯いたままの祐介の足は動かなかった。
「…ゴメン……」
 聞き取れないほどの小さな声で祐介が謝った。
 果たして、それは誰に対してのものだったのであろうか。
 何故だか、沙織の胸がチクリと痛んだ。





                              ――つづく





               ▼次回予告▼

 旧校舎の一室で、久々野は教師陣達と緊急会議を開いていた。
 そこで久々野が提示したデータを見て、教師達は驚愕する。
 明かされた巨人の正体。それは学園の生徒の一人だった。

 次回、偽典Lメモ『大戦』第五話−真相−。
 真実は、いつも人に言葉を失わせる――。

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 うわっ、きっつぅ〜(笑)。
 修羅場モード突入? みたいなー(爆)。